第12話 聖・アイネワイルデローゼ学園


 糸車が回る。

 クレアが教室を眺めて回る。


「皆さん、針に気をつけてくださいね。わからないことがあれば、すぐにあたくしに言ってちょうだいね」

「やっべ……♡ クレア先生今日も綺麗……♡」

「声かけるきっかけ声かけるきっかけ声かけるきっかけ……♡」

「グワッ! グワッ!」

「きゃっ♡ 先生すみません! うちのアンセルが!!」

「まっ! 元気のいいガチョウ。素晴らしいことですね」

「あっははーん♡!」

「グワ! グワ!」

(そうなのよ。その女、見た目だけは誰よりも美しいのよ。メニーとはまた違う美しさがあるのよ。色っぽいというか、大人っぽいというか。顔が小さくて、肌が綺麗で、クリスタルみたいに純粋で……)

「さて、糸車を動かすだけではつまらないので思うので、ここで雑談話でもしましょうか。あ、さぼりじゃありませんよ? 休憩がてら、聞いてくださいね」


 クレアがウインクし、ゆっくりと教室を歩く。


「皆さんはご挨拶というものを、まず初めてお会いした方にすると思います。舞踏会でも、自分のことを知ってもらおうとご挨拶するがてら、とても大切なことをしているはずです。おはよう、こんにちは、ごきげんようとは結局その挨拶をするためのきっかけの言葉。さあ、何をしているでしょうか? ランウェイさん」

「え? あ、うー……」

「ではあたくしとご挨拶しましょうか。こんにちは」

「あ、う♡ こ、こんにちは……♡」

「初めまして。貴女のことを教えてください」

「わたしは……ラビ・ランウェイです♡」

「はい。どうもありがとう。ランウェイさん、糸車を回していただいて結構です」

「ぽお……♡」

「このように、自分の名前を伝える事を挨拶と我々は習っています。では、この名前を言うという行為、どういう意味合いがもたれているか聞いたことはありますか? ホーニングさん」

「自分のことを相手に知ってもらうため」

「それもあります。でももっと大切なこと。自分の名前を相手に知っていただくことの意味。もっと深い意味があります。プリズンさん」

「先生★♡ わたし、まるっきりわかりません★♡ ごめんなさい★♡」

「素直でよろしいです。では答え合わせ。自分の名前を名乗るという行為は、自分の魂を預ける行為でもあると、聞いたことはありませんか?」

「フロマージュある?」

「ない」

「魂を預けるだなんて、結構怖いわね」

「こんな昔話を知ってますか? とあるところに美しい娘を持つ粉屋がいました。粉屋は王様に自分を認めてもらうために、『自分にはわらを紡いで金に出来る娘がいる』と言ってしまったのです。それを聞いた王様はぜひとも頼みたいと粉屋の娘を城に招きました。『さあ、仕事にかかれ、もし夜の間にこのわらを紡いで明日の早朝までに金にしなければ、お前は嘘つきの娘として処刑だ』と言われてしまいました。もちろん皆さんと同じように平和に暮らしていたただの粉屋の娘ですから、そんな魔法みたいなことはできません。可哀想な娘はどうしたら命が助かるか考えましたが、わらを紡いで金にする方法も考えましたが、どちらも全く見当がつかないので、だんだん恐くなって、とうとう泣き出してしまいました。しかし、そんな娘の前に小人が現れたのです。なんて言ったんだっけ? アルテ」

「おいらがやってあげる。でもその代わりに、あんたがお妃になったら、最初の子供をくれると約束してくれ。ふひひ! このお話、わて大好きなの」

「この苦境にあって他に助かる方法も知らないので、娘は小人に望むものをあげると約束しました。こうして、小人はわらを金に紡いだのです。王様は大喜び。娘と結婚し、娘は妃となったのです。さて、その一年後、すっかり小人のことを忘れていた妃は美しい子供を産みました。そこへ突然小人が現れ言ったのです。『さあ、私に約束したものをくれ』と」


 クレアがスレッドの糸車を見た。絡まっている。それを直してから、再び話し始めた。


「妃は嘆き、泣き始めました。それで小人はなんだか可哀想に思えて、『三日間、待ってやるよ。もしその時までに私の名前を探し当てたら、子供は諦めてやる』と言いました。さて、そうなったら妃は家臣達に世界中からその小人の名前を調べてくるよう命令し、各地に渡って調べさせました。しかし、入ってきた情報からあてようとしても、一日ずつ訪ねてくる小人の名前を言い当てることはできませんでした。そんな時、戻ってきた家臣からこんな話を聞きました。『高い山の森の外れを歩いていたら、狐とウサギがお互いにお休みなさいと言っていたところ、小さな家を見つけました。それで家の前で火が燃えていて、火の周りでとてもへんてこりんな小人が跳ねていました。1本足で跳ねて、『今日焼いて、明日は調合し、その次は若いお妃の子供をもらうんだ。はは、嬉しいな、おいらがルンペルシュティルツヒェンと呼ばれるとは誰も知らないんだ。』と叫んでいました。』と。三日目。とうとう運命の時は来たのです。小人が訪ねてきたので、妃は名前を言いました」


 クレアがアルテに訊いた。


「あなたの名前はコンラッド?」

「いいや?」

「あなたの名前はハリー?」

「いいや?」

「もしかして、あなたの名前はルンペルシュティルツヒェン?」

「わっはー! なんてこったー! 悪魔がお前に教えたな! 悪魔がお前に教えたな!」

「ふふっ! 小人は叫び、怒って地団太をふみ、右足でとても深く地面に突いたので、脚全体がめり込んでしまいました。それで更に怒って両手でとても強く左足を引っ張ったので体が二つに千切れてしまいましたとさ」


 あたしの糸車が回る。


「名前とは自分の魂そのもの。知られてしまうと手も足も出せなくなってしまう。名乗るとは『お互いの魂を預ける』行為でもある――と、いうのを踏まえて、皆さん、舞踏会では名前を元気よく名乗りましょうね」

「信頼関係の最初の段階ってわけね! セーラ!」

「……ソウネ……」

「ブラン、わたし達はこれからもお互いの名前を呼び合いましょう」

「もちろんだわ。ノワールお姉様!」


 リトルルビィの視線を動いた。メニーの視線が動いた。その視線の先にいるあたしは全く気付いてない。


(確かに挨拶する時には必ず名前を名乗る。魂を預けることによって、あたしは危険じゃありませんって相手を油断させるのね。なるほど。だから礼儀やらマナーに名前を名乗るって言われてるのかしら)


 突然、亜麻に混じった棘が指に刺さった。


「棘っち、針っち、ちっくっしょう!!」

「お姉ちゃん!?」

「あら」

「っ!」


 メニーが作業を中断しあたしに近づいた。


「どうしたの!?」

「……棘が刺さった」

「大丈夫?」


 リトルルビィがあたしの背後から覗き込んだ。


「保健室行く?」

「このくらいなら平気よ」

「こらこら。お二人とも、自分の糸車に戻って」


 クラスメイトが見た。クレアがあたしの手を丁寧に触れ、優しい笑みを浮かべてあたしの顔を覗き込む姿を。


「んー。この程度なら大丈夫だと思いますけど……痛いですよね?」


 クレアがあたしの顔に近付く。


「そうだ。絆創膏があるんだった。エスペラントさん、隣の部屋に一緒に来てくださる?」

「あ、大丈夫です。血も止まったし」

「まーたそんなこと言ってー。無理はダメですよー」


 クレアの優しい姿に、クラスメイトの心臓に愛の弓矢が刺さった。あたしを立たせ、肩を抱き、隣の部屋へクレアが誘う。


「さ、こっち、こっち」

「いや、クレア先生、あたし大丈……」

「さあ、さあ、こっちこっち!」


 教室を移動し……クラスメイトがざわついた。もしかしてロザリー、わざと亜麻で指をひっかけたんじゃ……! あの子やるわね★! わたしもそうすればよかったー! アンセル! また走る準備をしておいて! グワグワッ! ……あっ!


「油断も隙も無い! アルテ! 先生がいなくなった途端、枕をセットしない!」

「ぐふー」


 枕を膝に置いて身を丸くして寝始めたアルテの肩をグースが叩き――顔を青ざめるセーラの位置からアルテのバッグの中身を見えた。――綺麗な箱が入っていた。


「……」


 クラスメイトの声が隣の部屋まで響いてくる。

 美しい手が壁に触れ、あたしを閉じ込める。

 クリスタルのようにキラキラ光る瞳があたしを舐めるように見つめながら……あたしの指に十分すぎる量のキスをし始めた。


「ダーリン、痛かったでしょ。大丈夫?」

「要件は?」

「そんな冷たい目で見つめてきちゃ嫌よ。あたくしと貴女は教師と先生。女と女。あり得ないシチュエーション。絶対にありえないことがこうして存在している。絶対に人にはバレてはいけないの。だからこうやって教師という立場を利用して、愛する貴女と密会しているのよ? もっと情熱的に愛してくれないと、あたくし、いやって言って拗ねてみせるんだから」

「要件は?」

「むふっ! そんなせっかちな貴女も大好き。愛してるわ。ちっちゃなあたくしだけのダーリン。……祭壇と魔法陣を見つけてくれてありがとう。流石あたくしのダーリン。目の付け所が違う」

「お気楽に先生やってると思ったら、やっぱり目に見えないところで動いてたのね。流石よ。ハニー。あたしもお手上げ」

「なぜこの学園から死人が出るのか、ずっと気になっていたんだ」


 クレアがあたしを抱きしめ、すりすりと頭を擦らせ、綺麗な手であたしの尻を撫でてきた。こら。セクハラ。


「今まで出会ってきた中毒者のデータ。そして、学園の情報を整理していく中で、あたくしは一つの仮説を立ててみた。それをするためには祭壇や、魔法陣を必要とする」

「魔力のない人間に魔法は使えない。使えるのは材料を集めて成立する黒魔術のみ。ただし、情報が正しくない場合、永遠に成功はしない」

「ここで出てくる登場人物を紹介しよう。ターリア姫、そして侍女のカリス。王様に、王妃様、名のない家臣達」

「全部把握してるのね。了解」

「カリスの物語から始めよう。彼女はあの城に仕えていた使用人の娘だった。母と父の姿を見て、彼女は城に仕えることを決心し、メイドとして子供の頃から働き始めた。ある日、王様は13人の魔法使いを呼び、娘が幸せになるよう祈りを捧げてもらおうと、パーティーを開くことにした。偉大なる魔法使い様が不快にならないように用意した金の食器。それを、あろうことかカリスが、割ってしまったのだ」


 当時のカリスは子供だ。王様から叱られることに大いに怯えたことだろう。しかし、カリスはまだ招待状を出していなかったのだ。


「カリスはこれをうまく利用した。13人呼ぶはずだった魔法使いを12人にして、自分の罪がバレないようにしたのだ。……彼女はまだほんの子供。しめしめと思った悪戯にも似ている行動が、裏目に出た」


 当時、世界を支配していた偉大なる魔法使い様が、怒って登場した。この国のためにいっぱい尽くしてあげたのに、招待されなかったと。


「そして、姫に呪いまじないではなく、呪いのろいをかけた。姫様は16歳の誕生日に、糸車の針に刺されて死ぬことになる」


 クレアがあたしの手を取り、抱き寄せ、踊り始めた。


「12人目の――白の魔法使いは、それを哀れに思った。だから姫に呪いまじないをかけた。姫は死にません。眠るだけです。16歳になったら、糸車の針に刺されて、深い眠りにつくことになる。そして、運命の相手からのキスで、目を覚ますことになるでしょう」


 クレアがあたしの指にキスをした。


「これによって、国中の糸車が処分された。カリスは責任を感じ、ターリア姫に尽くしたことだろう。だから……ターリア姫の側には、常にカリスがいた。彼女なりに、姫を守ろうとしたことだろう。しかし悲劇は起きてしまった。カリスが隣村へお使いに行ってる間に、ターリア姫は約束通り、【誰か】に誘われ、屋根裏部屋に残されていた糸車に近づき、そして――針に刺されてしまった」


 姫の眠りと共に、城も100年の眠りについた。


「あれ? おかしいな? 白の魔法使いが呪いを緩和させてくれたのに。一体誰が姫も城も100年眠る、だなんて呪いを新たに与えてしまったのだろう?」


クレアがあたしを見た。


「あたくしはこう考える。その誰かは……オズだったのではないかと」

「糸車に近づく最中に……追加の呪いをかけた? 誰にも邪魔されないように」

「いいや。違うな。追加ではない。変更したのだ」

「変更?」

「そう。城の魔法使いが余計なことをしたものだから。だって、男の人のキスで目が覚めるなら、きっと王様は国中のイケメンを集めてキスをさせるだろう? あたくしならばこう考える。『呪いを取り消すのは嫌だ。ふーむ。あ、そうだ。呪いの力を弱めればいいんだ。よーし、じゃあ、変更だ。かけた本人だから変更くらいちょちょいのちょい。姫は死ぬのではなく、城の者と共に100年間眠り続けた後に目を覚ます』」


 クレアが再びあたしの手を引き、踊り始めた。


「さて、時は流れ、変更前の噂話を聞きつけた各地の若い青年がターリア姫の大切な唇を狙って、中に入ろうと試みた。しかし哀れなこと。若い青年の体には茨が巻き付き、中に入るどころか、皆、茨に血をすすられるように死んでいった。さて時は流れ100年。城の連中は驚いたことだろう。翌日だと思っていた今日がまさかの100年後。家族は死に、自分たちは消息不明。時代は変わって世界は変わる。皆はパニックになったことだろう。そして100年後、また100年後。次の100年後。一体何年過ごしたことだろう。彼らにとっての翌日は100年後。しかし姿形は変わらない。馬も牛も食料も、何も変わらない。自分たちの命も年齢も変わらない。彼らにとっては一日でしかない。また100年後、一週間後には800年後。一体なぜ? 呪われたのは姫のみ。なぜ自分達も呪われている? 何も知らない城の連中はおかしくなったことだろう。混乱したことだろう。もしかすると城の中では殺し合いが始まっていたかもしれない。しかし、将来国を背負うことを決められていた娘が、黙っているとは思えない。あたくしならばこう言おう。『皆、落ち着きなさい。これはあたくしにかけられた呪いの影響によるもの。苦しんでる我々を見て、魔法使いは笑っていることだろう。しかし、落ち着きなさい。魔法使いは、いつだって我々を助けてくれた。優しき魔法使いがきっと、我々の前に現れる。それまで落ち着きなさい。家臣達よ、落ち着きなさい。あたくしが何とかします。』そしてまた100年。次の100年。城の連中はこの呪縛から助けてくれる魔法使いを待った。そして……とうとう現れた」


「お可哀想に」


 当時と姿を変えた、紫の魔法使いが。


「この飴は、願いを叶える飴です。どうぞ、姫様。貴女が自分自身で、呪われた運命に抗うのです」


 あたくしがオズならば、使用人も配るだろうな。


「この飴は、願いを叶える飴です。ああ、でも、呪いには効きません。そうですね。一番効くとなると……眠る時間をコントロール出来る事が最大でしょうか?」


 あたくしがオズならば、こう言うだろうな。


「わたし、実は見つけたんです。貴女方をこんな目に遭わせた魔法使いを。お節介でしたかね。でも、貴女方が哀れで、放っておけなくて。しかしね、とんでもない。あの魔法使いはもう死んでいて、別の器に生まれ変わっていたんです。魔力持ちの姫として、実は、隠れて暮らしているのです。きっと、貴女方を狙っている。今度こそ仕留めようとしていて、貴女方を探ってます」


 それ、もうひと声。


「その茨にはね、魔力が込められています。これを利用しましょう。魔力に大量の血をすすらせるのです。そうすることによって、魔力の結界を生み出すことが出来る。彼女を近づかせてはなりません。姫様、どうか皆をお守りください!」


 この学園に派遣された教師は、結界を作るための生贄となった。


「あら? 大変。魔法陣と祭壇が出てきてない。一体どういうこと? 聞いてた話と違うじゃない! ……焦る必要はない。まだ、出てきていない登場人物がいるではないか」


 全ての責任を担ったターリア姫は、生贄の血を茨にすすらせた。その行為を、決して良しとはしてなかった。けれど、王の血を流す者として生まれた以上、自分の呪いで周囲を巻き込んだ以上、ターリア姫には戻る道は存在しなかった。


 そんな姫を、王や、妃や、家臣は、哀れに思った事だろう。

 姫を慰めるためにはどうしたらいいか。

 姫が側にいて安心する人物は一体誰なのか。


 カリスはもう死んでいる。

 その事実を気づいてない者などいない。

 けれど、だったら、優しき魔法使い様から聞いた方法で、カリスを復活させよう。


 黒魔術。


 どれだけの犠牲を出したことだろう。

 どれだけの血が流れたことだろう。


 しかし、今、自分達を呪った魔法使いの生まれ変わりが、再び現れようとしている。王は、この城を学園と呼んだ。そして、生徒達を集めた。そして、教師を集めた。そして、結界の生贄を、カリスを復活させるための生贄を、ここに集めた。


 聖・アイネワイルデローゼ学園。


 創立10年。それだけ実績を作れば、まさか、一年に数人、死人が出たところで……ばれるまい。大丈夫。金ならいくらでもある。足りないなら城に残されたもう手に入らない昔のものを売れば、とんでもない額のオークション行き。睡眠時間? 大丈夫。飴さえあれば、100年の眠りがほんの8時間程度で済む。


 だから、カリスが復活するまで、

 魔法使いの生まれ変わりが現れるまで、

 使用人、そして、王と妃。大人の自分達が学園の実績を積もう。

 ターリア姫には――時が来るまで眠っててもらおう。

 10年間。


 姿形の変わらない、16歳のままの姿で。



 ――クレアが足を止めた。



「……ダーリン、これは仮説よ。あたくしの仮説。貴様のメイドが残してくれた手掛かりと、あたくしが派遣したスパイが調べた手がかりを重ね合わせた結果の、ただの妄想の予想。これが全て真実ではない。見てないことはわからない。けれども、全てを理由づけるならば……概ね、合ってるんじゃないかと、思わない?」

「……」

「祭壇と魔法陣がどうしても見つからなかった。人の血で作られた魔力の結界がとんでもない威力を持っていて。でも、見つけたみたい。良かった。これで無事に、黒魔術が使われていたことが証明された。あたくしなら……黒魔術なんてものが使えたら、ダーリンの心を永遠に自分のものにするために使ってしまうかも」


 クレアが自分の唇で、そっとあたしの唇を塞いだ。……すぐ離れ、クレアが再びひそめた声であたしの耳に囁く。


「連中、かなり焦ってる。あたくし、見えないところですごく睨まれてるの。怖いわ。ダーリン。助けて。このままだと、職員会議中に虐められちゃうかもしれない」

「……楽しそうね。クレア」

「所詮、勝手に勘違いして、手も足も出せずじまいの臆病者よ。呪われた上に更に飴を舐めて、呪いを膨張させている。愚かよ。実に愚かで哀れな連中よ。知らない人を信用してはいけない。魔法使いの飴など、更に信用してはいけない」

「サリアが……ターリア姫に会いに行くって言ってたみたい」

「あのメイドは答えに行きついていたのだろうな。なぜベックス家のメイドなのだ。実に優秀なスパイになれる」

「ええ。とても優秀なメイドよ。サリアは」


 クレアを見上げる。


「もう、貴女は見つけてるのね」

「お前たちが来る前にな」

「……でも、教えてはくれないのね」

「ダーリン。今この学園で何が行われてると思う? 城の連中はあたくしを悪の魔法使いの生まれ変わりだと信じ、いつ首を切り落としてやろうか手を震わせている。その中で、先に前に出たのは王でも王妃でもない。ターリア姫だ。あたくしは剣を背中に隠し、ターリア姫は毒を背中に隠した。果たして、どちらが先に手を出すのかの睨み合いをしていたところ……ダーリン、貴女が来たことによって、その睨み合いは戦争へと発展した」

「……え?」

「あたくしの大切な方だと、あの女はすぐに気づいた。そして早速お前を『人質』にし始めた。でも無駄だった。なぜなら貴様はあたくしのとんでもなく最強の『囮』だったから。さて、そんなことだから、ダーリン、あたくしとあの気に食わない女の睨み合いの戦争はまだ続いてるの。『人質』になるのか、『囮』になるのか、それは貴様の行動で決まってくる」

「……あたし、ひょっとして今とんでもないこと聞かされてる?」

「ダーリン。大丈夫。貴女が結界さえ壊してくれたらあたくしいつだってあの城に入って全てを壊すことができるの」

「壊されたら困るわ。サリアをまだ見つけてないんだから。あたしにとっての人質よ」

「人質にもならん。居場所はもうわかってる」

「え?」

「だから大丈夫なの。ダーリン」

「何が大丈夫なのよ」

「たとえ城の連中が魔法使いの言葉によって惑わされていても……まともな考えを持ってる者達もいるというわけだ。……と言っても……サリアは比較的かなり運が良いと思うぞ。だって、ターリア姫に殺されていたとしても、おかしくない状況だった。なのに、記憶の喪失だけで済んだのだから」

「……」

「ターリアは……なぜサリアを殺さなかったのだろうな? あたくしはなんとなくわかるけど……これは言わなくても、ダーリンなら調べたらすぐ解けそう」

「え?」

「つまりだな」


 クレアがあたしのスカートの中に手を入れた。こら、セクハラ。


「何も気にすることはない。サリアは無事だ。だから貴様はアルテと共に行動し、このまま七不思議を追いかけよ」

「さすれば見えてくる」

「良いな?」

「そうすれば、奴ら、


 ……変なところを触ってきた手を掴んで動きを止める。クレアが眉を下げた。あたしはクレアを睨む。クレアがぞくぞくと興奮させた目であたしを見てきた。あたしはむすっと頬を膨らませた。


「……アルテが、何よ」

「大丈夫。すぐ見えてくる」

「昨日様子がおかしくなったのよ。あの子」

「ああ、そうなの」

「アルテは敵?」

「どうだろうな?」

「アルテは味方?」

「ダーリン。推理小説は少しずつ読んでいって、答えがわかってくるから面白いの。最初に答えがわかってしまったら萎えてしまうわ」

「あたしは答えが知りたいのよ」

「今夜もあの古城に入るんでしょ?」

「そうよ。……アルテと一緒にね」

「それなら大丈夫。結界だけぶっ壊してね」

「……」

「ダーリン、アルテを守ってあげて」


 無事に、


「見つけられるといいな。カリス」


 リトルルビィがドアを開けた。

 手の匂いを嗅ぐクレアと、無表情のあたしが立っている姿に、リトルルビィが目を据わらせた。


「先生、早く戻ってこないと、誰かがサボるかもしれないぜ?」

「ええ。そろそろ戻るところだったの。なかなか絆創膏が見つからなくてね」


 あたしは指を見た。……いつの間にか、青い薔薇模様の絆創膏がされていた。


「さっきから手の匂いなんか嗅いで何やってんだ。てめえ」

「嫌だわ。ピープルさんったら。すーはー。匂いなんか嗅いでなくってよ。すーはー。これは……すーーーはーーー。……口と鼻元を、手で包むことによって温めているの。すーーはーー。保温効果があるのよ」

「……ロザリー、何された?」

「スカートの中触られた」

「あっ!!??」

「すーーーはーーー」

「こんのセクハラ教師……!」

「戻るわよ。リトルルビィ」


 サリアが無事なら気にすることは何もない。


(今夜は……長い夜になりそうね)


 糸車の椅子に座った。メニーが振り向いた。あたしはペダルを漕ぎ出した。メニーが近づいた。あたしは亜麻の量を調節する。メニーがあたしの両肩に手を置き、身を屈ませた。


 ――鋭い視線を感じる。


「……テリーお姉ちゃん……、……クレアさんの匂いがするね……」

「……。……。……。……。……絆創膏……貰ったから……」

「へえ……。……そうなんだ……」

「……。……。……。……。メニー、糸の様子はどうなの? ちゃんとしないと駄目よ」

「大丈夫。もう完成してるから」

「あ、……そうなの。ふーん」

「クレアさんと何してたの?」

「絆創膏貰ってたのよ」

「何してたの?」

「だから絆創膏」

「何してたの?」

「あーーーー……」

「わあ、セーラ、上手!」


 トゥーランドットが笑みを浮かべた。


「この糸、次の裁縫で使うの楽しみだね!」

「……ええ。そうね」


 セーラが糸を作りながら――眠るアルテの背中を見ていた。


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