第2話 姉妹と兄妹


 キッドがドアを叩くと、メニーがドアを開けた。あたしを見て、顔を和らげる。


「あ……テ」


 突然、メニーが黙った。あたしはきょとんとした。メニーがあたしに笑みを浮かべる。あたしは腕を組んだ。メニーは首を傾げ、あたしに近づいた。


「お姉ちゃん」


 耳に囁く。


「お風呂入って。臭い」

「は?」

「リトルルビィ! お姉ちゃんにお風呂貸してもいいよね!?」


 メニーが叫ぶと、突風が吹き、――いつの間にか、あたしの目の前にリトルルビィが立っていた。えげつない量のピアスをしており、血のような赤い目であたしを見下ろしているが――その純粋な瞳は変わらない。


「ろくに喋れてなかったわね」

「……」

「元気だった? リトルルビィ」

「……うん。ここ、結構快適」

「そう」

「……やつれた?」

「少し体調が悪くて」

「大丈夫?」


 リトルルビィがあたしの顎を指ですくった。


「今は……平気?」

「……ええ。あんたの顔も、ソフィアの顔も見れて、心配してた自分が馬鹿らしくなるくらいにはね」

「……無事で良かった」


 リトルルビィがあたしを抱きしめた。


「テリーに会いたくて……おかしくなりそうだった」

「あんたはいつでも大袈裟ね」


 大きくなった背中を撫でる。


「もう大丈夫だから」

「……うん」

「お姉ちゃん」


 メニーが低い声で呼んできた。


「お風呂入って」

「シャワーならさっき浴びたって」

「足りないから」

「足りな……そんなことある?」

「うん。すごくあるから」

「いや、それより、リトルルビィ、あの」


 後ろを見る。


「レックスが、あんたに話があるみたいよ」


 その隙に、キッドがあたしとリトルルビィを引き剥がし、あたしの腰を抱き、すりすりしてきた。リトルルビィがキッドを睨み、レックスを睨んだ。


「よう。おっさん」

「……」

「何? 何の用?」

「ハニー、一先ず中に入ろうか」

「いいえ」


 引っ張られた。


「一先ず」


 メニーが口角を下げ、クレアを睨んだ。


「お風呂です」

「ちょ」

「メニー、テリーなら塔でシャワーを」


 クレアの言葉を聞く前に、メニーがあたしを引っ張った。


「ちょ、痛い」

「メニー」


 クレアの呼ぶ声も聞かず、メニーがあたしを浴室と思われる部屋に投げ入れた。


「いったっ!」


 地面に倒れたあたしはすぐに起き上がり、メニーに振り返った。


「んだコラてめえ何しやがんのよ! クソアマ!! あたしの可愛い膝小僧ちゃんに青タン野郎が出来たらどうしてくれるのよ! 美しいお姉様を部屋に投げるなんて、どういう神経してるわけ!?」

「テリーこそ、こんな時にどういう神経していればそんなことができるの?」

「何よ! あたしが何したってのよ!」

「クレアさんの魔力とテリーの魔力が混ざってる」

「あ!? ……? ……だったら何よ!? 意味わかんないのよ!!」



「セックスしたでしょ」




 ――睨んでくるメニーに、あたしは黙った。


「臭い」

「……あのね」

「入って。早く」

「あたしもあんたも本当は良い年だし……」

「クレアさんの匂いがする。早く入って」

「あんたに干渉される意味が分からな……」

「さっさと入ってよ!!!」


 浴室のドアが叩かれた。


「メニー、大丈夫かー?」


 ドアから聞こえたクレアの声に、メニーがゆっくりとドアに振り返った。


「あの女のせいだ……」

「クレア! 大丈夫だから絶対ドア開けないで!」

「ねえ、どういう状況なの!? くひひひ! 面白そう! 入っていーい?」

「開けるなって言ってんでしょ! 馬鹿がよぉ!」

「あの女のせいだ……」

「メニー! メニー! メニー! メニー! メニー! 一回話し合いましょう!」

「あの時……怪盗事件の時に……記憶が戻っていれば……貴様なんか……!」


 メニーの顔を掴み――無理矢理、唇を重ねた。メニーが目を丸くする。あたしは動かず、メニーが止まることを願った。メニーが瞼を閉じ、あたしとのキスを堪能した。あたしは眉をひそませ、ゆっくりと、メニーから離れた。メニーが瞼を上げ――涙を落とした。


「嘘つき」

「……」

「ずっと一緒だって……約束したのに……」

「や……だから、それは……、……ただの口約束っ」

「嘘つき……テリーの嘘つき……」

「……」

「ぐすん……! ぐすん……!」

「……おい」


 ドアの向こうから、クレアの声が聞こえる。


「あたくし達の妹は、大丈夫か?」

「……クレア、一旦出て行って。二人で話すから。リトルルビィとレッドをお願い」

「はいはーい」

「メニー、一緒に入りましょう。全く、だから嫌いなのよ。お前なんか」


 脱いだ服をバスケットに入れ、二人で向かい合う形で浴槽に入る。ここに流れる水は、温泉のように温かかった。


「……話は済んだはずでしょうが」

「溜まってたなら、わたしがしてあげたのに」

「姉妹はそんなことしない」

「セックスするなんて」

「恋人だもの」

「わたしだって触ったことないのに」

「当たり前でしょうが」

「触ってほしくない」

「結婚したら触りまくりよ。牢屋の中で枯れきっていた性欲を爆発させてやるわ。毎晩仕事に疲れたあの女とセックスしまくってやるんだから」

「下品」

「下品で結構。恋人だもの。そこに愛があればセックスは極上の芸術となる」

「何が芸術なの? ただの性欲と性欲のぶつかり合いでしょ」

「あんたが怒る意味がわからない」

「わたしの方がテリーを愛してる」

「でもあたしはクレアを愛してる」

「前はわたしを愛してた」

「そうよ。お前を不幸にしたくて愛してるって言ったわ」

「それで良かったのに」

「……あたしは不思議よ。どうしてお前はそう自分が不幸になる道に進もうとするわけ? 大人しく可愛い顔して、リオンと結婚してれば良かったのに」

「わたしにとって、テリーといる道は不幸じゃないもん」

「愚か者め」

「ううん。わたしにとっては、とんだ幸せ者だよ」

「はぁ……」


 メニーを納得させる言葉が思いつかない。何度クレアを好きだと言っても、メニーはあたしに干渉し続ける。恋人すら作ろうとしない。


「……あんたが新しい人生を始めるためにも、オズには降参してもらわないと駄目ね」

「こうしたらどうかな? テリー。今日は最後の一日になるかもしれない日。大切な妹の処女をお姉様が受け取る」

「却下」

「わたし、初めてから最後までテリーが良い」

「だから無理だって!」

「じゃあ愛人」

「ざけんじゃないわよ! 愛人なんて下世話なものになったら、てめえのこと殴るからね!」

「どうして?」

「……。……。……ベックス家の名が廃るから!」

「わたし、テリーになら、何されても良い」

「女同士でしょうが!」

「クレアさんも女だよ?」

「だからっ……あのねっ……だから……だぁ! もう! 馬鹿!!」

「わたしにとって、テリーが笑顔でいることが生きてることの理由なの。でも、テリーが他の女の側で笑顔でいることは、あまり好きじゃないかもしれない」

「かもしれないじゃなくて、嫌なんでしょ」

「そう。嫌なの。人が嫌がることはしちゃいけないんだよ? テリー」

「知るか!」

「お姉ちゃん」

「何」

「駄目?」

「何が」

「わたしは駄目?」


 ――頷いた。


「駄目」

「……」

「恋人作りなさい。わかった。女でもいい。ニクスやアリスくらい良い女なら、あたしも許すから」

「いらない」

「メニー」

「テリー以外いらない」


 メニーが体を動かし、あたしに抱きついてきた。


「ちょっ」

「わかった。黙ってる。もう何も言わない。テリーがクレアさんとセックスしたって、文句言わない」

「そうじゃなくて……」

「側にいたい」


 メニーの腕が強まった。


「テリーがいないと、わたし、生きていけない……」

「……んなことないから。本当に」


 あたしの手がメニーの背中を撫でた。


「匂い取れた?」

「……まだする」

「あ、そう」

「キスして……」

「しない」

「胸、触る?」

「お前の胸なんか触ったって何も楽しくない」

「テリーより大きくなったのに?」

「お黙り!!」

「キスして。んむ」

「こら。ほっぺにキスしない」

「ちゅ」

「首にキスしない」

「駄目。わたしの匂いつけるんだから」

「……はいはい」

「テリー、……もっと撫でて」

「……お前、嫌い……」


 しばらくの間、風呂の中でメニーの背中を撫で続けた。



(*'ω'*)



 リトルルビィとレッドが向かい合わせで座り、どちらも腕と足を組ませ、互いを睨むように見ていた。


(……まさか、ずっとこのままだったの?)

「おお。無事だったか」


 クレアがあたしの側に寄り、匂いを嗅いだ。


「……臭い」

「あのね、お風呂から上がったばかり。わかる?」

「でも、あたくしは好きじゃない匂いだ」


 クレアがメニーに笑みを向けた。


「なあ? メニー」

「わたしは好きな匂いなので、何とも。ね。お姉ちゃん」

「いや、少し甘すぎる。あたくし、甘いのは好きだが、これじゃないな」

「そうですか?」

「ああ。そうだ」


 クレアとメニーが笑い合った。誰か、あたしをこの二人の間から引っ張り出してちょうだい。そんなことを思っていると、白の魔法使いが手を貸してくれたようだ。レックスが飲んでたお茶を空っぽにし、グラスを置いた。


「ルビィ・ピープル、話がしたい」

「だから、なんだよ」


 レックスが深呼吸をしながら――ちらっとあたしを見た。あたしが頷くと、レックスがリトルルビィに顔を向けた。


「お前の兄の話だ」

「……お兄ちゃん?」


 リトルルビィが眉をひそめた。


「私のお兄ちゃんが……なんだよ」

「率直に言おう。レッド・ピープルは死んではいない」

「……え?」

「生きている」


 リトルルビィが立ち上がり、テーブルを殴るように手を置いた。


「どういうことだよ!?」

「生きてるんだ」

「おい、馬鹿にすんのも大概にしろ! お兄ちゃんは私の血を飲んで死んだんだぞ! 私はそれを見てた! それが違ったって言うのかよ!」

「正しくは君の認識違いだ。レッドは死んでない」

「じゃあ……どこにいるんだよ! 生きてたら、この八年間! お兄ちゃんがどこで生きてたっていうんだ!」

「ここにいる」

「何……」

「俺がレッドだ!」


 ――リトルルビィが固まった。


「八年前、俺は八年後のテリーさんの助言により、クレア姫様に助けを求め、俺達兄妹を救っていただいた!」


 レッドが両手を広げて立ち上がった。


「待たせてすまなかった!! 俺が……お兄ちゃんだぞ! リトルルビィ!!」


 ――建物に穴が空いた。レッドが――リトルルビィの拳により、外まで殴り飛ばされたのだ。あたしは悲鳴を上げ、クレアは瞬きして、メニーは可愛らしく驚いた。わぁ!


「レッドーーーーー!!!」


 あたしは穴から叫んだ。


「大丈夫!!??」

「……。……。……」

「クレア! 大変!! レッドの返事がないわ!!」

「情けない奴だ。全く」


 クレアが扉を開けて外へ出た。あたしは振り返り――両目から涙を落とすリトルルビィに歩み寄った。


「リトルルビィ!」

「ちが……違う……」

「おいで! 大丈夫だから!」

「違う……あんなの……お兄ちゃんじゃない……違う……」


 リトルルビィがあたしの肩に顔を埋め、あたしにしがみつくように抱きしめてきた。


「お兄ちゃんは……もっと……可愛い顔してるから……」

「……」

「あんなのお兄ちゃんじゃない……。あんなゴツいの……違う……」

(あんた……人のこと言えないわよ)

「違う……。お兄ちゃんじゃない……。違う……」


 リトルルビィがグスグス泣き続ける。


「意味わかんない……八年後のテリーって何……」

「……許してやって。レッドったら、こうだと思ったら感情的になりやすいのよ。リトルルビィ、一旦座りましょうか。説明するわ。あたしが何をしたか」


 リトルルビィを座らせ、頭を撫でながら、彼女にわかりやすいように紙芝居を用意し、レッドとのことを簡潔に話してあげれば、リトルルビィが眉をひそめさせ、涙を止め、また泣き出して、あたしにしがみつきながら、最後まで話を聞いた。


「あたしも昨日、ここについて初めて知ったのよ。まさか生きてるなんて……思わなかったから」

「……」

「とりあえず、ね、もう一回話してみましょうか。クレア、レッドの怪我は?」

「もう治った」

「流石吸血鬼。レッド、来ていいわよ」


 レッドが再び同じ椅子に座り、リトルルビィと向き合った。リトルルビィが青い顔でお茶を飲み、レッドは――少ししょんぼりしていた。


 お互い黙りこくる。あたしは二人に訊いた。


「二人の方がいい?」


 レッドに左腕を、リトルルビィに右腕を掴まれた。


「わかった。いるから」

「「……」」

「リトルルビィ、話の通り、紛うことなきルビィのお兄ちゃんよ」

「……」

「レッド、妹に殴られたからってめげない。お兄ちゃんでしょ」

「……」

「クレア!」

「情けない奴らめ」


 クレアがあたしの側に寄り、腕を組んだ。


「テリーが説明した通りだ。八年間、レッドの存在を隠したからこそオズに気づかれることなく、こいつはあたくしの心臓として動く事ができた。それだけじゃない。レッドの告発があったために、暴走するリトルルビィからテリー達を守ることが出来た」

「……なんでこのタイミングなわけ?」

「隠す必要がなくなった。オズには存在を知られたし、レッドの言う八年後のテリーもここにいる。全ての事が終えた日。その日こそが、レックスがレッドに戻れる日だったというだけだ」

「あのさ、これが八歳とか、九歳だったら感動の再会でも何でもできたよ。あん時は私だって子供だったし」

「今だってガキじゃないか」

「十七歳。あのさ、もう性格も確立してんのよ。わかる? 目の前に死んだと思ってた兄貴が現れて……どう反応しろってんだよ」

「泣いて抱きしめて、会いたかったと言えば良い」

「それは流石に無理」


 リトルルビィが顔を上げ、ようやくレッドと目を合わせる。


「マジでお兄ちゃん?」

「ああ。そうだ」

「ママの好物」

「野菜が沢山入ったクリームスープ」

「私の好きなお菓子」

「甘いクッキー」

「お兄ちゃんが大量のお菓子を持ってきたゲーム」

「だるまさんが転んだ」

「テリーといつ会ったの?」

「ルビィが吸血鬼になる前。いや……オズから呪いを授かった日、だろう。帰って来た君の目は赤かったから」

「……へえ。そう」


 リトルルビィが手招きした。――メニーが側に寄ってきた。


「メニー。一生の親友だよ」

「……ああ。見ていたから知ってる」

「友達はいる?」

「そうだな。友達とは言わないが、リオン殿下とは仲が良いほうだと思っている」

「えっ」


 あたしが声を上げた。


「あんなのと仲がいいの?」

「学園で、ミックスマックスの遊び方を教えてもらいました。彼はとてもユニークな方ですよ」

「クレア、やっぱり男って変よ。あんなブランドのカードゲームの何が面白いの?」

「同感だ」

「戦いが終わったら、リトルルビィにも教えよう。一緒にいられなかった分、ゲームでもして埋めていけば、溝はなくなっていくだろう」

「私はゲームよりも組み手がやりたいけどな」

「ならば、ミックスミックス方式での組み手があってだな」

「クレア、レッドが見事に洗脳されてるわ。リオンに会ったら言ってやって。ミックスマックスを広めるなって」

「あいつ、自分をミックスマックスの伝道師と言ってるからな」

「愚か者め」

「テリーさんもご一緒にいかがですか?」

「あたしはけ……」


 レッドの眩しい瞳に見られたら――あたしは軽く頷いた。


「そうね。ええ。まあ、オズとの決着がついたらね」

「良かった! ぜひ!」


 ……ずるいわ。この男。ゴツくなったと思ったら、笑顔や純粋な瞳は全く変わってない。


(弟が欲しいと考えたことないけど、……。……。……有りかも……)

「……コウモリになる中毒者なんかいるのかって思ったけど、納得した。お兄ちゃんは吸血鬼でもあって、コウモリだった」

「ああ。君が悲しい顔をしたら、コウモリとなって周りを飛んでた。そうすると穴の開いた屋根から星空が見えて、君は喜んでいた」

「……」

「君が悲しい顔をしたら、俺はコウモリとなって、手の届くところへ飛んでいった。だから寂しがる必要なんてなかったんだよ。リトルルビィ」


 レッドがリトルルビィの手に大きくなった自分の手を重ねた。


「また君の可愛い顔を側で見れて、嬉しいよ」


 リトルルビィの肩が震えた。レッドがあたし達を見た。


「すいません。しばらく、席を外していただいても?」

「メニー、セーラがいるって聞いたわ」

「案内する」


 メニーが家から出ていき、あたしは一瞬振り返ろうとして――キッドの腕で視界を遮られた。肩を抱かれ、頭をぐりぐり押し付けられながら、押し出されるように家から出された。


「……リトルルビィ、さあ、おいで。良い子だ」


 レッドの声が聞こえて、扉が閉められた。


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