第13話 学園七不思議、第七夜


 カウンターで居眠りしていたローレライの肩を叩く。


「ローレライ」

「ふぁっ!? ……ああ、びっくりした。ふわああ。テリー。こんな真夜中に何してやがる」

「いつでも出られるように荷物をまとめておくことを勧めるわ」

「……え、なんで? ……まさか」


 ローレライが目を見開いた。


「パパとママに、あたしの居場所がバレた!?」


 ローレライが慌てて立ち上がった。


「今、こっちに向かってるんだろ! うわ、大変だ! いつでも逃げれるようにまとめなきゃ!」

(今夜とは言ってないけどね、ま、何かあればすぐ逃げ出せる用意だけさせておけば大丈夫でしょ。こいつなら)


 ローレライが部屋に走ったのを見届け、あたしは寮から出ていった。


(……今夜はコウモリが多いわね)


 放課後、ショッピングモールで購入したランタンを手にぶら下げ、古城に向かって歩いていく。


(今夜は見張りがいない)


 警備が厳しくなっていたのに。


(何かおかしい)


 ――古城の前で、アルテが待っていた。


「……ロザリっち、見た?」

「警備のこと?」

「なんか……昨日まですごいいっぱいいたじゃない? ……急に、おかしくない?」

「……」

「何か……起きたのかな?」


 アルテが古城を見上げ、じっくり眺め――あたしを見た。


「……今夜、入る?」

「え?」

「ロザリっちは……ここにいてもいいよ」

「……」

「……あのね、いや、んー……これ言おうか悩んだんだけど」

「どうかした?」

「……今夜、忘れないように……いつも持ち歩いてる枕を入れてるバッグがあってね?」

(あるわね。この子、隙あらばどこでも寝ようとするから)

「その底に……髪飾りを……入れてたんだ。この城に戻そうと思って。そしたら……」


 アルテが首を撫でた。


「……なくなってて……」

「……なくなってた?」

「そう。……どこにもなかった」

「落としたとか」

「いや、穴も空いてなかったし、それこそ……放課後、クラブさぼって探したんだけど……どこにもなくて」

「……」

「なんかさ……今夜こそ……七不思議を……全部回収できるかなって思ったんだけど……」


 アルテが自分の体を抱きしめた。


「なんだか……すごく寒気がして……」

「……大丈夫?」

「……風邪でも、引いたかな。でも……風邪じゃない気がするんだよな。なんていうか……嫌な感じがするというか……見られてるというか……」

「……」

「……長い夜になりそうだね。ロザリっち」


 アルテがあたしを見つめた。


「それでも行く?」

「行く」

「……」

「サリア先生を見つけないと。それに……泣き虫メイドがどんなものか、ぜひ見てみたいの」


 あたしは気丈にふるまってみせる。


「走る準備は大丈夫よ。覚悟も」

「……駄目だと思ったら」

「ええ。すぐに出ましょう」

「無理はしないで」

「アルテもね」

「ロザリっち、……わては本当に感謝してるよ。本当に……ロザリっちがいてくれて、心強いんだ」


 アルテが古城を眺める。


「今夜こそ……何か、見つけられる気がする」

「……」

「それじゃあ……」


 アルテが扉に触れた。


「行こう」



 罪滅ぼし活動ミッション、七不思議を追う。七夜目。



 門に仕掛けられた小さな扉から入り、今夜も草原と茨に囲まれる不気味な古城へと歩いていく。ランタンに火を灯し、古城の扉を開け、中に入る。ソーレとルーナの像があたし達を出迎えた。


「……ロザリっち、念のため、この像に何かあったら守ってくださいって祈っていかない?」

「気持ちが入りそう。いいわ。祈ってく」

「では……えー」


 アルテが息を吸い――唄った。


 学びを求める子羊よ、

 貴女の夢を叶えましょう。

 朝は太陽神ソーレに祈れ。

 夜は月神ルーナに祈れ。

 薔薇の茨をくぐり抜け。

 塔の頂点に君臨せよ。

 未来を知るのは糸車のみ。


(『子羊』『夢を叶えましょう』『薔薇の茨』『塔の頂点』『糸車』……今思えば、色々考えさせられる唄だわ)

「はあ。今夜は本当に胸騒ぎがする。……どこ行く? ……できれば井戸の側は嫌なんだけど」

「まだ調べてないところがあるわ」


 地図を広げる。


「王様達の部屋に行ってない」

「わて、別にプリンセスにならなくたって平気よ? 王冠なんていらない。平和に暮らせたらそれでいいの」

「アルテ。……メイドの行くところはどこだと思う?」

「……主の部屋?」

「行ってみる価値はある」

「今夜も不器用へんてこカラー姉妹は踊ってるのかしらね?」

「いるんじゃない? なんだかんだマリンもいそう」

「西ではオオカミのお世話をラビっちとグっぴーがしている。あ、アンセルを忘れてた」

「屋根裏部屋ではスレッドが裁縫の練習」

「映写機のある部屋の隣部屋では、メラメラが素敵な絵を描いている」

「キッチンにはメリッタとフロマージュ」

「そして歩き回るわてとロザリっち」

「悪いことしてないのはセーラとトゥーランドットだけね」

「おんや、ロザリっち、忘れてるよ。メニっちとルビルビだって、こんな真夜中に古城で遊び回ってない。わてらはいけない子ね」

(今夜はどこにいるのかしらね。あの二人)

「さて、王族の部屋ね。あの気味の悪いところに行くのは気が引けるけど、昨日の井戸に比べたらずっといい」


 アルテが壁のスイッチを押すと、壁がめくれた。裏側に現れた通路を辿り、パーティーホールに辿り着く。……ノワールとブランがランニングしていた。


「ブラン! 走って体力をつけるわよ!」

「はい! ノワールお姉様!」

「なんて言ったって! 今夜は! 訓練じゃなくて! 実践なんだから!」

「はい! ノワールお姉様!」

「「はっ!」」


二人があたし達の前で止まった。


「今夜も現れたわね! 生真面目ロザリーに居眠りアルテ!」

「こんばんは! ロザリーさん! アルテさん!」

「生真面目言うな。こんばんは」

「わてに関してはその通り。こんばんは」

「今、ノワールお姉様と体力づくりのために走っていたのよ!」

「体力はダンスに必要なの! そう! 次のダンスが勝負の時!」


 ノワールとブランが足を止め、拳を握った。


「今度こそ、メニー・エスペラントに勝ってやるんだから!」

「その意気よ! ノワールお姉様!」

「元気そうね」

「癒された。行こう。ロザリっち」

「ええ」


 ホールの奥にある階段を上り、両開きの扉を開ける。その先にある左のドアに進み、使用人の棟に歩いていく。……鼻歌が聞こえる。やっぱりマリンがいるようだ。今夜は何を作っているのだろう。奥に進む。ドアを開ける。その先には長い廊下が続いている。アルテと顔を見合わせる。頷き、アルテがランタンを前に出し、足元を照らしながらゆっくりと進み始めた。絵画が並んでいる。奥に、一つだけ両開きの扉がある。それを二人でゆっくりと開けると――辿り着く。


 王族の棟。大きな階段が設置され、左、正面、右に続いてる。


「……どこから行く?」

「こういう時は」


 アルテが糸の芯を転がした。――右だ。


「右からだって」

「『×』印がある。気を付けて」

「王族の部屋だもんね。そりゃあ……トラップもあるだろうね」


 アルテが×の書かれた場所に向かって糸を投げた。――天井から大きな刃がぶら下がり、大きくスライドしてきた。また天井に戻る。アルテとあたしが苦い顔をして、先に進む。――右の部屋。


「……王妃様のお部屋かな」


 女性らしいデザインの部屋が残されていた。アルテが部屋を見回し、あたしも部屋を眺める。贅沢な机の引き出しを開けると、冊子が中に詰まれていた。めくってみる。アルテがランタンを向け、得意げな顔をした。


「……ロザリっち、わてね、今夜は辞書を持ってこようと思ったの」

「持ってきてはないのね?」

「泣き虫メイドに会ったら逃げなきゃでしょ? ……重たいものは避けるべきだと考えてね。わて、結構頭良いでしょう?」

(走る気満々ね。結構)


 あたしの目が文字を読んだ。


 ――哀れなターリア。愛しい私達の娘。何も知らない赤ん坊の時に呪われてから、ずっと守ってきたのに、今は……全員、あの子に守られている。


 哀れなターリア。待っていて。父と母が、必ずカリスを取り戻すから。


「……」


 待って。これ。


(現代文字?)

「カリスを取り戻すから? ……カリス、って誰のこと?」

(間違いない。現代文字で書かれてる。いつもなら古代文字なのに)


 ――王妃は、現代文字が書けるようだ。


(王妃も教師として学園にいたのかしら。だとしたら……会ってる可能性がある。怖いわね。恐ろしくてぞくぞくする)

「古代文字じゃないってことは、旧校舎時代に誰かが書いたものかもね。……悪戯かな?」

「……かもね」

「何もなさそう。次行こう」

「ええ」


 再び階段に戻ってきて、×印が書かれた場所にアルテが糸を投げた。今度は地面から刃が現れ、糸を串刺しにした。地面に戻る。アルテがもう一度投げた。もうトラップは発動しない。アルテが念のため投げてみた。――また発動された。糸が串刺しにされる。あと五回投げてみた。もう発動されなかった。


「……ここ、怖い……」

「王様だもの」


 両開きのドアを開ける。やはり贅沢な部屋が残されていた。アルテがランタンで広い部屋を見回す。あたしは棚を見てみる。――国の民からの悩み事や相談事が書き綴られた資料がたくさんしまわれていた。


(あっ)


 あたしの手がぶつかり、棚から大量の紙が落ちた。――魔法陣が描かれた紙が、あたしの前に落ちた。


「……」


 あたしは自分のランタンを向け、視線で字を読み取る。



『死者を復活させる方法』

 ・生きた童貞の男を生贄に捧げる。

 ・生きた処女の女を生贄に捧げる。

 ・魔法陣は血のみで描くものとする。

 ・新鮮なトカゲの尻尾を置くものとする。

 ・薬草を周りに置くものとする。

 ・十人分の血を垂らすものとする。



(……クレアの言ってることが正しいなら、この資料がなぜここにあるのか納得するわね)

「なんかあった?」

「ううん。落書きだけ」

「うん。こっちも古代文字だらけでよくわかんない。……よく腐らず残ってるよね」

「……」

「次行こう」

「ええ」


 再び階段に戻ってきて、×印が書かれた場所にアルテが糸を投げた。――何も起きなかった。


(ん?)

「あれ?」


 アルテとあたしが地図を見た。確かに×が描かれている。


「もうトラップが発動した後?」

「誰かいるってこと?」


 ――あたしとアルテが静かに扉を見た。


「誰が?」

「別のクラスの子とか?」

「それは非常にあり得るけど……ひょっとすると?」


 泣き虫メイド。


「アルテ、トラップがおばけ相手に発動すると思ってるの?」

「おばけかどうかわからないよ? もしかしたら泣き虫メイドの正体は、この学園の生徒かも。もしくは先生とか?」

「で、行くの? 行かないの?」

「ロザリっち行きたい?」

「……出来る事なら行きたくないけど、行かないと何も始まらないのはわかる」

「うん。わても同じ意見」

「あたしが開けようか?」

「こうしない? ロザリっちが開ける。で、わては糸の芯を投げる」

「お化けには効かないんじゃない?」

「生きてる相手なら効果てきめん」

「いいわ」


 あたしはドアノブを握った。


「アルテ、準備は」

「いつでもどうぞ」

「いくわよ。……さん、に、いち……っ……!」


 あたしがドアを開け、アルテが糸を投げようとした。


「きゃあっ!!」

「っ!」


 アルテが手を止め、あたしは目を見開いた。


「トゥーランドット!?」

「ああ! ロザリー!」


 部屋に置かれた宝箱を抱いてたトゥーランドットが泣きながらあたしの腰に抱き着いてきた。


「ねえ、セーラを見なかった!?」

「え?」

「セーラ様?」

「はぐれちゃったの! 追いかけられて!」


 あたしとアルテが顔を見合わせ、再びトゥーランドットを見た。


「追いかけられた?」

「メイドのおばけ! 泣きながら、でもすごい怖い顔で追いかけてきて! 手を繋いで、二人で逃げたんだけど……! 途中で、あの……はぐれちゃって!!」

「どこではぐれたの?」

「うーんと……うーんと……!」

「どこではぐれたの!!」


 あたしの声に、トゥーランドットが息を呑んだ。


「セーラはどこ!?」

「ロザリっち!!」


 アルテがトゥーランドットからあたしを引き離し、壁になる。


「年下に怒鳴らない!」

「だけどっ……」

「クラスの皆、言ってたんでしょ? 泣き虫メイドに会って、追いかけられたって。会ってないのはわてらだけ。トゥっぴーやセーラ様が会ったって、何も不思議なことじゃない! でしょ!?」

「……っ……!」

「落ち着きなよ。ロザリっち、セーラ様のことになるとすぐ頭に血が上るんだから」

(だって、あの子は)


 クレアの従妹なのよ。


(いつ人質になったっておかしくない。あたしよりも……人質に向いてる)

「トゥっぴー、駄目じゃない。こんな時間に出歩いたら」


 アルテが身を屈ませ、トゥーランドットの顔を覗き、笑みを浮かべた。


「悪戯してたな? いけない子」

「……時々……セーラと来てたの。いっぱい、壁に絵を描けるところがあって……二人でいっぱい描いて……美術館にしようって……」

(しっかりあの子を見ておくんだった。クソ……!)

「そこはどこ?」

「階段を下りた内側の所に、ドアがあって……下に行けるの」

「ほー? そこには何があるの?」

「お墓」


 アルテが顔をしかめた。


「あと……糸車が……いっぱい捨てられてる。じめじめしてて、不気味なところだって、セーラと話してたんだけど……せっかくクレヨン買ったし……壁に……絵も描けたから……」

「……」

「セーラ、この部屋気に入ってたの。綺麗な物いっぱいあるし、トラップさえ気を付ければ、どれだけいてもいいし。だからいると思ったんだけど……」

「……」

「ごめんなさい……! ごめんなさい……!」

「……仕方ないね。よしよし。泣かなくていいよ。悪戯してたら、罰が当たるものなのさ。いずれね。それが今日だっただけ。仕方がないことなのさ」


 アルテが優しくトゥーランドットを抱きしめ――あたしを見た。


「行ってみる?」

「……あたしが行ってくる」

「ん?」

「アルテ、ここにいて。……セーラと行き違いになったら困るし……こんな状態のトゥーを一人にしておけない」

「わてが行こうか?」

「もしアルテがセーラを見つけて……セーラが素直に従うと思う?」

「わて……そんなに嫌われてるの? なんで? 一応言っておくけど、……本当に何もしてないよ?」

「ここにいて。ちょっと見てきて……すぐ戻る」

「よし、ではそんなロザリっちにプレゼント!」


 アルテが糸の芯を5つ、あたしに渡した。


「……今夜は妙な胸騒ぎがするんだ。……トラップに気を付けて」

「セーラが来たらお願い」

「うん。その時はロザリっちが来るまで待ってるから」

「……トゥー、怒鳴って悪かったわ。ごめんね」

「……ううん。大丈夫……」

「……じゃ」


 アルテと顔を見合わせる。


「行ってくる」

「本当に気を付けて」


 頷き、部屋から出ていく。ランタンで足元を照らす。


(階段を下りた先。階段の内側に……)


 階段の裏に回ってみた。壁だけかと思ったけど、裏側に確かに扉が立っていた。


(ここね)


 ドアノブを掴む。


(あの悪戯娘。……見つけたら説教してやるからね)


 ゆっくりと――ドアを開けた。



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