第17話 人狼の夜(2)


「テリー!」


 リチョウが言った。


「屋根に登るんだ! いいな! 屋根だ!」

「わかった!」

「ジャンヌ! お前はついてこい!」

「うん!」


 ジャンヌを乗せたままリチョウが森の方へ走っていく。あたしは急いで教会のドアを開けた。


「メニー!」


 あたしは叫んだ。


「メニー!!」


 あたしはキッチンのドアを開けた。


「どこなの! メニー!!」

「いたっ!」

「っ!」


 開いたドアに当たって、ピーターが額を押さえた。


「いたた……。お嬢さま、なにごとですか……。勢いづけてドアを開けるのは、いかがなものかと……」

「……ピーター……?」


 見上げれば、いつものピーターがそこにいた。あたしの胸がギュッと締め付けられて、恐怖心で気分がざわざわしてきて、声が掠れる。


「あなた……どうして、ここに……」

「トマトスープを振る舞おうと、作っていたんです。あいたたた……。ああ、大丈夫ですよ。きちんと一時間ほど現場を抜けることはヒョヌさんに連絡済みですから。今だけ鐘が鳴っても村のみなさんには待っていただきます。はあ……おでこが……」

「……メニーは?」

「メニーお嬢さまですか? 二階におりますが……なにかあったんですか?」


 あたしはピーターを観察する。ピーターはなにも知らない顔できょとんとしている。


(……豹変、してない……?)


 ――ピーターさんも、もう手遅れの可能性があります。


 とつぜん、脳裏にサリアの言葉を思い出す。


 ――誰も信用しないでください。


「よろしければ、鍋を運ぶのを手伝ってくれませんか?」

「……」

「ああ、でも……お待ちください。まだちゃんと煮込めてないんです」


 ピーターがキッチンに戻り、潰したトマトを鍋に入れて、二個目のトマトを出した。


「わたし、トマトスープだけは自信があるんです。デヴィッドも言ってましたよ。お前は絵を描くことと、トマトスープだけは絶品だ、がははってね」

「……ねえ、ピーター」

「はい。なんでしょう」

「あたしたち、……ここに来たのは、一通の手紙だったって言ってたわね」

「ええ。だれかがわたしの名前を使ってベックス家に送った手紙のことですね」

「それ……」


 視界からピーターを外さない。


「ほんとうに、ピーターじゃないの?」

「ええ。わたしじゃありません」

「……そうよね」


 ウソつきだれだ。


「それじゃあ、もう一つきいてもいい?」

「ふふっ。ええ。なんでもどうぞ」

「あたしが、オオカミに右足を噛まれたときのことよ。あの朝、ピーターがここに戻ってきて、ソフィアが事の経緯を説明したでしょう?」

「ええ」

「あのとき、その、なんでかなって思ったの」

「なにがですか?」



「なんで、オオカミに噛まれたのがあたしだって、わかったのかしらって」



 ピーターの手が止まった。



「だって、あのとき、あたしとメニー、シーツをかけてて、足なんて見えなかったでしょう?」


 ピーターが再びトマトを潰し始めた。


「ソフィアは、手で差し示しただけで指もさしてない」


 ピーターがトマトを潰す。


「目があったから、あたしだってわかったのかなって思ったんだけど」


 ピーターはトマトを潰す。


「ねえ、ピーター」


 トマトが潰れていく。


「ほんとうに、手紙、あなたじゃないのね?」


 トマトから赤い汁が飛び散る。


「あたしたちをここに呼んだのは」


 赤い汁が垂れる。


「あなたじゃないのね?」


 ピーターが潰したトマトを鍋に入れた。


「いつか、お会いしたいと思っていたんですよ」


 ピーターが三個目のトマトを取り出した。


「デヴィッドが生きている頃、神父になるために修行していた寮に、よくあなたがたの写真が送られてきました」


 デヴィッドの環境がとてもよくわかりました。日々、すごく楽しそうで、馬と戯れる同僚や、仕事仲間。授業を受けるお嬢さまたち。メイドや使用人。それはそれはとても楽しそうだった。


「家族っていいですよね」

「家に帰るとだれかがただいまを言って、お帰りが待ってる」

「テリーお嬢さまとメニーお嬢さまが来てから、とても教会が明るくなりました」

「デヴィッドが死んで、母が死んで」

「孤独だったわたしには、とても幸せな時間です」


 トマトが潰れる。


「岩は、いつになったら除去されるのでしょうね」


 トマトを潰す。


「テリーお嬢さま、まだここにいてくださって、大丈夫ですよ」


 トマトが潰れる。


「いつまでもいてください」


 ピーターがトマトを潰す。


「わたしは構いませんので」


 ピーターの顔にトマトの汁がつく。


「病気になったらわたしが治療します。怪我も手当します」


 ピーターが首を動かした。


「テリーお嬢さま」


 金色の目になったピーターが振り返った。


「隠し味を入れてみました。なんだと思います? 当ててみてください」


 あたしが横に振り返ると、すでにピーターが立っていた。


「っ」

「お嬢さま、大人しくしてくださればなにもしません。ただ」


 トマトスープを押し付けられる。


「味見をしてくれるだけでいいんです!」

「いや!!」


 あたしはピーターを突き飛ばした。ピーターが体のバランスを崩して鍋をひっくり返した。あつあつのトマトスープが、頭からピーターにかかった。


「ぎゃああああああああああああああああああ!!」

「メニー!!」


 あたしは二階を駆け上がった。


「メニー! どこなの!」

「お姉ちゃん!」

「つ!」


 ドアが揺れている。あたしはその部屋に走り、ドアを見てはっとした。


(錠がされてる……!)


「メニー! 一体なにがあったの!?」

「ピーターさんが、部屋から出るなって!」

「え!?」

「夜になったらぜったい自分を信じないでくださいって! 自分が開けてって言っても開けられないようにって!」

「……ピーターが……?」

「お姉ちゃん!」

「……大丈夫よ! メニー! そこにいて!」

「お姉ちゃん!!」

「今そっちに行くわ! 大丈夫よ!!」


 あたしはカギ穴に挿せそうなものを探すが、周りにはなにもない。


(どうしよう……!)


「テリーお嬢さま、突き飛ばすなんて酷いではありませんか……」


 あたしはぎょっとして慌てて振り返った。ピーターが階段を登っている。


「人を突き飛ばすことは、よくありません。アトリの鐘で、正しき道へと導かないと……」


 ピーターが階段を登りきった。


「お嬢さま」


 黒いオオカミが二階に足をつけた。


「それは正しくありません!」

「ごめんなさい! ピーター!」


 あたしはピーターの前に飛び出し、ふたたび彼を突き飛ばした。


「ぎゃあああああああああああああああああ!!」


 ピーターが悲鳴をあげながら階段から落ちていく。あたしはそのすきに階段を下り、一階に下りた。


(カギ! カギはどこ!?)


「ああ、痛い痛い……。テリーお嬢さま……、突き飛ばすのはよくありません……」


 オオカミが笑った。


「わたしが導かなければ」


 あたしはリビングに走った。カギはない。


「お嬢さま」


 あたしは急いでテーブルの下に隠れた。ピーターがなかに入ってくる。


「夕食前にかくれんぼはよしましょう」


 あたしはテーブルの下から走り、リビングのドアを閉めた。


「あ、お嬢さま!」


 あたしは廊下にあった台をドアの前に置いた。


「お嬢さま! いけません! こんなイタズラ、まるでピノキオみたいだ!」


 あたしは聖堂に走った。聖堂にカギがかかってたはずだ。聖堂のドアを左右に開き、あたしは走り出す。


(ピーターが、いつも、ここにかけてた!)


 聖堂にあるピアノのそばの壁を見る。


(あった!)


 5つのカギが一つにまとめられている。それを掴む。


(これで……!)


「テリーお嬢さまぁあああああ!」

「ひっ!」


 振り返ると、あたしが開けたドアから二足歩行のオオカミが入ってきた。


「いけないではないですかぁああああ! 人を部屋にっ、閉じ込めるなんてぇええええ!」

「こ、来ないで!」

「よくありません、よくありません! よくありません!!」


 オオカミがあたしに向かって歩いてくる。


「絶対に間違ってる!!」


 オオカミが壁を叩いた。すると、聖堂の絵画が揺れて、真っ逆さまに落ちた。女神アメリアヌの顔が反対になると、別の女の顔になった。光が反射して、絵画の色が紫色になる。


「テリーお嬢さま、審判を下しましょう! 人を部屋に閉じ込める! よくありません!」

「ピーター、お願い、ピーター……! 来ないで……!」

「人を突き飛ばす! これもよくありません!」

「はあ、はあ、はあ……!」


 恐怖から、あたしの息が乱れていく。笑顔のオオカミが近づいてくる。


「わたしが正しき道に導かないと!」

「はあはあはあはあ」

「さあ、テリーお嬢さま!」

「はあはあはあはあ」

「悪い子には罰を与えないと!」


 はあはあはあはあ!!


「罰を!」


 オオカミが爪を見せた。


「罰を!!」


 オオカミが牙を見せた。


「ばつっ……」




 そして自分の口を、思い切り噛んだ。



「……」


 驚いて、あたしの息が止まる。オオカミがうつむき、……じっとして、


「……はやく」


 言った。


「行きなさい」


 あたしは息を吸った。


「丸いカギです」


 あたしはカギを見た。丸い形のカギがある。


「早く、二階へ……」


 あたしは走り出した。


「はやく、はやく……」


 オオカミの目がぎらりと光った。しかし、正気を失う前に爪で自分を傷つけた。


「ぐうううううう!」


 傷口から血が吹き出る。あたしはおびえながら走る。


「お逃げなさい。はやく。この村は呪われている。お逃げください。お嬢さま、ああ、兄さん、許しておくれ。許して……」


 ピーターが伸びた爪だらけの手で頭を抱え、悲鳴をあげるように叫んだ。


「母さんを食べたぼくを許して!!」


 あたしは二階に登り、丸いカギをカギ穴に挿し、錠を解除した。ドアが開き、顔が青くなったメニーが待っていた。


「お姉ちゃん!」

「メニー!! もう大丈夫よ!!」


 あたしはメニーに飛びつく勢いで抱きしめた。


「ピーターが助けてくれたの! あたし……!」

「お姉ちゃん! ドアを塞がなきゃ!」

「っ、そうだった!」


 あたしは慌ててドアを閉めて、メニーが机をドアの前に押した。でもそれだけじゃ足りない気がして、あたしと一緒にクローゼットを押して、とにかくドアが開かないように塞いだ。

 二人で息を切らし、顔を見合わせた。


「メニー、屋根に登って」

「屋根? どうして?」

「詳しいことは後よ。早く!」


 階段から駆け上がってくる音が聞こえる。あたしはぞっとして、メニーに怒鳴った。


「早く窓から行って!!」

「っ、わかった!」


 メニーが窓を開けて、上を見上げる。慎重につかめるところを掴んで屋根に登っていく。


「メニー、下は見ちゃだめよ!」

「うん!!」


 メニーがふんばって屋根まで上ったのを見て、あたしも窓から身を出した。そのとき、ドアが激しく叩かれた。


「っ!!」


 あたしは息を呑み、急いで窓の外に出た。額に足を乗せ、壁についてる出っ張りに腕を伸ばし、なんとか掴んで登る。


「ぐうう……!」

「お姉ちゃん!」


 メニーが手を伸ばした。


「つかまって!」

「ありがとう! メニー!」


 屋根にのぼると、ドアが壊された音がきこえて、あたしとメニーは屋根の隅に移動した。ふと、メニーが森の方角に振り返った。あたしも顔を向けると、どこかで爆発したような音がきこえた。そして、その振動でアトリの村が揺れる。あたしは悲鳴をあげて屋根にしがみついた。メニーも膝を屋根について、眉をひそませた。


「あの方角……ダム……?」

「え?」

「お姉ちゃん! あれ!」


 地震とともに、大量の水が流れてきた。


「伏せて!」

「きゃああああ!」


 二階の部屋に入ってきた人狼が耳をピクリと動かして、窓を覗いた。その瞬間、やってきた大波に呑み込まれた。人狼が悲鳴をあげて、波に流された。


「キッド! ソフィア! 変な音がする!」

「なに!?」

「っ」

「これは……」


 リトルルビィがいち早く気づいた。


「兵士たちを避難させる! てめえらは自分たちでどうにかしろ!」

「あんな言葉遣いだれに教わったんだか……」


 キッドさまの目の前には、まだ人狼が残っている。しかし、逃げなければいけない状況ということは理解した。


「全員! 高いところに撤退!」


 兵士たちが戦いながらキッドさまの声に耳を傾けた。


「なにかくるぞ! 建物の屋根に登れ! 急げ! 一時撤退!」


(ああ、あああ……)


 あたしとメニーが教会の屋根に取り残される。……リチョウがダムを爆発させたんだわ!


(村ごと流して……この騒動をおさめようとしてるのね……!)


 水が一気に流れ込む。小さな建物を呑み込んだ。牧場を呑み込んだ。ヤギに襲いかかった四人のオオカミを呑み込んだ。やがて広場にまで到達し、オオカミたちが悲鳴を上げて呑み込まれていった。縄が水に揺られてアトリの鐘が鳴り響く。


(……とにかく)


「ここにいれば、なんとかなるわ……」

「お姉ちゃん……」

「大丈夫よ、メニー」


 あたしはメニーを抱きしめた。


「あたしがメニーを守るから」


 向こうから森からやってきた木や、瓦礫が流れてくる。まるで悲鳴のような水の音。あたしの手が震える。だけど、メニーに見せるわけにはいかない。今メニーを守れるのはあたしだけなんだから。


「……みんな、流されてるね」

「……リトルルビィ、大丈夫かしらね」


 ううん。リトルルビィだけじゃない。


「ソフィアも、リオンさまも……キッドさまも、大丈夫かしら……」

「……」

「ちょっと……見てくる」

「お姉ちゃん、あぶないよ」

「大丈夫よ」


 あたしは立ち上がり、屋根から滑り落ちないようにして、屋根の端に歩き、アトリの鐘がある方角を眺める。


(……大丈夫よね……)


 あたしを助けてくださったキッドさま。


(……キッドさま……)


 あたしは胸に手を当て、ぎゅっと握った。


(まだ、お礼を言えてない)


 大丈夫。きっと大丈夫よ。


(……会えたら)


 ちゃんと、ありがとうを言わなきゃ。


(キッドさま……)


 ――水中から腕が伸びたのが見えた。


「っ」


 そこには笑顔のカルラがいた。


「煮て鍋よ煮て。止まって鍋よ止まって」


 あたしの足首を掴まれた。


(あ……!!)


 あたしはカルラと水の流れにより引っ張られ、水中へと落ちた。メニーが目を見開く。


「お姉ちゃん!!!」


(い、息が!)


 あたしはパニックになりながらとにかく息を吸おうと水に頭を出した。


(呼吸、できない!)


 あたしは手足をばたつかせる。


(助けて!)


 水に流される。


(だれか……!)


 だれか助けて!


「っ」


 あたしに向かって木が高速で流れてくる。


(い、いやっ、ぶつかる、ぶつかる、ぶつかる!)


 あたしは目をつむった。


(もうだめ!!!!)


 ――ドレスの襟がなにかに引っかかって、止まった。


「きゃあ!」


 木があたしの前ぎりぎりを通り過ぎた。


「はあ、はあ、っ、はあ!」

「……っ! テリー!!」

「はあ、はあ、たす……はあ!」

「待ってろ! うわ、くそ! ドロシー、なんとかできるか!?」

「にゃー」

「魔法は使えないってか! ジャック、お前ならできるか!」


 しばらく、沈黙が続いた。


「ケケケ」


 あたしの襟が乱暴に引っ張られた。首が苦しくなる。


(ひぐっ!)


 そして、とんでもない力でどこかの屋根の上に引き上げられた。あたしは口から水を吐き出した。


「げほげほっ!」

「テリー! 大丈夫か!」


(あ……)


 必死な顔のリオンさまが、あたしの背中を叩いていた。


「リオン……さま……」

「もう大丈夫だ! よく頑張ったな! えらいぞ!」

「メニー!」


 あたしは慌てて起き上がった。


「メニーがまだ、教会の屋根に……!」


 遠くから悲鳴が聞こえた。あたしとリオンさまがその方向に振り返る。


「あ!!」


 教会の屋根に、濁流に流されてきた人狼が登ってきたのだ。メニーに逃げ道はなく、屋根の端に逃げている。


「メニー!!」

「テリー! 落ち着け!」

「メニーが! どうしよう! メニーが!!」

「テリー、メニーなら大丈夫だ!」

「大丈夫じゃありません! 見てわかりませんか!? 人狼が!!」

「メニー! 今そっちに向かう! それまでどうにかできるな!?」


 リオンさまがメニーに叫んだ。メニーがはっとしてあたしたちに振り返った。メニーがあたしの無事を確認した。


(メニー……!)


 メニーの青い目とあたしの目があった。



 その直後、





 メニーが、にやりと笑った。





(え?)



 人狼が飛びついてきた。メニーは逃げようとして、自ら濁流のなかへと飛び込んだ。リオンさまが目を丸くした。


「なっ!」

「メニーーーーーーーーーーーーーー!!」


 メニーが濁流に流される。


「いやああ! メニー!!」

「テリー、おちつ……!」

「いやあああああああ!!」


 あたしはリオンさまを突き飛ばし、濁流へと飛び込もうとしたら、起き上がったリオンさまに力づくで止められる。


「テリー! だめだ!!」

「メニーが!! メニーがあああああああ!!」

「あいつ、どういうつもりだ!」

「メニー!! メニーーー!!」

「ドロシー!」

「リオンさま、放して!! メニーが波に……!」


 リオンさまの腕を掴んで、あたしは――気がついた。


 リチョウに取られたはずの指輪が、薬指に戻っていたことに。


(あ)


 クリスタルの入ったリング。

 キッドさまの名前が刻まれた指輪。


「……」

「テリー、メニーなら大丈夫だ! とにかく、今はここでぼくらと待機して……」

「リオンさま」


 あたしは静かにリオンさまを見上げた。


「伝言をお願いできますか?」

「伝言?」

「キッドさまに」

「……テリー?」

「あたしを助けに来てください」


 リオンさまが眉をひそませた。


「あたしの王子さまなら、火のなか、水の底だって迎えにこれるでしょう?」


 あたしは微笑んだ。


「あたしと結婚したいなら、迎えに来てくださいって」


 キッドさまに、


「そう、伝えてください」

「君、なにを……」


 あたしはリオンさまの顔を掴み、ぐっと近づかせて――口づけをした。


「っ!!!」


 夢にまで見たリオンさまとの甘い口づけ。レモンの味はしない。リオンさまは思わぬあたしの行動にびっくりした様子で、あたしから手を離した。その瞬間、あたしはリオンさまを突き飛ばした。


「なっ」


 あたしは再び水中に落ちた。


「テリー!!」

「にゃー!」

「ドロシー! なんとか……! ああっ、……くそ!」


 あたしは自ら頭を出す。今度は冷静に呼吸をする。そして、叫ぶ。


「メニーーーーー!!」


 水が顔にかかった。また呼吸ができなくなる。あたしはなんとかぐっと背筋を伸ばして、頭を上げた。


「メニ……」


 水が顔にかかる。だけど、あたしは手足をばたつかせて、叫ぶ。


「メニー!」


 視界が水に覆われる。


「メニーーーー!」


 何も見えない。


「メニー!!」


 あたし、死んじゃうのかしら。自業自得だわ。……それでも、あたしは最後まで手を伸ばす。


「メ……」


 なにかに体がぶつかった。


「っ」


 水に流されて、またぶつかった。


「っ!」


 悲鳴をあげられない。口の中に水が入ってくる。


「メ……」


 できる限り手をのばす。


「ニ……」





 キッドさま、


 あたし信じてます。




「っ」





 あたしは大きく息を吸い込み、とうとう水中に沈んだ。




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