第11話 大人気の先生
生地をこね、それを切り取り、形を作っていく。ソフィアが様子を見るため歩いてくると、スレッドとマリンとトゥーランドットが目を熱くさせた。ソフィアが微笑んで訊く。
「順調?」
「「はい!!」」
「あの、ソフィア先生、トゥーのクッキー出来たら……味見してくれる……?」
「ソフィア先生★! わたし、あなたのような輝く星のクッキーを作るつもりなの! ぜひ! 味見をお願いしますわ!★」
「わたくしー! クッキーにはめっぽう自信がないの! ソフィア先生! わたくしのを味見してください!」
「えっ!?」
「ちょっと! スレッド! あんた裁縫よりもクッキー作る方が得意でしょ★! 何言ってんの★!?」
「スレッド、お菓子作り得意だって言ってたくせに!」
「黙って!! マリン! トゥー! 舞踏会と同じよ! 言ったもん勝ちなのよ!!」
「そんなのずるい!」
「ソフィア先生に味見をしていただくのはわたしよ★!」
「いいえ! わたくしよ!」
「トゥーだもん!」
言い争う三人を放ってソフィアが隣のテーブルに移動した。メリッタとフロマージュとラビが顔を上げた。ソフィアが微笑んで訊いた。
「順調?」
「もちろんです!」
「ソフィア先生、この二人はお料理クラブに入ってるメンバーなので……わたし達のチーム、とっても美味しく出来る自信があります!」
「先生、チーズのクッキーはいかがですか?」
「先生、ハチミツのクッキーはいかがですか?」
「う、ウサギの……クッキーも……いかがですか……?」
「くすす。完成が楽しみですね」
「「はぁああ……♡」」
とろける三人を放ってソフィアが隣のテーブルに移動した。メランとグースが型を取り、アルテが爆睡している。ソフィアが笑顔でアルテの肩を揺らした。
「こらこら、起きなさい」
「ふはっ。クッキーに埋もれる夢を見ていたようだ。目がぱっちり。あら、これはどうもソフィア先生。甘い匂いがすると思ったらいつの間にかこんなにクッキーの生地が沢山。完成が楽しみですね」
「君は作らないの?」
「そこは上手いこと評価をつけてくださいな。ソフィア先生はお優しいから」
「アルテ、口動かしてる暇あったら形作ったら? ね、アンセル」
「ぐわっ、ぐわっ!」
「あの、完成したら友達にあげてもいいですか?」
「もちろん。大切な人にあげてください」
「きーい! メニー・エスペラント! 貴様ぁああああ!!」
ソフィアが騒ぎに気付き、隣のテーブルに移動した。そこには手を震わせ、顔を青ざめるノワールがいた。
「型抜きならまだしも、形作りがこんなに上手いだなんて聞いてなくってよ!」
「大丈夫よ! ノワールお姉様の方が綺麗に出来てるわ! 頑張って! ノワールお姉様!」
「ふ、普通にやってるだけだよ……?」
「あっ! それはまさか! 花の型、薔薇の呼吸!!」
「な、なんてこと! メニーさん、あなたという人は……! まさか、呼吸の使い手!?」
「ふん!! だったら! 薔薇だけじゃなくて他のもできるはずよね!? 向日葵はできるのかしら!? あーら! まさか! できないなんて言わな……」
「こうかな?」
「「きゃー! すごーい!」」
仲良く盛り上がってる三人を遠目から見守り、ソフィアが隣のテーブルに移動した。――リトルルビィと、セーラと、あたしが、ソフィアをじっと見た。ソフィア先生は笑顔で訊いてきた。
「調子はどう?」
「スパイだわ……。わたしの様子を見に来たんだわ……」
「くすす。スパイだなんて、セーラさんはユニークな方ですね。おっと、ルビィ・ピープルさん、学生なんだからその穴だらけのピアスは外してくださいね」
「うるせぇな」
「セーラ、大丈夫だからクッキーに集中して。ほら、クマさん。可愛いでしょ」
「わたしのことを見に来たのよ。そいつ。絶対そうよ。そうに違いない」
「よし、わかった。セーラ、花を三つ。クマを三つ。星を三つ、型抜いてくれる?」
あたしはセーラに耳打ちした。
「その間にあんたを見に来たのか聞いてきてあげる。ね?」
「……うん」
「ソフィア先生」
あたしは笑顔で廊下に手を差した。
「少々よろしいでしょうか? あたし、編入してきたばかりで質問が」
「……あー、わたしもだわー」
「質問するの?」
いつの間にかメニーがあたしの横にいた。
「二ヶ月前からいらっしゃる先生に、ぜひこの学園についてお伺いしたいのですが」
「ええ。私で良ければ」
ソフィアの金色の瞳が光った気がした。
(*'ω'*)
サリアから聞いたことがある。この学園の先生の二割は派遣された教員であるということ。これだけ広いのに人手が足りないので、そういうシステムを加えているのだそうだ。
にしても、
「あんた、教員免許持ってたっけ?」
「うーん。取得した記憶はないけど。くすす!」
ソフィアの笑う顔にイラついて舌打ちをする。
「この学園はどうなってるの? セキュリティがこんなにガバガバで良いわけ?」
「元快盗として言わせて頂くならば、潜入には好都合」
「道理で最近図書館で見かけないと思ったら、この学園で先生ごっこ?」
「ごっこじゃなくて、先生だよ。エスペラントさん?」
最後に見た時よりも髪が伸びたソフィアがあたしの顔を覗いてきた。
「ね、どうして君達がここにいるの? 殿下の指示?」
「あたしがあいつの命令で動く女に見える? サリアの様子がおかしいから、様子を見に来たのよ」
「……ああ。ミス・サリアね」
ソフィアが目を逸らし、屈んだ背を伸ばした。
「どういう状況かは知ってる?」
「記憶がない」
「その通り。とある日を境に突然、自分がベックス家のメイドであることを忘れ、この学園の先生として教壇に立つようになった」
「何があったの」
「私にもわからない。私が来たのはその後だったから」
「……」
「でもね、どこかに私達みたいに、潜入調査をしてる殿下の手先様がいるみたいだよ」
「え?」
ソフィアが静かに頷いた。
「その人から情報をもらった殿下が、私をここへ潜り込ませた」
「誰?」
「知らない。教えてもらえなかった。敵を騙すにはまず味方からってね。こんな風に集まって情報共有したら敵にバレちゃうからじゃない?」
(敵)
今一番聞きたくない単語。
「やっぱり……今回も中毒者が関わってるの?」
「くすす。それに関しても、ごめんね。今回、私は何も聞かされてないんだ。笑顔で美しい家庭科の先生として、学園生活を謳歌してくれ。とだけ言われてる。リトルルビィは?」
「青春時代の学園生活を楽しんでくれ」
「指示が出るまではここで待機ってこと。私も、リトルルビィもね」
(なんでそんな命令を……?)
考えれば考えるほどわからなくなってくる。
「ついでに訊くわ。あたし達はサリアの様子を見に来たけど、その前にもここで何かあったの?」
「知るのは殿下のみ」
「わたしらはただの待機組ってか?」
「あんた達が知らないなんて、そんなことある?」
「あるみたい」
「現に今がその状態」
「……なら、調べるのは勝手ね」
中毒者関係なら、とっととサリアの記憶を戻して手を引かないと。
「いいわ。あんた達はキッドの命令通り、折角の麗しの学園生活を謳歌してなさい。あたしは独断で動いてサリアの記憶が失った原因を調べる」
「因みに」
ソフィアが言った。
「旧校舎は行かない方がいいよ」
「……」
「匿名の手先様情報だと、あそこでミス・サリアは様子をおかしくしたらしい。何かを見つけてしまったのか、はたまた……中毒者が紛れ込んでいるならば……」
「……」
「行くな、とは言わない。ただ、連絡はしてもいいかもね」
ソフィアが首を傾げた。
「GPSは持ってる?」
「……ええ」
「へえ。じゃあいつでも連絡出来るんだ?」
あ、もちろん。
「ここに来てくれたら、いつでも私に会えるからね。恋しい君。くすす!」
(確かにアルテと二人きりは危険かも。でも……そうね)
今夜、行くから。と誰に連絡するのは自由だわ。
「……わかった。情報ありがとう、とだけ言っておくわ」
「……こう見ると、三人とも本当に学生みたい」
「学生よ。入学費いくらしたと思ってるの」
「そういえば、魔法使いの猫ちゃんはいるの?」
「メニーの部屋にいる」
「え」
リトルルビィがメニーを見た。
「連れてきたの?」
「リトルルビィ達が来るって知らなかったから、お守り代わりにね」
「……ドロシーがいるなら、紫の魔法使い関係でもなんとかなりそうだな」
(何とかなるような状況にならなきゃいいけど……)
「お姉ちゃん、そろそろ戻った方がいいかも。怪しまれる」
「……そうね。長居は無用だわ」
最後に、あたしはソフィアに指を差す。
「あたし達は生徒であんたは先生よ。いいこと。変なことしないでね」
「変なことって?」
「変なことよ」
「変なことねぇ?」
「ソフィア、よく見なさい。あたしの隣にはね、リトルルビィがいて、メニーがいる。どうよ。手出しは出来ないわよ。いいこと。変なことしないでよ。絶対ね。わかった? 返事してくれる?」
「くすす。わかった、わかった。じゃ」
ソフィアが身を屈め、あたしの耳に囁いた。
「バレない程度に呼び出すよ」
「有益な情報でなければ殴る」
「はいはい」
「最後に一つ。セーラに関しては?」
「被害妄想が激しくなるお年頃」
「わかった。もういいわ」
なんてことない顔をして、ソフィアが家庭科室のドアを開けた。
(*'ω'*)
放課後。
「はあー。終わったわー」
「疲れちゃった★」
アルテの机を指で叩いた。ノートを写すアルテがあたしを見上げる。
「どうも」
「おやおや、おはようさん。ロザリっち。ひょっとして、わてに何かご用? 睡眠の手順なら教えてあげるよ。瞼を閉じて、深呼吸。5秒後には夢の世界」
「今日も旧校舎に行く?」
「旧校舎? 旧校舎は行かないよ。だって旧校舎は立入禁止だもの」
「……わかった。なら……冒険ごっこはする?」
「もちろん、冒険ごっこはするよ。わてはね、好奇心旺盛なお年頃。冒険は大好き」
「……あたしも、……行きたいんだけど」
アルテがあたしを見た。
「冒険には危険がつきもの。ロザリっち。実はね、昨日は特別。放課後のあの時間帯にはね、本当はあまり行かないの。普段はわて、あの時間帯にはね、クラブ活動してるんだもの」
「クラブ活動?」
アルテが指を差した。メニーがもみくちゃにされている。
「メニー! クラブ見て回るでしょう!?」
「わたしが案内してあげる!」
「おーっほっほっほっ! メニー・エスペラント、ぜひわたし達が所属しているダンスクラブに来ることを推奨するわ。ダンスなら、貴女にも負けないんだから!」
「ノワールお姉様はね! ものすごくダンスが上手なんだから!」
「ダンスよりもお料理クラブ! 今日はチーズのタルトを作るの! メニーもおいで!」
「メニー、オーケストラクラブにも来て! トゥーね、トランペット吹いてるの! セーラもね、ヴァイオリン上手なんだよ!」
「という具合で」
アルテがにやけた。
「わてもね、クラブで遊んでるの。この学園ではクラブ活動に入れば倍の内申点を貰えるからね。みんな趣味の一環としてやってる。行ってもいいし、行かなくても良い。気分次第の参加おっけー」
なるほど。強制ではないけど、成績が上がるなら……っていうお遊びね。確かに趣味で成績が上がるなら最高かも。
「貴女は何のクラブに入ってるの?」
「糸車クラブ」
あたしは顔をしかめた。
「何それ」
「げげ。聞いたことないの? 糸車。やっば。ロザリっち、知識遅れっちー」
「綿花から糸を作り出す糸車は知ってる」
「あら、そう。ふひひ」
「今ある情報だと、ただひたすら糸を紡いでるだけのクラブに聞こえるんだけど」
「仰る通り」
「え、面白いの? それ」
「あっははーん。ロザリっち、わかってないっちー。糸車で糸を紡ぐだけなんてただの睡眠効果のある運動。三十分もすれば睡魔に襲われる。そんなクラブにわてが継続して入ってるなんておかしいと思わない?」
「そうね。貴女と会ったのは今日が二日目だもの。そんな変わった趣味があってもおかしくないと思うのが自然の摂理だわ」
「おやめなさい。わては至って普通の女学生。別に変わった趣味もおかしな行動もありゃしません。ただね、ふひひ。面白いのよ、先生が」
「先生?」
「顧問はサリア先生。副顧問はね、最近来たの。でね、その副顧問はね、ふひひ。とんでもない物知りな先生。とても美人で色っぽい。まるで密かに咲く隠れ薔薇のような人。その人のお話がおかしくておかしくて。とっても面白いものだから、わては成績目的で入ったどうでも良いクラブから離れられなくなっちゃった」
(サリアが顧問ね)
やはりこのお嬢様はサリアと近い距離にいた生徒らしい。
(サリアがいるなら、入ってみてもいいかも)
「ね、それは見学もできるの?」
「おや、まさか糸車クラブに興味が湧いた? これは、いやいや、ロザリっちはとんでもなく変わった性癖の持ち主のようだ」
「寝てばかりの貴女がそこまで言うなんて、気になるじゃない」
「じゃあ見学来る? 糸車クラブはいつだって大歓迎」
「ぜひお願いしたいんだけど」
「わはは。そいつはいい。案内するよ」
「糸車なんてつまんないわよ!」
セーラがあたしとアルテの間に入り、あたしの手を握った。
「糸車よりもオーケストラクラブの方が楽しいわ! ロザリーに合ってると思う!」
(あ、なんか嫌な予感)
「糸車なんてくるくるしてるだけで、この先使うことなんてないわ! クラブはね、自分の為になることをしないと駄目よ!」
セーラがアルテを睨んだ。
「こんなサボり魔といたら、ロザリーの品格が下がって、良くないわ」
「知らない世界を知ることは経験として大事なことですよ。お姫様」
「ふん! 行こう! ロザリー!」
「あー……」
あたしは身を屈ませ、セーラに顔を近づける。
「セーラ、オーケストラクラブは……時間があったら、行くわ」
「は?」
セーラの目が吊り目になっていく。
「なんで?」
「あー……糸車に興味があるのよね。今ではなかなか見ないものだし」
「そんなのつまんないから、見なくてもいいわ!」
「セーラ」
「オーケストラクラブの方が楽しいわ! ロザリーはその女と違ってヴァイオリンが上手でしょ! 腕があるなら活用出来る場所に行くべきだわ!」
「セーラ。……何も、行かないとは言ってないでしょう?」
「糸車クラブなんて、見に行く価値もない!」
「あんた、どうしちゃったのよ」
「別にどうもしてないけど!」
「……」
アルテに振り返った。
「ちょっと待っててもらっていい?」
「あん。ロザリっち、そいつは残念。わてね、今日は補習があるの。夢の中で勉強してるから、夢の中に来れなかった先生に目をつけられてて。ふひひ」
「あ……そうなの」
「でもね、おいで。オーケストラクラブよりも得られるものは多いと思うよ」
「はあ!?」
「ふひひ!!」
「言わせておけば貴様っ……!」
一歩出たセーラの肩を掴んで止めると、セーラがあたしを見上げた。
「ロザリー! 離して!」
「アルテ、必ず行くわ。教室はどこ?」
「この教室から出て右を10分歩いてごらん。そしたらアーチが見えるから、そのアーチを潜って左。扉が三つあるけれど、それを無視して奥の扉に行きなさい。そしたら見えるよ。糸車クラブってね。ふひひ」
アルテが鞄を持った。
「それじゃあね。お姫様。あまりカリカリしてるとロザリっちに嫌われちゃうよ」
「っ!」
「じゃあーねー。待ってるからねー。ロザリっちー。今日も糸車をカタカタ鳴らして小話一つ。ふひひ! ……あっ」
アルテがグースにノートを渡した。
「これ、ありがとう」
「はいはい」
アルテが廊下へと出ていった。他の教室からもお嬢様達がクラブへと移動するため廊下を歩いている。メニーはクラスメイト達に囲まれ、どのクラブに行くか話し合っている。
(さーて)
見下ろすと、セーラが、それはそれは敵意むき出しであたしを睨んでいた。この目は、そうね。思い出すわ。クレアにメニーのことを問いただされた時の目にそっくり。やっぱり血は争えないわねー。
「セーラ」
「なんであいつと喋るの?」
「あたしがどんな子と話したっていいじゃない」
「わたしがいるのよ?」
「そうね。大事なクラスメイトだわ」
「クラスメイトじゃない。ロザリー。よく聞いて。わたしは」
セーラが声をひそめた。
「貴様の婚約者の従姉妹なのよ」
「そうね」
「なら、わたしに媚びへつらうべきだわ。わたしの顔色を伺えば、良いことがあるから!」
「はいはい。そうね。わかった。ちゃんと行くから許してくれない?」
「すぐ来るの!」
「我儘言わないの」
「糸車なんてつまんないから!!」
「見てみなきゃわからないでしょ。セーラ」
セーラの手を柔らかく握り返し、彼女の目を覗く。
「今日中に必ず行くわ。なるべく、早めに。ね。いいでしょう?」
「……あの女と友達になりたいの?」
「クラスメイトとはみんな友達になりたいわ」
「無理よ。だって、お前、とっても地味でお嬢様らしくないもん。みんな、お前みたいな女と友達になりたいと思うはずないわ」
「拗ねないの」
「拗ねてないけど!」
(クレアって呼ぶわよ)
「ヴァイオリンを皆に見せつけてやればいいわ。きっとすごいって言う。ロザリー、上手じゃない。わたし、本当に認めてるのよ」
「ええ。聴く度に誰よりも大きい拍手をくれて嬉しいわ。いつもありがとう」
「……」
「セーラ、人を拘束するのは良くないわよ? いちごケーキが大好きな誰かさんに似てきたわね?」
「……なによ。脅す気? 言っておくけど、今わたし、とっても腹が立って、イライラしてるの。何言ったって駄目なんだから」
「そうね。何言っても駄目そう。どちらにしろ他も見に行きたいし、ちゃんと行く。約束する。だから『ついでに』糸車クラブにも、行かせてちょうだい」
「……」
「ちゃんとセーラの演奏を聴きに行くわ。だから、あたしが来たらいつでも曲を聴かせられるように準備しておいて。それならどう?」
「……どうしても行くのね」
「今のあたしはメイドじゃなくて、学園の生徒だもの。個人の自由は存在する」
「メイドの方がずっと良かった」
「ちゃんと行くから。遅めの時間が良い?」
「……17時」
「わかった。17時ね」
「ロザリーの馬鹿」
セーラが手を離した。
「後悔したって遅いんだから。とんでもなく凄いのを聴かせて、自分の過ちを泣いて謝らせてやる」
「ねえ、なんでそんなにアルテが嫌いなの? ただの寝坊助さんじゃない」
「そうよ。ずっと寝てばかりいるの。暗くて、おかしな声してて、ブサイクで、そのくせ公爵家で、わたしと同じ髪の色……」
セーラが鼻を鳴らした。
「全部やだ!!!!」
(お子ちゃまねー)
「クソが! ふぅーんっ! トゥー! 行くわよ!」
「あ、メニー、来てね! 絶対来てね!」
「ふんっっっ!!」
拗ねるセーラとわくわくしたトゥーランドットが教室から出ていった。よし。囲まれるメニーを端で見ていたリトルルビィに耳打ちする。
「サリアのクラブに行ってみる。他はお願い」
リトルルビィが返事のかわりに頷き、あたしは鞄を持ってから一瞬目配せする。メニーと目が合い、メニーが笑顔で頷くのを見てから、廊下へと出ていった。
(さ、行ってやろうじゃない)
罪滅ぼし活動サブミッション、クラブ活動見学。
(クラブ活動だなんて参加したことないし、学園らしくなってきたじゃないの)
教室から出て右を10分歩く。そしたらアーチが見えるので、そのアーチを潜って左。扉が三つあるけれど、それを無視して奥の扉に行く。そしたら見えるよ。糸車クラブってね。
(ここか)
糸車クラブ専用教室。
(サリアの担当するクラブ)
見学に来ましたって言えば誰かしら相手してくれるでしょう。
(いざ! たのもー!)
勢いよく扉を開けた。
クレアと、赤髪の女がキスをしていた。
あたしは黙る。
クレアの青い瞳は、女に向けられている。
赤髪で顔の隠れた女が、笑う声で囁いた。
「……じゃあね。お姫様」
そのままクレアを離し、のんびりと窓へと進み、そこから飛び降り、窓を閉め、てくてく歩き出した。
「……」
クレアが唖然としている。何が起きたかわかっていない様子で、ふと、こちらを見てきた。
「……」
クレアが瞬きした。
「……テリー……?」
「間違えました」
あたしは鋭い声を出した。
「さようなら!」
あたしは強く扉を閉めた。
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