第12話 おかしの国のハイ・ジャック(2)
レッドに引かれるままについていくと、さっき見たばかりの男の背中が見えた。
(ああ、いたいた。……ん?)
「っ」
進もうとするレッドの手を引き、強制的に足を止めさせる。
「……テリーさん?」
「様子が変だわ」
その場でローランドを観察する。ローランドの前には女がいた。両手で彼の両手を握り、見つめ合っている。あたしの目の中で、魔力が動いているのが見えた。
(彼の体内に魔力が注ぎ込まれてる。あの女、一体……)
「レッド、あの二人の会話、聞こえる?」
「……私とずっと一緒にいてね。愛してね。約束よ。ダーリン。愛してるわ。もう絶対離さないわ」
「言ってたわね。デイジーの母親がとんでもない魔女だって」
レッドの耳に囁く。
「レッド、作戦Dよ」
「作戦D? 何それ?」
「あたしが叫んだら……」
作戦の内容を説明すると、レッドが頷いた。あたしも頷き、レッドの手を離し、一人で進み――大きな声で呼んだ。
「まあ! ローランドじゃない!」
ローランドの肩に触れると、女が驚いたようにあたしを見た。だが、彼は振り向かない。
「ここで何してるの? デイジーが向こうで貴方を待ってるわよ? ……あーら、上の空。全く見えてないって感じね」
ローランドの意識がないことを確認してから――女を睨む。
「運がなかったわね。先にあたし達に会ってた彼の勝ちよ」
あたしが指を鳴らすと、その音によりローランドの中に入っていた魔力が消滅し、ローランドの意識が戻った。女がはっとしてあたしを見て、ローランドは女に握られた手を見て慌てて振りほどき、あたしの手を掴んだ。
「いけない! デイジーの母親だ! 逃げろ!」
「逃がすわけないだろ! このクソ男!」
ローランドがあたしを連れて逃げていく。女があたしを指差した。
「お前もだよ! よくも魔力を消滅させてくれたね! 後悔させてやる!」
「レッド!」
あたしが叫ぶと、レッドがあたしとローランドを抱き、瞬間移動で場所を移動させた。森付近の川が流れた場所に辿り着く。ローランドが辺りを見回し、あたしに振り返った。
「君達は一体……」
「話は後よ。とりあえず、デイジーは見つけた」
「どこだ。彼女は無事なのか!?」
「ええ。だけど、あの魔女をどうにかしないと危ないでしょ。ね、デイジーの母親のことを教えてくれない? 本物の魔法使いなのよね?」
「人間であってほしいと何度も願ったことさ。あの女さえいなければ、俺はデイジーを連れて遠くに逃げていたはずだからな」
背後から爆発する音が聞こえた。驚いて振り返ると、たるんだ顔の老婆が立っており、あたし達を睨んだ。
「この私から逃げられると思ったのかい!? 無駄だよ! 全員八つ裂きにしてくれる!」
老婆がデクの杖を取り出し、地面を殴りつけると、その名の通り、地割れが起きた。地面が揺れた影響であたしとローランドの腰が地面につくと、レッドがコウモリとなって分解され、老婆の周りを飛び始めた。
「ひえい! なんだい! このコウモリ! やい! お退き! 痛い目に遭わせるよ!」
老婆がデクの杖を振ると、レッドが避けるために遠くへ飛んでいく。しかしその時には既にあたしのイメージはしっかりと魔力に伝え、それを表に出す呪文を頭に思い浮かべている段階だった。老婆が顔をこちらに向ける頃には、あたしの口が動いていた。
「結婚前に今一度、御覧なさい、その女、果たしてそれは求めた女か。はたまたそれは偽物か。確認なさい、案外、近くの花に化けている」
魔力が星の杖に伝わり、星の杖が光りを放つ。老婆があまりの眩しさに目を閉じた。だからあたしは幻覚を出した。
「ジャック、ジャック、切り裂きジャックを知ってるかい?」
( ˘ω˘ )
老婆がはっとした。そこは鋭い茨の中であった。老婆はデクの杖を振ってあたし達の居場所を確認しようとした。しかし、その途中でとても素晴らしいヴァイオリンの演奏が聞こえてきた。おかしなことに、その音色を聞いていると、足が勝手に動き出した。まるで踊りたいと言っているようだ。しかし老婆はそれだと集中が出来ないので、足を黙らせようとした。しかし、足は黙らなかった。笑い声と共に演奏は続けられた。リズムが激しくなると、足は更にステップを激しくした。老婆は叫んだ。
「こら! 止まるんだよ! 馬鹿な足め! 止まれったら!」
しかしヴァイオリンの素晴らしい演奏に踊りたくなった足は、とうとうジャンプを始めた。体が跳ねると、肌が茨に突き刺さった。
「痛い! これ! 止まるんだよ! 私の足! 止まれったら!」
「トリック・オア・トリート!」
老婆の目の前に、切り裂きジャックが現れた。
「オ菓子チョーダイ!」
「お前だね! よくも私を呪ってくれたね! こうなったら、お前のことを呪ってやるからね!」
老婆がデクの杖でジャックを刺そうとしたが、ヴァイオリンの音色が鳴ると、茨の方へぴょんぴょん飛んでしまうのだった。
「痛い! これ! なんとかするんだよ! 私を解放しな!」
「オ菓子ナイノ?」
「お菓子なんて知らないよ!」
「ナーンダ」
ジャックが切り裂きナイフを持った。
「ジャア殺スダケサ!」
「うぎゃあ! 体が茨にぶすっと突き刺さった! これ! 助けるんだよ!」
茨に突き刺さった老婆の足に狙いを定めて、ジャックがナイフを振った。老婆の足の肉が切り裂かれ、皮膚がめくれた。
「いたーい!」
ヴァイオリンが鳴ると、皮膚がめくれた足が動き出し、再びぴょんぴょん飛び跳ね始めた。しかし、既に体は茨に突き刺さっているから、体が跳ねて、更に茨に突き刺さるだけだった。
「ふぎゃあ! 何なんだい! 誰か、助けておくれ!」
「ママ、どうして私を殺したの……」
「ああ、私の愛しいハニー! 言ったじゃないか! お前の姉さんをベッドの前に押すんだって!」
「お母さん、私、とてもショックだったわ……」
「お前なんて最初から嫌いだったのさ! デイジー! 幼い時から美人で良い子で、許せるわけないだろう!」
「ママ、酷いわ……」
「お母さん……」
「痛い! 茨が心臓に刺さった! なのに心臓が動いてやがる! 一体どうしちまったってんだい!」
「ケケケケ!」
「痛い! 今度は皮膚の中に隠れていた神経や血管を、子供が引っ張り始めた! これ! やめなさい! やめなさい!!」
「ケケケケケケケケケケ!!!!」
「いたーーーーい!!!」
さて、おわかりでしょうか。なぜ老婆がこんなにも踊り跳ねているのかを。
それはジャックが憧れた指揮者になるという夢を、あたしが叶えたからです。
ジャックのとんちんかんな指揮を見て、あたしは意地悪な小人から奪い取った魔法のヴァイオリンを奏でます。なので、好きだろうと嫌いだろうと、老婆は踊らされました。
速く弾けば弾くほど荒々しく跳ね上がらなければならなかったので、トゲで服は破れて脱げて、老婆は体にトゲが刺さったまま、血をトゲに捧げることになりました。それでもジャックは楽しそうに指揮棒を振るので、あたしは演奏を止めるわけにはいかないし、弾き続けたので、老婆は踊り続け、ついに動かなくなりましたとさ。
血の茨を見たジャックは大喜び! 今年、アリスに見せる悪夢はこれにしよう! ケケケケ!
「あんた、そういうところキッドに似てるわよね」
「エッ」
ジャックの幻覚が驚いた顔をして、風に吹かれて消えていく。
(*’ω’*)
老婆が白目を剥き、泡を吹いて倒れた。レオの幻覚があたしに教えた。――ニコラ、あまりにも簡単すぎないか? ということは、彼女は本当に魔法使いなのかな?
あたしは老婆に近づいてみた。手を握りしめている。それを開いてみると、美しい色の飴を持っていた。
(……なるほど。娘じゃなくて、こっちが中毒者だったの)
あたしはクレアから盗んだ注射器を掲げた。
「消毒」
呟いて挿すと、老婆の体がびくんっ! と痙攣し、徐々に大人しくなり、動かなくなった。
「……レッド、場所を教えるから、そこにこのお婆ちゃんを運んでもらってもいいかしら?」
「はい。テリーさん」
「ありがとう。変な研究者が二人いるだろうけど、見つかっちゃ駄目よ。ローランド、貴方にはデイジーの場所を案内するわ。それとも……今見たことと、彼女のことを忘れた方が良い?」
「もちろん……黙ってるよ。君たちは恩人だ。恩人を裏切るような愚かな真似はしない」
「そう。良かった。それなら喜んで案内できるわ。少し待ってて」
そう言うと、あたしは髪の毛を一本抜き、紙に姿を変えさせ、飛んでた蜂をペンに変えて、塔への地図を描き始めた。
(*’ω’*)
花が揺れる。ローランドが近づいた。それに気づいたのか、花が一斉に歌い始めた。最初はオレンジの花から。ラララ。次は赤色の花から。ラララ。なんてこと、テリーの花まで歌い始めた。ラララ。そして最後に、桃色の花が歌った。ラララ。すると、ローランドは迷うことなく桃色の花へと近づいた。
「この声を知っている。あれが本当の花嫁だ。俺は他の誰とも結婚しない」
花を両手で包み込み、優しく囁く。
「愛してるよ。デイジー」
すると桃色の花が光り始め――不思議なことに――通り過ぎる人々はそれに気づかない。――人の形へと姿を変えた。桃色の髪の毛に、桃色の瞳。ローランドがたくましい腕で彼女を抱きしめた。
「デイジー」
「ローランド」
「もう何も心配はない。君のとんでもない母親は、彼女達が追っ払ってくれたよ」
デイジーがあたしを見た。その目は――本物の魔力があるものだった。
「本物の魔法使いが人間の娘になってたっての?」
「私……家族という関係に……憧れを持っているの。普通の娘のように、家族がいて、恋人がいて……」
デイジーとローランドが見つめ合い、再びあたしを見て――近づいてきた。
「テリー・ベックス」
デイジーに両手を握られる。
「嬉しい! 私のことが見えるのね! 私、何度も貴女の側にいたことがあるの! 貴女が牢屋でネズミたちと眠っている時に、母親のように頭を撫でに行ってあげたこともあるのよ。ネズミ達はいつだって歓迎してくれたわ。けれど、貴女、全く見えてなかったでしょ」
「……知らなかったわ」
「そうでしょうね。ええ。それでいいの。魔法使いは絶滅した。貴女は何も見える必要がないし、魔法なんて使わない世界の方がよっぽどいいの。けれども、テリー、貴女……何かに巻き込まれてしまったようね」
「……」
「体内に入ってるのは……トトのトゥエリーね? ……あの子ったら、本当に、貴女のことになると、お熱高めなんだから」
「……杖を元に戻すよう、水の魔法使いに言われたわ」
「まあ、湖に潜ったのね。そんな大変な状況の中、ああ、テリー。ローランドを助けてくれてありがとう。心から感謝するわ。……杖を出して」
星の杖を出すと、桃の魔法使いが息を吹いた。桃色の愛のある魔力が星の杖を囲んだ。そして中に浸透していき……杖が温かくなった……気がした。――気分が少々、良くなった。
「テリーさん、遅くなりました」
丁度レッドが戻ってきたのを見て、デイジーの頬が赤く染まった。
「まあ、レッド。貴方も一緒だったのね!」
「……僕、貴女に会ったことありますか?」
「いいえ。私が一方的に貴方達を見守ってた。小さなルビィとレッドはとても勇敢な兄妹。貴方とお話しできて嬉しいわ」
デイジーがしゃがみ、レッドに笑みを浮かべた。
「テリーを守ってあげてね」
「……はい」
「良い子ね」
デイジーがレッドの肩を軽く撫で、再びローランドの元へ戻った。
「ああ、ローランド。私、あんな可愛い坊やが欲しいわ」
「もちろんさ! 結婚式を挙げよう。何人にしようか」
「そうね。三人くらい……」
「任せてくれ。その代わり、夜に野獣になっても怒らないでいてくれるかい?」
「まあ! ローランドったら!」
「あははは!」
「うふふふ!」
「レッド、はい、回れ右。見ちゃ駄目よ。なんかいちゃつき始めやがった」
「テリーさん、あの人、夜になったら野獣になるんですか? あの人も呪われてるの?」
「男はね、夜になったら野獣になるっていう呪いを生まれた時からかけられてるのよ。そして女はそれをあしらわなければいけないから、野獣使いになるっていう運命を生まれた時から持ってるの。レッド、あんたは女がいなくても野獣をコントロールできる男になりなさい。紳士になるのだから」
「はい。テリーさん。僕頑張ります!」
「お土産でも買って次の時間軸に行きましょう。食べたいものある?」
「えっとね」
レッドがあたしに顔を上げた瞬間、大きな風が吹いた。
「……デイジー、彼女達は何者だったんだい?」
「そうね。言葉にするならば……迷える子羊かしら。でも、彼女を守ってる魔力があるの。大丈夫よ。きっと……目的を成し遂げるわ」
恋人達が手を握りしめ合う。地面には、レッドが被っていた仮面が残されていた。
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