第3話 王妃の涙


 セーラが頬を膨らませた。


「ソフィア! いつになったら銃の扱い方を教えてくれるわけ!? 銃が扱えないと、明日一緒に行けないじゃない!」

「何度も申し上げてる通り、貴女は地下で待機です」

「わたしはプリンセスよ! キッドお兄様みたいに、民を守ってこそじゃない!」

「はぁ。噂をすれば」


 窓を見たソフィアがエプロンで手を拭き――扉を開け、あたしに笑みを浮かべた。


「やぁ、テリー」

「どうも」

「お姫様を説得してくれない?」

「テリー?」


 ソフィアがその場を退けると、あたしの視界にキッチンに立つセーラの姿が見えた。セーラが目を輝かせ、あたしに走った。


「テリー!」


 飛びつく彼女を抱きとめ、しっかりと抱きしめる。


「無事だったの!? 顔をよく見せて!」

「元気だった? セーラ」

「ああ! テリーだわ! 嘘みたい! 無事だったのね! 実家にいるんじゃなかったの!? 一体どうやって!? でも……ああ! 良かった!!」


 セーラがあたしを強く抱きしめ――顔を見つめた。


「お父様とお母様と、マーガレットに会わなかった?」


 ――首を振ると、セーラが眉を下げた。


「……そうよね」

「……セーラ」

「あの後――学園が壊れた後、キッドお兄様に、町の様子がおかしいから、帰国せず、ここに来るよう言われたの。お父様も、お母様も、マーガレットも、後から来る予定だった。でも……」

「……」

「……大丈夫よ。わたしの家族は強いの。公爵家だもの。必ず無事よ。絶対ね」


 セーラがもう一度あたしの肩に顔を埋めた。


「テリー、無事で良かったわ」

「……セーラも、無事で良かった」

「感動の再会をして、とても嬉しいわ。わたしが上機嫌なうちに、お前にお願いがあるの」

「また無茶なお願い?」

「そこの巨乳女に、銃の扱い方を教えてくれるよう説得してちょうだい」


 ソフィアに振り向くと、ソフィアが肩をすくめた。もう一度セーラに顔を向け、目を細める。


「セーラ」

「わたしはプリンセスよ。国民を守るわ。銃を使って、明日兵士共と戦いに行くの!」

「セーラはまだ子供でしょう? 駄目よ。絶対駄目」

「ここに来て裏切り者が出てくるなんて予想外だわ」


 メニーが顔を覗かせた。


「あら、メニーお姉様、こんにちは!」

「こんにちは。セーラ様」

「いいわ! テリーが役立たずならメニーお姉様にお願いするから! メニーお姉様は本当に優しくて、お喋りがとっても得意だから、きっと説得してくれるわ! メニーお姉様、言ってやって! このわたしに、銃の扱い方をマスターさせろって!」

「セーラ様、銃を扱うためには日々の訓練が必要です。今日明日でマスターできるものじゃないんですよ」

「セーラ、無茶を言うな」

「キッドお兄様! わたしもついていくわ! 国民を守るのがわたし達の役目なのよ!」

「お前がいなくなったら誰が父さんと母さんを支えるんだ?」


 キッドがセーラの頭を撫でた。


「俺とリオンが行けば、若い王族の血はお前一人だ。君にとっては伯父さんと叔母さんだけど、父さんと母さんにとっては、君は娘みたいなものなんだから、俺達の代わりに支えてあげてくれないかな?」

「まるで死に行く者の言い方だわ。キッドお兄様とリオンお兄様は、死に行くつもりなのかしら?」

「まさか」

「なら、わたしも行けるでしょ?」

「テリー、クレアを呼んでくる。姉さんの言うことなら、セーラも聞くはずだ」

「クレアお姉様を呼んだって無駄よ! わたし、もう覚悟を決めてるんだから!」

「セーラ」


 キッドが跪き、セーラと目線を合わせた。


「頼むよ」

「……わたしはおじゃま虫ってこと?」

「君の仕事は外じゃない。ここで、みんなの不安を取り除くことだ。……プリンセスだろ?」

「……」

「大きな仕事さ。俺達の従姉妹の、セーラにしか出来ない。だろ?」


 セーラはむっとしたが――それ以上何も言わなかった。こくりと頷き、無言でキッドを睨むだけ。


「留守は頼んだよ。セーラ。君にかかってる」

「……ふん」

「おや? いい匂いだ。何を作ってたの?」

「パンプキンパイ! あとは焼くだけなの!」


 セーラがキッドを引っ張って再びキッチンに立った。あたしは立ち上がると、ソフィアに振り返った。


「ちょっといい?」

「もちろん。子守は疲れた」

「だけど、立派なプリンセスだわ」

「どうだかね」


 キッドとメニーがセーラを見ている間に、あたしとソフィアが外に出る。ソフィアが大きく深呼吸した。


「明日のことを報告されてから、ずっと銃を教えろと言われ続けた。耳が銃になるかと思ったよ」

「オズが銃でどうにか出来ると思う?」

「私が魔法使いならば、たかが人間の作った道具なんか効かない体にするね」

「セーラをスルーしたのは正しい判断だわ。あたしで良ければお礼を言ってあげる」

「殿下の我儘よりはマシだよ」

「そうね。その通りだわ」


 向かい合い、腕を組み――静かな地下街の空気を感じながら、ソフィアが首を傾げた。


「ご機嫌いかが?」

「まぁまぁね。そっちは?」

「少し緊張してるかも。なんて言ったって、戦えるのは私達だけだもの」

「世界が続くのかも、あたし達にかかってる。相当なプレッシャーだわ。ゲロが出そう」

「畑の上に頼むよ。栄養になる」

「今はやめておく」

「……覚悟はとうの昔から決まってる。私に捨てるものなんて何もない」


 ソフィアが一歩前に出た。あたしが顔を上げると、あたしが背を預ける壁に手をそえたソフィアが、あたしを見下ろしていた。


「君以外は」

「……自殺なんてやめてよ?」

「そうだね。このまま世界が続いても、未来は予想してる。君は殿下と結婚して、王妃と名のり、手の届かない人となる」


 ソフィアの唇が近づいた。


「盗んでしまおうかな。このまま」


 あたしは肩をすくめ、鼻で笑う。


「闇に包まれたこの世界の、どこに逃げるの?」

「そうだな。心中なんてどう?」

「却下。あたしは光り輝く未来に向かって逃げるわ」

「明日は君も来るの?」

「もちろん」

「わかった」


 ソフィアがあたしを抱きしめた。


「命に変えても守るよ。恋しい君」

「結構よ。これでもね、色々あって、あんた達よりも強くなってるのよ。あたし」

「テリー、クイーンとキングは残しておかないと」


 でないと、最強のゴッドには勝てない。


「他の人のものになるからと言って、私は、自分の恋しい人を不幸にさせたいとは思わない。せっかく恋の相手がいるならば、その相手がこれ以上ないほど幸せな顔をするところまで、見届けないと」

「……あんたの恋人になる相手は世界一の幸せ者よ。それはあたしではないけれど」


 ソフィアの腰を叩き、体を離し――目を合わせる。


「あたし、友達は大切にするの。そいつが過去、とんだ悪党で、正義オタクで、貴族であるあたしを毛嫌いして、殺そうとしたことがあるからって、そいつが友達である以上、そいつがこれ以上ないほど幸せな顔を見届けるまで、死ぬわけにはいかないの」


 ソフィアがくすすと笑った。


「明日は頼むわよ」

「テリーもね」

「あたしの強さに驚くがいいわ。もうセクハラなんて出来やしないんだからね」


 改めて家の中に入ると、暖炉の上で焼くパイが早く完成しないかとセーラが楽しそうに待っていた。


 あたしはセーラの両肩に手を置き、上から見下ろした。


「セーラ」

「パイはまだ時間がかかるみたい」

「訊きたいの。あんた……天使様に願い事を何回した?」

「一回だけよ」

「……一回だけ?」

「そう。学園の一回だけ。何度もお父様達を見つけてもらえるよう願おうとしたんだけど……クレアお姉様に止められたの」


 コーヒーをカップに注ぐキッドを横目で見て、再度セーラに視線を移す。


「クレアと会ったの?」

「たまに、真夜中の時間に来てくれてるみたい。わたしが寝ぼけている時に、様子を見に来るの。そこでね、二人で話したの」


 ――セーラ、天使様への願い事は、まだしないでくれる?


 ――時は必ず訪れる。


 ――辛いでしょうね。でもね、セーラ、この世界の運命は、天使様の力無しでは覆せない。


 ――今はまだ待ってちょうだい。


 ――必ず、二回、使わなければいけない時が来るから。


 ――その二回で、必ずセーラが必要としているものたちが、全部手に入るから。


「だから、わたし待ってるの。その時を」


 パイにどんどん熱が通っていく。


「クレアお姉様が嘘をついたことはない。わたし、信じてるの」

「……あんた、将来すごく良いお姫様になるわね」

「将来じゃないわ! 現在進行形で、すっっっごく! 素敵な! お姫様よ!!」

「ふふっ、はいはい。そうね」

「ねっ、ロザリー! 今夜は一緒に寝ましょう? キッドお兄様が横にいてもいいわ!」

「この後、みんなでビリーの家に集まろうって話になってるの。あの人もいい歳だし、ね? みんなで寝ましょう? で、みんなで明日を迎えるの。このパイも、そこで食べない?」

「まあ! みんなで寝るなんて、お下品だけど、まっ! こういう状況なら仕方ないわね! よくってよ! 行ってあげるわ!!」


 あたしはご機嫌なセーラの頭を撫で、ソフィアを見た。


「そういうわけだから、美味しい食事を頼むわ」

「料理なら、優秀な助手がいるから大丈夫かな」

「ええ! ソフィアは全く使える助手だわ!」

「くすす!」

「メニー、セーラを見てやって。……キッド」


 コーヒーを飲むキッドに近寄り、訊いてみる。


「ゴーテル様とスノウ様、会いに行ける?」

「コーヒー飲んでからでいい?」

「早く飲みなさいな。全く」

「お前もどう?」

「……いただくわ」


 あたしの手が、キッドの淹れたコーヒーが入ったカップに触れた。



(*'ω'*)



 リオンが呆れた目で手下の双子を見ていた。


「兄さん! 魔法使いは玉ねぎに弱いらしい! 見ろ! 畑からこんなに玉ねぎをもらってきた! 明日はこれで大丈夫だ!!」

「グレタ! だからお前は彼女が出来ないんだ! 魔法使いはお菓子に弱いんだ! 俺は街にいる女性たちから甘いお菓子を貰ってきた! これで明日は大丈夫だ!」

「リオン様! 明日は我々が貴方をお守りします!」

「ふっ! 我が主! 命に変えても!」

「とりあえず、玉ねぎとお菓子の山は必要ないから置いていけ」

「なんですとぉおおお!!??」

「まさか……魔法使いは……玉ねぎとお菓子が好きなのですか!?」


 リオンがあたしとキッドを見つけ、一歩下がった。


「ほら、客人だ。もてなせ」

「はっ!! ニコラではないか!!」

「これは!! 赤く芽吹いたお花ちゃん!!」

(この双子は相変わらずね……)


 リオンが腰に手をやり、首を傾げる。


「父上と母上?」

「いる?」

「ずっと女神アメリアヌ様に祈ってるんだ。ちょっと待ってて」


 リオンが建物の中に入り、しばらくして戻ってきた。


「テリー、来ていいって。キッドも」

「ありがとう」

「ヘンゼ、グレタ、見張りを頼むぞ」

「ふっ! 承知致しました!」

「我らにお任せををををを!!!」

「ねえ、彼らには恐怖というものがないの?」

「あいつらはお菓子の家があればそれでいいんだよ。見てて気が緩む」


 建物はおそらく、一番広いと思われる場所であった。リオンの後ろをついていくと――やつれたゴーテル様と、疲れた顔のスノウ様がソファーに座っていた。


「陛下、王妃様」

「まあ、テリー!」


 あたしが近付くと、スノウ様が座ったままあたしを抱きしめた。


「ああ、テリー! リオンから……戻ってきたと聞いていたの! 会えて嬉しいわ!」


 細くなった手首や、くまだらけの目を見て、あたしは出来る限りの優しい笑みを浮かべ、その手を握りしめた。


「貴女の家族は?」

「全員無事です。カドリング島は……平和そのものです。自給自足の生活に、困るものはありません」

「良かったわ。私も夫も……ここで、皆の安全を祈ることしかできなかったの。だから……また顔が見られて嬉しいわ。テリー……」


 建物の中には、使用人が数名いた。皆、二人の様態を案じているようだった。


「明日、キッド達が戦いに言ってる間、ここにいるといいわ。ビリーも来るはずだから」

「……あたしも行くんです」

「え?」

「スノウ様、あたしも……戦いに行きます」


 スノウ様が黙り、あたしの手を強く握りしめた。


「セーラが来ます。セーラを見ていてやってください。彼女は……家族の行方がわからず、本当はとても不安がってます」

「……」

「祈っていても……無駄です。アメリアヌは……女神ではありません。ただ、世界の行く末を見届けるだけ」


 ゴーテル様がスノウ様の肩を抱いた。


「明日で全てが決まります。どうか、全てが決まるまでは……安らかな時間をお過ごしください」

「……ありがとう。テリー。でも……安らかな時間は……まだ過ごせそうにないわ」


 スノウ様が眉を下げた。


「だって、娘達のウエディングドレス姿も、まだ見ていないんですもの」


 スノウ様の瞳から、涙がこぼれた。


「地下から解放された民の声も、闇から解放された民の声も、みんな……私達の家族そのもの。皆が笑顔でいないのに……とても……安らかな時など……過ごせないわ……」

「……」

「テリー……。貴女まで行くのね……。ああ……なんてこと……」

「スノウ」


 ゴーテル様の肩にスノウ様が顔を埋めて、めそめそ泣き続ける。ゴーテル様があたしを見て、頷いた。


「何もないが、自由な時間を過ごしてくれ。テリー」

「お心遣い感謝致します。陛下」

「……席を外してくれ。妻を……慰めなければ」

「ええ。それでは……失礼します」


 あたしはゆっくりと離れ、キッドとリオンに小さく囁く。


「今日くらい家族四人でいれば?」

「……あとから行く」


 軽く手を振ると、キッドとリオンが歩き出し、ゴーテル様とスノウ様の側に寄り添った。あたしは足早に、建物から出ていった。



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