第19話 学園七不思議、第二夜
深夜。門の前には、既にアルテが待っていた。あたしは手を振り、池の石を踏んづけながら進み、門へと近づいた。
「今夜は来ないかと思ってた。あの機械どうやって潜り抜けたの?」
「冷却ベスト」
「あ、やっぱり?」
「アルテも着てる?」
「夜は冷え込むよ。ここに置いていかない?」
「賛成。これ重たいのよ」
二人で茂みの多いところに冷却ベストを隠していると、旧校舎の時計の針が1時を指した。音は鳴らない。あたしとアルテがそれを見て、お互いの顔を見合わせた。
「じゃ、今夜も行こうか? ロザリっち」
「ええ」
罪滅ぼし活動ミッション、七不思議を追う。二夜目。
門に仕掛けられた小さな扉から入り、今夜も草原と茨に囲まれる不気味な古城へと歩いていく。アルテがランタンに火を灯し、古城の扉を開け、中に入る。ソーレとルーナの像があたし達を出迎えた。
「今夜はどこに行こっかなぁー」
呟きながらアルテが糸の芯を転がした。アルテが息を吸い――唄った。
学びを求める子羊よ、
貴女の夢を叶えましょう。
朝は太陽神ソーレに祈れ。
夜は月神ルーナに祈れ。
薔薇の茨をくぐり抜け。
塔の頂点に君臨せよ。
未来を知るのは糸車のみ。
――糸が止まった。左の道を示している。
「今夜は左」
アルテが糸を拾った。
「左だなんて不吉。でも、行ってみないとわからない。開かない扉がいっぱいあったら、結局経路を変えるしかないもの」
「開かない扉なんてあるの?」
「あるよ。鍵がかけられて、全く開かない。壊してもいいけど、罠が発動して痛い目に遭いたくないから、そのまま」
「慎重に行きましょう」
「足元、気を付けて」
(だって。怪盗パストリル様)
アルテと慎重に左の廊下を進んでいく。廊下の壁には沢山の絵画が飾られている。大きくてお洒落な扉が設置されていて、ドアノブを掴んでみる。開かない。次のドアを掴んでみる。開かない。アルテが眉をひそませた。
「わてもね、ここら辺歩いたことあるんだけど、あまり開く扉なかったと思う」
「全部駄目なら違うところに行けばいいわ。……うわ、何ここ」
変な色がついたドアを見て顔を引き攣らせるとアルテがそのドアを眺めた。
「絵具じゃない?」
「……絵具? 美術室?」
「うわ」
「え?」
「ロザリー、七不思議。第二夜、誰も居ない絵画の部屋から鉛筆の音が聞こえてくる」
「「……」」
あたしとアルテがそっとドアに耳をつけてみた。――何も聞こえない。
「……ここがその絵画の部屋ってこと?」
「ドアが開かない。でも、可能性はある」
「ドアが開かないなら確かめようがないわ」
「隣から入れないかな?」
「ちょっとアルテ」
「あ」
アルテがドアノブをひねった。
「開いてる」
「……まじ?」
ゆっくりとドアを開く。そこにはクロスがかけられたテーブルと椅子。そして、見たことのない形の機械とスクリーンが設置されていた。アルテがまじまじと眺める。
「これ……もしかして映写機?」
「映写機? 旧校舎時代に設置したってこと?」
「かもしれないし……そうじゃないかもしれない。だって、ロザリー。こんな映写機見たことある? この時代のものかも」
「……この城が現役の時にはもう開発されてたってこと?」
「かもしれないよ? 歴史は謎だらけだもの」
アルテが辺りを見回した。フィルムが落ちている。それを拾い、機械に入れてみた。ぴったりはまった。
「ロザリっち、そっちのハンドル回せる?」
「ええ」
あたしの方にあったハンドルを前に押し出す形で回すと、フィルムに埋め込まれた画像が一枚一枚出てきた。それが流れるよう動き出し、映像のようになる。
それはキッチンだった。料理人たちが楽しそうに料理をしている。自分たちの料理を味見した途端、美味しすぎて全員が騒いでる。とても楽しそうだ。――フィルムが終わった。
「……本当に映写機なのね。これ。びっくりしたわ」
「他のフィルムないかな」
「ずっとここにいる気?」
「もう一個だけ。……あ、あった、あった。これは?」
アルテがフィルムを入れた。あたしがハンドルを回す。画像が映された。ハンドルを回すと画像が流れ、映像のようになる。それを見て、アルテとあたしが息を呑んだ。
「……ロザリっち、これ」
小汚い小屋のようなところで、画家らしき人物が絵を描いている。ひとしきり絵を描くと、画家が何かをポケットから出し、壁に飾っていた絵の額縁裏に隠した。そして、また椅子に戻り、再び絵を描き始めた。――フィルムが終わった。
アルテとあたしが顔を見合わせた。
「どう思った?」
「あれ、この建物じゃないわよね?」
「小屋だった」
「……アトリエ、とか? これだけ広いならどこかにありそう」
「何か隠してた」
「あのアトリエに行けば何かわかるかも。アルテ、知らない?」
「……一ヶ所、ここじゃないかなってところはある」
「どこ?」
「中庭。へんてこな小屋が建ってて、側には不気味な井戸がある」
「……行ってみる?」
「他に行くところなさそうだもんね。でもね、あそこ不気味だから、わても、あんまり近づきたくないの。おばけが出そうなんだもん」
「……」
「ふひひひひ! 嘘、嘘。冗談、冗談。不気味だけど行ったことあるし大丈夫。罠だけ気を付ければね」
「……わかった。ついてく。後ろは任せて」
「おっけー。前は任せて」
アルテと再び廊下に出て、罠がありそうな廊下があればアルテが糸を転がし、あえて罠を発動させた。一回発動してしまえば、そこを潜り抜け、また先に進む。しばらく歩いていると、中庭に繋がる通路に辿り着いた。不気味な井戸が設置され、腰まで伸びた雑草の中に、木だけで作られた無造作な小屋がぽつんと建っている。
「あそこ」
「……確かにあれっぽい」
「でもあそこ開かなかったと思う。前にわて、行ったことあるもん」
「ここら辺に罠は?」
「ないはず」
「ここを出入りしてるのって、アルテだけじゃないんでしょ? 誰かドアノブを壊してたりしてないかしら?」
「ま、行ってみてもいいけど、ここの雑草入るの苦労するんだよね」
そう言いながらもアルテが率先して先に進み、あたしが後ろからついていく。泳ぐように雑草を踏んづけて進み、アトリエの前に到着する。アルテが両手を撫でながらドアノブを掴んだ。
「……あれ?」
アルテが素っ頓狂な声を出し、ドアノブを捻った。
「開いてる。前は開かなかったのに」
「……罠があるかも。気を付けて」
「ん……」
アルテがそっとドアを開け、隙間から糸を転がしてみる。……何もない。ドアを完全に開けてみた。煤が外に漏れる。中には、絵を描く道具が多く置かれていた。その場所は映写機で見た場所そのものだった。
「ロザリっち、ここみたい」
「ええ。驚いてるわ」
「あ、あった。あれだよ。あの額縁の裏に何か……」
アルテが中に入ると、天井からすごい音が鳴り始めた。
「うわっ」
「アルテ!」
あたしが入る前にドアの前が天井から降ってきた丸太や家具で埋められた。
「アルテ! 怪我は!?」
「げほげほっ! わ……わたくしは大丈夫! でも、ああ……これは……」
「何がどうなってるの!?」
「なんか……ソファーとか、絵を描く道具とか……なんか大きいものが天井裏にしまわれてたみたい。それが……風のせいかしらね? うへえ。全部降ってきたっぽい」
「動かせられそう?」
「壁壊した方が早いかも。ハンマーか何か落ちてない?」
「……落ちてないけど……何か探してくるわ。このままだとアルテが煤まみれで一夜を過ごすことになりそうだもの」
「あ、だったら……ちょっと待って。……左来れる?」
「左?」
「隙間がある」
あたしは雑草を踏んづけてアトリエの左側に行くと、腐って出来たような穴があり、そこからアルテの手が見えた。糸を三つ持っている。
「持ってって。罠があったらこれ転がして」
「ありがとう。探してくるからちょっと待ってて」
「くれぐれも置いて帰らないでね。置いて帰ったりしたら、煤にまみれてロザリっちを呪う儀式をここで行わなくちゃいけなくなる」
「ちゃんと戻ってくるから呪わないでくれる?」
「こっちもなんとか出来ないか、道具を探してみるよ」
「ええ。お願い」
ソフィア、なんとか出来ないかしら。怪盗パストリルっていうくらいなんだから、こういうところも経験あるでしょ。ほら、なんとかしてみせなさいよ。あたしは連絡しようとGPSを取り出し、電源を入れてみた。
(……あれ、圏外……?)
電源が切れた。
(うわ、ちょ、最悪。は? 電池入れてきたわよね?)
電源が入らない。
(……連絡取れないじゃないのよ。クソ……)
辺りを見回す。ソフィアの気配はない。
(あいつ、いるのよね? どこかに……いるとは思うんだけど……)
――変な音が聞こえた。
「ふぎゃっ!」
思わず悲鳴をあげる。振り返ると、井戸から風の音が聞こえているようだった。
「……井戸ねえ……」
あたしは雑草をかき分けて進み、井戸を覗き込んだ。
(……何もないか)
見えるのは暗い底だけ。
(ランタン、あたしも持ってくれば良かった)
風の音が聞こえる。暗い底は何も見えない。あたしは目を凝らしてみる。やっぱり何も見えない。少し気になる。どこまで深いのかしら。あたしは身を屈めてみる。底から音が聞こえる。風の音だ。いや、歌のようだ。いや、――泣き声のようだ。
泣 き 声 ?
あたしは瞬きをするために、瞼を閉じた。瞼を上げ、目を開けると、
ミイラの女が、あたしに向かって泣き叫んできた。
「っっっ!!!!!?????」
目を見開き、尻餅をつく。誰も居ない。あたしは立ち上がる。誰も居ない。周囲を見回す。誰も居ない。慌てて井戸を確認する。誰も居ない。
(……幻覚?)
心臓がばくばく揺れている。恐怖で足が震えている。
(……恐怖は妄想を起こすという。幻覚だわ。うわ、最悪。怖いの見た。夢に出てきそう。うーわ。最悪!)
溜息を吐くと共に顔を下に下げると、井戸の下に何か落ちているのが見えた。
(ん。何これ。なんか落ちてる)
手を伸ばし、拾ってみる。手帳と封筒。手帳の中をばらばらとめくってみる。古代文字が書かれている。勉強してないあたしには読めない。ドロシーなら読めるかも。封筒を確認してみると、中に紙が入ってる。あたしはそれを広げてみた。
私の理解ある親友、カリスへ!
アトリエを掃除しに行くなら気を付けて! あそこはいつだってあのへんてこ画家が集めてきたゴミ山小屋なんだもの! ターリア姫様は面白いって言ってくださってるけど、あんな汚いアトリエ、このお城にふさわしくないと思うの。そうだわ。いいこと思いついた。地下にある武器庫、あそこからハンマーを持ってきて、壁を壊さない? 通気性がよくなって、画家も大喜びよ! うふふ! 早速準備しなくちゃ。
大丈夫よ。誰にもばれやしないわ!
待ってるからね!
アトリエに振り返ると、ハンマーでドアが壊され、無造作に修理された形跡があった。……このアトリエは嫌われていたようだ。
(……現代文字……ということは……旧校舎時代に……誰かが書いた手紙? ターリア姫……って誰のことかしら。……それに……ここなら雨風当たると思うけど……随分と綺麗ね。文字も……問題なく読める)
あたしはもう一度手帳をめくってみた。やっぱり読めない。全て古代文字だ。
(……難しいことはいいわ。とにかく、地下に武器庫があるのね。地下ってどこ……あっ)
手帳の間に、古い絵が挟まっていた。開いてみると、古城の中身が書かれた地図だった。
(……古代文字で書かれてるけど、なんとなくわかる。……中庭が……ここで……地下は……)
指を差す。
(なるほど。完璧な地図だわ。……なんでこんなところに……?)
……。
(ああ、いいわ。ここにいたらどうにかなりそう。さっさと武器庫に行って、ハンマーで壁を壊して、アルテと帰ろう)
雑草の道から通路に戻り、地図に記載された道を進んでいく。×が書かれているところが気になる。側に行くと、念のため糸を転がしてみた。罠が発動され、壁からナイフが付きだされ、引っ込む。……罠の場所らしい。全部書かれている。あたしは気を付けながら進み、階段を見つけた。
(うわ、暗……ここ灯りないの?)
ランタンもろうそくもない。あたしは手を叩いた。
「ドロシー、灯りくれない? 暗くて入れないわ」
ドロシーは来ない。
(だから役立たずなのよ。お前は)
「ソフィアー?」
ソフィアは来ない。
(……いる……のよね……? どこかに……。……いないとかやめてよ?)
仕方ない。あたしは目を凝らしながら、ゆっくりと階段を下りていく。底が見えない。壁に伝って下りていくと――何かを蹴飛ばした。
(うわっ! 何か蹴飛ばした! ぎゃっ!?)
踏んづけた。何か割れた音が聞こえた。
(……あたし知ーらない。見えないもん)
そのまま下っていくと、足が地面についた感覚があった。足を延ばしてみると、階段が終わったようだ。
(暗くて本当によく見えない。罠があってもこれはわからないわね……)
寮に帰ったらドロシーに暗いところでも歩ける魔法をかけてもらおう。ランタンをいちいち持っていくのは面倒だもの。
(さあ、あたし、気を付けて。武器庫……)
通路を進んでいくと、奥に一つだけ鉄の扉が見えた。暗い中をゆっくりと進み、ドアに触れてみる。大丈夫かしら。ドアノブを掴んで、ひねってみる。ゆっくりと開ける。静かだ。糸を転がしてみる。何もない。あたしはドアを開け、中に入った。
(……あれ、これマッチ?)
足元に落ちてる箱と棒がある。しゃがんでそれを拾うと、上から何かが飛んできたような音が聞こえた。
(うわっ。びっくりした。何?)
箱にすらせてみると、火が付いた。視界に、武器が置かれた倉庫が広がる。
(うわ、すごい……。ん?)
あたしは横を見てみた。弓矢が壁に刺さってる。あたしは反対方向を見てみた。空になった弓が設置されている。
「……」
あたしは地面に地図を広げてみた。武器庫の入り口に×がついていた。
「……」
あたしはマッチに感謝し、そのまま武器庫を歩き出した。当時戦争で使われていたであろう武器が全部置かれている。これは拷問器具だろうか。錆びている。
(あった。あった。ハンマー)
古いハンマーを掴んでみる。……持てない重さではない。
(もう罠ないわよね? ……うん。なさそう。じゃ……戻るか……。……はあ……)
刺さって動かなくなった弓矢を見て、少し屈みながら武器庫から出ていく。下った階段を上がっていき、地下から抜け出した。
(はあ。きっつ。ハンマー重たいし。最悪。お風呂入りたい)
あたしはハンマーを引きずりながら来た道を戻っていく。中庭への通路に行くと――違和感を感じた。
(……あれ? 通路に兵士の置物なんかあったっけ?)
六体の兵士の置物が向かい合っている。
(……ま、いっか)
あたしは向かい合う兵士の間を通っていく。
(さて、アトリエの壁をこれで壊して、アルテを外に出して……)
背後から、うめき声が聞こえた。
ゆっくりと振り返る。向かい合っていた兵士たちの頭が、あたしに向けられている。あたしはそっと後ずさる。兵士の首が動いた。あたしは後ずさった。兵士の足が動き出した。あたしはハンマーを引きずらせた。六体の兵士があたしに襲い掛かってきた。
「いやーーーーーー!!!!」
「ロザリっち?」
アトリエからアルテの声が聞こえてくる。
「どうしたの? ロザリっち!?」
(どうする。どうする? どうする!?)
ハンマーを通路に置いたまま雑草の地へと逃げる。しかし、兵士が追いかけてくる。
(やばい。ハンマー。あ、どうしよう。う、どうしよう。えっと、えっと、冷静に、えっと、えっと……!!)
「ロザリー!?」
(兵士が、なんで、置物、なんで、急に、動き出して、ひ、嘘、まじ、ちょっ……!)
六体の兵士が剣を取り出した。
(嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘……)
兵士があたしにめがけて剣を振った。
――誰か、助けて……!!
影が動いた。
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