第1話 作戦実行
美しい女性が廊下を歩いている。見回りをしていた警備員が聞いた。
「失礼、どちらへ」
「生徒を見かけたと通報がありまして」
「まあ、こんな夜中に。ご苦労様です」
「全くですわ」
女性は自分の担当をしているクラブの教室へ大股で歩いていき――扉を開けた。
振り返ったあたしと、クレアの目が合った。
「あいつらが、あいつらが何かしたのです……。絶対、そうに違いないのです。でないと……先生は……!」
涙を流すアルテを抱きしめ、背中を撫で続ける。
「アルテ」
クレアがそっと近づいた。
「泣き声が聞こえると思ったら。夜中に生徒が歩いてたと通報がありました。あれは貴女達ね?」
「クレア先生、お逃げください!」
アルテが目を真っ赤にさせて怒鳴った。
「ここはおかしいです! イかれた者どもしかいない! この学園は、どうかしている! このままではクレア先生までおかしくなります!!」
「まあ、驚いた。アルテ、随分パニックになってるみたい。どうしたの? ほら、泣き止んで。泣き声が聞こえたら他の先生もこちらへ来てしまうわ」
「もう見つかってます」
アルテを撫でながらあたしが言う。
「ヘーリオス先生に寮に戻るよう言われたんですけど、アルテが抗議に行くと暴れるので」
「堪忍袋の緒が切れました。この学園の者たちは許されないことをしました。父に報告します。そしてサリア先生を救出します。我が国の軍が来れば、簡単な話です!」
「アルテ、落ち着きなさい。深呼吸をしましょう。あたくしの呼吸を真似して」
クレアがアルテの手を握り、一緒に深呼吸する。アルテの涙が徐々に止まっていく。クレアがハンカチを差し出すと、アルテが顔を拭った。
「何があったの?」
「……廊下に出ていいですか?」
「そうですね。アルテ、ここにいて。いい? 動いちゃ駄目よ」
「……」
「エスペラントさん、さあ、こちらへ」
灯りをアルテの側に置いたまま、二人で外に出る。向かい合って、声を潜める。
「GPSのメッセージ通りよ」
「貴様のメイドが古城に閉じ込められた」
「朝になったらなんてことない顔で現れるかも」
「どうだろうな」
クレアが廊下の窓を眺める。
「結界は弱まってる。けれど、良くないものも目覚め始めている」
「クレア、そろそろ本当のこと教えてくれない? 何が狙いなの?」
「母上の元で働いてた元侍女が殺された。遺体で城下に戻ってきた」
あたしは眉をひそめた。
「家族の者から相談があった。この学園の教師として働くことになり、エメラルド城から出ていった。教師は彼女の夢であり、ようやく夢を叶えられたと思われた。母上も喜んで見送った。しかし、しばらくして連絡が途絶え、学園に連絡をしても忙しいから出られないの一点張り。騎士を派遣し学園の周辺を捜しまわった結果……遺体で放置されていた。学園から少し離れた距離だった」
「……」
「学園に連絡したところ、彼女は実家に帰ると言って学園に出て行ってから連絡が取れずにいたと主張した。調べてみると、同じような被害が多数存在した。被害者家族は多額の【支援金】を渡され、黙殺状態にあった」
「何よ……それ……」
「その通り。異常だ。だからスパイを入れた。絶対にバレないスパイを。紫の魔法使い様にもばれない、完璧なスパイを潜り込ませた。しかし、何の縁だったのか、ベックス家のメイドが派遣されてやってきてしまった」
「……」
「利用できる道具は多い方がいい。監視のもと、しばらく泳がせてもらった。彼女は実に素晴らしい行動をしてくれた。我々は感謝している。彼女が正気の時、手掛かりを大いに残してくれたのだから」
「クレア、サリアの問題は何も考えてなかったママのせいだとして……お前……」
クレアを睨む。
「自分の従妹を利用したの?」
「……セーラだけじゃない。匿名の手下を潜り込ませている」
「セーラは楽しみにしていたわ。初めての学園生活。キッドから、お前から提案されたから、貴族としてふさわしい振る舞いをって……笑顔で……それを……」
「ならばこのまま黙殺していろというのか。この異常事態。おかしな学園。旧校舎という呪われた古城。魔力者を受け付けない結界。全てが仕組まれたこの学園を、野放しにしてもいいと?」
「でも」
「誰が貴様のメイドを助けられる? 貴様か? 貴様自身であの古城に立ち向かう気か? 無駄な提案はするものではない。テリー・ベックス。だからお前は愚かで浅はかなのだ。感情と心に簡単に揺すられるちっぽけな小娘だ」
クレアの目が、あたしを逃さない。
「世の中は理不尽で溢れている! この学園は、我々にとって理不尽、不利そのもの! 抗う為には身内だろうと部下だろうと全てを利用するまで! そうしてあたくしは、また勝利を収める! 今までのように、この悪徳学園の闇を暴いてくれよう! 勝者こそ正義! 我こそ正義! 勝つのはあたくし! それが決められたことなのだ!」
あたしの視線が足元に移動した。クレアが髪を払った。
「貴様にだけ特別に教えておこう。実は今回、あたくしはとある賭けをしていた。敗者狙いの賭けだったが、常に勝者のあたくしはやっぱり賭けに勝ってしまった。……テリー」
クレアの手があたしの顎を掴み、上に上げた。そこには――優しい瞳が待っていた。
「中毒者事件には、必ず貴様がいる。いてほしくなくとも、呼ばなくとも、貴様は自らの足でやってきてしまう」
なぜ。
「救世主ならばあたくしがいる。なのに無力な貴様が来てしまう」
なぜ。
「毎回、何度も。関わりを断とうとしても、貴様がやってくる。どうしても来る。来てしまう。まるで、貴様自身が呪いの道を辿っているかのように」
「……」
「ここで会いたくなかったわ。ダーリン。……本当に会いたくなかった」
貴様が来なければ、
「この事件は、ただの人間の、異常な事件で終わっていたのに」
クレアがゆっくりと笑みを浮かべた。
「セーラは怯えているだろう。あたくしやリオンに似て、妙に勘が鋭いからな」
「……貴女がいる気がしてるみたいよ」
「気配を隠しているのに」
「……セーラだけでも帰さない?」
「テリー、全ての準備が整ってしまっている。もう引き返すことはできん」
「まだ大丈夫よ」
「サリアがいなくなったこのタイミングで家に帰すのか。なかなかのタイミングではないか」
「……」
「そのような顔をするな。ロザリーよ、この崇高なるあたくしが、貴様のするべきことを伝えてやろう」
クレアがあたしの耳に囁いた。
「アルテから目を離すな」
――あたしはクレアを睨んだ。
「一人にさせると、何をしでかすかわからない」
「……それは、……ええ。……今夜で納得した」
「彼女はああ見えて、非常に愛情深い令嬢だ。親の教育の質が伺える。人のためならば、自分を犠牲にするのも厭わない」
「……」
「いいか。アルテから目を離すな。今のあの子を止められるのは貴様だけだ」
「……わかった」
「そして、これは忠告だ。この学園で異常な行動をとるな。怪しまれた瞬間、命はないと思え」
「……」
「エスペラント男爵令嬢として、解け込め。誰が敵なのか探るな。考えるな。敵の一員となれ。ここは奴らの巣だ。どこに何がいるのかわからない。あたくしすらな。それを誤魔化すための結界だ。見つけたら壊せ。愛するあたくしのために。……それまでは、どうか楽しい学園生活を謳歌なさって。ロザリー・エスペラント」
学園生活を謳歌しろって、そういうこと……?
(結界が壊されない限り、クレアは動けない)
逆に言えば、
(結界を壊さなければ、あたし達に未来はない)
「今夜はアルテを連れて戻れ。一女学生として」
「……わかった」
「……」
「……悪かったわ。口出しして」
「貴様の理不尽なクレームは慣れている。謝罪の代わりに今度お前の時間を貰う事にしよう。それで全部チャラにしてやる」
「……」
「あら、ダーリン。あたくし、今この瞬間、貴女の心を読んでしまったみたい」
クレアが優しい手付きであたしを抱きしめた。
「人間はそう簡単には死なん。サリアは無事だ。あたくしを信じろ」
あたしの手がクレアのネグリジェを掴む。
「くれぐれも愛しいあたくしのために頑張ってね。ダーリン」
「……戻るわ」
「まあ、ダーリンったら。熱いキスは?」
「そんな気分じゃない」
クレアを押しのけてドアを開けると、アルテが机の上に寝転び、眠っていた。
「……」
「まあ、アルテったら眠ってしまったみたい」
クレアが深く息を吐いた。
「ルビィ」
「連れてく」
「ソフィア」
「見回るふりをして、他の生徒を寮に戻します」
「リオン」
「見回りはみんな寝かせた」
「メニー」
クレアが振り返った先に、メニーが立っている。
「テリーを頼む」
「もちろんです」
「絶対バレてはいけない。一人残らずだ。解散!」
罪滅ぼし活動ミッション、七不思議を追う。四夜目。
(……後味の悪い終わり方ね)
クレアが部屋から出ていった。そして、大声を上げた。「こら、そこで何をしているの! お待ちなさーい!」アルテは泣き疲れて眠っている。あたしは暗い窓を眺める。
(とんだ夜になったわね)
外はまだ暗い。
(……ん?)
あたしの足が窓へ動く。
(何かある……?)
窓へ近づく。
誘われる。
「聞いてちょうだい」
「あそこには近づいては駄目」
「呪われてる」
「近づく若者がいたらお止めになって」
「これから毎年死者が生まれるでしょう」
「姫を求めて」
「一人」
「また一人」
「城に入ってもたどり着けない」
「茨が邪魔をする」
「近づいては駄目」
「近づいては駄目」
「近づいては駄目」
「今夜はここまでだ」
――肩を掴まれ、耳に囁かれる。
「テリー」
――振り返ると、ドロシーがあたしの両肩を掴んでいた。
「大変なことになったみたいだね」
「……」
「一度部屋に戻ろう。……メニーが心配してる」
更に振り返ると、メニーが心配そうにあたしを見ていた。あたしに近づき、手を握りしめる。
「……戻ろう。テリー」
「……」
「面白い資料を見つけたの。テリーの部屋で簡単に説明するから」
「……ええ。そうね」
「……窓に何かあった?」
「……いや、……何でもない」
今夜は色々あって疲れた。
「あたしもあんたに説明したいことがあるの。戻りましょう」
「うん。……ドロシー、おいで」
「にゃん」
「リトルルビィ。……アルテをお願い」
リトルルビィが頷くと、突風が吹いた。瞬間移動のお陰で、アルテは一瞬で自分の部屋の寝床につけることになったのだった。
(*'ω'*)
濡れた髪を拭いながらメニーと向き合い、ベッドに座るリトルルビィがドロシーを膝に乗せて欠伸をした。
「まず、テリーとアルテが旧校舎に入った後、わたし達も中に入ったの」
「入れたのね」
「うん。魔力を表に出さないことには慣れてるから、いつも通り行ったら入れた」
(クレアと違って自分は我慢強いって自慢してるのか、こいつ)
「それでもやっぱり入れる時間は限られてる。わたしの場合、3時間が限度かな。それ以上いると眠くなってきそう」
「……眠くなってきそうって?」
「そういう空気に押し付けられてるような気がした。3時間はわたしの魔力がわたしを守ってくれるけど、それ以上いたらあの空間に押しつぶされて、眠ってしまう。……今回は大丈夫だったけど」
「資料は?」
メニーが古びた冊子をテーブルに置いた。
「テリーの質問に答えられるよう、見つけたよ」
メニーがページをめくった。
「あの古城、今まで紹介っていう形で人の手から手へと渡ってきたみたい。契約書の記録があった」
あたしは記録を見てみた。
「でも見ての通り、長くて二週間で契約を解除してる」
「これ、どこで見つけたの?」
「エントランスホールから見て、右の部屋の棚にあった。その部屋の棚には現代文字の記録書や、契約書が山のようにあって、リトルルビィと一緒に調べてたの」
「他の部屋は?」
「リトルルビィが行ってきてくれたんだけど、古代文字で書かれたものが多かったみたい。だからとりあえず、その部屋にある資料だけ見てた」
「ドロシー、メニーやリトルルビィにも古代文字読ませるようにして。でないと進まないわ」
「メニー、後でやってあげるよ」
「ありがとう。ドロシー。……でも、そこでね」
メニーがあたしに薄い冊子を出した。
「これを見つけたの」
あたしはその冊子を開いてみた。
城の暮らしについて、日記を書こうと思う。
しがないサラリーマンだった私が、今日から城の管理人となった。
こんなに嬉しいことはない。家族も連れてきた。息子のジョージは遊び回り、妻のミーシャは料理を楽しんでいる。しかし、24時を過ぎるとトラップが発動されるらしい。家族には24時を過ぎてからは危険だから出歩かないように忠告している。それさえ守ればここはパラダイスだ。週末には友人も呼ぼう。ああ、楽しみだ!
城の暮らしの二日目。
何不自由がない。足りないものがあれば、古いが、この城に置かれたもので代用できる。私はこう見えて、DIYが得意なんだ。今までだって材料さえあれば家具でもなんでも作ってきた。今日はジョージの机を作る予定だ。ジョージはこの城が大好きだと言っていた。な*でも、お友達が出来たそうだ。きっと城内に置かれたぬいぐるみや人形のことだとは思うが、そ*でも彼にとってはお友達なのだ。想像力は人間にとって大切なことだ。いやいや、とても素晴らしい。さて、ミーシャが待っている。愛しい妻に会いに行かなくては。
三日目。
ミーシャが城*出て*きたいと言っ*きた。こんな*素晴らし*城な*に。理由*尋ねると、この城に来てから**を感じるらしい。歴史**建物には彷徨う*だってとりつく。今日*彼女の側**てあげよう*思う。きっと新**環境に慣れ*のに時間がかか*ているのだ。可哀想な****。ジョージ*元気*。今日*かくれんぼ***遊*だ**だ。
四日目。
朝**ミーシャ***叫んで私を起こ**きた。ジョージが******と言って、私も***捜しに出た。ジョージは地下**にいた。見つけた時は、心から安心した。ジョージになぜこんな**を**のか聞いたら、血だらけのお化け*追い****たというんだ。子供を狙う男が**と。ここには以前の**に村の騎士***いない。私は**な心を抱*て城内を歩き回っ**、誰も****た。ミーシャは城から出ていきたがって*。家族を優先する*が先決だろう。けれど、せっかく手に入れたこんな*****城を手放したくない私も存在する*だ。
五日目。
ミーシ*が****にか*って怪我をした。頭*****よ*った。足*弓矢**さっただけ*。医者にわざわ*ここま*来て*らった。今後*こと*祈ってもら**と思っ*、つい*に一緒に*父様*来ても***んだが、この男がイ*チキだっ*。この*は呪わ**いて、とても**ないと言われた。そんな**を言えば信憑性が*まると思ったのだろう。インチ*に払う*はないと思い、早々に*ってもらった。ミーシャが**ックを受けている。彼*が心配だ。今日*私*夕*を用**ようと思っ*い*。
六日目。
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ぼくは、じょーじ。
パパもママもしんじゃった。
かなしむことはないってみんなが言うから、
きょうもみんなとあそぼうとおもいます。
かくれんぼするんだ。
メニーがもう一冊薄い冊子を出した。あたしはめくった。似たような内容が別の筆跡で書かれていた。メニーが二冊薄い冊子を出した。似たような内容が別の筆跡で書かれていた。何冊も、大量に、何十人、何百人もの人物が、この城で命を落とすか、不幸な目に遭い去っている。
「あの古城の呪いは今も続いてる。確実に、この学園に浸透して、学園全体が呪いに包まれてる」
「……」
「テリーの聞いてたターリア姫について書かれてる日記もあったの。これだよ」
メニーがページをめくった。
その昔、この城ではターリア姫という美しい姫がいたそうだ。16歳の誕生日に眠るという呪いをかけられ、城に閉じ込められてしまったと。勇敢な若者が彼女を求めて城に乗り込もうとしたが、茨に巻き込まれて死んでしまったそうだ。今の時代はラッキーだ。茨なんて一つもない。今まで管理をしてきた人達が全て取り除いてくれた。俺は実に運がいい!
「この人も最後は亡くなってるみたいね」
「あの古城、昔は茨だらけだったんだって。……マールス小宮殿を思い出すね」
「思い出させないで」
「ターリア姫はあの城の呪われたお姫様で合ってるみたい。で、眠った後、運命の人とのキスで起きると言われていたから、各地の王子様があの古城に挑んだんだって。その結果」
「茨に巻き込まれて全員死亡」
「いわくつきの古城」
「それを理事長が買い取った」
「学園にした」
「その周りに新校舎を建てて」
「いずれ旧校舎を壊すと予定され、未だ手を付けてない」
「……」
「カリスっていうメイドについては……わたしが読める文字の資料にはなかった。また調べてみるから」
「何から何まで気味の悪い城ね」
「今夜はもう休もっか。それからまた考えよう?」
メニーがリトルルビィの膝にいるドロシーを撫でた。
「ドロシー、古代文字の件、お願いできる?」
ドロシーが目を閉じ、ふわふわの猫の尻尾を振ると、メニーとリトルルビィが光に包まれた。一瞬、目が光り、元に戻り、リトルルビィがごろんと寝返りを打った。
「これで読めるよ」
「ありがとう」
「はあ。リトルルビィ、君の膝なかなかいいね。前よりも筋肉がついてボクの頭には最高の固さだよ」
「ドロシー、あたしの魔法の件は?」
「もう疲れちゃったからいいだろ。今日は」
「あんたっていつもそうよね。そういうところよ。だから役立たずって呼ばれるのよ。お前」
「呼んでるのは君一人だ」
「ところでお姉ちゃん、明日は学校お休みだけど、どこかに出かけたりする?」
「……そうね。朝はゆっくりできそう」
アルテの様子を見に行こう。
(せっかくの休日ですらゆっくりできないなんて、最低)
あたしは大量の資料を見て、溜息を吐いた。
闇の奥から響く吐息は、今もその場で待っている。
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