第20話 残された古代文字


 鎧の兵士達の間に影が動く。あたしはぎょっと目を見開く。あたしに剣を振ろうとしていた兵士の前に立ったソフィアが、彼に向かって目を光らせた。その瞬間、その兵士はソフィアに心を盗まれた。心を盗まれた兵士はソフィアの命令に従った。


 貴方の剣で、その五人をやっつけてください。出来たら、ご褒美にキスをしましょう。


 兵士が反対方向に振り返り、五体の兵士に襲い掛かった。一体の兵士がソフィアと目が合った。ソフィアは命令した。


 貴方の剣で、その五人をやっつけてください。出来たら、ご褒美にキスをしましょう。


 一体、また一体と目を合わせ、ソフィアが命令すれば、五体全員が仲間割れを始めた。その隙に、あたしはハンマーを再び手に持ち、アトリエに急いだ。中でパニックになってるアルテの声が聞こえる。


「ロザリー! 何が起きてるの!?」

「アルテ! 壁から離れて!」


 あたしは思い切りハンマーを振り落とした。壁にハンマーが当たり、弾き返される。しかし、これは壊れそうだ。


「せやっ!」


 壁を叩く。崩れそうだ。


「くたばれ!!」


 壁にハンマーが埋まった。足で押し込むと崩れるように壁に穴が出来た。もう一度振りかぶってみる。完全に穴が開き、中にいるアルテの姿が見えた。


「ロザリっち!」

「せーの!」


 ハンマーが壁を壊した。もろくなった壁の隙間からアルテが出てくる。


「何があったの!? 大丈夫!?」

「いや、大丈夫じゃ――」


 振り返ると――兵士の鎧たちは、その場に転がっていた。ソフィアだけが立っている。


「……」

「……あれ、……ソフィア先生?」


 アルテが顔を濁らせた。


「なんでここに……」

「くすす。見回り」

「……」

「駄目じゃない。この時間にこんな危ないところにいたら」

「……え、先生達、ここ、見回ってるんですか?」

「時々ね」

「……まじ?」

(兵士たちが動かなくなった……?)


 あたしは近づき、足で蹴ってみる。頭を外してみる。中は空っぽだ。そして、もう動かない。


(……さっきの、なんだったの?)

「ソフィア先生? ……貴女は、生徒に理解ある大人である方だと、わては思ってます。つまるところ、えっとですね、ロザリっちを……ここに誘ったのはわてですので、あの、減点とかされるのでしたら、わての成績を落としてほしいんですけど……」

「今夜は見なかったことにします。だから、他の人に見つからないようにね」

「……これだから先生は人気が高いんだ。うちのクラスの人、みんな言ってますよ。ソフィア先生は天からの使いだって」

「おや、それは嬉しい誉め言葉。くすす!」

(あんた今までどこにいたのよ。帰ったら文句言ってやるから)

「あ、そうだ。ロザリっち。さっき中で見つけたんだ。これ」

「ん?」


 アルテが鍵を握っていた。


「どこの鍵だと思う?」

「……アトリエ繋がりって考えるなら……でも、そんな上手い話あると思う?」

「これで開かなかったら今夜は諦めよう? ちょっとわても疲れちゃった」

「……煤がついてる」


 アルテの顔についた煤を軽く払う。


「寝る前にシャワーに入った方がいいわ」

「そうする」

「ソフィア先生、あたし達ちょっと行くところがありまして、そこに行ったら間違いなくすぐ帰ります」

「はい。わかりました」

「ソフィア先生、このご恩は授業で必ず返します。わたくし、先生の授業では寝ないようにします」

「うーん。それは……まあ、いっか。それで。じゃあ、お願いするね」

「行きましょう。アルテ」

「それでは先生、失礼いたします」


 アルテが公爵令嬢らしく綺麗にお辞儀をし、あたしと共に兵士たちを避け、廊下を歩き出した。


「ねえ、ロザリっち、あんなところに兵士の置物なんて倒れてたっけ?」

「……暗くてよく見えなかったんじゃない?」

「そうかなあ? ……あったっけ? あんなの」

「それと……アルテ、地図を拾ったの」

「え?」

「これ」


 地図を広げてみせると、アルテが目を丸くした。


「……。これ、どこで……」

「井戸の側に落ちてたの」

「井戸の側? なんで?」

「あたしも知らない。でもあったから拾っといた」

「ロザリっちナイス。これ×ついてるのって罠のこと?」

「ええ。そうみたい」

「これがあればだいぶ楽になる。最高。……怪我しなかった?」

「あたしは……まあ、大丈夫」

「罠だけ本当に気を付けて。何が仕掛けられてるかわかったもんじゃない」

(確かに、危なかったわ。あのまま立ってたら弓矢が頭に……考えるのやめよう)

「……ん?」


 アルテが足を止めた。あたしも止まる。


「何?」

「しっ。……何か聞こえる」

「え?」


 あたしとアルテが耳をすませてみる。――何かを描いてるような音が聞こえる。まるで、鉛筆を使っているような――。


「「……」」


 アルテの顔が強張った。あたしの背筋が凍り付いた。さっきまで聞こえなかった音が聞こえる。アルテが鍵を強く握りしめた。


「……いくよ。ロザリっち」

「……オッケー……」


 アルテが鍵穴に鍵を刺した。解除される音が聞こえた。


「っ!!」


 アルテがドアを開けた。





「きゃっ……!!」





 そこには、絵を描いてるメランがいた。

 驚きのあまり、手から鉛筆を落とす。


「……アルテ? と、……ロザリー?」

「メラン?」

「何やってるの?」

「やだ、びっくりした。……ちょっと……はあ。心臓が……」


 メランが胸を押さえた。


「どうやって鍵開けたの?」

「アトリエに……あって……」

「アトリエ? ここアトリエもあるの?」

「メラン、ずっとここにいたの?」

「まさかロザリーも遊びに来てるとは思わなかった。……もしかして、さっき廊下歩いてたのって二人? 隣の部屋行ってたでしょ」

「あ」

「それはあたし達ね」

「ああ、びっくりした。先生が来たのかと思った! ああ、もう、びっくりした! あはは! もう、やめてよ!」


 メランがクスクス笑いだした。


「ここ、すごく集中できるから、時々絵を描きに来てるの」

「こんなところで?」

「ロザリーも描いてみたらわかるよ。すごく心地いいの、ここ。……二人は何してるの?」

「メラン、七不思議って知ってる?」

「……もしかして第二夜を見つけに来たの? アルテ、あれはただの会談話よ?」

「確認しようにも、鍵がかかってたし……」

「そうよ。私がかけてるの。だって、邪魔されたくないし、……先生が来たとしても、これなら見つからないでしょう?」

「さっきソフィア先生がいたよ」

「嘘。本当? やだ。見つかる前に帰らないと」

「中庭の方にいたから大丈夫じゃない?」

「うーん。……もう少し描いてからにしようかな。二人はどうする?」


 アルテがあたしを見た。あたしは頷く。アルテがメランを見た。


「近くに外に出る場所ある?」

「隣の部屋行けるよ。後ろの壁にスイッチがあって、滑り台が出てくるからそこから外に出られる」

「だって」

「メランもいつもそこから?」

「うん。……このこと誰にも言わないでくれる?」

「もちろん。秘密は共有するものよ」

「良かった。……時々いるから、絵を描きたくなったらまた来ていいよ。三人で楽しくスケッチしようよ」

「そいつは楽しみ」

「……アルテ、煤ついてるよ?」

「……ちょっと羽目を外しちまってね。ふへへ……はあ……」

(疲れた……)

「じゃあね、気を付けて帰ってね」


 メランに手を振られながら隣の部屋に移動する。言われた通り部屋の奥の壁に触れていると、スイッチがあった。押すと、壁が開き、そこから緊急用の滑り台が現れ、二人でそこに入ると、下へ下へ滑っていく。しばらくすると、門の前に着地した。


 罪滅ぼし活動ミッション、七不思議を追う。二夜目。


(今夜もミッション成功ね。……一応)


 アルテが頭を搔いた。


「こんなはずじゃなかったんだけどな……」

(寿命が縮む……)

「サリア先生、ここに何しに来てたんだろう」


 アルテが顔をしかめさせた。


「絶対何か……あるはずなんだけど……」

「……」

「……今夜はいいや。ロザリっち、帰ろう」

「……今夜はちょっと、散歩してから帰るわ」

「え、大丈夫? 見つからない?」

「見つからないように気を付ける」

「……じゃ、先戻ってるよ」

「ええ」

「……今夜もありがとう」


 アルテが笑みを浮かべた。


「ロザリっちがいて、安心した」

「……お互い気を付けましょう。あそこは何があるかわからないから」

「だね。……じゃ、また明日」

「ええ。また明日」


 冷却ベストを着てから、アルテが寮への道へ歩いていく。しばらくしてから誰かが地面に着地する音が聞こえた。あたしは肩をすくませ、振り返る。


「なんですぐ来なかったのよ。あたし死ぬかと思ったんだから」

「やっぱり変なところだね。ここ」


 ソフィアがGPSを取り出した。


「電源ついた」

「……あ、本当だ」

「あそこに入った瞬間、電源がつかなくなった。無線機も駄目。リトルルビィが入れないって言ってたから結構気を付けてたんだけど、実際入ってみると変なことばかり」

「……あんたは入れたの?」

「こじ開けたって言う方がいいかな。呪いの後遺症を奥の奥に引っ込ませて、私はなんてことない人間ですっていう感じでドアを叩いたら入れたって感じ」

「……魔力を受け付けないってこと?」

「テリー達のことを追うつもりだったけど、あそこ、時間が歪んでる気がするな。未来と過去の時間軸がぐっちゃぐちゃになってる気がする」

「どういうこと?」

「あっちに歩いてるテリー達を見かけたと思ったら、次はそっちから見かけたとか」

「……?」

「うん。とにかく、ここおかしい。本当におかしい。……殿下、入れるのかな。入れないから私やルビィで試してるとか?」

「……」

「とにかく、怪我がなくてよかった」


 ソフィアの手があたしの頬に触れる。


「明日も来るの?」

「……必要なら呼ぶわ」

「君の為ならいつだって動くよ」

「……今夜は助かったわ。ありがとう」


 ソフィアの手から離れる。


「帰りましょう。色々あって疲れた」

「エスコートする?」

「あんたはされる側でしょう?」

「怪盗パストリルなら?」

「ごめんなさいね。あたしの目に見えてるのは巨乳の美しいお姉さんだけだわ」


 あたしは石を踏みつけながら進む。


「ああ、頭が痛い。最悪。ねえ、あの兵士の鎧たち、何だったと思……」


 足が滑った。


(うぎゃっ! 転ぶ!!)


 ――ソフィアがあたしの腕を引っ張った。


「大丈夫?」

「……」

「くすす。部屋まで一緒に行くよ」

「……見つからないようにだけお願い」

「かしこまりました。お嬢様。……くすす!」


 ソフィアが身を屈め、あたしの手の甲にキスをした。



(*'ω'*)



 音を出さないようにドアを開くと、テーブルで眠っていたメニーを見つけて、舌打ちが出た。メニーがそっと瞼を上げ、欠伸をした。


「お帰りなさい」

「あんたなんでここにいるの?」

「今日、ご飯食べてすぐに寝ちゃったでしょう? 話してる暇がなかったから」

「……ドロシーは?」

「わたしの部屋」


 メニーが嬉しそうに笑った。


「二人きりだよ」

「あ、そう」


 ドアを閉め、冷却ベストを脱ぐ。


「これ重たいわね。嫌い」

「着替えはそこね」

「先にシャワーに入る」

「じゃあ……入りながら聞いて?」


 ――ハンドルを回すと、頭上からシャワーが落ち、あたしの汚れを落としていく。


「この学園にはテーマがある。夢と希望。それを抱く生徒。いずれ立派な婦女として羽ばたく生徒達に夢と希望を与える学園。ソーレは太陽。昇る太陽は希望として輝く。ルーナは月。昇る月は人々に夢を見させる。夢を見た上で希望を抱く生徒を作る。ソーレとルーナという神は、それを見守る守り神。学びをつけて、抱いた希望の夢を叶えていきましょう。……だって。悪いものじゃないみたいだよ」


 あたしはシャンプーで頭皮を洗う。またシャワーで洗い落とす。


「でもそれなら、夢と希望じゃなくて、希望と夢だよね。ソーレとルーナじゃなくて、ルーナとソーレ。順番はどうでもいいのかな。夢と希望の方が語呂が良いし。学園の門の前にあるのも、夢と希望というテーマに沿ってのことだろうね」


 メニーがあたしにタオルを渡す。あたしはそれを受け取る。


「今回の調査は以上。他に、調べてほしいことある?」

「制服のポケットに入った手帳。あれ、ドロシーに解読するよう説得して」

「手帳?」


 メニーがベッドへ歩き、あたしの制服のポケットから手帳を取り出した。めくりながらシャワー室の前に戻ってくる。


「古代文字」

「あんた読めないんでしょ?」

「うん。わたしは読めない」

「ドロシーならわかるでしょ」

「全部翻訳すればいいってこと?」

「そっ」

「わかった。ドロシーに頼んでおく」

「あんたの頼みなら聞くのよね。あいつ」

「テリーも頼んだら聞いてくれるよ」

「どこを見てその発言が出てくるわけ? あいつがあたしの言うことを聞いた姿、見たことある?」

「それはテリーの態度が大きいからだよ。ちゃんと誠心誠意込めて言えば、ドロシーなら聞いてくれるよ」

「あのインチキ魔法使いにぺこぺこしろっていうの? お断りよ」


 あたしは髪を拭きながらシャワー室から出てくる。メニーが後ろからあたしを追いかける。


「その手帳を翻訳するのが次のあんたの仕事よ。いい? 明日のこの時間にまでだからね」

「わかった。頑張る」

(頑張るって言葉を使えば健気に見えると思ったら大間違いよ。メニー。あたしは騙されないわよ。お前の企みなんてわかってるのよ。良い子ちゃんアピールなんていらないのよ。くたばりやがれ。クソ女)

「じゃ、もう寝るから。お休み」

「テリー、まだ髪の毛乾いてないでしょう?」

「いい。もう寝る。疲れた」

「ちょっと待って」


 メニーがあたしの頭に触れた瞬間――濡れてた髪の毛が一気に乾いた。


「はい。どうぞ」

(……こういうのを見るとこいつに逆らっちゃいけないっていうのを感じるのよね。別に、怖いわけじゃないけど!?)

「はい。お布団」

「ん」

「明かり消すね」


 メニーが指を動かすと、部屋の明かりが消えた。


「ふう」

(疲れた)

「お休みなさい」

「ん。お休み」


 あたしとメニーがシーツに包まった。すやぁ。


「……いや、すやぁ、じゃないのよ!」

「テリー、寝坊しちゃうよ?」

「うるせえ! そんな可愛い目であたしを見つめてくるな! 自慢か、この野郎! 寝る前のわたちも可愛いのってか!? ふざけんな! んなもん一度目の世界の時から知ってるわ! だから哀れになるあたしのいたいけな心をもっと歪まそうってか!  離れろ、バカ女! ぎゅって抱きしめてくるな! あっ! この女、可愛い抱きしめ方をわかってやがる! これは何度も雑誌で見た、男心をくすぐる抱きしめ方だわ! 可愛いっていう形をわかってるんだわ! 犬や猫が可愛いと言われて可愛い顔をしてくるように、てめえも可愛いって言葉を理解してるんだわ! かー! むかつく! 毎晩毎晩可愛い顔してあたしを見つめてきやがって! テメエに見つめられる度に嫉妬心に駆られるあたしの気持ちも理解しやがれ、このアバズレ女! そんなにあたしを虐めて楽しいか! そんなに人を煽って楽しいか! てめえの部屋は隣だろうが! めちゃくちゃ良い匂いのするテメエの部屋に戻りやがれ! クソ女!!」

「駄目。今日はテリーと寝るって決めてたんだもん」

「『だもん』じゃねえわ! 『だもん』って言えばなんでもかんでも許されると思ったら大間違いだからな! お前の可愛い顔で『だもん』が通じるのはリオンみたいなアホ男くらいなものだからな! あたしに『だもん』を使ったところであたしに残るのは憎しみ恨み嫉み妬み僻みだけ! わかったらさっさと部屋戻れ! 金髪青い目だもん星人!」

「……だって」

「だってじゃ……」





 メニーがあたしをベッドに押し倒した。




「リトルルビィは良くて、わたしは駄目なの?」


 ……メニーのギラギラした青い目を見て、あたしの口が閉じられる。


「最近、多いよ。リトルルビィとか、ソフィアさんとか、セーラ様も……わかるけど、アルテさんとか、……全然わたしと喋ってくれない」

「……や、だから、あの……」

「何?」

「……そんな不機嫌な声出さないでくれる?」

「じゃあ笑顔で話そうか?」

「……怒ってるの?」

「なかなかに」

「……あたしが何したってのよ」

「わたしと喋ってくれないから」

「喋ってるじゃない」

「他の人と喋ってる方が楽しそう」

「当たり前でしょ。あんたのこと嫌いなんだから」

「……」

「言ってるでしょ。嫌いだって。何度も何度もしつこく来やがって」

「……」

「わかったら、部屋戻る。ほら」


 あたしの頬に水滴が落ちてきた。


(え?)

「……なんで……?」

(あ)


 メニーが涙を落とす。


「なんで……そんなこと言うの?」


 ――あたしは余計に口を閉ざすことになった。


「テリーに構ってもらえなくて……寂しいだけなのに……」

「……」

「そんなにわたしのことが嫌いだったんだね。……わかった」

(え)


 メニーがベッドから抜け出した。


「メニー?」


 窓を開けた。


「ちょ、何……」

「さようなら。テリー」


 メニーが窓に足をかけた。


「すぐいなくなるから」

「アホーーーーーー!!!!」


 メニーを突き飛ばし、窓を閉める。地面に飛ばされたメニーがその場で腹を抱えて笑い出した。


「あはははは!!」

「この馬鹿女! 自殺するなら自分の部屋でやりなさいよ!! あたしがいないところで、他人の目に触れず、迷惑をかけず、森の奥の奥の奥で首を吊って死に至り、その後動物達の血肉となるくらいの覚悟を持って死にやがれ!!」

「テリーが見てないと意味ないじゃん! あはははは!」

「こ、この、よ、よ、よくも……!」

「あー、おっかしかった」


 メニーが起き上がり、窓の前にいるあたしに抱き着いた。


「やっと構ってくれた」

「……あたしはね、お前みたいな奴をこう呼ぶわ。愚か者」

「テリーが構ってくれるなら、どう呼ばれようが何でもいい」

「シスコン」

「それはどっちかな? テリー」

「少なくともあたしはシスコンじゃないわ。お前のことは嫌いだもの」

「だったら今、わたしを振り払えばいいんじゃない? 触るなって言って、部屋から追い出せばいい」


 ……メニーが笑う。


「はい。わたしの勝ち」


 メニーが近づいた。流石のあたしも後ずさる。


「あ」

「っ」


 メニーが声を出したと共に、背中からベッドに倒れた。メニーがあたしの乗りかかる形で一緒にベッドに倒れる。あたしに被さるメニーが頬を赤らめる。そして、またゆっくりと、恥ずかしげな表情であたしを抱きしめる。


「テリー、……愛してるの」

「……あのね、何度も言ってるけど」

「わかってる」

「わかってないじゃない」

「テリーはクレアさんと結婚する」

「そうよ。あたしはクレアだけを愛してる」

「そうだよ。だからわたしはテリーを愛してるけど、愛してほしいとは言ってない。構ってほしいとは言ってるけど」

「それってどうなの?」

「なんで? 妹がお姉ちゃんに構ってって言うことの、何が悪いの?」

「……あんたの場合、ちょっとズレてるのよ」

「どこがズレてるの? 言ってみて」

「……だから……ズレてるのよ。……色々」

「色々って何?」

「……あんたのそういうところが」

「嫌いで逃げないで」

「逃げてない。面倒くさいの」

「じゃあ面倒くさいでいいんじゃない? その代わり、わたしはずっと構ってって言い続けるから」

「あー、わかった。もういい。わかった。何よ。何が目的よ。何したら許してくれるのよ」

「今晩一緒に寝て?」

「わかった。……チッ! 早く退いて。邪魔」

「うふふふ! ……はーい」

(クソ疲れる……)


 メニーが定位置につき、あたしもつく。メニーが横から抱きしめてくる。こういう時まで良い匂いしやがって。むかつく。


「お休みなさい。……お姉ちゃん」

「……はいはい。お休み」


 振り払えばいい。

 追い出してしまえばいい。

 簡単でしょ。








 出来るならやってる。








 あたしは本音から隠れるように、瞼を閉じた。











 闇の奥から響く泣き声は、少しだけ止んだようだ。

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