第22話 学園七不思議、第五夜


「敗北を味わった昨夜。今夜は直接起きて指摘してやる」


 ローレライがカウンターでエナジードリンクを飲んだ。


「今夜はオールだぜ!」

(冷却ベストがバレたのね。漏らした奴誰よ。……こうなったら……)


 GPSでメッセージを飛ばす。

 レオ、ジャックに言って。女子寮にいるローレライを眠らせてちょうだい。あいつが寝ないと旧校舎に行けないわ。


「昼間はばっちり眠ったぜ! だから夜はだいじょ……」


 ローレライに急な眠気が襲ってきた。


「だいじょ……ぶ……」


 ローレライがその場で眠った。


「う、うーん……地獄みたいな世界が広がってるぜ……」

(悪いわね。ローレライ。島に戻ったら沢山おひねりあげるから、今は許してちょうだいね。この仕事選んだあんたが悪いのよ)


 ローレライを避け、セキュリティの機械を冷却ベストで回避し、寮を抜け出す。


(アルテは一体どうやって抜け出してるの? すごいわね。いつも)


 しかし今夜はあたしが一番乗りだったようだ。アルテが後から走ってきた。


「ごめん。ロザリっち、遅くなった!」

「管理人?」

「寝るの待ってた。でも思ったよりも早く寝てて助かったよ。……うなされてるのが気になったけど」

「……ベスト脱いでく?」

「だね」


 昨日と同じところにベストを隠し、顔を見合わせる。


「行こう。ロザリっち」

「ええ」


 罪滅ぼし活動ミッション、七不思議を追う。三夜目。


 門に仕掛けられた小さな扉から入り、今夜も草原と茨に囲まれる不気味な古城へと歩いていく。アルテがランタンに火を灯し、古城の扉を開け、中に入る。ソーレとルーナの像があたし達を出迎えた。アルテが息を吸い――唄った。


 学びを求める子羊よ、

 貴女の夢を叶えましょう。

 朝は太陽神ソーレに祈れ。

 夜は月神ルーナに祈れ。

 薔薇の茨をくぐり抜け。

 塔の頂点に君臨せよ。

 未来を知るのは糸車のみ。


 ――糸が止まった。フィルムにぶつかっている。


「あれ、これ……」


 アルテが糸とフィルムを拾った。


「ここにもあったんだ」

「昨日の部屋行ってみる?」

「賛成。このフィルムに映った部屋を探してみてもいいしね。……入れるかどうかは別として」

(意外と開かないところ多いのよね。この城。お嬢様達が鍵をかけて籠ってるのかしら)


 絵画の部屋からは鉛筆の音が聞こえる。今夜もメランが絵を描いてるようだ。あたしとアルテは隣の部屋に行き、映写機にフィルムを設置し、ハンドルを回した。画像が流れるように映り、映像のようになっていく。


 それは糸車のある部屋だった。ふくよかなメイドが歌いながら赤子の入ったゆりかごを揺らし、裁縫をしている。すると突然騎士達が部屋に入ってきて、糸車を抱え、廊下に出ていった。メイドは気にすることなく笑顔で裁縫をしながらゆりかごを揺らした。――フィルムはここで終わっている。


「この部屋、行ったことある?」

「……見たことないけど、多分……」


 アルテがハンドルを回す。画像が現れ、指を差す。


「糸車があって、裁縫セットが並んでる。七不思議第五夜、誰も居ない頂上の部屋から糸車の音が聞こえてくる……じゃない?」

「頂上ってことは……城の頂上?」

「いや、でも……頂上は行けなかったはず。階段にね、物が積み重なってて、確か上に行けないの。行けるのは三階まで」

「……」

「でも、だとしたら……裁縫の部屋って一つだけなのかな。……ロザリっち、昨日拾った地図ないの?」

「ああ、……持ってきてるわ」


 テーブルに地図を広げてみる。アルテが指をなぞらせて探し――一つの部屋に指を差した。


「らぷ……し……す……裁縫。ここだ」

「ここ?」

「二階のこの部屋。ここ、裁縫。古代文字で書いてある」

「読めるの?」

「昨日帰ってから部屋漁って、国語辞典開いてみたの。七不思議に関するワードなら暗記してきた」

「やる気が違うわね」

「お褒め頂きどうもありがとう。ふひひひ!」

「行ってみる?」

「目的地はぶれないのが一番いい。行こう。罠に気を付けて」


 アルテがランタンを持ち、あたしは地図を持って一緒に進む。一度エントランスホールに戻り、二階に繋がる階段を上がる。二階の雰囲気はまた不気味だ。地図を見る。近くに罠がある。


「アルテ、その先に何かあるわ。気を付けて」

「ふう。不気味な城だこと」


 糸を転がすと、地面から刃物が出てきた。それが引っ込んでからカエルのようにジャンプして先に進む。二階の裁縫室に辿り着くと、アルテがドアノブを捻った。ドアが開いた。


「……ロザリっち、ここだよね?」

「ええ」


 映写機で見たままの光景の部屋が残されていた。腐ったゆりかご。錆びた椅子。アルテと共に中に入る。


「また埃っぽい部屋だこと」

「……ゆりかごに何か置かれてない?」

「……封筒?」


 あたしは封筒を拾い、埃を払ってから中を開けてみる。手紙だ。広げてみると、文字が書かれていた。


 親愛なるターリア姫様

 先程は怒ってしまって申し訳ございません。けれど、貴女に見てほしくなかったのです。糸車なんて。良いですか。糸車は、悪なのです。私達に不幸を呼ぶ機械。あんなもの、貴女様が知る必要などないのです。例え糸車をしばらくの間、最上階の屋根裏部屋に置くからって、くれぐれも行ってはなりませんからね。


(……そういえば、昨日も見たわね。この名前)


「アルテ、……ターリア姫って聞いたことある?」

「え?」

「昨日もどこかで名前を見たのよ。ターリア姫。……七不思議の本に、載ってなかった?」

「……ロザリー、とうとうバレてしまったのね。わて、実はターリア姫って言うの」

「あ、そうだったの。へえ。わかった。ありがとう。ターリア姫様」

「ちなみにロザリーは何姫?」

「あたしはテリー姫よ」

「わはは。そいつはいい。ではテリー姫様、キッド殿下との不仲説って本当?」

「知らない。本当なんじゃない? だからいつまで経っても結婚しないのよ」

「わてね、思うんだけど、……政略結婚じゃないかなって思うのよ。あの二人。だって、男爵令嬢と王子様が、恋すると思う? 多分、王族は目に見えないところで……お金に困ってるんじゃないかな。それで、テリー様の家って、ほら、船持ってるでしょ。セイレーン・オブ・ザ・シーズ号。あれで稼いでるっていうじゃん? お金目当ての政略結婚。だから結婚しないのよ。二人が想い合ってるわけじゃないから」

「あら、奇遇ね。アルテ。実はあたしもそうなんじゃないかと思ってたの」

「やっぱ政略だよね?」

「貴族なんてどこもそんなもんよ」

「だよねえ。うわ、実家に結婚の話来たらどうしよう。断らないとテリー様に目付けられるパターンだ。……で、何? ターリア姫様? ……この城のお姫様の名前じゃなかったかな。確か。あんまり詳しいことは知らないけど……」

(16歳の誕生日に眠る呪いをかけられたお姫様のことかしら)


 ――その子が16歳になったら、糸車の針に刺されて死ぬことになる。


 ――姫は死にません。眠るだけです。16歳になったら、糸車の針に刺されて、深い眠りにつくことになる。そして、運命の相手からのキスで、目を覚ますことになるでしょう。


(……)

「屋根裏部屋。……やっぱり何かあるみたいねえ?」


 アルテが肩をすくませた。


「どうする? 行けないと思うけど、ひょっとしての可能性を考えて行ってみる?」

「そうね。もしかしたら腕力のあるお嬢様が全て物を退かしてくれたかもしれないわ。それに……その道しかないわけ?」

「……」


 あたしとアルテが地図を広げた。屋根裏部屋。古代文字は読めないが、おそらく上に記載されたところだろう。細かな絵をランタンの明かりで見つめ、アルテが指をなぞらせた。


「……遠回りできそう。こっちの道は行ったことない。物があるのはこの階段」

「……確かにこの階段から行けたら楽だわ」

「だけど遠回り出来るならそれに越したことはない。ここ、本物の迷路。わての実家も、こんなに広くないよ」

(確かにトラップと古城でなければ最高だったわね)

「行ってみよっか。ロザリっち」

「ええ」


 裁縫室から出ていき、トラップの位置を地図で確認しながら再び廊下を渡る。アルテは前。あたしは後ろ。木造の廊下からきしむ音が響く。アルテが糸を転がす。トラップの刃物が上から抱きしめるように交差し、元に戻る。アルテとあたしが進み、段差のある廊下へ行く。その先に階段がある。上に行けそうだ。


「トラップは?」

「階段はないみたい」

「地図見ていい?」

「ええ、どうぞ」


 地図を見ながらアルテが階段を踏んだ。


「ここもすぐ崩れそう」

「大工を雇った方がいいわね」

「これをリフォームするって何年かかるんだろう。壊すのにも時間かかりそう」

「というか、こんなトラップだらけでよく学校なんてやってたわよね」

「昼間はトラップ発動しないみたいだからね。昔は居残りも禁止されてたみたい。図書室にあった本にそう書いてあった」

(そりゃ、こんだけトラップがあれば……)


 あたしの足が板を踏んだ。


(当たり前……)


 足元が崩れた。


(えっ)

「え?」


 あたしは崩れた板の穴から落ちていく。アルテが慌てて手を伸ばした。


「ロザッ」


 手が空振り、あたしは悲鳴を上げて落ちていった。


(ぎゃあああああああああああああ死ぬううううううううう!!!!)


 落ちていく。落ちていく。落ちていく。


(助けておにいちゃあああああああああん!!!!)


 ――何かに尻がついた。


「あでっ」


 クッションの心地の滑り台が傾き、あたしの尻を滑らせた。


「ぎゃああああああああああああ!!!」


 穴が開いた。そこへ放り投げられる。――水の中に落ちた。あたしは慌てて自ら顔を出す。


「げほっ! もう! 何なのよ! ここ! 最悪!!」


 とても暗い。何も見えない。


(ここどこ?)


 辺りを見回すと、薄暗い明かりがあるのが見えた。そっちに泳いでいくと、上に夜空が見えた。――井戸だ。


(……中庭の井戸ね。ここに繋がってたの)


 梯子がかけられている。


(ラッキー。ひとまずこれで戻れる)


 あたしは濡れた手で梯子をしっかり掴んでみる。大丈夫。行けそう。足をかけてみる。うん。行けそうだわ。重力に逆らないながら一段上がると、奥から水に潜るような音が聞こえた。


(……ん?)


 振り返る。しかし、暗くて何も見えない。


(……トラップにハマったお嬢様が落ちてきた?)


「……誰かいるの?」


 あたしの声だけが響く。薄気味悪いわね。


「……ねえ、いるなら返事してちょうだい。Aクラスの生徒よ」


 水が静かに動く。


(気のせい? ……ならいいわ)


 あたしは梯子のもう一段を上がると――体を掴まれた。


「っ!」


 再び水中に落ちる。慌てて顔を出す。手が伸びる。あたしを掴んでくる。あたしは梯子に掴まった。顔を水上に出す。引っ張られる。あたしの顔が沈む。梯子から手を離さない。何が起きているのか確認している暇もない。上に上がらないといけない。なのに上に上がろうとすれば体を掴まれ、深い水の中に戻される。魚? いや、これは人だ。人の手だ! あたしは拳を固めて、相手を殴りつけた。相手が怯んだように手を離した。あたしは慌てて梯子を上ろうとした。しかし、腰を掴まれた。振り返る。――振り返らなければよかった。


 ミイラの女が、あたしに叫んだ。


「私のブレスレット、返して!」


 また引っ張られる。溺れそうになる。水上に顔を出して、大きく息を吸う。耳元で大きな声が聞こえる。


「私のブレスレット、返して!」


 梯子を掴めない。このままでは溺れてしまう。


「返して! 私のブレスレット、返して!!」


 溺れる。溺れてしまう。あたしの頭がパニックになっていく。


「ブレスレット返して!!」




 ――誰か、助けて……!!





 コウモリが飛んできた。


「きゃあ!」


 ミイラが悲鳴を上げ、あたしから手を離した。


「ブレスレット、私のブレスレット!」

「こっちだ!」


 灯りが見える。ぼやける視界の中、誰かが手を振る。


「早く! こっちだ!!」


 あたしは必死に体を動かして、灯りの方へと泳いでいく。


「そっちはいけない! こっちだ! 早く!」


 早く、灯りの方へ。


「テリーさん!」


 伸ばす手を掴む。


「もう大丈夫!」


 赤い目の少年が、あたしを水の中から引き上げた。



( ˘ω˘ )



 パレードが行われる。素晴らしい演奏をお化けたちが奏でる。

 あたしは目を覚ました。あたしの頭を撫でる、リオンの姿に仮装したジャックがいた。


「オヤ、モウオ眠リカナ? ニコラ」

「……どこにいたのよ。大変だったのよ。死ぬところだった」

「ニコラガドコカヘ消エチャッタ。ダカラココデ待ッテタンダ」

「消えたんじゃない。井戸の底に落ちたのよ」

「井戸ノ底ニ入ッタノ? アソコ、オイラデナイト入レナイヨ?」

「……どういうこと?」

「入ッタラ最後。闇ニ飲マレタオバケガ忽チ襲イ掛カッテクル」

「お化けですって?」

「ニコラハ鈍感ダカラ気ヅカナイ。コノ古城ハ恨ミト憎シミ、悲シミト後悔、様々ナ念ガ混ジリアッタ多クノ魂ガ縛ラレテイル。成仏モ出来テナイ。未ダコノ城ヲサマヨッテル。悪夢ノ舞台ニハ素晴ラシク適性ノアル場所ダ。特ニ、念ノ強イオ化ケノ居場所ニ行ケバ、取リ込マレル可能性モアル。井戸ノ底ハ念ガ特ニ深イ。ダカラニコラニトッテ、大層危険ダヨ。アノ場所」

「そういうことは先に言っておいてくれる?」

「伝エテル暇ガナカッタンダモン。オイラモアソコニ入ッテ初メテ知ッタ。オ願イ。嫌イニナラナイデ」

「お礼は言っておこうかしらね。助けてくれてありがとう」

「……」


 ジャックが首を傾げた。


「オイラ、助ケテナイヨ。運ンダダケ」

「……謙虚ってものを覚えたのね。嬉しいわ。お兄ちゃん。コウモリを飛ばして、助けてくれたでしょ?」

「コウモリダッテ? オイラ、コウモリナンテ使ワナイ。アイツラ動物ノクセニ逆サマニナッテ仁王立チシテ、シカモ夜ハ活動時間ダカラト言ッテ、悪夢ノ手伝イモシテクレナイ。オイラ、アイツラ嫌イ!」

「……じゃあ、あれは誰だったの?」


 あたしの名を呼び、手を振ったあの影は。


「お兄ちゃんではないの?」

「違ウヨ。オイラハ、運ンダダケ」

「どこに?」

「安全ナ場所ニ」

「どうやってあたしを見つけたの?」

「コウモリ男カラ連絡ガアッタカラ。アイツ嫌イ」



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