第3話 通い人は語る


 ヨガ教室スタジオ。

 穏やかなメロディーが耳に入ってくる。


「旧校舎に入ったきっかけ?」

「忘れもしないわ。二人で初めてタルトを作った日よ」

「そうだ。クソまずいやつね! フロマージュが砂糖と塩を間違えたのよ!」

「しょっぱいチーズタルトの完成。塩辛い思い出だわ」

「わたし達もまだ仲良くなりかけの時よ! 遅くまで二人で喋っちゃって、道具を片付けて部屋に戻ろうとしたら、サリア先生を見かけたんだったわね」

「そうそう。二人でサリア先生を驚かせてやろうと思って、追いかけたのよ」

「三日月のポーズ」


 先生に言われ、三人で三日月のポーズをする。


「それで中に入ったけど、早々にサリア先生を見失って」

「で、おばけに追いかけられたのよね」

「おばけ?」

「ロザリーはまだ会ってないの?」

「泣き虫なメイドのお化け。アルテは会ってるかも」

「後で聞いてみる。……二人は会ったの?」

「ワシのポーズ」


 先生に言われ、三人でワシのポーズをする。


「びっくりしたわよ。すっごい泣いてるんだもん」

「追いかけられた時にはもっとびっくりしたわ」

「死ぬ思いだった」

「最近見てないわね。あのおばけ」

「……そんなに有名なの?」

「皆見てるんじゃない? あの城に行ってる子達は」

「各自それで決まった教室を見つけるものね。泣き虫な案内人なのかもね」

「二人の場合はあのキッチン?」

「ワニのポーズ」


 先生に言われ、三人でワニのポーズをする。


「でもメリッタ、あの時、あのメイドに捕まったらどうなってたと思う?」

「呪い殺されて終わりじゃない?」

「ロザリー、気を付けてね。あのメイドのおばけ、本当に質が悪くて、見つけたら早々に離れた方が良いわよ。でないと全力で追いかけてくるから」

「そう。号泣しながら」

「ごめんなさいーって叫びながら」

「気味が悪いったらありゃしない」

「……でも、そこで二人はあのキッチンを見つけたんでしょ?」

「運が良いことにね」

「でもそれ以降あのキッチン以外行ってないわ。またあのおばけに見つかって追いかけ回されても嫌だもの」

「同意」

「伸びをする子犬のポーズ」


 先生に言われ、三人で伸びをする子犬のポーズをする。


「サリア先生は、なんでそんな場所に行ってたの?」

「見回りじゃない?」

「最近見かけてないから、その期間限定で見回りしてたんだと思う」

「昨日みたいに通報が入ってたとかね」

「二人は大丈夫だった?」

「ソフィア先生が逃がしてくれたもの」

「はあ。ソフィア先生、大好き」

「わたしね、思うんだけど、ソフィア先生って……貴族の隠し子なんじゃないかしら。あれで平民ってあり得ないでしょ。絶対貴族の血が混じってるって。あれ」

(それが正真正銘の平民なのよ。残念ね)

「リラックスー」

「はあ。リラックス」

「瞑想っていいわ。新しい発想が思い浮かぶの」

(……メランにも話を聞きに行くか……。どこかでスケッチしに行くとか言ってたわね……ふわあ……)



 東棟、庭。

 メランが寝転がるドロシーに狙いを定めた。


「夜の絵をね、描こうとしてたの。そしたら、サリア先生が旧校舎に行くのが見えて……」

「追いかけた?」

「興味本位だった。わたし、長女だし、妹や弟達に背中を見せないといけない立場だったから、そういう悪戯って、したことなくて……」

「泣いてるメイドって見かけた?」

「ロザリーも会ったの?」

「いいえ、あたしはまだ。皆見かけてるって言うから」

「そっか。……うん。会ったよ。すごく怖かった」

「泣きながら追いかけてくるって」

「そうなの。全力疾走で。わたし、あんなに死を覚悟した時ってなかったと思う」

「逃げてる最中であの部屋に辿り着いた?」

「ドアが開く場所があそこしかなかったの。でも……今思えば、ラッキーだったよ。あんないい部屋見つけられるなんて」

「サリア先生は……何してたか知ってる?」

「昨日みたいに通報が入ってたんじゃないかな? あの時期、サリア先生頻繁にあそこに行ってたけど……最近行ってないみたいだし……」

(サリアを見かけてる生徒が何人もいる。やっぱり入ってたんだわ)

「あ、でも……そういえば、グースが、先生と一回歩いたって言ってたかも」

「え?」

「うん。それで確かグースも……あの旧校舎に入るようになったんだよ」

「……グース、どこにいるか知ってる?」



 中庭。

 ドロシーの匂いが付いたあたしの足元をアンセルがぐるぐる回っている。


「あー、そうそう。アンセルが旧校舎の中に入っちゃって、中でサリア先生と会ったの」

「叱られなかった?」

「アンセルがどこか行っちゃったって相談したら、一発で場所を当ててくれたの。今、その部屋は可愛い狼が使ってる」

「サリア先生、見回りでもしてたのかしらね?」

「って思うでしょ?」


 グースの言葉に、あたしはさらに耳を寄せた。


「皆はそう言ってる。でもね、違うと思う」

「って言うと?」

「誰にも言わないでね。……待ち合わせしてたのよ。あの時期」

「誰と?」

「教えてくれなかった。でも、私見たの。サリア先生、ポケットから手紙を落としてね? こう書かれてた。『今日も1時に、旧校舎の図書室で待ってます』って」

「図書室? ……あそこ図書室なんてあるの?」

「あるけど、行ったってろくな本ないよ。ほぼ全部古代文字で書かれてる。多分、校舎時代も使われてなかったんじゃないかしら。あそこ。ほこりっぽくて、じめじめしてて、嫌なところ。アンセルもあまり行きたがらないんだ」

「そこに……サリア先生が……誰かと待ち合わせ?」

「この学園の先生で考えても、そんなに良い男いないと思うけど……あの様子は……間違いなく待ち合わせ。絶対そう」

(……待ち合わせのために……サリアが旧校舎に夜な夜な行ってたってこと……? 相手は誰だ?)


 中毒者。


(だとしたら)


 その相手が、サリアの記憶を奪った本人?


(だったら筋が通る。その仮定の話で進めるならば……サリアが油断して待ち合わせる相手だったってこと)

「そりゃあ、外で会ったら理事長に報告されかねないもの。だったら旧校舎で待ち合わせるわよね。わかるわ。その気持ち。サリア先生だって恋に溺れるわよね。生真面目そうに見えたって、女は常に刺激を求めてる生き物なんだから、その気持ちは痛いほどわかる」

(ここはアルテの出番かしらね)

「ところで今日はあの猫ちゃんいないの? アンセルが寂しがってる」

「クワァ……」

「残念ながら、メランにモデルとしてスカウトされちゃってね。今一仕事してるところなのよ。残念だったわね。アンセル」

「クワ……」


 アンセルが残念そうにうなだれた。




 糸車クラブ。

 居眠りしていたアルテの肩を叩いた。


「アルテ」

「あれ、おはよう。ロザリっち。大切な人には会えた? ふわあ。……あれま、今何時?」

「クラスメイト達にインタビューして旧校舎に関する情報を集めてきた」

「……ロザリっち、いつの間に探偵業なんか始めたの?」

「遊びは本格的にやらないとね」

「それで? なんか集まった?」

「サリア先生について訊きたいことがあるの」


 アルテの隣に座り、手帳を見せる。


「サリア先生が当時仲の良かった職員って誰かわかる?」

「……『待ち合わせ』って何?」

「グースが言ってた。待ち合わせの手紙をサリア先生が落としたって」

「呼び出されてたってこと?」

「七不思議を追ってる最中、誰かに会うっていう目的もあったのかも。だから夜な夜な旧校舎に出入りしてた」

「……」

「アルテ、貴女もサリア先生と旧校舎を歩いたことがあるのよね?」

「そうだよ。サリア先生を追いかけて、見つかって、一緒に旧校舎を歩いて、抜け出して、寮まで送ってもらった」

「翌日もサリア先生は旧校舎に入ってた?」

「入ってた。七不思議のことを知ってからは……それを追いかけてるものだとばかり思ってたけど……呼び出されてたのは……知らない」

「仲の良かった職員を教えてくれない?」

「それって職員なの?」

「……職員じゃないなら誰と待ち合わせてたって言うの?」

「生徒とか」


 あたしは眉をひそめた。


「だって、……サリア先生だよ? 職員同士でなら、わざわざ旧校舎まで行くと思う?」

「生徒が……誰か、サリア先生を呼んでたってこと? わざわざ、危険な古城の、図書室まで?」

「サリア先生は生徒想いの先生だった。生徒が呼び出してるとなると……深夜だって平気で行くと思う」

(生徒に化けたオズがいたとかなら……納得できる)

「その頃、編入生は?」

「いや、Aクラスはずっとあのメンバー。特に変わった生徒はいなかったと思う。……わてが忘れてなければ、だけどね」

「……いいわ。じゃあ……質問を変える。泣いてるメイドのお化けは見たことない?」

「泣いてるメイド?」

「皆会ったって言ってたの。ほら、七不思議の……最後の夜の……」

「……第七夜、誰も居ない城をうろつくメイドの影が時々現れる」

「そう、それなんだけど」

「……それね」


 アルテがうなだれた。


「そこんとこも不思議なんだけど、わて以外は皆会ってるみたいだね」

「……アルテは会ってないの?」

「旧校舎の話をすると、皆その話をしだす。糸車クラブの幽霊部員もそう。旧校舎に入ったらまず遭遇するのは泣き叫んで追いかけてくるメイドの幽霊。捕まったらどうなるかわからないから、皆逃げて隠れるんだって。わてはそんな経験ないけど」

「会ってないのね」

「わてだけね。嫌われてるみたい」

「そんなことある?」

「……ロザリっちがいない時、それこそ、サリア先生がおかしくなった時、わて、そのメイドを捜した時もあったの。廊下で立ちんぼしてみたり、教室に入って待ったりもした。でも、メイドは現れなかった。泣き声も聞こえない。けれどね、教室内では囁き声でクラスメイトが言ってるの。『昨日あのメイドに会った。本当に泣いてて、全力疾走で追いかけてきて、とても怖かった』って。だからその日も捜した。でも、メイドは現れなかった。わての前だけ、メイドは現れない」

「……」

「……。その図書室、……何か……手がかりが残されてるかな?」

「……アルテ、行ったことある?」

「図書室はない。どこにあるかも……知らない、けど……ロザリっち、地図持ってない?」


 あたしは鞄から地図を取り出し、広げてみた。アルテが指で地図をなぞり――一つの所で指を止めた。


「びぶりお……こ……これ、じゃない?」

「1階の北の棟」

「真っすぐ行けないね。壁がある。3階まで行って、そこから下りるって感じかな」

「この城こういうところ嫌い」

「きっとリフォームしすぎておかしくなったんだよ」

「ひとまず……今夜の目的地が出来てよかったわ」

「ロザリっち、図書室を目指す前に……昨日、サリア先生が穴に落ちた場所、もう一回行ってみない? 罠もリセットされてるだろうし、運が良ければ、サリア先生と同じ場所に辿り着けるかも」

「辿り着くのがトゲだらけの死刑場だったら?」

「サリア先生と共にお陀仏」

「あたしも行く。サリア先生が生きて帰ってきてくれないと、テリー様になんて報告していいかわからないわ」

「極力嫌な妄想は控えるようお願いするよ。ひひひ」

「ええ。悪かったわ」


 時計の針が一歩ずつ進んでいく。


「必ずサリア先生を見つけるわよ。アルテ」

「ただし、無理はしないこと。ロザリっちにはメニっちもいるんだから」

「……ええ。そうね」

「わては一人っ子だから。……妹ってどんな感じ?」

「妹? ……妹ね」


 アルテがペダルをこぎ始めた。


「思ったより面倒くさいわよ」

「でも、二人ともとても仲良く見える。メニっちはとても控えめに見えて……実はロザリっちに構ってほしくて仕方ないって感じじゃない?」

「やっぱり公爵家の娘って、色んな人を見てるのね。……こっちは独り立ちしろって言ってるのよ?」

「やっぱそうよね? みんなメニっちと仲良くしたくて仕方なさそうだけど、メニっちはロザリっちがいれば、それでいいって感じに見えるの。愛されてるじゃない」

「簡単に言ってくれるわよね。こっちはそのせいで色々と大変なのよ」

「あれは彼氏作りにくいね」

「折角の社交界だってのに殿方と踊ろうともしない」

「放り出すこともできないのよね。変な男に捕まったら一族の汚れにもなるから」

「そういうこと」

「良いお姉ちゃんじゃないの」

「あたし結構頑張ってるわよ?」

「セーラ様とメニっちが喧嘩する時も近いかもね」

「大丈夫よ。そこらへんは大人だから」

「どっちが?」

「セーラが」

「ひひひひ! まじで言ってる?」

「メニーの頑固さを舐めちゃいけないわ。アルテ。あいつはすごいわよ。こうだって決めたらセーラ以上に曲げないの」

「そこらへんはロザリっちと似てるのね」

「あたしは妥協できるもの」

「へえ? そうなの? そうだったかしら?」

「そうよ。あたしを頑固者って言うのなら、メニーやセーラはもっと頑固者よ。そしてその上もまた然り」

「いるの?」

「とんでもない頑固者。クリスタルみたいに綺麗だけど、触れてみたら頑固一択そのもの」

「ふひひ! そういう人はクレア先生と一度話をしてみるといい。クレア先生は頑固者を一蹴してくれるから」

(だから周りに頑固者がいないのよね。自分が一番の頑固者だから)

「アルテには仲の良い知り合いはいないの?」

「さあね。裏の顔はわからないもの。公爵家に近づく人間は誰も信用しちゃいけない。……ああ、でもね、一人だけ。その一人だけは信用してた」

「友達?」

「そう。友達。お姉さんみたいな。……でも、離れ離れになってから、会えてないの」

「そう。……寂しいわね」

「ロザリっちも、そういう人いる?」

「いるわよ。頭の良いお姉さん。会いたいわ」

「うん。……わたくしも会いたい」


 糸車が回る。


「会って……言いたい。『大好き』って。……当たり前に使ってた言葉が、その人がいなくなった途端使えなくなるものだから、言いたい言葉が日々溜まっていく。でも、いないと使えない」


 アルテが足を止めた。


「サリア先生が戻ってきたら、いっぱい使わないと」


 アルテが手を伸ばした。

 セットされていた芯に、十分な糸が巻かれていた。

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