第15話 逃げ場はない




 目を覚ますと、あたしは扉の前で倒れていた。


「……」


 あたしはゆっくりと起き上がる。――王様と、王妃様と――その娘の部屋が残ってる。


「……」


 あたしは扉を見た。……もう、ここに用はない。


(……あの部屋に……戻らないと……)


 あたしは表に回り、階段を上り始めた。左にまっすぐ進む。


(アルテと合流しないと……)


 あたしはドアを開けた。





 ――彼女は、宝箱に座っていた。






「……ロザリー?」


 トゥーランドットが振り返った。笑みを浮かべる。


「お帰りなさい」

「……アルテは?」

「ロザリーを追いかけていったよ。セーラはいた?」

「アルテが……あたしを追って、あんたを置いていったの?」

「うん」

「でも……ここで待ってるって言ってたわよね?」

「気が変わったんじゃない?」

「ねえ、トゥー」

「なに?」

「本当にセーラとここに来たの?」


 トゥーランドットが頷いた。


「うん! セーラと一緒に来たの!」

「本当に?」

「じゃないと、はぐれないでしょ?」

「はぐれてないのかも」

「……どういうこと?」

「セーラは……そもそも来てないのかも」


 だって、ね?


「あの子、クレアにはてんで弱いのよ。最近仲良くなったみたいだけど……クレアが怒ると、どうなるかわかってるから……クレアを怒らせるようなことは絶対しない。だって、怖いもの」


 善と悪を見極めなさい。


「あたしには、善と悪を教えてくれる先生がいなかった。だから、……セーラには教えようと思ったの。自分が嫌だと思うことをするなって。それは悪。人が喜ぶこと。それは善。セーラは……理解力がある。そこは、やっぱりキッドとリオンの親戚だって思う。ちゃんと言われたら理解できるし……あたしを困らせる事もしない。そして、自分は王家の血を引いてることに、かなりのプライドを持ってる。恥になる行動は控えることが出来るの」


 トゥーランドットは微笑んでいる。

 あたしは少女を見つめる。


「アルテの髪飾りは盗んだのはお前」

「そして、クレヨンを散らばしたのもお前」

「クレヨンを追って、あたしはあそこでセーラを捜した」

「かなりの時間稼ぎになったはずよ」

「あたしとアルテを引き離さなければいけなかった」

「だって」



 ア ル テ は ――……。



「……どこ」


 トゥーランドットは微笑む。


「どこにいるの」


 トゥーランドットは笑う。


「あの子がいないと始まらない」


 トゥーランドットが笑った。


「どこにいるの!」


 トゥーランドットは笑う。笑う。――永遠に笑い続ける。


「アルテはどこ!!」

「どこだろうね」


 トゥーランドットの皮膚が――動いた。


「捜してみたら? 生き残れたらの話だけど」


 目を見開いた。トゥーランドットの腕が動いた。――刃が、投げられた。


「っ!」


 あたしはドアを閉めた。刃がドアを突き破った。あたしはドアから離れる。ドアが勝手に開かれる。トゥーランドットが――あたしを睨んでいた。


「邪魔しないで」


 ――生き残りのメイドが、言った。


「姫様が待ってるの」


 あたしは急いで階段を駆け下りる。トゥーランドットが追いかけてくる。


「逃げても無駄。どうせ死ぬんだから!!」


 あたしはドアを閉め、廊下を走った。トゥーランドットが歩いて追いかけてくる。あたしは奥のドアに入った。


 使用人の棟。


(一回、隠れた方が良い)


 あたしは走る。


(どこかの部屋に……)


 ドアが開いてる部屋があった。


「……っ」


 あたしはそこに入って――目を丸くした。


「!!」


 棟のドアが開けられた。トゥーランドットが廊下を歩く。


「逃げても無駄。姫様の邪魔はさせない」


 部屋のドアが乱暴に開けられる。


「隠れても無駄。姫様の邪魔はさせない」


 部屋のドアが乱暴に開けられる。


「姫様の邪魔はさせない」


 右目が右を。左目が左を向き、左右を捜す。しかし、気配はない。


「逃げても無駄」


 トゥーランドットが歩いていった。ドアを開けて――閉めた。足音が――遠くなっていく。


「……」


 あたしは額から汗を流し――ドアに耳を当てるグロリアを見ていた。


「……」


 グロリアが棚に指を差した。あたしは振り返る。――何かある。あたしは近づいた。箱がある。蓋を開けてみた。


 王冠が入ってた。


「……」


 隣にメモが残されている。古代文字を、あたしの目が読み解く。

 ――カリス、ターリア姫のデビュタントに使う大事な王冠よ。落とさず祭壇まで持っていくのよ。わかったわね。


 ……グロリアが足を引きずらせながら歩き、ベッドに座った。手首には、星形のブレスレットが付けられていた。……それを優しい目で見つめ、もうあたしを見ようとはしない。


「……」


 あたしは部屋から出ていった。そして、廊下を進む。カリスの部屋を通り過ぎた。ここにはもう用はない。戻ってくる事は無いだろう。


 円型の部屋に戻ってきた。両開きのドアが開かれている。パーティーホールから笑い声が聞こえる。あたしは踊り場に下りた。ノワールとブランが楽しそうに踊っている。あたしは顔をしかめ、階段を下りた。


「ノワール」

「あら」

「ブラン」

「あら」

「どうしたの? ロザリー・エスペラント」

「すごい顔」

「トゥーが歩いてこなかった?」

「歩いてきたかしら?」

「ごめんなさい。私達ダンスに夢中で……」

「楽しくなっちゃって!」

「嫌だわ! ノワールお姉様ったら!」


 ノワールとブランが手を取り合ってくるくる踊り始めた。とても楽しそうだ。じゃあ質問を変えよう。


「アルテを見なかった?」

「あの居眠り?」

「ノワールお姉様、見た?」

「知らない」

「私達ダンスに夢中で」

「楽しくなっちゃって!」

「嫌だわ! ノワールお姉様ったら!」


 ノワールとブランが手を取り合ってくるくる踊り始めた。とても楽しそうだ。じゃあ質問を変えよう。


「いつまで踊ってるの?」

「さあ?」

「ダンスがある限り」


 二人は踊り続ける。


「メニーに酷く喧嘩を売ってたわね」

「メニー・エスペラントに勝たなきゃ!」

「そうね! ノワールお姉様!」

「それがターリア姫からの命令?」


 ――二人の足が止まった。


「メニーから目を離すな。あの子は強い魔力を持ってるから、絶対に目を離すな。……とでも言われたの?」


 ――ノワールとブランが鼻で笑った。


「何を言うのかと思えば」

「ロザリーさん、お顔が怖いわ」


 ――ノワールとブランがあたしを見た。


「わたし達、命令以外では動かないの」

「死にたくなければ、とっととここから離れなさい」

「お前のことは言われてない」

「わたし達が狙うはメニー・ベックスのみ」

「お前に手は出さない」

「命令されてないもの」


「「でも」」


「「別に、わたし達が手を出さないだけであって、マネキンはわからない」」


 突然、シャンデリアに明かりが灯った。あたしの目が眩んだ。人形の動く音が聞こえた。はっとして顔を上げた。


 大量のマネキンがパーティーホールに歩いてきた。


「ブラン」

「ノワールお姉様」


 生き残りの双子のメイドが、手を握りしめ合った。


「「さあ、踊りましょう?」」


 ――あたしは壁のスイッチを押した。通路が現れた。マネキンが一斉に走ってきた。あたしは通路を走り出す。


「マネキン達が踊りたいって!」

「モテモテで良かったわね!」

「「テリー・ベックス!!」」


 双子の笑い声が遠くなっていく。あたしは走る。後ろからはマネキンが走ってくる音。あたしは全力で走る。マネキンが追いかけてくる。あたしは走る。


 ――通路から出た。


 エントランスホール。


「うわっ!」

「っ!!」


 壁が塞がった。あたしはすぐに起き上がる。


「いったた! ちょっと、びっくりした。ロザリー! 何やってんの?」


 グースがすぐに立ち上がったあたしを見て、きょとんとした。


「どうしたの? 顔青いけど」

(人間か? 中毒者か?)


 あたしの目がグースを観察する。筋肉は動いてるか。皮膚は勝手に動いてるか。いや、……動いてない。――人間だ!


「ねえ、アンセル見なかった? どっか走って行っちゃって……」

「グース」


 あたしはグースの手を握った。


「ここから出て行って」

「え?」

「もうここは遊び場所じゃなくなった。今夜でおしまいよ」

「ちょ……ちょっと待って!」


 出口に繋がるボタンを押そうとすると、グースが足を止めた。


「どうしたっていうの? 大丈夫?」

「大丈夫じゃないから言ってるのよ!」

「ロザリー?」

「早く出なさい! 死にたくなきゃ、早くここから……!」




「そこで何してるの」





 あたしとグースが振り返った。グースが苦い顔をした。


「げっ!」

「この時間の外出は禁止のはずですよ」


 ――ソレイユ・ヘーリオス先生が正面玄関から歩いてきた。


「そこで何してるの」


 あたしは観察する。経済学のヘーリオス先生。


「ロザリー・エスペラント。また貴女なの?」


 ――左足の皮膚が蠢いた。


「反省文を書いたばかり……」


 あたしはグースを引っ張って走り出した。ヘーリオスが――溜息を吐いた。


「はぁー……」

「やばいってロザリー! ヘーリオス先生に見つかった!!」


 一緒に廊下を走る。


「わたしも反省文かな? うわあ、最悪!」

(城から出させないと! どこだ! 出口に繋がる壁は……!!)

「ぐわぁっ!」

「あ、いた! グース!」

「っ!!」


 あたしは足と止めた。

 アンセルを抱えたラビが走ってくる。


「アンセルったら廊下の端で遊びだして!」

(人間か? 中毒者か? 走ってくる! 観察しろ! 集中しろ!!)


 ラビを見つめる。動く皮膚と筋肉を探す。――どこも動いてない。人間だ!


「アンセルったら! この馬鹿!」

「グワァ!」

「何事もなくてよかった」

「何事ならあったわ」


 グースとラビがあたしを見た。


「グースも……見たでしょう? 先生を……だから……」


 なんでもいい。この娘たちが……城から出るための言い訳を……!


「……先生達が、大勢……乗り込んでくるところを……見たの! ほら、警備少なかったでしょう!? あたし達がここに遊びに来るところを、捕まえようとしてたのよ!」

「はあ!? それ本当!?」

「やばいじゃん……!」

「グワグワッ!?」

「だから……もうここは遊び場所じゃなくなったの! 今夜でおしまい! ね! ほとぼりが冷めるまでは、大人しくしてた方が良い!」

「そしたら……狼さんが……」

「うん。あの子の餌……明日からどうしよう」

「明日考えましょう! あたしも考えるから」


 だから、


「今日は、もう抜け出した方が良い!」


 二人の背中を強く押した。


「あたし、アルテを捜してから出るわ! 二人は早く!」

「アルテったらまた自由に歩いてるんでしょ」

「行こう! グース! せっかくロザリーが教えてくれたんだから!」

「ロザリー、たまにはアルテに怒っていいよ! 言えないならわたしが明日、怒ってあげるから!」

「グワグワッ!」

「ええ、……ありがとう!」


 二人が廊下を走っていった。


「……明日があればね」


 呟き、周囲を見回す。


(リトルルビィやメニーもどこかにいるはず。ソフィアも。リオンも。やられてないといいけど)

「見つけた」


 あたしはぎょっと息を呑む。右の廊下からトゥーランドットが歩いてきた。あたしは走り出す。


「逃げても無駄」


 あたしは走る。


「ばれてるよ?」


 刃が飛んできた。あたしは悲鳴を上げて地面に倒れる。さっきまで頭があった場所に刃が飛んできた。すぐに立ち上がり、逃げ出す。


「逃げても無駄」


 あたしは教室のドアを開け閉めし、走り、進み、走り、教室に入ったふりをして抜け出し、ドアを開けたまま、――隠れた。


「逃げても無駄だよ?」


 トゥーランドットが廊下を歩く。


「ばれてるよ」


 トゥーランドットが廊下を歩く。


「わかってるんだから」


 トゥーランドットが廊下を歩く。


「姫様の邪魔をしないで」


 刃を飛ばした。


 ――そこには何もなかった。


「……はぁー……」


 トゥーランドットが溜息を吐き、闇へと消えていく。足音が聞こえなくなった。


「……」


 あたしは映写機のある教室から抜け出した。


(アルテを……見つけないと……)


 えんぴつの音が聞こえた。


「っ」


 メランがいる。ドアをノックしようとして――手が止まる。


「……」


 人間か――中毒者か――。


(……でも……人間だったら……)


 あたしはドアをノックした。


「メラン?」

「……ロザリー?」


 メランがドアを開けた。


「わ、どうしたの? すごい汗」

「メラン、先生達が、乗り込んできて」

「え、嘘。うわ、大変!」


 メランが荷物をまとめ始めた。


「早く出ないと! 教えてくれてありがとう!」

(これでよ……)


 あたしは――見てしまった。


「……メラン……」

「良かった。絵が完成したところだったの」


 メランがあたしに振り返った。


「見せてあげるよ。きっと」


 ――生き残りのメイドが微笑んだ。


「貴女も気にいるよ。テリー・ベックス」


 キャンバスから黒い弟の影が三体。黒い妹の影が二体。そして――メランが、黒く染まった。


「ごめんね? でも、姫様の命令だから」


 ――あたしは逃げ出した。黒い影が勢いよく飛び出し、あたしを追いかけ始めた。


(やばい、やばい、やばい、やばい!!)


 アトリエと井戸のある中庭に走る。――スレッドとマリンがお互いの作品を見せあっていた。


「っ!!」

「きゃあ!!」

「うわ★ やだ、びっくりした★! ロザリーったら、人を驚かせるのが好きなんだから★! もう★!」


 二人もいる! 間に合わない! どっちだ! 人間か! 中毒者か! 中毒者なら攻撃してくる!


「あれ、なんか……」

「様子おかしくない★?」

「ロザリー? どうしたのー?」


 走ることを止められないあたしは、イチかバチかで叫んでみる。


「先生が追いかけてくるの!!」

「ぎゃーーーーーー!!!」

「なんですってーーーーー★!!??」


 人間だ!! あたしはスレッドとマリンの手を掴み、引っ張る。


「走って!!」

「いやーん★!!」

「最悪ぅー!!」


 振り返れば、黒い影が追いかけてくるのが見える。あたしは二人を引っ張り――キッチンへと逃げた。ドアを開けると、フロマージュとメリッタが振り返った。


「うわっ!」

「びっくりした!」

「みんな揃ってどうしたの?」

「まだクッキーは生地の段階よ?」

「それがね★ 先生がいるって★!」

「うっそ!」

「やっば!!」


 あたしはメリッタとフロマージュを観察する。動いてる筋肉は――ない。――ここにいる全員、人間だ!


「どうする?」

「抜け出すしかないでしょ! フロマージュ、鞄持って!」

「あ、ハンカチ落とした!」

「急いでよ★! もう★!」

「ロザリーも早く!」


 あたしはドアから離れると――ドアが強く叩かれた。


「きゃっ!」

「馬鹿!」


 フロマージュの口をスレッドが押さえた。ドアが叩かれた。――どんどんどんどんどんどんどんどん!!!!


「ひいいいいい!」

「もうおしまいだわー★!」

「見つかる前に抜け出すまでよ!」


 フロマージュがスイッチを押した。そして――腕に引っ掛けた。


「あ、やばっ」


 ――食器が大量に割れた。その音が響くと――ドアの向こうから悲鳴が聞こえた。『食器の割れる音』に――恐れるような叫び声をあげ、遠くへと――走っていった。


「「……」」


 四人が顔を見合わせた。


「今のなんだったの?」

「待って。もしかして……泣き虫メイドじゃない?」

「うわ、やだ、先生だと思ったらってやつ★?」

「クッソ怖……」

「みんな、早く行って!」


 四人があたしを見た。


「あたし、アルテを見つけないと!」

「アルテ?」

「どっか寝てるんじゃないの★?」

「ありえる」

「一緒に探そうか?」

「いや――大丈夫だから!」


 あたしは四人の背中を強く押した。


「早く行って!」

「見つからないようにね。ロザリー!」

「大丈夫よ。骨は拾ってあげるから!」

「先行ってるわね★!」

「寮でまた会いましょう!」


 何も知らない四人が脱出口の通路に入っていった。――壁が塞がった。


(……あたしだって、逃げたいわよ。抜け出したくて仕方ない)


 でも、アルテに会わなきゃいけないの。


(早く……アルテを見つけないと……!)


 足音を確認し、廊下に出る。大股で歩く。


(アルテ、どこ? どこにいるの?)


 この城は広すぎる。


(アルテが行きそうなところ……)


 どこだ。


(アルテ)


 会わないと。


(アルテ……!)


「そこにいた」


 あたしは顔を上げた。――ヘーリオス先生があたしを睨んでいた。


「エスペラント」


 筋肉が蠢く。


「いいえ。……テリー・ベックス」


 あたしは後ずさり、走り出した。


「逃げ場はない」


 あたしは走る。上から刃が降ってきた。見上げる。トゥーランドットが笑顔で刃を持っている。


「逃げ場はない」


 あたしは走る。マネキンが突っ込んできた。あたしは後ずさり、廊下に走る。ノワールとブランが踊っている。


「「逃げ場はない」」


 あたしは走る。黒い影が左右の廊下から突っ込んできた。あたしは悲鳴を上げ、後ずさり、来た道を戻っていった。黒くなったメランが正面の廊下から追いかけてくる。


「逃げ場はない」


 エントランスホールに辿り着く。四方八方から歩いてくる。生徒の姿をしたメイドが、使用人が、教師の姿をした執事が、家臣が、家来が、使用人たちが!!


「逃げ場はない」

「逃げ場はない」

「逃げ場はない」

「逃げ場はない」

「逃げ場はない」

「逃げ場はない」


 あたしは後ずさる。もう、道はない。


「逃げ場はない」


 あたしは――追い詰められた。


「……バウッ!」


 はっとして振り返る。グースとラビが面倒を見ていたはずの狼が、ドアの前にいた。


「バウッ!」


 あたしはそのドアに走り出した。


「「逃げ場はない!!」」


 呪われた使用人達の声を聞きながら――あたしはドアを閉めた。鍵をする。


「……」


 ――ドアノブが激しく動いた。


「ひっ……!」

「バウッ!」


 狼が階段を下り出した。あたしも駆け下りる。


 魔法陣と祭壇の間に辿り着く。


「バウッ!」

「あんた、アルテを見なかった?」

「バウッ!」

「え?」


 狼が祭壇に吠える。


「バウッ!」

「……あんた……」


 狼の耳が腐っていた。


「……この城の動物だったのね」


 狼があたしを見つめる。


「……ありがとう。助かった」


 あたしは祭壇を見た。窪みがある。そこへ――王冠をはめた。


「うわっ!」

「バウッ!」


 あたしと狼が避けた。魔法陣のあった地面が動き出し――階段が姿を現した。あたしは狼を見た。狼はその場にお座りをし――伏せた。


「クゥン……」

「……恩に着るわ。本当にありがとう。……ラビとグースと……アンセルに、あんたの活躍を伝えておくわね」


 あたしは狼の頭にキスをし、一度撫でてから……階段を下り始めた。


 暗い空間が続く。闇があたしを包んでいく。道に出た。あたしは歩いていく。前に進んでいく。――何かに足を取られた。


「いたっ!」


 転んだ。


「いった……何?」


 あたしが立ち上がると――何かを踏んづけた。べきべきっ! ぱりんっ! と何かがすごい音を鳴らして……『全てが壊れた』気がした。


(……あたし、しーらない)


 あたしは無視して、その先に進んだ。


(ここが最後)


 城の中心部。


(ここに全てがある)


 上に繋がる階段があった。


「……」


 あたしは深く深呼吸し――ゆっくりと――上がっていった。







 玉座の間。








 全てがきらびやかで、

 全てが贅沢で、

 全てが豪華で、

 全てが金で出来ていた。





 赤いカーペットの上に、その人物は立っていた。




 あたしは赤いカーペットを踏み、真っすぐ、歩いていく。






「……あたしね、謎解きがとても苦手なの」

「推理なんて考えるだけで頭が痛くなる。だから答えは最初に知ってたい」

「でも誰も教えてくれないから、結局自分で考えなきゃいけない」

「そこで、あたしはこの8年間、『呪われた人達』と関わってきて共通の行動を思い出してみた」

「こういう時って、結構自分の記憶が頼りだったりするんだけど、あたしの場合、記憶違いもあるから、間違ってたらごめんなさい」

「彼ら彼女らってね、どうしてかいつも……あたしの名前を聞いてくるのよ」

「そりゃ、挨拶だし、名前を聞いてくるだけじゃ、その人たちが呪われてるなんて気づかない」

「でも、今日の授業で納得したの。名前はその人物の魂。名前を伝えることによって、相手に魂を預けることになる。呪われた連中は――中毒者は、まず、あたしの魂を預かるところから始めたい。だから、下手に回って、必ずあたしの名前を聞いてくるの」


 ――お姉ちゃん、お名前、なんて言うの?

 ――君、テリーだろ?

 ――教えて。名前、なんて言うの?

 ――僕の名前を教えた。ねえ、今度は君の番。君の名前は?

 ――オラはコネッド。よろしくな。……名前、なんていうの?

 ――名前、なんだっけ? ……あー、そうそう! 噂のテリー様!

 ――あの、恐れ入りますが……お名前を……。


「あたしの魂を預かっていないと、きっと不安なのよ。あたしがもし中毒者でも、そう思う。だって側には救世主がいるんだもの。救世主が放った囮の魂は、どうしたって握っておきたいものよ」

「でも、ただ名前を知るだけでは魂は握れない。本人の口から魂という名前を出さないと」

「だから、知らせる必要があった」

「あたしとメニーが編入してきた初日」

「直接、名前を聞く必要があった」

「魂を預かる必要があった」

「だって、お前達は、あたしを人質にしたかったんだから」

「ね、初日を覚えてる?」

「あたしははっきりと覚えてる」

「ヘーリオス先生がチョークを投げたのよ」

「そのチョークは、頭に当たり、あたしに跳ね返った。そして、ヘーリオス先生はこう言ったの」


 ――チョークを届けに来なさい!


「貴女は……チョークを探すふりをして――初めてあたしに気づいたふりをして――名前を訊いてきた」

「それと同時に、クレアと貴女の戦いは始まった」

「あたしの立場は」

「人質か」

「囮か」


 あたしはその人物を見つめる。


「すぐに魂を預かれなくて大変だったわね」


『ロザリー』は――あたしの名前ではない。

 その時点で、あたしは人質にはなれるはずもなかった。


「あたしは囮」


『その人物の名前』は――その人物の名前ではない。

 その時点で、あたしと彼女は互角の立場になった。


 クレアとの睨み合いは続いた。

 クレアは背中に剣を、

 彼女は背中に毒を、隠した。


 先に、先手を打った。

 あえて、名前を名乗った。

 知らないうちに、あたしも名前を名乗っていた。


 だが、証拠はない。

 互角の立場は、互角のままだ。


 あたしは彼女の魂を握り、

 彼女はあたしの魂を握っている。


 どちらも隙は無い。

 だから彼女は弱みを握ることにした。


『通報』という名目で呼んでほしいと母親に伝えた。

 母親は『通報があった』という前提で、サリアを古城へ行かせた。

 サリアは来た。あたしとサリアの関係について確信が持てた。

 少しばかりの弱みを握れた。そして、絶対に自分の弱みが取られないように、あたしよりも自分がパニックになったふりをした。


 通報した本人。


 あたしの隣にいた人物。








「ね、国は滅んでる」

「ここは、呪いによって残されてるだけ」

「それで」

「結局どうしたいの?」

「呪いが解除されたって」

「死んだ使用人は」

「生贄になった人達は」

「カリスは戻ってこないわよ」

「もう、死んでるんだから」

「死んだ使用人が心配してた」






「何がしたいの?」



「アルテ」








「ターリアって、呼んだ方が良い?」








 ターリア姫が静かに呼吸し――桃色の瞳を、あたしに向けた。


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