第25話 呪いの手帳


 ――授業の終わりの鐘が鳴った。


「今日はここまでにしましょう」


 サリアが教科書を教卓に置いた。


「復習と予習を忘れずに。ありがとうございました」

「「ありがとうございました。サリア先生」」

「掃除をサボらずに。それでは」

「「さようなら。サリア先生」」


 サリアが去り、トゥーランドットがロッカーを開け、箒を持ち、セーラに渡す。渡されたセーラがグースに渡す。渡されたグースがスレッドに渡す。渡されたスレッドがマリンに渡す。渡されたマリンがラビに渡す。渡されたラビがメリッタに渡す。渡されたメリッタがメランに渡す。渡されたメランがフロマージュに渡す。渡されたフロマージュがノワールに渡す。渡されたノワールがブランに渡す。渡されたブランがメニーに渡す。渡されたメニーがリトルルビィに渡す。渡されたリトルルビィがアルテに渡す。渡されたアルテがあたしに渡す。こうして箒を持つ人と、机を拭く人と、黒板を消す人で分かれた。


 ノワールが箒を動かしながらため息を吐いた。


「こんなこと……一般市民に……思ってはいけないのに……わたしは貴族の娘……それなのに……はあ……」

「ノワールお姉様、一体どうしたと言うの? 乗馬の授業から様子が変よ?」

「女は時に……感情に乱されてしまうのよ……。ブラン……」

「なんてこと。とても深い言葉だわ。ノワールお姉様!」

「メリッタ、どっちが綺麗に黒板消せるか勝負よ!」

「望むところよ! フロマージュ!」


 アルテがモップの先をお腹に置き、そのまま前に進み始めた。ラビにぶつかった。お腹に突き刺さった。アルテが青い顔でひっくり返ったのを見て、ラビが申し訳なさそうに眉を下げ、グースとマリンが爆笑した。スレッドが濡れた付近で机を拭き、メニーが乾拭きしていく。あたしは箒を動かし、取れたゴミをリトルルビィが塵取りで取っていく。その姿を廊下から他クラスの生徒が眺める。スレッドがリトルルビィに言った。


「ルビィ、みんな知り合い?」

「ううん。知らない」

「あっ! ルビィ様と目があっちゃった!」

「きゃー!」

「メラン、そこ、トゥーとセーラがやるよ!」

「あ、ありがとう。じゃあお願いね」


 みんなの力で掃除を終わらせ、各自クラブ活動へ向かう準備を始める。しかし、クラブに入ってないメニーとリトルルビィに、勧誘の声が押し寄せた。


「やあ、君がルビィ・ピープルだね! 私はフェンシングクラブの」

「興味ない」

「メニー・エスペラントさん! 初めまして! バレエクラブの」

「あの、ご、ごめんなさい」

「ガーデニングクラブの!」

「うっせぇなぁ」

「ダンスクラブに入るべきだと思って勧誘に来たの! 先日の二人のダンスは感動したわ!」

「興味ねえって」

「ごめんなさい」

(……あたしもいるわよ?)


 みんなあたしを無視してメニーとリトルルビィにばかり勧誘する。ねえねえ、あたしもいるわよ。ねえってば。ぶふっ、と、吹く音が聞こえて振り返ると、クラスメイトがあたしを見て体を震わせていた。


「見て……ロザリーがものの見事に無視されてる……!」

「この光景はめちゃくちゃ面白い……!」

「み、みんな、駄目だよ……。笑ったりしたら……ふふっ……!」

「あははは★!」

「我慢できなーい!」

「きゃははは!」


 クラスメイトに笑われ、冷たい風に吹かれるあたしの肩に、スレッドが手を置いた。


「ロザリー……ぷぷっ……! どんまい!」

「何がドントマインドなのかわからないわ。別にいいわよ。興味ないわよ。クラブなんて」

「拗ねないの。じゃあわたくしが勧誘してあげようか? 裁縫クラブへ入らない?」

「いいわ。わたしも勧誘してあげる★! 工作クラブへどうぞ★!」

「可哀想な人には優しくしてあげなさいと、ノワールお姉様から言われてるの。ロザリーさん、ダンスクラブはいかが?」

「結構! いいわよ! 別に! 興味ないから! でも成績が上がるって言うなら、サリア先生もいるし、糸車クラブにでも入るわ!」

「おっと、糸車クラブにでも? だって? ロザリっち、舐めてはもらっては困るね。これが。糸車クラブだってそれはそれは努力を必要とするクラブなのよ? 足でね、ペダルを踏んづけて、ぎこぎこはしません。すーーーってこいでいくの。難しいんだな。これが。糸が出来たらスレッドのいる裁縫クラブへプレゼント。おや、ちょっと待てよ? ということは作業員が増えるということかな? やったやった。メンバーが増えた。入部届はいらないよ。だって糸車クラブはいつだって参加自由だもの」

「駄目! ロザリーはオーケストラクラブに入るの!」

「あー……セーラ、オーケストラクラブは家でやってるから遠慮しておくわ。今回は聴く専門になる」

「ロザリー、諦めちゃだめ! みんなにロザリーのヴァイオリンを聞かせたら、絶対オーケストラクラブっていうはずよ!」

「うん! トゥーも聴いたけど、ロザリーのヴァイオリンすごかった!」

「そうなの?」

「ロザリー、ヴァイオリン弾けるの?」

「メニーも何でもできるけど、意外とロザリーも器用よね」

「流石姉妹よね★ なんだかんだ言って★」

「あたし、寮に戻るわ。やることがあるし」

「あっ、ちょっと! ロザリー!」


 盛り上がってない扉から教室を抜け出し、廊下に出る。リトルルビィとメニーは相変わらず囲まれて、モテモテで、ああ、いいわねえ。畜生。嫉妬が止まらないわ。むかつく。いいわよ。あたしは。寮でゆっくりしてるから。ふん!


「あ、ルビィ様に会いに来てる人達が山のように!」

「何の団体かと思ったら、やっぱりルビィ様狙いの人達だったのね!」

「今、メニー様とルビィ様のファンクラブが密かに作られてるの知ってる?」

(まじ?)

「えー! 入りたい!」

「いいわ。クラブ団長に伝えておく!」

(……別に、悔しくないけど?)


 購買でオレンジジュースとお菓子を大量に購入する。


(別に、悔しくないけど!?)


 寮に戻ると、ローレライが新たな工事を行っていた。寮に入れず困っている生徒達を押しのけ、あたしは怒鳴る。


「ちょっと、邪魔よ!!」

「今工事中なんだぜー! 立ち入り禁止なんだぜー!」

「ローレライ! 今のあたしの邪魔をしたらどうなるかわかってるんでしょうね!」

「……うわ」


 ローレライが苦い顔で手を止めた。


「怒り爆発中の顔。うわ、何。また怒ってんの? 今度はなんだよ。アメリはもうどっか嫁いだんだろ? 何をそんなにイライラしてるんだよ。お前がそういう顔してる時は大抵あたしにまで被害が来るんだ。やめろよ。あたしに近づくな」

「うるせえ! だったらここ通しなさいよ! 寮に入れず困ってる生徒達であふれかえってるのが見えないの!? お退き! ここで通さなければお前のやってることぜーーーんぶ島の連中にチクり散らかすわよ!! 通せ! さん、に、いち!!」

「うわわ、わかった! わかった! なんだよ! 何があったんだよ! あたしに当たるんじゃねえよ! 畜生!」


 ローレライが工事を一時休止したことにより、入り口が通れるようになった。生徒達が安堵した顔になり、あたしに拍手を送った。ふん!! 早めに寮に戻ってきた生徒達が一気に寮へと入っていき、カウンターで休憩することにしたローレライが芋を半分に割った。


「食べる?」

「ええ、いただくわ」

「50ワドル」

「ふん。100ワドルでもいいわよ。ほら、受け取れ」

「まいど! ……何? どうしたんだよ」

「別になんでもないわよ。ふん!!」

「面倒くせえな。お前」


 ローレライから貰った芋を食べながら、ぴこぴこ光る機械を見る。


「今度は何を設置したわけ? 説明しなさい」

「よくぞ聞いてくださったぜ! あれは高度な技術で作られたセキュリティ機器!」

(ソフィアへ、ローレライが高度な技術の機械を寮の前に設置。寮に戻る前にバレない程度に壊しに来てちょうだい。怪盗パストリルの技術とどっちが強いか見てみたいわ。以上)

『かしこまりました。お姫様』

「これならセキュリティ万全! あたしもボーナス貰える! くう! 最高だぜ!」

「オレンジジュースあげる」

「お、いただくぜ。無料だな?」

「あたしがお前みたいな貧乏人から金をとると思う? せいぜいバイト頑張りなさい」

「あ、っと、テリー……じゃなくて、ロザリー」

「ん?」

「今日、ベックス家から連絡貰ったぜ」

「……」


 ゆっくりとローレライに振り返る。


「何よ」

「200ワドル」

「どうせ大した用事じゃないんでしょ」

「アーメンガード様からの大切なご連絡だ。聞くだろう?」

「トレイズ」

「……学校生活はどうだって。ちゃんと勉強はしてるのか、成績はどうなってるのか、聞いておけってさ」

「ママに伝えておいて。順調よって」

「それだけ?」

「何? 他に何か言うこともないでしょ。編入して、まだ日が浅いんだから」

「だったらお前が連絡しろよ。上からぐちぐち、お前からぐちぐち言われて、あたしのこと可哀想だと思わないの?」

「可哀想だと思うから100ワドルあげたのよ」

「けっ! もっとメニーを見習うべきだな。メニーはもっと優しいぜ!」

「無駄口叩いてる暇があったら工事再開したら?」

「言われなくてもそうするつもりだぜ! ったく、ロスタイムが出来ちまったぜ!」

(みんなメニーメニー言いやがって。だから嫌いなのよ。あいつ)


 部屋に戻り、大量のオレンジジュースとお菓子を並べ、ノートと鉛筆、引き出しにしまっていた手帳を広げる。


(旧校舎に行くまでにまだ時間がたっぷりある。この手帳、じっくり見てくれるわ)


 ――10時、ターリア姫様のお着換えとメイク直し。ドレス、どれにしようかな。11時、廊下のお掃除。12時、ターリア姫様のランチ。13時、休憩。14時、お洗濯。15時、廊下のお掃除。16時、窓ふき。17時、洗濯物の取り込み。18時、ベッドメイキング。19時、ターリア姫様、お食事。20時、廊下のお掃除。21時、客室のお掃除。22時、お仕事終了。


 ――カリス、手帳落としてるわよ。そそっかしいわね。らくがきしてあげる。


 ――先輩のらくがき、とっても可愛い。大切にしなくちゃ!


(……マールス宮殿を思い出すわね……。……ん)


 手帳に古い紙が挟まってる。それを取って広げてみる。


 カリスへ

 花の栞ありがとう。とても素敵でした。カリスはいつもわたくしを喜ばせてくれる。わたくしは、どうやって貴女にお返しをしていいかわかりません。カリス。大好きです。これからも、わたくしの側にいてください。――ターリア。


(……手紙の交換もするくらい、仲が良かったのね)


 そういえば、


(あたしもある)


 何度もサリアに書いて、送った。誕生日、ハロウィン、年末年始、イベントの日は必ず、サリアに手紙を書いた。サリアは喜んでくれた。手作りのアクセサリーをくれたり、それこそ、栞とか、本とかをくれた。時々難しい本が来た時は苦い顔をしたけど、それでも嬉しかった。サリアから貰えるものは、サリアの気持ちが一緒に詰まっているようで、とても嬉しかった。


 サリア。


(何があったの?)


 手帳をめくる。


(どうして、記憶がないの)


 手帳をめくる。


(サリアの知恵が必要なのに)


 手帳をめくる。


(この学園で、大きな謎が存在している)


 手帳をめくる。


(サリアの力が必要なのに)


 だからか?



 サリアの知恵が、邪魔だから、奪ったのか?



「……」



 あたしは手を止めた。







 カリス、また手帳を落としてるわよ。


 取りに来なさい。


 置いておくから。





 カリス、なぜ取りに来ないの。


 取りに来なさい。


 置いておくから。




 カリス、


 どこに行ったの。


 取りに来なさい。


 大切な手帳でしょ。


 取りに来なさい。





 カリス。




 逃げたの?



 お前だけ、外へ逃げたの?



 閉じ込められた私達を置き去りに、


 お前だけ生き残ったの?


 カリス


 取りに来なさい。


 手帳を取りに来なさい。


 カリス、


 早くしなさい。


 取りに来なさい。


 カリス、


 取りに来なさい。





 カリス




 取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい取りに来なさい




 お前だけは許さない。



 取りに来なさい。


 この手帳。



 取りに来たら、



 この手帳を拾ったら、



 皆と同じように





「お前も呪ってやる」






 白い手が伸びた。

 あたしの首に向かって真っすぐ伸びてくる。

 白い手があたしの首を掴もうとした時、


 横から緑の手が白い腕を掴んだ。


「出ていけ」


 腐った目を、緑色の目が睨んだ。


「出ていけ」


 闇が消えていく。


「そうだよ、出て行きな」


 臭い息を吐く唇が言った。


「お前如きの呪いが通用すると思ったら、大間違いだよ」








「テリー!!」



(*'ω'*)



 体を揺すられる。


「テリー! テリー!!」

「……」

「メニー、退いて。一回運ぶ」

「あ……」


 体を持ち上げられ、ベッドに寝かされる。


「テリー、わかる?」


 リトルルビィの声が聞こえる。


「テリー?」


 メニーの声が聞こえる。


「ドロシー、どうしたんだろう……?」

「この様子だと、手帳を見たんじゃない?」

「手帳?」

「テリーには影響ないと思ったんだけど」

「あっ」


 目を開けると、リトルルビィとメニーがあたしを不安げな顔で見ていた。メニーが涙目であたしの手を握りしめる。


「テリー!」

「……」

「テリー、……部屋で倒れてた。大丈夫?」

(……あたし……何して……)

「思ったよりも呪いが強いみたいだね。この手帳」


 メニーがあたしの手を離し、手帳に近づいた。


「あ、メニ……」


 ドロシーが止める前にメニーが手帳を掴んだ。――メニーの髪の毛が浮かび――手帳を押さえつける。


「っ」


 ――手帳から黒い液体が泥のように漏れ出た。テーブルに広がる。メニーが手帳を掴む。泥がどんどん広がっていく。メニーが目を見開く。泥は逃げるように地面へ落ちていき――全て地面の隙間へと落ちていった。


「……」


 ドロシーが顔をひきつらせた。メニーが笑顔で顔を上げた。


「もっと早くにこうしてればよかった。ドロシー、教えてくれたら良かったのに。危ないからって言って、触らせてくれないんだもん」

「あの……テリーに、影響がないと思ったから……」

「ドロシー、確かにテリーは呪いを受けにくいけど、これは別じゃない? 普通の呪いと違う」

「……ボクも気を付けるよ」

「うん。そうしてくれると嬉しいな」


 メニーが振り返り、再びあたしの側に戻ってきた。


「テリー、もう大丈夫だからね」

「……え、なんかしたの?」

「ううん。リトルルビィ、なんでもないの」


 メニーがあたしに手帳を持たせた。


「もう触っても大丈夫。悪いものは全部溶かしたから。文字だけが残ってるだけ」

「……」


 あたしは起き上がり、再び手帳を開いてみた。――後半のページ。書きなぐられた文字がある。カリス、手帳を取りに来い。お前だけは許さない。お前を呪い殺してやる。お前だけは許さない。


「……なんだよ。それ」

「メニー、カリスってメイドについて、調べられない?」

「誰、それ?」

「あの古城で働いてたメイドみたい。呪われた姫と仲が良かったみたいで……」


 横目でメニーを見る。


「今一度、あの古城が情報が欲しいわ。ターリア姫と、カリスという人物を調べて」

「ターリア姫……」

「アルテは、あの古城の呪われた姫じゃないかって言ってたけど、確証がない。もしかしたら……国が呪われた後に、城に住み着いた貴族がいたのかも。その娘がターリア姫だった……とかっていう可能性も無きにしも非ず」

「ドロシー」

「ごめん。覚えてないんだ」

「そっか。なら……仕方ないね」


 メニーがあたしに頷いた。


「わかった。調べてみる」

「ドロシーが覚えてたらメニーが苦労することなかったのにね。ね、ドロシー」

「うるさいなあ……」

「でも、流石に学園の図書室にない資料だと思う。……テリー」


 メニーが首を傾げた。


「今夜、わたしが行ってもいい?」

「いいけど、あんた入れないと思うわよ」

「え?」

「魔力持ちを拒む結界が張られてるそうよ。この間、リトルルビィが入れなかったのもそれが原因だって」

「まじ?」

「ええ。でも、誰かが結界を張ってるものを壊してるみたい。今の状況で、リトルルビィなら入れるって、クレアが言ってた」

「だったら……わたしの場合、魔力を隠せばいいってこと?」

「入れない覚悟で来るなら止めないけど」

「うん。それでいい」


 メニーがリトルルビィを見た。


「リトルルビィ、二人で行こうよ」

「ん、わたしはいいけど……メニー、大丈夫?」

「うん。大丈夫。中に行ってわかることもあるだろうし、リトルルビィがいれば、何かあったら助けてくれるでしょう?」

「そりゃあ、助けるよ。テリーのこともだって守る。……でも、この手帳は不気味すぎる。これ、誰かが書いたってことだろ?」

「うん。あの城で、精神をおかしくした人が書いたんだと思う」


 メニーが手帳の文字を見つめた。


「何かがあったんだろうね」


 青い目があたしを見た。


「調べてみるね。テリー」

「……ま、期待しないで待ってるわ」


 その答えを聞いて、メニーが美しく微笑んだ。




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