第8話 クラスメイト
午前中はサリアのわかりやすい授業だったけれど、午後から教師が変わった。骨のように細く、メガネをかけた真面目そうな女教師。セーラが顔をしかめさせた。だいぶ叱られているようだ。
(典型的な堅苦しい先生像ね。こういう家庭教師を覚えてるわ。最悪なのよね)
「編入生がいると聞いたわ。どなたかしら」
あたしとメニーが立ち上がった。
「よろしい。お名前は?」
「ロザリー・エスペラントです」
「同じく、メニー・エスペラントです」
「経済学を教えます。ソレイユ・ヘーリオスと申しますわ。どうもよろしく」
(すぐ減点したがる人っぽいわね。いいわよ。望むところよ)
「それでは授業を始めましょう。編入生もいることだから、改めてお伝えしますが、あなた方はいずれ夫の支えとなる女とならなければいけません。経済の知識くらい頭に入れておかないと、世渡りなど出来ません。よろしいですね。教科書21ページ」
(さあ、かかってきなさい!)
教科書を開き、そのページを見た途端、あたしははっとした。
(こ……これは……!)
「流行とは……」
(あたしが知りたかった経済の情報知識!!)
「つまり……」
「何言ってるかちんぷんかんぷんだわ。ね。アンセル」
「グワグワッ」
「ああ、チーズが食べたい」
「ノワールお姉様。しりとりしない?」
「いい考えだわ。ブラン。しりとり」
「この時間は読書に限るわー」
「セーラ、お絵描きしよ?」
「ばれないようにね。あ、ロザリーもやる?」
セーラが眉をひそめた。
「ろ……ロザリー……!?」
(これよ! あたしはこれを求めていたのよ!)
ノートに全てメモしていく。
(経済! 税金! 流行! お金の稼ぎ方!)
「質問はないかしら!」
「先生! 質問が!」
「言ってごらんなさい! ロザリー・エスペラント!」
「経済が回っていくのであれば、次に来る経済とは!」
「良い質問だわ! 年代から考えて次に来るのは……これよ!」
「はぁっ……! Mr.ジェフの言ってた通りだわ……! つまり、買うべき株はこの会社ですか!?」
「甘いわ! ロザリー・エスペラント! 次に来る会社は……この会社よ!」
「あ、あ、あたしの知らない会社だわ……! 見たことがない株だわ……!」
「経済の仕組みについてまだわかっていないようね。私の授業で、とことん勉強するのね!」
「ついていきます! ヘーリオス先生!」
クラスメイトの唖然とした視線を感じる。いいの! だって、この授業ほど素晴らしい授業はないわ! 経済! お金! お金さえあれば、爵位が男爵だろうと関係ないわ!! 結局最後はね、金がある奴が勝つのよ!!
「金稼ぎ金稼ぎ金稼ぎぐははははははは……!」
「お姉ちゃん、ヨダレ出てるよ?」
「セーラ、ロザリーってなんか……変な人ね」
「あの……普段は違うの。なんか……今だけ変なの」
「私に経済についての質問をするなんて見込みがありそうな生徒だわ。それに比べて……」
ヘーリオス先生がチョークをぶん投げた。
「いつまで眠っているの!!!!!」
「あでっ」
(金稼ぎ金稼……ん?)
前の席の人物に当たったチョークが跳ね返ってあたしの顔面に飛んできた。
「あうちっ!!」
「わっ、ロザリー、大丈夫?」
「今の音聞いた?」
「痛そう……」
「いったー」
「アルテ・ペンタメローネ! いい加減に起きなさい! 私は、気づいてますよ!?」
セーラよりも薄い桃色の髪を持つ少女が起き上がった。朝からずっと眠っていた生徒だ。
「ふわあ……」
「睡眠不足は心の乱れ! クラスに悪影響を与えないでちょうだい!」
「お姉ちゃん、大丈夫?」
(なんて威力のチョーク……! これが愛の鞭なのね……!)
「ペンタメローネ! チョークを届けに来なさい!」
「ふわあ……はいはい……えーと、チョーク……」
桃色の瞳があたしを見上げた。あたしはその顔を初めて見る。眠そうな瞳は3割閉じかかっていて、まるで死人のような白い肌をしている。顔つきは悪くない。この眠り女もどこぞの貴族のお嬢様ってわけだ。
「あれー? 見たことない子達がいる。こんなクラスメイトいたっけ?」
「アルテ」
グースが耳打ちした。
「さっき言ったでしょ。編入生よ。姉はダサくて、妹は美人」
(なんですって!? グース!? 友達になれると思ったのに!)
「えー、知らなーい。聞いてないし、見てなーい」
アルテが薄ら笑みを浮かべてあたしとメニーを見た。
「お二人、お名前は?」
「……(先に名乗るのが礼儀じゃなくって?)初めまして。ロザリー・エスペラントよ」
「そっちは?」
「メニー・エスペラントです」
「ロザリっちにメニっちね。覚えた、覚えた」
(あん? ロザリっち?)
「わてはアルテ」
アルテがあたしの手からチョークを受け取った。
「変な眼鏡してるね。全然似合ってないよ。ロザリっち」
「……どうも」
「ペンタメローネ!」
「はいはい。先生。今チョークをお渡しに行きまーす」
アルテがダルそうに歩き出し、チョークをヘーリオス先生に渡した。
「ペンタメローネ、マイナス二点です」
「はいはい。マイナス二点ね。でもね、先生、教室全体ご覧なさい? 真面目に授業受けてるのは編入生のエスペラント姉妹のみ。他は教科書の後ろに小説隠して読んでたり、しりとりしてたり、挙句の果てにはクレヨンでお絵描きしてる王子様の従姉妹様。減点はわてだけですか?」
ヘーリオス先生が教室を見た。全員が証拠を引き出しに隠した。ヘーリオス先生がアルテを見た。
「ええ。貴女だけよ」
「ああ、そうですか。はいはい」
「後で私の書斎に来るように」
「またお説教ですね。はいはい。かしこまり。ふわあ」
欠伸をしながらグースの隣の席に戻っていく。セーラがアルテを睨んでいる。アルテがその視線に気づき、振り返り、また薄ら笑みを浮かべた。
「あら、なんですの? プリンセス。わてに何か文句の一つでもおありで? どうぞ。言ってごらんなさい。言えるものならね。ふひひ!」
「……ふん!」
(……なるほどね)
セーラがアルテを悪戯の対象にする理由がわかった気がする。
(サボりをチクられるのね。それは確かに厄介だわ)
「あの居眠り女……」
(はいはい。だからって嫌がらせは駄目よ)
机の下でセーラの手を握ると、セーラが一瞬あたしを見て、また黒板に目を向けて、むすっと頬を膨らませた。
(とりあえず、どんな相手でも良い顔しておかないと)
ま、あたしがしなくても、
(こいつがいるから心配はないか)
横目でメニーを見ると、青い瞳と視線が合った。うわ、びっくりした。何よ。いつから見てたのよ。お前。最悪。
「……」
メニーが頬を赤らめて、視線をノートに落とした。その姿は、好きな人と目があってしまって照れている乙女の姿。
(……お前、わかってる?)
今、お前と目が合ったのは、一度目の世界でお前が死刑にした相手よ。
(はあ。気分最悪。もうメニーなんか見ない。くそったれ。気品のある綺麗な姿勢で授業受けやがって。むかつく。くたばれ)
「ほら、アルテ。私のノート写していいから」
「ああ、ありがとう。グっぴー」
「グース」
授業が再開され、アルテはマイペースにグースのノートを写し始めた。
(*'ω'*)
放課後。
メニーがクラスメイトに囲まれた。
「学園内は案内された?」
「放課後はクラブ活動があるのよ★」
「メニー、私のクラブに連れてってあげる。ウサギは好き?」
「ハチミツ舐める?」
机が叩かれた。全員が青髪の少女に振り向く。
「メニー・エスペラント! ちょっと美人系の顔だからって、調子に乗らないことね!」
「ノワールお姉様の方がずっと綺麗なんだから!」
「貴女にはブランが切った爪の垢がお似合いよ!」
「ちょっと、ノワールとブラン、言い過ぎ!」
「メニーが美人だからってヤキモチ妬かないの」
「ヤキモチなんて妬いてないわ! 調子に乗る前に、釘を刺しておこうと思っただけで!」
「そうよ! そうよ!」
「釘を刺すって……」
「あんた何様よ……★」
「あの……」
メニーがおしとやかに立ち上がった。その姿に、全員が息を呑む。
「わたし、あまり外に出たことがなくて……勉強は今まで家庭教師だったから……こういう場所も、実際初めてなの」
メニーの笑顔に、ノワールが目を見開いた。
「だから……仲良くしてくれると……嬉しいな……」
「っ」
「あっ! ノワールお姉様が! メニー・エスペラントの美しさにやられて、気絶を!!」
「本当に男爵令嬢?」
「どこかの国のお姫様って言っても信じるって。あれは」
「どこかの王子様から求婚とかないわけ?」
「婚約者は★?」
「あはは。婚約者なんて……」
メニーが美しく微笑んだ。
「わたしみたいな女に、求婚する人なんていないよ」
「謙虚」
「乙女らしい」
「これは学園のマドンナ候補だわ★」
「ノワールお姉様! しっかりして! 大丈夫! お姉様が、誰よりも美しいことは、このブランが一番わかってるから!」
「まるで本みたいな展開。超綺麗な編入生がやってきて、それを聞きつけた王子様が見に来るのよ。そして運命の出会いを果たした二人は結ばれる……」
「そんなメニーに比べて……」
全員があたしを見た。あたしは笑みを浮かべた。
「何か?」
「あ、いや」
「えーと」
「ロザリー」
バンダナをつけた少女があたしの背中を叩いた。
「どんまい」
「おほほ。何のことやら」
(わかりきった顔やめろおおおおおおお!!!)
「遅くなったけど、エスペラント姉妹、Aクラス教室にようこそ。自己紹介が全く出来る隙がなかったので、今させていただくわ」
バンダナをつけた少女がスカートをつまみ、ゆっくりとお辞儀した。
「わたくしは子爵家の娘。スレッド・クローステール。どうぞよろしく」
「あっ★! それじゃあ」
星のネックレスをつけた少女がスカートをつまみ、礼儀正しくお辞儀した。
「わたしは伯爵家の娘。マリン・プリズンでございます。……むふふっ! マリンでいいからね★!」
「姉妹で同じクラスって羨ましい」
少し黒い肌の色の少女がスカートをつまみ、おしとやかにお辞儀した。
「わたしも伯爵家の娘。メラン・アマーブレ。わたしもね、妹二人と弟が三人いるんだ」
「はっ!」
「ああ! お姉様が目を覚まされた! お姉様、美しいお声で編入生に自己紹介してやって!」
「ふん! 所詮は男爵令嬢!」
双子の姉妹が並んでスカートをつまみ、美しくお辞儀した。
「わたし達は子爵家の超美人姉妹娘。わたしはノワール・カラー」
「わたしはブラン・カラー」
「学園で一番美しいのはわたしよ!」
「そうよ、そうよ!」
「いい加減にしなって。ノワールとブラン。せっかくクラス一緒になったんだし、仲良くしようよ」
「グワグワッ!」
ガチョウを持った少女がスカートをつまみ、お辞儀しながらガチョウを見せびらかす。
「わたしは男爵家の娘。グース・スケープゴート」
「グワグワッ」
「こっちはアンセル。わたしの相棒。可愛いでしょ」
「グース、ガチョウは確かに可愛いけど、仲良くなるにはハチミツが一番だわ」
ハチミツを異常に勧める少女がスカートをつまみ、笑顔でお辞儀した。
「わたしは侯爵家の娘。メリッタ・ホーニング。ホットケーキにつけるハチミツはとても美味しいのよ? 一緒にいかが?」
「ハチミツ舐めるくらいならウサギを可愛がってたほうがずっと楽しいわ」
ウサギのイヤリングをする少女がスカートをつまみ、はね飛ぶようにお辞儀した。
「わたしは男爵家の娘。ラビ・ランウェイ。ウサギは好きだけど、ウサギ顔の殿方は嫌い。だって、好みじゃないんだもん」
「チーズを食べればみんな幸せになれるわ。チーズはね、世界を救うの」
チーズを一口食べた少女がスカートをつまみ、飲み込んでからお辞儀した。
「わたしは侯爵家の娘。フロマージュ・スイール。お気に入りのチーズはお母様の手作りしたお手製チーズ」
「えーと、えーと」
セーラの隣にいた少女がスカートをつまみ、深々とお辞儀した。
「わ、わたしは、子爵家の娘。トゥーランドット・インフォマル。トゥーはね、メニーみたいな、お姫様になるのが夢なの!」
「では、わたしも改めて」
トゥーの隣りにいたお姫様がスカートをつまみ、隙のないお辞儀をした。
「わたしは公爵家の娘にして、王家の血を引き継ぐ一族。セーラ・ミスティン・ガブリエル・フォーネ・アリア・ウィリアム。本物のお姫様だから、そのつもりで!」
(はいはい)
「メニー・エスペラントです。こちらは、姉の……」
「ロザリー・エスペラント」
「やっぱ、メガネ似合ってないね」
桃色の少女が踊るようにあたしの周りを歩いてから、欠伸をしながらお辞儀した。
「公爵家一族。さっき名乗った通り、わてはアルテ・ペンタメローネ。仲良くしてね。よろしくね。ロザリっちとメニっち」
「授業中居眠りこく奴なんかと喋らなくていいわ。ロザリー!」
(公爵? これが? まじ?)
「今日からよろしくお願いします」
メニーがお辞儀すると、フロマージュがメニーの手を握った。
「手始めに、メニー、わたしが入ってるお料理クラブ来てみない? 見学もOKなの!」
「わたしも入ってるの。ハチミツたっぷりのクッキーも作るのよ」
「飼育クラブ楽しいよ? ウサギを撫でられるの」
「工作の方が楽しいわ。高い場所で物作りすると、とても集中できるのよ★」
「スレッドは何勧めるの? お得意の裁縫?」
「グワグワッ」
「グース、喧嘩売ってる?」
「クラブで勝負! それよ!」
「いい加減にしたら? ノワール」
「メランさん! 止めないで! ノワールお姉様は、ライバルの出現にとっても燃えてるの!」
「セーラ、この後どうする?」
「もちろん。オーケストラクラブに行くわ。ふぅーん!」
「セーラのヴァイオリン、綺麗だもんね」
「当然!」
「わー、みんな楽しそー。ステキステキー」
後ろからあたしの肩を掴み、アルテがくすくす笑う。
「ロザリっちの予定は?」
「あたしは」
情報収集。
「ちょっと、学園を歩こうと思って。初日だし」
「わーお。ステキステキー。……じゃあ」
薄ら笑みを浮かべるアルテが右に首を傾げた。
「わてと一緒に冒険ごっこしない?」
「……冒険ごっこ?」
「そう。ちょっとばかし、いけないことするの」
「いけないことって?」
「そうだねえ。例えば」
アルテが左に首を傾げた。
「旧校舎を歩き回るとか?」
「……ああ。なんか、聞いたわ。壊す予定だから、立ち入りが禁止されてるって」
「ふひひ。ロザリっち。せっかく編入してきたんだったら、一度は入った方がいいよ。あそこね、とっても面白いんだ」
「……旧校舎?」
「そうだよ。クラブ活動よりもずっと面白い。わてと冒険ごっこ。子供に戻った気分で、お一ついかが?」
(……考えが読めないわね。この女)
「大丈夫。バレやしない。どうせあそこに近づく生徒も先生も誰も居ない。だって立入禁止で、みんな貴族のご令嬢様で、良い子ちゃんばかりなんだから」
「……一緒に悪戯しようっての?」
「悪戯なんてとんでもない。どこかのお姫様みたいに壁に落書きするなんていけないことは絶対しない。ただ歩くだけ。冒険はね、歩いてなんぼ。ふひひ!」
「……確かに、面白そうかも」
(公爵家の娘なら、ゴマをスるのも悪くない)
罪滅ぼし活動サブミッション、アルテと旧校舎を歩き回る。
「いいわ。一緒に行く」
「そうこなくっちゃ」
「行きましょう! メニー!」
「お料理クラブよ!」
「飼育クラブよ!」
「わたしと勝負なさい!」
「素敵よ! ノワールお姉様!」
「メニっちはどうする?」
「交流の邪魔をしちゃいけないわ」
「おっけー。じゃあ二人で行こう? ふひひひ!」
メニーが注目されてる間にアルテと教室を抜け出す。
ふと、セーラが辺りを見回した。
「……あれ? ロザリーは?」
「え? あれ、本当だ? どこ行ったんだろう。でも、まあ、いいや。メニー! トゥーと一緒に、セーラの演奏聞きにいかない?」
「……ロザリー……」
セーラが呟きながら眉を下げた。
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