第17話 姉妹の夜


 ――その夜、ピーターが自信いっぱいに直伝トマトスープを披露し、あたしたちに食べさせた。味は悪くなかったのだけど、あたしはなんだか……憂鬱で……ため息を出して……お皿を押し退けた。


「ごちそうさまでした」

「え、もういいのですか?」

「ええ。ピーター。スープはおいしかったわ。でも残念。あたし、なんだか食欲がないの」


 なんだか胸がいっぱいなの。


「ご体調が優れませんか?」

「はあ……。……大丈夫よ。気にしないで」


 あたしはまたため息をついた。


「はあ……」

「……大丈夫? お姉ちゃん」

「……メニー」


 あたしはチラッとメニーを見た。


「……このあと、一緒にお風呂に入らない?」


 あたしの一言に、メニーがきょとんとしてうなずいた。


 ――というわけで、浴室で、二人で肩までつかって、メニーは真向かい。あたしは指をもじもじさせながら、話を切り出した。


「じつは……メニーたちが帰ったあと、すごいことが起きて……」

「どうしたの? お姉ちゃん」


 メニーが迷わずきいてきた。


「キッドさんになにされたの?」

「えっ!?」


 あたしに戦慄が走った。


「どうしてわかったの……!?」

「いつものことだから」

「いつものこと……!?」

「それで、お姉ちゃん、なにされたの?」

「そ、それが、メニー、ここだけの話よ! あたし……!」


 あたしはそっとほおに触れた。


「……キス……されちゃった……」

「どこ?」

「ほっぺたと、ここと、ここと、このへん全体」

「……」

「……やわらかかった……」


 そして、


「やさしくて……、……、……強引だった……」


 ぽっ♡


「いっぱい愛してるって言われちゃった……」


 ――おれはお前との関係を冗談だなんて、思ったことはない。


 第二ボタンを外す音。布が擦れる音。


 ――じっとして。


 近づくキッドさまの深い青の目と――くちびる――。


「……」


 はっ!

 あたしは頭をブンブン振って、脳裏からキッドさまを消した。


「キスする前にちょうどルビィが入ってきてね、未遂で済んだの。あたしはまだだれにも手を出されてないおぼこなの」

「それで?」

「あたしにはリオンさまがいるし、ルビィからきいた話、あの人は相当な女好きだって言ってた」

「……」

「ほら、あの金髪の女の人いるでしょ。あたしね、彼女が愛人なんじゃないかって睨んでたの。キッドさまに問い詰めたら、もちろん彼は否定したわ。浮気もしてないって言ってたけど、今冷静になって考えてみたら、よくある浮気する男の言い訳だったのかもしれない」

「……うーん……」

「……メニー、あたし……」


 アヒルちゃんがお風呂の上を散歩している。


「ほんとうにあの人をえらんだの?」

「……んー」

「メニー、あたしはね、リオンさまが好きなの」

「……うん。知ってるよ」

「ええ。そうなの。でも、……この世界のあたしの婚約者はリオンさまじゃなくて、キッドさま」

「うん」

「あたし、彼に監禁されてどうかしちゃってたのかしら……」

「だからお姉ちゃん、あの話はキッドさんのジョークだよ。あの人ね、ジョークを言うのがすごく好きなの」

「……ジョークって?」

「嘘だよ」

「……あの監禁話よ? エメラルド城にあたしを隠したって」

「嘘だよ」

「……」


 あたしに雷が落ちた。


「嘘なの!!!???」

「わたし、昨日ちゃんと盛り話って言ったよね?」

「あ、あたし、嘘をつかれたの!?」


 そういえばルビィが言ってたわ! あの人は女を弄ぶ最低野郎だって!


「あたし、やっぱりそんな人と結婚できない!」


 嘘を付く王子さまなんていや!


「メニー、あたし、明日あの空き家に行って言ってくるわ! 婚約解消しましょうって! ……一緒に来てくれる?」

「うん。いいよ」

「っ! ありがとう、メニー!」


 あたしがメニーにだきつくと、メニーがぴたっと固まった。


「メニーがいてくれてよかったわ!」

「……大げさだよ」

「そんなことない。メニーがいてくれてあたし、心強いんだから!」


 ……。


(うん?)


 ――あたしは感触に気づいて、ふと、下を見下ろした。メニーがきょとんと瞬きして、あたしの視線を追った。


「……メニー」


 あたしはじっと見つめる。


「今なにカップ?」

「……」

「……あたし、変わってなければCなの。成長期で最近大きくなってきて……」


 でも、なんだろう。……メニーのほうが大きく見える。……そういえば、メニーの裸って見たことない。いつもメイド服のメニーばかり見ていたから、胸なんて気にしてなかったけど、こうして見ると……。


「……」

「お姉ちゃん、……そんなにまじまじ見ないでくれる?」

「なにカップ?」

「骨の問題もあるから、その……」

「なにカップ?」

「……」

「あんた、何才だっけ?」

「……2月で15才」

「なにカップ?」

「……」

「……」

「……そんなに変わらないよ?」

「なにカップ?」

「……」


 メニーがちらっとあたしを見た。


「……言うの?」

「うん」

「あの……」


 メニーが気まずそうに言った。


「……お姉ちゃんと同じ……」

「え、うそよ」

「……うそじゃないよ」

「だって、あたしより大きく見えるのに」

「でも、……わたしもCのはずだよ?」

「Dじゃないの? 最後にサイズ測ったのいつ?」

「……」

「……あんた、だめじゃない。貴族として自分にあった下着つけなきゃ。ブラジャー苦しいでしょ」

「……ん」

「だめよ。胸の形だって崩れかねないんだから。ほら、あたしのと比べてみなさいよ。全然ちがうじゃない」


ついため息。


「全然ちがう……」

「お姉ちゃん、あの、ほら、まだわかんないよ。成長期だもん」

「あたしもう17才よ!? あと一年しかないわ! 成長期はね、18才で止まるのよ!」

「お姉ちゃん、声大きい!」

「だって、メニー! あたしはそれまでになんとしてでも勝ち組のFカップにならなきゃいけないのよ!? うかうかしてられないじゃない!」

「勝ち組なのかな……?」

「いいこと? メニー。女は胸があるだけあればいいのよ。胸があればね、男は寄ってくるの。女は胸よ。胸」


 そこであたしははっとした。――だからキッドさまは、あの金髪女を部下としてそばにいさせてるんだわ。胸が大きいから!

 あたしは親指の爪を噛んで舌打ちした。


「チッ」

「お姉ちゃん、大丈夫だよ。お姉ちゃんはそのままでかわいいよ」

「あたしがかわいいのは当然よ。でもね、メニー、かわいいままで満足しちゃいけないのよ。女は磨いていかないと! 男が浮気しないくらい美しくなるの!」

「ん、うーん……」

「城下町にもどったら、胸育成期間を設けましょう。ドリーはまだうちにいるんでしょう?」

「うん。ケルドと仲良く働いてるよ」

「いいわ。不足はない」


 あたしはちらっとメニーの胸を見た。


「……メニー、参考程度に触らせてもらっても良い?」

「えっ」

「あたし読んだことがあるの。男って、胸の形も気にするんですって」

「……それ、何の本?」

「傲慢公爵の命令は絶対です〜愛だらけの甘いお仕置き〜」

「お姉ちゃん、そういう本はファンタジーだから」

「でも確かに形は大事だわ。でしょ?」

「……」

「ね、メニー、ちょっとだけ。……あ、そうだ!」


 あたしはメニーの手を掴んで、自分の胸に押し当てた。メニーが息を呑んだ。


「っ」

「同時にやれば不公平じゃないでしょ?」

「お、おねっ」

「ちょっとさわるわよー」


 あたしはメニーの胸に触れた。


「……っ」


(あー、こういう感じね)


 メニーの胸をなでる。


(……あたしのより膨らみがあるように思える……)


 気になって手をしぼめてみた。むにゅ。


「ひゃっ!」

「あ、ごめん」

「〜〜っ! お姉ちゃん……!」

「大丈夫。メニーもさわっていいから」

「……大丈夫じゃっ……」


 あたしはメニーの胸をなでなでして、手でにぎって、もんでみた。メニーの肩がぴくりと揺れて、息が漏れた。


「んっ……」

「あ、……いたい?」

「……ちょっと、いたい……」

「あー、……そうよね。14才くらいって胸が成長する頃だからいたいわよね。ごめんなさい。あたしもそうだったの今思い出した」

「……」

「ここは?」

「あっ……」

「……いたい?」

「……そこは……平気……」

「これは?」

「ひゃっ、んっ、くすぐったい……」

「これは?」

「ちょ、お姉ちゃん、わざとでしょ……!」

「うふふ!」

「ふふっ、やめっ、あはははは!」

「うふふ! ここは?」

「お姉ちゃん! わきはだめ!」

「ぐふふふふ!」

「きゃはははは! やめっ、あはははは! だめー!」

「あはははは!」

「お姉ちゃん、だめだったら!」

「きゃっ……!」

「あっ!」


 ――二人のバランスが崩れて、あたしは浴槽の縁につかまり、メニーがあたしの体に抱きつく形で止まった。


「「……」」


 ちょっとふざけすぎたみたい。


「……ごめん。メニー。大丈夫?」

「……うん。……平気……」


 メニーがあたしの腰をなでた。


「お姉ちゃんは?」

「あたしも大丈夫」


 あたしもメニーをだきしめて、そのまま姿勢をもどし、やさしくメニーの背中をなでた。よしよし。ちょっとびっくりしたわね。よしよし。


(……あれ?)

 

「メニー、肌すべすべね」

「……そうかな……」

「すごい。なにこれ。赤ちゃんみたい」


 つるつるのすべすべ。


「……いいな」

「……お姉ちゃんも肌つるつるだよ?」

「あたし、こんなにすべすべじゃないもん」

「人によって肌はちがうから」

「……メニーはいいわね。……肌もきれいで……美人で」

「……」

「うらやましい」


 あたしの手がメニーを愛でる。


「あたしもメニーみたいだったら、もっと上手くいったのかしら」

「……上手くなんていかないよ」

「あたしの世界のメニーは、美人な上にすごく器用だったの。……あんたもそうじゃない?」

「……そうだね。手先は器用って言われる」

「ほら」

「でも……」


 メニーがあたしをだきしめる。


「上手くいかないよ」


 メニーの手があたしの肌をなぞった。


「わたし、手先は器用でも」


 あたしの背中をなぞる。


「運はないの」


 メニーの手がゆっくりと前に移動した。あたしのお腹をなぞって、上に向かって、――あたしの胸にふれた。


「……? メニー?」

「お姉ちゃんはきれいだよ」


(あっ)


「すごく、きれいだよ」


 メニーの手があたしの胸にふれる。


「……め、メニー?」

「さわらせてくれるんでしょ?」


 メニーがあたしの耳にささやく。


「あんまり大きい声出すと、ピーターさんにばれちゃうよ」

「……たしかに……」

「うん。だから」


 メニーに言われる。


「あんまり、声出さないようにね?」


 メニーの手があたしの胸を包む。


(あっ)


 あたしはビクッ! として、メニーの体を強くだきしめた。


(声、出しちゃだめ)


 メニーの手が動いた。


(あっ)


 なに、これ。


(あっ……)


 メニーの手が、変なところにふれてくる。


(あ……っ)


 あたしはメニーの肩に顔を埋めた。


(ちょ、ちょっとまって……)


 あたしはメニーの腕をにぎった。


「メ、メニー……?」

「ん? なあに?」


 いつものメニーの声。


「……な、なんでもない」


 変になってるのはあたしだけ。


(メニーもさっき、こんな感じだったんだわ)


 息が漏れて、少し色っぽい声を出していたもの。


(これが普通なのよ)


 触られたらこうなるんだわ。


(でも、だとしても、この触り方は……)


「……っ」


 あたしの口から息が漏れる。


「……んっ……ふう……」


 メニーが触れてくる。


「ん、んん……」


(声、我慢しなくちゃ)


 お湯があたたかくて体温が上がる。

 どんどんぼうっとしてくる。

 胸がドキドキする。

 触ってるのはメニーなのに。

 女同士なのに。

 恥ずかしい。

 ドキドキする。

 手が胸から離れない。

 変な声を出してしまいそう。

 メニーの手が動く。

 変な感覚になる。

 体がびくって揺れる。

 胸がドキドキする。

 ずっとドキドキして、変な感覚で、頭がぼうっとして、どうしていいかわからなくなって、変な感じがして、ふわふわして、じんじんして、……きもちよくて……。


(……え……?)


 ――するん。


「きゃあっ!」

「あ」

「メニー! そこはさすがにだめ!」

「お姉ちゃん、さむいの?」

「あっついわよ!」

「でも」


 ……固くなってる。


「……」

「……そ、そうね。……さ、さむい……のかも……」


 あたしはメニーにしがみつき、ぜったいに顔を見せないようにした。


「ちょ、ちょっとだけ、こうしてない?」

「……うん。いいよ」


 メニーがあたしの胸から手を外した。


「しばらくこうしてよう?」


 メニーのやわらかい体がきもちいい。

 お風呂のお湯がきもちいい。

 体はくつろいでるはずなのに、胸はずっとどきどきしてる。


「……メニー」

「うん?」

「今の、……だれにも言っちゃだめよ? ……はずかしいから」

「……うん。わかった」


 メニーがクスッと笑った。


「二人だけの秘密ね」


 メニーは包容力があるのね。

 メニーにくっついてたら、すごくおちつくの。


(あたしが男だったら、間違いなくメニーに惚れてたわね)


 メニーが男だったら、あたしはリオンさまじゃなくてメニーにいったかもしれない。


(……自慢の妹ね。あんたは)


 ……。


「……メニー」

「うん」

「……わがまま、言ってもいい?」

「……なに?」

「……今夜ね」

「うん」

「また……ホットミルク、飲みたい」

「……飲みたい?」

「うん」

「じゃあ、……お鍋借りてつくろっか」

「……それと」

「ん?」

「……今晩もオオカミが村に下りてくるわ。……こわいでしょ?」

「……うん。こわい」

「……いっしょに寝る?」

「……うん。いっしょに寝る」

「……じゃあ、……どっちの部屋で寝る?」

「……どっちがいい?」

「……メニーの部屋がいい」

「……じゃあ、わたしの部屋で」

「うん」

「いっしょに寝よう?」

「……うん」

「……ドロシーは?」

「え?」

「ドロシーは、お姉ちゃんの部屋で寝かせる?」

「……別にトトがいたって構わないわ。あたし、汚いネコはきらいだけど、トトみたいなネコは好きよ」

「……」

「うん」

「……うん。わかった」

「……うん」

「……ベッド、一人用だけど」

「メニーがこわがるだろうから、……せまくても、いっしょに寝てあげるわ」

「……うん。いっしょに寝ようね」

「……うん」


 あたしはメニーを抱きしめてあげる。

 今までの分まで、大事に大事にしてあげなきゃ。


 メニーの手がゆっくりと上がった。

 そして、濡れた手で、……あたしのうなじをやさしくなでた。



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