第26話 テリーの花よ、どうかその日を思い出さないで。




「テリー」


 目を覚ます。

 あたしは、自分の部屋のベッドにいた。


(……あれ?)


「おはよう」


 目の前に、メニーがいる。


「朝食、ここにおいておくね」

「……」

「テリー?」


(なんで、あたしここにいるの……?)


 今日は、あたしの死刑の日じゃ……。


「どうしたの? テリー」

「……」

「……今日は風邪気味みたいだね」


 メイド服のメニーに額を触られた。


「うん。すごく熱い」


(風邪気味……)


「体、だるくない?」


(……ああ、そういえば、……すごくだるい……)


「お母さまとアメリアヌが旅行から帰ってくる前に治ってるといいね」


(……旅行……? そうだっけ……?)


「朝食、食べれる?」


 メニーがスープをすくって、あたしにスプーンを向けた。


「はい」

「……なんで……」

「え?」

「王妃の……あんたが……ここにいるの……?」

「……? なんのこと?」

「あたしは……死刑になるんでしょ……?」

「……おかしな夢でも見たの?」


 あたしは眉をひそめるが、メニーは淡々とつづける。


「テリーは、ずっとこの屋敷で暮らしてるでしょ」


 ……そうだっけ?


「なかなかいい人に会えなくて、結婚しないで、ずっと屋敷にいるでしょ」

「……そう……だっけ……?」

「テリー、具合悪いんだね。記憶が朦朧としてるみたい」


(……そうだったかもしれない)


「……でも、じゃあ……リオンさまは……だれと結婚したの……?」

「なに言ってるの? リオンさまは隣国のお姫さまと結婚したでしょ」

「……」

「あの夜、テリーはすごく泣いてた。わたしが慰めたこと……忘れたの?」

「……」

「ギルエドさまも実家に帰ってるし、お母さまとアメリアヌは旅行中。だからね、屋敷にはわたしとお姉さま、二人しかいないの」


 メニーが笑顔で言った。


「二人で、ケーキつくらない?」

「……いいわね」


 あたしは起き上がった。


「つくる……」

「お姉さま」


 ふらつく体を、メニーが支えた。


「大丈夫」

「無理はしないで」

「二人きりなんてなかなかないもの」


 鏡には布が被ってる。窓はカーテンで閉められている。あたしの視界には、メニーしか見えない。


「メニー、あたしのドレス着ない?」

「いいの?」

「今日だけよ」

「ありがとう。お姉さま。お姉さまは、どのドレス着る?」

「……ドレス」

「お姉さま?」

「なんだか、……久しぶりに着る気がするわ」

「うふふ。昨日も着てたのに、変なテリー」


 メニーがそう言ってあたしから離れて、あたしの部屋のクローゼットを開けた。そこには、間違いなくドレスが並んでいた。


 メニーがあたしにドレスを着せ、髪の毛をすいた。

 メニーもドレスを着て、あたしの手を引っ張った。


「お姉さま、ケーキなんて作れるの?」

「ばかにしないでくれる? あたしはね、リオンさまのためにケーキ作りだってやってたんだから」


 あれ、でも、


「……どうつくるんだっけ……?」

「お姉さま、今日は体調が悪いんだから、無理しないでわたしとやろう?」

「……ええ。そうね」


 あたしはメニーとスポンジを作って、生クリームを作って、ケーキに乗せた。たくさんのかざりつけをして、可愛く愛しく仕上げるの。


「どう? メニー。あたしのセンス!」

「わあ、すてき!」


 そして、ワインを出して、一緒に食べる。


「……あたし、ちゃんとしたワインを飲むの、初めてな気がする……」

「なに言ってるの。お姉さま、いつも夜に飲んでるじゃない」

「……そうだっけ……?」

「ほら、食べて」

「……っ」


 ケーキを食べて、目が丸くなる。


「美味!」

「おいしいね!」


 子どものように二人でケーキを食べる。ワインを飲んで、ほろ酔い。


「ふう。なんだか手がさびしくなってきたわ」

「お姉さま、チェスをして遊ばない?」

「あんた、ルールわかるの?」

「だれが教えたと思ってるの?」

「……そうだったわね」


 あたしはメニーとチェスをして遊んだ。


「メニー、ヒマつぶしにヴァイオリンを弾いてあげるわ。なにがききたい?」

「じゃあ、わたし、あの曲が聴きたい」

「しょうがないわね」


 あたしは演奏した。


 ド、はドーナッツのド。

 レ、はレチェ・フリータ。

 ミ、はミンスパイのミ。

 ファ、はファッジのファ。

 ソ、はソルベのソ。

 ラ、はラスクのラ。

 シ、はシャルロット。

 さあ、復唱しましょ。


「ありがとう」

「次はなにがいい?」

「それじゃあ、……童謡がききたい」

「しょうがないわね」


 あたしは演奏した。


 ポケットの中にはクッキーが一つ。

 ポケットを叩くとクッキーが二つ。

 もうひとつ叩くとクッキーが三つ。

 叩いてみるたびクッキーが増える。

 皆で食べよう魔法のクッキー。

 皆で食べようおかしなクッキー。


「ありがとう」

「ふん。……次はなにがいい?」

「うふふ、それじゃあね……あれがいい」

「あれね」


 あたしは演奏した。


 おとぎ話の王女でも 昔はとても食べられない

 チョコアイスクリーム ミルクアイスクリーム

 わたしは王女ではないけれど

 簡単にアイスを召し上がる

 スプーンですくって ひやひやひや

 舌にのせると とろとろりん

 忘れられない 甘いアイスクリーム 


「ありがとう」

「次は?」

「それじゃあね」


 メニーが言った。


「ナイチンゲールのワルツがいい」

「……あれ?」

「わたし、お姉さまの演奏で、一番好きなの。歌詞も覚えたんだよ?」

「じゃあ、セッションしてみる? あたしが弾くから、メニーが歌って」

「えー」

「できるでしょう? 命令よ」

「……はい、テリー」


 あたしは演奏する。メニーはそれに合わせて歌った。



 お菓子はいかが? ナイチンゲール

 お歌はいかが? ナイチンゲール

 ダンスはいかが? ナイチンゲール

 一緒に歌い踊りましょう


 さあ 歌って ナイチンゲール お前が歌えば 朝に月

 さあ 踊って ナイチンゲール お前が踊れば 夜に日


 ララララ ララララ 歌うの ナイチンゲール

 楽しい愉快な お菓子のワルツ

 ララララ ララララ 踊るの ナイチンゲール

 お菓子を食べた あの子が はにかんだ


 お菓子は食べたの? ナイチンゲール

 お歌は歌った? ナイチンゲール

 ダンスは踊った? ナイチンゲール

 クッキーは まだ残ってる


 さあ 遠慮なく ナイチンゲール あなたの音色は 太陽で

 さあ 胸を張って ナイチンゲール あなたの舞は お月様


 ララララ ララララ 歌うの ナイチンゲール

 おかしの国の お菓子なワルツ

 ララララ ララララ 踊るの ナイチンゲール

 お菓子を食べた あの子が くしゃみした


 ララララ ララララ 歌うの ナイチンゲール

 楽しい愉快な お菓子のワルツ

 ララララ ララララ 踊るの ナイチンゲール

 お菓子を食べた あの子が 微笑んだ



 曲に合わせて、メニーの手を握りダンスをする。

 メニーと二人で本を読む。

 メニーと二人でパズルを完成させる。

 メニーと二人で枕投げをする。

 大丈夫。ママとアメリとギルエドが屋敷に戻ってくる前に、メニーに片付けてもらえばいいんだから。

 バレないようにすればいいのよ。

 メニーとおそろいのブレスレットを作った。

 メニーとランチを作った。

 メニーとお菓子を作った。

 メニーと追いかけっこをした。

 メニーと笑った。

 遊ぶ。

 子どもみたいな幼稚な遊び。

 メニーと二人でいつまでも。

 まるでむかしに戻れたみたい。

 あの頃に戻れたみたい。


 姉妹だった頃に戻れたみたい。


「メニー、お散歩に出たいわ」

「じゃあ、お姉さま、裏庭に行こうよ」

「そうだ。ねえ、ハシバミの木の下で夕食を食べない?」

「そうだね。そうしようか」


 バスケットにあたしの大好きなパンとハムとチーズを大量に入れて、ピクニックのように裏庭にシートを敷いて、二人で座る。


「ちゃんとばれないように片付けてよね」

「そこは大丈夫」

「メニー、ワイン飲んで良い?」

「美味しい?」

「ええ。あたしワイン大好きみたい」

「パンも食べて」

「……ありがとう」


 風が吹く。草が揺れる。ハシバミの木が立っている。美しい星空が広がる。


「メニー、流れ星に願ったら、願いって叶うのかしら」

「お願い? どんなこと?」

「ばかね。願いは口に出したら消えちゃうのよ」

「一人だけなら大丈夫だよ」

「……もう、しょうがないわね」

「どんなお願い?」

「イケメンと結婚する」

「ふふっ」

「で、この家から出るの」

「出て、どうするの?」

「優雅な貴族夫人生活を送るわ」

「舞踏会に出て、社交界に顔だして、コミュニティを増やして、夫を支えて、そんな生活?」

「あんたにはわからないでしょうね。でも、きっと素晴らしい生活よ」

「……」

「なによ」

「お姉さまがここから出たら、さみしくなっちゃうなって、思っただけ」

「……ばかね」


 あたしはメニーの手を握りしめた。


「メニーを置いていくわけないでしょ」


 メニーがあたしを見つめる。だから、あたしは微笑む。


「いいわ。流れ星にもう一つ願ってあげる」


 星空が広がる夜空を見上げて、あたしは願った。


「メニーと、いつまでもいられますように!」


 メニーの顔が強張った。


「ほら、あんたも願って」

「……」

「これだけ星があるんだもの。あんたの願いだって、一つくらい叶うんじゃない?」


 あたしは手を伸ばして、そっと四つ葉のクローバーをちぎり、メニーの横髪に当ててみた。


「願ってみたら? 一つくらい」

「……そうだね。じゃあ……」


 メニーが笑顔を浮かべて、両手を握りしめて、夜空を見上げた。


「流れ星さま、女神アメリアヌさま、どうか、お願いします」


 願いをこめて。


「お姉さまと、いつまでもいられますように」


 あたしはからかうように笑った。


「ふふっ。なによ。素敵な願いごとじゃない」





 魔法は、24時になった瞬間に解けてしまう。

 針が動いた。

 時計台の時計が鳴った。


 途端に、あたしの意識はなくなり、その場に倒れ込んだ。




(˘ω˘)



 泣き声がきこえる。

 すすり泣く声がきこえる。

 だれかが泣きながらあたしの頭をなでている。

 やわらかい膝を枕に、あたしは眠る。


「大丈夫」


 なんてあたたかい手。


「大丈夫、テリー」


 涙が落ちてくる。


「わたしがテリーを守るから」


 雨が落ちてくる。


「なにも怖くないからね」


 あたしの妹の泣いてる声がきこえてくる。


「大丈夫」


 メニー。


「次は、しあわせになろうね」


 メニー、

 どうしたの?

 だれかに泣かされたの?

 だれよ。

 お姉さまがぶっとばしてやるわ。

 あんたを泣かせるなんて、よっぽど悪い奴なのね。

 あんたはそんな奴のために泣かなくたっていいのよ。

 笑ってメニー。

 あたしの妹。


 あたしの大切な大切なメニー。


 お願い。四つ葉のクローバーのように、おだやかに、やさしい笑みを見せて。


 あたしのメニー。


 大好きよ。


 泣かないで。


 ずっと笑ってて。


 いいわ。


 泣き止むまでそばにいてあげる。

 お姉さまがお前の頭をなでてやるわ。

 背中もなでてあげる。


 メニー、泣かないで。


 わかった。意地悪して悪かったわよ。

 ごめんなさい。そんなつもりはなかったの。


 ごめんなさい。


 泣かないで。



「テリー」

「テリーが死ぬ瞬間も」

「わたしはずっと見てるから」

「なにもこわくない」

「わたしがいるから」

「どんなに恨まれても」

「どんなに憎まれても」

「これがテリーのためなの」

「テリー」

「愛してる」

「ずっと愛してる」






(*'ω'*)(*'ω'*)



(*'ω')('ω'*)



(*'ω')。 (*'ω')








 あなたが死ぬ瞬間まで、目を離さない。


「あたくしはテリー・ベックス」


 最後の最後まで、あなたはあなたらしい。


「どうも、みなさま、さようなら」


 美しいお辞儀。


「実に優雅な人生でした」


 恨みがこもったその言葉。

 

「あたくしを殺すみなさま、ご気分はいかがですか?」


 わたしのお手製のギロチン台に、テリーが仰向けで固定された。


 テリー。


「よくもあたしを死刑にしたな!」


 テリー。


「全員呪われてしまえ!」


 ああ、テリー。


「このあたしを死刑にしたこと、心から後悔するがいい!」


 大好き。テリー。


「ずっとお慕いしておりますわ。リオンさま」


 テリー。


「メニー」


 愛しいテリー。

 あなたが死ぬその瞬間まで、ぜったいに、あなたから目を離さない。


 どんなに、あなたに憎まれようとも。

 どんなに、あなたに嫌われようとも


 わたしはあなたを見つめ続ける。


 テリー、


「お前の幸せなんて、祈らなければよかった」


 愛してる。

 わたしのたった一人の魔法使い。


 刃が落ちた。

 リオンが目をつむった。

 刃がテリーの首に近づいた。

 その刃がテリーの首に食い込んだ瞬間、


 わたしは、


 もう



 無我夢中で、




 この身が滅んでも、



 燃え尽きても、




 わた   し



 愛される


 こと なんて


 のぞまない



 あなたが



 しあわせ     なら



 それで




 わたし  は




 でも




 やっぱり





 こわい な





 でも   テリーが




 また 笑顔 なる  なら





 テリー




 痛い




 くる  し  い



 まりょく  が



 からだを もやして いく




 テリー




 テリー




 テ リ ー 。











 わたしたち、つぎは、しあわせになれるよね?


 テリー。


 あなたのためなら、わたし、




 わ た し は 、





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