第4話 最後の晩餐

 美味しそうなパンプキンパイに、きのこの盛り合わせ。グラタン。スープ。どれもこれも、美味しそうで豪華に見える食事。肉はないけれど、肉のような味の木の実が入っていた。


「お肉なしで美味しいなんて……!」

「魔法使いさん達、動物を犠牲にしないためにお肉の味がする実が成る木を作ったんだね」

「メニー、それも取って。実に美味だわ!」


 ビリーのいる家に、皆が集まった。リオンに、ヘンゼルとグレーテルに、ニクスに、アリスに、ソフィアにセーラ、それと、仲良さげなリトルルビィとレッド、クレアと、メニーと、あたし。


「クレアお姉様、キッドお兄様は?」

「用事があって上にいるみたいよ」

「テリーが悲しがるじゃない」

「大丈夫よ。テリーちゃんにはあたくしがいるから」

「テリー、これも食べる?」

「ニクス、これは何なの? ケーキに見えるわ!」

「そうなの。ここね、木の実の粉から小麦粉とか、砂糖とかが出来るんだよ」

「だからパンケーキも作れちゃうのよね」

「魔法の木じゃない!」

「魔法使いの街だもんね」

「つくづく魔法使い様には頭が上がらないわ」


 アリスがクッキーを持ち、リオンに差し出す。


「リオン様、いかが?」

「ああ、ありがとう」


 クッキーを食べたリオンが笑みを浮かべた。


「美味しいよ。君が作ったの?」

「ええ。でも、形がどれも歪だけど」

「そんなことないよ。とても綺麗だ」

「あはは。ありがとう、リオン様。お優しいのね」

「ジャックがこの場に居たら、きっととても喜んでいたと思うよ。奴はクッキーが大好きなお化けだから」


 アリスがふふっと笑い、頷いた。


「ええ。そうでしょうね」


 リオンの影が揺れている。しかし、アリスはそのことに気づかない。あたしがサラダを食べていると、レッドがスープを持ってきた。


「テリーさん、どうぞ」

「あら、ありがとう。レッド」


 小さく囁く。


「仲直りは出来た?」

「これで、何があっても悔いはありません」

「こら、レッド、死に行くわけじゃないのよ?」


 この戦いは、戦争ではない。


「あくまで、オズを止めるための戦いよ。あたし達はこの世界で生きるの」

「……すみません。弱音を吐きました」

「あんたも飲んだら? ほら、口開けて」

「あ、いや、俺は! もう19歳……!」

「ふー! ふー! はい、あーん」

「あーん」

「熱くない?」

「大丈夫です」

「美味しい?」

「はい。今まで食してきたスープの中で、一番美味しいです」

「流石魔法使い達が用意した調味料ね。これは人工的には作れないわ……」


 リトルルビィがゼリーを持ってきた。


「ん」

「え、嘘でしょ。ゼリーまで作れるっての? どうなってるの? この地下街」


 リトルルビィがスプーンでゼリーをすくい、あたしの口元に向けた。


「あーん」

「ちょっと、子ども扱いしないで。これくらい食べれるわよ」


 スプーンを取り上げ、食べてみる。……美味。


「何よ。これ……高級レストラン並みの美味さだわ!」

「テリー、私もあーんしたい」

「あんたね、子供じゃないんだから」

「兄ちゃんにはしてたのに?」

「レッドは……」

「……」

「まあ……レッドは良いのよ」

「良くねえよ!」


 レッドがソフィアによって、後ろに追い出された。ソフィアがあたしにパンプキンパイを見せてきた。


「どうぞ。お嬢様」

「あ、これ食べたかったのよ。はむ。……なるほど。なかなか悪くないわ」

「セーラ様も作ったんだよ? それ」

「美味よ! セーラ! とっても美味しいわ!」


 クレアと指遊びをしていたセーラが笑顔で手を振った。あら可愛らしい。


「セーラの愛が詰まってるんだわ。おら、離せ。この皿のパイはあたしのものよ」

「お姉ちゃん」


 リトルルビィとあたしの間に、メニーが割り込んできた。


「オレンジジュース持ってきたよ」

「そこ置いといて」

「お姉ちゃん、このサラダ食べてもいい?」

「そっちにいっぱいあるでしょ?」

「いただきまーす」

「あ。こら、お下品!」


 メニーがあたしの口を付けたサラダを食べて――ほくそ笑んだ。


「ふふっ! 美味しい!」

「あたしの残飯を食べたいなんて卑しさが出てるわよ。メニー。いいわ。今だけ見なかったことにしてあげる。ベックス家に戻ったら覚えてなさい」

「テリー、スクランブルエッグどう?」

「いただくわ。ありがとう。ニクス」

「テリー!」


 セーラがあたしの背中にしがみつき、むくれた顔を見せた。


「食べてばかりいないで、わたしと遊びなさい!」

「セーラ、悪いけどあたしは今、食材達と後に引けない戦いをしているの。これはね、本当にとっても大事な試合なんだから」

「ただご飯食べてるだけでしょ」

「セーラ、パンプキンパイ食べてみなさい。美味しいわよ」

「もう食べたもん」

「ダーリン」


 耳元でクレアに囁かれた。


「浮気は許さないって言ったよな?」

「は? 何をどう見たら浮気に見えるの? どうしたの? 頭大丈夫?」

「ダーリン、キスしましょ? 油ぎった貴女の唇も好きよ。んー!」

「駄目。セーラがいるから。セーラ、あっちでスープを飲みながらお喋りしましょう。それがいいわ」

「テリーさん! 護衛します!!」

「しなくて大丈夫よ」

「テリー! 味が違うゼリーもあるよ!」

「まあ素敵。だけどリトルルビィ、あんたが食べて良いわよ」

「むう!」

「なんでむくれるのよ」

「テリー、この後シロップたっぷりのパンケーキが出るけど、いいの?」

「ソフィア、あたしの分を残しておいて」

「お姉ちゃん」

「お前は黙れ」

「理不尽だ!」

「いいから黙って食べてなさい。明日、お腹が空いて調子が出なかったなんてほざいたら許さないわよ」

「ダーリン!」

「一緒に寝るからそっち行ってて!」

「ああ、テリー。君に見せたいものがあるんだ。最後に手に入れたミックスマックスグッズなんだけど」

「それはまじでどうでもいい!!」


 セーラとスープを持って外で味わう。そこで他愛のない話をして、しばらくしたらレッドがコウモリになっているのを見つけたから、レディの会話を聞くんじゃないと叱れば、リトルルビィがレッドを掴まえに来て、ソフィアがパンケーキを持ってきて、メニーがフォークとナイフを持ってきて、クレアがわざわざあたしを抱きしめに来て、それを見てニクスが笑い、ビリーが肩をすくませ、ヘンゼルとグレーテルが酒に飲まれ、リオンがアリスと目を合わせて、楽しそうに笑い、


 気が付くと、みんながあたしとセーラを囲むように眠っていた。


「……」


 あたしの腕にはセーラがいて、セーラの後ろにはクレアがいて、あたしと手を繋いでいた。後ろを見ればメニーがあたしの腰を抱いていて、周りにソフィア、リトルルビィ、レッド、リオン、アリス、ニクス、ビリーはちゃんと部屋で寝ているようだった。


「……」


 あたしはそっとクレアの手を離し、セーラの頭を撫で――メニーの頭を撫でてから――静かに部屋から抜け出した。



(*'ω'*)



「……ドロシー?」


 地下の町を歩く。


「あんたなの?」


 あたしは気配についていく。


「……どこに行くの?」


 気配はエレベーターで消えた。あたしはエレベーターに乗った。エレベーターは止まることなく塔まで戻った。再び気配がよみがえった。勝手にエレベーターが動き始めた。上に上がっていく。それにつれて、エレベーターから見える壁の絵が変わっていった。


 家が上から降ってくる。

 女の子と猫が家から出てくる。

 女の子と猫がカカシと出会う。

 女の子と猫がきこりと出会う。

 女の子と猫がライオンと出会う。

 文字が書かれている。「ずっと俺様の大事な友達!」

 最上階に、緑の国が待っている。


 扉が開く。


 気配がクレアの部屋へと向かった気がした。あたしはクレアの部屋に入った。――本棚に、醜い誰かが立っていた。


「トゥエリー?」


 気配が消えた。一冊の本が棚から落ちた。


「ちょっと……もう、何よ……」


 あたしは大股で進み、本を見下ろした。四葉のクローバーのノートであった。


「……」


 あたしは何を思ったのか、それを拾い、中をめくってみた。あたしが書いた記録が残されていた。ページを開いてみた。


「……え?」


 見たことのないページがあった。


「文字に……読めない場所がある……?」


 ――これは最後の魔法。


「こんなの、あたし書いてない」


 ――選択はあたし次第。


「でも、あたしの字だわ」


 ――この記録書を読む運命にある、救世主へ。




 オズは止められない。

 どんなに手を尽くそうとも、あの魔法使いを止める術は一つだけ。

 この世界に、いなかった前提の世界を作り出すこと。


 それはすなわち、オズが帰った世界である。

 それはすなわち、オズがいなかった世界である。

 それはすなわち、オズを救出した世界である。


 なぜ、精霊は救世主を創ったのか。

 それは世界を続ける為。

 オズを家に帰すため。

 我が子を救うため。


 今のオズは、責任という名の鎖に囚われてしまっている。

 囚われる前ならば、帰すことが出来る。


 それはすなわち、救世主を創り出した理由。


 大丈夫よ。これは助言。


 ドロシーを信じて。





(……見えない空欄に、文字が書いてある、けれど、読めない。きっと、オズとの戦った記録が書いてある。あたしが書いたはずなのに……!)


 その記録を読むことが出来ない。


(こんなの意味ないじゃない……!)


 あたしは瞼を閉じ、魔力に念じた。この文字を読ませろ。しかし魔力は反応しない。あたしはもっと念じた。この文字を読ませろ! しかし魔力は反応しない。読ませろ! 読ませろ! 読ませろ! あたしが書いたのよ!? 読ませなさいよ!!


「無駄だよ。テリー」


 ――振り返ると、魔法の鏡から、ドロシーがあたしを見ていた。


「未来のことはわからない。知ろうとしてはいけない。これは世界の理だ」

「未来のあたしが書いたものよ。伝えようとして書いた。なのに、見えない。見えないのよ!」

「君に読ませるために書いたものではないんじゃない?」

「はあ? 何それ。あたしが、そんなことすると思ってるの? 何も考えもなく、あたしはこんな面倒な文章なんか書かないわ!」

「何か考えがあったのかもしれない」

「一体どんな?」

「それは未来にならないとわからない」

「つくづくムカつく魔法使いだわ。最後の最後まで……」


 あたしはイライラし、文句を言おうとして……止めた。ため息を吐き、鏡の前で横になった。ドロシーもあたしと同じように横になる。


「オズを止められないなら、みんなどうなるの? ニクスもついてくるって聞かないの」

「それはその場になってみないとわからない」

「頭が痛くなってきた」

「テリー、昨日君に伝えたことを思い出して」

「……」

「世界の理に反することは出来ない。それは誰であっても。いいかい? 冷静に、一秒で考えるんだ。0.5秒で考えて、0.5秒で判断する。それは時に冷酷な判断になっても、いいかい? それは君のせいではない。テリー、優しい気持ちでは、オズとは戦えない」

「……」

「大丈夫。君の中にはボクがいる」


 外が明るくなってきた。


「罪滅ぼし活動、最終ミッション」


 ドロシーが笑みを浮かべた。


「今回のミッションは?」

「……オズを止める」


 あ、いや、そうじゃない。


「そうじゃなくて」

「え?」

「『オズがいなかった世界にする』」

「……」

「でしょ?」

「……罪人、テリー・ベックスの言葉、しかと受け取った」


 朝日が昇る。最後の一日が始まる。



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