第6話 カエルの髪飾り
(*'ω'*)
肩を叩かれ、あたしは驚いて目を覚ました。
「っっ!!」
「ロザリっち」
ぎょっとして身を起こすと、アルテがあたしから手を離していた。
「……大丈夫?」
「ここ……は……」
見回すと、アルテとはぐれたドレス部屋だった。マネキンは動かずその場に立っている。
「……」
「疲れて寝てたみたい。大丈夫?」
「……ええ」
「夢でも見た?」
「……リアルすぎる夢をね」
あたしは立ち上がろうとして……腰から何か落としたことに気づいた。振り返る。――『冊子』がある。
(……えっ)
「……ん、何これ」
アルテがあたしの足元に落ちてた箱を拾った。箱を眺めてる間、あたしは冊子を見て……腰に再び挟んだ。アルテが箱の蓋を開けた。
「……」
アルテが髪飾りを見て、顔色を変えた。
「えっ」
「え?」
「これ」
アルテがあたしを見た。
「どこで……見つけた?」
「……わか……らない……」
左のドアを見た。しかし、あれが夢なのだとしたら、あたしはずっとここにいたことになる。
「気がついたら……あった。多分」
「……」
「……アルテ?」
「これ、わての……」
「……」
あたしは眉をひそめた。
「え?」
「わたくしの……髪飾り……。デビュタント……の時に……お母様から……貰ったやつ……。だけど……パーティーの途中で失くして……」
「……失くした……?」
「……なんで……」
アルテの顔がどんどん青くなっていく。
「ここにあるの……?」
「似たものかも」
「全く同じもの。このカエルの形も、髪飾りの形も、……ほら、ここの宝石に傷がある。これ、わたくしがつけたの。落としちゃって……だから、間違えるはずない。でも、……途中で、どこかに行って……見つからなくて……」
「アルテ」
「これ、失くしてから……ずっと見つからなくて……でも……ここにあるはずない……。だって……わたくしの実家は……ここではないのだから……」
「……」
「……ロザリっち、本当に……これ、この部屋に……あったの?」
次元が歪むこの古城の事情を、この子に言って、巻き込むわけにはいかない。
「……ごめんなさい。あたしも……本当によくわからなくて……」
「……」
「その……偶然、似たものがここにあって、……アルテのものかどうかもわからないじゃない? 持って帰れば? 一個くらい貰ったってばれやしないわよ」
「……気味悪い」
アルテが蓋を閉じた。
「一回……持って帰って……明日、お母様に連絡してみる」
「……そうね。それがいいわ」
「これ、わたくし……わてが預かって大丈夫?」
「ん? え、ええ。もちろん」
「……わてのじゃなかったら、……この城に戻せばいいよね」
「……まあ、……一つや二つ、貰ってもいいと思うけど」
「いや、これは流石に……気味悪すぎる」
(……アルテの実家で失くした髪飾りが……ここにあった? なんで……?)
これの説はないか?
「……アルテ、祖先が……ターリア姫の親戚だったりとか」
「だとしたら、一族の歴史にターリア姫に関することが書かれているはず。……残念ですが、あり得ません。ターリア姫の名を聞いたのは、この学園に来て初めてです」
(でしょうね)
「だけど、お母様に訊いてみることはできる。……GPSで聞いてみます。この学園の電話機を使うのは……すごくやだ」
「……今日のところは帰らない?」
「まだサリア先生を見つけてない」
「……今日は……どっちにしろ、見つからない気がする。疲れたからじゃなくて……」
――安心して。彼女は無事よ。深く眠ってる。しばらくは大丈夫。
「……ここがどこかもわからないし……」
「……まだ行ってない場所がある」
アルテがランタンで左のドアを示した。
「そのドアの向こうには行ってない」
「……」
「……わかった。ロザリっち、今夜はここで最後。……なんか、ロザリっち、すごく疲れてるみたい」
「……ええ。ちょっと。……気を張りすぎてたのかも」
アルテが左の扉のドアノブを捻った。扉が簡単に開いた。廊下を覗き込み、あたしに振り返る。
「ロザリっち、またドアが開かなくなったら困るから、一緒に行こう」
「……ええ。行く」
アルテがドアを押さえ、あたしは近づき、ドアの先に進む。アルテがランタンで道を照らし、奥へ進む。その先は――。
(マネキンだらけのパーティー会場……)
「っ」
「あ、いたっ」
「待って」
「アルテ?」
アルテが口の前に人差し指を置いた。黙る。――パーティー会場がある方向から女の笑い声が聞こえる。
「……」
「ロザリっち、……第六夜、誰も居ないダンスホールから音楽と踊る人々の笑い声が聞こえてくる」
「……音楽は……聞こえてないみたいだけど……」
「待って。今回は本当に怖い」
アルテが手元の箱を見た。
「これのこともあるし」
「あたしが開ける?」
「あー、もう無理ー……」
「アルテ、誰かが踊ってるのかも。生徒の……誰かが」
「これが呪われたマネキンとサリア先生だったら笑えるかも」
「……」
「言うんじゃなかった」
顔を青ざめたあたしとアルテが顔を見合わせ、一緒にドアノブを掴んだ。
「二人で行こう」
「同時よ」
「はあ、だる……」
「行くわよ。アルテ」
「「せーの……」」
ゆっくりと――ドアを開ける。――そこはやっぱりパーティー会場で――月の灯りに照らされただだっ広い部屋の中心に……二つの影があった。アルテが声を潜めた。
「ロザリっち、誰か踊ってる!」
「しー! アルテ、しー!!」
「おばけ?」
「わからない」
アルテが歩き出した。
「アルテ!」
アルテがランタンを消した。近づく。誰かが踊ってる。アルテが近づいた。どんどん近づいていき――突然マッチをつけた。
「「っっ!!」」
二つの影が光に驚き、同時に腰を抜かした。
「きゃあーーーーーーー!」
「ひゃあーーーーーーー!」
「はっ?」
(え?)
――腰を抜かしたノワールとブランが、唖然とアルテを見ていた。
「カラー姉妹?」
「お、お、お、お、驚いてなんかなくってよ!?」
「お、お、お、お、お姉様、大変! わたし、腰が……腰が!!」
「ノワールとブラン?」
「ぎゃあーーーーーーーー!」
「ひゃあーーーーーーーー!」
あたしが呼ぶと、二人が再び悲鳴を上げ、アルテがマッチの火をランタンに灯した。あたしがアルテの横に追いつくと、あたしの姿を見たノワールとブランが涙目の視線をぶつけてきた。
「なななななな、なによ! ろろろろろ、ロザリー・エスペラントに、ある、ある、アルテ・ペンタメローネじゃなくって!?」
「とととととととつぜん、驚かせてくるなんて、ひ、ひ、ひ、酷いわ!」
「酷いも何も、やることなすこと不器用カラー姉妹。こんなところで何やってるの?」
「そ、それは……こっちの台詞よ!!!」
ノワールが大復活した。勇敢に立ち上がり、アルテに指を差した。
「突然美しい姉妹のダンスレッスンに暗闇に紛れてやってくるなんて! しかも不意打ちで驚かせてくるなんて! 普段寝てばかりの貴女が! 卑怯極まりない!!」
「流石だわ! お姉様! もっと言ってやって!」
「公爵令嬢ならもっと気品ある振る舞いをするべきだわ!」
「そうよ、そうよ!」
「セーラ様にも同じこと言ってあげたら?」
「嫌よ! 虐められるじゃない!」
「そうよ、そうよ!」
(この姉妹、はっきりしてるわね……)
「二人ともどうやってここまで来たの? わてら、結構迷ったんだけど」
「あら、アルテさんとロザリーさんったら、知らずにここまでやってきたの?」
ブランが立ち上がった。
「エントランスホールの壁にスイッチがあるの。壁が一瞬だけめくれるのだけど、その道から真っすぐここまで来られるのよ」
「真っすぐ?」
「そうよ。一直線」
「でもここは既にブランとわたしのものよ! 横取りは許さないんだから!」
「ごめんなさいね。既にここはお姉様とわたしのものなの。横取りはやめてちょうだいな?」
「二人はここで何してたの?」
「ロザリー・エスペラント、よくぞ聞いてくれたわ!」
「ロザリーさん、よくぞ聞いてくださった!」
ノワールとブランが手を握り合った。
「こんな広いフロア!」
「ダンスの練習にはもってこい!」
「舞踏会慣れも出来る!」
「わたし達だけの最高の練習場!」
「ロザリー・エスペラント。貴女の妹には敗北を味わったわ。でもね、わたし達は負けないの。負けという文字は存在しないの!」
「負けたのならば、リベンジするまで!」
「汗を流して」
「練習して」
「特訓し」
「成果を見せる」
「これこそ」
「「カラー姉妹の実力!!」」
アルテが声を潜めてあたしに言った。
「努力家だけど、結果を出せないのがカラー姉妹。二人そろってとっても不器用」
「あれでしょ。頑張る方向が違うんでしょ?」
「そういうこと」
「というわけで! ここはわたし達の縄張りよ! 御用のない方は帰った! 帰った!」
「まあ? ノワールお姉様とわたしのダンスが見たいと言うことであれば、喜んで踊って差し上げるけれど?」
「そうだわ! 次のメニー・エスペラントとのバトルは、ここでやりましょう!」
「なんてこと! 素敵な考えだわ! ノワールお姉様!」
「ロザリっち、わて、さっきまで怖がってた自分が急にバカバカしく思えてきたよ」
「ええ。アルテ。この姉妹の威力はとんでもないわ。そこは認めないといけないわね」
「ところで、居眠りクラスメイトのアルテ・ペンタメローネ。そしてメニー・エスペラントの姉、ロザリー・エスペラント、貴女方はここで何をしていたの?」
「ああ、いや、七不思議を追いかけてただけ」
「七不思議ですって?」
「ノワールお姉様。気味が悪いわ」
「そうそう。気味の悪いお城を冒険するのがわてらの趣味なもんでね」
「ブラン、このお城、七不思議なんてあるの?」
「わたしもよくわからないわ。ノワールお姉様」
「帰り方わかる?」
「そこのスイッチを……」
――ふと、あたしは振り返る。――階段があり、踊り場があり――その先には両開きのドアが閉められている。
(……夢じゃ……ない……?)
「ここら辺、まだ歩いてないのよ。邪魔しないからまた来てもいい?」
「まあ、邪魔しないなら!」
「驚かせるのも駄目よ!」
「大丈夫。わてらは冒険したいだけだから」
「そういうことなら」
「構わないわ」
「そんじゃ……今日は帰りますかね。ロザリっちも疲れてるみたいだし」
アルテがあたしに振り返った。
「ロザリっち、帰ろう」
あたしはアルテに体を向けた。
「ええ」
「じゃ、二人とも、また明日学校で」
「ごきげんよう。アルテ・ペンタメローネ」
「ごきげんよう。ロザリーさん」
「ごきげんよう。ノワール」
「ごきげんよう。ブラン」
スイッチを押すと、長い階段が現れ、アルテとあたしが階段を下っていき、一本道の廊下に出ると、その道に沿って進んでいく。しばらくすると――門の前に戻っていた。
「……」
「はあ。見つけたのはサリア先生じゃなくて、不器用コンビのカラー姉妹」
アルテが箱を見下ろした。
「これは……戦利品って呼んでいいのかな」
「……明日、午前だけだっけ?」
「そう。授業は午前で終わり。……休もうかな」
「出たら? 出席するだけでも点数貰えるんだから」
「気味が悪すぎるんだよ。なんで実家で失くしたものがこの城で発見されるわけ? おかしすぎる」
アルテが古城を振り返った。
「あそこ……まだ奥があった」
「……結局、図書室行けなかったわね」
「どちらにしろ、早くサリア先生を見つけないと」
アルテが両手を頭の後ろに置いた。
「残された七不思議もあと二つ。さて、どうなることやら」
罪滅ぼし活動ミッション、七不思議を追う。五夜目。
(……今回は無事に帰ってこられただけマシかしら)
「ロザリっち、油断は禁物。今日みたいなのは本当に無し。これ以上変なお宝を見つけたら……本気で精神的に無理になる」
(……よっぽど気持ち悪かったのね。その髪飾りの件)
「今日は帰ろう。そして寝る。そしてこの箱は、見えないところに封印する。本当に……気味が悪いです。ここは。本気でわたくし、そう思います」
アルテが歩き出し、あたしもその後を追いかけるように歩き出した。
(*'ω'*)
部屋に戻ると、あたしのベッドにメニーとリトルルビィが座っていた。
(あ)
「あ、お姉ちゃん」
「テリー」
「戻ってたのね」
メニーを睨む。
「今日どこで油売ってたわけ?」
「ごめんね。お姉ちゃん、明日も行かなきゃいけなくて」
「は?」
「全部調べがついたら教えるから」
「……あ、そう」
「テリー、今日どこにいたの?」
「……えっと……」
地図を広げると、リトルルビィが側に寄ってきた。
「ここ」
「……どこ、ここ」
「わからない。裏側……かしらね」
「途中でテリー達の気配が全く感じなくなって、城中捜してたんだよ。壁壊してやろうと思ったら、ソフィアに止められて……」
「ソフィアもいたのね」
「だけど、あいつもテリーの気配が消えたって言ってた。……何もなくてよかった」
「何もってわけではないけど……」
――じっとリトルルビィを見た。リトルルビィがきょとんと瞬きし――目を泳がせる。
「……え、えっと……何?」
「……いや、何でもない」
リトルルビィの背中を撫でる。
「今夜はあたしも疲れたの。リトルルビィ、部屋に戻りなさい」
「……大丈夫?」
「あの城、気味が悪いのよ。精神的にやられる」
「……側にいられなくてごめん」
「……リトルルビィ」
生身の手を握り、顔を覗き込む。
「怒ってるわけじゃないの。ただ、今夜は特に疲れただけ」
「……」
「今夜は部屋に戻ってくれる?」
「……うん」
「ついてきてくれてありがとう。あたしももう寝るから」
「大丈夫?」
「大丈夫よ。明日も頼める?」
「明日はもう見失わないから」
「頼りにしてる」
「……」
「ほら、もう戻りなさい」
手を離すと、リトルルビィが息を吐き、瞬間移動で部屋に戻っていった。散らばったプリントを拾い、机に置きながら言う。
「あんたも出てって」
「それ、何を持って帰ってきたの?」
「カリスの所有物」
「……見つけたの?」
メニーがベッドから腰を上げ、あたしがテーブルに置いた冊子を見た。
「どこにあったの?」
「カリスが使ってたっぽい部屋」
「……今日は随分と深いところまで行ったみたいだね。テリー」
「疲れたわよ。シャワーは朝で良い」
ネグリジェに着替え、そのままベッドに倒れた。
「まじで疲れた……」
「テリー、大丈夫?」
「大丈夫に見える? 気味が悪いったらありゃしない。必要な時にドロシーは来ないし。お陰で変なマネキンに追いかけられて、本当に散々だったんだから……」
「……テリー、マネキンは動かないよ?」
「はっ! あんたもあのマネキン達を見たらそんな言葉言えなくなるわ。マネキンはね、動くのよ。抱きしめてくるのよ。そして舞踏会に引っ張り出されて、踊れ踊れって言ってくるの。もう最悪。ベックス家にあるマネキンは全部処分してやる」
「テリー、この冊子、私が預かってもいい?」
「……」
「明日、早朝で出かけるの。これがあると助かるんだ」
「……わかった。持ってって」
「ありがとう」
メニーがあたしの隣に潜り込んだ。
「午後には戻るよ。その時には調べはついてる」
「んー……」
「今夜はゆっくり休んで。テリー」
「……メニー」
「うん?」
「ルビィのお兄さんって」
空気が静かになった。
「死んだのよね?」
「……吸血鬼の状態で……吸血鬼のリトルルビィの血を飲んで……亡くなったって、聞いてるけど……」
「……」
「……どうかした?」
「見かけた」
メニーが眉をひそめた。
「赤い目の男の子。ルビィと似た顔だった」
「……」
「……仮面付けてたから……気のせいかもしれないけど、……ルビィに似てた」
「……」
「……ルビィが、アトリの村で言ってたのよ。人狼との戦闘で、気絶する前に……お兄さんの声が聞こえたって。あたしは幻覚だと思ったけど……」
「……生きてる?」
「ただ……あの城は時空が歪んでる。妄想が現実に成り代わったりする。……あたしの妄想が、現実として現れただけかもしれない。人はそれを幻を見たと言うのよ」
「……その可能性は捨てきれないね。あの城では、何が起きるかわからない」
「明日どこに行くの?」
「帰ってきてからのお楽しみ」
「はいはい。わかったわよ。サボり魔」
――一瞬で意識が飛んだ。
メニーが顔を覗き込む。
「……お休み。テリー」
メニーも、瞼を下ろした。
「もう少しで、たどり着く」
闇の奥に潜む魂は、胸を痛め、同情し、涙を流した。そして呟いた。
可哀想に。……可哀想に――。
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