第5話 「貴女は僕の救世主」


 ベッドに横になって眠っていたようだ。あたしは起き上がり、辺りを見回した。埃が空気に舞う。


「……最悪」


 ここはどこだ。とてもシンプルな部屋だ。ベッドから抜け出し、部屋を眺める。――机にあたしのランタンが置かれていた。


「……」


 マッチで火を灯してみる。使える。間違いなくあたしのだ。


(……ドレス部屋に忘れていったのに。……いや、深いことは考えないようにしよう。きっと親切な魔法使いが届けてくれたんだわ。そういうことにしておきましょう)


 棚にはよくわからない置物が置かれている。石だったり、木でできた人形だったり。あたしは机の引き出しを引いてみた。……何か入ってる。


(……冊子?)


 古代文字で書かれている。あたしはランタンの側で冊子を開いてみた。



 今日の出来事


 こんにちは。カリス。

 今日の貴女も最高だった。

 皿を2枚割って、メイド長に呆れられて、でも、今日は2枚で済んだのだから、いつもよりは幾分かマシだわ。調子が良かったのね。


 そうだ。先輩の話も書いておこう。

 今度こそブレスレットの作り方を教えてくれるって約束を取り付けた。先輩は新人メイドに人気者だから、最近全然構ってくれなくなっちゃった。でも私は知ってるわ。先輩との付き合いは私がとっても長いこと。だから先輩は私をとても可愛い後輩として見てくれてるって。ああ、30も近いのに、こんなこと言う私って全く成長出来てない。少しは先輩を見習わないと。でもいいわよね。男はいつまで経っても少年みたいなのだから、女も、いつまでも少女でいていいと思うの。こんなこと言ったら、ターリア姫様に笑われちゃうかな。


 ターリア姫はもう少しで16歳。

 ……糸車は、陛下が全て燃やした。

 あの呪い、本当に起きなきゃいいけど。

 起きる前に、私達がターリア姫様を守らないと。


 お休みなさい。カリス。

 明日も元気でいましょうね。




 ――冊子に手紙が挟まっている。あたしは広げてみた。




 ダンスのレッスンなんてもううんざり!

 本を頭に乗せて、リズムに乗って、そんな状態でダンスなんて踊れるわけがない!

 ダンスなんて大嫌い!




 ――冊子の人物と字が違う。他人のようだ。違う手紙が挟まってる。あたしは広げてみた。




 カリス、ダンスのレッスンの時には貴女もいて。貴女がいないとどうにかなりそう。先生がガミガミ怒ってくるの。


 →姫様、誰もが通る道なんですよ。『頑張れ』って、先輩が言ってました。


 カリス、さっきのレッスンどう思った? 引いたでしょ? 無理よね? あれ。わたくしがどんなことを虐げられているかわかった? これでかかとの高い靴を履いて、踊れって言うのよ? わたくしは、マネキンになれというの? みんなどうかしてるわ!



 手紙にメモが残されてる。――16時からパーティーホール。ダンスのレッスン。姫様、頑張って。カリスは足の消毒液を持って応援してます。



「カリス……」


 あたしは冊子をめくる。こんにちは。カリス。今日の貴女も最高だった。


「……貴女がカリスね?」


 冊子を手に持ってみる。……いけそうだ。腰に冊子を挟んだ。


「悪いけど持って帰るわね。必要なのよ」


 返事をする人はいない。


(……ターリア姫が糸車の針で指を刺し、皆眠りについた。この城は呪われた)


 不自然な点がある。


(もし、眠りについて……そのまま死んでいるとしたら……)


 骨が残る。


(だけど)


 子供たちを思い出す。ミイラ化した遺体が、クローゼットにずっと放置されていた。


(となると)


 ベッドを見る。埃が被ってるだけで、ベッドはそのままの形を保っている。


(城の人達の『遺体』はどこ?)


 家具ばかりが置かれて、遺体は一切ない。あの子供達くらいだ。


(片付けられた?)


「城に入ってもたどり着けない」

「茨が邪魔をする」

「近づいては駄目」


(遺体はどこだ?)


「近づく若者がいたらお止めになって」

「これから毎年死者が生まれるでしょう」

「姫を求めて」

「一人」

「また一人」


(姫だけじゃない。城の使用人とか、メイドとか、数えきれない量の人間がこの城にいたはずなのに)


「近づいては駄目」


(ミイラも、腐敗した骨も存在しない)


「近づいては駄目」


(そんなわけない。なのに、跡も残ってない)


「近づいては駄目」


 どこだ。


 この城の奴らは、どこに消えた?





 ――電話が鳴った。



「っ」


 廊下から聞こえる。


「……」


 廊下に出る。ドアが同じ間隔で並んでいる。壁に貼りつけられた電話が鳴っている。あたしは受話器を手に取り、耳にあてた。


『カリス! いつまで髪飾りを探しているの! 早く戻ってきなさい!』

「……」

『ターリア姫様も疲れたみたい。あんたの馬鹿な笑顔で癒してあげて』

「……は?」

『うわ、メイド長様が来た。……私が誤魔化すからあんたは早く戻ってきて! いい!? 三分以内だからね! あと、また手帳落としてたから、後で取りに来なさい。あんたね、この仕事やって何年なのよ。そろそろ落し物しないってことを覚えなさい。じゃ、パーティー会場でね!』


 ――一方的に通話が切られた。


(……髪飾り……?)


 あたしは腰に挟んだ冊子を取り出し、めくってみた。――棚2段目。髪飾り。午後になったら姫様に渡す。――あたしは部屋に戻り、棚の2段目を探してみた。


(あった)


 蓋を開けてみる。――カエルをモチーフにした髪飾りが入ってた。


(これを持って……パーティー会場……さっき歩いたわね)


 あたしは地図を広げて眺めてみる。使用人の棟を見つけた。一つの部屋に丸がついている。そこから出ていき、西側に行けば王族の部屋。南側にある階段を下りれば、パーティー会場に繋がっていた。


(……ターリア姫の部屋もありそうだけど……今は行く時じゃないかも)


 あたしは髪飾りの入った箱を持ち、再び冊子を腰に挟み、部屋から出ていった。


(南側の階段……こっちだったわね)


 地図にあった道を思い出し、その方向に向かって歩くと地図に載ってた階段が存在した。行き止まりまで下っていくと、見たことある道に出た。


(……ああ、ここに繋がってるのね)


 再びパーティー会場に戻ってくると――シャンデリアに明かりがついていた。


「……」


 ろうそくに火がついている。


(……誰がつけたの?)


 ゆっくりと歩いていく。片方の開いた両開きのドアをくぐる。広々としたパーティー会場には誰も居ない。


 だけど――なんだか……。


(……この寒気は何?)


 シャンデリアに火がついて明るくなったのに、その中は凍えるように冷たい。


(長居しない方が良い気がする……)


 踊り場を越え、下に下りていく。ドアに向かって大股で進む。


(確かここから……)


 ドアノブを捻る。開かない。


「あれ? なんで?」


 ドアを引っ張る。開かない。


「なんで開かないの?」







 突然、ざわめく人の声が響いた。


 あたしは振り返った。


 ダンスホールに大量のマネキンが立ち、楽しそうに談笑していた。


(……は?)


 それはまるで人のように。

 それはまるで舞踏会の参加者のように。


(……ドア、開いて……)


 あたしはドアノブをひねる。


(お願い、ドア、開いて、お願い……お願い……)


 ドアは開かない。マネキン達が舞踏会をしている。


(まじで、本当に、無理、これ、本当に無理……!)


 踊り場から執事が出てきた。


「申し訳ございません。ターリア姫様はもう少々お時間をいただきます。そこで皆様、オープニングの前に、一つ、踊っていただける方はおりませんか?」

「おお、前座ですな?」

「こんな人前で、しかもターリア姫様がまだ登場されていないというのに、踊るなんて恥ずかしい」

「おお、良い人がいますよ」


 マネキンが全員あたしに振り返った。


「テリー姫様がターリア姫様のデビュタントを祝いに来てくださってます」

「なるほど。テリー姫様であれば、前座にふさわしい」

「素晴らしい」

「どうぞ、前へ」


 マネキン達が拍手をする。あたしは真っ青になる。


「さあ、テリー姫様、中心へどうぞ」

「ちょ、な、何よ……! さ、触らないで!」

「どうぞ、どうぞ」

「ひっ! い、いや!」


 左右からマネキンに囲まれ、腕と肩を掴まれ、無理やり前に出される。


「やめて! やめてってば!」

「おお、これは素敵なダンスを期待できますな」

「ほっほっほっほっ」

「何よ、何をやらす気なのよ!」

「何も、ただ、踊っていただくだけです」


 中心に押し出され、あたしはその場に座るように倒れた。


「さあ、テリー姫様」

「ターリア姫様がご登場される前に」

「素敵なダンスを」

「どうぞ、前座として」

「空気を温めてください」

「とても大事役目です」

「さあ、どうぞ」

「さあ、どうぞ」

「さあ」


 マネキンがあたしを囲む。


「どうぞ。踊ってください」

(踊れって言われても……何を踊ればいいのよ……)


 手足が震えて動けない。


「おや、緊張されているようだ」

「無理もない」

「これだけ人がいるのだから仕方がない」

「でも貴女はいずれ王妃となる方」

「この程度なんてことはないはずでしょう?」

「さあ、踊りなさい」

「立ちなさい」

「踊りなさい」

「踊れ」

「踊れ」

「踊れ」

「踊れ」

「踊れ」

「踊れ」

「踊れ」

「踊れ」

「踊れ」

「踊れ」

「踊れ」

「踊れ」

「踊れ」

「踊れ」

「踊れ」

「踊れ」

「踊れ」

「踊れ」

「踊れ」

「踊れ」

「踊れ」

「踊れ」

「踊れ」

「踊れ」


 四方八方囲まれ、逃げ場はなく、あたしはただ震えるだけ。どこを見てもマネキン。振り返ってもマネキン。人はいない。いいや、これが人なのかもしれない。マネキンに囲まれる。あたしの目が揺らぐ。息が乱れる。怖い。踊らないといけない。手を叩かれる。言われる。踊れ。呼吸が乱れる。踊れ。あたしは深呼吸した。踊れ。だめだ。もう、だめだ。



 誰か、助けて――!











「それでは、お相手を」






 手が伸びた。


「この僕が務めてもいいですか?」


 ――仮面をつけた赤い目の少年が、小さな手をあたしに差し出した。あたしは少年を見た。少年がウインクした。あたしはそれを見て、手を伸ばした。少年があたしの手を掴んだ。強く引っ張り、あたしを立たせた。少年が手を上に上げた。


「音楽!」


 指を鳴らすと、マネキンによるオーケストラが演奏を始めた。心地よいクラシックメロディが流れ、少年があたしの手を引っ張り、共に踊りだした。マネキン達は優雅にあたし達のダンスを見物することにした。少年が華麗にあたしをリードすると、その美しさに皆目を奪われた。あたしは少年を見つめる。少年はあたしに微笑む。


「大丈夫。今は目の前のことに集中して」

「……誰?」

「僕は……えっと、救世主」

「救世主?」

「そう。貴女の救世主」


 そして、


「貴女は僕の救世主」


 腕を伸ばす。


「大丈夫」


 くるんと回る。


「貴女のことは僕が守ります」


 少年の口が動いた。


「テリーさん」



 ――音楽が止まった。マネキンが手を叩いた。拍手喝采の中、あたしと少年がお辞儀をした。


「素晴らしいダンスでした」

「しかし、ターリア姫様はまだお時間がかかるようだ」

「そうだ。お二人にはもう少し踊っていただくのはどうだろうか」

「それがいい、それがいい」

「皆様、申し訳ございません」


 少年が頭を下げた。


「プリンセスは、どうやらお疲れのようです。どうか、これにてご容赦ください」

「そういうわけにはいきません」

「前座ですもの」

「前座は大切な役割を持っている」

「空気を温めていただかなければ」

「それ一曲」

「もう一曲」

「踊りなさい」

「踊れ」

「ターリア姫様が出てくるまで」

「踊れ」

「踊れ」

「踊れ」

「そうですか。それは困りました」


 少年は優しく微笑む。


「ならば、強制的にこの時間を終わらせるしかありませんね」


 時計が2時22分を差す。鐘が鳴った。時計の針が狂い始めた。マネキン達がざわつき始めた。少年は笑った。


「さあ、夜はこれからだ」


 シャンデリアに大量のコウモリがぶら下がっていた。


「踊り狂え」


 コウモリが一斉にマネキンに向かって降ってきた。マネキン達が悲鳴をあげる。あたしは頭を抱えた。コウモリがあたしを素通りした。マネキンが逃げ惑う。その姿は踊っているようにも見える。あたしは顔を上げた。少年があたしの肩を支えた。


「さあ、立って、テリーさん!」

「っ」

「貴女は行かなくてはいけない。この呪いを終わらせるために!」


 少年があたしの手を引き、再びあたしをリードした。


「さあ、テリーさん!」


 ドアが開く。


「振り向かずに走って! さあ!」


 あたしは少年の顔を見て――特定の人物を思い出す。


「さあ、行って!」

「……リトル……ルビィ……?」

「走って!!」


 背中を押され、あたしは振り返ろうと頭を動かす。


「振り向くな!!」


 あたしは前を見た。


「行け!!!」


 あたしは走り出した。


「呪いを終わらせるんだ!!」




 あたしは光に向かって走り出した。





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