第27話 結婚式
カドリング島に朝日が昇る。
暗かった夜が明るい光に照らされ、夜行性動物が安らかに眠る。
太陽が移動を始め、真ん中の手前頃、城の鐘が大きく鳴り響いた。ビーチで遊ぶ人々が思わず振り向くほど。そこで一人の紳士が訊いてみた。
「あの建物はなんだね?」
「我らが主、ベックス家の城でございますよ。なんでも今日は身内の結婚式が開かれているとか」
「ほう。こんな島で結婚式とは、おめでたい」
鐘が鳴り続く。使用人達が窓から花をばら撒いた。ドンキー先生がロマンチックなヴァイオリンを弾き、若き恋人達の大切な日を祝福した。音色に合わせて降ってくる花びらが舞い、ウエディングドレスのクロシェ先生が父親の腕を抱きながら、一歩一歩歩いていく。アメリがレイチェルに言った。
「クロシェ先生のお父様は有名な研究者らしいわよ」
「あら、どんな研究をされてるか、お話くらいなら聞いてみようかしら」
「やめておいたら? お父様も相当頭良いらしいから、あんたの小さな脳みそじゃ追いつかないかも」
「アメリアヌ」
「うふふふ!」
赤い薔薇をスーツのポケットに飾るアレックスの横にクロシェ先生が立つ。どこからかハトが飛んできた。木の枝に足をつけ、結婚式を眺める。神父が並ぶ二人を見た。
「アレックス・ビバリティ。そなたはこの女を妻とし、神の導きによって夫婦になろうとしておる。汝、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、共に助け合い、その命ある限り、この女を妻として愛する事を誓うか」
「誓います」
「クロシェ・ローズ・リヴェ。そなたはこの男を夫とし、神の導きによって夫婦になろうとしておる。汝、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、共に助け合い、その命ある限り、この男を夫として愛する事を誓うか」
クロシェ先生が頷いた。
「誓います」
「今ここに、新たな夫婦が誕生しました。おめでとうございます」
神父が言い終えたと同時に、拍手が沸き起こる。
クロシェ先生のお父様が涙をハンカチで拭い、なぜかママが号泣し、五枚目のハンカチをトレイズから受け取った。ハトが飛び、花が舞い、クロシェ先生がアレックスに向き合い、ロマンチックなキスを披露する。それを眺めていた乙女達がはあ、と溜め息を漏らした。頬に手を添えてうっとりするスノウ様もゴーテル様に声をかける。
「あなた、素敵ね。つい昔を思い出してしまうわ。私達の結婚式もとてもにぎやかだったわね」
「ああ。素敵な結婚式だった。国中の人達が祝ってくれて……」
「あ! ブーケトス・タイムだわ!」
「お前! どこに行くんだ! もう良い年じゃないか!」
「クレア! レイちゃん! 来なさい! いいわね!? 絶対外すんじゃないわよ!」
女の戦いはこの一瞬で始まって終わる。スノウ様がクレアとレイ(リオンの女装)の肩を引っ張り、その場に立たせた。
「どっちか絶対掴みなさい! 国の未来がかかってると思いなさい!」
「任せろ! 母上!」
「……僕もいる?」
「いいから行きなさい! ゴー!!」
ママがあたし達の背中を叩いた。
「お前達、良い事!? 絶対に掴み取りなさい!!」
「腕が鳴るわね!」
「アメリ、メニー、悪いけどこの戦い、あたしの勝ちよ!」
「あの……勝ち負けじゃないから。ね?」
ソフィアがしっかりとカメラを構える。ニクスとアリスに引っ張られて困惑した顔でリトルルビィがその場に立つ。みんなが一点に狙いを定める。花嫁ブーケ。手に取れば、次の花嫁になれると言われている迷信。
(それとは関係なく、ゲットしたらなんか良い事が起きそうな気がする!)
あたしは目をくわっ! と開く。
(負けられない戦いが、ここにある!)
「いきますよー!」
クロシェ先生が大声で言って、反対方向を向いた。あたし達は構える。
「そーれ!」
花嫁ブーケが投げられた。
――ぐああああああああああああああああ!! なんか手に入ったら良い事が起きそうな予感がするからあれはあたしのものよおおおおおおおおおおお!!
全員が手を伸ばし、体を押し合い、醜い女の争いに、あたしの体のバランスが崩れた。
(ぎゃっ!)
後ろに倒れる。
「ぴぎゃっ」
その背中を支えられる。
「テリー」
はっと目を開けると、近距離でクレアと目が合う。
「大丈夫か?」
「っしゃああああああああああああああああああ!!」
アメリのでかい声が聞こえた。
「花嫁ブーケ、取ったりぃいいいいいいいい!!」
「お姉様、おめでとう!」
メニーが小さく拍手をすれば、それにつられて周りも拍手を始める。ママが拳を握り、スノウ様は悔しそうにハンカチを噛んだ。リオンは周りの悔しそうなレディ達を見て、ドン引きした。
「……なんでみんなそんなに必死なんだよ……。たかがブーケだろ……」
「僕のアメリ!」
ロードが走り、アメリの腰を持って抱き上げた。
「花嫁ブーケを持つ君も美しい!」
「ロード! わたし、やったわ! 花嫁ブーケを手に入れたわ!」
「ああ、愛しいアメリアヌ!」
ロードがアメリを地面に置き、跪き、アメリの手を握って、顔を上げ、伝えた。
「どうか僕と結婚してください!!」
レイチェルが白目を剥いて固まった。アメリが突然の事に驚いて固まった。
「君を愛してる!」
「……ロード……」
アメリがブーケを持つ手で胸を押さえ、頷いた。
「わたしも、あなたを愛してるわ!」
「それじゃあ」
「もちろん、OKよ!!」
使用人の誰かが更に鐘を鳴らした。人々が拍手をして二人を祝福する。ヘンゼが口笛を吹き、グレタが祝福を込めて木を抜いてその場でぶんぶん振り回した。(やめて。)花が舞い、ハト達が飛び回り、暖かな風が吹き、レイチェルが真っ白になって扇子を持つ手を震わせて――立ったまま気絶した。
ニクスが興奮して拍手し、アリスが両頬に手を添えてぴょんぴょん跳ね飛び、リトルルビィが意外そうな顔をして拍手をし、クロシェ先生とアレックスも手を叩き、ソフィアが結婚の約束をしたばかりの二人の写真を撮った。
拍手の音が響く中、――目の前に、クレアの唇があり、鐘が鳴り続ける中、みんなの視線がアメリに向けられている間に、あたしはそっとクレアに唇を重ねた。……離れると、にやけるクレアがあたしを見つめていた。
「……いいのか?」
「誰も見てないわ」
ゆっくりと体重を足に入れて、クレアから離れる。
「残念だったな。花嫁ブーケが取れなくて」
「取ってたらキッドになって結婚を申し込んでた?」
「かもな」
「わかってるでしょ」
あたしはまだ16歳で、
「まだやりたい事が残ってる」
「わかってる」
「……まだ待ってくれるでしょ?」
「安心しろ」
クレアが微笑み、あたしの背中を撫でた。
「待ってるから」
「……ありがとう」
花びらが降る中、あたしはクレアに少しだけ頭を預けた。クレアはあたしの手を握り――痛いほど感じる青い目の視線には、気付かないふりをした。
(*'ω'*)
号泣するレイチェルの涙を悔し涙と勘違いしたアメリがレイチェルの背中をばんばん叩く。
「悪いわね! レイチェル! わたしだけ幸せになっちゃって!」
「ぐすん! ぐすん! ぐすん!!」
(……流石に可哀想……)
「君は結婚しないの?」
「あたしまだ16歳だもの」
木の日陰に隠れながら、グラスを傾けてオレンジジュースを飲む。
「帰ったら紹介所の仕事も始めるわ」
「君、働けるの?」
「まずは新人社員から始める。ママにばれない程度に」
「勉強も怠らないように。大変だね」
「船が沈まなかった先の未来なんて経験した事がないわ。この先、どう転がっても、あたしには何もわからない」
わかりもしない未来を待ち構えるより、わかっている未来に対応している方が楽。だけど、もうそういうわけにもいかない。この先の未来の事はわからない。
(それでも)
あたしは乗り切ってみせる。
罪滅ぼし活動ミッション、マーメイド号沈没事故を阻止する。
「何はともあれ、今回のミッションもクリアよ」
「お疲れ様」
「あんたもね」
「全くだよ」
「この島はどう? 気に入った?」
「気に入らないね」
「あら、意外だわ」
「そうかい?」
「あんたの事だから、連れてきたら案外気に入ると思ってた」
「ここ、良い思い出がないんだよ」
……ちらっとドロシーを見た。木の枝に座るドロシーは優雅にリンゴジュースを飲んでいる。
「来た事あるの?」
「遠い昔にね」
「……城下町から出られないのに?」
「その時は自由だったからね」
ドロシーが足を揺らした。
「またこうやって来る事になんて」
ドロシーの目がソフィアを見て、リトルルビィを見て、クレアとリオンを見て――あたしを見下ろした。
「これも
「は?」
「お姉ちゃん」
振り返ると、メニーがグラスを持って歩いてきた。
「ここにいた」
「ん? なんか用?」
「お姉ちゃんがいなかったから」
メニーが木を見上げた。
「ドロシーもそこにいたんだね」
「にゃーん」
「うふふ。その若い木さんは気に入った?」
メニーがリンゴジュースを飲み、地面に散らばる花を見た。
「片付けが大変そうだね」
「島での結婚式は一ヶ月に一回にした方が良さそうね。島が汚れて叱られそう」
「そうだね。でも、クロシェ先生、すごく喜んでたよ」
向こうを見ると、アレックスとクロシェ先生が仲睦まじく食事をしている。
「城下町に戻ったらお別れなんて、考えられないね」
「……本当ね」
「わたしも新しい教材の準備しないと。四月になったら新しい勉強が始まっちゃう」
「……」
――そういえば、この女の運命はどうなったのかしら。
あたしの目がリオンを見る。
「あれ? リオン様。何やってるんですか? 風邪で城下にいるはずじゃ……」
「アリーチェ、頼むよ。気にしないでくれ……」
レイちゃんとなったリオンは、アリスと楽しそうに話している。
「メニー」
「ん?」
「リオン様って素敵よね」
メニーがリンゴジュースを飲んだ。
「どう思う?」
「第二王子様」
メニーが微笑んだ。
「それだけ」
「メニー、誰にも言わないから」
「何が?」
「好きなんでしょ?」
「誰が?」
「あんたが、リオン様のこと」
「……ううん?」
「え?」
「好きじゃないよ」
今度はあたしはきょとんした。
(……照れて、隠してる?)
あたしはカマをかけてみる。
「メニー、あたし知ってるのよ。あんたのお姉ちゃんだから」
「リオン様が好きだったのは、お姉ちゃんでしょ?」
「っ」
「わたしは好きじゃないよ」
ああ、でも、
「確かにかっこいいよね」
うん。
「それだけ」
メニーの髪の毛が風で揺らされた。
(……。未来が、変わってるせい?)
「でも、……メニー?」
「ん?」
「だったら……あんたは誰と結婚するの?」
「……結婚って、そんなに大事なこと?」
メニーが首を傾げた。
「王子様と結婚したら、それって幸せなの?」
「そりゃ、王子様に気に入られたらそれ以上の幸せは無いわ。あんたの大好きな物語にも書いてあるじゃない」
「お姉ちゃん、物語と現実は違うんだよ?」
「は?」
「身分の低い女の子が誰もが羨む王子様と恋愛結婚。それって素敵だと思うけど、現実的に考えて無理があるよ。そういう物語の女の子って誰よりも見た目が良くて心も綺麗だから王子様に気に入られるって設定が多いけど、マナーも何も教わってないんだよ? 他の貴族達に虐められるのが目に見えるし、王子様だって仕事に追われて相手してくれなかったら、自分の身は自分で守らないといけない。実際問題、それが自分だったらすごく辛いと思わない?」
あたしの目が点になった。
「もし教育係の人がすっごく意地悪で、マナー違反な事をマナーだって言って教えても自分は気付かないんだよ? それで舞踏会で大恥かいて、涙を流す度に王子様に尻拭いしてもらうの。ね。お姉ちゃんどう思う? どう考えたって、王子様だってそんなの嫌だよ。だから王子様からすると、もっと努力してくれって言って来るに決まってる。でも自分からしたら最大の努力をしてるんだから、これ以上どう努力すればいいのって喧嘩になるのが頭に浮かぶ」
「……」
「そもそも、身分が低ければ踊り方だって知らないよ。だって、教えてくれる人がいないんだから。だから舞踏会に行ったって王子様と踊れるはずもない。声をかけるはずもないし、かけられるはずもないんだから。じゃあ出会うはずもない。でもわたしみたいな女の子って憧れを持ちたいの。だから自分が素敵な人に選ばれないかなって期待を抱いて物語を読むの。でも、じゃあ、みんなが『憧れを抱いてる評判を聞いただけの好きでもないかっこいいだけの王子様に選ばれる』のって幸せなの? それって、なんか、そういう時だけ主導権を王子様に握らせてるみたいで、……嫌気が差さない? 選んでもらうって、なんか、そんな、奴隷みたいに下から目線でやって来たくせに、相性が悪くて愛されなかったらもっと大事にして、もっと愛してよって上から目線になるくらいなら……それって……幸せな結婚生活とは言わないよね?」
「……」
「うん。だから、そんな生活送るくらいなら、わたしは……」
メニーがあたしに笑顔を浮かべた。
「結婚なんてしなくていい」
「好きな人の側にいられるなら」
「わたし、それで幸せ」
――あたし、今この女の口から、何を聞かされたの?
(なんか、すごくリアルな話をされた気がする)
それも、なんか、背筋が凍りつくくらい、瞬きするのも忘れるくらいの。
(……なんか、……えー……)
なんでそういう時だけ現実主義になるの? おかしくない? ねえ、あんたはそういう事言っちゃいけないのよ。もっと、ふわふわ空の上を浮かんでないといけないの。王子様のためなら、わたし、この身を捧げます。きゅるん! って言う聖女にならないといけないの。あんたは真っ白純粋純白健気なヒロインなのよ。わかってる? なんでそういう事言うわけ? はっ! わかった!
(選ばれる前提だからだわ!)
こいつ、自分が美しくて男にモテモテなのを、自覚してやがるんだわ! だからそんな事が言えるのよ! 何よ! それ!? むかつく! きいいいいいいい! だからお前なんて嫌いなのよ!!
「もーう! そんなひねくれた事言わないの!」
あたしの人差し指が、ぷにぃ! とメニーの頬を突いた。そして気付いた。――こいつ、ほっぺたまで柔らかい! 気に入らない! むかつく!! 何よ! この赤ちゃん肌!! 気に入らない!!
「ほらほら、リオン様、素敵じゃない! お話して来なさいな!」
「そうなの。わたし、いつかお姉ちゃんに訊きたかったの」
「あ?」
「リオン様のどこが良かったの?」
――あたしは息を止めた。
「出会ったばかりの時、ずっと言ってたでしょ?」
――リオン様は、あたしと結婚する人なの! きゃっ!
「お父さんがいなくなってからは、聞かなくなったけど」
メニーが平然とした顔で、訊いてくる。
「何が良かったの?」
――顔がかっこよかったから。
――『王子様』というので、より美化されたから。
「……。……。……恋をする理由なんてないものよ!」
あたしは堂々と胸を張った。
「でしょ!? ドロシー!」
「……」
「てめえ! なんでこういう時に返事しないのよ!」
「……ふーん」
「そうよ。メニー。恋に理由なんてないの。好きになったから好きだったの。それだけよ」
「……」
「過去の話を掘り下げない。ほら、リオン様と喋っておいで。大丈夫。あんた可愛いから気に入られるわ。ね」
「ううん。いい」
メニーがグラスを揺らした。
「ここにいる」
「メニー?」
(ねえ、わかんない? ここにいるなって言ってんのよ。さっさとどっか行けって 言ってるのよ。ねえ、わかんない? 現実主義者ならわかるわよね? どうしてそういう時だけ察しが悪いのかしらー? メニーちゃーん? ねえ、どうして?)
「ここは交流の場よ。交流するっていう練習をなさい」
「うふふ」
「……」
笑ったメニーにイラっとして訊いてみる。
「あたし、変な事言った?」
「言ってる事、逆だと思って」
「ん?」
「最初は、あたしとだけ喋りなさいって言ってた」
「……は? 最初って?」
「忘れちゃった?」
風が吹いて、花びらが宙に舞う。
「お父さんとお母様の結婚式」
――あたしは黙る。
「最初の顔合わせだったよね」
ママとメニーのお父様からメニーを紹介された。アメリはずっと鼻を弄ってて、メニーを見たら、品定めをしたように、ふん! と鼻を鳴らしていた。……あたしは、
「お姉ちゃんは」
メニーを見て、
「すごく笑顔で、抱っこしてたテディベアの手を使って、わたしに手を振ってた」
「ね、あんたメニーっていうの?」
アメリお姉様と、お姉ちゃんと、わたしでベンチに座ってたの覚えてる? あの時、お姉ちゃんから声をかけてきたの。
「あたし、テリーっていうの」
お姉ちゃんはなんだか嬉しそうな顔をしてた。
「名前似てるわね!」
それからこう言ったの。
「あたし達、きっと出会う運命だったんだわ。いいわ。一緒にあなたのお父様とママが結婚するところを見ましょうよ」
とても綺麗な結婚式だった。こんな風に花が舞って、みんながお祝いしてた。食事の時間になったら、お姉様は同じ年頃の女の子達とお喋りしてた。ひょっとしたら、レイチェルさんもいたかも。
でもお姉ちゃんはわたしを引っ張って、木の下に連れてきたの。
「いい!? 今日からあたしがあんたのお姉様になるのよ! お姉様の言う事は絶対なんだから!」
わたしはよくわからなくて、その時愛用してた人形を抱いてたと思う。
「いい!? あたしが駄目って言ったら駄目なんだからね! 例えば、あたしのこのお靴! これ、可愛いでしょ! でも、これはあたしのお靴だから、勝手に履いちゃ駄目! わかった!?」
わたしはよくわからなくて、とりあえず頷いたの。
「ふん! なかなか物分かりがいいじゃない! 気に入ったわ!」
それでお姉ちゃんはわたしの頭を撫でたの。
「よしよし。良い子ね!」
わたしはよくわからなくて、とりあえず黙って撫でられてたの。髪の毛がぐちゃぐちゃになってたな。
「それじゃあ、今から姉妹の契りを交わすわ!」
「姉妹の契り?」
「あんた、まさか姉妹の契りを知らないの? はーあ! これだから庶民は駄目なのよ!」
お姉ちゃんは呆れてた感じだったけど、わたしはよくわからなかったから、とりあえず愛用してた人形の頭を撫でてたの。
「じゃあ、あたしがやってあげるから、あんたはじっとしてて!」
「はい」
「いい返事だわ! そうよ。お姉様の言う事は絶対なの! じっとしててね!」
「はい」
「アメリアヌお嬢様、お写真を撮りますよ」
「わーい!」
「撮りますよー! はーい、笑ってー!」
「いえーい!」
お姉ちゃんがじっとしててって言うから、わたし、じっとしてたの。何をするのかなって思って。そしたら、お姉ちゃんはね、
「ちゅ」
わたしの鼻に、キスをしたの。
それが、姉妹の契りなんだって言って。
「覚えてる?」
あたしは眉間に皺を寄せ、オレンジジュースを飲み干した。
「その後、わたし、お父さんの仕事についていったから、一緒に住んだのがだいぶ先になったでしょ」
「……あー……」
そうだった。確か、挙式を先にやったのよね。メニーが本格的に引っ越してくるのには、本当に、結構時間がかかったのよ。
「よく覚えてるわね」
「びっくりしたもん」
……こいつの鼻にキス、ね。
(……)
――嬉しかったのよ。
ずっと欲しかった妹が突然現れたから。
妹って、姉より立場が弱いから欲しかったのよ。言う事聞いてくれる、あたしの人形が。欲しかった妹が思ったよりも可愛くて。人形って、可愛ければ可愛いほど側に置きたくなるものでしょ。
だから、
浮かれてたのよ。
その先の未来の事なんて、考えもせず。
あたしは馬鹿だったのよ。
「……あー。そんな事もあったかもしれないわねー」
「覚えてない?」
「さあ? どうだったかしらねー?」
「お姉ちゃん。……忘れちゃったの?」
「メニー、あたしはね、過去を振り向かないタイプなの」
ドロシーが鳴いた。君、めちゃくちゃ過去を振り返って根に持つタイプだろ。
お黙り。ドロシー。
「あんたもいつまでもあたしなんかに構ってないで、ほら、あそこにイケメンがいるわ」
「本当だ。お姉ちゃんのタイプだね」
「あっちにも」
「本当だ。お姉ちゃんのタイプだね」
「ほら、リオン様もこっち見てる」
「ドロシーを見てるんじゃない?」
「メニー」
「嫌だ」
メニーがふざけてあたしの腕に抱き着いてきた。
「わたし、お姉ちゃんの妹だから、ここにいる」
はっ倒してやろうか。貴様。
(メニー)
あの頃のあたしはもういないの。
(あたしは大人になって、現実を思い知らされたの)
そうよ。
あんたが、あたしに教えてくれたのよ。
『真実の愛』なんて、この世に存在しないって。
「メニーったら、しょうがない子ね」
あたしは笑顔で歩き出した。
「ジュースのお代わりがてら、ニクス達の方に行きましょう」
「テリー」
あたしに頬を擦りつけた。
「お姉ちゃん」
メニーがあたしに言う。
「大好きだよ」
メニー、大嫌いよ。
「あたしも大好きよ。メニー。愛してるわ」
イザベラには同情したけど、この女には同情する余地もない。
これからも嫌いよ。
お前なんて大嫌いよ。
ずっと大嫌いよ。
( お 前 な ん て い な け れ ば 良 か っ た の に )
「テリー! メニー! こっちこっち!」
「……仲良しだな」
ニクスが手を振り、リトルルビィが溜め息混じりに笑みを浮かべて呟き、あたし達はその方向へと歩いていった。
ハトが空を飛ぶ。あたしの気持ちとは裏腹に、素晴らしい青い空が延々と続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます