第8話 雪の姫はワルツを踊る(2)


 とあるところに、真面目な青年がいました。


 この青年は毎朝一番先に起きて、夜一番あとに休んで寝ました。誰も引き受けたがらない難しい仕事がある時は、いつもこの青年が一番先に取り掛かりました。それだけでなく、決して文句を言わないで、どんなものにも満足し、いつも朗らかでした。


 一年の務めが終わった時、彼の雇い主は青年にろくな給料を出しませんでした。というのは、(これが一番賢いやり方だわい。金を節約できるし、あいつは出ていかないで黙って務めるだろうからな。)と思ったのです。もちろん、真面目な青年からは文句など出てこず、一年目と同じように二年目も仕事をしました。それで二年目の終りにもろくな給料を受け取りませんでしたが、楽しそうにして、やはり働き続けたのでした。


 三年目も過ぎた時、とうとう真面目な青年が言いました。


「旦那さん、私は三年間真面目に務めました、お願いですから、その分に見合ったお給料をください。私はここを出ていき、旅をしたいと思ってます」

「旅立って? ほう。そいつは良い。お前はよく務めてくれたよ。ご苦労様。だから気持ちよく給料を出せるよ」


 そうしてけちんぼな雇い主はポケットに手を入れましたが、たった数枚の銀貨だけ数えて、「ほら、お前、ろくに見たことないだろ。大した金で気前のいいことだぞ。こんなに払ってくれる旦那はあまりいないだろうよ。」と言いました。


 真正直な青年は、お金のことをほとんど知らなかったので、財産をポケットに入れ、一安心。


(さあ、財布はいっぱいになったし、もうきつい仕事をして、くよくよしたりあくせくすることはないぞ)


 と、思いました。

 しかし、困ったことが起きたのです。たった数枚の銀貨では、旅など全く不可能だったのです。

 真面目な青年は絶望ました。


「なんてことだ。ちっぽけな手当てを渡されていたなんて。ああ、これからどうしよう」


 そんな青年を哀れに思った小人が近づいてきました。


「やあ、どうも。こんにちは」

「おや、とても小さい人、こんにちは」

「何やら、心配事があるようだね。話を聞かせていただいてもいいかい?」

「それが、ずっと働いていた雇用先に騙されていたことがわかったのさ。というのも、見てごらん。俺のお財布の中身を。これには銀貨三枚と、残りは全て銅貨だ。俺はお金の知識がてんでないもんでね。これが素晴らしく高いお金だと思ったら、そうじゃないようで、これだと、宿を七日分しか泊まれないんだ。食事をしたら四日分。あの畜生。俺が何も言わないことをいいことに、こんなに真面目な青年を騙しやがったのさ。俺はね、悔しくて仕方ないよ」

「なるほどなあ。だがな、安心しな。俺様はもっと貧しいんだぜ。な、良かったらその銀貨、一文無しの俺様にゆずってくれねえか? この通り、俺様は小さいから働き口などない。けどあんたはまだ若くて、高身長で、簡単にパンを食べられる」


 真面目な青年は愚痴を聞いてくれたこの小人を可哀想に思い、


「じゃあやるよ。俺はその金がなくても大丈夫だろうから」


 と言って、本当に銀貨三枚と、残りが銅貨のたっぷり入った袋を小人に差し出しました。小人は喜んで言いました。


「な、親切なお兄さん。あんた優しいな。心が優しいから、三つ願いを叶えてやるよ。銀貨三枚分さ」

「へえ!」


 真面目な青年は驚きの声を上げました。


「あんたは、不思議な術を使う人達の一人なんだな。うん、じゃあ、そういうことなら、まず、食料を調達できるものが欲しい」

「ならば銃だな。狙いを定めたら必ず当たる代物だ」

「二番目に、皆が愉快になるためのものが欲しい」

「おっとそれならいいのがあるぜ。旦那、ヴァイオリンなんていかが?」

「おお、まるで金持ちになった気分だ。なんて綺麗なヴァイオリンだろう。ありがとう。大切にするよ。三番目に、俺が頼んだら、誰でも断れないようしたいんだけど、そういうことって出来る?」

「いいのがあるぜ」


 小人が綺麗な飴を差し出した。


「こいつを舐めてごらん。断れないだけじゃない。もっとすげえことが起きるからさ」


 小人の言う通り、青年は旅をしながらヴァイオリンの練習をしました。するとそのヴァイオリンを聞いた者達には、不思議なことが起きたのです。それを見た青年はこう思いました。


(こいつはすごい。人の役に立つために使おうじゃないか!)


 旅先で、盗賊に襲われたら頼み込みました。


「命と金を奪わないでほしい。頼むよ」

「そいつは残念だな。俺たちは命と金を奪うのが仕事なのさ」

「俺の言うことを断るのか? それならば仕方がない」


 真面目な青年は飴を舐めた。そして、ヴァイオリンを弾くと、とんでもないことが起きた。


「悪人は滅ぶべきだ」


 後日、兵士がやって来た。

 最近、盗賊や盗人の大量殺人が続いているらしい。



(*'ω'*)



 あたしはお腹を撫でながら、レッドの手を握って雪道を進む。


(はあ、食べた。食べた。お腹いっぱいになったら眠くなってきたわ。どこか宿に行きましょう。これくらい良いわよね。ふう。眠い……)

「テリーさん、次はどこに行くの?」

「申し訳ないんだけど……ちょっと疲れたから宿に行きましょうか。少し寝たいの」

「お金、大丈夫?」

「お金はね、平気なの。もう無限に出てくるから」

「……魔法ってすごいですね」

「まあ、これくらいはね」

「宿、どこにします?」

「えーと……あ」


 あたしは指を差した。


「あそこにしましょう」


 ママの会社の子会社が経営してる宿だわ。


「サービスがとってもいいの」

「すごく綺麗なところ……リトルルビィが見たら喜ぶだろうなあ」

「そうね。あの子は好奇心旺盛だから、見たらよろこ……」


 ――あたしの体が小娘に突き飛ばされた。


「ふげっ!」

「うわっ!」

「失礼!」

「テリーさん、大丈夫!?」

(最悪! 腰を打った! うらぁ! クソガキ! どこのどいつよ!)


 立ち上がると、更に奥からクソガキが走ってきて、突き飛ばされた。


「ふぎゃっ!」

「うわっ!」

「ごめんなさーい!」

「テリーさん! 大丈夫!?」

(クソガキども!!)


 あたしは殺気の眼で走っていくガキどもを睨んだ。


(このテリー・ベックスを突き飛ばすなんて! どこのどいつ……)

「……あ」

「テリーさん、怪我は? 痛いところある? 僕、舐める?」

「レッド、先に部屋を取っててくれる?」

「え」

「お姉ちゃんが後から来るって言っておいて。名前はニコラ・ピープル。お金よ。はい。お願いね」

「え、あ、テリーさん!」


 早口で言って、星の杖をくるんと回すと、レッドが瞬きをした後、あたしの姿は消えていた。


「……えっと……お部屋……えっと……」


 レッドが緊張した面持ちで宿に入る頃、あたしを突き飛ばした小娘が路地裏を走っていた。


「しつこい!」

「愛してるからね!」

「くたばれ!」

「結構!」


 少年に追いかけられた小娘は建物の隙間に逃げこみ、裏道を走った。建物の裏で店を開いている花屋の前を通る。


「よお! お嬢ちゃん!」

「どうも!」

「よお! キッド!」

「どうも!」


 しかし、彼女を追いかけているのはとんでもないチート野郎だ。まともに逃げられるはずがない。だから小娘は必殺技を出した。手を叩き、助けを求めた。


「ドロシー! 手伝って!」


 ぐいっと裏路地に引っ張られた。しばらくして、その道にキッドがやってきた。はあ、と息を吐き、汗を拭い、ゆっくりと歩き出した。


「テリー、出ておいで」


 キッドの声は優しい。


「もう、テリーってば、鬼ごっこがそんなに好き?」


 おどけて笑うキッドが捜し回る。


「我が愛しの姫。ほら、怖くないよ。出ておいで。何もしないから」


 キッドの口角が下がった。


「お前にはね」


 キッドが走り出す。小娘が通りそうな道を的確に選んで通るが、お目当ての彼女はいないようだ。キッドが眉をひそめた。


「……おかしいな。いるはずなんだけど」

「残念」


 角から現れたあたしに、キッドが目を見開き、後ずさった。


「もういないわよ」

「……」

「よくも突き飛ばしてくれたわね。このクソガキ」

「いてっ」


 キッドの額に人差し指で押してやった。キッドが後ずさり、あたしを見つめる。


「愛しい婚約者を追いかけ回さないの」

「……」

「わかったらさっさと帰りなさい。ま、捜しても良いけど、もう屋敷に帰ってるから、見つかるはずないわよ」

「……」

「訊きたいことがあるんだけど、少し時間ある?」

「もちろん」


 キッドがあたしの手を握りしめた。


「お久しぶりです。麗しの魔法使い様」

「王子様は結構。お姫様、貴女と話をさせてくれない?」

「あたくしを迎えに来たのか?」


 クリスタルのような瞳が、わくわくしたようにあたしを見つめた。


「他の魔法使いはいないの?」

「魔法を打ち砕く方法の載った本は手に入った?」

「ああ。そのことか! きちんと受け取ったし、きちんと読んだ! 非常に面白かったぞ! 手紙もきちんと読んだ!」

「手紙ですって?」

「魔法使い様、ニクスについて情報が欲しい。キッドの婚約者の小娘が、何やら情報を隠しているようなのだ」

「その件については自分で調べなさい。あんたなら調べられるでしょ」

「あん。いけずぅ! それでこそ魔法使い様。謎があって非常に興味深い! だが、事は一刻を争う。あの小さい小娘が口を滑らせればすぐわかるのに……」

「本はどこ? 見たいんだけど」

「塔にある!」

「あー……」

「馬車を用意させよう! そうすれば夜には着く!」

「……いや、今度でいいや。もう疲れたし。あのクソ高い塔ね。はいはい。わかった。わかった。じゃ、また今度にするわ。うん、じゃ、そういうことで。はい。またね。さようなら」


 歩き出そうとすると、クレアに手首を掴まれた。振り返ると、クリスタルの瞳が歪んだ光を輝かせていた。


「離さないぞ?」


 クレアがにやけている。


「まだ話し足りない。魔力について、色々知りたいことがあるんだ」


 クレアの魔力が、あたしを包んでいく。


「魔法使い様、お茶しましょう? ね? そこで、たっぷりお話を聞かせていただき……」


 あたしを掴むクレアを引っ張った。


「たっ、うわっ」


 クレアの顎を掴む。


「なっ」










 あたしの唇で、クレアの唇を塞いでやった。










 クレアがぽかんとする。

 あたしは笑みを浮かべ、唇を離した。


「悪いけど」


 あたしの手には、彼女のベルトに入っていたはずの注射器が握られていた。


「ガキに、興味ないのよ」


 冬の風が吹く。クレアが瞬きした。そこに、もうあたしはいなかった。


「……あーあ」


 クレアが唇に触れた。


「奪われちゃった」


 しかし、なぜだろう。


「……なんか、ドキドキする」

「あれ? テリーさん!」


 ベッドに座ったあたしを見て、初めて部屋に入ったレッドが駆け寄ってきた。


「手続きしたばかりなのに、部屋がわかったんですか!?」

「ああ、なんかここに移動した」

「すげー!」

「ごめん。ちょっと寝かせて。疲れた」


 もう無理。体力の限界を感じ、あたしはベッドに倒れ、一瞬で眠りにつくことが出来た。


「あ、待って。テリーさん。あ、えーと、うーんと……」


 レッドがドアの鍵をかけてから、あたしの隣に寝転がった。これなら呪われた人が来たって、僕が守れるでしょう? けれど、レッドの瞼はすぐに下ろされ、気づかないうちにあたしと一緒に眠っていた。

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