第38話 悪役令嬢は歩き続ける(1)


 ――拝啓、親愛なるベックス家の皆さま。


 冬晴れが心地よい今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。

 正直、わたしが手紙を送って良いものか迷いました。テリーお嬢さまとメニーお嬢さまはお元気でしょうか。また、まだ日がございますが、アメリアヌお嬢さま、ご結婚、誠におめでとうございます。

 アトリの村はダムの崩壊事故により沈没し、今では沈んだ廃村となっております。みんな、隣村に移り住み、体調が良くなっている者もおります。

 テリーさまとメニーさまへ、ジャンヌが会いたがっていたとお伝えください。

 そして、アーメンガードさま、あなたに、そして娘さまにも、謝らなくてはなりません。最初の手紙を送ったのはこのわたしです。電話のときは知らないと申しましたが、あのときのわたしは、……記憶がぼんやりしていてあまり詳しくは言えませんが、お医者さまが言うには、わたしの心に病が存在していたようです。兄がお世話になったあなた方に、わたしはうそをついてしまいました。そしてそのうそから、あなた方をダム決壊事故に巻き込んでしまうという、危険な目にあわせてしまいました。誠に申し訳ございません。

 もしも、……もしも許しを得られるのであれば、わたしは心から皆さまに感謝し、皆さまの平穏なる生活を毎日祈ると約束しましょう。

 そして美味しいトマトスープのレシピを教えると約束しましょう。

 わたしの罪をどうか、許していただけませんでしょうか。


 ……地面が凍りつき、滑りやすくなっております。どうか、皆さま、お怪我に気をつけて。


 ピーター・マルカーン



「やばいやばいやばいやばい!!」


 あたしは部屋を走り回る。それをベッドからドロシーが眺めていた。


「えっと、これがあって、あれもあって、これもよし、あれもよし、それとこれとあれと……」

「だから昨日のうちに準備を済ませておけって言ったんだよ」

「うるさいわね! わかってるわよ!!」


 あ!!


「ノートがない!!」


 あたしは本棚に走り、ノートを探す。本を取り出しぽいぽい投げた。


「くそ、どこよーーーー!!」

「だからあれほど昨日のうちにやっておけって」

「うるさいってば! わかってるってば!!」


 あたしは『やらない善よりやる偽善』という本を投げると、ドロシーに見事に当たった。


「あだっ!」

「あったー!」


 あたしは急いでノートを詰め込み、カバンを肩に引っ掛ける。


「ああ、もう時間がない! 行ってくるから!」

「ちょっとストップ! テリー!!」

「なによ!!」

「……一番大事なものを忘れてるよ」


 ドロシーが指を鳴らした。あたしははっとしてカバンを覗くと、一番大事なものが入ってた。


「……お前にしてはやるじゃない」

「はいはい。行ってらっしゃい」

「ねえ、紹介所までワープする魔法かけてよ」

「早くしないと遅刻するんだろ? ほら、行った行った!」

「なによ! ケチ! 使えない魔法使いめ!! ばーか! くたばれ!!」


 あたしは急いで廊下に出ると、隣の部屋のドアが開いた。


「あ、テリー、ちょうどいいところに」

「いやまじ無理だから! あとにして!!」

「歩きながらでいいわ」


 早足で進むあたしのとなりをアメリが歩く。


「この髪飾りとこの髪飾り、どっちが良いと思う?」

「右」

「やっぱりそう思う?」

「ええ。アメリには紫に近いピンクがお似合いよ。その色最高」

「でもほら、わたし正直者じゃない? 自分にうそつきたくないっていうか、こっちのほうが良い気がするのよね」

「じゃあそっちにしたら?」

「でも、どうしようかなって」

「知らないわよ! モニカに選んで貰えばいいじゃない!!」

「え!?」


 ちょうど廊下を掃除していたメイドのモニカがあたしたちに振り返った。


「モニカをお呼びですか! どうぞ!! わたしにできることがあればなんなりと!!」

「モニカ、お姉さまの髪飾りの色を選んでちょうだい。どうせ明日行くパーティー用でしょ」

「あんたは行かないんでしょ?」

「なに言ってるの。行くわよ」

「え? 行くの?」

「ええ。あたしも参加。ついでにメニーもね。あたしが帰ってくるまでにあいつの稽古つけておいて」

「驚きだわ。急にどうしたの?」

「サリア、おまたせ! じゃあね、アメリ」


 振り返って髪飾りを改めて見る。


「……そうね。左のほうがいいかも」

「じゃあこれにするわ。行ってらっしゃい」

「ん」

「で、テリー、どこ行くの?」


 サリアが扉を開けた馬車に乗りこみ、ロイに馬を動かしてもらう。あたしはへとへとになって脱力する。


「はあ、もう無理……」

「ハンカチは持ちましたか?」

「……あー」

「ポーチです」

「ああ、ごめんなさい。サリア。ありがとう……」

「うふふ。冬になってからまた忙しそうですね」

「サリアは楽しそうね」

「ええ。テリーといたらあっという間に時間が過ぎてしまいますので」

「そうよね。あたしもそうなの。もうあっという間なの」


 馬車が南区域で止まる。あたしは飛び出すように下りて、サリアに言った。


「帰りは乗合馬車で帰るから」

「かしこまりました」

「ロイ、ここまでありがとう」

「お一人ですか?」

「ええ。大丈夫。目的地はすぐそこだから。じゃあね」


 あたしはブーツで積もった雪を踏み潰し、道を進んでいく。まず最初の目的地はここ。


「すみません。友人を訪ねにきました。ニコラ・サルジュ・ネージュと申します」

「ご友人のお名前は?」

「ニクス・ネーヴェ」

「お待ちを」


 受付の女性が内線で電話を掛ける。しばらくして、小走りで足音が聞こえ、――学院の制服を来たニクスがあたしを見て、走ってきた。


「テリー!」


 感動の再会にその体をぎゅっと抱きしめる。ああ、ニクスの匂いだわ。くんくん。ああ、ニクスの匂いだわ!!


「……ニクス……♡」

「あはは。テリー、あの、そこ、あの、腰、あの、お尻……」

「ニクス、最近肌寒いって言ってたでしょ。これ、ひざ掛けとカイロをもってきたわ。ね。これであったまって」

「……そんなのいいのに」


 ニクスがそっとあたしの頬に手を添えた。


「あたしは、テリーの顔が見れたらそれでいいんだよ?」

「……ニクス……」

「テリー、……髪型変えたんだね」

「ん、……うん」


 チラッとニクスを見る。


「どう?」

「すごく似合ってる」

「……ニクス……♡」


 あたしはニクスを見つめながら、きいた。


「キスしていい?」

「テリー、ここ玄関」

「場所なんて関係ないでしょう!?」

「大有りだよ!!」

「このあともたくさん予定が詰まってて、次にニクスに会えるのは来週のニクスの誕生日パーティーなのよ!? ここでしなくて、いつニクスにキスすればいいの!?」

「来週すればいいじゃん!」

「あたしは今したいの!!」

「テリー! 声が大きいってば!」

「ニクス! あたしと人の目、どっちが大事なの!?」

「その二つなら人の目かな」

「っ」

「……うそだよ」


 ――ちゅ。


 ニクスがあたしの頬にキスをした。


「会えて嬉しい」

「……あたしも嬉しい。ニクス……」


 すりすり。


「ニクス……♡」

「ああ、テリー、あの、だから、そこ、お尻、あの腰、あの、セクハラ……」

「ニクス、また会いに来るわね……。今日は予定があるから、もう行かなきゃいけないけど、その、絶対にまた会いに来るから……」

「だから、あのさ、テリー? 来週、おじさんとおばさんがこっちにきて、あたしの誕生日パーティーをテリーの家でしてくれるじゃない? そのときにまた会えるから……」

「そうなの。ニクスの部屋はもう用意してるの。でもね、ほら、ニクス、冬って、人肌が恋しくなるじゃない? だからね、あたしとおそろいのネグリジェを用意してるの」

「わー、嫌な予感」

「夜は……一緒に寝てあげてもよくってよ……♡」

「テリー、こんなところクレアさんに見られたら、あたし、死刑にされちゃうよ」

「なんで? ニクスはあたしの親友でしょう!? 死刑になんかしたら、あたしがぶっ飛ばすから大丈夫よ!! ニクスは、あたしが守る!!」

「テリー、時間はいいの?」

「あ……」

「忙しいんでしょ?」

「んー……」

「もう一回キスする?」

「……」


 あたしは両手を握りしめ、目を閉じて、唇をニクスに向けてじっと待った。しかし、ニクスはそれを避けて再びあたしのほっぺたにキスをした。


「はい。おしまい」

「……」

「プレゼントありがとう。本当に嬉しい」

「……」

「ねえ、不満そうな顔しないでよ」

「……」

「ほら、行った行った。また来週ね」

「……ニクス」

「ん?」

「大好きよ」

「うん。あたしもテリーが大好き」


 ニクスに外まで送られる。


「滑らないように気をつけてね」

「ニクスもね!」


 ニクスに笑顔で手を振って見届けてもらって、あたしは次の目的地に向かう。扉を開けて、ズカズカ進んでいき、今日も行列の並ぶカウンターに進んだ。


「コートニーさん、クリスマスにぼくとデート……」

「返却は来週までにお願いします」

「やあ、ソフィア、クリスマスに予定はあるかい?」

「返却は来週までにお願いします」

「ソフィアさん、よければ一緒にいい感じのバーとか……」

「返却は来週までにお願いします」

「来週ニクスの誕生日うちでやるんだけど来る?」

「ぜひ行かせていただくよ。恋しい君」


 ソフィアがあたしの手を取り、手の甲に唇を押し付けた。


「じゃあ、これ渡しておくわ。はい、招待カード」

「凝ってるね。君が作ったの?」

「アリスに頼んだの」

「あの子のデザイン性はうなりが出るね」

「いい? ニクスの誕生日よ。ちゃんとプレゼント用意してくるのよ」

「くすす。ニクスのこととなったら人が変わるんだから。妬けるね」

「あんただって友だちは大事にするでしょう?」

「テリーのはちょっとずれてる気がするけどね」

「はあ、これだから友だちのいない女は寂しいわよね。ついでにこの本も借りてくわ」

「最近多いね。経済学」

「お金の流れを把握しておかないとこの先やっていけないわ。ほら、早くして。あたしには時間がないのよ」

「くすす」

「なによ」

「いや、やっぱりその髪型似合うなって思って」

「……当然よ。あたし、どんな髪型でも似合うの」

「その髪型はまさに君って感じがする。すごくいい」


 ソフィアが本をあたしに差し出した。


「楽しみにしてるよ。パーティー」

「ええ。せいぜい参加して度肝を抜かせばいいわ」

「あ、テリー、虫が……」

「え!?」

「隙あり」


 ソフィアに瞼にキスされた。


「……」

「はいはい。睨まないの。他の利用者にも迷惑だよ?」

「……チッ……」

「じゃあね」


 ソフィアが微笑んであたしを見つめた。


「今日は君に会えたからすごく嬉しい」

「お気楽なやつね」


 そう言って、あたしは図書館から離れた。さて、行くところはまだまだある。次の目的地だ。あたしは受付カウンターに行く。


「面会に来ました。テリー・ベックスです」

「どうぞ」

「ありがとうございます」


 あたしはいつもの閉鎖病棟に向かう。扉を開けると、ベッドしかない部屋でくつろぐリオンと目があった。


「こんにちは」

「ちょうどヒマしてたんだ。よかったよ」

「ヘンゼとグレタは?」

「休憩時間。ランチに行ってるよ」

「タイミングが良かったわね。……ニクスの誕生日パーティーをやるって言ってたでしょ。来る?」

「行きたいけど、どうかな。許可出るといいけど」

「またなにかやらかしたの?」

「別に。カッとなって窓ガラスを割っただけ」

「……」

「それだけ」

「だからなのね」


 包帯だらけの手首が鎖で縛られてるの。


「ジャックと喧嘩して、夢と現実の区別がつかなくなったんだ」

「痛かった?」

「すごくね」

「ジャック、だめじゃない」

「レオガ悪インダ」

「よく言うよ」

「ナンダヨ。マタ悪夢ヲ見セテヤロウカ?」

「望むところだ」

「ストップ。……お兄ちゃん、怒るわよ」

「ニコラガイテ良カッタナ。コノ意気地ナシ」

「ずっとこうだ。こいつ」

「喧嘩しないで。招待カードあげるわ。許可が下りたら来て」

「アレ!?」


 ジャックとなったリオンの目が輝いた。


「アリーチェノ匂イガスル!!」

「よくわかったわね。このカード、アリスが作ったのよ」

「ニコラ、頂戴!」

「レオと喧嘩しないならいいわよ」

「……チェッ」

「喧嘩しないでね」


 カードを渡すと、ジャックがすごく喜んだ。


「ヤッタ! アリーチェノ作ッタカード!!」

「来週よ。体調良かったら来なさい」

「アリーチェモ来ル?」

「ええ、もちろん」

「レオ、ゴメンネ! オイラガ悪カッタヨ! ケケケケケ!!」

「調子いいよな。お前……」


 ため息をつくリオンを残して、あたしは次の目的地に向かった。ドアをノックすると、リトルルビィがドアを開けた。


「こんにちは」

「……」

「いてくれてよかったわ。はい、この間言ってたニクスの招待カード」

「……」

「寝起き? 寝癖ついてるわよ」


 頭をなでてあげると、鋭い目がもっと鋭くなった。あたしは瞬きしてリトルルビィに首をかしげる。


「どうかした?」

「……髪型、変えた……?」

「ええ。貴婦人っぽいでしょ?」

「……」

「あと、これうちでクッキー焼いたから」

「……テリーが?」

「まさか。時間に追われてるあたしが焼くわけないでしょ。うちのコックが」

「……ふーん」

「甘くて美味しいわよ。訓練してたら甘いものが食べたくなるって言ってたから」

「わざわざ持ってきたの?」

「ついでよ」

「……お茶出すけど」

「あいにく今日は忙しいのよ。ニクスの誕生日パーティーの支度をしなきゃいけなくて」

「……まだ一週間あるのに?」

「一週間前だからこそよ」

「……さっき悪夢見てさ」

「あ? ジャックがやったの?」

「すげー怖かったからだきしめて」

「かわいそうに。おいで。リトルルビィ。ほんとう嫌なやつね。あいつ」


 あたしはリトルルビィをぎゅっと抱きしめた。リトルルビィがため息をついた。


「……好き」

「ん? なんか言った?」

「なんでもー」

「リトルルビィ、それと、これミルクもあげるわ。毒は入ってないから大丈夫よ。温めてクッキーと一緒に飲みなさい」

「ママかよ」

「そうよ。あたしはあんたのママなの。……ああ、もうこんな時間。じゃあね」

「滑らねえように気をつけろよ」


 あたしはリトルルビィの家から出ていき、次の目的地に向かう。


(はあ、重い重い。荷物が重い。どうしてこうも冬場は重たいものが多くなるのかしらね。コートも重いし、マフラーも重い。荷物も夏場と比べたら倍。ああ、重たい重たい)


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