第2話 休日


 一週間に一度、学園には休日が待っている。例え授業のある日だと言っても、申請すれば授業を欠席することも出来る。


(さて)


 シンプルなドレスに着替える。


「完璧だわ」

「あの眠そうなクラスメイトに会いに行くの?」

「そうよ。昨日、かなり取り乱してたから」


 幸いなことに、先生達からの呼び出しはない。


「あんたはどうする?」

「ボクが寝てる間にメニーもどこかに行っちゃったんだ。仕方ないからついていってあげるよ」

「そうよ。ついてきなさい。そして何かあったらあたしを守りなさい」

「はいはい」


 ドロシーを隣に歩かせ、あたしは部屋から出る。寮の廊下はとても明るい。古城とは大違い。


(アルテの部屋ってどこだったかしら。……こういう時の管理人よね。ローレライに訊こう)


 階段を下りようとすると、声をかけられた。


「ロザリー」

「ラビ? おはよう」

「おはよう。……昨日大丈夫だった?」


 ラビが眉を下げ、あたしに近づいてきた。


「誰かが通報したらしくて、先生達が見回りをしていたの」

「ああ、らしいわね。ラビ達は大丈夫だった?」

「わたしとグースはソフィア先生が見逃してくれたの。だから大丈夫だったんだけど」

「そう。それなら良かった。……あたし達はヘーリオス先生に見つかったわ」

「あちゃあ」

「どうせ反省文で終わるわ。大丈夫よ」

「出かけるの?」

「アルテの部屋を知らない?」

「アルテ? 2階よ。205号室」

「205号室ね。ありがとう。反省文について打ち合わせしとこうと思って」

「お互い夜は気を付けましょう」

「その通り」


 2階に下り、廊下を進んでいく。――怪しい扉があった。ルビィ様ファンクラブ限定会議中! 用のあるものは合言葉を述べよ!


(ファンクラブに会議とかあるの? 初耳……)


「リオン様ファンクラブ城下町外れの丘担当、テリー・ベックスよ! 会議をするから用のあるものは合言葉を言いなさい!」

「あ、あったあった。初耳じゃなかった。そうだった。そんなこともあった、あった。あー、若気の至り。懐かしい、懐かしい。おら、消えろ。あたしの記憶」


 記憶の雲を手で払い、205号室に足を止める。ノックをする。


「アルテ、ロザリーよ」


 ――反応はない。


「……ん」


 ドアノブを掴んでみると、空いている。勝手に開けると――シンプルな部屋が存在していた。


(アルテはいなさそう)


 人の部屋を勝手にみるものではない。早々にドアを閉める。それにしても、鍵をしてないなんて不用心にも程がある。


(どこに行ったのかしら)

「あれ、ロザリー、おはよう」

「メラン、おはよう」

「アルテに用事?」


 メランがスケッチブックを持っている。休日にまで絵を描くっていうの? すごいわね。


「ええ。だけどいないみたい。メランはこれから絵を描きに?」

「うん。適当にどこかスケッチに行こうかなって」

「アルテって休日よく出かけるの?」

「アルテね、休日は結構活発的になるんだよね。この間も休日なのに日が暮れるまで糸車クラブにいたらしくて」

「……そうなの」

「もし急用なら行ってみたら? いるかも」

「そうね。……時間もあるし、行ってみるわ」


 ドロシーと方向転換。寮から出ていき、教室のある廊下に向かう。いつも使ってるAクラスの教室が見えてくる。その教室から出て右を10分歩く。そしたらアーチが見えるので、そのアーチを潜って左。扉が三つあるけれど、それを無視して奥の扉に行く。そしたら見えるよ。糸車クラブってね。


 中から、糸車が回る音が聞こえる。


(おっと、これは)


 ドアを開けると――アルテが糸車のペダルをこいでいた。あたしに振り返る。


「……」


 笑みを浮かべる。


「おはようございます。ロザリー・エスペラント」

「……いつもの口調の方がいいわ。アルテ」


 ドアを閉め、アルテに近づく。ドロシーが机の上に乗った。


「あら、緑の猫ちゃんもご一緒。これは、おほほ。とても愉快」

「おはよう。その美しい話し方どうしたの? 貴女らしくない」

「心を落ち着かせる時、気品を思い出しなさいとお母様から言われたことがあるの。民に見られていると思えば自然と背筋が伸び、叩き込まれた令嬢としての振る舞いを思い出すって」

「それで? 少しは落ち着いた?」

「一晩ぐっすり寝れば、昨晩起きたことが夢のよう」


 糸車が回る。


「だけど、夢じゃない」

「ええ。残念ながら」

「サリア先生が旧校舎に閉じ込められた」

「今日は休日のせいか、見かけてないわね」

「ロザリー、わてはね、自分の使ってるベッドで目覚めて、昨日の記憶を反芻させている時に、気づいたことがあるんだ。昨日は気づかなかったけど、そういえばと思って」

「何?」

「テリー・ベックス」


 アルテがあたしを見た。


「サリア先生に、テリー様が待ってると言ってた」

「……」

「……ロザリーは」


 糸車が止まる。


「……テリー様の関係者?」

「……。……。……そうよ。関係者、なの」

「……」

「エスペラント家とベックス家はね、仲良くさせてもらってるのよ。男爵家というのもあって、だから、あー、メイド時代のサリア先生を知ってるの。あたしもメニーも、彼女をサリアと、名前で呼んでいたから」

「二人とも、先生と面識があったのね」

「ええ」


 嘘つきは誰だ。


「テリー様に頼まれたのよ。サリアが戻ってこなくて、学園に連絡しても全く返答が来ないから、様子を見てきてって」

「……」

「でもね、サリア先生、……サリアは、あたしのことも、メニーのことも覚えてなかった。初対面同然に振舞われた」

「記憶がない」

「そうよ。でも、テリー様は待ってる。サリアを信頼してるの。小さな頃から面倒見てもらってて……」


 ――テリーが眠るまで、ここにいますよ。


「サリアの帰りを今も待ってる」

「サリア先生、やっぱり良いメイドだったんだね」

「ええ。……とてもね」

「……なるほどね。道理で……この時期に編入生なんて、おかしいと思った」


 アルテが再びペダルをこぎ始めた。


「そういう理由なら納得」

「様子を見に来たくとも、テリー様本人は来られないでしょ」

「確かにねぇ」

「そうよ。アルテ、だから……」


 あたしはアルテの手に自分の手を重ねた。


「あたし達の目的は同じ。あたしはテリー様のためにサリア先生を連れ戻さなければいけない」

「わたくしは元のサリア先生に会いたい」


 アルテがあたしの手を握り、あたしに目を向けた。


「サリア先生は、今もあの城のどこかにいる」

「アルテ、今夜も行きましょう」

「こうなった以上、時間の問題です。今夜は地下を中心に見ていきましょう」

「必ず見つけるわよ」

「ロザリー」

「何?」


 アルテが薄い笑みを浮かべた。


「……ありがとう」


 手を強く握られる。


「サリア先生のこと、本来なら、わてが一人で城を歩いてなんとかしようとしてた。でも……仲間がいるって、こんなに心強いんだって、すごく感じた」


 編入してきてくれなかったら、わてはいつまでも一人であの城をぐるぐるぐるぐるしてたことだろう。


「今夜も七不思議を追いかけよう。ロザリっち」


(行く前に少しでも情報を集めた方がいいわね。あの城に関して知らないことだらけで、何が知らないのかも気づいてない)


 だが、この学園にはあの城に入って遊んでる生徒がわんさかいるのだ。


(本人達に聞くのが一番いいわね)


「アルテ、用事を思い出したから、そろそろ行くわね」

「あら、糸車、やっていかないの? 楽しいよ。ぐるぐる回って糸がぽんと誕生する。愛らしい我が子は大人となって裁縫クラブへ出世していく。それが糸車クラブ」

「悪いけど大事な用事なのよ。休暇を楽しんで」

「うん。ロザリっちもね」


 アルテの笑顔を見てから、あたしは糸車クラブから出ていった。



(*'ω'*)



 ショッピングモール。裁縫ショップ。


「わたくしね、手先は不器用ではないと思うけれど、小さい頃から良くしてくれてる三人のおばさん達に言われてたわ。このままでは裁縫の出来ないご婦人になってしまわれる。お嬢様、そうなる前に私達が知識を教え込みますわ。さあ、裁縫を頑張りましょう! 小さい時からよ? 苦手なことを無理矢理押し付けたって出来るようになるわけない。そう思わない? ロザリー」


 スレッドが綿の入った袋を籠に入れた。


「でもね、文句を言っても仕方ないの。お父様もお母様も、貴族の女は裁縫の一つや二つ出来ないと、この先やっていけないと考える人達だから。おかしいわよね。裁縫で娘の未来が変わるわけないじゃない」


 スレッドが生地を選ぶ。悩んで、あたしに振り返る。


「どっちがいいと思う?」

「何作るの?」

「テディベア」

「じゃあそっち」

「ありがとう。……すみません、この生地を」


 切ってもらった生地を籠に詰め込む。


「わたくしがこの学園に入学させられた一つの要因よ。お父様もお母様も、裁縫を愛して止まないんだわ。裁縫が何よ。わたくしはお菓子焼いてる方が好き」

「でもテディベアは作るわけ?」

「裁縫の腕を磨かないと卒業できない。お父様がそういう契約してる」

「理事長と?」

「そうよ。初日の面談で理事長直々に言われたの。だからわたくしは強制的に裁縫クラブ」

「……理事長って普段何してるの?」

「さあね? 書類仕事とか、この学園の管理全般じゃない? 知らない。あの人とは初日以外話さないし、集会で顔を見るくらいだわ」

「集会なんてものがあるのね」

「月に一回ね。すごいのよ。先生達が並んでて、制服が乱れてないか、歩き方はおかしくないかチェックされるの。すごいんだから」

「昼間はそんなに厳しいのに、夜はすっからかんってわけ?」

「昨日は危なかったわね。とうとうわたくしも問題児設定されて呼び出されると思った」

「でも、そうはならなかった?」

「ふふっ。わたくしね、ソフィア先生に逃がしてもらったの」


 新しい糸を籠に入れた。


「ロザリーは見つかった?」

「へーリオス先生に」

「それ本気で言ってる?」

「ええ。アルテと反省文コンテストで優勝を目指してるの」

「ふふっ! またクラスに伝説が出来るわね」


 スレッドがビーズを籠に入れ、ボタンを入れ、レジに置いた。


「スレッド、あの古城、いつから来てるの?」

「夏くらいかしら。サリア先生が行ってたのよ」

「……サリア……先生が?」

「あの期間、見張りの仕事でもあったのかしらね。夜中にサリア先生が決まった時間に職員寮から出てきていたの。最近はないんだけどね。それで、面白半分で追いかけてみたの。そしたら」

「旧校舎に入っていった」

「近づくなって言われたものには皆近づきたがるわ。だって貴族のお嬢様は時間だけは有り余ってるんだもの。ちょっとした悪戯だってしたくなる」

「でもあそこは罠だらけでしょ。よく屋根裏部屋なんか見つけたわね」

「あら、ってことはロザリーはまだないのね」


 レジを終え、スレッドが荷物を肩に担いだ。


「何が?」

「幽霊よ。メイドの。ずっと泣いてるの」

「は?」

「追いかけてくる。しかも全力で」

「……」

「そのメイドに追いかけられたら、導かれるようにあそこを見つけたの。それ以降、あの古城ではあそこにしか行ってない」

(メイド……?)

「第七夜、誰も居ない城をうろつくメイドの影が時々現れる」


 あたしは隣を見た。猫の姿のドロシーが可愛らしく転がっていた。再びスレッドに視線を戻した。


「それは……あの城のメイドってこと?」

「知らない。あのとんでもなく恐ろしいメイドが誰であれ、あの古城の歴史がどうであれ、今を生きるわたくしにはどうでもいい話だもの。わたくしはあの城のあの糸車の部屋に行ければなんだっていいの。あそこ妙に落ち着くのよね」


 店から出たスレッドがあたしに振り返った。


「ロザリー、アルテに何言われたか知らないけど、あの城は貴女の言った通り、夜中は罠だらけの呪われた旧校舎。あまり首突っ込むと、今度は反省文の世界大会を狙わなくちゃいけなくなるわよ」

「課題論文のレポートにしようと思ってるの。面白そうでしょ?」

「どうかしらねえ? サリア先生は反対しそうだけど」

「……サリア先生、優しい人よね」

「ええ。今まで見たどんな先生よりも大好き。頭良いし、字が綺麗で、美人だわ。気遣いもお手の物。あんな大人になりたい」

「……わかるわ」

「探偵令嬢のロザリー・エスペラント様、古城についてなら、料理クラブの二人の話も聞いてみたら? あの二人、相当な時間あそこにいるみたいだし」

「ああ……確かに」

「時々ケーキをつまみ食いしに行くのよ。二人とも分けてくれるから」

「聞いてみるわ。ありがとう」

「もし屋根裏部屋の歴史についてわかっても、わたくしには教えないでね。折角の部屋が呪われてたなんて話を聞かされて、いられなくなったら大変だもの」

「ええ。教えないでおく」

「レポート楽しみにしてるわ。じゃあね」


 スレッドが荷物を担ぎながらカフェの方へと歩いていった。あたしは手持ちの手帳に情報をまとめる。


(スレッドはサリアを追いかけてあの古城に辿り着いた。歩いていたら泣いてるメイドに全力で追いかけられ、屋根裏部屋に辿り着いた。以降、行き来してるのはあのルートのみ)


 サリアは何の為にあの古城に行っていたのだろう。


「今頃職員は大騒ぎだね。折角の休みがミーティングで潰れてそう」

「泣いてるメイドの幽霊……。そんなの見たことない。子供なら見たけど」

「子供?」

「ええ。飼育係に殺された哀れな子達よ」

「何かと血みどろい歴史がありそうだね」

「ドロシー、本当に何か知らないの?」

「君、いわくつきの家に引っ越して住んでみたいと思う? 見学で行けたとして、一晩そこで過ごしたいと思うかい? ……おっと、良い顔するね。君。素晴らしい反応だ。そう。ボクも同じ気持ち。風から噂を貰っても、その噂が真実かどうか確かめようとは思わない。結界が張られている以上、魔法使いは歓迎されてないようだしね」

「そもそも、結界なんて誰が張ったって言うの? アルテは……学園全体がグルだって言ってたけど、だったらサリアを雇ったのはなぜ? サリアはベックス家のメイドで、お金にも困ってなかったわ。サリアにもしものことがあったら、ママが出てくるわ」

「こういう考えはどうだろう。大前提にオズが裏で指揮棒を振っているのならば、サリアは君やメニーをおびき寄せる最高の餌となる」

「……」

「ここはオズが一泡食わされた場所だからね。無関係とは思えない」

「あの城の人達はやらかしてくれたわね。オズを疎かにするなんて」

「偉大なる魔法使い様はいつだって皆の嫌われ者さ。呼び出しさえしなければ気づかれまいと思ってたんだろうね。その考えはとても安易だ。そこらへんはね、ボクですらオズを哀れに思うよ。皆のために尽くしていた王様は、皆に利用されるだけ利用され、それでおしまい。オズが怒らない理由がない」

「だからって呪う? そもそも悪いのは金の食器を割って、オズを呼ばなかった城の奴らであって、ターリア姫は何も関係ないじゃない」

「代償は大きかったってことだね」

「オズの悪いところよ。関係ない人も巻き込むから恨み憎しみ呪いなんてものが生まれるのよ。男や女を一括りにしてるようなもの。だから嫌われるんだわ。経験者はね、よくわかるのよ」

「オズにとっては人間皆同じだからね。あいつが贔屓にしてるのは意地悪人魚だけ」

「オズよりもサリアのことが気になるわ。旧校舎についてもまだ情報が欲しい。あのチーズとハチミツコンビはどこにいるかしら。ドロシー、わからない?」

「ヨガ教室。そこ」

「……たまには役に立つのね」

「ありがとうくらい言えないの? 君ね、いつか後悔するよ。『あの時、大切な言葉をもっとドロシー様に使っておくんだったわ』ってね」

「そんな日が来たら、ぜひ心の中で思っておくわ」


 あたしはドロシーが指差した方向へと歩いていった。



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