第7話 『5日物語』より5番目抜粋「月と太陽とお姫様」
――朝が訪れたようだ。
「……」
あたしはシーツに潜り続ける。
「……」
あたしは寝返りを打った。
「……」
ドロシーがあたしの顔を覗いた。
「……テリーちゃんや、テリーちゃんや。どうもおはよう。朝だよ。寝坊助テリーちゃん」
「あと5分……」
「5分寝てもいいけどさ、君、今日は学校があるんじゃないのかい?」
「……そうよ。10時から……13時まで……」
「ほう。だとしたらあと30分で君は遅刻じゃないか」
「……何言ってるの……? まだ目覚まし時計も鳴ってな……」
「そりゃあそうだよ。君が止めたからね。一時間前に」
「……」
あたしは目覚まし時計を見た。9時半。あたしはドロシーを蹴飛ばした。
「ふぎゃっ!!!!」
(やばいやばいやばいやばい)
「ちょっ、人が折角起こしてあげたのに!」
浴室に入り、シャワーに浴びる。体の汗を流し、ぱぱっと寝癖を直し、クリームを肌全体に塗り、裸のまま出てきてクローゼットを開く。やばいやばいやばいやばい。
「この感じ、リトルルビィも寝坊してるな。仕方ない。ボクが目覚まし時計になってあげよう。はあ、ボクって優しいね! 最高の魔法使いだと自信を持って言えるよ! よいしょ」
「あの子、目覚まし時計だと認識したものを一発で壊すくらいの威力で叩いてくるから、やめたほうがいいわよ」
「仕方ない。今回に関しては君のアドバイスに素直に従うことにするよ。教えてくれてどうもありがとう。叩かれて潰れるハエ猫にならずに済みそうだ。よいしょ」
制服に着替えたあたしはドロシーの前に立つ。
「髪の毛乾かして」
「はいはい」
ドロシーが杖をくるんと回すと、髪の毛が乾いた。
「リトルルビィを起こしてくる」
「はいはい。行ってらっしゃい。ボクはもうひと眠りしようかね。ふわああ……」
あたしは鞄を持ち、リトルルビィの部屋に入った。目覚し時計が破壊されていた。リトルルビィはぐっすりと丸くなって眠っている。しかしあたしは容赦なく肩を叩いた。
「リトルルビィ、リトルルビィ、起きて。あと15分よ」
「あと5分……」
「リトルルビィ、寝坊よ。あと15分で遅刻。これ、嘘のようでまじなのよ」
「はあ……? 何言ってんの? 目覚まし時計もまだ鳴ってな……」
破壊された時計を見て、リトルルビィが起きた。
「やべえ」
「制服着て」
「ふわあ……」
「教科書、ノート、オッケーね。はい、持って。寝癖……いいわ。教室で直しましょう」
「テリー、荷物は?」
「準備はいいわ。朝ごはんは我慢よ」
リトルルビィがあたしを抱きしめ――瞬きした次の瞬間には、あたしとリトルルビィが中庭に立っていた。あたしはリトルルビィの背中を叩く。
「よくやったわ。ルビィ!」
「ふわああ……」
「よし、あと5分! 余裕だわ! ……っと……」
中庭の雑草を刈ってた用務員のレックスと鉢合わせた。レックスがあたしを見て――欠伸をするリトルルビィを見て――驚いたように目を見開いた。
「っ」
「あら、レックスさん、おはようございます」
「……。……。おはよう、ございます」
「今日も良い天気。ほら、行きますよ。ルビィさん」
「ふわぁ……」
レックスがあたしとリトルルビィの背中を見送った。
(……義手見てたわね。そりゃあ……この学園内では珍しいかもね。確かに)
あたしが教室のドアに手を伸ばすと――教室の中から、悲鳴が聞こえた。
(えっ!?)
「っ!」
リトルルビィがあたしを後ろに下げ、ドアを蹴飛ばした。
「あ、リトル……」
壊れたドアからリトルルビィが侵入した。リトルルビィが教室に入ると……顔をしかめる『クレア』が、リトルルビィを見つめていた。
「……ドアを壊すのは、婦女としていかがなものかと思いますわ。ピープルさん」
「……あ? てめ何やってんだ。ここで」
「ま、お口が悪い。減点」
「セーラーーー!! 目を覚ましてーーー!!」
あたしは教室を覗いた。教壇にはサリアではなくクレアが立ち、クレアの美しさにクラスメイト達が目をハートにさせており、セーラが泡を吹いて倒れており、トゥーランドットがセーラの体を揺すっていた。
「先生! 大変です! トゥーのお友だちが倒れちゃった!」
「あら、気分が悪いのかしら。大変だわ」
(クレアを見たショックにとうとう精神メーターが破裂したんだわ。なんてこと)
あたしは手を挙げた。
「保健室に連れていきます」
「その前に自己紹介させてちょうだいね。サリア先生がご用事でしばらく留守にするの。本当に突然のご用事でね。あたくし、臨時で入ったクレアと申します。どうぞ宜しくお願いします」
「なんて綺麗な人……♡」
「この学園の先生は笑顔が眩しすぎる……★♡」
「こ……このわたしが……目を奪われるなんて……♡!」
「ノワールお姉様よりも美しいぃ……♡」
「すっっっっごく綺麗な人……♡」
「グワァ……♡」
「というわけで、エスペラントさん、セーラさんと保健室同行、お願いしますね」
クレアがにこやかに伝え、あたしはすぐさまセーラの元に歩み寄った。……ああ、これは駄目ね。トゥーランドットが絶望の表情であたしを見上げてきた。
「ロザリー! どうしよう! セーラが見たことないくらい青い顔になって、見たことないくらいの量の泡を吹いてるの!」
「シャボン玉機になる前に保健室に連れていけば大丈夫よ。ほら、セーラ、起きて」
「ワタシイイコデス……悪イコト何モシテナイノ……本当ナノ……」
「ええ。貴女は良い子。本当最高。心配しなくても大丈夫だから。馬鹿ね」
セーラを背中におぶり、ふらふらと進んでいく。
「テ……ロザリー、わたしが」
「リトルルビィは座ってて。すぐ戻るから」
「大丈夫?」
「平気」
あたしがセーラを背負って教室から出ていき、しばらくすると……セーラがはっと意識を取り戻した。
「わたし、一体何を!」
「おはよう。眠り姫様」
「ああ、ロザリー、聞いて頂戴。わたしったらとんでもない夢を見たみたい。どんな夢かってね? クレアお姉様が先生として教壇に立って、ホームルームをするの。そして保健室にはあの気持ち悪い博士がいてね? わたしはロザリーと保健室に行ってもう一度気絶してしまうの。全く、とんでもない夢だった。そういえばハロウィンが近いわね。そろそろジャックが現れそう! ま、わたしは気品ある公爵令嬢で? 王族だから? ロザリー人形も、ジャックの悪夢も怖くないけど?」
あたしは保健室のドアを開けた。――見たことのある白衣を着た男が人体模型を口説いてた。
「やあ、人体模型ちゃん……。僕に少々体の中を見せてくれるかな? とかなんとか。ぐふふ。人間の構造が全て備わった人体模型ちゃんとかなんとか……最高だよ、とかね。なんとかね。実に素晴らしい。今夜は僕とベッドにインとかなんとかね……♡」
「ぎゃーーーーーー!!!」
「きゃっ! えっち!」
中毒者の研究者、物知り博士が白衣で人体模型の体内を隠した。
「人の恋路を見るとかなんとか、悪趣味だ! 非常識さ! とかなんとかだってね!」
「人体模型を口説く方が問題あると思うけど? クラブさん」
「おっと、こいつはテリー様ではありませんか! クレア様の仰ってたことは本当だったようですね! とかなんとかね! 中毒者事件には必ずいらっしゃるテリー様! むふふ! 香ばしい! 非常に香ばしい! この学園は最高だ! 女生徒がいるからじゃない。そんなものには興味がない。興味があるのは」
「「中毒者だけ」」
「その通り!」
「はあ……」
「御名答! はぁーん! 流石テリー様! さて、中毒者事件には必ずついて回るテリー様がこちらへいらっしゃるとかなんとかは聞いていたのですけどね、なかなか来ないのでね! 姿も見せないとかなんとかでね! ふむ! クレア様の幻とかなんとかじゃないかと思ってましたよ! ほら、あの人も人間だからね、僕と同じとかなんとかでね!」
「貴方の出現とクレアの登場でショックを受けて意識を手放したお姫様の介護をお願いできる?」
「ぶくぶく……」
「あらまたこれはセーラ様。見事なまでに意識とかを飛ばし、頭の周りでは、ひよこレースとかなんとかを開催しているようだ。ははっ! 楽しそうに走ってら! とかなんとかね! ベッドへどうぞ。彼女が寝ている間にほんのちょこっと細胞をいただき、目覚めた暁にはそれはそれは丁寧な介護を致しましょう! 大丈夫。ほんのちょこっと泡を吹いて気絶してるだけですからね。とかなんとか。平気ですよ。ちょっと寝ればすぐ元気になる! プリンセスはお若いですからね! とかなんとか!」
(ここにあんたを残すことを許してちょうだい。セーラ……)
「大丈夫! 大丈夫! 僕がお受け致します! なぜなら僕は物知り博士! 絶対信頼信用100%の濃度と塊で出来てます! とかなんとかね!」
(不審者感も100%)
「ワタシ良イ子ヨ……。本当ヨ……。悪イ事シナインダカラ……ウーン……」
「じゃ、頼んだわよ」
保健室にセーラを預け、あたしは教室に戻る。今日の授業は本来ならサリアの古文だったわね。
(で、そのサリアの代わりが)
教科書を持ったクレア……先生が、あたしに微笑んだ。
「ご苦労様でした。ロザリー・エスペラントさん。クラスメイトに気遣えるなんて、将来が楽しみですね」
「ええ。どうも」
リトルルビィの隣で心配そうにそわそわしているトゥーランドットの側に行って耳打ちする。
「大丈夫よ」
「セーラったら突然倒れたの。あんなの初めて! トゥー、とっても心配!」
「ストレス限界値が突破しただけ。授業に集中しましょう」
「うん……」
「授業が終わり次第お見舞いに行ってあげて」
「……うん。そうする……」
「それでは皆様、授業を続けましょう。エスペラントさん、教科書の25ページを開いてください」
(はいはい。教科書25ページ)
「昔の人はとても偉大です。その方々が様々な作品を残しました。古代文なんてと思うかもしれませんが、読めればとっても為になるものです」
クレアが教科書を持ちながら移動し、爆睡するアルテの肩を揺らした。
「お手本を見せてもらいましょうか。アルテ、おはよう。ここを読んでみて」
「……あれま? ふわああ、おかしな夢を見てるみたい。Aクラスにクレア先生がいらっしゃる。あら、きっとこれは素敵な夢なんだわ。だってクラスメイト全員がクレア先生に夢中なんだもの。そりゃ魅力的な先生だってわてだってわかってますとも。というわけでお休みなさい。わては現実世界へと戻らなければ」
「ここが現実よ。アルテ。おはよう。減点にされたくなければここを読んでちょうだい。貴女読めるでしょ?」
「嫌ですわ。先生ったら。わては古文苦手なのよ。そりゃ最近クラブ中に単語の勉強はしてますけどね、貴女に読み方を教わってますけどね? そうやって知ってる顔の生徒がいたらすぐあてようとするのはあまりよろしくない。一体どうしたの? クレア先生が悪戯心から意地悪してくるもんだから、全く。眠る余裕もない。ふわあ……どこですかね?」
「ここ」
「……えーと……」
アルテが目で文字を辿り、その場でのんびりと立ち上がる。
タイトル、太陽と月とお姫様。
昔々、あるところにとても栄えた国があったそうな。ある日のこと、王様とお妃様にお姫様が生まれました。お姫様に幸せになってもらいたかった王様は国中の預言者を集め、お姫様の将来を占ってもらうことにしました。
するとどうでしょう。お姫様は将来、亜麻のトゲで危険な目に遭うと予言されてしまうのです。王様は、亜麻などを城の中に置くなと命令しました。
やがて、お姫様が成長したある日のこと、お姫様は、糸車を使ってる老婆を見かけました。糸車なんて初めて見たものですから、好奇心旺盛なお姫様は、老婆と一緒に自分も糸紡ぎに挑戦してみました。しかし、そこで事件が起きてしまうのです。なんと、その糸車で紡いでいたものは、亜麻だったのです。たちまち亜麻に混じったトゲが爪の下に深く刺さり、お姫様は倒れてしまいました。
……老婆は、びっくり仰天し、部屋から逃げてしまいましたとさ。
悲しみに暮れた王様とお妃様。お姫様を美しい刺繍で飾った天蓋の下のビロードの椅子に座らせ、扉を封鎖し、森の真ん中の城に、永久の別れを告げました。
さて、しばらくして、狩りに来ていたどこかの国の王子様が、狩りの獲物を追って森の城を発見しました。好奇心から中へと侵入し、とうとうお姫様の部屋まで辿り着きました。王子様は眠ったお姫様を見て、情熱的な恋に煽られました。
お姫様を寝椅子に運んで、愛の果実を摘み取ると、そのまま寝かせておきました。王子さまは帰路についてからは、このことをすっかり忘れてしまいましたとさ。
「あはは。プリンセスの大切なものを奪って記憶喪失。さいてー」
「男なんていつでもそんな感じよ。女のことなんて二の次。ね、アンセル」
「グワグワッ!」
「どうもありがとう。アルテ。さて……では続きを……エスペラントさん? お願いできる?」
「……はーい」
あたしは教科書を広げた。
9ヶ月後、お姫様は男女の双子を産みました。しかし、眠っているので二人の妖精が双子のお世話をしてくれました。そんな時、子供が乳を吸おうと思って、お姫様の指を吸うと、刺さっていたトゲが抜け落ち、そこでようやくお姫様は眠りから目覚めることになったのです。
ある日、王子様は森の城のことを思い出し、再び狩りに出掛けました。目覚めたお姫様と双子の子供を発見し、大層喜びました。二人の出会いはまるで運命だったように、すぐに意気投合しました。
双子は、ソーレ(太陽)とルーナ(月)と名づけられました。王子様は、今度は国へ連れて帰ると約束して、その日は一人で国へ帰りました。帰国すると、王子様は早速お姫様と双子の子供の事を話しました。
そして、実は王子様は、王様だったことをここで明かしましょう。彼は既に結婚し、王妃がいたのです。
「ええ……?」
「何こいつ★ 最低!」
「いるのよね! こういう男! 貴族に多いのよ!」
「ウサギ顔の男で多いのよね!」
「スレッド、ラビ、……前に何かあったの?」
「トゥー、こんな王子様やだ!」
「ブラン、大丈夫よ。こういう男に引っかからないように、わたしがちゃんと査定してあげるから!」
「ノワールお姉様……♡」
「おほほ。お静かに。……では続きを……ピープルさん、お願いできる?」
「へーい」
「返事は、はい」
「へえへえ」
王妃は、狩りで留守にする王様を怪しいと思っていて、今回の話で猛烈に腹を立てました。(当たり前よ!)(全くだわ!)(この文字読めない……)(トゥー、辞書に書いてあるわよ)(ありがとう。ロザリー)
王妃は家臣を遣わせ、「王様が双子に会いたがっている」ことをお姫様に伝えさせました。お姫様はそれはそれは喜んで、双子を送り出しました。
双子を手に入れるや否や、王妃は調理人に「喉をかき切って、細切れに切り刻んで、ソースで煮て、王様に食べさせろ」と命じました。料理人は金のリンゴのように美しい双子を見ると、可哀想になってしまい、料理人の奥さんに匿ってもらうことにしました。その代わりに、山羊を二匹、殺して料理を作ることにしたのです。何も知らない王様は喜んでそれを食べました。
王妃は、「どんどん食べてください。あなた自身のものを食べておいでなんですから」と何度も言いました。それを疎ましく思った王様は、腹を立てて別邸へと引き上げることにしました。(そもそもお前のせいでしょ!)(そうよ! そうよ!)(この男、何様だっての!?)(超むかつく★!)(お静かにー。ピープルさん、続けてください)
不満たっぷりな王妃は、今度はお姫様を呼び寄せ、修羅場の如く、散々怒鳴りつけました。中庭に大きなたき火を焚かせて、お姫様を放り込めと家臣達に命じました。服を一枚ずつ脱がされ、家来達が引きずり込もうとした時、王様が駆けつけました。
そこで王妃は、双子を王様が食べてしまったことを打ち明けるのです。絶望に狂った王様は、王妃を焚き火へ投げ込めと命令します。同じく殺して料理した料理人も放り込めと命じました。しかし、料理人は、そこで真実を自白し、料理人の奥さんが双子を連れてやってきました。
王様は、それを目にして一転、狂喜乱舞するのでした。
お姫様は王妃となって、王様と末永く幸せに暮らしたとさ。めでたし、めでたし。
「はい、どうもありがとう」
「はあ、疲れた」
「この王様最低」
「そもそもこいつのせいじゃない」
「全ての元凶のくせに……!」
「女の修羅場は大抵男が理由なの。男にさえ囚われなければ女は自由に生きていけるのよ。ってセーラが言ってた!」
(あの子また見てないところで大人の本を読んだわね。全く。教室に戻ってきたら没収しないと)
「『5日物語』から抜粋された5番目の物語、『月と太陽とお姫様』。今日の授業はこれをテーマに、古文を勉強していきましょう。読めない文字はきちんとメモして復習すること。いいですね」
(すごい。国の第一王女がちゃんと先生やってる……)
「こら、アルテ、よそ見してる間に寝ないの」
「ふわあ……あと5分……」
「減点するわよ。アルテ! ほら、起きた起きた!」
クレアが優しくアルテの肩を叩いた。
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