第27話 闇は希望を待ち、夢を見る


 階段を下り、一階に行くと、壁に耳を付けているアルテがいた。ぎょっとし、ランタンを落としそうになると、アルテが振り返り、あたしを見てぎょっとし、慌てて口を押さえた。


「「……」」


 二人で深呼吸する。


「大丈夫?」

「そっちは?」

「順調」

「それは良かった」

「ロザリっち、壁に耳当ててみて。ここから何か聞こえる」

「……」


 あたしは耳を壁に押し当ててみる。――笑い声が聞こえる。いや――動物の鳴き声だろうか。


「七不思議。第四夜、誰も居ない壁の中から動物の声が聞こえてくる」

「……」

「内容と同じ状況。……行ける?」

「……今回は行けそうな気がする」


 動物よりも恐ろしいものを見すぎた。


「行きましょう」

「うん」


 アルテがドアを開く。トラップはない。その先にもっと大きなドアがある。そこから動物の鳴き声のような――人の声のようなものが――聞こえてくる。


 アルテと目を合わせる。アルテがカウントする。さん、に、いち――。


「っ」


 アルテがドアを開けた。――誰もいない。


「……え?」

「アルテ、ここじゃないのかも」


 中に入る。さらに手前にドアがある。声が近づいた。アルテが息をのんだ。今度はあたしがドアの取っ手を掴んだ。


(さん、に、いち……!)




 ドアを開けた。




「うわああ!」

「きゃああああ!!」


 ――グースとラビが狼を抱きしめ、あたしとアルテを見ていた。ガチョウのアンセルがあたしの足元へ走ってくる。


「グワグワッ!」

「……二人とも何してるの」

「いや、何してるって、ロザリーとアルテこそ……」

「あっ!」


 ラビが狼を隠した。


「だ、誰にも言っちゃ駄目!」


 狼がつぶらな瞳でこっちを見ている。


「学園に迷い込んできてたの。見つかったら殺されちゃう!」

「……野生の動物の飼育は危険な為、例外なく禁ずる」


 アルテがあたしを見た。


「学園のルール。生徒手帳にも書いてある」

「……今までここで育ててたってこと?」

「お願い。アルテ、ロザリー、言わないで!」

「悪い子じゃないんだよ。ね、アンセル」

「グワグワッ!」


 アンセルが狼に寄り添い、グースが狼を撫でた。


「山から迷っちゃったみたいでさ、見る限り、まだ子供っぽいし、何度か山にも帰そうとしたんだけど、ここに戻ってきちゃってね」

「どうしようもないから……ここに隠してて……」

「ここなら誰も寄り付かないし」


 部屋には犬用の玩具や、水を入れる皿が置いてあった。グースが立ち上がり、あたし達を見る。


「で? 今度はわたし達が聞く番。二人は何してたの?」

「七不思議が本当かどうか冒険してた」

「はあ? 七不思議?」

「第四夜、誰も居ない壁の中から動物の声が聞こえてくる」

「そんなことしてるから授業中眠くなるんだからね! アルテ!」

「まさかグっぴーがいるとは思わんだ」

「ラビもね」

「ロザリーこそ、真面目そうな顔してこんな夜更かししたら駄目よ!」

「二人は飼育クラブだったわね。テキトーな理由つけて、そっちで管理しちゃ駄目なの?」

「出来たらしてる」

「グワグワッ」

「……サリア先生に話してみたら?」


 アルテが提案した。


「話通してくれるかも」

「サリア先生が良くたって、その上が駄目って言ったら駄目じゃない」

「だからっていつまでもここに置いておくわけにもいかないんじゃない? 二人が卒業しちゃったら、その子どうするの? って、わては思うけどねえ?」

「……」


 ラビが狼を抱きしめる。


「グース、……やっぱりこのままじゃ良くないよね」

「問題解決するには提案を持っていく。それ以上の上手い糸口は賢い大人が教えてくれる。サリア先生は適任だと思うよ。ま、わての意見だけれど?」

「……わかった。明日訊いてみるよ。だから黙っててくれる?」

「もち」

「ロザリーも」

「口は堅い方よ」

「女の約束よ。わたし達も二人がここにいたこと言わないから」

「ありがとう」

「恩に着るよ。グっぴー」

「アルテはもう少し寝なさい! 目にクマ出来てるんだから!」

「へへっ、こいつは叱られてるのか心配されてるのかわからんねえ」

「心配するに決まってるでしょ。友達なんだから」

「……へへ」


 アルテが照れ臭そうに目をそらした。


「そうね。今夜は寝るよ。今夜はね。ふひひ!」

「毎晩寝なさい」

「……」

「……ロザリー? どうしたの?」

「……ここ」


 あたしは辺りを見回す。


「元々こういう場所だったの?」

「え?」

「あ、いや、えっと、動物の骨とか、死骸とかなかったのかしらって」

「ロザリー、この古城は旧校舎として使われてたのよ? そんなのあったら、片づけられてるに決まってる」

「……そうよね」


 旧校舎になる時に、大掃除が行われてるはず。






「こっちだよ」





 あたしの首が動いた。ランタンを出し、近づいてみる。藁の中に何か埋まってる。手を突っ込ませ、抜いてみる。――文字の薄い冊子があった。


(……古代文字)


 冊子を広げてみる。



 ――我々は呪われた。もう二度と外には出られない。実家で体調を崩し、毎日ベッドにいたお母さんは、もう死んでいることだろう。それだけじゃない。親しかった友人も、優しかった近所の人達も、皆、全員、もうこの世にはいないのだ。


 苦しい。

 きっと、皆もそう思ってる。

 誰かが解放しなければいけない。

 私がやろう。

 まずは可哀想な子供達だ。


 解放したら、私も逝こう。



「……何、それ?」


 アルテが隣にしゃがんできた。あたしは首を振った。


「古代文字の冊子。アルテ、わかる?」

「単語しかわかんないと思うけど。一応見せて」

「はい」


 アルテに渡した。アルテが冊子を眺め、眉をひそませ――頷いた。


「うん。全くわからない」

「あたしもわからないわ。……記念に持って帰ろうかしら」

「まじで言ってる?」

「大真面目」


 あたしは腰に冊子を挟んだ。


「今夜はもう帰らない?」

「どうかした?」

「……疲れちゃった。沢山、……歩き回ったから」

「そうね」


 アルテが立ち上がり、あたしに手を差し出した。その手を掴み、あたしも立ち上がる。


「グース、ラビ、わてらはもう帰るよ」

「そうなさい」

「狼君。挨拶」

「ぐるる」

「ああ、可愛い。うちのウサギ顔の婚約者候補よりうんと可愛い」

「二人とも、ラビの婚約者候補の顔、見たことある? びっくりするくらいウサギ顔なのよ。ね、アンセル!」

「グワグワッ!」

「あんな男イヤ。本当にイヤ。わたし、もっとかっこいい人が良い。そう思うわよね。狼君」

「ぐるる」

「じゃ、アルテ、ロザリー、気を付けて帰ってね」

「近くに脱出口があるの。この部屋と、もう一つの部屋から出た先の左目の壁触ってみて。通路が現れるから」

「だって」

「行ってみるわ。ありがとう」


 二人に別れの挨拶をし、部屋から出ていく。アルテが肩を回した。


「同じシチュエーションだったから、今度こそって思ったんだけどなあ」

「……」

「ま、明日も来ればいっか」


(……この古城、思ったよりもやばいところかもしれない)


 手が冊子に触れる。


(呪われたことを自覚した使用人が……城内で殺人を行ってた可能性がある)


 犠牲者は城に遊びに来ていた子供達も含まれていた。子供達も呪いに巻き込まれたということか?


(解放)


 殺害することによって、呪われた土地から抜け出そうとした。


(昔の人って、そういう考えに至りやすいのよね。なぜか知らないけど、そういう事件、歴史的に本当に多いし)


「脱出口のボタンどこだろう?」


 アルテが壁に沿って歩く。


「グっぴーにもう一度聞こうかな。でもここで合ってるはず……」


 アルテが足を止めた。


「ん」

(ん?)


 アルテがそっとその先を覗き込み――慌てて顔をひっこめた。


「やばっ!」

「アルテ?」

「あ、だめ、声!」


 ――足音が早まった。こっちに来た影に、灯りを照らされる。アルテとあたしが発見された。


「二人とも、ここで何してるの!」

「げっ」

「あ」


 ランタンを持ったサリアが驚いた目であたしたちを見ていた。


「サ、サリア先生、なぜこちらに……」

「入っていく女子生徒がいるって通報があったから来てみたら……こら!」

(誰よ! 通報した奴!)

「最悪……」

「ここは危険だと散々伝えたはずだけど? アルテ」

「あー……わてが誘ったんです。なな……冒険ごっこをしようと思って」

「ああ、もう……」


 サリアが腰に手を当て、溜息を吐いた。


「この城はもう古くて、いつ崩れてもおかしくないの。駄目じゃない」

「すみません」

「すみませんでした。サリア先生」

「ロザリーも駄目よ。二度とこの城に近づいては駄目。わかりましたか?」

「サリア先生はいいの?」

「今回、特別に通報があったから来ただけよ」

「嘘は嫌いよ。サリア」


 サリアが目を開いた。


「ここを行き来してたってアルテが言ってた。どうして?」

「……ロザリっち?」

「ロザリー、何を……」

「テリー・ベックスはサリアを待ってる。記憶を失ったってサリアの帰る場所はあの屋敷よ。ここじゃない」


 サリアがあたしの目を見る。


「なぜ忘れたの?」


 あたしの目がサリアを見る。


「誰が奪ったの」


 呪われたこの土地で、


「誰がサリアをそんな風にしたの」

「……。……。……。……。……。……。……。何を言ってるのか、わかりません」


 あたしは唇を噛んだ。


「先生の名前をそんな風に呼ぶものではないわ。ロザリー」

「先生じゃないわ。メイドよ」

「ロザリー・エスペラント」

「あたしの顔見て、よくそんな口が利けるわね」

「ロザリっち」


 アルテがあたしの腕を掴んだ。


「サリア先生、すみません。なんか、ロザリっちが興奮しちゃってるみたいで」


 誰だ。サリアをこんな風にした奴は。


「ロザリっち、落ち着いて。熱くならない」


 誰だ。あたしのメイドをこんな風にした奴は。


「アルテ、ロザリーを部屋に連れて行きなさい。明日、反省文を書いてもらいますからね」

「あ、う、わ、わかりました、せんせ……」


 この女は教師じゃない! 祖母が拾った、孤児の、賢い、優秀な、母の友人の――あたしのメイドよ!!!


「――っ」


 あたしとアルテが息をのんだ。サリアがきょとんとした。


 地面に穴が空いた。



 サリアが落ちた。



「あっ!!」


 アルテが手を伸ばした。


「サリア先生!」


 地面が元に戻る。


「っ!」


 アルテが地面を叩いた。


「サリア先生!!」


 アルテが地面を殴った。


「サリア先生! 先生!!」

「アルテ!」

「サリア先生ぇえええええ!!!」

「アルテ!!」


 アルテの体をトラップの地面から引き離す。


「一階から落ちたってことは、地下にいる可能性があるでしょ!」

「ち、地下、そっか、地下……」

「マスターキーはある! 行くわよ!」

「せ、先生が、はあ、先生……」


 アルテが壁に手をついて立ち上がると――スイッチが押される音が聞こえた。


「え」

「あ」


 壁が動き出し、あたしとアルテが放り出される。


「ひゃっ」


 ――門の前に投げ出される。


「……」


 アルテが立ち上がり、門のドアノブを掴んだ。中には入れない。


「……」


 アルテが門を叩いた。中に入れない。


「……」


 アルテが門を殴った。アルテの手の皮が剥け、血が出た。


「……アルテ……」

「……」

「そこ! 何をしているの!」

「……どいつも……こいつも……」


 アルテが低い声を出し、振り返った。燭台を持つ経済学のソレイユ・ヘーリオス先生が立っていた。


「あなた達、そこで何してるの!」

「貴様こそ何をしているのよ!!」


 アルテから聞いたことのない声が出て、石を渡り、ヘーリオス先生に近づいていく。


「そもそも貴様どもがおかしくしたのです! サリア先生を! わたくしの、大切な、先生を!!」

「アルテ・ペンタメローネ、一体何のことですか……」

「あんな古城を隠し持って、何を考えているのですか! いいわ! お父様に連絡します! 全部! 包み隠さず! この学園のおかしいところを0から100まで連絡してやるから!!」

「アルテ!」

「サリア先生を返して!! わたくしを理解してくれていた、あの方を返して!!」

「……何があったのですか」


 ヘーリオス先生があたしを見た。


「ロザリー・エスペラント」

「さ、サリア先生が、あの、あたし達が、古城にいて、あの、捜しに来て、な、中の、どこかに、落ちてしまって」

「落ちた?」

「地下にいると思います! 捜してください! すぐに!!」

「……わかりました。理事長に報告を……」

「また隠蔽するつもりなのですか!!」

「アルテ!」

「この学園は、おかしいです! わたくしは、この目で見ています! ずっと見てます! サリア先生がおかしくなってから、ずっと……ずっと!!」

「寮に戻りなさい」

「また先生を入れ替えるのね! だから人手がないのでしょう! あの古城で、みんないなくなってる! 生徒も、先生も、みんな!!」


 アルテの言葉に、あたしは目を見開く。


「許しません! わたくしは絶対にこの学園を許しません!!」

「アルテ!」

「エスペラント! 早く連れていきなさい!」

「理事長はおかしい。いかれてる! 貴様もいかれてるんだ! この学園の教師は、皆、いかれてるのよ!」

「アルテ、今は戻るわよ!」

「ロザリー・エスペラント! サリア先生はあそこにいるの! 今行かないと! サリア先生が!」

「作戦会議よ! 早く!」


 悔しさのあまり、アルテが泣き叫んだ。廊下にアルテの泣き声が響く。彼女の体を支え、引っ張っていく――。











 闇の奥から響く泣き声は、止まった。今はじっと、光を待つ。必ず現れる。


 希望を待ち――今夜も夢を見る。





 十章:お休みなさい 夢と希望(前編) END

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