第13話 おかしの国のハイ・ジャック(3)



 ――強風と共に、爆発音が鳴った。


「うわっ!」

「っ」


 レッドの悲鳴に、爆発音に、周辺の様子に、あたしは辺りを見回した。再び近くの建物が爆発した。地面が揺れる。


「テリーさん!」

(ちょっと待って、これってまさか……!)


 時計台に振り返る。既に破壊されている。


(10月29日!)

「な、なんだ。ここ、何が起こって……あ、人が……!」


 瓦礫の下敷きになって動かない人々を見てしまい、レッドが顔を青くさせる。


「ど、どうしよう! テリーさん! 僕どうしたら……」

「レッド!」


 目の前の建物が爆発した。瓦礫が落ちてくる。レッドがはっとして、あたしを抱き上げ、瞬間移動でその場から逃げ出した。瓦礫の下敷きになっていた人々の上に更に瓦礫が落ちていき、爆発が起き、命を奪っていく。


 目の前で見てしまったレッドが、唖然とする。


「人が……人が死んでいく……。どんどん赤になっていく……」

「レッド、見ちゃ駄目。行くわよ」

「テリーさん、赤になっていくよ!」


 レッドが泣き叫んだ。


「青が、赤に染まっていくんだ!!」

「レッド」

「沢山の青がなくなっていくんだ! 赤ばかりになるんだ! 赤が、赤に染まって、青が、赤で溢れて!!」


 ――視界を隠すように抱きしめると、あたしの胸の中で、レッドがひたすら涙を流した。


「ひっ……ひっく……」

「レッド、ロカトールも言ってたでしょう? 気を引き締めて。でないと、足元をすくわれる」

「……でも……人が……っ……」

「嫌な時間軸に来てしまったわね。説明は後。行くわよ。振り向いちゃ駄目。辛くても歩くのよ。いい? 足元に気を付けて」

「……はい……」


 俯くレッドの手を握り、星の杖を振る。緑の光が線となって現れる。どこかに導いている。


(頼むわよ。この時間軸には、あまり長居したくないわ)


 人々の悲鳴が聞こえる。爆発音が聞こえる。逃げ惑う人々の影が見える。レッドがポケットに入れていた耳栓をした。幾らかマシになったようだが、顔は青い。あたしが聞こえてない範囲の悲鳴も聞こえるのだろう。だが、あたし達には目的がある。この時間軸の人間を助けることは出来ない。


「駄目だ! イザベラ!」

「離して!! メグがいるのよ!!」

「こっちだ! ランド!」

「今行く!!」

「嫌っ! 離して! メグーーーーー!!」 


 子供の泣き声。大人の悲鳴。あちこちから爆発音。落ちてくる瓦礫。レンガ。ハロウィンの飾り。イルミネーションの破片。


(落ち着け。気を引き締めて。あたしが崩れたらレッドも崩れる。冷静に。あたしは貴族。何があっても頭は冷静でいるの。落ち着いて。二度見た景色よ。大丈夫。あたし達は部外者。杖が導く先に行くだけ。どこだ。早く……)


 あたしは進み続ける。


(早くしないと……)


 爆風に吹かれる。レッドの手をしっかりと握りしめて前に進む。


(魔法使い)


 爆発が起きる。


(どこなの。魔法使い……!)





「きゃあ!」





 足が止まった。レッドがあたしに気づき、ようやく顔を上げた。


「テリーさん?」


 杖の光は、あいつに向けられている。


「いたた……」


 立ち上がる前に、爆発が起きる。


「うわっ」


 レッドとあたしが座り込んだ。地面が揺れて立てない。


「テリーさん!」


 あいつが上を見上げた。看板が落ちてきた。青い目に看板が近づいてくる。距離が近くなる。落ちてくる。地面が揺れる。動かない。立ち上がらない。逃げられない。いいや、逃げられるけど逃げない。大怪我したらお手の物。だってあいつは――こんな時でも待っているのだ。




 あたしを。




「逃げろ、この馬鹿!!!!!!!」


 叫ぶと、あいつがはっとして振り返り、あたしは一瞬でイメージした呪文を読み上げた。


「遅刻魔ウサギが現れた! きっとお茶会開かれる! お嬢さんこちら! 穴に落ちて夢の中!」


 見えない壁に跳ね返るように、看板が何もない方向に飛ばされた。揺れが収まった。揺れによって火が移り、建物を燃やし始めた。あたしはレッドに振り返った。


「レッド、あっちに喫茶店があるわ! あいつを連れて、一旦避難よ!」

「え、あの子?」

「早くしなさい!!」

「はい!!」


 レッドがあたしを抱き上げ――メニーを抱き上げ――喫茶店に瞬間移動した。到着した途端、あたし達がいた場所が爆発した。それを見て、レッドが顔を青ざめ、あたしに抱き着こうとしたが、それは出来なかった。


 既に、場所はメニーによって取られていた。


「……テリー」


 青い瞳が、愛おしそうにあたしを見上げる。


「身長が高い。ふふっ。一度目を思い出すね」

「記憶がある状態のお前で助かったわ。メニー・エスペラント」

「でも、そう長く持たないと思う。びっくりして思い出してるだけだもん」


 メニーが再びあたしに抱き着き――口角を下ろし、横目でレッドを見た。


「……だーれ?」


 ――あまりの冷たい視線に、レッドが一歩下がった。


「テリーさん」


 複雑そうな顔のレッドがあたしを見た。


「その子、誰?」

「妹」

「……テリーさんにも……妹がいたんですか?」

「血は繋がってないけどね」


 メニーの体を引きはがし、距離を取る。


「ドロシーは?」

「はぐれちゃった」

「……はあ……」

「ねえ、どこから来たの? どうしてドロシーの帽子とマントをしてるの?」

「そんな未来にしないのがお前の役目とだけ言っておくわ。ドロシーを呼べる?」

「……今は来られないと思う。多分、この騒ぎの元凶を探してる」

「オズ」

「いると思う。近くに」


 あたしは杖を握る。もう反応はない。


(……助けろってことだったの? はあ。この女は天にまで味方されてるわけ? つくづくムカつく女だわ)

「あれ……」


 メニーが星の杖を見て、首を傾げた。


「テリー、その杖もドロシーのだよね?」

「……」

「ねえ、どこから来たの? ドロシーは?」

(……)

「テリー」


 メニーが眉を下げた。


「なんで、その杖を持ってるの?」

「言う必要がない」

「……」

「メニー、いずれ来る未来を、ここであんたに話すわけにはいかないの。話しても良いけど、あんた、未来であたしと会えなくなるけど、それでもいい?」

「……どこかの未来から来たんだ?」

「あんたがそう思ったのなら、そうなんじゃない?」

「……今のテリーはどこにいるの?」

「商店街の方。あんたを迎えに来るはずよ」

「本当?」


 メニーが頬を赤らめ、瞳を輝かせた。


「私を迎えに来てくれるの?」

「あんたのその嬉しそうな顔が嫌いなのよ。外に出たらわかる。多分ドロシーから会いに来るでしょうけど、寄り道せず商店街に向かいなさい。きっとアリスといるから」

「うん。わかった」

(あ)


 メニーが背伸びして、あたしの頬にキスをした。


「助けてくれてありがとう。テリー。気を付けてね」


 メニーが笑顔のまま、爆発と強風だらけの混乱する外へと飛び出していった。その後ろ姿は、まるでスキップする少女のようだった。


「……テリーさん、あの子……本当にテリーさんの妹なの……?」

「……ええ。間違いなく義妹よ」

「ちょっと怖かった」

「ごめんね。見た目に寄らず嫉妬深いのよ。ちょっとお姉ちゃんが取られただけですぐに怒り出すのよ。気にしなくていいわ。あいつよりも質の悪い女は他にもいるから」

「え、そうなの?」

「そうよ。見た目はクリスタルのように美しいけれど、太ももに銃を隠し持ってて、気に入らないことがあれば、ばんばん撃ってくるの」

「ええ!? そんな危ない人がいるの!?」

「大丈夫よ。レッドには手出しさせないから。さあ、ここは危険だから、次の場所に移りましょう。全く。なんでここに来たのかしらね」


 あたしは杖を持ち上げると――緑の光を見た。


(あ)


 緑色の光は、走るメニーと合流した。


(あ、まっ)


 あたしの腕が、杖を振ってしまった。


「ドロシー!」







 呼ばれた気がして、ドロシーが振り返った。しかし、そこにあった喫茶店は、爆発によって破壊されたのであった。






(*'ω'*)





 星の杖を振ってみる。星の杖は導かない。

 あたしは強くイメージして、杖を振った。それでも、まだ導く事は無い。


 ドロシーがあたしの隣でそれを見ている。あたしはそれに気づかず、杖を振り続ける。ドロシーが呆れたように溜息を吐き、鼻を掻いた。


 あたしは使えない星の杖を投げようとした。それを止められる。


「こら」

「役立たず」

「優秀な杖だよ。もっと大切にして」

「あんたがいたのに声をかけられなかった」

「きっとこの時間軸じゃなかったのさ。君はね、諦めて次に行くってことを覚えた方が良い」

「次で会えるわけ?」

「さあね? 会えなくとも、君がやらなきゃいけないことって沢山あるんだよ。杖は歴史の通りに君を導くはずさ」

「いつ会えるわけ?」

「近い未来に」

「あんたをぶん殴るって決めてるのよ」

「うわ、なんてことを言うんだい。ボクが何をしたって言うのさ」

「あたしにこんな役目を与えて、あんたはくたばった」

「それは謝るよ。でも今じゃない」

「嫌よ。土下座したって許さない」

「テリー、言い争いをしてる場合じゃないよ。君、大変なことになってるよ」

「あたし?」

「そうだよ。助けてあげたら?」


 ドロシーがあたしの腕を動かした。


「ボクが追い詰められた君を助ける事なんて、ないんだから」


 星の杖を振った。



(*'ω'*)



 それは、煙が舞った時間軸だった。


 レッドがあたしのマントに掴まり、周辺を見回した。けれど、ここには煙と静けさしかない。


 ふと、レッドの耳がピクリと動いた。あたしのマントを引っ張った。


「テリーさん」


 指を差す。


「あっちから、テリーさんの声が聞こえる」


 指を差した方向から、叫び声が聞こえた。


「ドロシー!!」


 逃げ惑うあたしの声が聞こえ、はっとした。


「ドロシー!! どこなの!! ドロシー!!」


 二人の影が見えた。走っている。


「助けて!! ドロシー!! 助けて!! 助けて!!」


 この時間軸に生きるあたしは、友達を助けるために、必死に叫んでいた。


「助けて!! 助けて!! 助けて!! 助けて!! 助けて!! 助けて!! 助けて!!」


 悲鳴にも聞こえるその叫び声に、動いたのはあたしではない。


「ドロシィィィイイイイイイイイイ!!」


 レッドが動いた。駆け出し、あたしとアリスの後ろを追う男にめがけて足を向け、思い切り蹴飛ばした。その時の強風に影響されたリンゴが籠から抜け出した。


 地面に落ちていくリンゴを見ながら、あいつの言葉を思い出す。



「これは罰だ」

「ボクは罪を犯した」

「君が思い出すかと思って」

「追い詰めたら」

「死ぬ直前まで追い詰めたら」

「きっと」

「中にいる君が」

「目覚めてくれて」

「迎えに来たと」

「言ってくれると」

「いつか」

「そうなったらいいと」

「思っていたから」

「わざと」

「見て見ぬふりをして」


「助けず」


「君が危険な目に遭い」

「追いつけられ」

「そしたら」

「きっと思い出すと」

「思っていたけど」



 ドロシーはあたしに言った。



「君、大変なことになってるよ」

「助けてあげたら?」

「ボクが追い詰められた君を助ける事なんて、ないんだから」



 ドロシーがあたしを助ける事は無い。

 どうしてか、ドロシーはあたしを危険な目に遭わせて、追い詰めたいらしいから。

 何よ。あれ、お前じゃなかったのね。


 少しは役に立つと思った、あの時のあたしの感謝を返してよ。


 頭に、呪文が浮かび上がる。



「夢から覚めよ。夢見る少女。不思議の国は貴女の夢。目覚めなさい。女王はいない。ウサギはいない。全ては貴女のただの夢」


 唱えると、緑の光が放たれた。リンゴが地面に落ちて、転がる。音に気付いた過去のあたしが振り返った。緑の光が過去のあたしを導く。アリスを引っ張ったあたしは、一目散に駆けだした。


 一方、中毒に侵されたダイアンがレッドの攻撃を受けたことにより、持ってた飴をかみ砕いた。体が変形し、レッドを振り投げた。レッドが強く飛ばされ、ダイアンは再びあたしとアリスを追いかけ始める。レッドがコウモリとなって追いかけようとしたところで、ストップをかけた。


「レッド、戻りなさい」


 レッドが追いかけ始めた。


「レッド」


 レッドがダイアンの首を噛もうと口を開いた。しかしその前に、星の杖から放たれた網が、レッドを捕まえた。その場で地面に這いつくばり、ダイアンはあたしとアリスの足音を追いかけた。


 レッドがうなり、なんとか網から出ようともがいた。あたしはそれを見下ろし、言った。


「他の時間軸の人間とは関わってはいけない。言ったはずよ」


 レッドが威嚇の鳴き声をあげた。あたしは容赦なく杖でレッドを殴った。すると――レッドが呆然と固まった。


「レッド」


 レッドが固まったまま動かなくなった。


「冷静になりなさい。ロカトールに言われたはずよ。その場の感情でどうにかしようとしたら、足元をすくわれる」

「……」

「大丈夫よ。もうあたし達がやるべきことは、この時間軸にはないから」


 網が緑の光となって消えていく。手を差し出すと、レッドがあたしの手を握り、ゆっくりと立ち上がった。


「ほら、膝が擦り傷だらけ」

「……すぐ治るよ」

「何むくれてるのよ」

「あいつ、呪われてた」


 レッドが責めるような目であたしを見てきた。


「どうして何もしなかったの? 前みたいに、注射器で挿せば良かったのに!」

「そしたらどうなると思う? 元の世界に戻れない」

「追いかけられてたのはテリーさんだった!」

「そうよ。追いかけられたの。だからあたしは逃げたのよ」


 あたしの悲鳴が聞こえた。レッドが振り返った。


「僕は貴女の救世主だ! だったら、助けるべきだ!」

「この時間軸はおしまい」

「でもっ」

「あたしが良いって言ってるの。レッド。もうこれ以上は駄目よ。行くわよ」

「でも! テリーさんが叫んで……!」


 星の杖を振った。


 煙に包まれた商店街。

 転がったのはいいものの、その場で動かなくなったリンゴ。


 ここには、誰もいなかった。



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