第36話 妹


 日が落ちてきた。


 あたしとメニーが歩幅を揃える。

 雑草が揺れている。柱には伸び切った草が巻き付き花が咲いている。

 リスの兄弟が柱の上に上り、小さな弟が登れないでいる。それを見た母親が背中に乗せ、軽やかに柱に登っていった。あたしとメニーが柱を通り過ぎ、魔女の城の門を開けた。


 エントランスホールは、夕日が窓からこぼれて、ホール内を真っ赤に染めている。あたしとメニーが歩いていく。ドロシーのそばに蝶々が飛んできた。ドロシーがじゃれた。ころん! と転がった。


 とても静かな城のなか、メニーが声をかけてきた。


「田舎に住んだら、大きな家を持ちたいって言ってたよね」

「ああ、……この城はうってつけかもね。だれも近づかないし、ヒーローのアジトっぽいわ」

「でも、部屋が多いから、二人暮らしには向かないね」

「大丈夫よ。掃除はお前の担当だから」

「やだよ。こんなところ一人で掃除したら、一日経っちゃう。テリーも掃除して」

「あたし掃除とかよくわかんないから無理」

「マールス宮殿で……」

「よくわかんない」

「意地悪」

「そうよ。あたしは意地悪なの」

「理不尽」

「そうよ。あたしは理不尽なのよ」

「ふふっ」

「なにがおかしいの?」

「おかしいんじゃなくて、うれしいの。……テリーとデートしてるみたいで」

「デートじゃないわ。散歩してるだけよ」

「テリー」

「なに」

「……手、握ってもいい?」

「やだ」

「……いじわる」


 メニーがぷっくり頬を膨らませて、すねたような仕草を取る。その顔も仕草も可愛らしくて、あたしはイラッとして、メニーを見ず前だけを見ることにした。ホールを抜けて、廊下へ。至るところにキノコが生えている。


「ここ、ほこりっぽいね」

「だれも掃除してないもの。あんたしてあげたら?」

「こんな広いところ、一人は無理だよ。ね。ドロシー」

「にゃー」

「おとぎ話なら、森の動物さんたちが助けてくれるのに」

「あいつらに任せたら書類を汚して、地面にうんこつけておしまいよ」

「そんなことないよ。森の動物さんたちも、頼んだらいろいろしてくれるんだよ?」

「……頼んだことあるの?」

「……ちょっとだけ」

「まじ?」


 窓に歩くあたしたちが反射して映る。


「ここに住んでた魔女は、どうやって生活してたんだろうね」

「ウィンキー族に家事全部押し付けてたんじゃない? 奴隷だったらしいし」

「可哀想。解放されてよかったね」


 ガラスに映るメニーが緑色に染まっている。


「女神さまじゃなくて、助けた人がいたんだよね」

「カカシと、きこりと、ライオンと、女の子と……ネコでしょ」

「……ドロシーからきいた?」

「結構前からきいてるわ。この話」

「ねえ、ドロシーもその場にいたの?」

「にゃーん」

「なんでも異世界から飛んできた女の子だったそうじゃない。魔法といい、異世界といい、むかしはなんでもありね」


 ガラスに映るあたしはメニーの前を歩いている。ふと、メニーが足を止め、指をさした。


「お姉ちゃん、こっち行かない?」

「ん?」

「こっち、好きなの」

「ふーん」


 あたしとメニーが中庭に入った。


 テリーの花が揺れ、草が揺れ、ウサギが戯れ、古い木で作られたベンチがあった。メニーがそこに座った。あたしもそこにつられるように座る。


 城の壁がすべてを覆う。

 まるで密閉されたような中庭。

 外の様子はまるで見えない。

 ドロシーがメニーから離れた。

 ウサギたちを追いかける。


「ドロシー、あまりいじめちゃだめだよ」


 メニーが大きな声を出すと、その声が反響する。ここはそれくらい、とても静かだ。


「ネコがウサギを追いかけるなんて、そんなことあるのね。イヌみたい」

「ドロシーはイタズラ好きだから」

「……寒くなってきたわね」

「もう秋に近づいてるからね」

「ハロウィンも近いわ」

「そうだね」

「あんたは誰と回るの?」

「リトルルビィかな」

「騎士で見回りするんじゃない?」

「じゃあ、ドロシーと行こうかな」

「……」

「お姉ちゃんは、クレアさんと回るんでしょう?」

「……」

「誰と回ろうかなー」

「メニー」


 あたしは足元を見る。


「あんた、ほんとうにあたしが好きなの?」

「うん」

「あたし、女よ」

「テリーが女の子だったって、だけでしょう?」

「……女が好きなわけじゃ……ないわよね?」

「うん。恋愛対象としては見たことないかな」

「そうよね」

「うん」

「じゃあ……男性恐怖症だったりするの?」

「ううん。別に」

「……あたしが男になりたいって言ったらどうするの?」

「別に、……好きにすればいいと思う」

「……あたしのこと、好きなの?」

「うん」

「あんたに灰をかぶらせたのに?」

「いたずらなんて、だれでもするでしょ」

「数え切れないほどお前をいじめたわ。ウソもついて、傷つけた」

「環境が良くなかったんだよ。テリーは、なにも悪くない。アメリアヌだって、お母さまだって、あの環境下で再婚した夫を失って娘だけが残るなんて、そんなのは予想外だったんだよ。仕方なかったの。自分たちを守るためには、犠牲も必要だった。それがわたしだった。……今なら理解できるよ」


 王妃になって色んなものを見てきた。


「仕方なかったんだよ」

「……お前」

「ん?」

「そんなんじゃ、いざってとき、悪い奴につかまるわよ」

「大丈夫だよ。テリーがいるもん」


 その返事を聞いて思った。こいつはすでに悪い奴につかまっていたようだ。


「メニー、単刀直入に言うわ」

「うん」

「あたしは、お前が嫌い」

「わたしは、あなたが好き」

「あたしはお前を愛さない」

「大丈夫。テリーが今でもわたしを愛してくれてるのは、さっきちゃんと理解できたから」

「愛してないってば」

「大丈夫だよ」

「なにが大丈夫よ! 愛してないってば! お前、嫌いなの!」

「変わらないね」

「……なにが」

「そう言ったら、わたしがテリーから離れると思ってるんでしょ?」


 あたしの右目が痙攣した。


「あのね、勘違いもいい加減にしてくれない? あたしは本気でそう思ってるの。迷惑なのよ。あたしにはクレアがいるんだから」

「クレアさん?」


 メニーが平然と言ってきた。


「ただの性欲処理相手でしょ?」

「……本気で怒るわよ」

「テリーはクレアさんが好き。でもそれはただの好き。恋愛感情においての好きを渡して受け取ってる。それだけ」

「メニー」

「わたしは愛されてる」

「ねえ」

「テリーの心には常にわたしがいる。どんなときだって頭のどこかにわたしが引っかかってる。だからテリーはわたしに執着する」


 メニーの青い目があたしに向けられる。


「テリーって、ヤンデレだよね」

「……ヤンデレ? なにそれ」

「メンヘラはかまってちゃんでしょう? ヤンデレは、心を病ませるほど特定の人を愛しちゃう人のこと。わたしに夢中すぎてそれ以外はどうでもいい。ふふっ、テリーはヤンデレさん決定だね」

「ざけんな!! だれがヤンデレさんよ!!  だれがてめえに夢中だコラ! あたしはまともよ!」

「テリーはわたしの幸せを祈っておきながらわたしが幸せになったらわたしを嫌いになって、じゃあわたしが不幸になったら全力でまたわたしの幸せを祈りだす。可哀想、可哀想。幸せになったら? きらい、くたばれ。じゃあまた不幸になったら? ちょっと言い過ぎたかも、可哀想。ね? その繰り返し。嫌いなのに愛して、愛してるのに嫌ってる。テリーの愛は歪んでるよ。重たいのに重なって押しつぶされそう。うふふっ!」

「……」

「ヤンデレさんだね」


 なんで嬉しそうなのよ。お前。


「……はあ……」

「クレアさんのことは、そういうふうに思ったことないでしょう?」


 メニーがあたしの肩にぴとりと頭を乗せた。


「わたしは愛されてる。だからその分テリーを愛さなきゃ」


 その一言で、あたしの醜い優越感が満たされる。


「愛してるよ。テリー」


 わかってるようにメニーは言ってくる。


「わたし、すごくあなたを愛したいの」


 そうすれば、あたしが喜ぶことを知ってるから。


「……あたしの意見を言ってもいい?」

「どうぞ」

「……。……あんたは、他の人を好きになったほうがいいわよ」

「どうしてそう思うの?」

「あたしがお前を憎くてたまらないから」

「そんなことないよ。愛されてるってわかるよ」

「きらいなのよ。お前。本気で。顔かわいいし男からモテるしちやほやされて、むかつくのよ。いいじゃない。器用でなんでもできて魔力まで使えて、どんなドレスを着たって似合う。髪飾りもネックレスも、どんなものを身に着けたってあんたはきれいよ。美しくて、美人だわ。女も男もトリコにできて、他になにがほしいっての?」


 チラッとメニーを見る。


「あたしみたいなの、好きになったってなんの意味もないわよ。あたしはお前を愛さない。お前は愛されず愛に飢える。愛に飢えるとどうなる? すごく虚しくなってさびしくなって、感覚が麻痺して愛することも愛されることもわからなくなる。無駄な時間なのよ」

「無駄な時間?」

「そうよ。お前にとって、天敵のあたしといる時間は無駄な時間なのよ」

「それはない」


 メニーが断言する。


「だって、今この瞬間だって、わたしにとっては、生きてて一番貴重な時間なんだよ?」


 その笑い声だってあたしの耳につくのに、メニーはそれでも愛おしそうに言う。


「わたしからするとね、テリー、わたしは、テリーといられる時間が宝物なの。一度目の世界では、こんなに一緒にいられなかった。わたしはお掃除をして、テリーはマナーのレッスン。いられるのは、テリーが呼んでくれたときだけ。それを、ね、今は、好きに名前を呼べて、好きに手を握れて、となりにいられて、こうやって、くっついて、おしゃべりして、くだらないことも、喧嘩も、面白い話も、悲しいことも、みんな、全部、テリーと共有できる」


 メニーがあたしの手を握りしめる。


「わたしは、テリーしかいらない。テリーがいてくれたらそれでいいの」


 メニーは幸せそうに笑ってる。


「でも、このままテリーがクレアさんとの浮気を楽しみたいっていうなら、テリーの好きにすればいいと思う。メニーがいるのになんて、罪悪感も必要ないよ。テリーからの大きな愛は、わたし、よくわかってるから」

「……メニー」

「なぁに? テリー」

「バカって言われない?」

「テリーによく言われてるね」

「女は、愛されて幸せを感じるものよ」

「そうだね」

「あたしはお前を愛さない。だからそばにいたって無駄よ」

「いいよ。無理にわたしを愛そうとしなくたって。言ってるでしょう? そんな意識がなくたって、テリーは無自覚にもすごくわたしを愛してくれてるよ」

「……」

「わたし、わかってるよ」


 あたしは心から思う。

 この女は、正真正銘のバカ女であると。


(あたしはこの女を愛してないし、これからも愛することなんてない)

(きらい。大きらい)

(そばにいるだけでも吐き気がする)

(お前は美人じゃない)

(なんでもできるじゃない)

(ピアノだって)

(歌だって)

(振る舞いも)

(性格も)

(全部完璧なのに)


「テリー」


 メニーが顔を近づかせ――あたしの頬にキスをした。


「……愛してる……」



 なんで、あたしなの?



 全部、持ってるじゃない。

 お前、頭いいじゃない。

 放っておけば、あたしは自滅する。

 お前は輝くだけ。

 放っておけばいいじゃない。

 となりにいないで、

 そこに座ってないで、

 リオンのとなりにでも行けばいい。

 リオンを愛せないなら他の紳士でも良い。

 邪魔なら男を利用してあたしを陥れたらいい。

 あたしを死刑にしたように。

 あたしの手なんか大切そうに握ってないで、

 あたしのことを愛おしそうに見つめてないで、

 自分がいつまでも笑顔でいるために、

 心を満たすために、

 自分を攻撃するあたしから離れたらいいじゃない。

 ああ、だれか、


 だれかこの女連れて行って。

 だれでもいいから。


 イケメンで、高収入で、爵位もあればなおよし。優しくて、思いやりがあって、――このバカメニーを理解して愛してくれる人なら、だれでもいい。


 だれか、この女にガラスの靴を届けてやって。


 こいつ、ほんとうにバカなのよ。

 どうしようもないのよ。


 自分を虐めてきた義姉を許して、なおかつ、その義姉の優越感を満たすために自らを犠牲に動くような女なの。バカでしょう? いかれてるでしょう?


「メニーがこうなったのは、だれのせい?」


 ツーサイドアップの髪をなびかせるあたしが立ち、あたしたちを見下ろす。


「あたしが優しくしたせいなの」


 夢見る乙女。


「ああ、あたし、罪な女。メニーの心までも弄んじゃうなんて!」


 そうよ。おあたしは悪い女よ。


「これでメニーはあたしの完璧な人形だわ! うふふ! やった! なんでも言うこときいてくれる! メニーはあたしの言いなり! なに言ってやろうかな! あたし、メニーが大好き!」


 あたしの人形だもの!


「どんな酷いことしてやろうかな!」


 あたしは一瞬で様々な残酷かつえぐい嫌がらせを思いつく。メニーに言ったら、メニーは全てをなんなくこなすだろう。あたしの優越感を満たすために。


(メニー)


 このままだと壊れる。


(メニー)


 あたしが壊す。


(この憎しみしかないむかつく女を)


 あたしは歓喜しながら破壊する。

 メニーはそれをも受け入れる。

 こいつは思いやりバカだから。

 哀れなほど優しいから。




「お姉さま」




「……メニー」


 あたしの手が動く。

 メニーの肩に伸びていく。

 メニーがきょとんと瞬きした。

 あたしの腕が伸びる。

 メニーを覆う。



 強く、抱きしめた。



「いい?」


 あたしは伝える。


「一度しか言わないわ。よく覚えておいて」


 これは警告よ。


「あたしはお前が嫌い。殺したいほど憎くてたまらない。今この瞬間だって、お前を絞め殺したくてたまらない」


 死にたくないでしょう?


「恨みなさい。あたしたちのしでかしたことを許すんじゃないの。あたしたちがお前にやってきたことは、許されることじゃない」


 これは罪。


「憎しみを糧に生きて、しあわせになるために前に進むの。お前なら、簡単でしょ」


 お前にはその資格がある。


「覚えておきなさい。自分がされてきて、悲しくて泣いたこと、嫌なのにさせられたこと。不快感。恨み、憎しみ。全部抱いて生きていきなさい」


 ――お願い! 女神さま! あたしに妹ちょうだい!


「お前なんか、うちに来なければよかったのに」


 ――歓迎するわ。メニー姫。


「そしたらうちはいつまでも平和だった」


 ――なにしてるの!? 早くポーズして!


「全部お前のせいよ。お前がうちにさえこなければよかったのよ」


 ――あたしたちは二人で一つのトラブルバスターズ!


「あたしはお前なんか愛してない」


 ――メニー!


「あたしは」






「あたしたち、ずっと仲良し姉妹でいましょうね」

「はい」

「約束よ。はい、小指出して」

「はい」

「ゆーびきーりげーんまーん! うそついたら針千本のーます!」



 ウソつきはだれだ。



「指きった!」


 女神さま、ごめんなさい。


「約束破ったら、メニーのこときらいになるからね!」


 約束を破りました。


「……お姉さま、わたしのこときらいなの?」

「なに言ってるの。まだ約束破ってないでしょ!」


 両手をしっかりと握りしめる。


「あたし、メニーが大好きよ。約束破ったって大好きなんだから!」


 妹はいつだって可愛くて、笑顔なの。


 ごめんなさい。女神さま。懺悔します。

 あたしはあなたがせっかく下さったずっと欲しかった妹を大事にすることはできませんでした。あたしには無理だった。


「わたしも」


 承認欲求の塊のあたしが、メニーみたいな心のきれいな子を愛するなんて、できるわけがなかった。



「お姉さまが大好き!」





「お前なんか大きらいよ」




 あたしの劣等感がたまる原因。


「大きらい」


 きれいな心が壊れる前に、


「さっさと好きな人作って、結婚なさい。それまではうちにいるのを許可してあげる」

「……」


 草が揺れる。


「……テリー」


 風が吹く。


「だから」


 メニーがそっと腕を伸ばし――あたしの背中に添えた。


「……だからだよ」


 耳元でメニーのやわらかな声が響く。


「だから、そばにいたいの」


 メニーがまぶたをとじた。


「わたし、女の子だもん。愛してくれる人の元にいたいんだもん」


 衝撃。絶望。苦しみ。憎しみ。恨み。哀しみ。家族。姉。妹。支配。上下関係。虐待。失望。また絶望。


「テリーも言ってたでしょ。女は愛されて幸せを感じるものだって」


 希望。愛情。過保護。依存。執着。粘着。別れ。愛情。愛情。愛情。


「こんなにわたしを愛してくれる人が、他にどこにいるの?」


 メニーがしがみつくように、あたしを抱きしめ返した。


「顔じゃない。体じゃない。テリーはわたし自身を見てくれる。わたしを知って、わたしのことがわかるからこそ、すごく心配して、すごく毛嫌いして、すごく重たく愛してくれる」


 そうだよね。

 テリーからするとそうだよね。

 だってあなたは自分がどんな人間かわかってる。

 あなたは今日もこのときも自分のことを嫌ってる。

 あなたは最低な人。

 すぐに包丁で人を傷つける悪い人。

 その包丁がわたしに向けられてる。

 テリーは怖いんでしょ。あの屋根裏のときのように包丁を向けて、今度は本当にわたしを刺して、刺されたわたしが壊れてしまわないか。


 テリーは怖いんでしょ。

 だから、罵倒するんでしょ。



 そんな泣きそうな声で。



「だめだよ。テリー。やっぱり離れない。……離れられない」

「……」

「大丈夫だよ。わたし壊れたりしない。……でも、テリーが辛いっていうなら……、……本当はいやだけど……性欲処理係の席はクレアさんにあげる」

「……だから……」

「わたしはテリーの家族。テリーの妹」


 だから、心配ないよ。


「家族は、愛し合って当然でしょう?」


 家族なら、


「なにしたって、愛してるんだから構わないでしょ?」



 ――え。



 メニーの笑顔から目が離せなくなり、あたしの体が石のように固まり、どんどんメニーの顔が近づいてきて、



 気がつくと、メニーと唇を重ねていた。



「っ」


 キス。


(なっ)


 瞬間、あたしの目がくわっと見開かれた。

 さらに、あたしの手がくわっと開かれた。

 さらに、あたしのポニーテールがくわっと逆立った。

 さらに、あたしはメニーの腕を掴み、前に押した。


 しかし、メニーは可愛く目を閉じて、あたしに口付けを続行する。


 おいおいおいおいなにが起きてるっていうのよ。なんであたしこいつにキスされてるのというかなんで口が塞がれてるのというかなんで口にキスされてるのというかクレアに絶対怒られるというかメニーがなんでというかふざけんなというか優越感というかうれしいというか嫌がらせかこの野郎というかほわほわというかテメェふざけんなくたばれというか幸せというかムカつきすぎて胃に穴が開きそうというか抱きしめたいというか突き飛ばしたいというかあたしにもてあそばれるメニーがいることにまたまた優越感が満たされていって、


(やめろおおおおおおおおおおお!!)


 あたしは全力でメニーをあたしから引き剥がした。あたしの充血した目がメニーを見ると、メニーは天使のようなきょとんとした顔であたしを見ている。


「テリー?」

「……。……。……お前……。……今……」

「え? なに?」

「……。……。……キス……。……」

「……テリー、大丈夫?」

「あ!?」

「家族なら、キスして当たり前でしょう?」

「……」

「え……?」


 メニーが眉を下げた。


「もしかして……意識しちゃったの……? わたし……テリーの家族なのに……?」

「……はぁあ……?」


 目をぎらぎら光らせ、圧のある低音で、メニーに答えた。


「てめえなんか意識するわけねえだろ……」

「そうだよね。わたしはテリーを愛してるからキスするけど、それは家族だから当たり前の行動であって、テリーが恋愛面としての愛を向けてるのはクレアさんだから、別に気にすることないよね? 家族なんだから」

「……」

「だよね?」


 ……え?


「テリー……もしかして……やっぱりわたしを女の子として……見てるの……!?」

「なわけねえだろ!!!」

「そうだよね。じゃあ問題ないよね」

「だからって、おまっ、け、け、け、結婚前の乙女同士が、き、キスを、あのっ、キスする必要はないでしょ!! クレアになんて言えばいいのよ! 殺されたいの!? あのね、しかもね、あんたの場合彼氏もいないくせにファーストキ……」


 メニーがまたキスしてきた。セカンドキス。


「だからてめいい加減にっ」


 サードキス。


「メッ」


 フォー。


「だかっ」


 ファイブ。


「……。……わかった。わかったわ。メニーちゃん。お前は……あたしの妹……。そうよ。可愛い妹よ……。もう……だいっきらい……」

「うん」

「わかった……。わかったから……もうキスはやめて……」

「はーい」


 メニーがキスをやめて、あたしの腕に抱きついた。


「どうしたの? お姉ちゃん、そんな顔して。あ、今のクレアさんに言っても大丈夫だからね? お姉ちゃんは浮気したんじゃなくて、ただ、妹のわたしとキスしただけなんだから」

「……。……。……」

「お母さまだってお姉ちゃんやお姉さまにキスするでしょう? わたしにだってしてくれるの。ね? 同じだよ」

「……」

「家族だもん。問題ないよね?」


 ……いや、たしかにその理論はそのとおりなんだけど……。


(なんか……ちがう……)


 あたしはこういう形で話を終わらせたかったわけじゃない……。


(なんか……してやられた気分……)


 メニィイイイイ……!


(やっぱりお前なんかきらい……! 大嫌い……!!)


 横を見てるとにこにこ笑ってるメニー。くそ! くそくそくそ!! こいつ、なんでもわかってるような顔しやがって! こんなときでもちょこんと天使みたいにキレイな座り方しやがって! むかつく!!


(ああ! どうしよう! クレアに怒られる! またぶちぎれられる!! いいいいい! 女神さま、どうかクレアに本当のことを全部話しますから穏便にすみますように……!)


「お姉ちゃん、もうちょっとで星が見えるね」

「ん」

「だって、ほら」


 メニーがまぶたを上げた。


「日が沈んだ」


 メニーが言った直後、日が完全に沈んだ。途端に、空がぱたっと闇に覆われた。なにも見えない。雲が空を覆っている? いや、そんなことはない。じゃあ、なぜこんなにも暗いのだろう。なにも見えない。ただ、闇が広がるだけ。あたしがぎょっと目を見開くと……歌がきこえた。



 ――平和の願いよ、聞き届けたり。そなたらに見せよう。これが平和ぞ。



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