第6話 狼は赤頭巾を被る(2)

 少年の瞼が上がる。赤い瞳がはっきりと見えた。しばらく焦点が合わず、ぼんやりとしながら徐々にはっきりしてきたのか、目玉を動かし、あたしを見てきた。


 少年が眉を下げ、訊いてきた。


「……誰……?」

「さあ? 誰でしょうね?」

「家に……帰らないと……」

「人を襲っておいて謝罪もせず家に帰ろうって? 良い御身分ね」

「襲っ……た……?」

「あんた、飴を舐めたでしょ」


 手ぬぐいで少年の汗を拭う。


「もうこれ以上舐めるのやめなさい。薬を打った意味がなくなるから」

「……駄目だよ……。アレがないと……幸せに……」

「紫色の魔法使いから貰ったんでしょ。優しそうな笑顔で優しい言葉をかけられて」

「……知り合いなの……?」

「あんたみたいな子供は疑うことを知らないからすぐ騙される。あんた、呪われたのよ」

「……違う」

「あれは呪いの飴。確かに……願いは叶うかもね。歪んだ形で」

「違う……あれは……願いを叶える……幸せの……」

「じゃあ、あんた、なんであたしを襲ったの? 血を飲みたくなったからじゃないの?」

「……青に見えるから……」

「青って?」

「声が聞こえるんだ……。青は……良くないから……赤にしてあげなさいって……。そしたら……全部を赤にしたら……僕らは……幸せになれるって……」

「僕らって?」

「僕と……妹……」

「……兄弟がいるの?」

「妹……だけ……まだ小さくて……僕がいないと……駄目なんだ……」

「パパやママは?」

「お父さんは……僕らが生まれる前に……戦争で……お母さんは……病気で」


 少年の目に、涙が浮かんだ。


「死んじゃった」

「……そう」


 頬に伝った涙も、手ぬぐいで拭う。


「孤児院には行かなかったの?」

「孤児院に入ったら……離れ離れになるって……言われて……でも……その夜に……」

「魔法使いが現れた」


 呪いの飴を渡した。


「飴を舐めたら……世界が青くなった」

「声が聞こえた。青を赤くしたら、皆が喜ぶ」

「そして、僕らは幸せになれる」

「だから青い人を赤にした」

「でも全然足りなくて」

「もっと赤にして」

「そしたら、だんだん苦しくなってきて」

「でも飴を舐めたら苦しくなくなるから」

「飴を舐めて、赤にして、青い人を狙って、また赤にして」

「でも、今は、今まで以上に苦しくて、動けないし、息だって上手くできない」


 赤い瞳に見つめられる。


「僕……死ぬの?」

「さあね? 今夜を乗り切ったら、なんとかなるかも」

「家に帰りたい。妹が待ってるんだ……」

「朝になったら頼れる奴のところに連れて行ってあげる。そいつに今の事情を全部話しなさい。そしたら妹も一緒に保護してくれるから」

「……貴女は誰……?」


 他の時間軸の人間に干渉してはいけない。関わってはいけない。


「魔法使いもどき」

「……?」

「普通の人間よりかは説得力あるでしょう? とりあえず、朝が来るまでそのままで我慢してちょうだい。大丈夫よ。今夜させ乗り切れば、あんたは間に合ったってことだから」

「……よく、わかんない……」

「わからなくていいの。寝なさい」


 足を組み、膝に肘を乗せ、手には顎を乗せる。


「起きたらあたしに感謝の言葉と謝罪の言葉を両方言いなさい。わかった?」

「……」

「寝なさい」


 ドアを睨む。


「今夜は、あたしが守ってあげるから」


 少年が瞼を下ろした。また眠りにつき、部屋は静かになる。


(さあ、いつでも来なさい)


 秒針の動く音だけが響く。しばらくして、――小さくドアが叩かれた。


「あら、ひょっとして女将さん? 何の御用かしら?」

「まあ、まだ起きてらっしゃったの?」

「ええ。弟が心配で」

「見回りのついでに、お困りではないかと思いまして。眠っていらっしゃると思ったのですが、念のため」

「まあ、ありがとうございます。今のところ、何の問題もございませんので、ご心配には及びませんわ。どうもありがとう」

「いいえ。それなら良かった。それではお休みなさい」


 ドアを開けられなかった足音が遠くなっていく。


(眠っている人間を起こさないように、小さくドアを叩いてたわね。残念ね。起きてるわよ。このイカレ女将)


 秒針の動く音だけが響く。またしばらくして、――小さくドアが叩かれた。


「あら、ひょっとして女将さん? 何の御用かしら?」

「まあ、まだ起きてらっしゃったの?」

「ええ。弟が心配で」

「時間も時間ですわ。どうぞお休みください」

「お気遣いどうもありがとう」

「お休みなさい。良い夢を」


 秒針の動く音だけが響く。もうしばらくして、――小さくドアが叩かれた。


「あら、ひょっとして女将さん? 何の御用かしら?」

「まあ、まだ起きてらっしゃったの?」

「ええ。弟が心配で」

「少し寝られたらどうですか? 私はお客様が心配で心配で」

「まあ、お優しい人だこと。大丈夫です。自分のタイミングで寝ますから」

「ええ。それではお休みなさい」


 あたしは眠らない。少年のベッドに座って、絶対に動かず、ドアを睨み続ける。眠くなっても、とんでもなく小さなドアの音に反応してすぐに目を覚ます。あの女将、定期的にドアを叩きやがる。一体何のつもりだってのよ。


(ドロシーの杖は、何のためにこの宿にあたしを導いたのかしら)


 毒入りの食事、毒入りの水。


(女将の狙いは何?)


 窓を見る。もう少しで陽が昇りそうだ。


(……一か八か)





 ドアが、小さく叩かれた。




「お客様? 朝でございますよ。弟様のご様子はいかがですか?」


 返事がないので、閉じられたドアは外からゆっくりと開けられた。女は、一つのベッドに眠る親子を見つけた。


「まあ、お疲れだったのでしょう。ゆっくり休めているようで良かった」


 懐から瓶を取り出した。


「お水はいかがですか? 新鮮で、とても美味しいものなんです」


 蓋を開け、ベッドに近づく。


「ぜひ、お二人に」


 瓶の中身がベッドに落ちる前に――あたしはその手を蹴飛ばした。


「ひゃっ!」


 驚いた女が悲鳴を上げ、あたしはシーツを翻し、杖を女に向けた。そして――その正体を見て、目を見開いた。


(え……!?)


 ――女将ではなかった。瓶を持っていたのは――受付をした気弱そうな娘だった。


(待って、女将は!?)


 部屋の隅まで飛ばされた瓶の中身は壁に付着した。すると、壁が溶け、穴が開いた。娘が振り向き、憤慨した顔であたしを見た。


「折角の毒を、よくも!」

「お黙り! グルだったってわけね!? よくも毒入りの食事や水を用意してくれたわね!」

「よそ者のくせに! よそ者のくせに!」


 娘の顔の皮膚が蠢いた。


「私の毒をよくも!」


 娘が飴を舐めた。すると、女の体から数本の小さな手が生え、ダンゴムシのような形となった。手にはそれぞれ毒の瓶を持っていて、二つの充血した目はあたしを向けられていた。


「私の毒をくらえ!」


 毒の液体がかけられ、あたしはその場から逃げ出した。毒の液体をかけられたベッドは溶けていくが、そこに少年は既にいない。


「避けられた! むかつく! むかつく!!」


 あたしに振り返り、再び小さな手が毒の液体をかけてきた。あたしは地面を踏み込み、飛んだ。壁に毒が付着し、再び壁が溶ける。受け身を取り、立ち上がる。女は憤慨している。自信作の毒を避けられたくないようだ。あたしは小さな手に持たれた瓶の数を見た。


「味わって! 私の毒!」


 あたしは枕を投げた。毒に当たって枕が溶けた。


「自信作なの! 当たってよ!」


 杖をくるんと回した。女が壁に飛ばされた。


「ぎゃっ!」


 あたしは杖を構える。強くイメージする。しかし――呪文が浮かんでこない。


(ちょっと、今こそ魔法を使う時でしょ!?)

「痛い! 酷い! こいつは悪い奴だ! 毒で処理しないと」

(なんで浮かんでこないのよ! 今までなら浮かんできたじゃない!)


 毒をかけられた。それを避ける。


(キッドの幻覚!)


 出てこない。


(ルビィの幻覚!)


 出てこない。


(ソフィア!)


 出てこない。


(リオン、メニー、えっと、ニクス、アリス、えーっと、ドロシー!)


 出てこない。全く呪文が思い浮かばない。


(やばいやばいやばい! どうする!)

「ひっ!」


 目の前に毒が飛んできて、慌てて下がる。すると、下がった先でも瓶を投げられ、前転して避ける。まさか、ギロチンから逃げ出すために練習した前転が、こんなところで役に立つなんて!


(こうなったら!)


 ドアに走ると、毒が飛んできた。慌てて避けると、ドアノブに毒が当たり、溶けて、部品が一体化し、出られなくなった。


(おっと、これはまずい!)


 再び瓶が投げられ、避ける。女に振り返ると、もう毒を持ってなかった。女が短い腕たちを見回す。


「あれ、毒……毒……」

(形勢逆転! さあ、あたし、集中するのよ! イメージを強く……)

「うーーーーーん」


 体の中に短い腕が引っ込み――再び毒の瓶を持って外に出てきた。流石のあたしも黙った。


「これで良し」


 女が満足そうに笑みを浮かべて――再びあたしを狙って瓶を投げてきた。


「私の毒に当たって!」

(絶対嫌!!)


 壁がどんどん溶けていく。毒が付着して、壁すら触れなくなってくる。それでも呪文は出てこない。


(あたしの魔力どうなってるのよ! 全然呪文が出てこないじゃない!)

「そこだ!」

(えっ)


 はっと顔を上げる。あたしの向かう先に毒の液体が直接飛ばされていた。止められない。体が前進する。杖を構えるが呪文は出てこない。女がこの先の未来を予想して笑みを浮かべた。あたしは血の気が下がった。それでも呪文は出てこない。まずい。まずいまずいまずい。毒が近づく。どうする。頭がパニックになる。どうする。何も出てこない。キッドは来ない。どうする。あたししかいない。どうする。どうもできない。毒がマントに触れる。どうする。何も出てこない。やばい。誰か、






 誰か、助けて――!!







「あっ!!!!!」






 女が思わず声をあげた。あたしの前に――少年が飛んできたのだ。あたしを守るように飛び込み、直接毒を体全体に浴びた。しかし、少年は溶けず、そのまま地面に転がりながら立ち上がり、赤く染まった鋭い眼を女に向けた。


「あれ、溶けない? あれ? なんで?」


 少年が走り出した。


「あらっ」


 少年が女の背中に乗り込んだ。


「やだ! ちょっと! やめてよ!」


 少年の口が開き、大きな牙が――女の首に刺さった。


「ぎゃあああああああああああああ!!!!」


 女が暴れ出す。


「痛い! 何するの! やめて!」

「坊や!」


 あたしは必死に叫んだ。


「その女の血は飲んじゃ駄目! 死ぬわよ! 吸ったら吐きなさい!」

「痛い! 痛いんだから! 痛いのよ!」


 少年をなんとかしようと、壁に少年をぶつけようとすると、少年が大量のコウモリとなって消え、女の背中が壁に当たり、背中が毒で溶けた。


「きゃあ!」


 更に散り散りとなったコウモリが女の頭全体に飛び、視界を遮った。


「コウモリがいっぱい! やめて! やめて!」


 ――そこでようやくあたしの頭に呪文が浮かんだ。杖を握り、女に向ける。


「毒をぶつけてやるから! ふっかけてやるから! 自信作の毒なんだから!」

「従者を寄越したお姫様。証拠は3枚、灰色マント。正解だろう? そしてそれは婚礼衣装となるだろう」


 キッドの幻覚が走り出し、笑顔で女に注射器を振り下ろした。消毒!


「ぎゃあああああああああああああ!!!!!」


 女が悲鳴を上げながら倒れ――白目を剥き、動かなくなった。キッドの幻覚がぱちんとウインクして、隙間風に吹かれて消えた。あたしは念のため、女の頭を軽く蹴飛ばしてみる。動かない。完全に気絶したようだ。


 顔を上げる。大量のコウモリが一つとなり――少年に戻った。口元が血だらけになった少年は、あたしの忠告を聞いていたのか、口いっぱいに血をため込み、それを一気に地面に吐いた。少年の服が、パンツが、靴が、血だらけとなる。毒に侵された赤い眼があたしを見上げたタイミングで、あたしはようやく口を開いた。


「なんで部屋に戻ってきたの?」

「……起きたら……宿の前で……寝てたから……」

「そうよ。移動させたの」

「窓から……見えたんだ。貴女が……すごく走ってて……なんか、窓が、溶けたりしてて……」

「……」

「頼れる人の所に……連れてって、くれるって……言ってたから……」


 少年が俯いた。


「助けないとって……」

「……そうね。助かったわ」


 しゃがみこみ、少年の顔を覗く。


「ありがとう」


 少年があたしの顔を見た。あたしも少年の顔を見た。やはり、赤い目をしているからだろうか。どうしてもリトルルビィを思い出してしまう。


「……さて、あんたを連れていくついでに、ここに呪われたとんでもない女がいることを伝えに行かないと。あいつ、女って聞いて喜ぶわ。過去のあいつは女遊びに夢中だもの」

「……あの人、呪われてるの? というか……人なの?」

「そうよ」


 倒れた女を見る。


「あんたと同じ」


 少年が黙って姿が全く変わった女を見つめる。自分もいつかこうなるのだろうと思っているのか、目を離さない。さあ、いつまでもここにいるわけにはいかない。壁や地面、触れない毒だらけ。少年は平気そうだけど、やっぱりあたしはか弱い乙女だから、無理なんだわ。ああ、ドロシーの魔力も大したことないのね。全く、危険な時に限って役に立たないんだから。お前はドロシーそのものよ。あたしの命が危なかったんだから、さっさと呪文を頭に出しなさいよ。この、役立たずの魔力が!


 その時、ドアが叩かれた。


「っ!」


 あたしは少年の前に立ち、ドアに振り返った。少年もドアを見つめる。


「お客様ー?」


 忘れていた。女将が残されていた!


「お客様、目は覚まされましたか?」

「……」

「朝ですよ。ええ。それはそれはとても明るい希望の朝です。お客様、大丈夫ですか?」


 女将が言った。


「その女に、殺されてませんか?」

「……」

「昨晩、余計なことを伝えられたようですね」


 ドアノブが動く。


「ああ、毒の影響ですか。やれやれ」


 ドアが壊された。地面に倒れ、女将が――古びたデクの杖を持って、立っていた。


「合格です。テリー・ベックス。なぜ国一番の嫌われ者の貴女が、トトの魔力を持っているか、お話を聞きましょう」

「……知ってて黙ってたっての?」

「この程度の呪われた人間をなんとかできないと、この先だってやっていけない。呪文を唱えるのに苦戦してましたね。どうしてかわかります?」

「……」

「そのお話もしましょう。部屋から出なさい。その女はしばらく放っておいても平気よ。下でお茶にしましょう。大丈夫よ。毒なんて入ってないから。それにしても不思議ね。その坊やもオズの呪いにかかっているのに、正気だわ」

「薬を打ったもの」

「薬?」

「そうよ。クレア姫の手下の研究者達が開発してる薬」

「まあ! あはは! 全部お察しってわけ! つまり、貴女、別の時間軸からやってきたのね? いいわ。来なさい。ここにいたって、何も良いことないんだから。ああ、坊や、貴女はシャワーに行きなさい。毒まみれだなんて、女の子が逃げていくわよ」


 毒の魔法使いについていき、宿の一階で安全なお茶を飲む。そして、何が起きたのかを簡単に説明し、星の杖を見せた。


「なるほど。それで湖に潜ったのね」

「また別の時間軸に移動する前に、魔力をくれないかしら?」

「いいけど、その前にこれから注意しなければいけないことを話しておくわ。私の親切心でね」

「親切なら夜にわざわざ怪しい行動をとらないと思うわ」

「見張ってあげていたことに気づけない方が未熟なのよ」

「減らず口が。あんたみたいなタイプは気に入らないわ。ドロシーみたい」

「トトにはね、魔法使い達の集まりの際によく金平糖を貰っているの。私も好きなのよ。あの甘いお菓子」

「ああ、そう。あたしのお小遣いで買ったものよ。賄賂は既に払ってたみたいね。あの坊やが戻ってくる前に、その注意事項とやらを聞かせてくれない?」

「あははは! トトの言う通りね!」

「何が?」

「テリー・ベックスは性格だけじゃなく、口も悪い」


 あたしはお茶を飲みながら、毒の魔法使いを睨んだ。


「呪文が出てこなかった件よ。自分の魔力の管理下でないと、魔法使いといえども、魔法はそう簡単には出てこない。これはいわゆる……魔法を使うための約束事、と言えばわかりやすいかしら?」

「魔法使いのルールってやつ?」

「そうよ。沢山あるの。時間を移動している貴女が知らなくていい物だってある。覚えておく必要があるものは……魔法使いは、管理外の地域で魔法を出すことは禁じられているってことかしら。ほら、よそ者が自分の家で大暴れされたらたまったものじゃないでしょう?」

「もし使ったら?」

「それ相当の罰が与えられる。けれど、貴女には関係ないと思う。あくまでこれは本物の魔法使いの話。貴女は所詮もどきでしかない。だから、違反になるくらいの魔法は貴女の杖からは出てこないはず。困るとは思うわよ。さっき経験したように、頭がぼんやりして、呪文が出てこなくなるから。魔法を使う時は、自分の管理下……この場合はトトね。トトが管理している城下町で使うのが一番良い。もしくは、許可を取ることね。管理している魔法使いから許可を貰えれば、魔法はすんなり出てくるはずよ」

「便利なシステムね」

「覚えておいて。知ってて悪いことではないと思うから」


 毒の魔法使いが息を吹くと、毒々しい魔力が星の杖を囲んだ。そして中に浸透していき……杖が温かくなった……気がした。――気分が少し、良くなった。


「許可はどうやって取ったらいい?」

「魔法使いに会えばいい。魔法使いの場所は、杖が導くはずよ」

「……これがねえ?」

「貴女、運が良いわよ。トトの魔力に守られてる」


 ちらっと、毒の魔法使いを見た。


「この先だって、きっと守ってくれるわ。貴女はその魔力を信じて、前に進むことね」


 部屋に少年が戻って来た。毒と血は綺麗に取れて、毒の魔法使いが微笑んだ。


「ボク、この地域の子じゃないでしょ。どこから来たの?」


 少年は返事をせず、あたしの後ろに隠れた。


「あらあら、怖がらせてしまったかしら」

「クレアの元へ連れていくわ」

「それなら移動魔法を使いなさい。城下町はうんと遠くだから」

「……ん?」


 あたしは眉をひそめた。


「ここは城下町でしょ?」

「いいえ?」

「は? 嘘仰い」

「嘘なんてついてないわ」

「エメラルド城があった」

「じゃあ外に出て、確認したら? 城下町はここから、うんと遠くよ」

「……」

「エメラルド城を見たのはいつ?」

「この子に」


 少年の肩に触れる。


「襲われた時」

「じゃあ、移動してきたんでしょうね」

「この子をおぶってたのよ? どうやって移動するのよ」

「言ったでしょう? 杖が導いたのよ。私の元へ」


 あたしは星の杖を見下ろす。


「貴女は、魔力と杖に守られている」


 次の行くべき場所は、その杖が導く。


「……まあ、大変な夜を過ごしたことでしょうし、少し休んでから次の時間軸に行くといいわ。その坊やは、私が送って行ってあげる」

(……歩いてる時……霧が広がってた。……あの時か……)

「食事はいかが?」


 毒の魔法使いが立ちあがった。


「宿だもの。朝ご飯くらい用意してあげる」


 毒の魔法使いが顔を上げた。


「ボク、食べられないものはある?」


 その先には、もう誰も居なかった。

 毒の魔法使いがきょとんと瞬きし、自分の頬に触れた。


「あら、駄目じゃない。トト。子供は巻き込むべきじゃないわ」


 それとも、


「あの子は、テリー・ベックスを守るために、必要なのかしら?」



 毒の魔法使いの背中に、暖かい日差しが当たった。



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