第20話 お休みなさい 夢と希望


 学園が揺れる。寮にいた生徒達は誘導されるまま避難した。


「早くするんだーーーーーー!!」

「おっと、麗しの薔薇ちゃん。ハンカチを落としたよ。ふっ! どうぞ。気を付けて逃げるんだよ」

「寮に残っている者はいないかーーーーーー!!」

「最低限の荷物だけ持って逃げるんだ。ふっ! 大丈夫さ! 怖くなったらお兄さんの顔を見て、癒されるんだ!」

「兄さん! セーラ様を見たか!?」

「ふっ! セーラ様だって?」


 ……二人は顔を見合わせた。


「見てなーーーーい!!」

「セーラ様ぁああああ!!」

「あ、ちょっ、グレタ!」

「うおおおおおおお!!!」


 グレーテルが寮の階段を駆け上がり、扉を開けた。メモを見ていたセーラが、汗だらけで物凄い顔をしているグレーテルを見て、ぎょっとして立ち上がった。


「ひっ!」

「ご無事でしたかーーーーー!!」

「リオンお兄様の手下! ちょっと! なんでここにいるのよ!」

「ふっ! セーラ様! どうか怖がらず!」

「げっ! またしてもリオンお兄様の手下のうざい方!」

「顔を覚えていただきありがとうございます! ほらな、グレタ。出来る男は違うんだよ!」

「兄さん! 冗談言ってる場合ではないぞ! 早くセーラ様をここから出さないと、揺れが酷くなってるんだぞ!」

「お前、顔が冗談のくせによく言うよ。さて、気を取り直して……」


 ヘンゼルとグレーテルがセーラに跪いた。


「ここは危険です」

「早く外へ」

「待って! こ、これをしたら、すぐに行くから!」

「なんですって?」

「これとは?」

「いいから出て行って!」

「もー、セーラ様」

「そういうわけにはいきません!! 我々は、セーラ様を守らなければ!」

「じゃあそこで見てて! すぐ終わるから!!」


 セーラがメモを見て――左足だけで立った。


「エッペ、ペッペ、カッケ」

「ん?」


 ヘンゼルが眉をひそめた。セーラは右足だけで立った。


「ハイロー、ホウロー、ハッロー」

「はろー?」


 グレーテルが首を傾げた。セーラが両足で立った。


「ジッジー、ズッジー、ジク」


 セーラは息を吸って、唱えた。


「お願いします。天使様」


 願いを。


「ロザリーとクレアお姉様を助けてあげて!」



 ――金の帽子のアンクレットが光った。



(*'ω'*)



 オズが周りに紫色の光の盾を作り、足を組み、その場に座るポーズで宙を飛ぶ。軽く手を動かせば、紫色の光がすごい勢いで飛んできた。ドロシーの箒が一回転して避け、宙を飛ぶ。後ろでドロシーに掴まるクレアが訊いた。


「どうする? ドロシー」

「なんとかして近づいてみるよ。近くへ行ったら」

「俺の出番か」

「頼むよ。王子様。チャンスはまたと来ない。テリーみたいに、数打ちゃ当たる精神だと、一瞬でやられてしまう」

「一発で仕留めろってことか」

「期待してるよ」

「腕が鳴る」


 ドロシーが杖をくるんと回した。飛んできた紫の光が爆発した。ドロシーの箒が近づくが、オズも宙に座ったまま移動し続ける。ドロシーが杖を天に向けると、杖が光った。


「くるくる回る糸車。針に刺されたお姫様。眠りについて100年後」


 くるんと回せば、流れ星がオズに落ちてきた。紫の光が流れ星に突っ込み、ぶつかりあって、破裂して、爆発して、ドロシーが避けた。オズを追いかけるが、距離は開かれている。ドロシーが前に進んだ。クレアが周りを見た。ドロシーが顔をしかめた。紫の光に囲まれた。ドロシーが叫んだ。


「目を閉じて!」


 クレアが目を閉じた。ドロシーが杖から星を出し、紫の光が爆発する瞬間に前後左右に放った。眩しい光に包まれる。ドロシーが光の煙から抜け出した。紫の光が追いかけてくる。流れ星が相手をする。ドロシーがオズを追いかける。オズは距離を開けながらドロシーを睨み続ける。紫の光が爆発する。星が散らばる。その星が細かく爆発する。ドロシーが上に上った。オズも上に上った。ドロシーが杖を回した。オズが手を動かした。流れ星が落ちていく。紫の光が輝く。ぶつかり合う。空が光る。急降下した。紫の光も落下する。屋根すれすれのところまでドロシーが落ち、前に真っすぐ箒を飛ばす。紫色の光が追いかけてくる。ドロシーが目玉を動かした。メニーが息を吹いた。紫の光が全て吹き飛ばされ、ドロシーが再び急上昇する。雲を潜り抜け、杖を前に出す。星の杖の先に緑の光が集まる。


 雲から抜け出した。オズが待っている。緑の光が放たれた。オズの目が光った。無効化される。ドロシーがそのまま上に上がった。オズが振り返った。上からキッドが落ちてきた。オズが腕を動かした。紫の光が現れない。オズが避けた。キッドの剣が空ぶった。ドロシーの箒が飛んできた。再び後ろに着地し、ドロシーに掴まる。ぐるりと大きく回り、再び突っ込んだ。今度は紫の光が現れ、ドロシーに向かって飛んできた。ドロシーが再び天に杖を向けた。緑色の瞳が光る。


「生まれた双子の月、太陽。尊き双子、母の夢と希望となれ」


 流れ星が飛び、緑の光が飛び、杖から星の流星群がオズに向かって放たれた。オズが全てを無効化させる。星がぷくぷく膨らんで破裂し、爆発する。急上昇した。オズが移動した。その先にキッドが落ちてきた。


「っ!!!」


 オズの上にキッドが肩車した。オズが暴れる。


「貴様!」


 キッドが思い切りオズの背中を刺した。オズが悲鳴を上げた。やられる前にキッドが落ちていった。ドロシーが受け止め、箒は遠くへ移動する。オズが自分の背中を撫でた。紫色の血が流れている。


「わらわの背中に……よくも……」

「よくやった! クレア!」

「今はキッドだよ。ドロシー」


 キッドが剣を構えた。


「やっぱり俺だと貫けるんだ?」

「そうだよ! 君は救世主だからね!」

「俺が救世主なら、ドロシーは傍観者ってことかな?」

「その通り。ボクは傍観者さ。そして、平和を望む魔法使いさ。だから手伝うんだ。世界の終焉を望むオズを倒してくれる、救世主様にね!」


 オズの星をドロシーが避けた。


「あいつ、怒ってるよ。大きいのが来る。気を引き締めて」

「了解!」

「来るよ!」


 オズが両手を広げ、息を吐いた。ブラックホールが現れ、ドロシー達を呑み込んだ。


 闇の中でドロシー達が星に囲まれる。それは青。突っ込んでくるのをドロシーが杖を回すことで現れた星で当て、避けた。それは赤。突っ込んでくるのをドロシーが杖を回すことで現れた星で当て、避けた。それは黒。突っ込んでくるのをドロシーが杖を回すことで現れた星で当て、避けた。それは黄。突っ込んでくるのをドロシーが杖を回すことで現れた星で当て、避けた。それは水。突っ込んでくるのをドロシーが杖を回すことで現れた星で当て、避けた。それは金。突っ込んでくるのをドロシーが杖を回すことで現れた星で当て、避けた。それは土。突っ込んでくるのをドロシーが杖を回すことで現れた星で当て、避けた。それは桃。突っ込んでくるのをドロシーが杖を回すことで現れた星で当て、避けた。それは白。突っ込んでくるのをドロシーが杖を回すことで現れた星で当て、避けた。それは灰。突っ込んでくるのをドロシーが杖を回すことで現れた星で当て、避けた。それは毒。突っ込んでくるのをドロシーが杖を回すことで現れた星で当て、避けた。それは緑。突っ込んでくるのをドロシーが杖を回すことで現れた星で当て、避けた。それは紫。突っ込んでくるのをドロシーが杖を回すことで現れた星で当て、避けた。


 見ていたキッドが感動したように呟いた。


「13使徒の……初代魔法……」

「星よ!」


 ドロシーが唱えた。


「輝け!」


 穴が開いたところから抜け出す。ブラックホールから脱出した。紫の光が囲む。流れ星が落ちていく。破裂して爆発した。オズがドロシーを睨んだ。ドロシーが杖を向けた。オズが光を投げた。ドロシーが跳ね返した。オズが投げ返した。ドロシーが跳ね返した。投げ返す。跳ね返す。投げ返す。跳ね返す。投げ返す。跳ね返す。投げ返す。跳ね返す。繰り返される。キッドが強く剣を構えた。投げ返す。ドロシーが唱えた。


「茨の古城へ迷った国王。姫にキスをし、呪いは解ける!」


 ドロシーの魔力がこめられ、跳ね返す。大きくなった魔力にオズが目を見開いた。無効化――した瞬間に、キッドに刺された。


「っ!!!!」


 やられる前にキッドが剣を抜き、オズから飛び下りた。ドロシーの箒に着地する。ドロシーが急上昇する。オズがわなわなと体を震わせ――宙に浮かんだまま立った。ドレスが揺れる。重なり合った雲から雷が落ちた。雷が古城の屋根を破壊した。レックスがあたしをかばった。あたしはすぐに起き上がる。


「どうなってるの!? 誰か、望遠鏡!!」

「テリー、落ち着いて。……リトルルビィ」

「いや、ちょっと、異次元すぎて……あの、えーと……」

「クレアは無事!?」

「そろそろ」


 リトルルビィとレックスが同時に言った。


「「決着がつくかと」」


 二人が顔を見合わせた。


 オズが叫んだ。それはそれは大きな奇声を上げた。狙いを定める。一点ドロシー、否、キッドのみ。紫の光が飛んでくる。ドロシーが星で守った。紫の光が大量に飛んでくる。それでもドロシーが星で守った。左右から飛んできた。ドロシーが杖を振って守った。上下から飛んできた。ドロシーが魔法を唱えた守った。流れ星が飛んできた。ドロシーも流れ星を飛ばしてぶつけ合わせた。オズが癇癪を起こした。


 それは青。それは赤。それは黒。それは黄。それは水。それは金。それは土。それは桃。それは白。それは灰。それは毒。それは緑。それは紫。星と光と闇と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光が一斉に降り注いで流れて落ちてきた。ドロシーは星と光と闇と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光と光を潜り抜ける。ブラックホールが現れた。ドロシーが入って抜け出した。オズが癇癪を起こす。ドロシーが近づいた。オズが叫んだ。強い風が吹いた。ドロシーが近づいた。オズが激怒した。キッドが剣を構えた。オズが光を固めてドロシーに飛ばした。ドロシーが跳ね返した。飛ばし返した。跳ね返した。飛ばし返した。跳ね返した。飛ばし返した。跳ね返した。飛ばし返した。跳ね返した。飛ばした。返した。飛ばした。避けた。飛ばした。近づく。飛ばした。剣を振った。飛ばした。キッドが落ちてくる。飛ばした。飛ばした。飛ばした。飛ばした。飛ばした。飛ばした。キッドが全てを斬った。オズが魔力を貯めた。ドロシーが杖を構えた。オズが魔力を放った。キッドが斬った。そのおかげでオズは剣を避けた。


 だが逃げることはできなかった。

 天使の生えた猿たちが、オズを囲んでいた。

 オズが呆然とした。

 キッドが目を丸くした。

 天使猿達は言った。


「これが一回目の願いです」

「これが最大限、我々に出来る事」


 オズの光が失われた。たった一度だけ、無効化魔法が利かなくなった。


「次回は二回目の願い事の時に」

「さようなら」


 天使猿がキッドを背中に乗せて下りていく。オズがはっとした。ドロシーの杖から巨大なトゥエリーが放たれた。オズが魔法を使った。無効化魔法は使えない。オズが悲鳴を上げた。


 巨大なトゥエリーが、オズを包んだ。


「貴様ぁ……!!」


 紫色の瞳が燃える。

 緑色の瞳が輝く。


「トトォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!」

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 天使の羽根が舞う。あたし達は上を見上げた。――クレアが落ちてくる。


「うわっ!」


 リトルルビィが慌てて動き出し、クレアを受け止めた。そのまま倒れる。全員、クレアに近づく。


「姉さん!」

「クレアさん、オズは……」

「ああ! なんてこと!!」


 クレアがリトルルビィの上に乗った。ふげっ!


「あたくし、道案内されるだけでなく、背中に乗せてもらったの! 天使達に!!」

「は?」

「天使……?」

「くすす。何言ってるんですか? 貴女は」

「良い乗り心地だった……」

「退けよ!! 重えんだよ!!」

(……クレア……とうとう頭がおかしくなって……)

「殿下!」


 レックスがクレアの前に駆け寄った。


「オズは!」

「案ずるな!」

「ふげっ!」


 クレアがリトルルビィの頭に足を乗せ、剣を天に構えた。


「天使達の素敵な手助けのお陰で、勝利は目前!!」


 クレアが雲を見上げた。そして――険しい顔になった。


「否」


 クレアがスイッチを切り替えた。


「そう簡単には行かないか」


 キッドが剣を構えた。ソフィアが笛を構えた。リトルルビィが立ち上がり、空を睨んだ。レオとジャックが構えた。レックスが構えた。メニーが構えた。あたしは――目を見開いた。


 巨大な光が飛んできた。


「っ!!」


 全員が吹き飛ばされた。

 屋根から落ちそうになるが、なんとかこらえる。

 あたしは簡単に吹き飛ばされた。

 コウモリとなったレックスがあたしを支え、屋根に戻した。あたしはレックスに顔を向ける。


「お怪我は!」

「ありがとう! あたしは……」


 光が、


「だいじょ……」


 キッドが走り出した。メニーが手を叩いた。ソフィアが笛を吹いた。リトルルビィが瞬間移動を使った。ジャックが影から走った。レックスだけが飛ばされた。あたしが残された。




 オズの手が――あたしの心臓にめがけて――伸ばされた。








 血が、飛んだ。


 オズの手が止まった。





 ドロシーが、あたしの盾になった。





 ドロシーの胸に、オズの手が埋まっている。



 ドロシーが血を吐いた。

 オズがドロシーの心臓を抜いた。

 血が噴射した。

 心臓を握り潰して、破裂させた。

 ドロシーの目に光が無くなった。

 ようやくリトルルビィが殴り掛かった。オズが消えた。笛の効果で突風が吹いた。オズはもう消えている。キッドが剣を振り下ろした。しかしオズはもう消えている。メニーが絶叫しながら駆け寄った。ドロシーがあたしに倒れた。血がつく。あたしは唖然とする。ドロシーの口から、胸から、血が大量に流れてくる。


(……止めないと……)


 あたしは手で押さえる。


(止めないと)

「ドロシー!!」

(止めないと)

「ドロシー! ドロシー!! いやぁああ!! ドロシー!!」

(とめ、ないと、血を、じゃないと……)


 ドロシーの穴の開いた胸から血が止まらない。


(止めないと)


 心臓はない。


(とめ……とめ……)

「……げほっ」


 ドロシーの口から血が吐かれた。メニーがはっとして、あたしは目を見開く。


「ああ……なんてことだ……ボクと……した……ことが……」

「ドロシー!」

「まだ……猫としての……魂が……残ってるんだ……ほら……猫は……一億個の……魂が……あるから……さ……」

「駄目! もう喋っちゃ駄目!!」


 メニーがドロシーの手を握りしめた。


「なんとかしてみるから! 魔力で、なんとか!」

「無駄さ……心臓を……やられちゃった……から……」


 ドロシーが血を吐きながら、溜息を吐いた。


「ああ……こんぺいとう……まだ……部屋に残ってたな……」


 ドロシーの目があたしを見た。ドロシーが笑みを浮かべた。弱々しい手が、あたしに伸びた。


「なんて……顔……してるのさ……」


 あたしの髪に触れた。


「本当に……同じ……色だ……」


 あたしの頬に触れた。


「君達は……互いを……よく見ていたから……」


 だから……、


「忘れ……られ……なかったんだ……ろうね……」


 一度目の世界で、長い時を過ごしたボクは親友を見つけた。

 親友が井戸で泣いていたんだ。けれど、それは親友ではなかった。

 けれど、それは間違いなく親友であった。


「どうして泣いているの?」


 井戸の淵にうずくまって泣く親友に、声をかけた。


「顔をお上げ」


 その顔を見て、ボクはとても驚いた。

 だって、ボクの相棒と同じ顔をしていたから。


 涙で濡れた手を取って、ドレスに魔法をかける。野ねずみには申し訳ないけど、魔法をかけて、馬にして、魔法の馬車で親友を舞踏会へ連れて行く。親友は手を差して言った。


「彼女達は、血の繋がらない家族なの。ばれないかな」


 その方向を見て、ボクはとても驚いた。

 だって、家族だと差した『親友の姉』は、黒と緑が交じり合い、にごった色の赤髪をしていたから。


 まるで、排水溝に消えていった、あの時の色のように。


「……忘れ……られ……なかったんだね……」


 鏡を見ているように。

 お互いの特徴をお互いに刻み合うように。

 親友は相棒の顔。

 相棒は――、



 相棒の、魂は――。



「これは罰だ」

「ボクは罪を犯した」

「君が思い出すかと思って」

「追い詰めたら」

「死ぬ直前まで追い詰めたら」

「きっと」

「中にいる君が」

「目覚めてくれて」

「迎えに来たと」

「言ってくれると」

「いつか」

「そうなったらいいと」

「思っていたから」

「わざと」

「見て見ぬふりをして」

「助けず」

「君が危険な目に遭い」

「追いつけられ」

「そしたら」

「きっと思い出すと」

「思っていたけど」


 罪滅ぼし活動。


「あれは……ボクが……するべき……だったな……はは……」


 これが全ての償いだ。


「せめて」


 ドロシーが身を起こした。


「……最後に……」



 ――あたしと唇を重ねた。


 ――血の味が、匂いが、舌から辿って、するすると入っていく。


 ――全部入った。


 ――もう、大丈夫だ。



 ドロシーが口を離した。あたしに微笑む。



「大丈夫。もう少しで会えるよ」


「あと、もう少し」


「だからさ」


「ね」



 あたしを見つめたまま、ドロシーがはっきり言った。







「そんな顔しないでよ。ドロシー」







 ドロシーの血が、あたしの頬に付着する。


「今……行くから……」



 ――トト!




「行く……よ……今……やっと……」




 やっと――。

































「……。……。……。……。……。……。……。……ドロシー……?」


 メニーがドロシーの手を握りしめ、体を震わせ、涙を落とす。


「……ねえ、ドロシー……」


 体を揺らす。ドロシーはあたしを見つめたまま、もう動かない。


「ドロシー、ねえ」


 その目にはもう、光はない。


「ねえ……ねえってば……」


 もう、動かない。


「ドロシーってば……」


 古城が揺れる。ヒビが割れる。崩れていく。メニーが涙を落としながら、震える手でドロシーの瞼を閉じさせた。リオンが近づき……拳を握った。あたしはドロシーの体を揺らした。


「ドロシー、ねえ。ドロシー」

「メニー、下りるぞ」

「……はい」

「……姉さん、メニーは僕が。……ニコラを」

「テリー」


 クレアがあたしの肩を叩いた。


「離れよう。もう、これ以上はいられない」

「……ドロシーが起きないの」

「ああ。だろうな」

「こいつ、寝てばかりなのよ。だから、起こさないと」

「テリー」

「ドロシー、早く起きて」

「テリー」

「あんた、まだ、やるべきことが、あたしに、魔法を……」

「テリー」

「空飛ぶ魔法とか、色々、まだ、かけてもらってない、から」

「テリー!」

「先行って」


 クレアの手を払った。


「ここにいる」

「……」

「先行って」

「行かない」

「あたし、残る」

「駄目だ。貴様も来るんだ」

「いい。残る」


 メニーがあたしを見た。


「あたし、ここに残る」


 動かなくなったドロシーを見つめる。揺らしても動かない。いつもの生意気な顔を浮かべない。だからあたしも動かない。こいつが起きるまでここに残らなければ。起きてから――脱出する魔法をかけてもらえばいいのよ。


「いけません」


 レックスが地面に膝をつけた。


「貴女は行かなければいけない」


 レックスがドロシーの帽子を外し、マントを脱がせた。そして――あたしにマントを羽織らせ、帽子を被せた。


「貴女は生きなければいけない」

「……放っといて」

「下りましょう」

「やだ」

「テリーさん!」

「お黙り!!」


 レックスに怒鳴った。


「残るって言ってるでしょ!!」

「テリーさ……」

「崩れたって、落ちたって、平気よ! ドロシーがいるんだから!」


 緑の魔法使いは、もう動かない。


「先行ってよ! あたしのことは放っといて!!」

「でも、……でも貴女はこの先で……!」


 レックスが何か言う前に、クレアがあたしを抱えた。あたしははっと息を吸った。


「やだ! 行かない!」


 クレアが走り出した。あたしは手を伸ばす。


「待って、クレア! ドロシーがまだっ!」


 ドロシーは倒れたまま動かない。


「ドロシーが!」


 屋根が崩れていく。


「残って……!」





 ――屋根が崩壊した。


 ――崩れた石を狙って、クレアが飛び降りた。


 ――あたしは手を伸ばした。


 ――でも、もう届かない。


 ――ドロシーが崩れた石の間から、古城の中へ吸い込まれていくように落ちていった。




 古城は完全に崩れる。





「まだドロシーが残ってるんだってばぁあああああああああああああああああ!!!!!!!」




 古城は崩れる。


 学園は崩れる。


 全てが崩壊する。





 ドロシーは、もう二度と戻ってこない。




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