第11話 故郷のブレスレット
ドアをノックした。
鉛筆を動かす音が止み、足音が聞こえ、ドアが開かれた。
「わっ!」
メランがあたしを見て、目を丸くした。
「ロザリー! どうしたの?」
「……アルテ見た?」
「……今のロザリーと同じことされたよ。ドアをノックされて、開けてみたら……ずぶぬれのアルテがいて、こう言ったの。ロザリっち見た? って」
「……」
「隣の部屋にいるよ」
「ありがとう」
(クラスメイトの顔を見たら……すごく安心した……)
再びドアを閉じ、隣の部屋のドアを開けた。そこにはずぶぬれになったアルテが暖炉の前で制服を乾かしていた。あたしに振り向き、ぎょっと目を丸くする。
「ぎゃっ!」
「……」
「びっくりした。……ロザリっち、どうしたの? その恰好」
「井戸に落ちたのよ」
「……」
「アルテこそどこにいたの?」
「わても……井戸に落ちた」
「……え?」
「気が付いたら井戸の底に落ちてて……びっくりして、急いで梯子で上ったんだけど……」
「上った?」
「そうよー? 上って、井戸の外に出たら……ロザリっちがいなくて」
「当たり前よ。アルテを追いかけて井戸を下りたんだから」
「追いかけた? わてが自分から下りたって言いたいの?」
「下りていったわよ。あたしの目の前で」
「本気で言ってる?」
「……」
あたしは首を傾げた。
「大丈夫?」
「……それ、逆にわてがロザリっちに訊きたいんだけど……正直、井戸に着いてからの記憶がない」
「……」
「わてから……下りたの?」
「……様子がおかしかった。呼ばれてる気がするって言って……止めたんだけど、いきなり動き出して……」
「……追いかけてくれたのね」
アルテが眉を下げ、あたしに近づいた。
「ありがとう。ロザリっち。大丈夫だった?」
「……お互い、無事で良かったわ」
「……あの井戸、もう近づかない方がいいかも」
「同感」
「もう一回フィルム見てみない? 何か見落としてるかも」
「井戸に行かなくていいなら何でも見るわ。見るだけなら、もういくらでも」
「なんかあった?」
「もう、ジャックの悪夢の方がマシ。ハロウィンはまだかしら。喜んでお菓子を渡すわよ。全く……」
あたしも制服を暖炉の前に置き、二人で下着姿のまま映写機のハンドルを回す。発狂するメイドに、破壊されるアトリエ。井戸にやってくるメイド。落ちてしまったブレスレット。梯子を持ってきて、ひっかけて、足を下ろし、手を滑らせて、井戸の底に落ちていく。
(……そういえば……)
――グロリアです。
井戸に用のある方、今、落し物をしたので梯子を取りに行ってます。
……もし、星のブレスレットを見つけたら、ここに置いておいてください。
――見つけたらでいいの。星のブレスレット。どうか、先輩に返してあげて。
「……ねえ、アルテ」
「ん」
「このメイドの部屋に……作りかけの星形のブレスレット、あったじゃない?」
「……ああ、そういえば……」
「メモを読んだの覚えてる? 井戸の側にあった」
「……どんな内容だっけ?」
「古代文字だったけど……星のブレスレットを見つけたら、置いておいてくれって」
「それで?」
「その星型のブレスレットを……置いておいてくれって書かれてた……井戸の縁に置いたら……」
「……泣き虫メイドが現れる……?」
「……それは……わからないけど……」
いや、泣いてたし、追いかけてきたし。
「……かもしれない」
「行ってみる価値はありそう」
アルテが立ち上がった。
「ロザリっち、まだ歩ける?」
「ええ。今夜は歩く日だと思ったわ。本当最高! 健康になれる!」
「……もうやめとく?」
「……行く」
「へへへ! そうこなくっちゃ!」
半分乾いた制服を着て、再び部屋からエントランスホールに移動し、エントランスホールからトラップを発動させ、パーティーホールへと移動する。汗を流すノワールとブランがいた。
「ふげっ、また来た!」
「今夜はよく会うわね! もしかして、今度こそわたし達のダンスを見に来たの!?」
「ああ、違う違う」
「いいから踊ってて。邪魔して悪いわね」
「だって。ブラン」
「いいわ。気にせず踊りましょう。ノワールお姉様」
パーティーホールから使用人の棟まで移動し、再び――グロリアの部屋へ戻ってくると――。
「え?」
アルテが足を止めた。あたしもはっと息を呑む。アルテが顔を青ざめる。あたしと目を合わせる。
「……ロザリっち」
「聞こえる」
鼻歌。
「誰かいる?」
「ロザリっち、七不思議第三夜、……誰も居ない作業部屋から鼻歌が聞こえてくる」
グロリアの部屋から、鼻歌が聞こえてくる。
「アルテ」
「大丈夫。……もしかしたら、泣き虫メイドかも」
「いつでも逃げれる準備をして」
「カウントするよ」
「ええ。いつでも」
「さん、に、……いち……っ!!」
アルテが勢いよくドアを開けた。
「ふぎゃあああああああああああああ★★★★!!!!!!」
――とんでもない悲鳴を上げたマリンが、椅子から転げ落ちた。
あたしとアルテが唖然とする。
「「マリン!?」」
「ちょっと★!! いきなり何するのよ★★!!」
マリンが顔を真っ赤にし、その場に立った。
「いきなりドアを開けるなんて、非常識よ★! ノックくらいしてよ★! せっかく楽しく作業してたのに★!! 台無しよ★!! また誰かが通報して、先生に見つかったと思ったじゃない★!」
「鼻歌の正体って……」
「まさかマリン?」
「ねーえ! 仮にもお嬢様でしょう★? アルテに限っては公爵令嬢のくせに、一体何なの★!? 急にドアを開けるなんて、びっくりするじゃない★!」
「いつからここに?」
「ああ、ついさっきよ★ 今夜は寝坊しちゃって★ ふわああ★」
「今夜はってことは……」
「いつも来てるの?」
「ま★ 時々ね。ほら、ホールにはカラー姉妹がいるでしょ? 何かがあったら二人のどでかい悲鳴が合図になるし、都合が良いと思って★」
(どれだけでかい悲鳴上げるのよ。あの姉妹……)
「……あれ」
アルテが瞬きした。
「それ……」
「あ、これ?★」
マリンが――作りかけの星形のブレスレットを完成させていた。
「可愛いでしょ。そこの本棚にある本を参考に作ったの★」
「マリン、古代文字読めるの?」
「文字なんか読まなくたって、絵があったらそのデザインをものを作ればいいだけ★ 大丈夫。著作権は切れてるわ。だって昔に亡くなった人が考えたものだもの★」
「マリン」
交渉する。
「何か……手伝えることがあれば手伝うわ。だから……それ譲ってくれない?」
「ロザリっち」
「え? これ?」
「そう。可愛いから……欲しいのよ」
「あら★ そうだったの? なぁーんだ! 別にいいわよ★ これ簡単だったし、材料はここにあるもので作ったから、特別用意したものもないし」
星形のブレスレットを差し出される。
「どうぞ。ロザリー」
「ありがとう」
「そうだ。お礼はあの緑の猫ちゃんでいいわ。肉球のブレスレットを作りたいから、今度触らせてくれない★?」
「全然触らせるわ。むしろ貸し出してあげる」
「あはっ★! ラッキー! じゃあお願いね★!」
「恩に着るわ。マリン。どうもありがとう」
アルテの手を掴む。
「行くわよ。アルテ」
「どこに?」
「決まってるでしょ」
アルテの手を引っ張る。
「井戸よ」
中庭。
伸びきった雑草に、ぼろぼろのアトリエ。
不気味な井戸の縁に――あたしは星のブレスレットを置く。
アルテが辺りを見回す。あたしは待ってみる。アルテが廊下を覗いた。あたしは息を吐いた。
(……何も起きない、か……)
井戸から離れる。
(やっぱり、ここは近づくべきじゃないわね)
アルテが何かを見つけ、廊下に歩いていく。あたしは振り返った。
「アルテ? どこに行くの?」
雑草から抜け出すと、
「あった」
――ゆっくりと振り返ると――グロリアが井戸の前に立っていた。
「あった……。ブレスレット……」
肩が震え始める。
「ここにあった。私のブレスレット……」
涙が目から溢れ、落ちていく。
「やっと見つけた……」
大切に抱きしめる。
「大切な……故郷の……ブレスレット……」
優しい風が吹いた。
風と共に、グロリアの姿が消えた。
「……」
「ごめんごめん、誰か歩いてると思って見に行ってたら、フロマージュだった」
「やっほー。ロザリー」
アルテとフロマージュが中庭に歩いてきた。
「パンケーキ残ってるわよ。食べてく?」
「……ええ」
二人に振り返る。
「甘いものが食べたい気分」
「今夜は歩いたもんね」
「二人ともまだ七不思議探してるの?」
「今夜は回収してなかった第三夜を見れたんだよ。誰も居ない作業部屋から鼻歌が聞こえてくる」
「マリンだったけどね」
「それ……回収してるって言えるの?」
「どうかな。……どう思う? ロザリっち」
「……してるってことでいいんじゃない?」
少なくとも、井戸はもう安全のようだ。
「お腹空いたわ。パンケーキ残ってるなら食べさせて」
「わてもお腹空いた」
「今日は失敗作が多くってね。それでもいいならおいで!」
フロマージュが先にキッチンへと走っていった。アルテが大きな欠伸をする。
「ふわああ……」
「大冒険だったわね。アルテ」
「足パンパン」
「あたしも疲れた。長い夜だったわ」
「サリア先生は見つからなかった」
「アルテ、……使用人のエリアの奥のところ、まだ行ってないわよ」
王族の棟。
「明日はそこ行ってみない?」
「……残すは泣き虫メイド」
アルテの髪の毛が揺れ、笑みを浮かべる。
「七不思議、全部見つけよう。ロザリっち。きっとその先に何かある」
「……ええ」
カリスを見つけないと、サリアは永久に見つからない。
そして、ターリア姫を見つけないと、中毒者事件は終わらない。
「ひとまず」
「今夜は」
「パンケーキ食べて」
「……帰りますか!」
二人で足を揃えて、キッチンへと向かうのだった。
サリアは――やはり、見つからなかった。
(*'ω'*)
ドアを開ける。ベッドに丸くなって眠るドロシーと、座るメニーがいた。
「お帰りなさい。テリー」
「まじで疲れた……」
「お風呂入ったら?」
「今からお湯溜めるのはしんどい」
「大丈夫だよ」
メニーが笑顔でドアを開けた。
「もう溜まってる」
「……あ、そう」
あたしは素直に湯船に浸かることにした。はあ。極楽天国。
「それでね、テリー、面白いものを見つけたの」
「人の入浴中に浴室に侵入しないでちょうだい」
「入りながら聞いて?」
「はいはい。何よ」
「あの古城、確かに茨の棘で多くの若い人が死んでいった。みんな中に入れずじまいで。……でも、中まで入った人もいたみたいなの」
あたしは耳だけ傾ける。
「でも残念ながら、この人も亡くなったみたい。……餓死、かな?」
メニーが古い冊子を読み始めた。
――その昔、城の状況について必死に説明をしていた女がいた。父さん達は笑ってたけど、女はいつも泣いていて、隙あらば城に戻ろうとしていた。でも、茨が塞いで戻れないでいた。名はカリス。兄貴を捜しに森に行って……戻ってこなかった。
……こんなことなら、俺もカリス婆ちゃんの言うことをきちんと聞いておくんだった。俺はこのままここで死んでしまうのか。茨が邪魔で戻れない。食べるものもない。水もない。助けは来ない。孤独だ。誰もいない。きっと兄貴もこうやって死んでいったんだ。
俺も、同じように、このまま……。
「……他にもあったんだ。こんな感じの記録っぽいもの」
「……」
「多くの若い人が勇者になりたくて挑んだみたいだね。でも、……やっぱりターリア姫にキスをできた殿方は誰もいなかった」
あそこは数多くの人間の血を吸った茨で囲まれた呪われた城。
「……なぜ、この学園は派遣した教師を殺めたんだろ」
殺める必要があった。
「昔の茨は、血を水分としてすすっていた」
なぜ派遣した教師は殺された。
「誰かが……殺した……」
「クレアに伝えるわ」
メニーと目を合わせる。
「……あたし達が気づいてないところで、既に動いてるかもしれない」
「……そうだね。……クレアさんならきっともう、ターリア姫を見つけてるかも」
「有り得る」
「あとは……泣き虫メイド?」
「明日見つけるわ」
残すは、王族の棟。
「ターリア姫の部屋に行ってみる」
そこに、
「……何かが、残されてるかも」
「……」
「……今日は疲れた」
浴槽から上がる。メニーがタオルをあたしに渡した。
「違うメイドと鬼ごっこして、生きてる気がしなかった」
「カリスじゃなくて?」
「カリスの先輩にあたるメイドがね。くそ厄介だったのよ。足折れてるくせに、とんでもない速さで追いかけてくるんだから」
あたしは引き出しに入れてたカリスの手帳を開いた。
「おかしくなって、この手帳にカリスの悪口書いてたでしょ。どっかに……」
あたしは手帳をめくり――手を止めた。
カリス、戻っておいで。
……ターリア姫様が、あんたに会いたがってる。
私や、他のメイドでは無理なの。
あんたでないと、ターリア姫様は心を開かない。
カリス、お願い。戻ってきて。
あんた、どこにいるの。
みんな、あんたを捜してる。
ターリア姫様が悲しんでる。
お願いよ。早く戻ってきて。
「……」
「……テリー、風邪引くよ」
メニーがあたしの着替えをベッドに置いた。
「今夜はもう休んで」
「……」
「ね?」
「……明日も、長い夜になりそう」
メニーが微笑んだ。
「あんたも連れて行くからね。しっかり休んでおきなさい」
「……はい。テリー」
返事をし、当たり前のように……メニーがあたしのベッドへと潜り、あたしの隣で、そのまま眠りにつくのだった。
闇の奥に潜む魂は、また泣き始めた。茨が伸び始めている。
ごめんなさい……。……ごめんなさい……。
涙を落とす。しかし、土に染みることはない。
泣き声は――暗闇から響き渡る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます