第14話 反面教師


 廊下に出て辺りを見回す。


(さて……次は……)

「おや、テリー、あっちから美味しそうな匂いがするよ」

「え? ……ああ、そういえば、料理クラブがあるとか聞いたかも」

「料理クラブだって? わお。それはとてもユニークなクラブだね。行ってみる価値がありそうだ!」

「あんたはつまみ食いしたいだけでしょ」


 料理クラブ。憧れの人への気持ちを、料理で届けてみませんか?


「あ、ロザリーだ」

「ご機嫌よう。ロザリー」

「あ、猫だわ!」

「メニーの猫なの。散歩してて」

「まあ、可愛い! でも残念だわ。猫のおやつは作ってないの」

「にゃ……」

「でも安心して。ロザリーなら食べれるわ。丁度、今、パンケーキが焼けたの!」


 はちみつたっぷりパンケーキ。


「一口どうぞ」

「にゃ……」

「ま、嬉しい。ありがとう」


 ……はちみつの味しかしない……。小麦粉の味、どこへ消えたの?


「わたしのはチーズのパンケーキ。一口どうぞ」

「にゃあ……」

「まあ、ありがとう」


 ……チーズの味しかしない……。小麦粉の味、どこへ行ってしまったの?


「はちみつパンケーキ、美味しいでしょう」

「チーズのパンケーキの方が美味しいわ」

「……ええ、個性的でとても良いと思うわ。二人とも素晴らしいわ。ええ、本当に」

「メニーはいないの?」

「ああ……ノワールとブランに捕まってたみたいで」

「またあの二人」

「スルーしておけばいいわ。自分より目立つ人が嫌なのよ」

「あの二人もはちみつを舐めたらきっと価値観が変わるわ。はちみつはね、人生を変えるの」

「ダンスクラブじゃなくて、料理クラブに入ればよかったのにね」

「言えてる」

「ロザリーは料理したことある?」

「あたしは……」


 本日の給食当番! 囚人4663番! テリー・ベックス!

 クスクス! 悪戯してやろうよ!

 そうよ! イザベラ、今日はどうする?

 そうだねえ、どうしてやろうかねえ!


「……そうね。舌なら自信あるんだけど。おほほ」

「ならお料理に向いてそう」

「見学だけじゃなくて、体験も大歓迎だから、時間のある時にまたおいで」

「この後はどこに行くの?」

「……」


 時計を見てみる。あら、もうこんな時間。


「セーラ様にね、オーケストラクラブに来いって言われてるから」

「ああ、出た出た。お姫様」

「横柄横暴傲慢我儘プリンセス」

「キッド殿下とリオン殿下は聡明な方なのに、従妹があれじゃあねえ」

「あのマナーは子供だからで許されないわよ」

「ロザリー、虐められる前に関わるのやめたら?」

「まあ……悪い子ではないから」


 あんた、マールス宮殿での態度といい、ここでの評判といい、外ではよっぽど態度悪いのね。


(いつも縛られてる分の反動かしら)


「音楽って興味があるし、行ってみるわ」

「そう」

「気を付けてね」

「ええ。ありがとう」


 オーケストラクラブ。沢山の楽器が並んでいる。


「来たわね! ロザリー!」


 あたしを発見するや否や大股でセーラが近づいてきて――はっとして、足を止める。


「何それ」

「猫」

「あ、なんか見たことある。舞踏会でメニーお姉様がいつも持ってる籠にいる薄汚い猫じゃなくって?」

「そうよ。会ったことなかったかしら?」

「おえ。猫なんてケダモノ、なんで連れてきたの? 空気が乱れるわ」

「にゃ」

「そう言わないの。いつぞやのキャロラインそっくりで可愛いじゃない」

「ふん。猫なんてどうでもいいわ」


 セーラがあたしの手を掴んだ。


「こっちの教室で練習してるの。来て」

「セーラ、急かさなくたってあたしは逃げないわよ」

「別に急かしてないわ。ロザリーが亀みたいにのろまなのよ」

(亀か。……嫌なこと思い出させるわね)


 練習教室に入ると、数人のお嬢様が楽器の練習をしていた。トゥーランドットがあたしを見て、手を振った。


「ロザリー!」

「こんにちは。トゥー」

「はい。椅子。座って!」

「はいはい」

「あ、猫だわ!」

「猫だ!」

「あ、良かったらどうぞ。撫でてあげて」

「「可愛いー!」」

「にゃー!!」


 ドロシーがもみくちゃにされてる間に、あたしはセーラの隣に座り、セーラが楽譜を開いた。……あら。


「この曲覚えてる?」

「……んー。どうだったかしらね? ……淡い気持ちがわからないって誰かに愚痴られた記憶ならあるけど」

「ふん。黙って聴いてなさい。ロザリー」


 セーラが羽根を引くと、成長したヴァイオリンの音が響き始めた。


 ナターシャ。ナターシャ。私の思い出。

 君は走り回る可愛い子。

 私は君を追いかけてばかり。

 君は可愛いナターシャ。私の思い出。

 初恋の女の子。

 ナターシャ。ナターシャ。私の好きだった子。

 君を忘れてしまう私を許して。


(……ん。全然違う)


 名曲、ナターシャの庭園。前に聴いた時は、聴けるものじゃなかった。でも、今は、きっと、……相当練習してきたのだとわかる。


「腕を磨いたわね。セーラ」

「ふん! どうってことないわよ。これくらい」

「ちゃんと記号の指示通り弾けてる。高級感のある柔らかい音色だわ」


 ああ、そうだ。ヴァイオリンをサリアの前で弾いた時、言われて嬉しかった言葉があった。そう。サリアは、あたしにこう言った。


 ――弾いてくれてありがとう。テリー。


「弾いてくれてありがとう。セーラ」


 ――とても胸が熱くなりました。


「とても胸が熱くなったわ。あんたの演奏で感動しちゃったみたい」

「……、当然よね!」


 セーラが誇らしげな笑みを浮かべた。


「他の曲も練習してるの。ダンスクラブの演奏をすることもあって」

「この学園のオーケストラクラブはやること多そうね」

「そうよ。だから毎日練習しないといけないの。でも女の作法として、楽器はとても大事だから、今後役に立つわ」

「あんたがすごく頑張ってるのはわかった。見た目に寄らず努力家だもんね」

「努力なんてしてないわ。わたしには才能があるから簡単なの。ふぅーん!」

(よく言うわよ)

「ね、テ……ロザリーも弾いてみて! 貸してあげるから!」

(悪い子じゃないのよね)

「これなら簡単だから弾けるんじゃない?」

(……ああ、前にドンキー先生に教えてもらったわね。えーと……)


 少し練習してみて、あ、いけるわね。と思って、最初から弾いてみる。いくつか音が飛んだけど、ご愛嬌ということで。教室内にいたメンバーが口をぽかんと開け、あたしに拍手した。


「綺麗な音……」

「すごい……」

「ロザリー、ヴァイオリン出来るの?」


 トゥーランドットが目をキラキラさせてあたしを見てきた。ああ、この目、純粋なこの目! 昔のリトルルビィを思い出すわ! そうそう。あの子も本当はこんな感じで純粋だったのよ。今ではまるで狼だけど、昔は赤い頭巾の小さな女の子だったのよ!


「すごく音色が綺麗だった!」

「ありがとう。でも、セーラの音色も綺麗だわ」

「やっぱりロザリーはオーケストラクラブに入るべきだわ。練習相手はわたしがなってあげるから」

「……セーラ、ちょっと話せない?」

「ん?」

「廊下でいいから。少しだけ」

「……別にいいけど、何?」


 セーラがはっとした。


「キッドお兄様、見つけたの!?」

(あたしの予想だけど、クレア、あえて姿を見せてないんじゃないかしら。実は、結構前からいたみたいだし……)

「いいわ。ロザリー。報告して。……どこにいたの?」

「別の話よ。ちょっとおいで」

「なーに? 入部届けなら先生に言ってあげるわよ」

「ドロシー」

「にゃあ」


 ドロシーがあたしの肩へと逃げてきて、セーラと廊下に出る。少し教室から離れ、セーラに振り返る。


「すごく言いづらい話なんだけど」

「どこにいたの? キッドお兄様」

「違うってば」

「じゃあ何?」

「……あんた、みんなに態度悪くしてない?」

「……」


 セーラが顔をしかめさせた。


「説教?」

「説教なら動けないように座らせるわ」

「そんな話したくない」

「セーラ。……テリー・ベックスとして話すわ。あたしはみんなにあんたのこと、勘違いしてほしくない」

「周りがどう思ってようがどうでもいいわ。それが格の違いだもの」

「あんたすごく良い子じゃない。頑張り屋で、妹想いで、生まれた時から王族という看板を背負わされて、それでもそうなろうと努力してる。やりたくないって言ってたヴァイオリンだって、すごく上手になってた」

「……」

「冬のパーティーに熱を出したのだって、寝る時間削ってダンスの練習してたからだって、キッドから聞いてる」

「……」

「セーラ、色んな人がいるの。ロゼッタ様みたいに、あんたに偉大になってほしくて強く言う親もいれば、優しく接してきた親もいる。その環境や教育の仕方で、みんな今の自我を持ってるの。それで、今日も……聞いた。あんたの大きな態度について」

「……」

「ね、キッドやリオンは、国の人にそんな態度取ってる?」

「……わたし、公爵家の娘よ。キッドお兄様と、リオンお兄様の従妹」

「セーラ、言ったはずよ。いざって時は、正しい人が勝つの。善と悪を見極めた上で堂々としなさい」

「……覚えてるわ」


 セーラが俯いた。


「その言葉……よく覚えてる」

「今のあんたは……善と悪を見極められてる?」

「……」

「セーラ、よく考えて。気に入らないから悪戯していいの? 地位が違うから大きな態度で接していいの? 自分は本当に何も悪いことしてないの?」

「……」

「努力しても報われない時は?」

「……魔法のアンクレットを使う」

「もう使い果たしちゃった? あれ」

「まだ一回も使ってない。……宝箱にしまってる」

「あら、それは駄目よ。セーラ」

「どうして? 大切だからしまってるのよ?」

「宝の持ち腐れ。宝というのは使ってなんぼよ? セーラ、あたしは使ってもらうためにあんたに渡したのに、それじゃあ意味ないじゃない」

「……」

「屋敷?」

「……部屋にある」

「そう。じゃあ呪文を……あー、……クレアに聞いておくわ」

「やっぱりいるの……?」

「……手紙で聞いておく」

「……」

「とにかく、あたしが言いたかったのは……、……良い子のあんたが、このまま横暴で頑固で、我儘なお姫様だって、思われたくないってこと。トゥーは仲良くしてくれてるみたいだけど……冷たい態度取ってない?」

「……知らない。忘れた」

「セーラ」

「……お母様が、お前は姫なんだから、ちゃんと態度で示さないと駄目って……」

「そうよ。態度で示さないといけないの。横暴な態度じゃなくて、聡明な態度でね」

「……」

「セーラ、あんたとっても良い子よ。舞踏会で集団リンチに遭ってたあたしを助けてくれるくらい、度胸もあって、とっても心が強い。お願い。自分の行動が、正しいかどうか、今一度よく考えてくれないかしら? もちろん、報告なんてしないわ。あんたのことは誰にも言わない」

「……」

「……ま、これはあたしのお願いだから、別に、聞き入れなくてもいいわ。あんたの自由よ」

「……」

「……そろそろ寮に帰るわ。日も暮れてきたし。食堂で会いましょう」

「っ」


 セーラがあたしの制服を掴んだ。振り返る。


「わたし……別に、悪いこと……してない」

「……ええ。悪いことはしてないのね」

「……確かに、態度は……まあ……大きかった、かも、しれない……けど……」

「あんたの態度の大きさなんて、マールス宮殿でよく見てるから知ってる。でもね、この学園にいるのはみんな貴族の娘で、メイドだったのはあたしだけよ」

「……わたしのこと、嫌い?」

「セーラ」


 あたしは身を屈ませ、セーラの手を握った。


「大好きよ。クレアだってそう。キッドも、あんたのこと大好きなんだから。悪戯好きで、らくがきっていう名前の絵が上手で、ヴァイオリンも上手い。将来が楽しみで仕方ない。だから、今のあんたが、すごく勿体ない。勘違いされやすいから」

「……」

「今日はヴァイオリンを弾いてくれてありがとう。本当に嬉しかった」


 そっと、セーラの額にキスをした。


「あたし以外の子に、悪いことしちゃ駄目よ」


 罪滅ぼし活動サブミッション、クラブ活動見学。無事クリア。


「……」

「じゃあね」


 手を離し、あたしはセーラに背を向けた。耳元で猫が囁く。


「善と悪を見極めろ。どの口が言うんだろうね?」

「お黙り」


 セーラは制服のスカートをぎゅっと掴み、しばらく、その場に立っていた。


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