第9話 学園七不思議、第六夜


 量の出入り口に置かれた機械に紙が貼られていた。『今修理中なんだぜ! 絶対夜に寮から抜け出すなよ! 悪戯お嬢様ども、わかったら引き返しな!』


 あたしは堂々と抜け出し、ランタンの灯をつけずに廊下を進んでいく。やはり今日も警備が厳しい。


(昨日より人数増えてない? 厄介だわ……)


 ――廊下に転がってた鉛筆を蹴飛ばしてしまった。


(やばっ!)

「誰だ!」

(うわ、やばっ!)


 廊下の角に隠れる。


(まずい、ドアが開かない!)

「誰かいるのか!」

(やばい、どうしよう、奥に隠れるにしても奥から来られたらまず……)


 あたしは目を見開き、黙った。


「そこにいるのは誰だ!」

「すみません。私です」


 ――用務員のレックスが角から姿を現した。警備員がきょとんとする。


「貴方は」

「用務員です。人手が足りないので、見回りを頼まれてました」

「ああ……そうでしたか。それは失礼を」

「お互い大変ですね。こんな真夜中に」

「全くですよ。お金持ちのお嬢様には呆れたものだ。こんな遅くまで我々を困らせるのだから」

「ここら辺は私が見回りますので、そちらを頼めますか?」

「ああ、では頼みます」

「お疲れ様です」


 警備員が廊下を歩いていく。足音が遠くなり――レックスが角を覗いた。あたしに手を差し出す。


「……来なさい」

「……あの……」

「ハンカチのお礼です」


 レックスがあたしを廊下に引っ張り、背中を押した。


「さあ、早く行きなさい」

「……ありがとう、ございます……」

「足音は響きます。……靴を脱がれた方が良い。その方がこの暗闇に身をゆだねることが出来る」

「……」

「今宵はコウモリがいますね」


 夜空にコウモリが飛んでいる。


「……お足元にお気をつけて」

「……ええ。……ありがとう……」

「ぐずぐずしていたら人が来ます。……振り返らずに行きなさい」

「……」


 レックスがあたしに背を向けた。


 あたしは靴を脱ぎ、振り返らずに駆け足で廊下を進んだ。外に出る。廊下を走り続けると、ランプを持ったアルテが暗闇に包まれながら、ゆっくりと池を渡っていた。門の前に立ち、陰に隠れる。あたしも周囲に誰も居ないことを確認し、石を飛び、門の前に来た。ひそめた声を出す。


「アルテ」

「行ける?」

「ここにいたら気づかれる。早く行きましょう」

「そうこなくっちゃ」



 罪滅ぼし活動ミッション、七不思議を追う。六夜目。



 アルテが笑みを浮かべ、門に仕掛けられた小さな扉から入り、今夜も草原と茨に囲まれる不気味な古城へと歩いていく。そこでようやくランタンに火を灯し、古城の扉を開け、中に入る。ソーレとルーナの像があたし達を出迎えた。


 アルテがランタンを像に向けた。


「このソーレとルーナって、双子なのかな」

「え?」

「ほら、今日クレア先生の授業でやったじゃない。双子の名前が太陽と月、ソーレとルーナだった」

「……そうだっけ?」

「はっはーん? ロザリっちったら、聞いてなかったのね?」

「自分が読んでる以外はトゥーランドットの相手をしてたのよ。辞典で単語を探すのを手伝ってあげてたんだから、少しくらい聞いてなくたって罰は当たらないはずよ」

「クレア先生に怒られても、わては知らないからね」

(望むところよ)

「今日はどこ行く? 不器用カラー姉妹から聞いた方法でまたあそこに行ってみる? それとも例の図書室に行ってみる?」

「(図書室はメニーに任せてるんだけど……)……一回図書室に行ってみない? 少しだけ。で、何もなければ……昨日のあの場所にもう一度行くってことで」

「そうね。それがいいかも。……奥、調べられてないし、……サリア先生がいるとなると、あの周辺だろうし」


 あたしは地図を広げ、アルテがランタンの灯りを近づかせた。


「3階に上ってから北に進んで、1階に下りる」

「行きましょう。今夜は歩くわよ」

「本当。すごく健康になりそう」


 正面にある階段を二人で上っていく。3階まで上がり、北方向に進んでいく。


「……そういえば、ロザリっち、昨日の髪飾りなんだけどね」

「あ、ええ。どうだった?」

「やっぱり、わてのだと思う」

「……」

「……お母様がオーダーメイドで作ったって言ってたから。ほら、わてがね、カエル好きなのよ。この通り」

「……」

「……今夜持ってくれば良かったな。……自分のものでも、あまり見たくない」

「……帰ってきたって思って、今度の舞踏会でつけて出席したら?」

「いや、遠慮しとく。本当に気味が悪い。明日持ってきて、元々あった場所に戻すよ」

「……そうね。あたしもそうするかも」

「気持ち悪い」

「ええ。すごく気持ち悪い」


 両開きのドアの前で足を止める。地図を見る。『×』は書かれていない。二人でドアを開けてみる。結構重たい。中には、大量の本棚が設置された広々とした図書室が存在していた。しかし、とても静かで不気味だ。


 アルテがランタンをもって進んだ。あたしも後ろからついていく。


(今泣き虫メイドに追いかけられたら発狂するわね。冗談抜きに発狂する自信がある)


 あたしは辺りを見回す。


(メニーはまだいないみたい)


 後ろを見る。


(他の生徒もいない……)



 誰か立ってる。



「ぎゃあ!!」

「ふぎゃっ!!」


 アルテの背中にくっつくと、アルテが体を強張らせ、青ざめた顔であたしに振り返った。


「ロザリっち!」

「ち、ちが、そこ、そこに!」

「ふへ!?」

「ひい!」


 アルテがランタンを向けた。――誰も居ない。


「ロザリっち!!」

「だ、誰か立ってたわよ! 本当よ!!」

「もー……」

「本当だもん! 立ってたもん! あたし見たもの!! そこで亡霊の如く突っ立ってたわよ!!」

「誰もいないみたいだけど?」

「いたもん! あたし見たもん!! メタモンいたんだもん!!」


 ――何かが落ちた音が響いた。アルテとあたしが悲鳴を上げた。


「ぎゃあ!」

「ひいい!」


 アルテとあたしが振り返った。――どうやら本が落ちたようだ。アルテとあたしが近づいた。アルテがめくってみると、書きなぐられたような文字がつづられた冊子だった。


「……これ、古代文字……?」


 アルテが眉をひそめる間、あたしの目が冊子の文字を辿った。



 ――ターリア姫様が16歳の誕生日に、この国は封印された。

 呪われた土地では、ターリア姫の運命の人になろうとした勇敢な若者達が次々と茨を潜り抜けようとし、命を落としたらしい。

 薔薇が血を吸い続け、封印された国は100年に1日だけ目を覚ます。

 目覚めた人々は、パニックに陥った。

 出稼ぎに来ていた多くの使用人は、知らないうちに家族を失っていたことにショックを受け、自ら命を絶った者もいた。

 私は今……震えている。


 カリスがいない。


 あの子、どこに行ったの。

 あの子がいないと、ターリア姫様は誰にも甘えられない。

 今、ターリア姫様や陛下や王妃様が、皆に声をかけている。落ち着けと。

 私も落ち着かなければ。


 ……そうだ。好きなことをしよう。

 そうだわ。ブレスレットを作ろう。

 故郷のブレスレット。


 自分の部屋で作ろう。



(……ブレスレット……?)

「……あー……汚くて何書いてるかわかんないな……」

「……多分……使用人が書いたものだと思う。それっぽいこと書かれてる」

「読める? ロザリっち」

「まあ、そうね。なんとなく。……アルテ、ブレスレットってわかる?」

「ブレスレット? アクセサリーの?」

「使用人が……多分、メイドかしら。……女の字よ。……故郷の……ブレスレットを作って、気持ちを落ち着かせよう、的なことが書かれてるの」


 ――事前にカリスの手紙を読んでいて良かった。100年に1日だけ目覚めるのは本当だったみたいね。


(なるほど。100年後に目覚めた城の連中がパニックになって……良かれと思って子供達を殺し……自殺する人達もいた。ターリア姫もまさか自分が呪われていることなんて知らないもの。……相当驚いたことでしょうね。不憫に思えてならない)


「メイドの部屋なんて……どこかにあったっけ? ロザリっち、場所とか書かれてないの?」

「メイドの部屋……」


 あたしははっとして、地図を広げた。昨日歩いたはずの……夢でなければ……行ったカリスの部屋を見た。やっぱり丸がついてる。そして、古代文字ではっきりと書かれている。


「……さーばんと……エリア……」

「……ここ、昨日行ったところの奥?」

「ええ。あのホールの……奥みたいね」

「やっぱりあそこ何かあるのかも。ロザリっち、行ってみよう。もしかしたら……」


 アルテが笑みを浮かべた。


「第七夜の……泣き虫メイドに会えるかも」

「……」

「……走る覚悟だけしておこう? 追いかけられたら、逃げれるように」

「……追いかけてくるんだっけ?」

「泣きながらね」

「捕まったら?」

「知らない。幽霊になったりして」

「嫌なこと言わないでよ」

「ふひひひ! 大丈夫。一緒に逃げよう。旅は道連れ、世は情け」

「意味わかって言ってる?」

「今日クレア先生にも同じこと言われた」

「ここにいても仕方ないわ。……そうね。行ってみましょう」

「そうと決まれば」


 エントランスホールに戻り、カラー姉妹から教えられた壁に触れると、言ってた通りに壁がめくれた。その中に入ると壁が閉じられ、一本道をまっすぐ進む。奥には階段があり、そこを上り切り、また奥へと進み、また階段を上がる。また更に奥に扉が待っていて、そこを開けると――ノワールとブランが笑いながら踊るパーティーホールに続いていた。


「あら、アルテ・ペンタメローネにロザリー・エスペラント! また来やがったのね!」

「お姉様、もしや、わたし達のダンスに感動して、もう一度見たくて来てしまったのでは!?」

「あら……そうだったの! そういうことなら仕方なくってよ!」

「じっくり見ていってちょうだい!」

「ああ、すまんね。わてら、奥に用があるのよ」

「ブラン、見てごらんなさい。二人して照れてるわ」

「そうね。ノワールお姉様、わたし達のダンスが素晴らしくて……素直になれないんだわ!」

「「全く仕方ないんだから!!」」

「行こう。ロザリっち」

「あの二人を見てたら安心するわね」

「全くその通り」


 アルテとホールの奥にある階段を上がり、踊り場に出る。


 ――ターリア姫様のご登場です!

 ――拍手喝采。手を叩く音。人々の歓声。喜びの声。感動する声。人に紛れ、あたしは顔を上げる。その先に、お辞儀をするプリンセスが、踊り場に姿を見せていた。


「……ロザリっち?」


 頭を押さえるあたしの顔をアルテが覗き込んだ。


「大丈夫?」

「……大丈夫。立ち眩みよ」

「お互い、寝不足が続いてるからね。ゆっくり行こう」

「……ええ」


 踊り場の先にある階段を上り、奥にある両開きのドアを二人で開ける。中は柱だらけの円型の空間と、扉が二つ。


(……あたし、昨日やっぱりここに来た気がする……)


 アルテが左のドアを開けてみた。そこは休憩室だった。何もない。右側のドアを開けてみた。廊下が続いていた。あたしの持ってた地図をアルテが確認した。


「この先だ」

「……」

「いつでも逃げれる気持ちでいよう。ロザリっち」


 アルテがドアを開けた。


「いそうな気がする」


 二人で廊下に進む。重たいドアが閉められる。暗い廊下が続いてる。アルテがランタンを向け、ゆっくりと歩いた。


 使用人の棟。


 同じ間隔でドアが設置され、アルテが一枚一枚ドアを開けてみる。あたしも反対側のドアを開けてみる。アルテがドアノブをひねり、開かなかったドアを見つけた。あたしに振り返る。


「ロザリっち、マスターキー持ってる?」

「待ってて」


 ポケットからマスターキーを出し、鍵穴に挿す。ドアが開いた。中を覗き込む。部屋の中心に設置された丸テーブルに、作りかけの星型のブレスレットが置かれていた。


 アルテがランタンを近づかせる。


「ブレスレット……。ロザリっち、これじゃない?」

「横に何かある」


 冊子をめくってみる。丁寧な古代文字が書き綴られていた。アルテが顔を苦くする。


「辞書持ってくればよかった。何書いてるか全然わかんない」


 あたしの目が古代文字をなぞる。


 ――ブレスレットを作った。

 故郷のブレスレット。

 これを、もう死んでいるであろう父と母、弟と妹へ捧げます。

 ……もう少しで一日が終わる。

 私達は再び眠りにつく。


 カリス。あんたどこにいるの。

 ターリア姫様の泣き声が、この部屋まで聞こえてくるよう。


 眠くなってきた。


 ……眠くて仕方ない……。



 あたしは次のページを開いた。



 ――100年ぶりの目覚めが来たみたい。

 姿形は変わらない。けれど、外の景色は違う。

 国は滅び、ここには城しか残されていない。

 この日記を書いている間に、一人、また誰かが飛び降りた。

 今、ちょうど、たった今、窓から人の影が見えた。


 廊下から、仲間が発狂している声が聞こえる。

 今日こそはカリスを捜しに行こう。

 ターリア姫様が泣いている気がする。

 きっと城のどこかで迷ってるんだわ。

 あの子は昔からそそっかしいから。

 早く、カリスを見つけなければ。



「……あ」


 アルテが間抜けた声を出し、テーブルから離れた。何かを拾う。


「ロザリっち!」


 アルテがフィルムを持っていた。


「映写機の部屋で見れるかも」

「あそこまで行ける?」

「……エントランスホールまで戻れれば行けると思うけど……カラー姉妹に訊いてみる?」

「そうね。さっきのトラップがリセットされてないか聞いてみましょう」


 薄暗い廊下に出る。……泣き虫メイドの気配はない。


「戻ろう。ロザリっち」

「ええ」


 ホールに戻ると、休憩してお菓子を食べ合うノワールとブランがいた。アルテが近づく。


「お二人さん、エントランスホールの戻り方わかる?」

「そこのスイッチ」

「ここに来た道に行けるわ」

「ああ、そうなの。教えてくれてありがとう」

「……そのお菓子は?」

「意地汚い目で見ないで! あげなくってよ!」

「さっきメリッタさんとフロマージュさんが失敗したからって、わざわざここまで来てくれたの!」

「失敗しても美味しいわ!」

「悔しいけどあの二人の腕が悪くないことは認めてあげなくちゃいけないわね! ノワールお姉様!」

「あの二人いるのね」

「あたし達も何か貰う?」

「時間は限られてる。映写機の部屋に行こう。……で、余裕があれば食べに行こう」

「賛成」


 再びエントランスホールに戻り、映写機のある部屋へと向かう。トラップがあるので気を付けて進み、無事に廊下を歩く。……映写機のある部屋の隣の部屋からえんぴつの音が聞こえる。メランもいるようだ。久しぶりに映写機のある部屋に入り、アルテがフィルムを入れた。映写機のハンドルを回すと、スクリーンに画像が映し出された。早くハンドルを回せば、画像が流れ、映像のようになる。


 そこはアトリエのある中庭だった。中庭に来た一人のメイドがアトリエに向かって走ってきて、狂ったようにアトリエを蹴飛ばし始めた。アトリエに穴が開き、メイドは狂ったように大きく口を開けて、またどこかへ走っていった。しばらく同じ映像が続き、今度はまた別のメイドがやってきた。井戸の下に持ってた手帳を置き、井戸の水を汲もうとロープを引っ張った。上ってきたバケツを井戸の縁に置き、水を飲もうと両手を伸ばすと……何かが手首から外れ、井戸に落ちたようだ。メイドが驚いたように何もなくなった手首を見つめ、井戸を覗き込んだ。急いでどこかに向かい……同じ画像が続き……メイドが戻ってきた。縄の梯子を井戸に下げ、頑丈に固定し、足をかけた。下りようとすると――勢い余って手を滑らせ――井戸の中に吸い込まれるように落ちていき――フィルムが終わった。


 アルテが眉をひそませた。


「……今の……あのアトリエだよね……?」

(……間違いない。あのメイド、井戸の下に手帳を置いてた)


 カリスの手帳に書かれていた文字を思い出す。



 ――お前だけは許さない。



(あの梯子見たことある)


 そうよ。井戸に繋がる水場に落ちた時、あたし、あの梯子に手を伸ばしたのよ。


(そしたら……)


 女のミイラが出てきて、こう言ったのよ。



「私のブレスレット、返して!」



「……あの井戸って、ロザリっちが地図見つけたところじゃない?」

「……」

「井戸には確かに近づいたことない。……行ってみる? あのメイド、何か置いてたみたいだし。何か残ってるかも」

「……そうね」


 いつでも逃げれるように、心の準備をしておこう。


「行こう。ロザリっち」


 アルテがドアを開けた。



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