第26話 学園七不思議、第四夜


 無反応のセキュリティ機器を素通りし、暗い廊下を進んでいく。旧校舎に近づくと、石を渡るアルテの姿が見えた。


 ――カエルのようにぴょんぴょこ、ぴょんぴょこ。一段、二段と飛んでいけ。ぴょこぴょこ渡れ。ぴょんぴょん飛んでけ。さすればゴール。門の前。


 アルテが振り返った。あたしと目が合う。アルテが手を振った。あたしも手を振って、石を渡った。


「お待たせ」

「セキュリティの機械、どうやって通った?」

「目の前を歩いていったわ」

「あれやっぱり壊れてるよね? 管理人、疲れてるのかな」

「ランタンをつけて歩いてたのに、全く反応がなかったわ」

「あ、持ってきたの?」

「流石にね。旧校舎は暗すぎるから」


 時計の針が1時を回った。音は鳴らない。アルテがあたしを見た。


「今夜も行こ。ロザリっち」

「ええ」


 罪滅ぼし活動ミッション、七不思議を追う。四夜目。


 門に仕掛けられた小さな扉から入り、今夜も草原と茨に囲まれる不気味な古城へと歩いていく。アルテとあたしがランタンに火を灯し、古城の扉を開け、中に入る。ソーレとルーナの像があたし達を出迎えた。アルテが息を吸い――唄った。


 学びを求める子羊よ、

 貴女の夢を叶えましょう。

 朝は太陽神ソーレに祈れ。

 夜は月神ルーナに祈れ。

 薔薇の茨をくぐり抜け。

 塔の頂点に君臨せよ。

 未来を知るのは糸車のみ。


 ――糸が階段にぶつかった。


「今夜は階段だね」


 エントランスホールの中心にある階段を見上げる。


「どこまで上がろうかな」

「行けるところまで行ってみたら?」

「んー、それでもいいかもね」


 そういえば昨日、リオンがヘンゼルとグレーテルが階段の物を退かしたと言っていた。あれはどうなったのだろう。


 アルテが前を進み、あたしが後ろから進んでいく。二階へ上り、その上を見上げる。


「あれ」

「ん?」

「ロザリっち、……物が退かされてる」

「……」

「この間まで、そこの階段、物があって通れなかったの。だから昨日も遠回りして……」


 アルテが首を傾げた。


「腕力のあるお嬢様が……退かしたのかな……」

「新しい道が出来て悪い事は無いわ」

「確かにね。罠でなければいいけど」

「階段にはないみたいよ」

「……おっと、こいつは」


 階段にフィルムが落ちている。


「ロザリっち、新たなフィルムを見つけた。これは見なければいけないと、わては思うね!」

「賛成」

「メランもいるのかな」


 絵画の部屋から音が聞こえない。今夜はいないようだ。アルテと映写機のある部屋に入り、フィルムをセットした。ハンドルを回すと、画像が流れるように映り、映像のようになっていく。


 そこには、馬、牛、鶏の世話をする飼育係が写されていた。飼育係がカメラ外へ消えた。すると、手前からよたよたと小さな女の子がやってきた。動物達が女の子を囲い、女の子は笑顔でその場に倒れた。動物達が女の子を好き放題舐めていると、飼育係が戻ってきて、腹を抱えて笑い出した。――フィルムはここで終わっている。


「七不思議に関係ありそう?」

「動物でしょ? ……第四夜、誰も居ない壁の中から動物の声が聞こえてくる……っていうのはあるけど、これかな?」

「後付けみたいね」

「目的地にしてみる? 物は試し」

「いいわ。行ってみましょう。マスターキーはあるし、入れないことはないもの。……えっと」


 あたしはテーブルの上に地図を広げる。あたしの目が古代文字を理解して眺める。


「動物小屋、ここじゃない?」

「……ん。多分ここだと思う。……よくわかったね」

「勘よ」

「ふひひ! ロザリっちって鋭いのか鈍いのかよくわかんない!」

「失礼な」

「ちょっと遠いね。キッチンの下らへんかな。……行ってみよっか」

「ええ」


 地図を基に、罠に気を付けながら廊下を進んでいく。地図に×があるところはアルテを止め、糸で確認する。時々上にも投げて確認してみると、ナイフが飛んできたり、弓矢が飛んできたので、あたしとアルテは身を屈ませながら慎重に進んでいった。


「ここら辺トラップ多くない?」

「わてら、よく怪我無く進んでるよ」

「地図がないと無理だったわね」

「本当それ」


 重たい扉を開ける。見たことのない庭に出た。既にボロとなった動物小屋が建っている。アルテがドアを開けた。埃を被った藁だけが残されていた。ランタンで周りを照らす。あたしが気が付いた。


「アルテ、そこに何か落ちてない?」

「ん」

「待って。(……罠はないか)……拾ってみる」


 記録書、と記載された冊子を拾い、めくってみる。


 報告します。

 陛下、最近、動物達の様子がおかしいです。何かに不安がっているようです。姫様も、もう少しで16歳の誕生日。何かを察しているのかもしれません。動物達は敏感ですから。……感じます。北の風と南の風が小さくぶつかりあっている。もう少しで竜巻が起きる事でしょう。使用人達に、外に出ないようお伝えください。動物達は心配ありません。いつものように、西棟の動物部屋に移そうと思います。


 何事もなければいいのですが。私も……少々不安です。



「……西棟の……動物部屋……」

「ロザリっち、地図広げて」

「ええ」


 藁の上に地図を広げ、ランタンの灯りで確認する。


「西棟……ここから行けるね」

「案外近いみたい」

「そりゃあ、動物達を移動させる際に、遠かったら大変だもの。うちの実家にもあるんだ。外と中に動物用の小屋。嵐が来る時に移動させるんだけど、飼育係はいつも大変そう。馬が言うこと聞いてくれないから」

「今日のあたしの馬みたいね」

「そうそう。まさにあんな感じ。ふひひ!」


 地図を閉じ、アルテと確認した通路を歩いていく。再び建物の中に入り、西棟へ繋がる通路を目指して歩いていく。×がついてる場所に来た。アルテが糸を転がした。地面に穴が空いた。あたしとアルテが覗いてみると、棘が無数に用意されていた。


「串刺しだけは勘弁」

「こっわ」


 地面が元の床に戻り、あたしとアルテが先を進んだ。


 ところが、


「うわ、最低」


 アルテが呟いた。通路の先が椅子が積み重なり、塞がられていた。


「これはどうしようもないね」

「遠回りできないかしら」

「ロザリっち、地図広げて」


 地面に地図を広げ、二人で確認する。


「上から行けるね」

「ええ。四階に上がって、西棟に行って、階段を下れば行けそう」

「エントランスホールに戻ろうか」

「そっちの方が早いわね」


 地図を閉じ、来た道を戻っていく。エントランスホール。階段を上る。二階。また上る。三階。――四階に通じる階段はまた別の場所だ。


「ロザリっち、こっちだっけ?」

「そうよ。トラップがあるから気を付けて」

「ん」


 糸を転がし、再びトラップを発動させ、解除されたら先に進む。廊下を真っすぐ進んでいくと、階段が見えた。アルテが進んだ。あたしも進もうとして――上からシャンデリアが落ちてきた。


「うわっ!」

「え!?」


 アルテが振り返った。あたしは階段から転げ落ち、シャンデリアを回避した。


「ロザリっち?」

「大丈夫よ!」


 立ち上がる。ランタンを見る。ちょっと欠けてるが、使える。


「怪我はない。ちょっと転んだだけ!」

「それなら良かった」


 ――シャンデリアは上に上がらない。


「……これ、トラップじゃなくて、本当に落ちたやつじゃない?」

「……ロザリっちもそう思う? わてもそんな気がしてる」

「どうする?」

「来れそう?」

「……」


 あたしは階段の隙間を見てみる。首を振る。


「無理」

「他に道ありそう?」

「ちょっと待って」


 地図を広げてみる。


「……北に……階段があるわ」

「ん。そっか」

「アルテはこのまま西棟に向かって。あたしも追いかけるから」

「わかった。……ロザリっち」


 アルテが上から何かを投げた。あたしはそれを受け止める。――糸が二つ。


「トラップに気を付けて」

「ありがとう。……アルテも」


 アルテが階段を上がり、先に進んだ。しばらく足音を聞いて――聞こえなくなってから、あたしは手を叩いた。


「リトルルビィー?」


 もう一度手を叩く。


「メニー」


 二人は来ない。


(……今夜も一人で行動パターンね。いいわよ。期待なんてしてなかったから)


 あたしはもう一度地図を見てみる。


(北通路を行った先に階段がある。トラップもないみたいだし、このまま進もう)


 今回はランタンがある。持ってきて正解だった。周囲を照らし、ゆっくりと進む。


(こんなところで勉強してたなんて、未だに信じられない。あの理事長、やっぱりおかしい。ニコニコ笑ってる裏は何考えてるかわかりゃしない)


 通路が続く。


(随分長い通路だわ)


 通路が続く。


(……)


 通路が続く。


(……どのくらい続いてるんだろう)


 通路が続く。


(まだ着かないのかしら)


 通路が続く。


(何分くらい歩いた? まだ……一分くらい?)


 通路が続く。


(もう何十分も歩いてる感覚)


 通路が続く。


(一体いつまで歩けば……)



「お姉ちゃん」



 呼ばれて、足を止める。ゆっくりと振り返る。


 ――小さな男の子が立っていた。


(……誰? っていうか、なんでここに……男の子が……?)

「お兄ちゃんを探してるんだけど、見なかった?」

「……お兄ちゃんって?」

「かくれんぼしてたの。そしたらどこかに行っちゃった」


 男の子が笑った。


「見つけてきてよ」


 はっとした。男の子の手にマスターキーがあった。あたしはポケットに触れた。――ない!


「見つけてきて」

「ちょっと……」


 男の子が走り出す。あたしは追いかける。


「鍵返して!」

「見つけてきてよ」


 男の子が寮扉を開けた。視界にホールが広がる。男の子が積まれた椅子、テーブルを上っていき、頂上に座って、あたしを見下ろした。


「お兄ちゃん、隠れるの上手で、僕疲れちゃった。だからお姉ちゃん、探してきて」


 男の子が指を差した。


「あっちのドアの先で隠れてるはずなの」


 振り返ると、ドアが勝手に開かれた。もう一度見上げると、男の子は楽しそうにあたしを見下ろしていた。


「お願い。頼んだからね。見つけてきたら、この鍵返してあげる」

「……」

「本当だよ? 約束する」

(……だからガキは嫌いなのよ)


 ここには、魂が縛られているとジャックが言っていた。――目の前にいる子供が、生きてるのか死んでるのかも、わからない。


「……わかった。見つけたら……返してよ。ちゃんと」

「いいよ。約束する」

「……はあ……」


 あたしはランタンを前に出し、ドアの方を見る。


(大丈夫。かくれんぼしてる男の子を……見つけるだけ)


 ドアの前の壁に古代文字で書かれていた。――東の棟。


(……怖くない。何も怖くない。隠れてるガキを探すだけ)


 廊下を進むと分かれ道。あたしはアルテから借りた糸を転がした。右に進む。廊下は静かだ。――後ろの方でドアを開ける音が聞こえた気がして振り返る。子供の笑い声と、足音が響き渡る。あたしは来た道を戻ってみる。誰もいない。左の道を行ってみる。歩いていると、また笑い声と走る音が聞こえた。


(……ん?)


 紙が落ちてるのが見えた。あたしはそれを拾ってみる。


 ――こっちだよ。


「……どっちよ」


 あたしは先に進むと、角に曲がった。紙が落ちてる。拾ってみる。


 ――順調だよ! その調子!


 ドアを閉める音が聞こえた。はっとして、ランタンを向けてみる。部屋の前に紙が置かれていた。慎重に拾ってみる。


 ――謎を解いてごらん! わからなければ、テーブルにヒントを置いてるからね!


 ドアノブを掴んでみる。……周りが騒がしくなる。


「その部屋に入るの?」

「入って大丈夫かい?」

「クスクス! くすくす!」

「よく考えて入るんだよ」

「もしかしたら首を飛ばされるかも」

「もしかしたら手首を飛ばされるかも」

「もしかしたら足首を飛ばされるかも」

「この城はトラップだらけ」

「殺されちゃうかもしれないよ!」

「クスクス! クスクス!」


 クスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクス!!


 ――ドアを開けると、急に周りが静かになった。振り返る。――誰もいない。


「……」


 部屋を観察する。客室のようだ。――中はとても静かだ。ゆっくりと近づき、窓側に置かれたテーブルに近づくと、メモが置かれていた。ランタンを向け、それを見てみる。


 クローゼットを開けてね!


 ヒントだよ!↓↓↓

 剣を片手に騎士が旅立った。そこに現れたのは4人の農民。なんと9人の聖職者とキスをしたらしい。商人はそんな話をしてキングにまで上り詰めた。


(クローゼット……)


 いくつも置かれたクローゼットの一つに、ダイヤル式の錠がされていた。上にはトランプ模様が描かれており、下には数字式の番号が回せるようになっている。


「……」


 あたしはもう一度メモを見てみた。


 クローゼットを開けてね!


 ヒントだよ!↓↓↓

 剣を片手に騎士が旅立った。そこに現れたのは4人の農民。なんと9人の聖職者とキスをしたらしい。商人はそんな話をしてキングにまで上り詰めた。


(……全くわからない)


 クローゼットの前で立ち尽くす。


(どうしよう。全くわからない)


 笑い声が周囲から響く。考えてるあたしが笑われてるような感覚。しかし、考えていても結局わからない。


「……あ、そうだわ」


 あたしは部屋から出ていった。笑い声が消えた。あたしはホールに戻ってきた。男の子がきょとんとした。


「あれ、お兄ちゃんは?」

「あんた、これわかる?」

「え、何それ」

「下りて確認して」


 男の子が上から下りてきて、あたしの前に止まる。メモを渡すと顔をしかめさせた。


「何これ」

「クローゼットにトランプ模様の錠があったの。わからないからあんたが考えて」

「……え?」

「いや、わかんないから」

「僕もわかんないよ」

「考えたのお兄さんなんでしょ? じゃあ思いつくわよ」

「え、本気で言ってる?」

「言ってる、言ってる」

「え……えー?」

「頑張って。じゃないとあたしも捜せないから」

「僕もわかんない」

「頑張って」

「お姉ちゃんが考えてよ」

「は? あのね、……はあー」


 あたしは男の子の首根っこを掴んだ。男の子がぎょっとしてあたしを見上げる。


「あたしはね、あんたの頼みを聞いてあげてるのよ? あんたが能天気にここで待ってる間、わざわざ捜しに行ってるのに、そこまで面倒見切れないの。わかる?」

「……えー」

「しかも廊下に出るとなんか笑われるんだけど、あれ何? 嫌がらせ?」

「それは……隠れてるんだよ。皆。お姉ちゃんが考えてる姿が面白いんだ。ふふふ!」

「じゃあ、あんたは人に笑われて嬉しいと思うのね! こっちはどこなのかもわからないこの場所で見えない何かに笑われてるのよ? あんた、されたらどう思うのよ」

「……」

「あたしも笑ってあげようか? 指をさして、あんたのコンプレックス言いながら笑ってあげようか? 何よ。この髪の毛。変な髪の毛。触り心地も悪いわ。あはははは!」

「やめてよ!」

「いいわ。じゃあ誰かが笑ってるのあんたが止めて。じゃないとあたしも捜してあげない」

「酷い! なんでそんなこと言うの?」

「こっちはあんたみたいに暇じゃないのよ! 大人を舐めるんじゃないわよ! クソガキ!」

「ひい!」

「このクソガキども!!」


 廊下中に響く声で怒鳴る。


「見つけたらこのガキみたいに、首根っこ掴んで三時間説教してやるわよ! その上で全員のパンツ下ろして、お尻が腫れあがって真っ赤になるまで叩くわよ! それでもいいなら、笑い続けろ! 一生ね!!」


 ――笑い声が一斉になくなった。全く聞こえなくなった。男の子が青い顔で震えている。あたしは顔を近づけた。


「チャンスをあげる。坊や。この謎を解きなさい」

「と、トランプじゃないかな!」

「んなことはわかってるのよ!」

「ひい!」

「笑ってたガキども出てこい! お友達が困ってるわよ! 全員で考えなさい!! 今出てこなければ、三時間説教! そうね! まずは、この坊やからお尻を腫らしてやろうかしらね!」

「うわ、やめて! パンツ下ろさないで! きゃー!」

「おーーーーっほっほっほっ! 情けない姿ね!! 坊や!! おら、クソガキども!! てめえらもこうなりたくなければ、さっさと出てきてこの紙に書かれたヒントとやらを解きなさい! おら、カウントダウン開始!! お尻ぺんぺんまで、さん、に、いち!!」

「やめてーーーー!!」

「「……」」


 廊下から五人の子供達が出てきた。そろそろとこちらへ歩いてきて、震える男の子の側に寄る。あたしは捨てるようにパンツを投げると、それを拾って男の子がパンツを穿き、鼻水をすすった。


「ぐすん……」

「ちょっと見せて」

「うん……」

「あいつなんてもの考えてるんだよ」

「わかる?」

「全くわからない」

「「……」」


 全員があたしに振り返った。あたしは腕を組んで子供たちを睨んだ。子供たちが大人しく打ち合わせを始めた。


「トランプなら模様を考えればいいよ」

「それがわかったら苦労しないって」

「ねえ、あのおばさん、めちゃくちゃ睨んでくるよ」

「怖いよ」

「大丈夫だって。ここは力を合わせよう」

「見た目に騙された。もっと怖がると思ったのに、あんな凶暴だなんて思わなかった」

「殺されると思った」

「皆考えてよ」

「トランプの模様……あ、ママから聞いたことある。トランプのスペードって、騎士を表してるんじゃなかったっけ?」

「ナイス。ジョージ!」

「片手だから1じゃない?」

「農民は?」

「わかんない」

「商人は聞いたことある。ダイヤだよ」

「聖職者は?」

「わかんない」

「農民」

「だから知らないってば」

「「……」」

「勘で良くない?」

「とりあえず解いたふりしておこう?」

「あ、すごく睨んでくる!」

「まさか、僕たちの会話聞こえてるんじゃ!」

「もっと小さな声で喋ろうぜ!」

「……これでいいでしょ。とりあえず」

「解けなかったら全員死刑だぜ」

「三時間説教でしょ」

「お尻も叩かれる」

「寒気してきた」

「お前、愛想振りまいとけよ」

「僕がやるの?」

「元はと言えばお前のせいだろ」

「そうだよ! 僕たちを守ってよ!」

「……よ、よーし」


 男の子があたしに寄ってきた。


「とても綺麗なお姉さん、お待たせしました!!」

「ふんっっ!」


 メモを奪って確認する。スペードの1、クラブの4、ハートの9、ダイヤの13。


「……いいわ。連れてくるからここで待ってなさい」

「あ、あの、お兄ちゃんは、あの、一番頭良くて、悪戯好きなんだ。急に驚かせて来るかも」

「あいつとってもわんぱくだから」

「でも悪い奴じゃないんだ」

「隠れ上手なだけ」

「見つけてあげて」

「……居場所はわかってるわ。教えてあげるから、あんた達が行けばいいじゃない」

「そういうわけには」

「いかないんだよ」

「だって」


 五人の子供が俯いた。


「「見つける前に」」

「……見つけたら、この鍵を返すよ」


 男の子が眉を下げた。


「お姉ちゃん、お願い。お兄ちゃんを捜してきて」

「……わかった。ここで待ってて」

「ありがとう。僕たち、待ってる」

(自分たちで行けばいいのに。変なの)


 子供たちを置いて、再び東棟の廊下を歩く。部屋に戻ろうと角を曲がると――電話が鳴った。


「ひっ! びっくりした!」


 電話が鳴っている。


「何よ、もう! 全く!」


 無視しようと歩くが、電話はいつまでも鳴っている。


「……」


 あたしは来た道を戻り、電話の前に立った。受話器を持ち、耳に寄せる。黙ってると、向こうからか細い声が聞こえた。


『……子供たちに罪はないの。彼らは、この城へ遊びに来ていただけだったんだもの』

「……」

『かくれんぼをして遊んでいたの。皆困ってたわ。クローゼットの掃除をしようとしたら、急に皆で驚かしてきて、困った子達だった。でも、とても可愛くて、微笑ましかった』

「……もしもし?」

『状況を知って、皆はきっとパニックになったんだわ。大人は特にそう。子供たちは変わらなかった。理解するにはまだ早い年齢だもの。だからきっと、いつものようにかくれんぼをして遊んでたんだと思う。大人はパニックになって……エゴを子供たちに押し付けた』


 ――銃声が聞こえた。あたしは振り返る。電話に耳を寄せてみる。電話からもう声はしない。受話器を置き、銃声の鳴った方へ歩いてみる。あの部屋だった。大股で歩き、ドアを開けてみる。


 クローゼットに銃弾の穴が空き、中から血が流れ漏れていた。


「……」


 あたしはクローゼットに近づき、ダイヤルを回した。――スペードの1、クラブの4、ハートの9、ダイヤの13。


 錠が解除された。


「……」


 ゆっくりと手を伸ばす。取っ手を掴む。固唾を飲み――勢いよくクローゼットを開けた。


「うわっ!!」


 腐った小さなミイラが勢いよく地面に倒れた。虫すらもうついていない。ほぼ骨に近い状態。クローゼットの中には、錆びれたナイフと古びた紙が残されていた。何か書かれているようだ。


「……」


 震える手を伸ばし、紙を掴んで見てみる。


 ――神よ、どうか我らを解放したまえ。


「きゃはは!」


 はっとして顔を上げる。男の子が部屋の前であたしを覗いていた。


「こっち、こっち!」


 あたしは追いかける。男の子が廊下を走る。角を曲がった。あたしも角を曲がる。男の子があたしに手を振る。


「こっち、こっち!」


 ホールへ出る。あたしが追いかけようとすると――男の子が撃たれた。


「――っ」


 男の子だけじゃない。子供達が撃たれていく。刃物で血が飛ぶ。悲鳴があがる。子供達が叫ぶ。逃げる。本物のかくれんぼが行われる。しかし、見つかる。殺される。心臓を撃たれ、首を斬られ、手首を切られ、足首を斬られ、命を奪われる。


 子供達の中心に、フィルムに映っていた飼育員の男が立っていた。頭のてっぺんからつま先まで血だらけの男は、あたしに顔を上げた。


「まだ……生き残りがいたのか……」


 似合ってない兵士の剣を構える。


「今……解放してあげよう……」


 ――あたしに向かって走ってきた。あたしは慌ててドアを閉める。剣をドアが突き刺した。あたしは悲鳴をあげ、慌てて走り出す。


「怖くない、怖くないさ!」


 飼育員がドアを開け、東棟の廊下へ追いかけてきた。


「大丈夫! 解放してあげるから!」


(突然、何が起きてるのよ!)


 あたしは靴を脱ぎ、足音を消して進みだす。


(ここから逃げれる場所は……!)


 スカートを引っ張られた。悲鳴を飲みこんで振り返ると、鍵を持った男の子があたしを見上げていた。


「こっち!」


 男の子が走り出した。あたしも走り出す。男の子の友達が腕を振った。


「お姉ちゃん! こっち!」


 あたしはそっちに走った。飼育員のうめき声が聞こえる。友達の友達が手を振った。


「こっちだよ!」


 あたしはそっとへ走った。友達が止めた。


「待って! いる!」


 あたしは息をのむ。飼育員が廊下を歩く。


「どこだい。出ておいで。解放してあげるよ。ここはね、とても危険なんだ。解放してあげるからね。何も心配いらないよ」

「今だ! そっちへ!」


 あたしは走る。男の子の兄が手を振った。


「お姉ちゃん、走って、そっちへ」

「お兄ちゃん、待って」


 男の子があたしの前に来て、鍵を渡した。


「これ、返すよ。ありがとう。お陰でお兄ちゃんとまた会えた」


 あたしは鍵を受け取り、男の子を見つめる。兄と男の子は手を繋ぎ、嬉しそうに笑ってから――あたしに微笑んだ。


「行って」

「気づかれちゃうよ」

「早く」

「振り向かないで」

「走って!」


 あたしは走りだした。


「「走って!!」」


 背後から男の叫び声が聞こえた。あたしは走った。振り向かない。前だけを見て走る。通路が続く。前だけを見て走る。廊下は続く。前だけを見て走る。振り向かずに、前だけを見て走る。痛い、何か踏んづけた。気にしない。蹴とばすと、壊れる音が聞こえた。気にしてる暇はない。前だけを見て走る。どんどん叫び声が遠くなっていく。前だけを見て走る。子供達の笑い声が遠くなっていく。前だけを見て走る。子供達の悲鳴が遠くなっていく。どんどん、遠くなっていく。足が動く。遠くなっていく。遠くなっていく。




 ドアを閉めた。




「……」


 顔を上げる。壁を見る。西棟。


「……」


 乱れた呼吸を整え、深呼吸し、――ようやく振り返る。


(……あれは)


 あたしは首を振った。


(……確信が持てるまで、考えるのはやめよう。証拠がない以上、全部あたしの妄想になってしまうのだから)


 アルテが待ってる。


(……行かないと)


 あたしはゆっくりと、前に歩き出した。



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