第15話 調査結果
星空が広がる時間を、時計の針が指し示す。丸テーブルに紙を広げ、あたしとメニーが向き合い、ベッドにはリトルルビィが怠そうに座る。その隣では、ドロシーが丸くなって眠りこく。
「メニー、昨日のあたしが言ったこと、忘れてないでしょうね?」
「もちろん。テリーに言われたことは全部調べたよ」
「お手並み拝見といこうかしら?」
「喜んで」
メニーが数冊の古本をテーブルに乗せた。
「旧校舎に伝わる七不思議。学校の記録書によれば、確かにあるみたい」
あそこは、古代昔に建てられたお城で、まだ、魔法使いも平和に暮らしていた時代。当時、この地域は一つの小さな国だったんだって。優しい王様と綺麗なお妃様がいて、大勢の家臣がいた。小さな国の民は平和に暮らしていた。そんなある日のこと、王様とお妃様に子供が出来たの。民はみんな喜んだ。子供が誕生したら、パーティーを開くことになった。そこで、大切な姫に祈りを捧げてもらおうと、13人の魔法使いをお客様として呼ぶことにしたんだって。でも、当日、食器が一枚足りなくて、12人しか呼べなかったの。すると、招待状を送られなかった13人目の魔法使いが怒って、姫に呪いをかけたの。
「その子が16歳になったら、糸車の針に刺されて死ぬことになる」
王様も、お妃様も、民も、みんな悲しみに暮れた。けれど、12人目の魔法使いは、まだ祈りを捧げてなかったの。だからこんな祈りを捧げた。
「姫は死にません。眠るだけです。16歳になったら、糸車の針に刺されて、深い眠りにつくことになる。そして、運命の相手からのキスで、目を覚ますことになるでしょう」
そうして、大切に育てたお姫様が死なないように、王様は国中の糸車を燃やした。糸車は国のどこにも存在しないはずだった。
でも、お姫様は眠った。16歳の誕生日、13人目の魔法使いに誘われ、自ら、糸車の針で指を刺してしまって。
国は悲しみに暮れた。そして、お姫様の運命の相手が現れるまで、全員眠ることにした。全員眠ったものだから、畑を耕す人も、仕事をする人もいなくなって、国は封印された。
そして、古城だけが残された。それが、
「あの旧校舎」
メニーがあたしを見た。
「テリー、思ったことはない?」
「そうね。言うなれば、思い当たる節があるの。13人目の魔法使い」
リトルルビィが伸びをした。
「すごく質の悪い祈りを捧げたよな。わたしも身に覚えがあるよ」
「わたしもこれを見て思ったの。13人目の魔法使い」
全員の目がドロシーに向けられた。
「あんた、見た?」
「見てないけど答えよう。その通り。『オズ』こそ13人目の魔法使いさ。へえ。ここ、あの国の土地だったのか。来たのは初めてだよ」
「この国の民は、とんでもない相手を敵に回したわね。食器が一枚足りなかったのなら、買ってくればよかったのに」
「そういうわけにもいかなかったんだよ。金の食器だったからね。当時はとても珍しいものだった。それが、行方不明になったものだから、さあ、大変。国は薔薇の茨に囲まれ、閉鎖され、封印された」
「そして、学校として使われた?」
「この学校が出来たのは、今から10年前。理事長がこの封印された土地を見つけて、使われてない城を復興させようとしたんだって。だから、その間は、ずっとあの旧校舎を使ってたみたい」
「で、もう古いから、新しいのを周りに建てたってわけ?」
「元々古城の周りに学園を建てる計画だったみたい。記録書によれば、この学校は10年かけて作られたらしいよ」
「大規模ね。相当な金持ちでないと出来ないわ」
「つまり、七不思議はこの封印された民達の亡霊が、起こしているものじゃないかって話。あくまで、言い伝えだけど」
「……亡霊……」
そういえば、アルテもそんなこと言ってたわね。深夜になってから、油断した何かが現れるって。
(亡霊……おばけ……霊……魂……)
「テリー、本当に今夜、旧校舎に行くの?」
「……はあ? 何? もしかして、あんた、幽霊が本当に出ると思ってるの?」
あたしは鼻で笑った。
「そんなの、ただの言い伝えに決まってるじゃない。誰かが悪戯してるか、……呪われた誰かが何かをしてるか」
「テリー」
リトルルビィが起き上がった。
「後ろからついていっていい?」
「結構遅くなるわよ」
「わたし、夜行性だから」
「……血は飲んでおく?」
「だね。その方がいいかも」
「頼める?」
「ん」
「ありがとう」
「……ん……」
(今聞いた限り、情報に穴はなさそう)
――チッ!
(まともな仕事もできるっての? こいつどこまで器用なのよ。ムカつく! なんか困らせてやりたい!)
「他に、調べてほしいことがあったらいつでも言ってね? テリー」
(何かなかったかしら。調べてほしいこと。こいつを、うんと困らせられること! あーと、えーと、あ、そうだ!)
あたしは噛んでた親指の爪を離し、余裕の表情で腕を組み直した。
「ソーレとルーナについては調べられてないの?」
「……ソーレとルーナ? 何だろう。それ」
「あら、学園のことを調べるついでに載ってるかと思ってた。学校の門の前に、2つの像があるでしょ。旧校舎にも同じものがあるのよ。生徒手帳を読んでみなさい。ええ? 学園の守り神だと書いてあるでしょ。由来とか、本に描いてなかった?」
「それは初耳。でも……確かにどこかに載ってた気がする」
「言われたことだけを調べたら完璧だと思ってた? メニー、詰めが甘いわよ」
「あっちゃー……うふふ! ごめんね。テリー。明日までにちゃんと調べておくね」
(よーし! ざまあみやがれ! ばーか! お前は完璧じゃないのよ! 身の程を知りなさい! ばーか!)
「じゃ、今夜はここまでよ。メニー、ちゃんと調べておきなさい」
「はーい。……ふふっ!」
「リトルルビィ、血だけ飲んでもらっていいかしら」
「ん」
「……えーと」
あたしはリトルルビィの隣に移動し、手を差し出す。
「はい」
「……」
「あんた、飲み方上手くなったから、手首の血管からいけるでしょ?」
「……や」
「え?」
「無理」
メニーがリトルルビィに振り返った。
「首からじゃないと無理」
「……え? この間、キッドの手首から飲んでなかった?」
「あー、そうそう。あれね、そうなの。キッドから言われてるの。血が止まらなくなるから手首からはやめとけって」
「え、そうなの?」
「そうそう」
「そんなことないよ?」
メニーが眉を下げて首を傾げた。
「わたしもこの間のストーカー事件の時、飲んでもらったけど、手首から飲んでたよね?」
「……。いーや?」
リトルルビィが首を振った。
「何言ってるの? メニー。あの時、首から飲んだじゃん」
「ううん。手首だった」
「メニー、記憶違いしてるんだよ。テリー、部屋に行くから首から飲ませ……」
「リトルルビィ、記憶違いじゃないと思う」
「メニー。記憶違いだよ」
「手首から飲んでた」
「いやいや、あはは。メニーってば。わたし、首から飲んでたってば」
「リトルルビィ、……わたし、嘘は好きじゃないなぁ?」
「メニー、……わたし、作り笑いは好きじゃねえなぁ?」
「良くないと思うよ。リトルルビィ」
「その言葉、返すよ。メニー」
メニーとリトルルビィが笑いあった。外から雷が響いた。あら、急に雨が降ってきたわ。通り雨ね。出かける時には止んでたらいいけど。ドロシーが不審な目をあたしに向けた。ん?
「何よ」
「君のどこがいいのかわからない」
「はっ倒すわよ」
あたしは立ち上がった。
「いいわ。部屋に来なさい。リトルルビィ」
「あっ」
「ま、危ねーしなぁー」
リトルルビィがだるそうに立ち上がると、メニーも立ち上がった。
「ここで飲んでもいいんじゃない!?」
「あたしの部屋の方がいいでしょ。着替えもできるし」
「ううん! ここでいいと思う!」
「あんた、どうしたの?」
「リトルルビィ、ちょっときて」
「メニー、そろそろ寝ないといけない時間じゃね?」
「リトルルビィ」
「あー! 夜遅いから心配してるんだな!? メニーは! 優しいな! 平気だよ! テリーの血を飲んでから瞬間移動で部屋に戻るから!」
「リトルルビィ!!」
メニーがリトルルビィの腕を掴み、部屋の隅に引っ張って、声をひそませて二人で会話を始めた。
(何よ。秘密の話? はいはい。関係ないあたしは廊下に出てるわよ。あ、ドロシー、夜中に出かけても大丈夫な魔法……)
(気をつけて行っておいで)
(チッ!!)
「リトルルビィ、親友として話すよ? あのね? 嘘は良くないと思うの」
「いやいや、わたし、手首の飲み方下手だからさ」
「リトルルビィ? わたしとテリーはね、愛し合ってるの」
「メニー、テリーはわたしをね、可愛いって言うんだよ?」
「「……」」
(はあ。やれやれ。全く時間がかかりそう)
あたしは扉を閉めて、廊下に出た。
(深夜一時に旧校舎前。……今のうちにローレライの罠を見ておこうかしら)
そっと廊下を歩き、寮の出入り口を覗くと、消灯され、暗くて静かな出入り口が存在していた。
(……罠があるようには見えないけど)
あたしは辺りを見回した。……あ、えんぴつが落ちてる。それを拾い、投げて転がしてみる。出入り口の外に行った途端、カウンターからすごい音が鳴った。管理人室からゴーグルをしたローレライが飛び出した。
「脱走者捕まえたりだぜ!!」
しかし、そこにあるのはえんぴつだけだ。ローレライがゴーグルを外した。
「あ? 何これ。えんぴつ? ……風に転がされたってか? くうー! 抜け出そうとした生徒だと思ったのに! 捕まえて報告したら、ボーナス出るのに!」
えんぴつを拾ったローレライがゴーグルをつけたまま部屋へと戻っていった。
(なるほど。レーザーセンサーか。また最先端な技術使ってきたわね)
そっと振り返ると、リトルルビィが立っていて、ぎょっと体が飛び跳ねる。リトルルビィが声をひそめて訊いてきた。
「どうしたの?」
「リトルルビィ、瞬間移動を使って、管理人室からローレライのつけてるゴーグル盗んでこれる?」
「……ちょっと待ってて」
瞬きするとリトルルビィがいなくなり、また瞬きすると、ゴーグルを持ったリトルルビィが立っていた。
「これ?」
「でかしたわ!」
あたしはゴーグルをつけて出入り口を見てみる。やはりそうだ。センサーが見える。
(今日はとりあえず、これでなんとかなりそう)
「リトルルビィ、部屋に戻るわよ。足音立てないように……」
足音立てないように、瞬間移動でリトルルビィがあたしの部屋へと移動した。いつの間にか、抱えられていた。
「……これでいい?」
「……ここまで出来る子になるとは思ってなかった。どうもありがとう」
リトルルビィの腕から下りる。
「メニーとは話済んだの?」
「今夜は引き分けかな」
「喧嘩?」
「親友は時にライバルになるってね」
リトルルビィがあたしの腰を掴み、寄せてきた。高くなった背を屈ませ、あたしの耳元で囁く。
「脱がしていい?」
「……ああ、ちょっと待ってて」
リボンを外し、ネグリジェを緩ませ、首元を出すとリトルルビィが息を吐いた。
「全部脱いだ方が良い?」
「いや、これくらいでいい」
リトルルビィがあたしの首に近づいた。
(っ)
噛まれる。血管が揺れ、血を取られていく感覚がわかる。リトルルビィがあたしを抱きしめ、獲物を食らうように飲んでいく。
「……」
しばらく耐えていると、痛みが麻痺していき、気持ちよさが体中を巡ってきた。ふわふわしてきて、このままリトルルビィに身をゆだねてしまいそうになる。完全に身をゆだねてしまったら、それはかなり危険なことだ。これは前からずっと守っている。リトルルビィの背中を叩く。そろそろ離してちょうだい。
「……」
名残惜しそうに、リトルルビィの口が離れ、傷口に唾液を垂らした。そうすれば一瞬で傷口が塞がっていく。
「はあ。……怠くなってきた。ありがとう。リトルルビィ」
「……」
「……ルビィ?」
リトルルビィがあたしのネグリジェを直し、ベッドに運んだ。
(あら、紳士的)
あたしをベッドに置くと、シーツをかけられ、また耳に囁かれる。
「テリーは、わたしが守るから」
「……ん。ありがとう。何か起きたらお願いね」
ああ、血が取られて眠くなってきた。
「目覚ましだけお願いできるかしら……」
「……」
「すう……」
「……。……。……」
リトルルビィがベッドの隙間に入り、既に眠る相手を抱きしめた。そして、主を守る大型犬のように、一緒に眠った。
「……テリー、時間だよ。起きて」
「……ふわあ……。あれ、ルビィ。いてくれたの?」
「制服」
「ああ……。全く。アルテが授業中寝てる理由がよくわかるわ……」
あたしはローレライのゴーグルをつけ、そっと部屋から抜け出した。
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