第13話 クラブ活動見学


 生徒手帳には様々なことが書かれている。学園のルール。学園内の地図。クラブ活動一覧。


(結構数あるわね……。メニーとリトルルビィはどこまで行ってるのかしら)


 とりあえず、ふらっと見るだけ見てみようかしら。


「あんたも来る?」

「金平糖ある?」

「ない」

「タダでボクを連れ回そうっての?」


 ドロシーがあたしの頭に尻を乗せた。


「寝たばかりだと太るわよ。あたしはね、散歩に連れてってやるって言ってるのよ。対価はお前の脂肪よ」

「猫嫌いなお嬢様に見つからないようにね」


 ドロシーがあたしの隣に猫として立った。


「にゃー」

「行くわよ。えっとまずは……」


 バレエクラブ。白鳥のように舞い、パンジーのように気高く咲く。あなたも是非入りませんか。バレエクラブ。


「ボクもYの字できるよ。ほら、見てごらん。君に出来るかい?」

「アメリが興味ありそう。で、二日で飽きそう。次」


 クリケットクラブ。普段おしとやかなお嬢様達が体操着を着て元気よく走り回る。こっちですわ! パスですわ! ゴールですわ! やったですわ!


「君に合いそうじゃないか」

「体力無いから無理。次」


 合唱クラブ。素敵な歌声はいかがかな?


「鼓膜が張り裂けそうだ!」

「この素晴らしい歌声がわからないなんて、猫は素人ね。次」


 ガーデニングクラブ。心のお花を咲かせてみせませんか?


「まあ。このハーブ、素敵だわ。どこの国のやつかしら。いい香りがする」

「こんなところにいても虫が飛んでくるだけさ。次行こうよ」

「もう少し待って。はあ。なんていうハーブかしら。種を仕入れたいわ」

「はあ……。まさかボクの一言からテリーがガーデニング好きになるなんて……」


 フェンシングクラブ。イケメン女子が集っているため、常に乙女の黄色い声が聞こえている。マリアさん、タオルをお受け取りください! ああ、どうもありがとう。きゃー! これが、彼女達の出会いだった。タイトル、乙女の恋は突然に!


「「キッドが好きそう」」

「リトルルビィなら剣を折ってしまいそうだね」

「あり得る。次行きましょう」


 美術クラブ。絵具を使ってあなたの描きたい世界を表現してみませんか?


「あれ、ロザリー」

「ああ……えっと……メラン、だっけ」

「そうよ。二人の妹と三人の弟がいるクラスメイト。見学? わ、緑色の猫だわ。珍しい色。こんにちは」

「にゃー」

「貴女は美術クラブなの?」

「うん。さっきメニーとルビィも来てくれたんだ」

「そう」

「何か見てく?」

「貴女の絵はあるの?」

「一応あるけど……まだ途中で、それでも良ければ」

「ええ。ぜひ」


 右には黒い三姉妹、左には黒い三兄弟、それを中央で眺める一人の青年の絵。


(個性的な絵だわ)

「うちの家族をね、イメージして書いたの。昔、六人でお昼寝してた姿がこんな感じだったらしくて」

「六人も妹弟がいるなんて大変そう」

「うん。私が一番上だからしっかりしないといけないんだけどね。ロザリーもメニーのお姉ちゃんだものね」

「姉であり、妹であるわ。三姉妹だから」

「え、真ん中?」

「そっ。姉は嫁いでいったけど」

「真ん中も大変そうね」

「意外とね」

「見学回りなら、近くに工作クラブもあるから行ってみたら? マリンって覚えてる? 星のネックレスつけてたお嬢様。あの子がそのクラブにいるの」

「行ってみる。ありがとう」

「良かったらまたおいで。その子の絵をぜひ描いてみたいの」

「この猫、すぐに調子に乗るからやめておいた方が良いわよ」

「にゃ」


 工作クラブ。貴女も素材で色んなものを作ってみませんか?


「あら★ ロザリーじゃない! 見学に来たの?」

「こんにちは。マリン。そんなところ」

「あーら★ 可愛い猫ちゃん! 貴女の猫?」

「妹の猫よ。ついでの散歩」

「メニーね。さっきキッド殿下の右腕と見学に来てくれたわ。……ロザリー、よくメニーと一緒にいれるわよね。メニーったらすごい美人じゃない? それに今日のクッキーも見事だったわ。妹に憧れたことあるけど、あんだけ何でもできる美人な妹なら嫉妬して意地悪しちゃいそう★」

(よくわかってるじゃない)

「良かったら私の作った作品を見ていかない? 案内するわ★」


 粘土で作られた高い塔。星のネックスレス。月のネックレス。イヤリング。エトセトラ。まるで売り物な出来だわ。


「いっぱいあるのね」

「作るのって楽しいわよ★ このイヤリング、素材を組み合わせて作ったの★ うふふ! ロザリーもやってみる?」

「今日は遠慮しておくわ。色々見て回りたいから」

「あ、だったら次は裁縫クラブに行ってみたら? すぐそこにあるから★」

「そう。ありがとう。行ってみる」

「気が向いたらまた来てね★ 入部はいつでも歓迎よ★ あ、ただし、猫ちゃんは駄目なの。ごめんなさいね★」

「にゃ……」


 裁縫クラブ。嫁入り前に取得しておきたい女のたしなみの一つ。


「ロザリー! いらっしゃい。見学?」

「ええ。スレッド。こんにちは。猫も入って大丈夫?」

「あら、本当に猫だわ。貴女の?」

「妹の」

「アレルギーの子はいなかったと思うけど、あまりうるさくしないならいいわ。どうぞ。猫ちゃん」

「にゃーお」

「まあ、猫ちゃんだわ!」

「可愛い!」


 クラブメンバーが一斉にドロシーを囲んで優しく撫で始める。


「今、皆でポーチを作ってたの。これよ」

「あ、可愛い」

「そうでしょう。裁縫クラブのいいところはこういうのを作って自分で日常的に使えるところかしら」

「でも指が穴だらけにならない?」

「見てみる? わたくしの絆創膏だらけのおてて」

「その指じゃ踊れないわね」

「少なくともカラー姉妹よりは綺麗に踊れる自信があるわ」

「ふふっ」

「この後も見て回るなら、飼育クラブ行ってみたら? 近くに中庭に出る廊下があるから、そこから行けるはずよ」

「行ってみる。どうもありがとう」

「いいえ。気になったらまた来てちょうだい。仲間が増えるのは嬉しいことだから」

「猫可愛い!」

「ちょっと! 私にも触らせて!」

「にゃー!」

「そろそろ助けてあげたら?」

「置いていこうかしら」

「ちょっと、意地悪なこと言わないの」


 飼育クラブ。動物と戯れるひと時。生き物全員に命があるのです。


「あ、ロザリー! 来てくれたの?」

「アンセル! だめー!」

「グワグワグワグワ!」

「にゃー!!」


 ガチョウのアンセルがドロシーに一目ぼれしたらしい。目をハートにさせてドロシーを追いかけ始める。


「ラビ、グース。こんにちは」

「こんにちは。ウサギ触る? 優しくしてあげてね。臆病だから」

「あら、この子すごく良い子ね。あの猫よりずっと人懐っこいわ」

「ロザリー、猫飼ってたのね」

「妹の猫よ。ついでの散歩」

「そういえばさっき、カラー姉妹がメニーとルビィをダンスクラブへ連れて行ってたけど、会った?」


 グースの言葉にあたしは首を傾げた。


「会ってないけど、ダンスクラブなんてあるのね。すごい。盛り沢山だわ」

「助けに行ってあげたら? あの姉妹、意地悪いから」

「メニーがウサギみたいに可愛いからって目の敵にしてるのよ」

「場所はどこ?」

「廊下を左に進んだ奥に、ダンスクラブ用のホールがある」

「勝負するとか言ってた」

「どっちが綺麗に踊れるか、みたいなね」

「ロザリー、助けに行ってあげて。メニーが可哀想。きっとこのウサギ達みたいに、怖がって震えてる」

「ま、キッド殿下の右腕様もいたし、大丈夫だとは思うけどね」

「様子だけ見てくる」

「それがいい」

「気を付けて行ってきてね。ロザリー」

(ちょっと血の気が滾ってきたわね。ダンスね。なるほど?)

「にゃー!!」

「ぎゃっ!」


 ドロシーがあたしの背中に逃げてきた。アンセルがあたしの周りをぐるぐる回る。


「グワー♡ グワー♡」

「ぷっふふふ! 良かったじゃない! ドロシー! あんたとうとうモテ期が来たようよ!」


 ――ふざけんじゃないよ! このチキン野郎! どっか行け!!


「ドロシーが気に入ったみたい。また来るかも」

「ええ。いつだって歓迎」

「ウサギさんもおいでだって」


 ――ボクは遠慮しておくよ。ここだけには来ないようにしよう。おえ。最悪だ。猫は繊細だってのに。絶対許さない。鳥野郎。


(さて、ダンスクラブね。えーと、左を進んで奥のホール……)


 ダンスクラブ。社交界デビューはお済みですか?


(ん)


 扉を開けると、お嬢様達がざわついていた。ホールの真ん中にはメニーとリトルルビィ、そしてノワールとブラン。


「振り付けは覚えたわね! これより、どちらがより美しいダンスを踊れるか、勝負よ!!」

「流石だわ! ノワールお姉様!」

「くだらねえ……」

「ごめんね。リトルルビィ、付き合わせちゃって……」

「ちょっと美人だからって、調子に乗らないことね! メニー・エスペラント!」

「ちょっとワイルドだからって、かっこいいなんて思ってないんだから! ルビィ・ピープル!」

「ねむた……ふわあ……」

「ごめんね。リトルルビィ」

「それでは!」


 お嬢様が合図した。


「お願いします!」


 楽器を持ったお嬢様達が曲を弾き始めた。ブランが男役。ノワールが女役。リトルルビィが男役。メニーが女役。踊り始めて――お嬢様達の目が――全員、リトルルビィに向けられた。


「なんてしなやかな動き……」

「美しい回転……」

「先読みされたリード」

「それについていくエスペラントさん……」

「これぞ……まさに……」


 声をそろえた。


「「オペラ座の怪人!」」


 ロマンを求めるお嬢様達が目を輝かせ、溜息を吐いた。


「美しい……」

「なんて綺麗なの……」

「そしてワイルド……」

「ルビィ・ピープル様……♡」

「ああ……でも、いけないわ。だって、ルビィ様は爵位をお持ちではないのだから!」

「そうよ。彼女は平民!」

「私達とは格が違う! けれど!!」


 お嬢様達が溜息を吐いた。


「ルビィ様……♡」

(うん。大丈夫そうね)

「うちの婚約者よりかっこいい……♡」

「こんな想い抱いてはいけないのに……♡」

「はあ……♡ 想いが……止まりません……♡」

「目が離せません……♡」


 曲が終わり、汗を流すノワールとブランが振り返った。


「さあ! 誰が一番美しかったか、皆さんに発表してもらいましょう!」

「皆様、この中で一番美しかった人物を、お答えください!!」

「「ルビィ様♡♡♡♡♡!!!!!!」」

「は?」

「あー……」

「なんですって!?」

「そんなバカな!!」


 お嬢様達が全員リトルルビィを囲み出した。リトルルビィが目を丸くし、ぽかんとする。


「タオルです♡!!」

「ハンカチです♡!!」

「こ、これは、ほんのお気持ちですが……♡!」

「あ、ずるい!」

「ちょっと! 私が先に渡すのよ!」

「退いてて! ルビィ様♡ 私、Bクラスの……♡」

「私はCクラスの……♡」

「私、子爵家の……♡」


 ノワールとブランが唖然とし、メニーが気まずそうな顔で二人を見つめ……あたしを見つけ、笑顔になった。


「お姉ちゃん! ……ドロシー、一緒に来てたの?」

「にゃあ」


 ドロシーが飼い主の胸に飛び込み、メニーが抱き留める。あたしは哀れな目を二人に向ける。ノワールが悔しそうに親指の爪を噛み、ブランが悔しそうにノワールの両肩を支え、囲まれるリトルルビィを睨んでいた。


「わたし達よりも……ダンスが上手だなんて……!」

「ノワールお姉様……! わたし、悔しい!」

「こうなったらブラン! 今日から特訓よ!」

「はい! ノワールお姉様!」

「夕日に向かって走るわよ!」

「はい! ノワールお姉様!」


 夕日に向かって走り出した二人の背中を見届け、あたしの視線がメニーに移った。


「こんなところで遊んでる暇なんてあったのね?」

「ごめんなさい。どうしても断れなくて……」

「調べてほしい内容、忘れないで」

「そのことなら大丈夫」


 メニーがあたしに耳打ちした。


「もう調べてある」


 顔をしかめると、メニーがクスッと笑った。


「部屋に戻ったら、報告するね」

「……ならいいわ」

「ねえ、ダンスどうだった?」

「ダンス? ああ、見てないから知らない」


 ――すごく上手だったじゃないか。君も見惚れてた。

 ――うるさい。喋るな。ドロシー。眠くて立ってただけよ。


「とにかく、自分の役目を忘れないで」

「お姉ちゃん……もしかして、助けに来てくれたの?」

「なわけ」

「あるんだ?」


 メニーがあたしの顔を覗き込み、笑顔になる。


「そうなんだ?」

「……ブサイクな笑顔を見せてる暇があるなら、さっさと見学回りに戻りなさい。おかしな点を見つけたら夜に報告して」

「簡単な振り付けなの。お姉ちゃんも踊ってみる?」

「メニー」

「ふふふ!」


 メニーがはしゃいだ様子で私の手を握って飛び跳ねる。


「ねえ、お願い。一回だけ」

「そんな時間ないから」

「一回だけ。お願い。お姉ちゃん」

「うざい」

「あー……なーるーほーどー?」


 メニーがあたしの眼鏡を両手で外した。


「テリーは」


 耳に囁く。


「わたしに負けるのが怖いんだ?」



 ――リトルルビィが目を見開いた。




 メニーの腰を持ち、体を倒す。起こして、くるくる回す。足を揃えて、ステップを踏んで、抱きしめるように抱いて、離して、腕を伸ばして、飛ばして、また受け止めて、メニーの倒した体を、あたしが支えて、止まる。


 メニーは恍惚とした表情で、あたしはそんなメニーに笑みを浮かべる。


「誰が怖いって?」

「……ごめんなさい……♡」

「仕事忘れないで。以上」


 メニーの姿勢を起こし、あたしも起き上がり、手を離し――眼鏡を奪い返してもらう。


「ついてくるなら、行くわよ。ドロシー」

「にゃー」

「じゃあね。ドロシー。また後でね」

「あ……」


 あたしは声に気づかず、ホールから出ていった。


「テリー……」

「ルビィ様♡! ぜひダンスクラブに!」

「これ、入部届ですわ♡!」

「ああ、こんな素敵な方とお会いできるなんて……♡!」

「うっとり♡」


 お嬢様達がピンク色の溜息を吐いた。


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