第5話 意外な再会


 戦いに行くと志願した兵士達が並ぶ。騎士団が並ぶ。ニクスが後ろの方に立っている。あたしは杖に訊いてみた。このままの服装でも大丈夫かしら? すると杖があたしの部屋から正装に近いであろうドレスを見つけてくれたようだ。あたしの服装がシャツとパンツから黒いドレスに代わり、レッドが懐かしそうにあたしを見つめた。


「……そのドレスは、出会った時のドレスと似ています」

「形は違うけど、まあ、黒色だもんね」


 振り返ると、キッドが軍の先頭に立ち、禍々しい結界を眺めている。エメラルド城は、その中だ。


「緊張してきた。レッドは大丈夫?」

「ええ。朝ご飯も美味しくいただきました。夜は……もっと豪勢なものを食べたいですね」

「ええ。そうよ。ビリーがご馳走を作って待っててくれてる。必ず帰るわよ」


 一歩進むと――レッドがはっとし、あたしの前に手を出して止めた。


「テリーさん!」

「え!?」


 あたしとレッドが地面を見た。……何か、変な魔力を感じる。


「レッド」


 あたしが言うと、レッドが頷き、地面に腕を突っ込んだ。遠くにいたリトルルビィとソフィアが眉をひそめた。


「……っ!」


 レッドが腕を引っ張ると――地面の下から、ルンペルシュティルツヒェンが現れた。


「うわああ! やめろ! 何するんだ!」

「げっ!」

「お前は!」

「うわ、何だあれ!?」

「キッド様!」


 キッドが振り返ると、眉をひそめた。ルンペルシュティルツヒェンがあたしを見て、目を丸くした。


「またお前らかよ!!」

「あんた……ここで何してるの!?」

「管理下の土地はどうした!?」

「そんなのオズの闇にやられたよ! 真っ暗闇で覆いつくしやがってよ! どこ見たって夜みてえなもんだ! あん? レッドはどこ行った?」

「あんたを持ってる」

「ええ!? お前、レッドだったのか!? えぇ!? ……え、なんか急に成長した?」

「あれから八年経ってるからな」

「八年なんて俺にとっちゃ八分と変わらねえ。人間はすぐに年を取る。……へえ。……お前……良い体つきになったな」

「テリー、お兄ちゃん」


 リトルルビィが近づいた。


「大丈夫?」

「ああ、大丈夫よ。リトルルビィ、気にしないで」

「ふへっ!?」


 リトルルビィを見たルンペルシュティルツヒェンの目がハートに切り替わった。


「なんだ、オイ!! すっげー好みのいい女!!」


 あたしとレッドの血の温度が一気に冷たくなった。人はそれを冷血と呼ぶ。


「オイ! 赤目の女! 俺様とセックスしようぜ! 気持ちよくしてやるからよぉ!」


 レッドが地面にルンペルシュティルツヒェンを投げつけた。悲鳴をあげたルンペルシュティルツヒェンをあたしが踏みつけた。レッドも一緒に踏みつけ、その間、ずっと無言であった。


「いだだだだだだ! やめろやめろやめろ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! ちょっと待てって! 俺様達の仲だろ!? いだい! いだだだだ! ごめんごめんごめん! わかったわかったわかった! なんだ!? 何が願いだ! 一つ無料で叶えてやるからとりあえずその無言攻撃やめろーーーー!!!」

「お姉ちゃん! そんなの相手にしないで!」

「メニー王妃! そんなのとはなんだ! あ、いてーーー!!」

「お兄ちゃん、私は……大丈夫だから……」

「レッド、そいつギロチン台にかけなさい……!」

「お任せを……!」

「無料で願いを叶えてくれるの?」


 キッドがしゃがみこみ、ルンペルシュティルツヒェンの顔を覗いた。


「初めまして、小人様。会えて嬉しいよ」

「……おい、救世主様。お前のことならなんでもお見通しだ。婚約者と? 手下? なんとかしろ。あの二人、俺様を見つけては虐めてくるんだ」

「レッド」

「わかった! 悪さはしない! 俺様だって、こんな状況でオズに味方すると思うか? 土地を奪われたんだ! 怒りたいのはこっちだ!」

「我々は今まさにオズと話し合おうとしていたところです。なるほど。テリーが戻ってきたのは、きっと貴方を見つける為でしょう」


 キッドがルンペルシュティルツヒェンの首根っこを掴み、エメラルド城を見せた。


「あそこは、元々オズの城ですね?」

「ああ。エメラルドの都のオズの城。罪人が集められた呪われた国さ」

「結界が見えますね? あの結界、壊してください」

「俺様が?」

「え? 壊せないんですか?」

「壊せるさ。何なら中に入って案内してやるよ! ……あの泥棒が、道具を返してくれたらの話だがな」


 ルンペルシュティルツヒェンがあたしに指を差した。は?


「あたしが泥棒ですって?」

「そうだ。俺様のヴァイオリンを盗みやがった」

「……」


 あたしはレッドを見た。


「忘れてんじゃねえよ! 魔法のヴァイオリンだよ!!」

「返してなかったっけ?」

「おそらく、そのままそれぞれの時間軸の世界に戻ったのだと……」

「なるほどね」

「お前らが盗んでくれたおかげでな! こっちは土地を奪われる時に、何もできなかったんだ! 早く返してくれよ!」

「だったら契約してちょうだい。ヴァイオリンを返すからその結界を壊す。壊さなければお前は永遠と踊り続ける足を持つことになる」

「何言ってるんだよ! 俺様がいなくなると思ってんのか?」

「ええ。お前は卑怯の代表者だもの」


 いつの間にか現れていた杖を振ると、契約書が現れた。


 ――汝、ルンペルシュティルツヒェン。


 オズの張った結界を壊し、救世主、キッドを無事にオズの元へ案内することをここに誓う。また、魔法のヴァイオリンでオズ以外を傷付けたならば、契約違反として、一生踊り続ける足を持つことになろう。


「ほら、サインなさい」

「……」

「ほらね、逃げる気だった。あんたのそういうところよ」

「くそ……。これが終わったら……山ほど女を抱いてやる……! ハーレムの世界を築き上げてやるんだ……!」

「ルンペルシュティルツヒェン、そんなことをするくらいならどうだろう。ミックスマックスという素晴らしい文化があってだな」

「うるせえ! リオン陛下! お前ジャックに呪われてた方が良い顔してたぜ!?」


 ルンペルシュティルツヒェンがサインをすると、魔法使い同士の契約が成立した。ソフィアが馬から下り、あたし達に近づいた。


「魔法のヴァイオリンなんてあるの? くすす。ぜひセッションしたいな?」

「わはっ! こいつも滅茶苦茶良い女! よりどりみど……いてっ!!」

(魔法のヴァイオリン、どこにある?)


 ふと両手を見ると、持っていた。


「はい。返却」

「ああ、俺様のヴァイオリンちゃん!」


 ルンペルシュティルツヒェンがヴァイオリンを抱きしめると、兵士達があたしを見て眉をひそめた。――魔法使いは、絶滅したのではなかったのか?


「視線が痛いわ。ルンペルシュティルツヒェン。早くして」

「ああ、魔力が戻ってくる! これだよ! これこれ!」


 ルンペルシュティルツヒェンが小さな腕を動かし、ヴァイオリンを奏でた。その音を聞けば踊り出すはずの足は動くことなく、禍々しい結界にひびを割った。ひびはみるみる大きくなり、どんどん亀裂が進んでいく、そして――粉々に崩れ落ちた。


「魔法のヴァイオリン! 話に聞いてたけど直接見られる日が来るとは思わなかった!」


 キッドがルンペルシュティルツヒェンを引っ張り、軽々と馬に乗り――剣を天に向けた。


「突入!!」


 数多くの馬が走り出した。馬に乗らなかった騎士団と兵士達が走り出した。ソフィアとリオンが馬に戻った。リトルルビィがメニーを抱き上げ、馬に戻った。レッドがコウモリとなってあたしの肩に足を下ろした。あたしは馬に戻り――手を差し出した。


「ニクス!」


 人混みの中、ニクスが辺りを見回し、頷き、真っすぐあたしに走り、共に馬に乗った。足で蹴ると、馬が走り出した。あたしは杖に念じる。オズはどこだ。杖が道しるべの光をあたしに見せた。あたしは馬の手綱を引き、その光に向かって進んでいく。


「ニクス、手を離しちゃ駄目よ!」

「振り落とされそう!」

「舌を噛まないようにね!」


 道しるべの通りエメラルド城に入ると――闇に襲われた。


「っ!?」


 しかし、あたしの履いてた銀の靴が光り輝き、闇が逃げていく。


「何これ……」


 ニクスが思わず呟いた。


「ここは……闇そのもの……」


 銀の靴が辺りを照らす。見覚えのあるエメラルド城が、もはや、全く違う城の構造に変わっていた。


「テリー」

「口を閉じて。馬を進ませるわ」


 軽く蹴ると、馬が歩き出した。あたしはこの城内を知らない。けれど、記憶が知っている。


(完全に……昔のものに戻ってる……)


 その昔、緑の眼鏡をかけたドロシーとトトが、ここへやってきた。


(オズの絵画が飾られている)


 ニクスがランプをつけた。闇がランプから逃げていく。道を記す光はまだ消えていない。慎重に進んでいくと、人影があった。


「っ」


 馬を止め、人影に目を凝らす。掠れた呼吸。道はこの先だ。あたしは杖を構えた。影を睨むと――飛び込んできた。


 しかし、コウモリだったレッドがすぐに地面に下り、影を捕らえた。手足が変形したメイドの中毒者が、おぞましい叫び声をあげた。レッドがメイドの首から血を吸った。メイドの手足が暴れ、悲鳴を上げ、動けなくなれば、レッドが吸い込んだ血を一気に吐き出した。レッドがはっと顔を上げ、あたしに振り返った。


「テリーさん!」

「レッド、光が見えるわね!?」


 レッドがコウモリになった。


「進め!!」


 あたしは思い切り馬を蹴飛ばすと、馬がとんでもない勢いで走り出した。闇に呑まれていた中毒者が、光るあたし達に向かって一斉に襲ってきた。レッドがコウモリとなって先陣を切り、あたしは馬の足を止めない。馬は襲い掛かってくる中毒者を蹴飛ばし、前へ進んだ。しかし、馬の脚にしがみつく中毒者が現れ、ニクスが大声を出した。


「テリー!」

「っ!」


 中毒者の腕が刃となり、馬の足が切られた。馬が鳴き声を上げ、バランスを崩す。


「ニクス!」


 あたしとニクスをレッドが足に引っ掛け、そのまま光を辿って前に進む。横から中毒者が飛び込んでくる。しかしニクスは魔法の鏡に守られているため、手出しはできない。不要な争いは無用だ。今は光の先に行くのだ!


「うわ!」

「いっ!?」


 その廊下に入った途端、思わずレッドも止まった。時空が歪み、地面にある廊下が天井に回り出す。


「レッド! 行って!」


 レッドが大きな翼を翻し、前に進んだ。あたしは光を絶やさず導き続ける。


(オズはどこ!)


 真っ暗な空間に出る。けれども、あたしの光はオズへ導く。レッドが光を追いかける。


(小癪な真似を!)


 必ず光はオズへ導いている。レッドが翼で飛んでいく。ニクスは覚悟を決めている。あたしは杖を差し向けた。


(オズの元へ!!)


 呪文が頭に浮かび上がり、あたしはそれを読み上げる。


「オズの魔法使いに会いに行こう。オズは誰だい。魔法使いさ。偉大な魔法使いオズ。オズは何でも出来るよ。呪いをかけることも。人を助けることも。オズの魔法使いに会いに行こう。脳なしを連れて会いに行こう」


 大きな光が天井から降って来た。レッドは止まらず、その光に向かって飛び――あたし達は光に包まれた。




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