第20話 人狼は誰だ



 日が昇るとともにピーターが教会にもどってきた。ソフィアがいるのを見て、とても驚いた顔をする。


「空き家になにかありましたか?」

「空き家は大丈夫です。ただ、彼女が怪我をしまして」


 ソフィアがあたしとメニーが座るソファーに手を差すと、ピーターが心配そうな顔で駆け寄ってきた。


「なんてことだ……! 大丈夫ですか!? テリーお嬢さま!」

「思いきり噛まれたわ」


 あたしは膝にかけてたシーツを退かした。


「でも、あたしも悪かったのよ。外の様子が気になって出ちゃったから……」

「……騒ぎにお気づきでしたか」

「ええ」

「一言、様子を見に行くとあなた方に伝えるべきでした。……お許しください」

「ピーターはどこにいたの? あたしたち、あなたをさがしてたのよ」

「ええ。……実は夜にアトリの鐘が鳴ったものですから」


(……鳴ってたのね。それは気づかなかった)


「そして向かうと……大変なことが起きてました。……昨晩、食事の際に、お嬢さまがたがお話しされていたジャンヌの舞について、教えていたおばあさまがいるのですが……」

「ばばさまのこと?」

「おや、……お会いになりましたか?」

「あたしだけね。メニーは会ってない。ジャンヌの彼氏のおばあさんでしょう?」

「ええ。……じつは、そのばばさまが」


 風が吹いて、草が揺れた。


「亡くなりました」


 外では、棺を運ぶ人々。


「家にあったろうそくがばばさまの着ていたストールについたようで」


 燃えるばばさまが大暴れし、


「亡くなったようなのですが、……すこし……不可解でして」

「……不可解って?」

「テリーお嬢さまも体験したように、昨晩、異常に村に下りてきたオオカミの数が多かったのです」


 火の元を消す作業と、オオカミを片付ける作業。


「大変危険な夜でした。まるで……」


 ピーターがつぶやいた。


「ダンテさんが亡くなった夜」


 ……ピーターがあたしとメニーを見た。


「前夜祭は明日。今日、わたしは村の方々とヒョヌさんとで、このことについて会議をする予定です。昼間は出歩いて大丈夫なので、必ず日が落ちるまでに教会にお戻りください。そして、外に出ないこと」

「……わかったわ。ね、メニー」

「はい」

「……こんなことになるなんて……」


 ピーターが険しい表情で立ち上がった。


「……わたしはミルクを届けに行ってきますので、お二人は少しお休みください。もどったら食事にしましょう。……えー……」

「ソフィアです」

「ソフィアさん、……よろしければお送りします」

「ええ。ありがとうございます」


 ソフィアが一度あたしたちにふり返った。


「じゃあ、またね」


 そう言ってウインクして、ピーターとともにリビングから出ていった。

 残されたあたしたちは、無言になり、顔を見合わせた。


「……メニー」

「……昨日、ジャンヌさんが言ってたことが関係してるかも」

「……人狼?」


 あたしはため息を吐きながら頭を押さえた。


「メニー、人狼は本のなかの登場人物よ」

「でも、ジャンヌさんは人狼を見てる」

「……まさかあの話、信じてるの?」

「確証がないかぎり、いないなんて言えないでしょ」

「メニーメニーメニーメニーメニー、おちついて。自分がなに言ってるかわかってる? この世に吸血鬼や魔法使いが存在してるって言ってるのと同じよ」

「……」

「おちついて。ジャンヌの話はただの妄想よ。ばばさまってね、すごく口がきつかったの。だから精神的に追い詰められちゃって、そんな幻覚を見たのよ」

「うん。ジャンヌさんはわたしたちが来る前から人狼を見てた。そしてそれは白いオオカミが現れてたから。白いオオカミが現れる前は村のなかで不可解な異常が起きて大変だったって言ってた。でも、……それは『色々あって』解決した」


 メニーがソファーから立った。


「メニー?」

「……あの白いオオカミね、喋ったの」

「……は?」

「人間の言葉を話してた」

「……メニー、なに言ってるの?」

「星祭りを中止させろって」

「……メニー、……大丈夫?」

「……」


(……メニーったら……恐怖のあまり気が触れてしまったんだわ……)


 あたしも立ち上がり、うしろからメニーを抱きしめた。メニーがぽかんとした目であたしを見た。


「……? お姉ちゃん?」

「大丈夫よ。メニー。こわくないわ」


 あたしは歌うように言った。


「どんな奴が来たって、あたしがメニーを守ってあげるから」

「……」

「大丈夫よ。ね?」

「……」


 メニーがうなずいた。


「うん」


 メニーがあたしに振り返った。


「ありがとう。お姉ちゃん」

「少し寝たほうがいいわ。疲れてるのよ」

「……」

「朝食を食べたら、ジャンヌに会いに行きましょう。きっと、ばばさまが亡くなったってきいて、落ち込んでると思うから」

「……そうだね」

「さ、部屋に行きましょう。一緒に寝てあげるわ」


 あたしはメニーの背中を押した。


「なにも心配いらないわ。夜に出歩かなければいいだけなんだから」


 危険なことをしなければ死ぬことはない。


「岩だって、すぐに退けられるわ」


 危険から近寄ってくることなんてないんだから。


「大丈夫よ。メニー」


 なにがあっても、女神アメリアヌさまがあたしたちを守ってくださるわ。


 だってここは、平和を願うアトリの村だもの。






「いやな風だ」


 ドロシーがとんがり帽子をつまんだ。


「燃やして証拠隠滅なんて、たちが悪そうだな」


 屋根の上から運ばれる棺をながめる。


「ウィンキー族は臆病者なんだ。それは時が経っても変わらない。だって彼らはそういう血のもとで生きているから」


 いやな風が吹きつづける。


「アクア、君の村でなにかが起きてるみたいだよ。どうしたらいい?」


 夜になればオオカミが来る。


「トゥエリー、お前への恐怖はこの時代になっても引き継がれているようだ。ほんとうに、お前は世界一悪い魔女さ。満足かい?」


 昼は人間が歩いてる。


「この村には恐怖が残ってる」

「その恐怖を突き止めるんだ」

「その正体はなにか」


地面ではねずみが走る。

空き家にはコウモリが村を眺めている。


「手始めに、観察からはじめてみるか」


 ドロシーが睨んだ。


「人狼はだれだ」


 紫の魔法使いがにやけた気配がした。


 燃え尽きた家を見て、人々は不安な顔を浮かべる。

 祖母が死んだ報告を受けたエンサンは、呆然と立ち尽くす。


 ジャンヌが森を歩く。

 音が鳴り、銃を構えるが、だれもいない。

 ジャンヌが森を歩く。

 遠くでダムから放水される水の音がきこえる。

 ジャンヌが顔を上げた。

 その先には、西の魔女の城がそびえ立つ。



 ――嗤ってくれ。

 ――詩人になりそこなって、

 ――虎になった哀れな男を。



 白いオオカミが、山から村を見下ろしている。









 九章:正しき偽善よ鐘を鳴らせ(前編) END

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