第28話 進路相談


 布をめくると、ぼうっとするメニーがいた。あたしを見て、表情を明るくさせる。


「お姉ちゃん」

「入っていい?」

「うん」


 メニーのハンモックの横に椅子がある。リオンが座ってたものだろう。あたしはそれに腰をかけた。


「ちょっと、話をしない?」

「お姉ちゃんのちょっとはちょっとじゃないからなあ……」

「メニー、選択権をあげるわ。選んで」


 あたしは腕と足を組ませた。


「今ここで説教されるか、帰ってからママの説教のあとにあたしから説教されるか、どっちがいい?」


 メニーが顔を引きつらせた。


「……お姉ちゃん、記憶戻ったの?」

「ええ。おかげさまでね。じゃ、選んで」

「……その説教を一年後に伸ばしてもらうことは……」

「そんなの選択肢に入れてないわ。二つだけよ。選んで」

「お姉ちゃん」

「選べ」

「わたし、……悪いことしてないと思うけど……」

「ああ、そう。いいわ。今ってことね?」


 あたしは立ち上がり、テントの入り口に紙を貼り付けた。『姉妹会議中。緊急時以外開けることなかれ』。


 あたしは再び椅子にもどった。


「さあ、どうぞ。言い訳をきかせてちょうだい」

「……どのこと?」

「そうね。……あんたの魔力の話でもしましょうか」


 メニーが苦虫を噛んだような顔をした。


「役立たずって思ってる?」

「訓練してるんでしょ?」

「してるよ」

「今ここのもの、全部浮かすことできる?」

「できるよ」

「あたしの髪の毛を解いて、結ぶこともできる?」

「……」


 ……風がどこからか吹いたかと思ったら、あたしのポニーテールがふわりと浮かんで……解かれて……ツーサイドアップにされた。


「メニー、それはいい」

「はーい」


 あたしの髪型がポニーテールに戻された。


「できるじゃない」

「んー……」

「土砂崩れにあったとき、なんでできなかったの? パニックになった?」

「……うん。そんな感じ」

「メニー」

「本当だよ」

「……」

「パニックになったら頭真っ白になって、なにもできなくなるの」

「……」

「完全に訓練不足です。精進します」

「……本当にそれだけ?」


 メニーがまばたきした。


「クレアが言ってた。あんたは自分よりも魔力を持ってるって」


 メニーが目をそらした。


「本当はいろんなこと出来るんでしょ?」

「……どうかな」

「オオカミ一匹、吹き飛ばすことくらいたやすいでしょ」

「……」

「……。なんで飛び込んだの」


 メニーが黙る。


「あんた、死ぬところだったのよ。わかってる?」

「……きいたよ。お姉ちゃんも飛び込んだって」

「記憶がない状態で混乱してたのよ。あれは正気じゃなかった。ねえ、あたしの話じゃないのよ。あんたの話をしてるのよ」

「……。あまり覚えてない」

「……」

「パニックになってたのかもしれない」

「……」

「……睨まないで」


 メニーが頬を膨らませた。


「お姉ちゃん、その顔やだ」

「自分のした行動、ちゃんと考えなさい」

「……」

「その力、……恵まれたものよ」


 絶対に手に入らない力。


「使えるもの使わないなんて、もったいないことだと思わない?」

「……」

「なによ。あのとき見てるのはあたしと、リオンと、えーと、ドロシーしかいなかったでしょ。いいじゃない。記憶のないあたしに見せるくらい、怖くないでしょう?」

「……」

「メニー、黙ってちゃわからないじゃない。答えなさい」

「……」

「メニー」

「……はーい」


 イラッ。


「なに? 反抗期? いいわよ。あたしにも考えがあるんだから。クロシェ先生に報告するからね。で、宿題を山ほどあんたに出してやるから」

「やだ! やめてよ! 今の課題だけでいっぱいいっぱいなのに!」

「そろそろダンス上達なさい。あんなの数よ、数」

「……ダンス嫌いなんだもん」

「ピアノばっかり弾いて」

「ピアノは好きなんだもん」

「本ばっかり読んで」

「教会にあった本、全部読めなかったな……」

「気がつけばキッチンに忍び込んでるし」

「この間、ケルドとケーキ作ったの」

「知ってるわよ。アメリとあたしで食べたじゃない」

「お母さまが怒ってたね」

「初めてよ。ママの分残さなかっただけで叱られたの」

「ふふふっ」

「……あんた、帰れなくなるところだったのよ」


 メニーが笑うのをやめた。あたしはため息混じりに言った。


「反省して」

「……」

「返事は?」

「……はい」

「……よろしい」


 あたしは背もたれに体重を乗せた。


「どうするのよ。アメリの結婚式があんたの葬式になってたかもしれないのよ」

「……それは、申し訳ないかも」

「かも、じゃないでしょ」

「はい」

「反省して」

「はい」

「……怪我は?」

「大丈夫。かすり傷程度」

「……そう」

「お姉ちゃんは?」

「体中痛いわよ。まったく。あたしは疲れを癒しに来たのよ。なんで毎回こんな目にあうわけ?」

「今回は……不意打ちだったね」

「あたしはもうどこにも行かないわ。聖域巡りもなしよ。もうしばらく部屋に引きこもってやる」

「お姉ちゃん……紹介所は?」

「……なんでそういうこと思い出させるの?」

「ごめんなさい」

「ああ! もう!」

「ごめんなさい……」

「やめてよ! あたしが怒ってるみたいでしょ!」

「怒ってるじゃん……」

「はあ! もう! 温泉に浸かりたい!」

「お互いぼろぼろだもんね」

「もういや! 家に帰りたい!」

「もう少しで帰れるよ」

「はあ!」

「なんか……ごめんね」

「謝らないでよ! あたしが悪いみたいじゃない!」

「でも、この調子だと……帰れるかな? 隣村につながる道は湖になってるし……」

「小型飛行機でどうにかするんじゃない? さっきからぶんぶん飛んでるわよ」

「そっか」

「はあ……」

「お姉ちゃん、その、……今夜は星祭だから、星空がたくさん見れるよ」

「……温泉に浸かりながら見たい……」

「……温泉……あるかな……」

「……そうだ。メニー、あんた作れないの? 魔力で」

「温泉は……無理じゃないかな……」

「わかった。……クレアに頼む」

「お姉ちゃん、そういうことじゃない」

「なによ。リハビリよ。リハビリ。今ならパニックになってないでしょ。使えるでしょ。ちょっとくらいいいじゃない」

「……精進します」

「……」


 あたしはテントの入り口を見た。


「……リチョウに会った?」

「……うん」

「……注射は?」

「どうなんだろう。打ったのかな?」

「……ジャンヌにお礼を言わないとね。面倒見てもらったし」

「……そうだね」

「……」


 包帯だらけのメニーがあたしを見ている。未来は変わった。メニーがリオンの元に嫁ぐことはない。


「……メニー」

「ん?」

「きいたことなかったわね」


 あたしはまっすぐ彼女を見た。


「将来、どうするの?」

「……。将来?」

「あたしはベックス家を継ぐわ。だからママがやってる事業はあたしが引き継ぐ。それと、前に説明したけど、仕事案内紹介所もあたしの会社だから、それもやる」

「……お姉ちゃん、やることがいっぱいだね」

「ええ。忙しくて仕方ない。……で、あんたはどうするの?」

「……んー」

「リトルルビィは騎士になるって」

「うん。頑張ってるね」

「クロシェ先生が言ってたわ。今の時代、女も仕事ができるんだから、結婚するだけなのはもったいない気がするって」

「そうだね。それは同意見」

「メニーはなにがしたいの?」

「……わたし?」

「ええ」

「……んー。……政治には興味あるかな」

「議員になるの?」

「そうだね。どう思う?」

「やめておきなさい。鬱になるわよ」

「お父さんの事業、手伝おうかなって思うんだけど」

「船会社?」

「うん。お母さまが受け持ってるやつ」

「……それがいいかもね」


 メニーの父親のものが、メニーに戻ってくる。


「ママに言っておいたら?」

「でも、まだよくわかってないから」

「ビジネスの勉強しておきなさい。経済とか、この国がどうやってお金が流れてるとか、そういうの、役に立つから」

「お姉ちゃん、どうやって勉強したの?」

「ビリーに教えてもらった」

「いいな」

「訓練のときに相談してみれば?」

「うん。しておく」

「……メニー」

「うん」

「結婚はまだしないの?」

「……わたし」


 メニーが困ったような顔をした。


「結婚、向いてないと思う」

「なんでそう思うの?」

「結婚生活とか、あんまり想像できないもん」

「経験してないことは想像できないものよ」

「そうかな」

「まだ14才だものね。たくさんパーティーに行きなさい」

「お姉ちゃんも行くでしょう?」

「あたし、忙しいから」

「お姉ちゃんが行かないなら行かない」

「こら」

「……リオンさまの誕生日だってそうだよ。お姉ちゃんがいなかったから、わたしすぐ帰ったんだから」

「……そうだった。その話してなかった。あんた、一時間で帰ったそうじゃない」

「つまんなかったから」

「リオンに挨拶はしたの?」

「して帰ったの」

「あんたね」

「お姉ちゃんは来なかったんだからいいでしょ。クレアさんと旅行に行くために仮病使って」

「仕方ないじゃない。朝早かったのよ」

「そうだよね。じゃあ言われる義理ないと思うけど」

「っ、……あんた……っ、今の、……あたしに向かって言ったの……!?」

「本当のことじゃん!」

「メニー!」

「お姉ちゃん、行ってないくせに怒らないで!」

「お黙り!」

「理不尽!」

「お黙り!!」


 メニーとあたしがにらみ合い、ふう、と息を吐いて、もう一度向かい合った。


「わかった。じゃあ、今度のパーティーは……あたしも行くから……ちゃんとダンスしてから帰りなさい」

「……ダンス嫌い」

「また言い争いたい?」

「わたしピアノのほうが好きだもん」

「いくつか招待状来てるんでしょう? 行ってみたら?」

「……この間のお茶会、楽しくなかった。お姉ちゃんとキッドさんのことばかりきかれた……」

「行かなくて正解だったわ」

「お姉ちゃんは断ってわたしばっかり参加して、理不尽だよ」

「仕方ないでしょ。あんたには相手がいないんだから」

「恋人いないからって参加しなきゃいけないの?」

「そうよ。交流を広く持っていい人を見つけるのよ」

「わたし、いらない」

「はあ。……メニー、この件は、また今度話しましょう。ママと一緒に」

「二人して集団リンチするの? 理不尽だよ。そういうの、いじめっていうんだよ」

「あんたの場合はちがうでしょ」

「クロシェ先生に報告するから」

「……一回進路相談してもらいなさい。いいアドバイスくれるから」

「……そうする」

「……」


(元気そうね)


 反省もしてるみたいだし、


(……いいわ。もう)


「じゃ」

「ん、どこ行くの?」

「まだ……クレアに顔見せてないから」


 あたしは立ち上がった。


「あいさつしてくる」

「お姉ちゃん、……ちょっとまって」

「ん?」

「いっこだけ、ききたいことがあるの」

「ききたいこと?」


 あたしは腕を組んでメニーを見下ろした。


「なに?」

「きいてもいい?」

「ええ。なに?」

「あのね、……えっと、……確認したいんだけど、記憶、戻ったんだよね?」

「ええ」

「じゃあ、……答えられると思う……」

「……なに?」


 あたしはもう一度、椅子に座った。


「なんの話?」

「えっと……忘れてること、ない?」

「忘れてること?」

「うん」

「……どうかしら。一回物知り博士には診てもらうつもりだけど」

「だったら」

「ええ」

「テリー」


 メニーが微笑んだ。



「ギロチン刑にされた気分はどうだった?」









 あたしはメニーの首を両手でしめつけた。








「……」


 ハンモックに押し付ける。


「……」


 メニーはにこにこ笑っている。


「……」


 天使のように笑っている。


「……」


 あたしはぐっと力を入れた。


「……」


 メニーはもっと微笑んだ。


「……っ!」


 あたしは片手でその首を掴んだまま、もう片方の手を上げた。そして振り下ろした。

 メニーの笑顔があたしを見つめる。

 その顔がいつまでも引っかかる。

 その笑顔がいつまでも頭に残ってる。

 呪いのように。

 その笑顔が。


「うん」

「宝箱にしまっておくね」



「ありがとう、お姉さま」



 その頬の寸前で、あたしの手が止まった。


「……っ、っ、……っ……!!」


 結局、なにもできない。


「……っ、……っ……」


 あたしは、目の前の女を、ただ、憎むだけ。


「……このっ……」


 怒鳴った。


「クソ女ぁぁぁぁあああああああああ!!!!!」


 走る音がきこえた。その音は、あたしの貼った張り紙関係なく、布をめくり、あたしがメニーに馬乗りしているのを見て、即座にあたしをメニーから引き剥がした。


「テリー!!」

「リオン! 離して!! そいつ! そいつっ!!」


 メニーが小さく咳き込んだ。


「ぶんなぐってやる!! 離して!!」

「テリー! おちつけ!!」

「よくも、よくも死刑にしてくれたわね!!」


 メニーが首をさすりながら起き上がった。


「お前が死ねばよかったのよ!! よくも! よくも! よくも!!」

「テリー!」

「離せって言ってるでしょ! その女! 絶対許さない!」

「テリー! テリー!!」

「離せええええええええええええええええええ!!!!!」

「なんだ、なんの騒ぎだ」


 キッドがひょいと布をめくった。メニーが苦笑した。


「みんなびっくりしてるよ。どうした?」

「ちょっと地雷を踏んでしまったようでして……」

「なにが地雷よ!!」

「兄さん!!」

「リオン、オオカミ一匹押さえつけられないのか?」

「リオン! いい加減にして!」


 あたしはリオンを睨んだ。


「離せっつって……」


 ――キッドにうなじあたりをぶたれた。


「っ」


 いきなりの衝撃に、あたしは白目をむかせ、急に力が入らなくなり――意識を失った。





「……なに?」


 倒れた婚約者を見て、キッドがメニーを見た。


「なに言ったの?」

「……」

「また姉妹喧嘩?」

「……そんなところです」

「しょうがないなー。もー」


 キッドが意識のない婚約者を担いだ。


「メニー、ちょっと落ち着かせたら寄こすよ」

「すみません」

「リオン、お前は修行不足。筋トレ増やせ」

「……今のは無理だって。はあ……。やばいって、今のは。はあ……。オオカミどころか、ふう……虎を押さえつけてる気分だった……」

「メニー、怪我は?」

「わたしはとくに」

「……首どうかした?」

「ああ、これは目が覚めたら元々あったものです」

「……ふーん」


 キッドがニッと笑った。


「そっか。じゃあ、またあとで来るよ」

「はい」

「ゆっくり休んで」

「ありがとうございます」


 キッドが婚約者を担いだままテントから出て行く。

 ……リオンが振り返った。笑みを崩したメニーは無表情で首をさすっている。


「……なにを言った?」

「かわいかった」


 リオンが顔を引きつらせた。


「きかれたくないこときかれたからって、首をしめにきて」


 頬を叩こうとしたみたいだけど、


「やっぱり、無理だった」


 ふふっ。


「かわいい」


 メニーが笑う。


「かわいい、テリー……」


 リオンがぞっと顔を青ざめる。


「だから好き」


 メニーが、幸せそうに首をなでる。


「愛してる。……テリー」


 その首には、愛しい人がつけた痕が残る。


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