第10話 娘を助けたかった男の話


 サリアと夕食を食べる。

 ベッドの台にトレイを乗せて、あたしはおかわりまでする。


(なんだろう。食欲が旺盛だわ。まるで三日何も食べてなかったみたいに)


 お肉が美味しいの。なんか、いつも以上に美味しく感じるの。あたしは無我夢中でステーキを食べる。美味。言葉が出てこない。肉うめえ。ん? あらやだ。あたしったら、持って来てもらった分、全部食べちゃった。サリアも驚いた顔をしている。


「まだ食べますか?」

「まだ食べたい」

「お腹、痛くありませんか?」

「なんか……止まらないの」

「胃薬を用意しておきましょうか」


 二カート目。容器いっぱいに詰め込まれたステーキを、サリアがお皿に乗せて、あたしはそれをひょいと食べてしまう。なんなのかしら。太っちゃうわ。でも止まらないの。ああ、美味しい。


「あむ」

「まあ、……食事が出来るようになってくださっただけでも良かったです」

「ええ。この船に乗ってから、まともな食事が出来てなかった気がする」

「……アンナ様もそうでした」


(ん?)


「ばあば?」

「その頃、私は寮付きの学校にいたので詳しくは存じませんが……アンナ様も、突然の流行り病にかかり、熱が急激に上がり、お医者様も手を付けられず、たまに、幻覚を見たように廊下を歩き回っていたようです。……私が来る頃には……もう……ベッドから起きられず……」

「……」

「何度か廊下を歩いてるテリーを見かけて追いかけたのですが、あなたは逃げ足が速いので、見失ってしまいました」

「……サリアが?」

「ええ。何度か追いかけたんですよ。追いついた時には、……図書館で、メニーお嬢様の前で倒れられておりました」

「……あー、そういえば……サリアがクルーを呼んでるとか……聞いたかも」

「体調が悪化して、別のクルーが診療室に運んだと伺っております」

「……ええ。そうよ。そこで……しばらく休んでたの」


(クレアが手を回したのね)


「ごめんなさい。サリア。心配かけて」

「ええ。反省してください」

「……そういえば、ばあばもそうだったわね」


 ばあばも流行り病にかかった。あたしも流行りの風邪にかかった。


「血は争えないわね」

「テリー、お口直しにケーキはいかがですか?」

「ん。まだまだいけそうだけど、そうね。一回甘いものが食べたいわ」

「こちらをどうぞ」

「ありがとう」


 大きな皿に残ってるチョコレートケーキに、魚の形をしたチョコが乗っている。


(……)


 あたしはチョコレートケーキを味わいながら、サリアを見た。


「ねえ、サリア」

「はい」

「この船、マーメイド号って名前じゃない?」

「ええ」

「マーメイドって外国語で人魚って意味なんでしょ? 人魚号って……ダサくない?」

「テリー、奥様にもそれを仰るおつもりですか?」

「だってよく考えたら……ええ。すごくダサいわ」

「聞き慣れたら、そんな気持ちも無くなるでしょう」

「……ね、サリアはセイレーンって知ってる?」

「神話に出てくる人魚の名前でしょうか?」

「……流石ね」

「お褒めに預かり光栄です」

「ママって神話好きよね。アメリアヌだってそうだし、テリーだってそうだし、今度は人魚。だったらセイレーン号でいいじゃない。……サリア、サリアもケーキ食べて。あたし一人だと寂しいわ」

「うふふ。ではいただきますね。……セイレーンという名前は、女性ならば素敵な名前ですが、船には向きません。なぜなら……」

「男を溺れさせるから?」


 サリアが笑った。


「流石ですね。テリー」

「あたし、勉強してるから」


 誇らしげな顔をして、ケーキを食べる。サリアもフォークでケーキを切る。


「人魚伝説は各国によって、内容が少し異なりますが、だいたいは同じです。美しい人魚がいて、素敵な歌声で水中へと男性を誘い込み、溺れさせる。中には歌で嵐を呼び、やってきた船を沈没させる人魚もいるとか」

「人魚はよっぽど人間が嫌いなのね」

「そうでしょうね。私達は魚を食べる生き物ですから。人魚達からしたら恐ろしいのでしょう」

「……お肉おかわり」

「紅茶は?」

「おかわり」


 サリアが新しく紅茶を淹れて、あたしの前に置いた。


「ありがとう」

「そういえば、テリーはこんな話を知ってますか?」

「ん?」

「人魚を食べると、不老不死になれるそうですよ」

「ああ、それなら知ってる」

「うふふ。今のテリーが食べたら、永遠に16歳のまま、年を取る事も死ぬ事もありません」

「素敵ね」

「ええ、女にとっては魅力的な話です」

「でもどうなのかしらね。人魚なんて所詮神話でしょ? 本当に信じて捜した馬鹿な研究者も何人かいそう」

「もちろん。今でもいますよ」

「馬鹿馬鹿しい」

「そういえば」

「ん?」

「テリー、この話はご存知ですか?」


 ……その昔、とある父親と娘がいたそうな。娘は生まれつき病弱であった。余命はもやは数少ない。医者にも見限られた愛しい娘。娘を救う為、父親は様々な方法を調べた。医学、統計学、科学、生物学、様々な学を使い、ありとあらゆる方法を調べ尽くした。その結果、とある論文が出てきた。

 それは、人魚の肉を食べると、不老不死になれるという話であった。

 人間学、生物学、生命学、調理学、父親は様々な学を使い、人魚を研究した。船を出し、人魚を捜した。しかし、人魚はどこに行っても見つからない。次第に娘は弱っていく。もう時間はない。元気な娘を見るには、もう人魚の肉しか方法はなかった。

 父親はもう一度学を使った。その結果、人魚を自分の手で生み出す方法をひらめいた。


 最初の実験は、金属だった。


「金属?」


 あたしは笑いながら紅茶を飲んだ。


「金属で人魚を作るの? それは『人魚』じゃなくて、『人形』じゃない」

「テリー、ホムンクルスをご存じですか?」

「ホム、……何?」

「人造人間の事です。錬金術という技術で作られた生き物。それが、ホムンクルスと呼ばれているんです」

「錬金術?」

「金属で物を生み出すんです」

「……? 金属を潰したら、そりゃ、なんにでもなるでしょ」

「ふふっ」


 サリアが笑い、ポケットから小さなノートを取り出し、鉛筆で絵を描いた。


「魔法陣を書いて、金属を対価に物を生み出す。それが錬金術です」

「魔法陣? ってことは魔法使い達が使ってたの?」

「いいえ。これは人間が生み出した魔術のような技術です」

「それは神話?」

「いいえ。錬金術というのは本当に存在するんです。昔の方々が発明したもので、魔法陣を書いて、銅や金をかき集めて、様々な物を作り出し、それを世に広めた」

「サリア、そのからくり、貴族もよくやるやつよ。マジシャンと同じよ。タネがあるの。今からここに、物を召喚します。さん、に、いち。はい、物が召喚されましたー。でもね、これは裏で元々用意されてたものを出しただけ。それが……昔の人は馬鹿だから騙されたのよ。そうして錬金術っていうものが広がって、現代に引き継がれている」

「うふふ。それはわかりませんよ?」

「わかったわ。じゃあ……もしもそんなものが本当に存在して、百歩譲って、そうね。フライパンを作れるって言うなら信じるわ。でも、ホム……なんとか? 人造人間だっけ? 流石に命は無理でしょ」

「テリー、謎は求めてなんぼのものですよ。本当に作れていたとしたら? 作れていないのに、ホムンクルスという名称が存在するなんて、おかしいと思いません?」

「サリア、ここは現実よ。それはね、ただのデマ。物語。この話はフィクションですってやつ」

「けれど、やってみないとわかりません。さあ、テリーが錬金術に詳しくなったところで、病弱な娘の為に人魚の研究をする父親の話に戻りましょう。父親は錬金術を使おうとして……」


 金属や銀や銅を使ったが、決して人魚は作り出せなかった。


「ほらね」

「諦めるのは早いですよ。そうなれば、次の手段といきましょう」

「次があるの?」

「テリー、昔の時代には誰が存在しましたか? あなたが先程、名前を出してた方々です」

「……魔法使い?」

「その通り。しかし、魔法使いは迫害にあって全滅してしまった。ならば、人間に残された道はその技術を使った真似事」


 人はそれをこう呼びます。


「黒魔術」


 錬金術と同じように、魔法陣を書いて、材料を揃えるだけ。彼は調理学もあったので、材料さえ分かれば、後は集めるだけでした。


「ただ、材料集めが大変なんです」

「嫌な予感がする。そういうのって、ミステリー小説にありがちなのよね。どうせ人間を使うんでしょ」

「正解です。美しくて若く、生きた女を使うんです」

「悪趣味だわ」

「他にもありますよ。体温だったり、血だったり」

「魔術に黒ってついてるだけで悪い事が起きそう」

「まあ、流石です。テリー。あなたは勘も鋭いのですね。魔法使いでもない父親が魔術という手段を選んだ結果、結局出来上がったのは不完全体の人魚。空腹を感じた人魚に、父親は食べられてしまいましたとさ」

「……それ、誰から聞いた話?」

「……。……誰……から、でしょうね?」


 サリアが首を傾げる。


「どこで聞いたのかは忘れてしまいました。……ただ、その話を聞いた時、周りには甘い砂糖の匂いがしていた気がします。……んー……昔、行方不明になった時に、魔法使い様からでも聞いたのでしょうか?」


(……聞いてそう……)


 あたしは黙ってステーキを食べる。


「だとしたら、魔法使い様が私に忠告してくださったのかもしれませんね。人間は、魔術なんてものは使ってはいけないよ、と」

「……サリア」

「はい」

「不完全体になったその人魚……どうなったの?」

「さあ? どうなったんでしょうね?」

「……その話は、父親が食べられておしまい?」

「物語なんてそんなものです。でも、そうですね。おそらく……あくまで、私の予想ですが……死んでしまったのではないでしょうか?」

「どうやって?」

「餓死とか」

「……」

「父親を食べた後、人魚に食べるものはありません。導く人もいませんし、水もありません。そこがどこなのか、自分が何者であるかもわからない事でしょう。となると、もう、死しか道はありません。何も知らないまま、天国へと逝ってしまったのではないでしょうか」

「……娘は?」

「ある意味、ハッピーエンドかもしれませんね。楽園で二人は再会し、元気な娘を父親は見れたのかもしれません」

「……」

「テリー、……これは物語ですから」

「……あむ」


 あたしは再び肉に噛り付く。


「結局、命を創るのは、魔法でもないと無理ってことね」

「魔法でも創れないかもしれませんよ。もし命を創れるなら、魔法使い達は絶滅する前に、人間を全滅させて、既にやってると思いません?」

「……」

「そう考えると、魔術でも魔法でも、結局、命を創る事は出来ないのでしょう。命は尊い。一つしか存在しない。だからこそ、大切にしなければいけません」

「……そうね。……それは、そう思う」

「テリー、食べ終わったら歯を磨いて、早めにお休みください」

「待って。まだ残ってるケーキを食べたいの。それと……」


 あたしはカップを差し出す。


「ミルク多めでおかわり」

「かしこまりました」


 サリアが再度、新しいカップに紅茶を入れ直した。



(*'ω'*)








 着替えていると、突然ドアが叩かれた。


「はーい」


 声を上げて振り返る。しかし、ドアは開かれない。


「……どうぞー?」


 返事をする。しかし、ドアが開かれない。


「……?」


 歩み寄り、ドアの取っ手を掴んで――手が止まる。


「……」


 ドアの向こうから変な気配を感じる。唾を飲み、そっとドアを開けてみると――大量の『コウモリ』が飛んできた。


「っ!!」


 驚いて顔を腕で隠す。コウモリが部屋の中へと侵入し、バタバタと羽を激しく動かす音を響かせる。少女が目を開ける。振り返ると、コウモリが集団で固まり、それが形となっていく。


「……」


 それ見て、はっとして、再び廊下へ振り返ると――やはり、『まがいもの』が立っていた。


「……」


 少女は自然と笑みが零れた。


「また……会いに来てくれたの?」


 まがいものは、じっと少女を見つめる。


「……元気?」


 まがいものは、何も答えない。


「……入ったら?」


 まがいものは、首を振った。ここでいい。


「……誰か来たらどうするの?」


 まがいものは、言った。迷ったと嘘をつく。


「紅茶用意するから、入って」


 ドアを大きく開いた。まるで自分の心のように。まがいものは、訊いた。ドロシーは?


「いないよ」

「なんで」

「リオンの所にいるの」

「……」

「精神的に危ないんだって。だから、今夜はずっと付きっきりみたい」

「……」

「とりあえず……入って?」


 メニーが言う。


「部屋の中で話そう? ……そこは……寒いから」

「……」


 まがいものが歩き出す。部屋の中に入り――ドアが硬く閉められた。



 闇だけが残り、やがて夜が更けていく。


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