第23話 交響曲第7番「灰かぶり姫の恋」





「メニー、いつだって誠実でありなさい。そうすれば女神アメリアヌさまがあなたを守ってくださるわ。わたしは天国からあなたを見下ろして、いつだってあなたの近くにいますからね」


 わたしにはお母さんの記憶がない。

 だけど、その言葉だけは覚えてる。


「メニーはやさしい子だな」


 お父さんの喜ぶ顔が好きだった。

 いいことをすれば、お父さんが喜んだ。

 人に親切にすれば、みんなが喜んだ。

 その笑顔が好きだった。

 感謝されると、わたしもすごく嬉しかった。


「お父さん、わたしね、大きくなったら人のためになる仕事がしたい」

「メニー、お前はほんとうにやさしい子だ。お父さんは、メニーが誇りだよ」


 お父さんの職場は色々あった。

 わたしは子供ながら、色んな国を見てきた。

 そして、お父さんは再婚した。

 わたしに、新しいお母さんができた。

 二人のお姉さんができた。


 お父さんが死んだ。


「なんて卑しい娘なの!」


 わたしは自分の人生を呪った。

 お母さまは、わたしを娘だなんて思ったことはなかったのだと理解できた。

 お父さんと結婚したのもお金が目当てだった。


 わたしは子供ながら理解した。


「エントランスホールを掃除なさい」


 使用人のみんなは、そんなわたしに同情した。親切にしてくれたけど、親切にした人たちが解雇されていった。

 どんどん味方がいなくなる。

 わたしは不安に駆られた。

 屋根裏部屋での生活は最悪だった。冬は寒い。夏は暑い。でも義姉たちは快適そうだった。なにかあったらベルで呼ばれた。寝不足がつづく。わたしは体力の限界がきていた。


 倒れそうになった。




「あたし、なんだか眠くなってきたー」




 一人の義姉が、ドアにカギをかけた。


「あたし、一時間寝るから、あんた、ベッドで見張ってて」


 一人の義姉が、わたしの横にタイマーを置いて、自分はソファーで横になった。


「ふーう」


 そして、すやすや眠り始めた。


「……」


 なにもすることがない。ドアにもカギがかかってて、だれも入ってこれない。


「……」


 わたしはベッドで休んだ。気がつくと、タイマーが鳴っていた。


「あと五分……」


 一人の義姉が起きる前に、わたしは起きた。


「ふわああ」


 一人の義姉が、わたしが起きたのを横目に見ながら上体を起こした。


「メニー、掃除はいいわ。もう行って。目障りだから」

「はい。テリー」

「あ、それとこれ」

「え?」

「リサイクルに出しておいて」

「はい、テリー」

「もう行って」

「はい、テリー」


 わたしはすっきりして部屋から出て行った。リサイクルと言われて渡されたものは、開封されてない目を暖めるカイロだった。


「メニー、ダンスに付き合って」

「はい、テリー」


 舞踏会が近くなれば、ダンスに付き合わされた。何度も何度も踊らされて、なぜか、一人の義姉がいつも男役だった。


「メニー、ドレス選んで」

「はい、テリー」


 一人の義姉はいつもわたしにドレスを選ばせていた。おかげで人によって似合うドレスが違うことを知った。


「メニー、あたしに読み聞かせして」

「はい、テリー」


 わたしはクロシェ先生から教わった知識のなかで本を読んだ。読めない字があれば一人の義姉から指摘されたから、おかげで字は完璧に読めるようになった。


「メニー、あたしの食事が終わるまでここにいて」

「はい、テリー」

「食事姿も見てて。あたし、きれいに食べれるの」

「はい、テリー」


 毎朝、義姉の食事姿を見ていたから、テーブルマナーを忘れることはなかった。


「メニー、リサイクルに出して」

「はい、テリー」

「メニー」

「はい、テリー」

「これ持って」

「はい、テリー」

「それ捨てて」


 ヴァイオリン。


「……」

「もういらないの」

「……」

「捨てて」


 義姉はこっちを向かずにオルゴールを眺めている。


「あたし、お買い物で忙しいから、もういらないの」

「……テリー」


 義姉はオルゴールを見つめるだけ。


「じゃあ、最後にききたい曲があるの」

「あたし、もう弾かない」

「ナイチンゲールのワルツ」


 義姉は振り向かない。


「最後にききたい」


 義姉は、面倒くさそうにため息を吐いて、手を伸ばした。わたしはヴァイオリンを彼女に渡した。彼女が椅子をこっちに向けて、楽譜も見ずに、ヴァイオリンをいつものように構えて、美しい音色を奏でた。


 その音がとても魅力的な音で、

 その音を出している彼女はすごく楽しそうで、

 その音をきいてるわたしはすごく癒されて、

 ナイチンゲールがワルツを踊る。

 演奏が終わる。

 彼女は、やっぱり迷い始めた。


「お姉さま」


 わたしは床に膝をついて、彼女の膝に手を当てて、見上げた。


「もう少し……持ってたら?」

「……」

「演奏、……またききたい」

「……しょうがないわね……」


 ヴァイオリンは、いつまでも捨てられなかった。


「メニー」


 毎年同じの日の夜中。


「ハッピーバースデー」


 一日だけ、ほんの数分だけ、わたしの元に魔法使いが現れる。そっと、眠るわたしの額にキスをする。去年はほっぺだった。その前はまぶただった。そのくちびるはいつだってやわらかくてあたたかい。


 ドアが閉められた音がして、目を開けると、部屋にはプレゼントが置かれていた。それは手荒れを治す薬だったり、風邪薬だったり、化粧水だったり、お人形だったり、……わたしへのプレゼントだった。


「見てよ。テリー、メニーが灰だらけで掃除してる!」

「ぷっくくくく!!」


 笑いながらあたしを見下ろす義姉たち。部屋を掃除しに行くと、一人の義姉はあたしに命じた。


「部屋が変なにおいするの。換気してくれない?」

「はい、テリー」


 わたしの灰が外に飛ばされた。


 この屋敷に、魔法使いはたしかに存在したの。


「メニー」

「はい、テリー」


 テリーは、この家で一番意地悪。


「メニー」

「はい、お姉さま」


 意地悪な救世主。


「メニー、それリサイクルに出して」

「はい、テリー」


 救世主は魔法使い。


「メニー、あたし寝るからいつもみたいにベッドで見張ってて」

「はい、テリー」


 魔法使いはいつも美しかった。


「メニー、ダンスに付き合って」

「はい、テリー」


 わたしは憧れた。


「メニー」


 その声で呼ばれるだけで、


「はい、テリー」


 胸が、弾いた。





「世界は終焉へと向かってる」





 リオンさまがわたしに言った。


「最近、事件が多いだろ。みんな呪われているんだ」

「……」

「ぼくがおかしいと思うだろ? そうさ。ぼくはおかしいんだ。ぼくも呪われてる。久しぶりだよ。正気に戻れたのは」


 わたしはリオンさまの足元を見た。そして、目を疑った。リオンさまの影がおかしいほど揺れていたから。


「なにかが世界を終わらせようとしている。呪いは国から侵食し、今や世界全体に広がっている。このままだと、世界が終わり、ぼくらも死ぬ」

「……」

「力を貸して欲しい」


 ぼくが正気であれば、適切な指示が出せる。


「その根拠は?」

「死んだ姉が残した記録がある。全て、その呪いのことが載っている」

「死んだ……姉?」

「姉さんはその存在を発表されることなく亡くなったんだ。だからだれも知らない。家族以外、だれも」

「……」

「提案がある。どうだろう。ぼくと結婚をしたふりをしてくれないか? 城に来てもらって、君の力を借りたい」

「……」

「頼むよ。不思議なことに、君のそばにいるとぼくは正気でいられるんだ」

「……条件があります」

「条件?」


 わたしは条件を伝える。リオンさまは最初目を丸くした。しかし、わたしの話を聞くと、強い眼差しでうなずいた。


「わかった。約束は必ず守ろう」


 リオンは承諾した。

 だからわたしは覚悟を決めた。

 テリーが包丁をわたしに向けた。


「動かないで!」


 わたしを恨めしそうににらんでくる。


「ほんとうに刺すわよ!」

「いいよ」


 ショックだよね。そうだよね。


「なめないで! あたしは本気よ! よくもリオンさまを誘惑してくれたわね!」

「あの人、……テリーが言うほどいい人じゃないよ」


 呪われた王子さまだなんて、ろくな人じゃない。


「っ、ぐ、っ、こ、この、リオンさまを悪く言わないで! お前が全部悪いくせに!」


 世界は終焉に向かってる。その話がほんとうなら、なにをしたってだめなんじゃないだろうか。だったら、今ここで、テリーに殺されたほうが幸せなんじゃないかな。わたしはこの時、ほんとうにそう思えてきたの。


「殺してやる! お前なんて殺してやる!」

「いいよ」


 テリーに殺されるなら、


「どうぞ」

「っ」

「テリー、ほら」

「や、だから、ほんとうに……!」

「うん。いいよ」

「ほんとうよ! 本気で!」

「こわいの?」


 しょうがないな。テリーは。


「いいよ。手伝ってあげる」

「えっ」


 わたしはやさしくテリーの手首を握った。


「あ、あ……メニ……」


 大丈夫。すぐおわる。


「や、やめ……っ」


 テリー、いいよ。


「や、やだ、やだ!」


 刃がわたしに刺さる前に、


「いやあああああああああああああああ!!!!」


 テリーがわたしを蹴飛ばした。包丁は部屋の隅へ投げられる。驚いてまばたきすると、テリーがおびえて体を震わせていた。


「……テリー」

「ひっ……はっ……ひっ……」

「大丈夫。こわくないよ」


 わたし、テリーならいいよ。

 知らない人と偽造結婚して世界の終焉を阻止するなんて難しいことするくらいなら、今、ここで、テリーに殺されたほうがいい。


「ほら、やって」


 テリーの両手をわたしの首に誘導する。


「テリーならいいよ」


 テリーが口を震わせる。


「テリー」

「いやっ」

「テリー」

「やだ」

「大丈夫。ちょっと絞めるだけだよ」

「やだ……」

「わたしが憎いでしょう?」

「あ、あたし……」

「いいよ」

「や……」

「やって」

「いやっ!!!!!!」


 また突き飛ばされた。テリーが部屋の隅に逃げた。わたしはもう一度テリーを見た。


「テリー」

「なんでよ!」


 テリーは悲痛な声で怒鳴る。


「なんであんたが、あたしの妹なのよ!!」


 うん。なんでだろうね。


「あんたが美人だから、ママが嫉妬したのよ! あんたの出来が悪くて、ブスで不器用で、どうしようもないグズだったら、ママだって同情した! こんなことにはならなかったのよ!!」


 出会いがもう少し違ったら、もうちょっと違ったのかな。


「あんたが妹じゃなかったら、あたしは家族とあんたで板挟みにはならなかった! あんたがもっと悪い女だったら、あたしだって罪悪感なんか抱くことなくあんたをいじめられたのよ!! ぜんぶぜんぶぜんぶ、ぜんぶお前のせいよ!!!!!!!!」


 テリーが泣き叫んだ。


「うわあああああああああああああああああああん!!」


 テリーはいつだってそう。

 優しくて甘い。

 そしてすごく弱い。

 だから守ってあげないといけない。

 テリーはわたしを守ってきた。

 今度はわたしの番。

 だめだな。わたしったら。この現実から逃げて、テリーを置いていくところだった。


「テリー、……ごめんね」


 テリーを置いていこうとして。


「つらかったよね」


 わたしがテリーを守らなきゃいけないのに。


「わたし、テリーのがんばってる姿、ずっと見てたよ。リオンさまに好かれようとして、いっぱいお化粧して、きれいなドレスを着て。どんなに素敵でかっこよくて、評判が良い人からお誘いが来ても全部断ってたでしょ。リオンさまが好きだから」


 テリー、テリー、わたしの大切な人。


「そういう一途なところ、心からほんとうにすごいことだと思う。テリーは、わたしの憧れ」


 大丈夫。


「わたしはテリーを見捨てたりしない」

「……メニー」


 テリーの震える手がわたしに触れる。


「メニー……」

「大丈夫。テリーを置いてったりしない。わたし、ずっとテリーと一緒にいる」


 テリーがわたしに抱きついた。


「大丈夫だよ。テリー」


 だからわたしもテリーを抱きしめ返す。


「わたしはだれのものでもない。わたしはテリーのもの」

「メニー……」

「ずっと一緒にいよう」


 大丈夫だよ。


「テリーはわたしが守るから」


 テリーを守れるのはわたししかいない。テリーを守らなきゃ。


「ね?」

「……うん」


 テリーが言った。


「……明日が最後の日よ。明日、23時59分を過ぎて、0時になったら……ここを出ましょう」

「……うん」

「……遠くの田舎に行きたいわ」

「……そうだね。没落……するだろうし」

「……移動費は心配ないわ。……少しだけへそくりを残してるの」

「うん。……わたしもテリーからもらったものを売って、少しならお金があるの」

「……」

「行くなら……カドリング島にも行けるかもしれないよ?」

「……あそこは……もういい」

「……そう?」

「……うん」

「そっか、じゃあ……」


 わたしは安心させたくて、テリーの両手をしっかりとにぎりしめた。


「遠くの田舎に行こう」

「……うん」

「テリー、ずっと一緒にいようね」

「……うん」

「わたしたち、これからはずっと仲良くできるね」

「……そうね」

「手を握っても、見つめ合っても、誰も何も言わない」


 わたしとテリーが額を重ね合わせた。


「テリー」

「メニー」

「ずっと一緒だね」

「ええ。ずっと一緒にいられるわ」


 テリーとずっと一緒。王子さまじゃない。王子さまなんていらない。わたしにはテリーしかいらない。世界の終焉なんてどうでもいい。


「姉妹として一緒にいたって怒られないわ」

「灰をかぶることもない」

「メニー、きっと素敵な未来が待ってるわ」

「楽しみだね。お姉さま」

「メニー」

「大丈夫。そばにいるから」

「メニー……」

「大丈夫。リオンさまなんて忘れて」

「メニー……」

「あの人、見る目がないんだよ。酷い男」

「……っ」

「泣かないで。テリー。テリーが泣いたら、わたしも悲しくなっちゃう」


 テリーを泣かすなんて、リオン殿下は酷い男。


「お願い。テリー」


 わたしならそんなことさせない。


「泣かないで」


 わたしはテリーを泣かせない。


「笑って」


 テリーとくちびるが重なった。





 お父さんの喜ぶ顔が好きだった。

 いいことをすれば、お父さんが喜んだ。

 人に親切にすれば、みんなが喜んだ。

 その笑顔が好きだった。

 感謝されると、わたしもすごく嬉しかった。


 今は、


 テリーが笑顔でいることがなによりも嬉しかった。

 テリーの笑顔を見るだけで、今までの苦労が消えていった気がした。

 テリー。

 わたしの愛しい人。

 テリー。

 わたしだけのテリー。

 これからずっと一緒にいられる。

 テリー。

 わたしが守ってあげる。

 世界の終焉が訪れたってかまわない。

 ずっと一緒に。

 最期のときまで。

 なにも怖くない。

 テリーが笑ってくれるならなんでもいい。

 わたしね、

 あのね、

 テリーが大好き。

 わっ、

 言っちゃった。

 恥ずかしい。

 でも何度でも言いたいの。

 テリー、大好き。

 テリー、あのね、わたし、テリーが好き。

 好きなの。

 テリーのそばにいるだけで幸せになっちゃうの。

 お金なんていらない。

 お腹は空くけど、テリーの笑顔を見たら満たされる。

 王子さまなんていらない。

 テリーが笑ってくれたらそれでいい。

 テリーの手、やわらかいな。

 テリーの寝顔、可愛いな。

 テリーって、お花みたいに笑うよね。

 わたしまで笑顔になっちゃうの。

 テリー、大好き。

 名前も、存在も、声も、全部好き。

 テリー、わたしね、今ね、すごく幸せ。

 テリーと一緒にいられるだけで、こんなに嬉しいなんて。

 だめだなあ。もう。

 テリーといたらにやけが止まらないの。

 わたしったら馬鹿みたい。

 テリーが目の前にいるだけなのに。

 テリーとキスしちゃった。

 くちびる、やわらかかった。

 えへへ。

 テリー、

 これから、

 ずっと、

 一緒。

 わたし、

 テリーと、

 死ぬまで、

 この身が消えるまで、

 ずっと、ずっと、ずっと、


 一緒にいられるんだね。



















 とても、晴れた日だった。

 懐かしいドアには、差し押さえと書かれたテープが貼っていた。


「……」

「これはこれは、王妃さま!!」


 管理人が笑顔でやって来た。


「お話はうかがっております! なかへどうぞ!」

「ありがとうございます」


 もうこの屋敷に住んでる人はいない。

 忘れていった荷物がないか見たいと言ったら、リオンが話を通してくれた。

 わたしはついてきてくれたバドルフに振り返った。


「ここで待ってて。先生」

「大丈夫かい?」

「ええ。平気」

「さあ、どうぞ」


 管理人がドアを開けた。わたしは一人でなかに入る。なかはきれいに片付けられていた。


(わたしが掃除したエントランスホール)

(わたしが掃除した部屋)

(わたしが掃除した廊下)


 足が止まった。裏庭にはまだあの木が残っていた。


「……」


 わたしはだれもいない廊下を歩いた。家具はそのままになって残っている。食器棚は空っぽ。棚のなかも、ほとんど残ってない。これは片付けられたわけじゃない。


(売って、生活してたんだろうな)


 わたしの意識がもどらない間に、


(苦しかっただろうに)


 階段をのぼる。三階にたどりつく。部屋が並んでいる。わたしは一直線に目的の部屋に向かった。


(テリー)


 テリーの部屋のドアを開けた。


「……」


 そこには、変わらないテリーの部屋が残されていた。


(あ)


 ヴァイオリンが残っている。差し押さえのテープでぐるぐるに巻かれて。


(……)


 わたしはそのテープを破り、乱暴に地面に投げた。


「……」


 わたしは周りを見回した。テリーの部屋の家具たちが残されている。本棚には、一冊も本が残ってなかった。


「……」


 わたしはテリーの机を眺めた。お姫さまが飾られたオルゴールが残されている。引き出しを開けてみた。


(ん?)


 ノートが残されている。


「……これは……」


 わたしはノートをめくってみた。


 ――あい、らぶ、リオンさま!


「……日記」


 ――やっとリオンさまに会えるわ!


「ふふっ」


 ――ああ、リオンさま! あたしの運命の人! ちゅっ♡ リオンさまにとどけ。この想い♡


「……」


 わたしはページをめくっていき――目をとめた。



 ――リオンさま、


 この日記が読まれている頃、おそらくこの家は差し押さえとなり、あたしたちは生まれ育ったこの家から出ていった後でしょう。


 あなたは、あたしが憎いでしょう。最愛の方に意識不明の重態を負わせたあたしを許すことなど、到底できないと思います。

 メニーの目が覚めて、心から安堵したことでしょう。


 そんなあたしからではございますが、このメッセージを残させてください。


 どうかメニーを幸せにしてあげてください。


 彼女は、この屋敷でひどい目にあってきました。

 これからの光り輝く未来を、あの子に与えてやってください。

 こんなこと、あたしに言う権利はありません。わかっております。

 ですが、申し訳ございません。

 愛しいリオンさま、あたしが大切にしてきたあの子をよろしくお願いいたします。


 テリー・ベックス



 ……ふと、引き出しの奥に、紙と紙の下に、もう一つノートが残っていることに気づいた。わたしはそのノートを引っぱる。


 四つ葉のクローバーのノートにはこう書かれていた。

『田舎でのスローライフ計画表』


「っ」


 わたしはそのノートを開いて――トラブルバスターズの計画表が続いていて――最後のページを見て――言葉を失った。



 リオンさま、


 申し訳ございません。

 どうか、あたしたちをさがさないでください。


 あの子はあたしが連れていきます。



 震える手が、ノートから離れた。窓から風が吹いた。最初のページに戻った。ノートの表紙の裏に、きちんとしたノートの名前が書かれていた。



『メニーと田舎に行く計画表』


 トラブルバスターズ計画!

 ・貯金をしよう!

 ・遠くの田舎!

 ・教会!

 ・近くにおばあさん!

 ・ミルクを届けるの!

 ・悪いやつが現れたら変身!

 ・あたしとメニーは、仲良しな姉妹!

 ・リオンさまが来るまで、貴族であることは隠すの!

 ・ああ、リオンさま大好き。


 うっとり♡




「うそつき!!!!!」


 リオンの胸倉を掴んで、怒鳴る。


「守るって言ったくせに!!」


 リオンは顔を青ざめるだけ。


「テリーはどこに行ったの!?」

「メニー……」

「早くさがしてよ! テリーはどこ!!」

「ぼくは……」

「約束がちがう!!」

「わかった、わかったから……」

「早くテリーを見つけて!! 早くして!!」


 わたしは叫ぶ。


「テリー!!」


 わたしは泣き叫ぶ。


「テリーーーーーーーーー!!」


 わたしの声だけが残る。


 テリーは、どこにもいない。











(*'ω'*)(*'ω'*)



(*'ω')('ω'*)



(*'ω'*)-oo-(*'ω'*)








 彼女の手を握り締める。


 もうぜったい離さない。


 わたしが守る。


 次こそ、


 次こそは、




「幸せになろうね。テリー」




 わたしは体中の魔力を解き放ち、その身を滅ぼし、やがて、



 宇宙は一巡された。


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