第18話 思い出7





 ハロウィンの二日前に、テロ事件が起きた。


 ぼろぼろの町並みに、あたしは唖然とした。面白がって来たのはいいけど、死体がたくさん転がり、馬車もゆっくりと進んでいた。あたしは窓を見るのもためらうくらいだった。来なければよかったと後悔しはじめた頃、広場の中心に立つ一人の男の子が声をあげた姿を見た。


「みなさん、立って!」


 男の子は、高らかに叫んでいた。


「わたしこそ、第一王子、リオン・ミスティン・イル・ジ・オースティン・サミュエル・ロード・ウィリアム。みなさん、今こそ団結して、街を復興させます。祭は二日後! ほら、立って! そんな顔しないで! ぼくがいるからもう大丈夫です! みなさん、このぼくがいます。立ってください!」


 リオンさまがみんなを励ましていた。


「さあ、もう大丈夫!」


 子供や、老人や、大人関係なく、励ましていた。


「ぼくも手伝うから、皆、立って!!」

「でも」

「ほら、どうした! 男だろ! 立つんだ!」

「ぐす……ぐす……」

「なにを泣いているの。レディ。怪我は治るさ!」

「殿下、爆発で死んだ人もいますわ……」

「亡くなった方への配慮もする。大丈夫。ぼくに任せてください」


 みんなの目が、希望にかがやく。


「さぁ! 祭の準備だ! 10月の悪夢は終わった。祝え! 祝うんだ!! 笑え! 笑うんだ!!」


 リオンさまが、だれよりもかがやいている。

 みんなが希望を抱いて立ち上がった。すぐに復興作業に移った。国中の兵士が動き、がれきをどかせ、死体を運んでいく。リオンさまも惜しみなく働く。あたしはその様子をがれきの山から覗いた。


「これはどこに?」

「あっちですじゃ」

「あ、手がすべ……わああああああ!」


 思わず、あたしはふふっと笑った。


「リオンさま、パンをどうぞ」

「なんて美味しいんだ! どこのパンですか?」

「リオンさま、よければ焼いた肉なんかも」

「わあ、なんて親切な方々なんだ! どうもありがとう!」


 がつがつ食べる姿が愛おしい。


「リオンさま、あそんで」

「高いたかーい!」

「ぼくも!」

「わたしも!」

「待って。乗っからないで。ぼくもそこまでは、ぎゃああああああ!」


 子供に乗っかられて転ぶ姿が恋しい。


「リオン殿下万歳!」

「リオン殿下万歳!」

「リオン殿下万歳!」

「リオン殿下万歳!」

「リオン殿下万歳! リオン殿下万歳! リオン殿下万歳! リオン殿下万歳! リオン殿下万歳! リオン殿下万歳! リオン殿下万歳! リオン殿下万歳! リオン殿下万歳! リオン殿下万歳! リオン殿下万歳! リオン殿下万歳! リオン殿下万歳!」


 リオンさまは国民を救うヒーローになった。みんなが両手を上げるなか、あたしは拍手をした。リオンさまだけを見つめる。見ているだけで顔が熱くなってくる。どんなにかっこいい人が現れても、あたしの眼中にはリオンさましか見えなかった。


 リオンさま、かっこいい。

 リオンさま、好き。

 リオンさま、大好き。

 リオンさま、お慕いしております。

 リオンさま、ああ、やっぱり好き。初めてお会いしたときから好き。大好き。

 大好き。大好き。大好き。大好き。


 リオンさま、愛してます。あたしのリオンさま。


 何度名字を書いたことか。結婚したらあたしの名前が変わってしまうかもしれないと思いながら、字の練習をした。


 日々を過ごすなか、みんなのヒーローのリオンさまに会える日がようやく訪れた。


 それが、舞踏会。

 アメリとあたしのデビュタント。

 あたしの17才の誕生日。そして、リオンさまの誕生日。


 招待状。王子さまの誕生日に国のすべての年頃のおなご全員舞踏会に来られたし。王子さまが気に入ったおなごがいれば、花嫁として迎える。


「なんとしてもリオンさまの心を掴みなさい」


 この屋敷には、もう、メニーとギルエドしかいない。

 食器の数も少なくなった。

 すべて、マーメイド号が沈んだせい。


(でもあたしには関係ない)


 この家がどうなろうと知ったことではない。


(あたしは予定通り、リオンさまと結婚するだけ)


「わかった? アメリアヌ、テリー」

「「はい。ママ」」

「それじゃ、……行くわよ」

「あ、たいへん」


 あたしは声を上げた。


「ママ、忘れ物しちゃった」

「取ってきなさい」

「はい」


 あたしはママの部屋から出ていき、廊下を歩いた。すると、運のいいことにすぐ見つかった。灰の被ったメニーが向かいから歩いていて、あたしを見て、通り過ぎようとした。


「メニー」


 あたしは言った。


「あんたも舞踏会に来ていいんだからね」


 ……驚いたようにメニーが振り向いた。


「え?」


 あたしが立っているのを見たメニーが、辺りを見回した。


「えっと」


 だが、だれもいない。だって、アメリもママも部屋であたしを待ってるもの。ギルエドは執事室だろうし、だれもきいてないわ。


「あの」

「国全体の女が行かなきゃいけない舞踏会なのよ」

「……」

「あんたも含まれてる」

「……」

「ああ、そうだったわね。ごめんなさい。あんた、そんな暇なかったわね。うふふ!」


 舞踏会に行きたいと言って、さっきまで必死にエンドウ豆を拾ってた後に、ママに言われた言葉が、今晩あたしの部屋とアメリの部屋を掃除しなさい。掃除してからなら考えてあげてもいいわ。


「ああ、忙しい子って大変ね。でも、仕方ないわよね。それがあんたの仕事なんだから。でも安心して。あたしたち、夜は遅くにならないと帰ってこないから」


 あたしたちはもう行く。つまり、メニー用の馬車はない。結局メニーは舞踏会には行けない。


「今夜は早めに眠れるわね。ひと時の夢を楽しむといいわ。おっほっほっほっほっ!」


 窓がカタンと揺れた気がした。


「ねえ、メニー。今夜は、あたしの部屋に入らないでちょうだいな。こんな素敵な夜に、あんたにあたしの部屋のものを触ってほしくないのよ。舞踏会に行きたいって思われて、ネックレスとか盗まれたらいやだもの。わかった? あんたが入っていいのはアメリアヌの部屋だけよ」


 メニーがはっとした。


「あー、そうそう。あんたに頼みたいことがあるんだった。二階の一番奥の客室に、リサイクルを置いておいたから出しておいて。あたし、これから舞踏会に行かなきゃいけないから。ああ、忙しい忙しい」


 あたしはにんまりと笑う。


「うふふ! あたし、ようやくリオンさまにお会い出来るんだわ!」


 あたしたちは恋に落ちる。


「あたしはプリンセスになるのよ。せいぜいあんたは指を咥えて見てなさい。まあ? 結婚して、この屋敷から出て行くことになったら、あんたをあたし専用の使用人として、連れて行ってあげないこともなくってよ?」


 あたしはメニーに伝える。


「いいこと? 今晩あたしの部屋に入ったら、許さないからね。メニー。覚えておいて。……今夜は、舞踏会よ」


 しつこく言っておく。


「二階の、一番奥の、客室よ」


 メニーは静止したように動かない。


「アメリアヌとあたしの部屋を掃除しなければいけないみたいだけど、絶対に、あたしの部屋に、入らないで」


 つまり、アメリアヌの部屋だけ、掃除すればいいのよ。


「わかった?」


 あたしはもう一度言う。


「二階の一番奥の客室よ」

「テリー!」


 ママの声が聞こえて、あたしは振り返った。


「はーい! ママ!」


 ドレスをつまんで、目を輝かせて、階段を下り始めた。その背中を――メニーがずっと見ているような気がした。


(今夜はリオンさまに会える唯一の機会)

(爵位が低いから声なんてかけられないと思ってたけど、絶好のチャンスだわ)


 花嫁探しの舞踏会だなんて。


(礼儀の知らないメニーでも声をかけれる。話ができる)

(メニーの現状を知ったら、すぐに動いてくれるはず)


 国が動けばママだってだまるでしょう。


(ようやくメニーが解放される日が来る)


 そしてあたしはこの家を出ていく。リオンさまの花嫁として。


(いける)


 絶対いける。


(この日を夢見てきた)


 リオンさま。


(あたしは選ばれる)


 だってリオンさまは、あたしの運命の人だもの。


(ようやく会える)


 エメラルド城にたどりつく。国中の若い女が集まり、名前を呼ばれた全員がリオンさまにあいさつをする。眠そうなリオンさま。長い間待っていると、とうとうアメリとあたしが呼ばれた。


(ようやくだわ)


 あたしの体が緊張と喜びに侵される。


(リオンさま!)


 あたしは笑顔で歩いた。リオンさまがあたしたちを待つ。


(あなたに会いに来ました!)


 リオンさまがぱっと目を見開いた。


(あたしが、あなたの運命の人です)


 リオンさまがなにかに気づいたように歩き始めた。


(あたしに気づいたの?)


 あたしは喜びに胸をときめかせた。

 リオンさま、言いたいことがたくさんあるんです。初めてお見かけしたときからあなたに恋い焦がれていたこと。ファンクラブに入ったこと。あなたに会いたくてどうしようもなかったこと。ずっとずっと好きだったリオンさま。ようやく――ようやく――!


「リオンさま!」


 リオンさまがあたしの横を通り過ぎた。


(……)


 あたしとアメリが固まった。ふり返る先に、リオンさまが向かっていく先に、――それはそれは美しいドレスに身を包んだ、見たことのないほど美しい娘がいた。


「……」

「だれ、あれ……」


 アメリががくぜんとしてつぶやいた。


「あんな子、見たことない」

「美しいレディ」


 リオンさまが言った。


「どうかわたしと踊っていただけませんか?」


 その瞬間、あたしの世界が壊れた気がした。


(え?)


 リオンさまが声をかけたのは、あたしじゃない。


(ちが……)


 それは、メニーだ。


(え? ……え……?)


 オーケストラが美しい演奏をはじめる。メニーとリオンさまが踊りはじめた。みんなが驚いた。メニーのダンスがとても上手だったから。


「あの娘はだれかしら」

「どこかの国のお姫さまかもしれないわ」

「きれい……」

「外国の姫が来るなんて……」


 ママがくやしそうに呟いた。


「そんなのきいてないわ……!」


 気づいてない。あれはメニーなのに。ママもアメリもどこかの国の姫だと思っている。でも、あたしはひと目で気づいた。メニーがあたしが用意したドレスを着て舞踏会に来たんだと。


(え?)


 どうしてリオンさまと踊ってるの?


(まって)


 そこにいるのはあたしなのに。


(ちょっとまってよ)


 リオンさま。


(あたしはここよ)


 どうしてメニーを見てるの?


 曲が終わった。ダンスが終わり、リオンさまがメニーに腕を貸した。そして、二人きりになれる場所へと移動を始めた。


(え、まって)


 あたしは走った。


(まって!)


 あたしは足をすべらせた。


「あっ!」


 あたしはその場で派手にころんだ。人々があたしを見る。でも、恥ずかしさはない。恥ずかしさよりも、ショックが勝つ。


(ちがう)


 あたしが転んだら、リオンさまが駆け寄ってくるのよ。大丈夫ですか。レディと、あの美しい声で言って。


(それで、あたしは)


 リオンさまの手を取って。


(あたし)


 あたしは顔を上げて、――ここが現実であることを思い知った。

 妄想のような物語はない。あたしに与えられるのは、いつだって残酷な現実だった。だれかに助けを求めても、だれも助けてくれない。だれも頼りにならない。あたしはママのあやつり人形。だまって見ることしかできない。あたしを助けてくれる紳士はいない。だからあたしは一人で立ち上がった。みんなはあたしを見ない。興味はすべてメニーに注がれた。あたしはなにかが壊れた気がした。胸が空っぽで、なにも考えられない。


 気がついたら、あたしは会場から抜け出し、エメラルド城の二階廊下でぼんやりしていた。


(帰りたい)


 もうここにいたくない。


(帰りたい)


 もう深夜だ。


(歩いて帰ろうかしら)


 時計の針が進む。24時になって、鐘が鳴った。


(……もう帰っていい?)


 その瞬間、舞踏会会場から必死な顔のメニーが走ってきた。


(え?)


「さようなら!」

「待ってくれ!」


 リオンさまも必死な顔でメニーを追いかけた。


「君がいないとぼくは……!」

「っ」


 メニーが履いていたガラスの靴を落とした。


「君!」


 メニーが拾おうとして、リオンさまが追いかけてきて、ガラスの靴をあきらめた。必死にエメラルド城の外へと走っていく。


「待ってくれ!」


 メニーがどこかへと消えた。


「全兵! あの子を引き止めろ!」


 エメラルド城がお騒ぎになった。門を閉じたが、メニーはうまいこと抜け出したらしい。リオンさまがガラスの靴を拾い、しばらく立ち止まり、舞踏会会場へもどっていった。


(……なに?)


 一体なにがあったの? もしかして、


(うまくいかなかった?)


 淡い期待を抱いた瞬間、笑顔になって会場にもどると、舞踏会はおひらきとなった。


「リオンさまに急用ができたんですって」


 アメリがつまらなさそうな顔で言った。


「ママ、あの子どこの子? 外国から姫が来るなんて、ずるいわよ!」

「アメリ、だまって」


 ママが次の手を考える。もう、うちにお金はない。ドレスや馬車代に使ってしまった。これが最後のチャンスだった。


(……リオンさま……)


 あたしの長年の想いはなんだったのだろう。


(これだけ恋焦がれてきたのに)


 メニーがいなければ、


(そうよ)


 メニーが舞踏会に来なければ、


(リオンさまはあたしを選んでた)


 メニーさえいなければ、


(あたしはこんなにも苦しまずに済んだ)


 あたしのなかで、思ってはいけない感情がうずまく。


「二人も疲れたでしょう。帰ったらすぐに寝なさい」

「「はい、ママ」」


 二人で気の抜けた返事をする。なんだか、すごく疲れた。



(*'ω'*)



 屋敷に帰ってきた。



(*'ω'*)



 アメリが化粧を落として部屋にもどった。



(*'ω'*)



 みんなが寝静まった。



(*'ω'*)



 あたしはキッチンに向かった。



(*'ω'*)



 包丁を持った。



(*'ω'*)



 屋根裏部屋の階段をのぼった。



(*'ω'*)



 ベッドでメニーが眠っていた。



(*'ω'*)



 あたしをそれを見下ろした。



(*'ω'*)



 包丁の刃が光った。



(*'ω'*)



 あたしは両手で包丁を握りしめ、上に上げた。



(*'ω'*)



 やるなら今だ。



(*'ω'*)



 この女が悪い。

 この女さえいなければ、あたしはこんな思いをしなくて済んだ。



(*'ω'*)



 あたしの苦しみはすべてこの女がもたらした。

 この女がそもそも美しくなければ、リオンさまの目に留まることはなかった。美しくなければ、ママがその美貌に嫉妬して『娘』を虐げることはなかった。

 アメリだって、この女の美しさや健気さに嫉妬していじめることはなかった。



(*'ω'*)



 お前があたしの妹にならなければよかったのに。



(*'ω'*)



 もっと最低な女があたしの妹だったらよかったのに。



(*'ω'*)



 もっとブスでみにくければ、ママもここまで酷く扱わなかったかもしれないのに。


(*'ω'*)



 お前が美人だから悪いのよ。

 全部お前が悪いのよ。



(*'ω'*)



 あたしはためらうことなく包丁を振り下ろした。



(*'ω'*)










 寸前で、手が止まった。










「……」


 できない。


「……」


 刺せない。


「……」


 メニーの寝顔を見たら、その心臓に包丁を刺すことができない。


「……」


 せめて、メニーがうつ伏せか、こちらに背を向ける形で寝ていたら、あたしは迷わず刺せただろう。死ぬまで何度も何度も殺意をこめて刺したことだろう。

 しかし、メニーは仰向けに眠っていて、安らかな寝顔をあたしに見せる。


 その顔が、どうしても――……どうしても……――。







「ありがとう。お姉さま」







 初日に見た、妹の笑顔に見えて。


「……」


 あたしは包丁をおろした。


「……」


 あたしはその場に力なく座り込んだ。


「……」


 メニーが息を吸った。


「殺さないの?」


 ぎょっとして顔を上げると、青い目がじっとあたしを見ていた。


「っ!」


 あたしは包丁を慌てて握りしめて、メニーに構えた。メニーが起き上がり、シーツをどけた。


「いいよ」


 あたしが尻をこすらせて下がると、メニーが床に立ち上がった。


「テリー、いいよ」

「っ……! う、」


 あたしは怒鳴った。


「動かないで!」


 メニーをにらむ。


「ほんとうに刺すわよ!」

「いいよ」

「なめないで! あたしは本気よ! よくもリオンさまを誘惑してくれたわね!」

「あの人、……テリーが言うほどいい人じゃないよ」

「っ、ぐ、っ、こ、この、リオンさまを悪く言わないで! お前が全部悪いくせに!」


 あたしは包丁をメニーに向ける。


「殺してやる! お前なんて殺してやる!」

「いいよ」


 メニーが歩いてきた。近づいてきたメニーは怖がることなくあたしの前に平然として座った。


「どうぞ」

「っ」


 あたしの体が硬直する。


「テリー、ほら」

「や、だから、ほんとうに……!」

「うん。いいよ」

「ほんとうよ! 本気で!」

「こわいの?」


 メニーがやさしく微笑んだ。


「いいよ。手伝ってあげる」

「えっ」


 メニーに手首を握られた。


「あ、あ……メニ……」


 包丁の刃がメニーに向けられる。


「や、やめ……っ」


 刃がメニーの胸に近づく。


「や、やだ、やだ!」


 刃がメニーに刺さる、


「いやあああああああああああああああ!!!!」


 寸前に、あたしはメニーを蹴飛ばし、包丁を投げた。包丁が遠くに滑って止まった。メニーがきょとんとまばたきして、体を震わせるあたしを見た。


「……テリー」

「ひっ……はっ……ひっ……」

「大丈夫。こわくないよ」


 メニーがまたあたしに近づいて、今度はあたしの両手を握りしめた。


「ほら、やって」


 メニーの首にあたしの両手が誘導される。


「テリーならいいよ」


 メニーがあたしを誘う。


「テリー」

「いやっ」

「テリー」

「やだ」

「大丈夫。ちょっと絞めるだけだよ」

「やだ……」

「わたしが憎いでしょう?」

「あ、あたし……」

「いいよ」

「や……」

「やって」

「いやっ!!!!!!」


 またメニーを突き飛ばした。メニーが倒れる。あたしは部屋の隅に逃げた。メニーがゆっくりと起き上がった。あたしから視線をそらさない。


「テリー」

「なんでよ!」


 あたしは怒りをぶつける。


「なんであんたが、あたしの妹なのよ!!」


 あたしは顔を隠してうずくまった。


「あんたが美人だから、ママが嫉妬したのよ! あんたの出来が悪くて、ブスで不器用で、どうしようもないグズだったら、ママだって同情した! こんなことにはならなかったのよ!!」


 メニーはできが良くて、魅力的で、美人で、器用だったから、


「あんたが妹じゃなかったら、あたしは家族とあんたで板挟みにはならなかった! あんたがもっと悪い女だったら、あたしだって罪悪感なんか抱くことなくあんたをいじめられたのよ!!」


 ぜんぶぜんぶぜんぶ、


「ぜんぶお前のせいよ!!!!!!!!」


 叫ぶだけ叫んだら、悲しくなってきて、あたしは床に顔をこすりつけて、世界を呪うように、人生を呪うように、泣き叫んだ。


「うわあああああああああああああああああああん!!」


 部屋にあたしのみじめな叫び声が響く。

 でも王子さまは現れない。王子さまはメニーのものだ。

 悔しい。リオンさま。あたしのリオンさま。メニー。あたしの妹。幸せになってもらいたいと願っていた相手。取られた。幸せをずっと願っていた相手に。メニーに取られた。リオンさまがメニーを選んだ。あたしじゃない。メニーを選んだのよ! あたしじゃなくて、あたしの妹を、あたしのメニーを。あたしじゃない! 憎い。恨めしい。メニーなんていなければよかったのに。メニーが。メニーさえ。メニーがいなければ。あたしは、メニーは。この家にメニーが来なければ。メニー。憎い。あたしだってこんなことしたいわけじゃない。メニーが悪いから。メニーが、あたしの、大事なものを、壊すから。メニーが。悪いのは、メニー? 悪いのはだれ? メニーよ。メニーが悪いのよ。あたしは悪くない。メニーが。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。メニーは、






 不幸なあたしの妹。






 メニーが膝をこすりつけて、あたしに近づいた。そして、うずくまるあたしの頭を、やさしくなでだした。


「テリー」


 メニーのやさしい声が響く。


「ごめんね」


 メニーの手があたしをなでる。


「つらかったよね」


 メニーがうずくまるあたしの背中をなでる。


「わたし、テリーのがんばってる姿、ずっと見てたよ」

「リオンさまに好かれようとして、いっぱいお化粧して、きれいなドレスを着て」

「どんなに素敵でかっこよくて、評判が良い人からお誘いが来ても全部断ってたでしょ」

「リオンさまが好きだから」

「そういう一途なところ」

「心からほんとうにすごいことだと思う」

「テリーは、わたしの憧れ」

「大丈夫」

「わたしはテリーを見捨てたりしない」


 あたしの震える手がゆっくりと伸びた。


「……メニー」


 メニーに触れる。


「メニー……」

「大丈夫。テリーを置いてったりしない。わたし、ずっとテリーと一緒にいる」


 あたしはメニーに抱きついた。


「大丈夫だよ。テリー」


 メニーもあたしを抱きしめ返した。


「わたしはだれのものでもない。わたしはテリーのもの」

「メニー……」

「ずっと一緒にいよう。大丈夫だよ」

「……」

「世界が終わるときまで一緒にいよう。大丈夫。怖くないよ。なにも怖いことなんてないんだから」

「……うん……」

「もうお金は少ないし……きっと出ていくことになるから……そうならないうちにどこかに行こうか」

「……」

「テリー、大丈夫だよ。……わたしたちは二人で一つのトラブルバスターズでしょう?」


 メニーが笑顔で言った。


「大丈夫。わたしがテリーを守るから」


 あたしは鼻をすすりながら顔を上げた。メニーはずっと笑顔だ。今までで、一番幸せそうに微笑んでいる。


「ね?」

「……うん」


 あたしはこくこくとうなずいた。


「……荷物の整理しておいて」

「うん。わかった」

「……明日が最後の日よ。明日、23時59分を過ぎて、0時になったら……」


 あたしは言った。


「ここを出ましょう」

「……うん」

「……遠くの田舎に行きたいわ」

「……そうだね。没落……するだろうし」

「……移動費は心配ないわ。……少しだけへそくりを残してるの」

「うん。……わたしもテリーからもらったものを売って、少しならお金があるの」

「……」

「行くなら……カドリング島にも行けるかもしれないよ?」

「……あそこは……もういい」

「……そう?」

「……うん」

「そっか、じゃあ……」


 メニーがあたしの両手をにぎりしめる。


「遠くの田舎に行こう」

「……うん」


 あたし、なんだか疲れてしまったみたい。泣きつかれて、ぼうっとするの。

 もう、未来のことを考えられないの。

 ぜんぶ、壊れてしまった。


 でも大丈夫。

 あたしには、メニーがいるから。


「テリー、ずっと一緒にいようね」

「……うん」

「わたしたち、これからはずっと仲良くできるね」

「……そうね」

「手を握っても、見つめ合っても、誰も何も言わない」


 あたしとメニーが額をあわせた。


「テリー」

「メニー」

「ずっと一緒だね」

「ええ。ずっと一緒にいられるわ」


 これからは、メニーとずっと一緒。あたしの妹。


「姉妹として一緒にいたって怒られないわ」

「灰をかぶることもない」

「メニー、きっと素敵な未来が待ってるわ」

「楽しみだね。お姉さま」

「メニー」

「大丈夫。そばにいるから」

「メニー……」

「大丈夫。リオンさまなんて忘れて」

「メニー……」

「あの人、見る目がないんだよ。酷い男」

「……っ」

「泣かないで。テリー。テリーが泣いたら、わたしも悲しくなっちゃう」


 メニーがあたしの顔を覗き込んだ。


「お願い。テリー」


 メニーがとても安心する声で、あたしをなだめる。


「泣かないで」


 メニーがあたしに近づいた。


「笑って」





 メニーとあたしのくちびるが重なった。






 手をにぎりしめる。あたしはまぶたを上げた。メニーがくちびるを離した。そして、美しく笑ってみせる。


「大丈夫だよ」


 あたしの妹が目の前にいる。


「二人で幸せになろう」


 あたしは覚悟を決めた。

 これからは、メニーと生きていく。

 妹と一緒に生きていくの。

 あたしがこの子を守らなくちゃ。


「……テリーも荷物、まとめておいてね」

「……ええ」

「……部屋まで送っていくよ」

「いい」


 あたしは首を振った。


「今夜はここで寝る」

「……ここ、寒いよ」

「いい」

「ベッドも小さいし」

「いい」


 あたしはわがままを言う。


「ここで寝る」

「……わかった」


 妹を寝かしつけるやさしいお姉ちゃんになりたかった。


「一緒に寝よう」


 部屋の隅に残した包丁は忘れて、あたしとメニーがベッドに入った。


「すごい。テリーがこんなに近くにいる」


 メニーがはしゃいだように笑う。


「これからは、ずっと一緒なんだね。テリー」


 うれしそうなメニーの声に微笑み返して、あたしはメニーをなでた。起きたら、きっとメニーは家事仕事でベッドにはいないから、あたしはなんでもない顔をして、部屋にもどろう。そして、荷物をまとめて、この屋敷から出ていく用意をしよう。


 大丈夫。なんとかなる。メニーと一緒なら、あたし、この先なんとかなるような気がするの。メニー、あたし、変わるわ。


 これからは、やさしいお姉ちゃんになるから。


「テリー」

「ん?」

「愛してる」

「……あたしも」


 もう、ママには縛られない。


「ずっと愛してる。メニー」


 あたしは、ただのテリーとして生きていく。

 メニーと一緒に。


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