第9話 旧校舎へようこそ


 池が広がっている。


 そこへ浮かぶ石に、アルテが足をつけ、あたしに振り返る。


「気をつけて! ロザリっち!」


 あたしは気をつけて石に足をつける。


「滑って落ちたら制服ごとびしょ濡れだよ。初日に良い思い出。あえて落ちてみる? ふひひ!」

(絶対嫌だ)

「ぴょんと一段。カエルのように。飛び込めジャンプ。はね飛べジャンプ。二段と三段、四段、五段。カエルのように、ぴょんぴょん飛んでけ」


 アルテが流れるように唄い、旧校舎の前に足をつく。あたしも落ちないように着地し、飛んで、地面に着地すると足が滑った。


(ふげっ!)

「おっと!」


 アルテがあたしの腕を掴み、引っ張った。


「危ない、危ない。ふひひひ!」

(……ここが旧校舎)


 茨に囲まれた古びた建物が不気味に佇んでいる。


(なるほど。新校舎は旧校舎の周りに建てたのね。それにしても……まるで古城だわ)

「ロザリっち。茨の棘に気をつけて。棘はね、容赦なく柔らかい肌を傷つけてくる。茨の花は美しいけど、美しい花には棘があるとはまさにこのこと」

(怪我をするのはごめん)


 アルテが巨大な門に仕掛けられた小さな扉を開け、細心の注意を払って中へと進んでいく。あたしも入ると――中は意外と綺麗だった。

 手入れがされず、雑草は伸び、花は咲き、虫は飛ぶ。その草原の先に古城が建つ。アルテが走り出す。あたしはアルテの後を追う。アルテが古城の扉を開け、中を覗く。


(……ほこりっぽいわね……)

「見てごらん。ロザリっち」


 古城の中には2つの像が建っている。


「この学校の門を開く時に見かけなかった?」

「……馬車の中で……見た気がする」

「テーマは太陽と月」


 アルテが左の像に触れた。


「こっちが太陽のソーレ。で……」


 右の像に触れた。


「これが月のルーナ」

「像に名前があるの?」

「生徒手帳持ってる? 書いてるよ」

「……」


 あたしはポケットに入れてた生徒手帳を開いた。


 聖・アイネワイルデローゼ学園


 学びを求める子羊よ

 貴女の夢を叶えましょう

 朝は太陽神ソーレに祈れ

 夜は月神ルーナに祈れ

 薔薇の茨をくぐり抜け

 塔の頂点に君臨せよ

 未来を知るのは糸車のみ


(……こういう学園を設立する人ってよくわかんないテーマを掲げるわよね。太陽と月。ふーん)

「ここはまだ窓があるから明るいけど、中に行けば行くほど暗くなる」


 アルテが鞄からランタンを出し、マッチに火を中に入れ、ランタンの蓋を閉じた。周囲が明るく照らされる。


「どうする? ロザリっち。引き返す?」

「嫌だわ。おばけでも出るわけ?」

「……」

「……え?」


 あたしは顔をしかめさせた。


「出るの?」

「引き返すなら今」

「……」

「ぷっ! あははは! 出ない出ない! 出たとしても夜!」

「夜?」

「歩きながら話すよ。離れないでね。ロザリっち」

「……」


 古城の通路を二人で歩く。壁には沢山の絵画が飾られ、古びたカーペットが敷かれたまま放置されている。蜘蛛の巣が貼られてる。窓が少なくなってきた。中に入れば入るほど、窓がないようだ。


「ここには、とある言い伝えがあってね?」

「言い伝え?」

「その通り。ロザリっちはまだこの学園に来たばかりだから初耳かもね。旧校舎の七不思議」

「……怪談?」

「どの学校にだって噂話はつきもの」

「……まさか……」


 あたしは固唾を呑んだ。


「おばけ探しの冒険なんて、言わないわよね?」

「あれ? 怖いの?」

「べっ、別に、怖くないけど!」

「ふひひ! ロザリっち! 顔ひきつってるよ!」

「……」

「……ま、お化けで済んだらいいけどね」

(え? どういう意味?)

「……ここ、旧校舎って割には、全然学校って感じがしないんだよね」


 扉が開けられた部屋を覗いた。そこには古びた家具がそのまま置かれている。


「これが教室だと思う?」

「……には、見えないわね」

「でしょう?」

「……七不思議に、関係してるの?」

「七不思議はほんの噂話」


 アルテがまた歩き出し、あたしはその後ろを追いかける。


「第一夜、誰も居ないキッチンからコンロの音が聞こえてくる。第二夜、誰も居ない絵画の部屋から鉛筆の音が聞こえてくる。第三夜、誰も居ない作業部屋から鼻歌が聞こえてくる。第四夜、誰も居ない壁の中から動物の声が聞こえてくる。第五夜、誰も居ない頂上の部屋から糸車の音が聞こえてくる。第六夜、誰も居ないダンスホールから音楽と踊る人々の笑い声が聞こえてくる。第七夜、誰も居ない城をうろつくメイドの影が時々現れる……そうな」


 ……。

 アルテが自分の腕を見た。


「ロザリっち。やっぱ怖いんでしょ」

「違う。ちょっと寒くなっただけ。こうしてるとあったかいでしょ」

「別に寒くないけど」

「え!? 寒いじゃない! ばりばり外の風が吹いてるわ! もう秋なのよ!? 油断してると、すぐ風邪引くんだから!!」

「わかった、わかった。怪談話はなし。ま、怪談っていうより、噂話なだけなんだけどね」

「誰かが悪戯してるのよ! お化けなんていないんだから!!」

「ロザリっち、顔が怖いってばー」

「こ、こんなところ、いつも一人で冒険してるの!? も、物好きなのね! おほほほほ!」

「……」

「……アルテ?」

「……ロザリっち、さ」


 ふと、アルテが訊いてきた。


「サリア先生と、話はした?」

「……え、ええ。話した、けど」


(サリア?)


「……そう」


 ランタンの火がアルテの瞳の中で燃えている。


「あの人、どう思う?」

「え? あ、……ええ。良い人ね」

「うん。良い先生だよ。サリア先生は」

「サリア……先生が、どうしたの? 急に」

「……ロザリっちは編入生だもんね」


 アルテが薄ら笑みを浮かべた。


「ね、今から言うことは、ここだけの話」

「ん?」

「外に出たら、この話は一切なし。いい? ロザリっち」

「……つまり、ここだけの……噂話ってこと?」

「そうそう。ここだけの噂話。まやかし有り。フィクション有り。なんでも有りの無礼講」

「おっけー。フィクション有りってことは過激な演出も有りね。舞台を見るつもりで聞くわ。さあ、どうぞ」

「サリア先生はここで人が変わった」


 あたしは口を閉じた。


「あの人は先生じゃない」


 あたしの瞳がアルテを見る。アルテは――真剣な顔で、ただ通路を歩く。


「サリア先生はよくここに来てた。夜中にね。わて、ついていった時があった。その時は、サリア先生に見つかって、寮に帰された」

「……」

「サリア先生はね、ロザリっち、あの人、教員免許は持ってるけど、ふひひ。すごい人。何がすごいって、あの人、本業はベックス家のメイドなんだって。それも、わかる? ベックス家って。ふひひ。ベックス男爵家。知らないとは言わせない。なぜならばね、皆の憧れ、キッド第一王子の婚約者、テリー・ベックスの世話をしてたメイドが、サリア先生なんだって」

「……へえ……」

「わては会ったことないんだ。わてはね、外国から来たの。だから、キッド殿下にもテリー様にもお会いしたことはないの。絵画なら見たことある。テリー様はね、とても美人なんだ。絵画ではね。本物は知らないけど。ふひひ!」

「……」

「……だから、入学したて、わてはクラスに馴染むことが出来なかった。今もだけどね。見てたらわかるでしょう? みんな良い子だけど、友達と言える人はいない」

「……グースとは、仲が良さそうだったけど」

「グっぴーね。ふひひ! あの子は確かに優しい。……でも最近なんだ。仲良くなったの。グっぴーが同情してくれた、の方が合ってるかも」

「……まあ、人間関係は大変よね」

「当時、相談に乗ってくれたのはサリア先生だけだった」


 二人で足を揃える。


「わての考えてることや、したいことや、要望を聞いた上で、解決策に近い道を教えてくれた」


 サリア先生だけだった。


「忙しいのに、話をとても親身に聞いてくれた」


 そこで、テリー様の話を聞いた。


「ロザリっち。知ってる? テリー様ってね、粉の薬しか飲めないんだって。ふひひ! カプセルがね、駄目なんだって。ぷぷっ! だっせー!」

「……おほほ」

「……サリア先生はテリー様の話をしてる時、幸せそうだった。色んな話を聞きたくて、個人的に聞きにいってた。サリア先生が話すテリー様ってすごく面白い人なんだ。意外とね、人間じみてるというか、んー? よく発狂するんだって」

「……ストレスが……あるのよ。ほら、王子様の……婚約者だし……大変なのよ。きっと」

「ふひひ! でもね、サリア先生は授業中、無駄話をしないんだ。だから、テリー様の話もなし。クラスの皆はサリア先生がベックス家のメイドだってことは知らないよ。知ってるのはわてだけ。だから……サリア先生の異変にも気づかない」

「……サリア先生……人が変わったって言ってたわね?」


 ここには、あたしとアルテしかいない。秘密話はもってこいだ。


「どんなふうに、変わったの?」

「記憶を失ってる」

「記憶?」

「ある日突然、ベックス家にいた時のことを話さなくなった。テリー様の話をあれだけしてくれたのに、聞きに行ったらこう言われる」


 ――アルテ。何のことだか、わかりません。


「とぼけてるわけじゃなくて、本気で……忘れてる」


 一歩一歩、足が前に進む。


「それで、サリア先生が……あの時期、よくここに来てたことを思い出して……調べてみたら、七不思議があるって図書室の本で見かけた」

「……サリア先生が、七不思議と関係してる?」

「わからない。でも……ここにいた理由がある。何かを探していたのか、何かを……何か、ここに、用があったのか……」

(或いは……『謎』があったのか……)

「七不思議を追いかければ、サリア先生が変わってしまった原因が掴めるんじゃないかと思った」

「……」

「……わてね、サリア先生が、テリー様の話をする時のあの雰囲気が好きなんだ。すごく楽しそうで、頭も良くて、授業もわかりやすくて……」


 でも、


「今のサリア先生は、あの時のサリア先生じゃない」


 この古城に、


「何か、手がかりが……」




 入り口に戻ってきた。



「……わてはね、公爵家の娘だから、領土に住む民には親切にするよう、お父様からきつく言われて育ってきた。だから、身の回りの人の異変に気づいたら、なるべく助けるようにはしてきたんだよ」


 でも、


「サリア先生の場合は……何があったのか……まるでわからない。気づいてるのはわてしかいない。……クラスに、言える人も居ない」

「……」

「……いやいや、付き合わせて悪かったね」


 罪滅ぼし活動サブミッション、アルテと旧校舎を歩き回る。無事にクリア。

 アルテが微笑んだ。


「仲間が出来たみたいで、楽しかった」

「……」

「いい? ロザリっち? 今のは、ここだけの話だからね? ふひひ!」

「……アルテ」

「編入してきて、……早々申し訳ございませんが、ロザリー・エスペラント殿、お気をつけなさい。この学園、やはりどこかおかしいとわたくしは思います。サリア先生がいなければ、わたくしは父にお願いし、とっくに転校していることでしょう」

「……」

「今日はここまで。暗くなってきたし、帰りましょうかね? ふひひ」

「アルテ」


 門の扉に手をつけたアルテがあたしに振り返った。


「アルテは……サリア先生を……助けようとしてるの?」

「……助けるなんて、わては正義のヒロインでもなんでもないよ。ふひひ! わてはただの貴族の娘」


 アルテが肩をすくませた。


「ただ、大好きな先生が……元に戻って欲しいだけ」


 アルテが扉を開けた。

 夕日の光がアルテを照らした。



(*'ω'*)



 メニーがきょとんとした。


「旧校舎の……七不思議?」

「サリアが旧校舎に通ってた可能性が高いの」


 メニーのベッドに座るあたしの横に、メニーが座った。


「誰から聞いたの?」

「アルテ・ペンタメローネ。居眠りこいてた生徒よ。以前からサリアに懐いてたみたい。サリアが旧校舎を行き来していたのを見たって言ってた」

「サリアが七不思議の謎を解こうとしてた?」

「或いは、それ以上の謎が存在していたか」

「……中毒者?」

「バカ。んなわけないでしょ」

「でも、わからないよ? オズは……どこに潜んでるのかわからない」

「中毒者ならキッドに情報がいってる。いってないってことは……また何か別の……、……どちらにしろ、なにかに巻き込まれた可能性が高いわ」


 足を組み直してメニーを見る。


「魔力は感じない?」

「……」

「そう。じゃあ……」


 地面に転がるそいつを見下ろす。


「お前は何か感じないの? ドロシー」

「ここは城下町じゃないからねー」


 瞬きすると、ドロシーがメニーの膝に頭を乗せていた。メニーがふふっと笑ってドロシーの頭を撫でる。


「どこかの誰かさんがさー? 良い匂いのまたたびを鞄に突っ込んでさ? そこへボクが酔っ払って入っちゃってさ? ね? こうなることわかってたよね? ボク、何度も言ってるよね? いいや、もう、何千回言ってるはずさ。魔法使いにはルールがあってさ、外に出ると、ね、使えないんだよね! 魔法! 魔力もさ、頭がごちゃごちゃして、認識しにくいんだよね! 電波みたいにさ! あちこちいっちゃってるんだよね! こういうこと、前にもあったよね!? なんだっけ!? 船の中? アトリの村? ねえ、いい加減にしなよ。人をなんだと思ってるの? 都合の良いAIだと思っていらっしゃる? あっはーは! いやいや、お嬢様、君は一辺くたばって一度目の君に生まれ変わった方が良いと思うよ! あっちの君の方が何かと都合よく動いてくれそうだ!」

「何よ。寝床を用意してやっただけありがたいと思いなさいよ」

「ごめんね。ドロシー」

「謝らないで。メニーは何も悪くないよ。メニーじゃないんだよ。あいつさ。あの女さ。あの嫉妬深き執念深い醜いテリーがボクのことを奴隷としか見てないんだ。だからこんなことが出来るんだ。悪いと思ってたら申し訳無さそうに態度で示すものさ。メニーみたいにね! それなのに、ほら、メニー、見てごらん! あの偉そうな態度! あの女、何様のつもりなんだろうね!?」

「テリー様よ」

「言っておくけどね、ボクの方が数十倍君より偉いんだからね。なんて言ったって、ボクは魔法使い様だからね」

「だったら少しは役に立ってみせなさいよ」

「毎回役に立ってるけどね!」

「あら、そうかしら? 使えない魔法ばかりあたしにかけやがって。ふざけんな。このうんこ魔法使い」

「んだとこらぁー!」

「やんのかこらぁー!」

「まあまあ!」


 メニーが間に入ったことで、あたしとドロシーの喧嘩が休戦した。


「とにかく、情報を元に動いてみよう?」

「メニー、今回はあんたにも協力してもらうわよ」

「えっ……?」


 メニーが頬を赤らめた。


「きょ、協力って……何……?」

(なぜ頬を赤らめさせる?)

「アルテが図書室の本で七不思議について知ったと言ってたわ。念のため、裏を取るためにも、本当か調べてくれる?」

「そういうことなら……いくらでも……」


 ……なぜ指をもじもじさせる?


「あと……してほしいこと……ある?」

「……旧校舎についての記録があれば調べてくれる? とりあえず、図書室にある資料だけでいいから」

「わかった。明日調べてみる」

「作戦会議はおしまいよ。あたしは部屋に戻って快眠するわ。もう疲れた」

「あ……待って、テリー」


 メニーがあたしのネグリジェを掴んだ。


「ちょっと……話があるの」

「……話?」


 あたしはもう一度メニーに振り返った。


「何よ」

「一度……かけてくれる?」

「……わかった」


 再度ベッドに座り、メニーも隣に座る。


「どうしたの?」

「実は……」

(こいつ、真剣な顔して……何の話をするっての……?)

「……ドロシー」


 メニーがソファーでくつろぐドロシーを見た。


「テリーの部屋、行っててもらえる?」

「ん? わかったよ。ごゆっくり」

「ごめんね。ありがとう」


 ドロシーがソファーから消える。完全に二人きりになる。メニーがあたしに振り返った。あたしは固唾をのんだ。


「テリー、あのね」

「ええ」

「実はね」

「どうしたの?」

「わたし……」





 メニーに押し倒された。





「だめ! 我慢の限界!!」

(……。……。……え? 何こいつ)

「はぁ……テリー……♡」


 メニーがあたしをがっしり抱きしめた。


「朝から……ずっとこうしたかった……♡」

「……」

「テリー、ずっとセーラ様に構ってて……寂しかった……」


 メニーがあたしにすりすりした。


「今夜はもう絶対離さない」

「……お前」

「大好き。テリー」

「なめてるの?」


 ――ぬわぁっっっっ!!!!!


 ものすごい勢いで、あたしは起き上がる。メニーはぴったりくっつく。


「言ったはずよ! あたしはぁ! お前なんか! 大嫌いだってぇ!!」

「テリー……わたしが皆に良い顔するから、ヤキモチ妬いちゃってたでしょ……」

「うるせえ! 再確認ってか! わたちの方がモテるわよ、いいでしょってか! ふざけんなよ! このアバズレ女! 自分の美しさを自慢しやがって! マドンナって言われて調子に乗りやがって!! わざとか? あんたのそのむかつく煽り清楚系乙女猫被りはわざとやってんのか!? にゃんこちゃん! 言っとくけどね!! あたしの方がてめえよりも何百倍も良い女だから!!!!!! 魔力なんかなければっっ!! あんたなんてただの金髪きらきらくるくるパーマメルヘンファンシー根暗女なんだからっっっ!!!!!!」

「うん。わかってる。テリーは誰よりも可愛くて……魅力的な人だって……」

「あああああああああんん!!!?? なめてんのか!! てめえ!! もういっぺん言ってごらんなさいよ! リピートアフターミー! 、ですって!? バカ女!! その詰まった耳かっぽじってよーーくお聞き!! 心から聴け!! あたしはね! じゃないの!! なの!!」

「あはは。そうだった。ごめんね。テリー」

「『A・HA・HA』!? なーによっ、その少女漫画のヒロインみたいな可愛い笑い方はーーーー!!?? てめえみたいな女の本性は洗いざらい全てお見通しよ! 自分のことが可愛いってわかってるんでしょ!!?? あーーームカつくーーーー!! なんでてめえついてきやがった!! ふっざけやがって、何がエスペラント姉妹よ!! テメエが横でキラキラ光ってるせいでこっちはあえて地味な格好してるのにもっと地味でダサい女に見えるじゃない!! クラスメイトも全員テメエに釘付けよ!! 良かったわね! 学園マドンナメニーちゃん!! 初日から注目の的! そのままダーツの的になってしまえばいい! 刺されて刺されて刺されまくれ! あ、駄目だわ。今の状態では哀れなクラスメイト達がお前を庇う未来が見えるわ! 畜生! 手も足も出ない! この人間たらし! 火あぶりの刑に処されるべき魔女め! キッドの次にくたばりやがれ!!」

「テリー……興奮したら、眠れなくなっちゃうよ? 深呼吸して?」

「誰のせいだと思ってるのよーーーー!!」

「ふふっ。落ち着いて。明日も早いから……」

「こうなったら言いたいこと全部言ってやる!! この顔だけクソビッチ!! 授業も綺麗なすらーっとした姿勢で受けやがって!! 自分だけ貴族の本性見せつけますってか!?」

「そ、そんなところ見てたの? や、やだ。テリーったら……」

「『やだ』はこっちのセリフよ!! 廊下歩いてる時も女らしくおしとやかに歩きやがって! あんたの髪の毛がなびく度にね! 良い匂いがして! 綺麗な顔立ちしてて、姿勢も良くて、歩く姿も綺麗だから、通り過ぎた人が全員あんたを四度見するのよ! あたしじゃないわ! お前よ!!」

「……」

「明日から別行動! ああ! 思い出しただけでむかつく!! あのね! あたしはテリー・ベックス様よ!? たとえ地味な格好をしてるからって!! この魅力に気づかないなんて、この学園のレディ達は! 皆ばかよ!! ばーか!!」

「テリー」

「なによっ」


 ――メニーに唇を塞がれた。


「……」


 メニーの肩を掴み、離れようとした。しかし、メニーの手があたしの頭を抑えていた。


(ふげっ)


 ぐぐっと肩を押してみる。メニーはびくともしない。


(ちょっ、こ、こいつ、何を……)


 舌が入ってきた。


(ちょっ、ちょっと、まっ……!)


 メニーの舌が、あたしの舌に絡まる。


(待て待て待て待て待て!!)


 メニーは離れない。


(あ、あたしにはクレアだけ……!)


 唇を舐められる。


(こいつ、まじで舐めてきやがった!)


 目を開くと――メニーに体を押された。


「ぎゃっ!!」


 背中からベッドに倒れると、メニーが上に乗ってきた。


「ちょ、ちょっ、ちょ……! おまっ!!」

「寂しい思いさせて、ごめんね?」

「いい、いい! そういうのいらないから!」

「でも……」


 あたしははっとした。青い瞳が光ってる。


「わたしも……寂しかったから」

「……」

「おあいこ、だね」


 メニーが体を倒し、上からあたしを抱きしめた。


「テリーが足りなくて堪らない。ね、今夜はこのまま抱きしめあって寝よう?」

「却下」

「あ、そう。……じゃあ」


 メニーがあたしの耳元で囁いた。


「お姉ちゃん」


 ……。


「一緒に……寝たい」


 メニーが囁いてくる。


「だめ? お姉ちゃん?」

(駄目。却下。無理。誰がお前なんかと寝るか。くたばれ)




 ――メニーが明かりを消し、ベッドに潜った。




「テリー、お休み……♡」

(勘違いしないで。別にお前と寝たかったわけじゃない。もう体がだるいのよ。お前の悪口を言って吐いて、限界なのよ。あたし、中身はもう結構いってるのよ。無理なのよ。もう眠たいのよ。それだけなのよ)

「……あ、やだ。お姉ちゃん……」


 メニーがあたしのネグリジェをつまんだ。


「そっち向かないで……」

「……この猫かぶり……」

「あ、低くて可愛い声。うふふっ」

「うっせ。黙ってろ。このぶりっ子女」


 メニーが手を繋いでくるから仕方なく握り返す。


「今夜だけだからね」

「うふふっ! うん」

「お前なんか大嫌いよ」

「大好きだよ。テリー」

「くたばれ」

「愛してる」


 メニーが耳元で囁く。


「旧校舎の記録、任せて。調べられる限り、全部調べてみるから」


 あどけない顔で眠るあたしの頬に柔らかい唇が触れる。


「テリーのためなら……何でもしてあげる……」


 青い瞳が幸せそうに細くなり、大好きな顔を眺めながら、そっと、瞼を閉じた。









 闇の奥から響く泣き声は、見つけられなかったようだ。

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