第22話 真実の愛


 目の前に、紫の魔法使いが現れた。


「お前の言うとおりさ。真実の愛なんてものは存在しない。愛っていうのは、人間からできる一種の感情」


 真実の喜び。

 真実の怒り。

 真実の哀しみ。

 真実の楽しみ。


「そんなものないだろう?」


 真実の愛。


「んふふ! 愛に関してなぜこんな単語が出来てしまったんだろうね? そんなものがないことは、大人はわかっているのに子どもにこう囁くのさ。真実の愛は存在するのよ。だから心をきれいにしなさい。思いやりを持ちなさい。そうすればいつかきっと王子さまが迎えに来てくれるからね」


 あたしを迎えに来たのはギロチン。


「大人はうそつきだ。子どものお前は騙されちまったのさ」


 紫の魔法使いがあたしの頭をなでた。


「可哀想に。可哀想に」


 あたしは涙を流した。


「可哀想に。お前はなんて可哀想なんだ」


 紫色の手が、輝かしいものを見せた。


「これをお舐め」


 それはとんでもなく魅力的な飴だった。


「これを舐めたら、お前の願いが叶うよ」


 なんてきれいな飴なのだろうか。


「真実の愛がほしいかい?」

「メニーになりたいかい?」

「これをお舐め」

「そうすれば願いが叶うよ」

「手に入るんだよ」

「真実の愛も」

「メニーが感じる幸せも」

「ずっと願っていた願いを叶えてあげよう」

「長年苦しんでいたことが」

「これで全てなくなるよ」

「さあ、トゥエリー」

「お舐め」


 あたしは飴を両手で受け取った。

 可愛い飴はあたしの両手のひらで転がる。

 これさえあったら願いが叶う気がした。

 あたしの欲望、祈り、願い、簡単に叶う気がした。


「さあ、お舐め」


 紫の魔法使いは囁く。

 あたしは飴を見つめた。

 なんて素敵な色。

 その存在に魅入られる。

 美しい。

 クリスタルみたい。

 きれい。


 腕を上げる。水を飲むように、あたしは口をあけ、手を傾けた。


 飴さん、飴さん、

 あたしの願いを叶えておくれ。

 どうか、どうか、

 あたしを幸せにしておくれ。

 どうか、どうか、

 真実の愛を与えたまえ。

 どうか、どうか、


 あたしを、


 メニーにしてください。



「……」



 あたしの手が、口に飴を入れる寸前で止まった。


 紫の魔法使いがあたしを眺める。あたしは固まったまま動かない。時計の針が止まった。歯車が止まった。


「……」


 あたしは手を口から離した。もう一度願いの叶う飴を見て、……言った。


「やっぱり……やめておきます」


 紫色の目がまばたきした。


「真実の愛は存在しない」

「だったらメニーになったところで変わらない」

「というか」

「あたし、……あの子にはなれない」


 あたしは魔法使いさまを見た。


「見かけだけメニーになったって、なんの意味もない」

「中身がメニーに侵食されたら、それは、あたしじゃなくてメニーだわ」

「メニーが幸せになったって、それはあたしが幸せになったとは言えない」


 メニーという人物。

 彼女がいる限り、あたしがどんなに姿を変えたって、自分がメニーになったって、本物のメニーには勝てないし、絶対にメニーに生まれ変わるのなんて不可能。メニーのおしとやかさ、仕草、美しさは自分がどんなに願っても手に入らない。


 それはメニーが他人だから。

 わかってる。

 だから、あたしは、メニーに憧れる。

 メニーは、あたしではないから。

 あたしは、あたし以外に憧れる。

 あたしは、他人に憧れを持つ。

 あたしがメニーにしまったら、それはもう、憧れではない。

 メニーとして幸せにならないといけない。

 あたしはきっと、また苦しむことになる。

 メニーなのに、どうして幸せになれないのって、繰り返す。

 あたし、わかるの。


 今までだってそうだったから。


「やっぱり、いいや」


 あたしは腕を伸ばした。


「いらない」


 あたしは飴を地面に落とした。飴がころころ転がった。

 魔法使いさまがそれを見て、黙り、じっとして考え、あたしを見た。あたしは黙りこくる魔法使いさまに謝った。


「ごめんなさい。……やめておきます」

「なぜだ」


 魔法使いさまが言った。


「変だね」


 魔法使いさまがあたしをじっくり見た。


「妙だね」


 時計の針がばらばらに動き出す。


「その声も、その髪の色も、その魂も、全く同じ形だ。わらわの魔法にかからないのも、全てお前がトゥエリーであるからでこそ。……だが、妙だね。魂はたしかにトゥエリーのものなんだ。でもどうしてだ。どうしてお前には魔力がない? ただの人間のように魔力がない。だのに、わらわはお前になにもできない。気に入らないのが、クレア姫の命を奪おうとした六年前から、わらわの行く先に必ずお前が現れる。仲間を率いてわらわの邪魔をする」


 消えてなくなる前にトゥエリーはなにをした。あいつはわらわの分身だ。脳はないが知識がある。さて、なにをやらかした。なにかをしたんだ。


 トゥエリーは、ネコに魔力を残した。


 トゥエリーは、そばにいた『だれか』になにかをした。


「お前」


 紫色の目が歪んだ。


「もしや……」






 魔法使いさまの後ろから、左右の手がぬるりと伸びた。


 そして、魔法使いさまの頭を両手で握りつぶした。


 ぶちゅっと音がした。


 魔法使いさまの頭がトマトのように潰れて、血が噴水のように飛び出した。


 あたしはぽかんとした。


 魔法使いさまの頭を潰したメニーは、返り血だらけになっていた。


 メニーの美しい金髪が血の色と混ざって、ぐちゃぐちゃになって、色が混同した。




 魔法使いさまの潰れた頭のなかから、細くて小さな白い手が高く高く天に向かって伸びた。そして、メニーをめがけて一直線に落ちてきた。


 メニーがまばたきした。


 細くて小さな白い手が切断されて、メニーに赤い雨が降った。


 しかし白い手は、魔法使いさまの潰れた頭からどんどんわいて出て伸びてくる。そのたびにメニーにめがけて突っ込んでくるが、メニーに近づこうとすると、全ての手が切断されてしまう。


 血が降る。メニーの髪の毛を濡らす。

 血が降る。メニーの顔を濡らす。

 血が降る。メニーの肌を濡らす。

 血が降る。メニーの服を濡らす。

 血が降る。血が降る。血が降る。血が降る。血祭りだ。


 切断された腕が地面に転がる。

 黒と緑が混じった赤い花が周囲に美しく咲く。

 白い腕から出された血が排水口に流れていく。

 そこから芽が出て膨らんで花が咲いた。


 メニーが、笑顔であたしの前に立っている。


「大丈夫? テリー」


 腕が伸びてきた。切断された。


「怖くないからね」


 赤い雨が降る。


「大丈夫だからね」


 魔法使いさまの潰れた頭の中から白い腕が伸びて、今度はあたしにめがけて突っ込んできた。それも切断されて血を飛ばした。あたしに付着した。


「テリーのことはわたしが守るから」


 メニーが手を伸ばした。


「テリーはわたしのそばにいて」


 メニーの血だらけの指が、あたしの頬にくっついた。


「約束したもんね?」


 メニーは、


「ずっと一緒にいようって」


 笑顔だ。


「わかってるよ。テリーは」


 突っ込んできた白い腕が切断された。


「わたしを守るためにわたしを刺したんだよね?」


 メニーが腹部から血を流す。


「わたし、わかってるよ」


 血が流れる。


「だから怒ってないよ」


 赤が、


「テリーはわたしを愛してる。だから、わたしもテリーを愛してる」


 赤が、


「わかってるよ」

「怒ってないよ」

「わたし、テリーのことはなんでもわかるの」

「愛してるから」

「だれよりも」

「なによりも」

「テリーが一番愛してるのは」

「わたしのことだけ」

「知ってるよ」

「わかってるよ」

「テリーのことを理解してるのはわたしだもん」

「テリーの味方もわたしだけ」

「テリーが愛してるのもわたしだけ」

「テリーが求める無償の愛を」

「真実の愛を」

「テリーにあげられるのは」

「わたしだけ」

「テリー」

「真実の愛は存在するよ」

「安心して」

「うそじゃないの」

「真実の愛はここにあるの」

「わたしがいる」

「テリーには、わたしがいるから、安心して」

「幸せにしてあげる」

「これからはずっと一緒だから」

「わたしたち、ずっと一緒だから」

「……幸せになろうね」

「テリー」


 メニーが大切そうにあたしを抱きしめた。



(*'ω'*)



 彼女は、愚かな女である。

 彼女は、義姉以上にバカな女である。

 彼女は、とても一途な女である。

 彼女は、愛深き女である。


 彼女は、愛している。


 だれよりも、なによりも、どんな素敵なものよりも、どんなに魅力的なものよりも、


 メニーは、テリー・ベックスを愛している。


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