第17話 全ては守るために



「テリー・ベックス」


 小さな唇が動く。


「貴女ならどうしますか? 目が覚めた時、100年の時が経っていて、自分が呪われていると両親から聞かされたら」


 1日経ったらまた100年後。


「魔法使いは……なんでそんな呪いまじないをわたくしにかけたのだろうと、考えた日々でした」


 1度眠ったらまた100年後。


「素直に殺してくれたら良かったのに」


 この城の明日は100年後。


「生き続けたおかげで……家臣達がおかしくなってしまった」


 わたくしが生まれなければ、呪いなんてものは存在しなかった。


「だから、わたくしが背負いました」

「全てを」

「呪いを解く方法をあの親切な魔法使いが見つけるまで」

「わたくし達は耐えなければいけない」

「そんなわたくし達を……攻撃しようと……また更なる呪いをかけようと……」

「クレア姫が……その魂であるのならば……」

「わたくしが迎え撃つまで」

「全ては皆を守るため」

「父や、母や、残った家臣達を守るため」

「貴様のような小物を人質にだって取ってみせよう」


 ターリアとあたしの目が合った。


「テリー。本当に、とても残念です」

「貴女がテリー・ベックスでなければ」

「クレア姫の囮でなければ」

「わたくし、とても楽しかったのですよ」

「友達なんていなかったから」

「友達がいたら……こんな風に、過ごせたんだろうって」

「この時代に生まれていれば……これが当たり前だったのだろうと」

「アルテとして」

「ロザリーとして」

「七不思議を追っていたあの時間が、とても恋しくて」

「時が止まればいいのにとさえ思ってしまった」

「けれど」

「わたくし達は、もう、十分すぎる時を過ごしてしまった」

「ここは既に、時が止まっているのと同じ」

「わたくし一人だけならまだしも」

「この城にいた家臣達が、巻き込まれてしまった」

「テリー」

「こうするしかないの」

「従うしかないの」

「他に方法なんてない」

「でないと、呪いは終わらない」


 あたしは首を振った。


「クレアは魔法使いの生まれ変わりなんかじゃない。あんた達を狙ってもいないし、呪おうとなんて思ってもない。救おうとしてる」

「それらは全て偽りか。真か。わたくしには信じられない」

「あたしが嘘つきに見える?」

「この時代の人間は全て嘘つきに見える。同じ人間であり、同じ人間ではない」

「そりゃ……時代が違うもの。でも……助かりたいのならクレアがいる。絶対助けてくれる」


 救世主。


「ターリア、白旗を挙げて」

「出来ない」

「ターリア!」

「出来ない!」

「あんたに騙った魔法使いこそ、あんたを呪った本人よ! なぜそれがわからないの!」

「本人だからこそ従うしかないと、なぜわからない!」


 あたしは――言葉を失った。


「わたくしには……戻る道などない」


 あたしの視線が動く。――玉座には理事長。隣の玉座には――ヘーリオスが座った。


「オズ様が……敵だと言うのなら……従うだけ……」


 キンセイル――オディロン――ディタレ――バルザローナが立った。


「そうして……皆が守られるなら」


 メラン――トゥーランドット――ノワール――ブランが立った。


「この身など、どうなってもいい」


 ターリアが飴を口に入れようとした。――その手を――あたしが掴んで無理矢理押さえる。――アルテが愕然と、あたしを見てきた。


「……お願い……止めないで……」

「止めるわよ……」

「もう戻れない……」

「戻れるから……」

「お願い、止めないで、ロザリっち……」

「グースだってアルテの友達でしょ! 外で……あたし達を待ってる!」

「……」

「お願い! クレアを信じて! オズを見限って!」


 手を握りしめる。


「アルテ!!!」

「っ」


 ――アルテの目が見開かれた。


「……アルテ……?」

「……オズ様が……教えてくれた。結界を……壊していたのは……」


 手が離れた。


「お前」


 アルテが後退り……あたしを見つめる。


「お前……だったのか……」

「……結界?」

「裏切り者……嘘つき……」

「アルテ、結界って……あたし、そんなの……」

「わたくしの心に踏み入って、騙すつもりだったのか!」

「あ、あたし、あたしは、そんなこと……!」

「わたくしが……守らなければ……!」

「アルテ!」

「わたくしは……騙されない」


 ターリアの目が紫色に染まっていく。


「わたくしが……皆を守る……!」



 飴を口に入れた。




 ターリアの背中から茨が生えた。一本、二本、三本。


「敵は……迎え撃つ」


 ターリアの腕から茨が生えてくる。四本、五本、六本。


「わたくしこそ……ターリア……」


 ターリアの胸から茨が生えてくる。七本、八本、九本。


「……家族は……わたくしが守る……」


 ターリアの足から、茨が生えてくる。十本、十一本、十二本。


「あれ?」


 ターリアが見つめた。


「一本足りない」


 大量すぎる茨が伸びた。ターリアの本体がその中に埋まわれた。鋭いトゲがターリアに刺さる。そこから流れた血をすすった茨が、禍々しく、大きくうなってみせた。茨は血を求めている。数々の青年達の血をすすり、成長してきた大きな茨。今度はあたしの血を吸おうと狙っている。

 茨だけではない。


 この城の連中、全員あたしを殺そうとしている。

 だって、彼らにとってあたしは最大の敵。

 長い期間作ってきた結界を決壊させた張本人。


(結界なんて……いつ壊した?)


 茨に圧倒されたあたしの足は動かない。


(本当にわからない。いつ壊したかも、どれだったかも。あたしはただ、)


 七不思議を追った。


(アルテと一緒に)




「姫様は、解放されるのを待っている」

「姫様は、カリスを待っている」

「どうか、お願いです」


「ターリア姫様をお止めください」



 茨があたしにめがけて一直線に進んでくる。


(ここでびびっちゃいけない)

(あたしは何のためにここに来たのよ)


 彼女がターリアだとわかってて会いに来たはずだ。


(あたしは、友達を止めに来たのよ)


 でも残念ながら、あたしが彼女を止めることは不可能だろう。


(あたしは友達を助けたい)


 哀れなアルテを。

 哀れなターリアを。


(手伝って)


 茨が近づいてくる。


(誰か)


 あたしは瞼を閉じた。



(誰か!!!)





 ――誰か、あたしを助けて!!










「喜んで手助けしよう」


「なぜなら」


「俺は国の王子だから」








 瞼を上げた。抱き寄せられた体。上を見上げる。――クレアが、剣で茨を切っていた。あたしを見下ろし、口角を上げる。


「ダーリン、信じてた」


 クレアがにやりと笑った。


「結界を壊してくれて、どうもありがとう」

「結界がなければこっちのもんだ」


 リトルルビィが拳を握り、ソフィアが銃を構え、リオンの影が大きく揺れ、メニーがあたしの隣に立った。クレアがあたしを離し――多くの家臣と、茨を生み出すアルテに、メガホンを向けた。


「ターリア姫、および諸君に告ぐ! 今すぐ白旗を挙げよ! さもなくば! この城ごとあたくしが破壊の限りを尽くすことになる!」

「クレア姫、および諸君に告ぐ。今すぐこの地を去れ。そして我々のことに一切干渉するな」

「ならば生贄を出さない生活をしなさい! あたくしはそれで許そう!」

「否。結界を作るためには生贄を必要となる。人の血を必要とする。我らには一切の干渉は許さぬ。ここから去れ。そして二度と近づくな」

「犠牲が生まれる限り、あたくしは貴様達を敵と見なす! なぜならば! 国の民はあたくしの民! その民の命を脅かす存在のお前たちは、敵であり、情けは無用!」

「我々に干渉するならば、貴様達は敵であり、情けは無用」

「国の民を守るため」

「家族を守るため」

「あたくしは戦おう!」

「わたくしは戦おう」

「「全ては、守るために!!」」


 クレアが剣を。ターリアが呪いを。――二人が走りだした。


「姫様に続け!!」


 家臣達が走り出した。中には騎士だった者もいたことだろう。ただのメイドだった者もいたことだろう。しかし、彼らは関係なく呪いを向ける。全ては家族を守るため。


 トゥーランドットが刃を投げた。それをリトルルビィが受け止め、トゥーランドットに投げつけた。トゥーランドットが避け、また投げ、リトルルビィが受け止め、また投げつけ、別の誰かに刃が当たり、はっとしたトゥーランドットが怒り狂った。


「首を切られた! 首を切られた!」

「お前、見た目によらず絶対年食ってるだろ」

「お前の名はわかってる! 魂は握ってる! あとは、お前の首を跳ねるだけ!」

「はっはっはっ! 喚くことしかできねえお嬢ちゃん、やれるもんならやってみな!!」


 黒い影が五体突っ込んできた。ソフィアが笛を吹くと、五体の影が溶けていった。しかし、メランはキャンバスから再び五体の影を誕生させた。五体はソフィアに突っ込んできた。けれど舐めないでいただきたい。


「私も呪われてるんだ」


 黄金の瞳が光れば、呪いはさらにかさ増しされる。


「君達、キャンバスに帰らないといけないんじゃない?」


 黒い影はそんな気がして、キャンバスに向かって歩いていった。メランが地団駄を踏む。


「弟達、妹達、戻ってはいけない。姫様に続け。大丈夫よ。わたし達、いつでも六人一緒なのだから」


 六人の黒い影は、再びソフィアに向かって進みだした。


「テリー、ここは危険だから」


 メニーがあたしの手を取った。


「テリーは逃げ……」

「っ!」


 メニーが瞬きした。――飛んできた樽が破壊された。メニーが――とんでもなく冷たい視線を、樽を投げた双子に向ける。


「裸にされて、釘のついた樽に入れるといい」

「その樽に馬をつないで世界中を走らすの」

「楽しそうじゃない? メニー・ベックス!」

「最高のダンスが見られそうね! メニーさん!」

「……テリー、わたしの後ろから離れちゃ駄目だよ」


 メニーの魔力がふつふつと頭に上っていき、それは覚醒する。


「よくも間に入ってテリーとの時間を邪魔してくれたよね。たかが……メイドのくせに生意気な……」


 一度目の世界では女王だったメニーが、片目を痙攣させた。


「わたくしの視界に入ったこと、誠心誠意、詫びなさい」


 武器を持つ家臣達をジャックが悪夢の世界へ誘う。眠ることに怯える家臣達はお互いの体を叩きあった。しかしジャックは悪夢の世界で切り裂き行為を始めるものだから、どんどん皆は傷だらけになっていく。


 ジャック、ジャック、切り裂きジャック、切り裂きジャックを知ってるかい?


「ぎゃあ!」

「おい、起きろ!」

「あいつも呪われてるぞ!」

「呪われた魔法使いの使いだ!」

「悪魔だ!!」

「ジャック、僕らは悪魔らしい」

「ゲヘヘへ!! 上等ダ!!」


 剣と剣が弾かれ、呪いと呪いがぶつかり合い、執念と執着がぶつかり合い、クレアとターリアがぶつかり合う。その戦いを、王と妃は黙って見つめる。国の王者として、全てを最後まで見届ける。コウモリが飛ぶ。激しい戦いが続く。


 ――電話の音が聞こえた気がした。


「っ」


 あたしは振り返る。耳をすませる。


「カリス」

「テリー?」

「カリスが呼んでる」


 樽が飛んできた。メニーが地面を踏むと破壊された。


「カリスが何かを伝えたがってる」

「行って」

「でも、見つかるかは……」

「大丈夫」


 メニーがあたしの手を握りしめた。


「テリーが思った通りの道に走ってみて」

「……」

「行って。テリー」


 手が離れる。


「きっと行かなきゃいけないんだよ」


 ――電話の鳴る方へ、あたしは走った。茨が、刃が、影が、武器達が、樽が、あたしに向かって投げられた。それを、クレアが切り、リトルルビィが跳ね返し、ソフィアが笛を吹き、リオンが悪夢を見せ、メニーが破壊した。


「「行け!!」」


 五人の言葉を背に、あたしは――ドアを開けた。


 ――茨の道が続いている。


 ――あたしは走る。


 ――電話が鳴っている。


 ――茨がうなる。


 ――あたしは走る。


 ――茨の天井をくぐる。


 ――茨の地面を飛ぶ。


 ――茨の道を走っていく。


 ――蹴とばして、


 ――飛んで、


 ――茨の先へと辿り着く。



 ターリアの部屋に、辿り着く。





 電話の音が止んだ。



 あたしは部屋を見回した。



 トゥーランドットが座っていた、大きな宝箱が残されている。



「……」



 あたしはその宝箱を見た。鍵穴がある。だから――カリスが落としたマスターキーを――使った。鍵が解除され――蓋が開いた。



 サリアが眠っていた。



 あたしは近づいて――サリアを抱きしめた。


「見つけた」


 電話の音はもうしない。


「サリアったら、隠れることも上手いわけ?  あたしが隠れたら、すぐに見つけるくせに」


 いつだって見つけてくれた。

 あたしの見つけたかった答えを。

 サリアがヒントをくれた。

 だから、あたしは答えに辿り着けた。


「サリア」

「……」

「ね、……謎は解けた?」

「……こうじゃないかしら。使用人のスカートは、宝箱の木の板に引っかかってしまった。だから主の娘は……使用人のスカートを破いて、助け出した」


 温かい手に抱き寄せられる。


「来てくれると思ってました。テリー」


 あたしの涙がサリアのドレスに染みていく。サリアはあたしを優しく撫で……宝箱から出てきた。


「ここは危険です。何もできない私達は外に出ましょう」

「でも」

「カリスは……だからこそ、貴女をここに導いたのではないですか? 貴女は戦場に向いてない。だって、貴女は戦えないもの。私も同じです」


 あたしの手を握りしめる。


「無能な私達は逃げてしまいましょう。足手まといになる前に」

「……」

「さあ、テリー」

「……わかった」


 サリアについていく。


「もう、あたしに出来ることはない」

「あとは逃げるだけ」

「ええ。逃げるわ」


 顔を見合わせる


「サリアとここから出る」



 ラストミッション、サリアと古城から脱出する。



 あたしはドアを開け――サリアと共に走りだした。


 城の中には茨が侵食していた。心臓のように小刻みに揺れる。これは外の茨なのか、それとも、ターリアの茨なのか。


「テリー、触らないように。棘が貴女に刺さってしまう」


 サリアがあたしを引っ張り、導く。地震が起きる。城が揺れ、今にも崩れそうだ。そのせいでトラップが壊れたらしい。スイッチを押しても何も反応しない。サリアがあたしを引っ張り、歩いたことのある廊下や、そうでない廊下を進んでいく。


 グロリアの部屋を、カリスの部屋を、ダンスホールを、屋根裏部屋を、子供達の遊び場所を、図書室を、動物小屋を、映写機のある部屋を、中庭を、キッチンを、通り過ぎ、……突然、サリアがあたしを止めた。天井が落ちた。落ちきってから、またあたしを引っ張る。城が揺れる。古城が崩れていく。茨が古城を囲む。


 エントランスホール。


 サリアとあたしが真っ直ぐ走る。


 ドアは――目の前だ――!




「行かせない」




 サリアがあたしを抱きしめ、後ろに下がった。正面ドアから茨が侵食する。


「生きてここから出すものか」


 茨が入ってくる。サリアがあたしを引っ張る。


「お前達はスパイだ」

「お前達は人質だ」

「ここに来たのが運の尽き」


「ここが墓場だ」


 ――サリアがはっとして、あたしを押し倒した。瓦礫が降ってくる。あたしはサリアを抱きしめた。サリアも強くあたしを抱きしめた。茨が近付いてきた。


 下から、茨に囲まれたターリアが登ってくる。


「逃がすものか……。一人残らず殺すのだ。根絶やしにしてくれる……。根本まで殺して、二度と、この地に踏み入らせてはいけない。殺してやる。殺してやる……!」


 ターリアが見た。


「殺して……!」





 抱きしめ合うメイドと主の姿。


 ターリアは、答えを見つけたサリアを殺さなかった。


 殺せなかった。


 サリアには主が待っていた。


 だから記憶を失わせた。


 でも、もはや、


 迷うことはないのだ。


 テリーとサリアは再会した。


 ターリアとカリスは永遠に会えない。


 カリスは戻ってこない。


 ターリアを止められる者は、誰もいない。


 だからターリアは、言葉を喋ることを止めた。


 理性を手放せば、残るのは本能のみ。


 憎しみのみ。


 ターリアの血は、茨となり、うねり、真っ直ぐ――あたし達に向けて、叩き下ろしてきた――。




「そこに現れるのが救世主!」


 剣が茨を切り落とす。


「あたくしこそ、真の勇者!」


 大量の屍の上に、天に剣を向けるクレアが乗った。


「あたくしが! この城の呪いを解いてみせよう! ……あ、でも、一つだけ。あたくしの唇はダーリンのものなの。だからぐっすり眠ったお姫様の唇なんて興味がないの」


 ならばどうやって呪いを解けばいい。


「簡単だ」


 クレアが――にやりとした。


「茨処理業者を手配するのだ!!」


 クレアは早速、茨処理業者に依頼の電話をかけた。

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