第16話 学園七不思議、第一夜


 ゴーグルをかけると、寮の出入り口にレーザーセンサーが設定されているのが見えた。


(だけど所詮はローレライ。隙間が存在する)


 あたしは髪をまとめ、するりするりとセンサーを潜り抜けた。


(ふん。島で散々これに困らされたわ。ローレライ、あの時の恨みはここで返すわ)


 無事寮の外へ抜け出し、廊下を駆け出す。腕時計を見れば24時50分。少し出るのが遅かったかもしれない。誰もいない暗い廊下をひたすら走り、中庭へ急ぐ。旧校舎が見えた頃には、息を切らしていた。


(あった……。くそ……。意外と遠いわね……)


 池の前に着くと、門の前に立ってるアルテの姿が見えた。アルテがあたしを見て、ふひひと笑った。あたしは石に足をつけ、跳ねるように進み、門の前に到着した。


「お待たせ」

「汗だらけ。大丈夫?」

「出るのが少し遅くなったわ」

「あれ、ロザリーも管理人からゴーグル盗んだの? すっげー」

「……そのゴーグルも盗んだの?」

「あの管理人が居眠りした隙にね」


 旧校舎の時計の針が1時を指した。音は鳴らない。あたしとアルテがそれを見て、お互いの顔を見合わせた。


「じゃ、行こうか? ロザリっち」

「ええ」


 罪滅ぼし活動ミッション、七不思議を追う。一夜目。


 門に仕掛けられた小さな扉から入れば、草原と茨に囲まれる古城が不気味に経っている。アルテがランタンに火を灯し、古城の扉を開け、中に入る。ソーレとルーナの像があたし達を出迎えた。昼間は守り神だが、夜はまるで悪魔のようだ。


「一つ、言っておくんだけど」


 アルテがあたしに顔を向けた。


「ここってね、昼は何も起きないけど、夜は本当におかしなことが起きるの」

「おかしなことって?」

「そうね。例えば、この建物に仕掛けられたトラップが動き出したり」

「トラップ?」

「元々どこかの城みたいだし、侵入者が入らないように仕掛けられたものだと思う。わてもね、何度かそれに引っかかって外に出されてるの。死ぬことはなかったけど、一度外に出たらなぜか門の扉が一切開かなくなる」

「開かなくなるの? 一切?」

「押しても引いても駄目。だからそうなったら次の日まで待たなきゃいけなくなる」

「へえ」

「トラップに気を付けて。あと、なるべくわてから離れないで」

「わかった」


(リトルルビィ、聞こえてるなら、今の通りよ。トラップに気を付けて)


「どこから行く?」

「ふひひ。ロザリっち、よくぞ聞いてくれた。わてはね、いつもこれで決めてるの」


 アルテが芯に巻かれた糸を鞄から取り出した。


「わてが作った糸なんだ。サリア先生とね、初めて作った糸。記念に貰ったから、ずっと大切に取ってある、お守りの糸」


 そう言うと、糸を地面に転がした。糸は生きてるように転がっていく。アルテが息を吸い――唄った。


 学びを求める子羊よ、

 貴女の夢を叶えましょう。

 朝は太陽神ソーレに祈れ。

 夜は月神ルーナに祈れ。

 薔薇の茨をくぐり抜け。

 塔の頂点に君臨せよ。

 未来を知るのは糸車のみ。


 ――糸が止まった。右の道を示している。


「……今夜は右」


 アルテが糸を拾った。


「ロザリっち、知ってる? 左から右に行くとね、ポジティブな意味合いがあるんだって。舞台演劇なんかで使われる手法だって、母様から聞いたことがある」

「言葉の通り、良いことが起きるといいけど」

「こればかりは進んでみないとわからない。何も起きないかもしれないし、何も見つからないかもしれない」

「行きましょう」


 アルテが頷き、右の扉を開け、廊下を進み始めた。ランタンの明かりが周りを照らす。一歩一歩慎重に歩いていくと、アルテの足が止まった。あたしも足を止める。


「どうかした?」

「……天井に着いてるシャンデリアが揺れてた」


 アルテが再び芯に巻かれた糸を取り出し、転がしてみた。すると、シャンデリアが降ってきた。あたしは口を押さえる。アルテが黙って眺める。落ちたシャンデリアは何事もなかったようにするすると上がっていき、動かなくなった。アルテがもう一つ芯に巻かれた糸を取り出し、転がしてみた。シャンデリアはもう動かない。


「こういうことがあるんだよね。ここ。サリア先生、なんでうろついてたんだろう」

(サリアが好きそうな場所だからでしょうね)

「ロザリっちも気を付けて」


 アルテが糸を二つ拾って、再び進みだす。


「昼間は全くトラップは動かない。夜限定。だから、昔の人は夜にトラップが動くように仕掛けを作ったんだと思う」

「今よりも昔の方が知恵が回ってたのね」

「お父様がよく言ってるの。現代は科学が発達したけれど、魔法使いを迫害しなければもっと素晴らしい世界になっていたと。当時の人間はおかしかったって」

「……」

「この廊下どこまで続いてるんだろう?」

「……?」


 あたしは振り返った。


「アルテ」

「ん?」

「何か……音がしない?」


 それは何か、


「焼いてる音……みたいな……」


 キッチンでよく聞く、何かを焼くような音。


「……」


 アルテが耳をすませてみた。微かに、遠くから、火を使った音が聞こえる気がする。アルテが固唾を呑んだ。


「七不思議、第一夜」


 隙間風が入ってくる。


「誰も居ないキッチンから……コンロの音が聞こえてくる」


 アルテが辺りを見回す。


「火の音、確かに聞こえる。どこだろう」

(リトルルビィ)


 あたしは振り返る。


(いるなら教えてくれない? どこ?)


 ――閉じられたドアがノックされた。アルテとあたしが悲鳴をあげ、抱きしめ合う。


「……」


 二人で顔を見合わせ、音がしたドアを見つめる。


「……」


 アルテがそっと近づいた。ドアを観察し、耳を押し当てた。アルテがドアの取っ手を掴んだ。


「……さん」


 数えて、


「に」


 ラスト。


「いち」


 アルテが勢いよくドアを開けた。しかし――中には何もない。その代わり、油が飛ぶ音が近づいた気がした。アルテが糸を転がしてみた。トラップはないようだ。


(……ドアを叩いたのは、もしかしてリトルルビィ? ……驚かさないでよ。あの子ったら……)

「……」

(けど、いいわ。ドアがノックされたらその方向に行けばいいのね)


 アルテが糸を拾った。すると、またドアがノックされた。


「っ」

「アルテ」

「……」

「火の音、……近づいてきてるわよね?」

「……お化けが教えてくれてるのかな。悪霊じゃないといいけど」

「順番にドア開けていかない?」

「……いいの?」

「ええ」


 今度はあたしがドアを開けた。やはり、ドアの向こうの部屋には何もない。そして、獣の声がまた近づいた気がした。アルテが糸を転がす。トラップはない。


「アルテ」

「ロザリっち、油断しないで。こんなこと、今までなかったから……」

「いだっ」

「え?」


 ドアが叩かれた。アルテが音に振り返った。あたしは足元を見た。何かを踏んづけてしまったらしい。あたしは壁の隅にそれを蹴飛ばした。アルテがドアを開けた。部屋には何もない。しかし、火の音が近づいてきた。アルテが糸を転がす。トラップはない。ドアは叩かれない。代わりに、明かりが漏れたドアから、『人の笑い声』と『料理をしている音』が聞こえた。


「「……」」


 アルテと目を見合わせる。アルテが鞄から小瓶を取り出し、あたしに小声で言った。


「聖水」

「……お化けは聖水に弱いの?」

「わからない。だけど、……清らかなものには近づけない。そう教わった。……保証はないけど」


 アルテが震える手で取っ手を掴んだ。


「さん……」


 あたしは唾を飲む。


「に……」


 大丈夫、大丈夫、大丈夫。


「いち……」


 アルテが、扉を開けた。









「「きゃー---!!!!」」






 メリッタとフロマージュがハチミツとチーズを持って、固まった。

 アルテとあたしも知り合いの顔に、唖然とする。


「……メリッち?」

「アルテ?」

「フロマージュ?」

「ロザリー?」


 四人が目を合わせて、ぽかんとする。


「二人とも……ここで何してるの?」

「メリッタとフロマージュこそ……」

「あっ……」


 メリッタとフロマージュが溜息を吐いた。


「わかった、わかった。一枚ずつあげるから誰にも言わないで」

「私たちの努力の結晶よ」


 そこにはチーズとハチミツのパンケーキが山のように積み重なっていた。


「バレたら料理の研究ができなくなる」

「材料費も没収される」

「……時間外の調理は大人がいないため、厳禁とする」


 アルテがあたしを見た。


「学園のルール。生徒手帳にも書いてある」

「料理の研究するためにここに材料持ち運んでやってたっての?」

「私たちにとっては大事なことよ」

「メリッタはハチミツ。私はチーズ。この二つが組み合わさると化学反応が起きて、料理の美味しさがパワーアップするんだから」

「ピザにチーズは乗ってる。でもハチミツはない」

「ケーキにハチミツは使われる。チーズのケーキだって存在する。なぜ? 誰かが研究したからよ」

「私たちは美味しさを求める同士」

「互いの好きなものを組み合わさって美味しいものが食べられるなら」


 二人が声をそろえた。


「「クソみたいな規則なんて破いてくれるわ!」」

(紛らわしいことすな!!)

「いや、規則は守ったほうがいいと思うけどねー」

「いいわ。アルテ、ハチミツたっぷりの部分あげるから黙ってて」

「そもそも、あなた達はここで何してるのよ?」

「あー……」


 あたしが言葉を濁らせると、アルテが肩をすくませて言った。


「七不思議が本当かどうか冒険してた」

「そんなことしてるから授業中眠くなるのよ。アルテ」

「ふひひ。……第一夜の内容がね、『誰も居ないキッチンからコンロの音が聞こえてくる』っていうものだから、とうとう見つけたと思ったんだけど」

「あら、確かにそれは今の状況にぴったり!」

「でも残念でした。正体はおばけじゃなくてわたし達よ」

「……えっと、あの、二人も……寮から抜け出してきたの?」


 あたしが訊くと、メリッタとフロマージュが鼻で笑った。


「あのくだらないセンサーのこと?」

「管理人からゴーグルを盗めば簡単」

「ロザリーは来たばかりで知らないと思うけど、この旧校舎、結構生徒達の遊び場になってるのよ。普段はみんな大人しくしてるけど、ストレス溜まってるからここで解消するの。流石の先生達も、夜は疲れて寝てるし、昼だとしてもここには寄り付かないんだから」

「トラップがあるから、気を付けないといけないけど」

「それさえ気を付ければ、遊ぶにはもってこい」

「ストレス解消にも」

「全員、貴族の娘だもの。どこかで吐き口を見つけないと、ストレスで溺れちゃう」

「だからわたし達は明日もより良い顔をするために料理をするの」

「美味しいものを食べてね」

「材料はどこから?」

「「料理クラブの食糧庫」」

(こいつら……常習犯ってわけね……)

「というわけで、二人とも、申し訳ないけど、ここは七不思議の第一夜はここじゃないみたいよ。うふふ! ごめんあそばせ」

「いいわ。せっかく会えたんだし、チーズあげる。はい」

「……ああ、ありがとう」

「ロザリーも」

「あ、はい」


 あたしとアルテがチーズを食べた。濃厚だ。メリッタが聞いてきた。


「で? 冒険はまだ続けるの?」

「……ロザリっち、どうする?」

「……今夜はいいんじゃない?」

「そうね。今夜は……もういいや」

(一気に気が抜けた……)

「そこの壁ね」


 フロマージュが指を差した。


「スイッチがあるみたいで、抜け穴が現れるから、そこから滑っていけば門の前まで出られるわよ」

「わたし達も食べ終わったらいつもそこから出て行ってるの」

「片付けさえしていれば誰にもバレない」

「その通り」

「……ああ、おっけー……」


 アルテがふらふらと歩いていき、壁に触っていくと、とある場所で『カチ』と音が鳴り、抜け穴が現れた。メリッタとフロマージュが最後に言った。


「このこと秘密よ。言ったら二人のことも言うからね」

「秘密にしてちょうだいよ?」

「わかってるよ」

「……また明日教室で会いましょう」

「「ご機嫌よう。アルテとロザリー」」

「「ご機嫌よう。メリッタとフロマージュ」」


 別れを告げてからアルテが先に穴に入った。あたしも穴に入ると、中は滑り台のようになっていて、するんするんと滑っていき、しばらくして、旧校舎の門の前へと落ちていった。外に出ると、開けられた穴が壁で塞がれ、中にもう入れない。


「「……」」


 アルテと顔を見合わせる。


「……帰ろっか。ロザリっち」

「……疲れたわ」


 罪滅ぼし活動ミッション、七不思議を追う。一夜目。


(……一応、ミッションクリア)


「「……はあ……」」


 ゴーグルをつけ直し、二人で帰りの廊下を歩き出した。



(*'ω'*)



 部屋に戻ると、リトルルビィが待っていた。


「お疲れ」

「ん」

「はあ。全く、とんだ茶番だったわ」


 制服を脱ぎ始めると、リトルルビィがあたしに背を向けた。


「あんた、先回りしてわかってたの?」

「……先回り?」

「ドアを叩いて教えてくれたでしょう?」

「……」

「ありがとう。助かったけど……はあ。まさかメリッタとフロマージュまであの旧校舎に忍び込んでたなんてね。もしかして、残りの七不思議もお嬢様達の悪戯だったりして」

「テリー」

「ん?」

「実はね」


 あたしはネグリジェを着た。


「わたし、あそこ入れてないんだ」

「……ん?」


 リトルルビィに振り返る。


「どこ?」

「旧校舎」

「……え? でも、ドア……」

「あのアルテっていうのとテリーが入った後に入るつもりだったんだけど、扉が全く開かなくなった。瞬間移動も駄目。壊して侵入しようとも思ったんだけど、全く壊れなかった」

「……」

「あの古城、完全にわたしを拒んでた」


 リトルルビィがあたしに体を向けた。


「だから、ドアなんて叩いてないし、中で何が起きてたかもわからない。ただ、テリーが動いてた位置だけはわかってたから、無事なんだってことだけ把握してた」

「……え? じゃあ……誰がドアを叩いたの?」

「……誰かがいたんじゃない?」

「……誰かが……?」


 ドアを開けると、誰もいなかった。


「それって……誰……?」


 メリッタもフロマージュも、あたし達を見てすごく驚いていた。ドアを叩いていたら、あんな風に驚かないだろう。


 と、いうことは――。


「……」

「明日はソフィアに確認してもらった方がいいかも。……今夜はわたしも部屋に戻るよ」


 あたしはリトルルビィの手をぎゅっと握った。


「もう夜も遅いし、一緒に寝ましょう」

「え? あ……それは、あ、えっと、……色々まずいから、部屋にもど……」

「あんた、まだ16歳でしょ? 吸血鬼とは言え、この時間に一人で部屋に戻すのは心配だわ」

「え? それは別に大丈……」

「いや、大丈夫じゃないから」


 あたしはベッドにリトルルビィを引っ張った。


「今夜は、一緒に寝た方がいいわ。ね」

「や、えっと、それは、あの……」


 リトルルビィがベッドに倒れた。あたしは隣に倒れる。


「おやすみ!」

「あ、えっと、あの……お、おやすみ……」

「一緒に起きるのよ!? 離れちゃ駄目だからね!?」

「う、うん。……わかった。ここに……いる」

「……」


 あたしは部屋を見回した。


(お化けは……いない)


 来ても無駄よ。


(ここには……恐ろしい吸血鬼がいるんだからね!)


「あの、テリー、ち、近い……」

(がくがくがくがくぶるぶるぶるぶる)

「テリー……あったかい……」


 夜が明けていく。










 闇の奥から響く泣き声は、見つけられなかったようだ。

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