第9話 心の精神安定剤


 あたしは廊下を歩く。クルーのふりをした騎士達が並んでいる。後ろから足音が聞こえた。女のくせに革靴なんて、どうかしてる。あたしは足の動きを早くする。しかし、長い脚はあたしのような短い脚にすぐに追いついてしまう。憎たらしい。


「テリー」

「ついてこないで」

「どこ行くんだよ」

「ついてこないで」

「テリー」

「ついてこないで!」


 足は止まらない。どこに向かいたいのかさえわからないのに。


「中毒者を見つけるわ! 狙いはあたしなんだから、歩いてれば現れるはずよ!」

「一人はやめておけ」

「ついてこないで!」

「熱くなるな」

「あんたはいいわよね! いつだって強いから!」

「お前と違って鍛えてるからな」

「あたしだって、こんな船、本当は乗りたくなかったわよ! 誰が沈む船なんか乗りたいものですか!」

「うんうん。お前熱が出てふらふらなのに関わらずリトルルビィと浮気デートしてたもんな。そういう根性だけはあるよな。感心するよ、本当」

「中毒者が関わってるなんて想定外よ! だから何とか出来ると思ったのに、なんで乗ってるのよ!」

「中毒者も海の旅を楽しみたかったんじゃない?」

「もう絶対許さない! あたしをダシにしやがって! あいつら、くたばればいいのよ! ソフィアもリトルルビィも、血だらけで、ぼろぼろで、なのにあたしなんか守って……!」

「今二人共休んでるから」

「リオンは精神をやられたわ! 全部、全部あいつらのせいで!」

「テリー、少し落ち着け。深呼吸」

「あたしが犯人を見つけるわ。異空間に入って何としてでも突き止める。歩いてればどこかのタイミングで行けるはずよ。だって、さっきは何度も迷い込んだんだもの! 美術館でも、倉庫でも、廊下でも!」

「テリー」

「いつまでついてくるのよ! そういうところがうざいのよ!」

「ハニー、冷静に……」

「うざいって言ってるでしょ! キッ……!」


 キッドが着ていたコートを脱ぎ、あたしの頭に被せた。


「わぷっ!」


 両腕で体を締め付けられる。


「ちょ、やめて! 何するのよ!」


 グッ、と掴まれる。

  

「キッド!」


 ――噛みつくように、あたしの唇に唇が押し付けられる。


「……んっ!」


(嫌!)


 突き飛ばそうとするが、両手を強く掴まれる。


(あっ)


 壁に押し付けられる。


「ん、」


 舌が交じり合う。


「んっ、んんっ……」


 あたしの手首が強く掴まれる。


「……」


 コートで隠れているから、おそらく外から見たら、きっと男と女が抱きしめ合ってるように見えるのだろう。――だけど、今、あたしの目の前にいるのは、紛れもなく女。


 クレア。


「……はっ……」


 唇が離れたら、クレアとあたしの間に透明に光る糸が垂れた。そして、青い瞳が怒りの炎を燃やしてあたしを強く見つめる。


「あたくし相手に暴れようなどと、百万年早くってよ? ダーリン」

「……」

「次言うこと聞かなかったら、その両足を撃って車椅子生活にさせてやる。いいか。愛しのハニーに、うざいとか言わない。わかったか? このブス」

「……」

「ごめんなさい、は?」

「……。……愛しのハニーは……」

「ん?」

「ブスとか……言わない」

「先にうざいって言ったのはどっちだ」

「……クレアに言ってない。……キッドに言った……」

「人にうざいって使わない」

「クレアもじいじによく言ってるじゃない……」

「あたくしはいいんだ」

「……横暴よ」

「……」

「……くたばれ……」

「……」

「……今のはクレアに言った……」

「……愛しのハニーになんてことを言うんだ。貴様は。そんなにあたくしに撃たれたいのか」

「……撃てばいいじゃない」

「……馬鹿」


 クレアがあたしを――優しく抱きしめた。


「お前に何かあったら、お前を守ったソフィアとリトルルビィの努力が無駄になる。少しはその空っぽの頭で考えろ」

「……」

「呪いをかけた奴が悪い。……お前は何も悪くない」

「……そんなこと……言ってほしいわけじゃない……」

「じゃあ責めるか? お前があの呪いの紙さえ拾わなければ二人は立派に戦えた。中毒者を捕まえられたかもしれない」

「……」

「ロザリーよ。過程はどうあれ、結果は同じだったと思うぞ。ソフィアは催眠の力を使い過ぎて目が麻痺したかもしれない。リトルルビィは力が出るからこそ中毒者が暴走し、もっと酷い目に遭ったかもしれない。いいか。終わったことだ。この前も後もない。もう終わってるんだ。終わったことをずるずる引きずるな。引きずるくらいなら持ち上げて次に活かせ。いいな」

「……」

「イザベラはどこだ」

「……姉の部屋にいるはずよ」

「わかった。ソフィアの様子を見に行ってから会いに行く。電話線が切られた現場も確認しておこう」

「……」

「起きてたら……紙の事は説明していいか?」

「……伝えておいて。ちゃんと」

「わかった」

「……それと」

「ん」

「魔法の笛も……返しておいて。……リトルルビィの部屋の、テーブルに置いてる」

「……ああ。わかった」

「……心強かったって……伝えて……」

「……ん。わかった。伝えておく」


 クレアに抱きしめられ続ける。温かい。温もりを感じると、ほっとする。まるで赤ん坊になって、優しいママの腕の中で大切に抱きしめられているように、守られているような感覚に陥る。まるで麻薬だ。――涙が溢れてくるほど安心感のある、毒だ。


(もう少し……こうしてたい……)


 あたしはクレアの腰に手を伸ばし、ぎゅっと掴んだ。鼻声でクレアを呼ぶ。


「……クレア」

「ん?」

「……ごめんなさい……」

「……何が?」

「……もっと……早く言うべきだった。……無線機が……まだ……使える時に……」

「終わったことだ。言ってるだろ。持ち上げて次に活かせ」

「……」

「あの二人なら、あの程度の怪我、ちょっと寝ればすぐ回復する。呪いの副作用でな」

「……」

「お前が責任を感じる必要はない」

「……クレア……」

「ん?」

「……無理だけは……本気でやめて……」

「……」

「クレアを失ったら……もう……どうすればいいかわからない……」

「……ダーリン、顔上げて」

「……ん……」


 唇が重なる。瞼を上げれば、暗い影の中、青く輝くクリスタルのような瞳が、よく見える。


「……大丈夫。後は任せろ。全部あたくしが解決する」

「……王様になる為?」

「それもある。……でももう一つ」


 クレアがあたしの首にキスをした。


「んっ」

「カドリング島に、お前と行きたい」


 耳に、低い声が囁かれる。


「お前が塔で話してくれたんだ。すごく素敵な島だって」

「……つまんない島よ。海しかない、何もない島」

「あたくし、お前の家の歴史に興味が沸いてな」

「がっかりするわよ。ただ歴史が長いってだけで、大して戦争でも活躍してないし、浅い話しかない……んっ」

「ベックスの屋敷に招待してくれるのだろう? ちゅっ」

「んっ、……ええ。クレアなら……」

「一緒のベッドで寝たい」

「あっ」

「ちゅ、ね、むちゅ、いい?」

「……んっ……」

「テリー」


 唇が熱い。囁かれる声に体が熱くなっていく。熱に酔ったあたしの声が震える。


「……変な事、しないなら……」


 あたしもカドリング島で、クレアと一緒に過ごしたい。


「……変な事ってどんな事?」

「……ばか……」

「ちゅ、テリー」

「んむっ」

「ちゅ、んちゅ」

「んっ、むっ」

「はぁ。んむ」

「……クレア、人がいるから……」

「大丈夫。ちゅっ。隠してるから」

「んむっ」

「ちゅっ」

「んん……」


 廊下を歩く人々があたし達を見て、くすくすと笑った。まあ、お熱いこと。若いわねぇ。私ももう少し若い頃は旦那とねえ……。そんな声が聞こえて、あたしはふと、このコートが地面に落ちたらどうしようかと思った。そう思ったら、どうしてか――クレアとこういう事をしてはいけない気がして――ただあたしが人の目を気にしてるからなんだろうけど――クレアの腕を押した。クレア、そろそろやめておきましょう? 理性が戻ってくる。良くないから。クレアの目があたしに訊いた。――どうして? 愛する者を愛してるだけなのに、どうして良くないの? クレア、わかるでしょ。あなたの大好きなミスター・ゲイも言ってた。同性愛は、満場一致で認められないものよ。だから良くないなのか? ええ、そうよ。あたくしはもう少しこうしてたい。ええ、あたしもよ。だったら良いではないか。クレア、こうなる事を予想してコートを被せたんでしょ。愛し合うのも人の目を気にしなくてはいけない。面倒臭い。テリー、どうして貴様は女なんだ? クレア、同じ言葉をそのまま返すわ。でもお前、あたくしが男なら恋をしたか? クレア、それはNOと答えられるわ。ほらな。あたくしは女で生まれた事を後悔した事はない。女というものは大好きだ。ドレスを着れるし、化粧して、美しくなれる。でも、それは女だけではない。男だってドレスを着ていいし化粧をして美しくしたっていい。どこぞの誰かがそれを罪だと言った歴史が今も根強く残っているだけ。今は新しい時代なのに、いつまでそんな浅はかな思考を人々は貫くのだろうな? 人をホラ吹きだと言うのであれば、同性愛を罪だと言った奴だってホラ吹きだ。詐欺師だ。人々はいつまで詐欺師の言っていた罪を罪だと認めたままでいるのだ? 全くおかしな話だ。クレア、そろそろ戻らないと。もう少しこうしてちゃ駄目? クレア、あたしだってこうしてたいのよ。あなたを愛してるんだから。……テリー。……愛してるわ、クレア。たとえ誰も祝ってくれなくたって、それが罪だと言われたって、悪だと言われたって、あたしはあなたを真剣に愛してる。


「あたくしも愛してる。テリー」


 クレアがあたしを強く抱きしめて、最後のキスをしてくる。頃合いだと思って、あたしはクレアから離れようとした。だが、目が合った瞬間、あたしが物足りないのだと思ったクレアが、更に深いキスをしてきた。あたしはあれ? と思って、クレアの腕を押した。目が合った瞬間、あたしがもっととせがんでいるのだと思ったクレアが、瞳を輝かせてとても深いキスをしてきた。あたしはもう十分よ、大丈夫よ。と思ってクレアの胸を強く叩いた。目が合った瞬間、クレア、もっと欲しいの、まだまだ足りないの! とあたしが求めるのだと思ったクレアが、強く激しいキスをしてきた。


「クレア、もういい、もっ」

「ちゅーーーーーー」

「んむっーーーーー!!」

「はむっ、んじゅっ! ぢゅっ! ちゅぅっ!!」

「はっ! 待って! んちゅ、も、もういい……!」

「ぐぢゅっ! ぢゅうぅう! ぶぢゅぢゅっ!!」

「まっ、はっ……! だめっ、も、それ以上は、ちょっ、クレッ……!」


 足音が近付いてくる。


「やめっ、クレアッ」

「ぢゅっ! ぢゅうう! ぶぢゅ、ぢゅっ! っ! ぢゅぷぢゅ!」

「あっ! も、あっ、だめ! クレア! 待って! 息がっ、もっ……!!」


 コートを外された。


「っ!」


 あたしは慌ててクレアを突き飛ばした。


「きゃっ★」


 クレアがピンクの声を上げて、地面に座り込み、もじもじしてから口を押さえた。


「ダーリンったら、激しいんだから……」


(……どっちがよ……)


 ところで、誰がコートを外したのかしら。あたしはチラッと隣を見た。





 笑顔のメニーが、コートを持って立っていた。





「お姉ちゃん」


 あたしの肩が、なぜかびくっと揺れた。


「リトルルビィが目を覚ましたの」

「……そう」

「お姉ちゃんと話したいって」

「わかった。……行きましょう」

「うん」

「クレア、いつまで座ってるの。行くわよ」

「ダーリンが起こしてくれないと、あたくし立てない!」

「何言ってんだか……」


 あたしはクレアに手を差し出し、クレアがそれを握って、腰を持ち上げた。


「行きましょう」

「うん! ……あ、メニー」


 クレアが笑顔でメニーに手を差し出した。


「コート、返して」

「……はい」


 メニーが笑顔でコートを差し出した。


「どうぞ」

「ありがとう」

「お姉ちゃん」


 メニーがあたしの手を握ってきた。


「早く行こう?」

「ん? ええ」

「ダーリン」


 クレアがあたしの腕に腕を絡ませた。


「ゆっくり行こう?」

「ん? ええ」

「だろ? メニー」

「そうですね。転ばないように」

「だってさ。くひひ。ダーリン、行こう?」

「お姉ちゃん、行こう?」


 にこにこしたメニーがあたしの手を握り、にこにこしたクレアがあたしの腕に腕を絡ませ、歩幅を揃えて歩く。


(何これ)


 横を通った人々は思った。迷子の保護かしら?

 部屋に入ると、リトルルビィがぼーっとして天井を眺めていた。


「リトルルビィ」


 声をかけると、リトルルビィがゆっくりとあたしを見た。


「大丈夫?」

「……テリー……」


 リトルルビィが手を伸ばしかけ、ぴたりと止まった。あたしの背後で、クレアがじーーーーっと見ていたから。リトルルビィが不快そうな顔になって、息を吐いた。


「あー……」

「酷く痛めつけられたようだな」

「あんだよ。笑いに来たのか?」

「ああ。ボロボロのお前を笑い飛ばしに来てやった」


 クレアがリトルルビィの頭に手を置いた。


「無事で良かった」

「……」

「だいぶ調べがついた。もう少しで決着がつきそうだ」

「……あ、そう」

「お前からも中毒者について聞きたい。だが、……その前に、テリーとメニーには部屋に戻ってもらおう。……こんな時間だしな」

「……同意」

「というわけだ」


 クレアがメニーの背中を優しく押した。


「メニー、今日は解散だ。送って行こう」

「……はい」

「ダーリン」

「ええ」


 あたしは一度リトルルビィに身を屈ませ、ピアスだらけの耳に囁いた。


「また会いに来るから」

「……うん」


 リトルルビィの目の力が緩んだ。


「……待ってる……」

「……」


 あたしはクレアが余所見しているのを確認し、声をひそめた。


「ルビィ、報酬よ」

「ん?」


 あたしはそっと――リトルルビィの額に唇を押し付けた。


「……」

「じゃあね」


 あたしがリトルルビィの頭をもう一度撫でようとした時、クレアが振り返った。


「テリー」

「今行く」


 リトルルビィの頭を撫でてから、ふっと微笑み――軽く手を振ってからベッドから離れる。クレアがあたしの背中を撫で、一緒に部屋から出て行くと、――リトルルビィが手で額を隠し、目を瞑った。


「……」


 誰もいなくなった部屋で、一人、呟いた。


「愛してるよ。テリー」


 その声は、誰にも届かない。



(*'ω'*)



 ドアを開けるとサリアが立っていた。


(あ、サリア)


「お帰りなさいませ。テリーお嬢様。メニーお嬢様」

「ただいま」

「ただいま。サリア」

「……サリア、訊いていい?」

「ええ」

「あたし、いつ抜け出したの?」

「……」


 サリアがゆっくりとあたしを見下ろす。しかし――あたしが悪びれている様子はない。サリアが叱ったところで、あたしには理解が出来ない。サリアが考える。さん、に、いち。


「風邪で、幻覚でも見たのではないでしょうか」

「……幻覚?」

「ええ。朝のあなたは夢見が悪いと言ってました。熱にそそのかされて、勝手に部屋から出て行ってしまったようです」

「……サリア、ごめんなさい。あたし、覚えてないのよ」

「メニーお嬢様から倒れられたと聞いてます」

「ええ。しばらく診療室で休んでた」

「……そのお陰ですかね。顔色が良くなっているように見えます」

「ええ。気分はいいわ」

「……心配しました」

「……ごめん。サリア」

「念のため熱を測っておきましょう。ベッドに座ってください」

「わかった」

「……あの、サリア、その前に……」


 サリアとあたしが振り返った。メニーがドアの前で申し訳なさそうに眉を下げている。


「その……ご挨拶したいって……」

「ご挨拶?」

「お忙しいところ、申し訳ございません」


 ドアが大きく開かれた。そこに、メニーと、隣にクレアが立っていた。クレアを見た瞬間――その美しい青い薔薇を、サリアは三秒で


 さん、に、いち――。


「……」


 あたしの背中から手を離し、おもむろにクレアの前に立ち、深くお辞儀をした。


「初めまして。ベックス家に仕えております。わたくし、メイドのサリアと申します」

「探偵のクレアと申します。サリアさん」


 名前を聞いたサリアは何かを確信したように、お辞儀したまま動かない。


「この船で起きている事件の事はお察しかと思います。お二人には、捜査の協力をしていただいておりました。こんな時間までお時間を頂いてしまい、申し訳ございません」

「……」

「捜査は続いておりますが、ある程度の区切りは付きそうです。お二人は晴れて自由の時間を手に入れるでしょう。というわけで、あたくしはこれにて失礼いたします。それでは」


 クレアがメニーの腕にいるドロシーの頭を撫でた。


「じゃあね、ドロシー」


 柔らかい耳に囁く。


「油断するな。いつ現れてもおかしくない」


 ドロシーがにゃんと鳴くと、クレアがにこにこしながら去っていった。クレアがいなくなると、ようやくサリアが頭を上げ、……ぼそりと呟く。


「また会えて光栄です。王女様」

「え? サリア? なんて?」

「探偵様などいらっしゃったんですね」


 サリアが体温計を棚から取り出した。


「殺人事件の事は伺っております。お二人とも、一人行動は控えてください」

「メニー、モニカと行動しなさい」

「お姉ちゃんに言われたくない!」

「あたしは幻覚見てたのよ!」

「テリーお嬢様」

「ああ、はい」


 あたしは体温計を口に咥えた。体温計から音が鳴る。サリアが取り出してみると、眉をひそませた。


「……39度2分?」

「39度!?」


 メニーがぎょっとしてあたしを見る。


「お姉ちゃん、大丈夫!?」

「……その体温計壊れてるんじゃない?」

「もう一度測ってみましょうか」

「ん」

「メニーお嬢様、手を洗ってきてください」

「ドロシー、綺麗にしようね」

「にゃー」


 あたしはもう一度体温を測った。39度4分。


「上がってる……」


(……あ、でもクレアがそんなこと言ってたかも)


 心は健康でも、体は不健康のままだって。


「でも、サリア、あたし具合悪くないのよ」


 サリアがあたしの首に手を当てた。ひんやりしている。


「熱いですね」

「んー」

「夕食は別で取った方がいいですね。お風呂は入りますか?」

「お風呂は入りたい」

「ご用意出来てます。ですが……心配なので、お体は私が洗ってもよろしいですか?」

「……勝手に部屋抜け出したし、今夜はサリアの言う事聞くわ」

「ええ。お願いしますよ」


 メニーが洗面所からドロシーと出て来た。


「手洗ってきたよ」

「メニーお嬢様、そのままモニカに着替えを手伝ってもらってください。部屋で待機しております。お着替えが済んだら第一パーティー会場へ」

「またパーティー?」

「奥様曰く、舞踏会デビューを果たした女にパーティーの参加は必須らしいですよ」

「お姉ちゃんは?」

「体温が下がりませんので、今夜もここで」

「いいな」

「さあ、メニーお嬢様、モニカが待っておりますので」

「だって。ドロシー」

「にゃん」

「サリア、わたしもお部屋で食べたい。なんかお腹痛くなってきた」

「奥様にご相談ください」

「サリアはケチだね。ドロシー」

「にゃー」

「メニーお嬢様」

「……わかった」


 メニーがあたしに微笑む。


「じゃあね。お姉ちゃん」

「ん」

「ドロシー、行こう」

「にゃー」


 メニーとドロシーが部屋から出ていった。サリアがあたしのドレスを見て、自らの腕を組み。


「それで? そのドレスはどこで買ってきたんですか?」

「……通りすがった店舗で」

「奥様に叱られますよ」

「いいわよ。ママいつも怒ってるから。ママも命のママを飲めばいいのよ」

「愛用してますよ」

「愛用しててあれなの? はあ。あたしは怒りっぽい大人にはなりたくないわ」


 そういえば、今日は血がついたり、濡れたり、汚れたりして、色々着替えたわね。


(はあ。疲れた)


 ようやく落ち着いた。


(……クレアが言ってた通り……後は任せよう)


「テリー、食欲はありますか?」

「……食欲はね、不思議とあるのよね。もうお腹空いて大変なの。……お肉が食べたいわ」

「お肉ですか?」

「ええ。いっぱい食べたいの。なんだろう。すごくお腹空いてるのよ。沢山持ってきてもらって」

「……? かしこまりました」


 サリアが受話器を手に持った。


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