第18話 思い出2





 男の使用人があたしに言った。


「このとめがねからロープを外すと、バスケットがあそこから下りてきます。ただ、急にロープを離すと壊れてしまう可能性があるので、お気をつけください」

「わかった!」


 あたしは練習がてら、とめがねからロープを外し、ゆっくりとロープを動かしてみた。すると、円形のバスケットが木から落ちてきた。


「テリーお嬢さま、いかがでしょうか」

「ふん! なかなか悪くないわ!」


 仕組みを知った上で、何度か練習し、あたしは当日を迎えた。今日はあたしの妹が屋敷に引っ越してくる。


「ほら、メニー。あいさつして」

「よろしくおねがいします」


 ママはにっこり笑って、困ったことがあったらいつでも言うのよと、その子に言った。アメリは面白くなさそうに鼻をいじった。あたしは胸を張って威厳を見せた。あたしは今日からお姉ちゃんなのよ!


「仕方ないから屋敷を案内してあげるわ!」


 あたしは妹を連れて裏庭にやってきた。裏庭の大きな木ととめがねとロープを見て、妹はぽかんとまぬけな顔をした。


「すごいでしょ!」


 あたしは自慢した。


「おっほっほっほっ! もっとすごいんだから! その目を見ひらいて、よーーーーく見てなさい!」


 あたしは木に向かってとってもかわいい声で歌った。


「ゆすって、ゆすって、若い木さん、銀と金を落としておくれ」


 ロープをとめがねから外すと、油断してロープを離してしまった。びっくりしてふり返ると、バスケットが勢いづけて木から落ちた。壊れたかもしれない。あたしはおそるおそるバスケットを覗いた。そのなかには、事前に入れておいた銀でできたアクセサリーと金でできたアクセサリーが納められていた。


(……。中身は無事ね!)


 それならひとまず、いいや! 仕掛けはあとでだれかに直してもらおう!


「これは、魔法の木なのよ」


 あたしは知ったかぶった顔で妹に説明した。


「ほしいものがあれば、ここで歌うともらえるの。でもね、この木は気まぐれだから、ほしいものがあればあたしに言うのよ。そしたらあたしが歌ってあげる。あたしは木のお気に入りだから、あたしが歌えばなんでも出てくるわ」


 あたしはバスケットを妹に見せた。


「ほら、きらきらひかってて、きれいでしょ」


 妹に差しだした。


「これはきっと魔法の木があんたを気に入ったんだわ。よかったわね」


 あたしはかわいい笑顔をうかべた。


「これあげる」


 そう言うと、あたしの妹はすこしおどろいたように、ぽかんとした顔のまま、あたしに返事をした。


「ありがとう」

「大事にしてね」

「うん。……宝箱にしまっておくね」


 あたしの妹がアクセサリーを受け取った。じっと眺めている間に、どんどん白かったほおがピンクになってきて、口角はきゅっと上がり、青い目は宝石のようにきらきら光りはじめた。


 妹がうれしそうに笑った。


「ありがとう。お姉さま」


(笑った!)


 あたしはその笑顔を見て、とってもうれしくなった。


(やった!)


 あたしの妹が笑ったわ!


(ねえ、見て! あたしの妹が笑ったわ!)


 思わず使用人たちに顔を向けると、使用人たちがあたしに親指を見せた。


(見て! あたしの妹が喜んでる! これ、あたしの妹なのよ!)


 あたしはアメリとはちがう。

 あたしは妹をいじめたりしない。

 妹は大事にするものよ。

 あたしの遊び相手。

 あたしのお人形。

 それが妹でしょう?


「このアクセサリーでおままごとしてあげてもよくってよ! こっち来て!」


 あたしは妹を引っ張って、あたしの部屋まで走る。あたしの妹はされるがまま。廊下の角を曲がるとメイドとぶつかった。


「いたい!」

「まあ。大丈夫ですか?」

「ちょっと! どこ見て歩いてるのよ! 妹が転んだらあんたのせいよ!」

「申し訳ございません」

「行きましょう!」


 あたしはまた妹を引っ張った。メイドがそんなあたしたちを見送った。


「サリア、大丈夫?」

「ええ。わたしはなんとも」


 あたしは部屋でおもちゃ箱をひっくり返した。


「ほら、見て! 王冠! これはあたしのよ! さわっちゃだめだからね!」


 あたしは王冠をつけた。


「あたしはお姫さま! あんたは第二お姫さまね!」

「はい」

「あたしはリオンさまのお嫁さんなの! あんたは他の国の王子さまのお嫁さんね!」

「はい」

「あたしたち姉妹には、家来がたくさんいるの! それでね、あたしたち姉妹には、秘密があるの!」


 あたしはドレスをなびかせて、ポーズを取った。


「困ってる人が現れたら、あたしたちはすぐに駆けつける正義のヒーローなの! 名前は、トラブルバスターズ!」

「……」

「なにしてるの!? 早くポーズして!」

「……ポーズ?」

「あんたはこっちに立って、こう!」

「こう?」

「そう! それでいいの!」


 あたしと妹がポーズを決めた。


「トラブルバスターズ、参上!」


 どんなトラブルも解決する正義の味方なの!


「この屋敷の平和は、あたしたちが守るわよ!」

「この屋敷の、平和……?」

「困ってる人を見かけたら、手伝ってあげるのよ! 一緒に頑張るわよ! メニー!」

「はい」

「あたしたちは二人で一つのトラブルバスターズ!」

「はい」

「一人はみんなのために! みんなは一人のために!」

「はい」

「でも普段はお姫さまだから、ぜったいにばれちゃだめなの。いい? これは二人だけの秘密よ!」

「はい」

「じゃあ、お茶を飲みましょう」


 あたしと妹がおもちゃのティーカップを持ち上げた。


「歓迎するわ。メニー姫」

「ありがとうございます。テリーお姉さま」


 あたしとメニーが乾杯した。


 それからもあたしはメニーを遊びにつき合わせた。トラブルバスターズごっこは一日中と言っていいほどやった。メニーといっしょにお風呂に入って背中を洗ってあげたり、寝る前は枕投げをしてメニーと争った。ギルエドに見つかって叱られたけど、でも、あたしはそれ以上にうれしかった。となりを見たら、ごめんなさいと謝るメニーがいたけど、あたしは堂々と胸を張って威厳を見せた。


「テリーお嬢さま、反省してますか?」

「してない!」

「テリーお嬢さま!」


 あの人がメニーを連れて行ったのはその三日後だった。急な仕事が入り、まだ不慣れであろう環境にメニー一人を置いていくわけにはいかず、メニーのお父さまはメニーを外へと連れていった。


「今年中にはもどると思う」

「行ってきます」


 あたしの部屋にはまた静けさが訪れた。テディベアがあたしを囲んで、あたしを見つめる。あたしはパズルで遊んだ。でもつまんないの。しかたないからテディベアと遊んだ。でもテデイベアは動かないししゃべらないからつまんないの。


「あーあ。トラブルバスターズごっこがしたいわ」


 あ!!


「そうだわ!」


 あたしったらひらめいちゃった!


「テリー」


 アメリに声をかけられて、あたしはあわててふり返った。


「なに?」

「わたしのノート知らない?」

「ノートって?」

「四葉のクローバーのノート。お絵かき帳にしようと思ったら、どこかにいっちゃったの」

「そんなの知らないけど」

「お絵かき帳にしようと思ったのに」

「あれは? ひまわりのノート」

「あれはかわいいからだめ。わたし、四葉のクローバーのノートでお絵かきしたかったのに」

「ギルエドにきいてみたら? 掃除したメイドが持ってるかもしれないわよ」

「あー! そうだわ! ぜったいそうに決まってる! メイドが盗んだのよ! 最悪! 文句言ってやる!」


 アメリがぷんぷん怒りながらギルエドの部屋に歩いていった。あたしはそれを見届けて、――背中にかくしてた四葉のクローバーのノートを胸に抱きしめて、自分の部屋に入った。


(よーし!)


 アメリからくすねたノートにタイトルをつける。そうね。ぜったい、見つかっちゃいけないものだけど、アメリが見つけたときのために、トラブルバスターズの計画表だって、ばれないほうがいいわ!

これならどう!?


『田舎でのスローライフ計画表』


「トラブルバスターズの基地は、ぜったいにばれちゃいけないから、のどかな田舎が良いわ」


 あたしはノートの出来ばえにうっとりした。最初の1ページ目にさっそく計画を書いていく。


「あたしとメニーは、隠れたプリンセスなの。だから、美人姉妹って言われて、男の子にモテまくるの! 牛の乳を絞って、お婆さんに届けて、近所には神父様がいて、毎日お祈りをしに行く! それで、トラブルが起きたら、あたしたちが解決しに行くの! その噂をききつけたリオンさまが、白馬に乗ってあたしを見つけて……」


 ――なんて美しい人だ。お名前は?


「テリーと申します。リオンさま」


 ――テリー。ああ、なんてすてきな名前なんだろう。


「そ、そんなことありません」


 ――美しい人、どうかぼくのお嫁さんになってくれませんか?


「よろこんで!」


 こうしてあたしはリオンさまと結婚して、しあわせに暮らしましたとさ。


「はーあ! すてき!」


 あたしは机にあったオルゴールのネジを回した。しばらくして曲がはじまり、プリンセスとプリンスが手を取り合ってくるくるおどりはじめる。


「はあ……。リオンさま……」


 メニーが帰ってきたらこの計画を話そう。


(早く帰ってこないかな)


 一人の部屋は広くてさびしい。


(早く帰ってきて。メニー)


 あたしの妹。

 あたしの人形。


(早く帰ってきて)






「コンナノハ、ドウカナ」


 影が揺れる。


「部屋ニイルテディベアガ、勝手ニ動キ出シテ、襲ッテクル」


 ケケケケケケ!


「ドンナ悲鳴ガ聞コエルカナ」

「ジャック」


 星の杖を振ると、ジャックが悲鳴をあげた。


「ギャッ!」

「10月はまだ先だよ」


 ドロシーが子供の顔をのぞいた。


「テリー」

「……むふふ」

「起きて。テリー」

「はあ。リオンさま……」

「テリー」

「赤いマントが似合ってて……やさしい王子さまで……」

「だめだな」


 顔の前で手を振ってみる。


「まったく見えてない」

「ケケケ」

「ジャック、やめろ」

「ドロシー、外ガ騒ガシイネ」

「え?」

「ケケケケ! ケケケケケケケ! ゲゲケケケゲゲゲゲゲケケケケケケケゲゲゲ」

「……こいつは……」









 老婆が悲鳴をあげる。

 杖が床に落ち、鈴がチリンと鳴った。

 かべに血が飛び散る。

 老婆は壁に手をこすりつけた。


 運命に従って、彼女はゆっくりと倒れた。




 オオカミの遠吠えがきこえる。

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