第18話 学園に伝わる七不思議
映写機のレバーが回されると、画像がスクリーンに映し出された。だんだん加速していき、画像は映像となっていく。
タイトルコールが流れた。
きょうのイバラしょり!
「さて、始まりました。今日の茨処理のお時間です! 司会はわたち、クレアお姉ちゃまの妹のロザリーですわ!」
「「イエーーイ!!」」
「かわいー!」
「人形萌えー!」
「メンヘラ女子が抱っこしてそー!」
「さて本日のゲストは茨処理で大活躍中、物知り博士ですわ!」
「皆さんどうもこんにちはとかなんとかね!」
「「イエーーイ!!」」
「知ったか博士ー!」
「ただの助手上がりー!」
「うるさいとかなんとかね!」
「さて、早速ですが、物知り博士? わたちね、最近庭を放置してたら、棘の鋭い茨が元気よく育ってしまって! このまま眺めているのも綺麗だと思ったんだけど、わたちのお姉ちゃまのダーリン! って人が、怪我をしてしまうと良くないから処理をしたくって!」
「なるほど! とかなんとかね!」
「困っちゃうわー! このままじゃクレアお姉ちゃまがガスバーナーで全てを燃やしてしまいそう! 二酸化炭素は、わたちのお肌によろしくないの! うーん! なんとかならないかしらー!」
「そういうことなら、これを勧めよう!」
「わお! これは一体何なの!?」
「これは僕が発明した緑地管理用除草剤! 最強すぎるこの除草剤で、たちまち茨を根絶やしにすることができるのです!」
「「えーーー!?」」
「でもぉー! お高いんでしょー!?」
「なんとこれ一本で1980ワドル!」
「い、いちきゅっぱ!?」
「さらにこの番組を見たという方には特大サービス持ってけ泥棒! 3本つけちゃって! 4980ワドル!」
「さ、3本つけて、よんきゅっぱ!?」
「「お買い得ー!!」」
「さあ、今すぐお電話を!」
「安いよ安いよ♪ お買い得ー♪ まるでおとぎ話の安さだよー♪ おーいえーのでゅーわー♪」
それを見ていた起業したいが肝心の一歩が踏み出せないコウモリ青年が電話をかけた。
「すみません、あの……3本セットください!」
青年はやがて、茨処理の勇者と言われた。彼は物知り博士と手を組み、茨処理業者を企業。緑地管理用除草剤に更なる研究を重ねた結果、一瞬で茨が溶けるとんでもないものを開発したのだ。
「ということで、本日予約を受けて来ました」
用務員のレックスが敬礼した。
「時間通りに」
「まあー! 待ってましたわ! あたくしのレックス!」
クレアがレックスの背中に回り、――笑みを浮かべ、肩を撫でた。
「貴様は本当に素晴らしい工作員よ。レックス。さあ、やってしまって。あの棘だらけの嫌な茨を処理してちょうだい」
そして、
「テリーを喜ばせてあげなさい」
レックスが帽子を外した。
そこには、坊主頭と赤い目を持つ男の顔があった。
城を包む茨が一斉にレックスをめがけて突っ込んできた。しかし、レックスが除草剤をばら撒けば茨が一斉に溶けてしまう。ターリアの目が見開かれ、わなわなと体を震わせ、ターリアの体から大量の茨が伸び始めた。ターリアが茨を動かし、レックスとクレアを狙って叩き下ろしてきた。レックスはクレアを腕に抱き、高く飛んだと思えば、足元にコウモリがやってきて、レックスを上に乗せ、茨に当たらないギリギリのラインを飛び進み、中心部のターリアに近づくと、クレアが銃を構えた。
「除草!」
茨が盾となる。そして剣となる。切りかかれる前にコウモリが逃げ、レックスが避ける。あたしとサリアの前に着地し、茨を睨んだ。大量のコウモリがあたしとサリアを囲み――頼もしい盾となった。
クレアもまた地面に着地したところ、そこはターリアが伸ばしていた茨の中だった。ターリアの茨がクレアを潰そうと中心に集まると、美しい笛と共に凄まじい風が吹き、茨を吹き飛ばした。ターリアが怒声をあげ、笛を吹いたソフィアを睨んだ。ソフィアが笛から口を離し、笑った。
「まあ、怖い。くすす」
鋭い棘の生える茨がソフィアに向かって突っ込んでくる。しかし茨の中から抜け出したクレアが既に銃を構えており、ソフィアに近づく茨に発砲した。除草剤成分が硬められた銃弾が当てられ、茨は弾き溶ける。しかしターリアの茨はまだまだ残ってる。鋭い棘がクレアとソフィアを狙って叩き下ろされる。ソフィアが後退し、クレアは前に出た。茨がクレアに突っ込んでくる。クレアがくるりと避けた。茨が反対方向からやってくる。わかっていたようにクレアが避けた。左右から突っ込んできた。クレアが避けた。上下から突っ込んできた。クレアが避けた。上下左右、東西南北から茨が突っ込んできたが、クレアが全てを避け、地面を踏んづけて飛び、茨の上に着地し、中心部のターリアを狙って発砲した。
だが当たらない。彼女の茨は盾であり剣である。クレアがにやけた。
「敵ながら天晴。ターリア姫」
だが、しかし、
「所詮は詰めの甘いちっちゃな姫よ」
茨が飛んでくる。空中ではクレアは動けない。だからリトルルビィが飛んできた。クレアを抱え、壁に足を止め、壁と壁へと移動し、地面に着地する。しかし茨がリトルルビィを追いかける。リトルルビィはクレアを抱えたまま瞬間移動を使って避けていく。それをさらに茨が追う。リトルルビィが加速した。しかし茨も加速する。そんな茨に向かってクレアが発砲した。茨が溶ける。棘がなくなる。リトルルビィが地面を蹴り、棘のなくなった茨に乗り込み、滑るように走り出す。先にある茨の棘にめがけてクレアが発砲する。棘が溶け、リトルルビィが加速し、別の茨がリトルルビィを追いかけ、クレアは距離を詰めたターリアを狙い――発砲した。
「っっ!!」
ターリアの右肩に命中した。茨が溶ける。
「……っっ……! ……っっ!!」
言葉を失ったターリアの右肩から更に太くなった、棘が鋭くなった茨が生えてきた。そして、着地したクレアを狙って叩き下ろす。
しかし叩き下ろした茨が破裂した。メニーが軽やかに手を叩いたのだ。では今度は二つの茨が同時にクレアを目掛けて突っ込んできた。メニーが息を吹くと吹き飛ばされた。今度は三本。メニーが笑うと破裂した。次は四本。メニーが地面を歩くと破裂した。五本、六本、メニーが踊ると破裂した。七本、八本、九本、十本、メニーが爪を弄ると破裂した。十一本、十二本。メニーが首を傾げた。
「あれ? 一本足りない?」
茨が破裂する。破裂した茨から赤い液体が飛び散り、メニーに降りかかる。血まみれのように染まったメニーの姿は魔女そのもの。茨は今度はメニーを狙った。しかし、メニーが髪をなびかせると茨が一斉に破裂した。赤い液体が注がれ、メニーを通じて、緑と黒が混じった赤く濁った液体は排水口に流れていった。
ターリアが叫んだ。茨を増やしてメニーに襲いかかってくる。その茨をクレアが銃で撃ち、クレアを狙った茨をメニーが破壊する。クレアが近づくと、ターリアは既に防御の体勢に入った。
ならば、
「ジャック、ジャック、切り裂きジャックを知ってるかい?」
( ˘ω˘ )
ハロウィンの世界へようこそ!
茨のお化けが現れた。おうおうこいつは新人か? とお化け達が煽ると、茨のお化けは悪夢の世界を鋭い棘で破壊し始めた。
煽ったお化け達は泣きながら逃げ出した。
そこへ現れるのは美しきお化けの姫君。
コウモリに乗ってやってきた。
「狙いは一点! 茨のおばけ!」
しかしとんでもなく鋭い茨がクレアに向かって凄まじい速さで伸びていく。コウモリが避けた。クレアがよろけ、立て直すが茨がクレアを目掛けて突っ込んできた。クレアは仕方なくコウモリから降り、茨を避けた。地面に着地する頃には、茨の姫君は悪夢の世界を完全に支配していた。
「アアア! オイラノ悪夢ガ!」
クレアが悪魔の剣で地面を切った。
「アアア! オイラノ地面ガ!」
空が壊され、地面が壊され、街が壊され、ハロウィンが壊される。そして茨は侵食し、クレアは茨に乗り込み、一瞬の隙を狙った。ターリアと目が合った瞬間、クレアが発砲した。
左肩に命中した。
「っっっっ……っつ!!!!!」
言葉を失ったターリアはぶるぶる震えだし、失った左肩から、新しく、とんでもない太さと鋭さを持った茨を生えさせた。そして、進化した右肩、左肩の茨を使って世界を凄まじい速さで破壊していく。
「ヤメテヨ! アア! 酷イ! オイラノ世界ガ! フエ……エエエン! エーーーン!! 嫌イ! アノ茨嫌イ! 嫌イ! 嫌イ! 嫌イ!!」
「ジャック! ここは駄目だ! 一旦現実世界に……」
「ウルサイ! ワカッテル! オ前ニ言ワレナクタッテ……ワカッテルサ!」
コウモリ男に怒ったジャックが悪夢の世界をおもちゃ箱の蓋で閉じた。悪夢は終わる。大丈夫。泣かないで。ハロウィンはまだもうちょっと先なのだから。
(*'ω'*)
悪夢の世界で伸びた野太い茨が叩き下りてくる。リトルルビィがクレアを抱き、茨を避けた。目を覚ましたクレアが再び銃を構えると、釘の打たれた樽が転がってきた。リトルルビィがぎょっとし、地面を飛んで避けると、今度は横から刃が投げられた。クレアが剣で弾く。壁に逃げるとそこに黒い影が待ち構えていて、踏んづけたリトルルビィの足を捕まえた。
「うわっ!」
即座にコウモリがリトルルビィを守った。黒い影が追い払われる。リトルルビィとクレアが着地して振り返ると、ターリアの周りは家臣達で固められていた。
「姫様の命令のままに!」
ソフィアが笛を吹いた。数名吹き飛ばされるが持ちこたえる家臣達がターリアに手を貸した。マネキンが部屋から飛び出し、ソフィアに襲いかかった。リオンがすかさず間に入り、剣でマネキン達を切っていく。さらに、リオンの影が震え出した。
「ジャック、ジャック、切リ裂キジャックヲ知ッテルカイ……」
「うわっ!」
リオンが引っ張られた。マネキン全員が悪夢の世界に誘われた。そして、二度と帰ってこなかった。
「ジャック、ジャック、切リ裂キジャックヲ知ッテルカイ!」
「ジャック、待てっ……」
「ジャックハオ菓子ガダァイスキ! ハロウィンノ夜ニ現レル!」
家臣達が悪夢の世界に誘われ、切り裂かれた。体を叩き合って目覚めあう。
「ジャックハ皆ニコウ言ウヨ! トリック! オア! トリート! 」
寝てしまった家臣達が傷ついていく。はっとリオンが顔を上げ、影を踏んづけた。
「ストップ! ストップ! ジャック! 一旦ストップ!」
「許サナイ! オイラノ世界ヲ滅茶苦茶ニシテ! 絶対許サナイ!」
「だからってマネキン達にひょうきんなダンスをさせるな! 泣いてたし、可哀想だったぞ!」
「ソウヤッテ、レオハ直ぐニオイラノ敵ニナル! 何ナンダヨ! オイラ一人ガ悪イッテ言イタイノカヨ!」
「誰もそんなこと言ってないだろ!?」
「悪夢ガ壊サレタ! オイラノ悪夢ガ台無シダ! 一年カケテ、次ノハロウィンデ、アリスヲ驚カセヨウト思ッテ、一生懸命作ッタノニ!」
「また作ればいいだろ? そうだ! ニコラにも手伝ってもらえばいいか……」
レックスが怒鳴った。
「話は後にしろ!!」
「すいません!」
「ウルセー! コウモリ風情ガ黙ッテロヨ!」
「こら! そんなこと言うなって!」
リオンの前に黒い影が五体飛んできた。リオンが慌てて剣を構えるが、影の方が早かった。黒くなったメランが五体の影から現れ、リオンの首を掴んだ。
「んぐっ!」
「姫様の命令のままに」
突風が吹いた。メランと黒い影達が吹き飛ばされた。ソフィアが笛を口から離した。
「お怪我は?」
「平気だよ。ありがとう」
「まだ終わってません。お気をつけて」
ソフィアの目が黄金色に光り、家臣達がまとめて一斉に二人に襲い掛かってきた。廊下の角から、トゥーランドットが刃を投げる。リトルルビィがそれを蹴飛ばした。トゥーランドットが再び刃を投げる。リトルルビィが避けた。トゥーランドットが動きを止めた。懐にリトルルビィが入った。
……一瞬の出来事だった。
にやけたトゥーランドットが刃を胸から出現させた。突然突き出ていた刃にリトルルビィがすかさず義手で身を守ったが、あまりの威力に義手が軋んだ。
「きゃはははは!!」
「この野郎!」
「くひひひ!! 姫様の命令のままに!」
トゥーランドットの体から刃が突き出る。リトルルビィが目を見開き、刃が刺しこまれる――前に、大量のコウモリがトゥーランドットに襲い掛かった。
「きゃああああああああ!!!」
トゥーランドットが転がり、コウモリはなおトゥーランドットの周りを飛び、傷つけていく。リトルルビィが振り返る。レックスが叫んだ。
「行け!」
リトルルビィがレックスを見て――一瞬、目玉が彼を捉え、見つめ、思った。――どこかで会ったことがある気がする。しかし、レックスが怒鳴った。
「早くしろ!!」
「っ」
リトルルビィが踵を返して高く飛んだ。メニーの背後に着地する。
「メニー!」
「忌々しい!」
「メニー!?」
「あ、リトルルビィ。ごめんね、集中してて……」
「大丈夫?」
「クズほど喚くんだよね」
転がってくる樽が破壊された。
「ああ……もう……」
「ブラン! メニー・ベックスが俯いたわ!」
「きっとわたし達の執念深さに恐怖を抱いたんだわ!」
「トドメよ! メニー・ベックス!」
「お覚悟!! メニーさん!」
釘の打たれた樽をわくわくしながら落とそうとしたノワールとブランの背後に……リトルルビィに抱かれたメニーが着地した。
「「あら」」
メニーが可愛く微笑んで、手を叩いた。ノワールとブランが2つの樽に吸い込まれた。
「ブラン!」
「ノワールお姉様!」
リトルルビィが樽を蹴飛ばした。階段から転がっていく。釘が双子の体にブスブスと刺さっていく。
「「あーーーーれーーーーー!!」」
コウモリから逃げていたトゥーランドット、黒い弟妹達と走っていたメランが、血だらけになった樽に当たって吹っ飛んだ。
「ぎゃっ!!」
「きゃっ!!」
「ひゃっ!!」
「んごっ!!」
全員、地面に倒れて目を回す。それを見たターリアが怒りのあまり叫んだ。言葉を失う前ならこう叫んだはずだ。――わたくしの家族に何するの!!
クレアが四人を踏みつけ、走り出す。ターリアが怒り狂って茨を生み出す。茨がうねり、クレアに向かって飛んでいく。それをクレアが発砲する。茨が溶ける。茨を生み出す。発砲する。溶ける。もっと茨を生み出そうとして……クレアに銃を向けられていることに気付いた。クレアが笑った。
「そこだ」
ターリアの左胸に発砲しようとし……ターリアが体を動かした。右胸に当たった。ターリアが悲鳴をあげ、クレアが目を見開き、さらに口角を上げた。
「忌々しいほど! ムカつくほど手強い! しかし、良い! それで良い! これこそ、一国の姫というもの!!」
ターリアが両手を広げ、つんざくような声量で叫んだ。撃たれた胸から剣のように鋭い茨が生え始め、感動するクレアに向かって飛んでくる。クレアが避ける。素晴らしい! 非常に異常に以上に素晴らしい!! だからこそ本気が出せるというものだ!! 中毒者と人間ではなく、姫と姫の戦いだ! これこそ戦争だ!! 我が兵士と貴様の兵士が、我らを守るために戦い、我らは彼らのために戦う! 素晴らしい戦いだ! あたくしは感動して感激して興奮している!!
だが、
「終わりはやってくる」
「どんな事にも始まりがあれば終わりが来るのだ」
「それは命」
「それは物語」
「それは舞台」
「始まり、時間が経てば、終わってしまう」
「それこそが人生」
ターリアが顔を上げた。充血した目がクレアだけに向けられている。
「素晴らしい人生に」
ターリアの茨が、
「乾杯」
クレアを突き刺した。
リトルルビィを突き刺した。
ソフィアを突き刺した。
リオンを突き刺した。
レックスを突き刺した。
メニーを突き刺した。
一本、二本、三、四、五、六七八九十十一十二、十二……十二……。
あれ?
「一本……足りない……」
血で染まった目が、あたしとサリアに向けられた。
「お前さえ……」
「お前さえいなければ、結界は解けなかった」
「お前さえ壊さなければ!」
「我々は安全だった!」
「悪魔め!!」
「よくもわたくしを呪ったな!」
「よくも家族を呪ったな!!」
「わたくしは許さない!」
「許さない!!」
茨があたしとサリアに向かって下りてくる。
「家族を殺すなら……」
あたしのポケットから櫛が落ちた。
「わたくしが貴様を殺してやる!!」
「おやめなさい」
「これ以上、お友達を傷つけてはいけません」
「ターリア姫様」
「やめてください」
ターリアの茨が、止まった。
「そう。それでいいのです」
ターリアが呼吸を止めた。
「ごめんなさい。帰るのが遅くなってしまって」
「わて、本当にそそっかしくて、地下のトラップが発動したのにも気付かず、岩に挟まれてたみたいで」
「もう、小っ恥ずかしい……」
「遅くなってごめんなさい」
「心配されましたよね」
「でもね、姫様、もう、安心してください」
「カリスが戻りました」
――ターリアが手を止め、静かに見上げる。そして、もう誰のことも視界に入らなかった。
ターリアが、幻覚だと思い、でも、優しくそっと、手を伸ばしてみた。すると、温かい頬に触れられた。ターリアは両手で両頬を包み込んだ。軽く引っ張ってみた。カリスがふふっと笑った。
「姫様、くすぐったいです」
言葉を失ったターリアは首を振った。生きてるはずない。これは幻覚だ。
「あー、やだー。すごく痛そうー! こんなに棘が刺さって! 姫様、すごく痛かったでしょう。大丈夫ですよ。わて、あ、やだ。もう。訛が。ふへへ。全く。頼りないんだから。でもね、任せてください。私がちゃんと手当しますからね」
おどけた口調が信じられなくて、ターリアはカリスを見つめた。
「大丈夫ですよ! 姫様の傷ついたお肌は、カリスが全部手当します! ここも、あそこも、とても痛そう! でも姫様は……お肌よりも、きっと心の方が痛かったですよね」
ターリアの手を、カリスが握った。
「私の不注意で食器を割ってしまって……こんなご迷惑をかけることになるなんて、本当にカリスは反省しております。また先輩に怒られてしまいます。姫様、……申し訳ございません」
カリスの腕が伸びた。
「私の罪を、全部背負っていただいて」
ターリアを、優しく胸に抱きしめた。
「王様にも、王妃様にも、みんなにも、とても悪いことをしてしまいました。私……帰ってきたと思ったら……まさか、トラップに引っかかるなんて」
抱きしめられながら、ターリアはカリスをひたすら見つめる。
「姫様、傷ついた分は、カリスが全て手当します。ですので、いいですね? 友達は何があっても傷つけてはいけません。あの方は、とても良い人ですよ。だって、友達の姫様を、危険を顧みて、止めにきてくださったんですから」
ターリアの瞳が赤く潤んだ。
「とは言え……寂しい思いをさせてしまって……本当にすみません」
カリスが微笑んだ。
「これからは一緒ですよ」
ターリアが口を開けた。大きく息を吸った。
「カリスがずっとお側におります。ターリア姫様」
カリスを抱きしめるように、
カリスの櫛を抱きしめたターリアが、泣き叫んだ。
大切に大切に胸に抱き、
大切に大切に手で包み、
大粒の涙を落とし、
震える血だらけの手で、カリスの櫛を胸に抱く。
茨には、もう、棘はなかった。
ソフィアが目を閉じ、黄金の目を隠した。クレアが茨の道を登っていき、櫛を抱きしめるターリアの前に立ち、腕を振り下ろした。
「消毒」
注射器がターリアの首に刺されると、ターリアの目が見開かれ――非常に穏やかに――茨が溶けていった。
家臣達が溶けていく。
茨が溶けていく。
魂が溶けていく。
浄化していく。
解放される。
茨に包まれながら地面に倒れるアルテが、目を開いた。その前には、あたしが座っていた。アルテがあたしを見て、口角を上げた。
「……ごめんね……。ロザリっち……八つ当たり……して……」
あたしは首を振った。
「許してくれる……?」
あたしは頷いた。
アルテが手を伸ばした。
あたしはその手を握った。
もう一つの手には、カリスの櫛が握られている。
「ロザリっちと……友達になって……楽しかった……」
あたしは頷いた。
アルテの手を、強く握りしめる。
「七不思議……第七夜……誰も……居ない城……うろつく……メイド……が……現れる……そうな……」
アルテが笑った。
「泣いて……なかったね……」
あたしは頷いた。
「カリスは……笑顔だった……」
あたしは震える手で、アルテの手を握りしめ続ける。
「学園……に……伝わる……七不思議……」
ああ、
「 終わっちゃった 」
花びらが舞うように、アルテの体が灰となって舞った。
あたしの握っていた手が崩れ、灰となって、窓から外へと飛んでいく。
灰となった家臣達も舞っていく。
灰となった王と王妃が舞っていく。
生贄に捧げられた使用人達が灰となって地面に埋まった。
泣き虫メイドが灰となって地面に埋まった。
グロリアの体が灰となって窓から舞っていく。ベッドにはブレスレットが残された。
隠れんぼをして遊んでいた子供達の体が灰となって舞っていく。ジョージは両親の元へ帰っていった。
教師として働いていた使用人が灰となって舞った。
メランが弟妹と共に寄り添い合い、灰となって舞った。
トゥーランドットがクレヨンで絵を描きながら、灰となって舞った。
ノワールとブランが楽しそうに踊り、灰となって舞った。
眠っていた狼が、灰となって舞った。
呪いが溶けていく。
哀しみが溶けていく。
灰が舞う。
窓から外へと飛び出していく。
あたしは地面を見下ろした。
カリスの櫛と、アルテのカエルのピンが残されていた。
だから、隣同士に並べ――あたしの嗚咽と共に、鼻水と涙が大量に地面に落ちていった。
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