第23話 金にがめついローレライ


「ようこそ! カドリング島へ!」


 太陽に照らされる中、島に雇用された者達が黒く焼けた肌を見せつけ、笑顔で観光客を迎えた。


「さあさあ! 宿へどうぞ!」

「さあさあ! お荷物をお預かりします!」

「さあさあ! お土産はいかがですか!」


 観光客が島に入ってくる最中、真ん中の道にきちんとした身なりの使用人達が整列して歩いてくる。人々が何事かと思って道を開け、歩いてきた使用人達がママの前で止まり、全員揃って美しくお辞儀をした。


「お帰りなさいませ。ご主人様」

「トレイズ、ご苦労様」

「アーメンガード様、長旅お疲れ様でございました」

「クロシェの挙式の準備は」

「全て整っております」

「いいわ」


 ママがクロシェ先生に振り向く。


「緊張する事ないわ。これだけ空が晴れているのだもの。島があなたを歓迎している証拠よ」

「奥様、本当に……ありがとうございます」

「娘達が世話になった分、あなたには幸せになってもらわないと困るのよ。今日は最後の独身の一日よ。楽しんで」

「はい」


 ママの後ろにいたメイド達を見て、島のメイド達が微笑んだ。


「初めまして。あなたがモニカね」

「初めまして! 元気が取り柄のモニカです!」

「ナロニア、久しぶりじゃない」

「元気だった?」

「サリア」


 メイドの一人がサリアの手を握り締める。


「久しぶり」

「エルシー」

「疲れたでしょう。お嬢様達の面倒は任せて、ゆっくり休んで」

「お嬢様達も外で遊ばせれば、疲れて夜はぐっすりかと」

「サリアが来てくれて助かるわ。ねえ、この間、厨房から肉が無くなったの。犯人は」

「キツネですか?」

「謎解きに来てくれない? さあ、こっちよ!」


 メイド達が荷物を持って歩き、どんどん先へ進んでいく。アメリアヌは恋人のロードの腕に腕を絡ませ、ハートを撒き散らす。


「ダーリン、カドリング島はどう?」

「とても素敵な場所だね。ハニー。君が不気味な島だと言っていたが、僕はとても素敵な島だと思うよ。本当さ」

「ああ、ダーリン。こんな島を理解してくれて嬉しいわ」

「アメリアヌ」


 ロードとアメリアヌの間に、レイチェルが割り込んだ。


「わたくし、お腹が空いたわ! あなたね、この島をアピールしたいなら、わたくしを満足させなさい!」

「食事は何でも揃ってるわ。魚も肉も、カドリング島のシェフに任せればあっという間に素敵な料理になる。空気も美味しい。わたしはあんまり好きじゃないけど、なかなか悪くない島でしょ」

「アメリアヌ、一緒に海を泳ぐ約束はどうしたの? わたくしは、どこで水着に着替えたらよろしくって?」

「はいはい! わかったわよ! 相変わらずなんだから!」


 アメリアヌがロードの腕から離れ、レイチェルの手を握った。


「こっちよ。レイチェル」

「ふん!」


 レイチェルがロードに振り向き――にやりとした。ロードが白目を剥き、小指を立ててこう思った。――恐ろしい子!


 一方、水着を着たあたしとメニーが、海を眺めていた。


「メニー、わかってるわね」

「うん」


 互いの顔を見合わせる。


「荷物は、サリア達が持って行ってくれたわ」

「わたし達にあるのは、最低限の荷物だけ」

「つまり、あたし達には、ここでのミッションが残ってる」

「わかってるよ。お姉ちゃん」

「いいわ」


 あたしは浮き輪を持った。メニーは水鉄砲を持った。


「遊ぶわよ! メニー!」

「うん!!」

「ついて来なさい!」

「うん!!」


 あたしは浮き輪を持って砂浜を駆け出し、メニーが水鉄砲を構えて駆け出す。宿から出てきた観光客も服を脱ぎ捨て、水着で走る。恋人同士が手を繋いで水着姿で歩く。パラソルの下にシートを敷いて、背中にローションを塗り始める仲間達。男達が海に飛び込んだ。女達がそんな男を見て、馬鹿にしたように鼻で笑う。それを見た男達が女達に近付き、紳士的に声をかける。良ければ一緒に遊ばない? そう。これこそバカンス。


 罪滅ぼし活動ご褒美ミッション、海で遊ぶ。


「まずは水を体に慣れさせるわよ! メニー!」

「うん!!」


 あたしとメニーが海に入る。お互いに水をかけ合う。


「おらおらおらおらおらおらおらおらおら!」

「きゃはは! お姉ちゃん! 冷たいよ!」


(そうよ! 冷たい水をかけてやってるのよ!! そーれ! 冷たかろう! 冷たかろう!! てめえなんて、あたしのように風邪を引いて苦しんでしまえ!)


 水鉄砲に水を入れて、メニーに撃つ。


「水を体に慣れさせなきゃ! おらああ!」

「きゃははは!」

「おほほほほ! お待ちなさい! メニー!」


 笑いながら逃げるメニーを、銃を構えたあたしが全力で追いかける。


「うふふ! 捕まえてみて! お姉ちゃん!」

「こーら! 駄目じゃなーい!」


 あたしは銃で狙いを定めた。


「大人しくしてなさーい!」

「きゃー!」


 殺意を込めて撃つ! ばきゅーん! ばきゅーん! ばきゅーん!


「きゃははは!」

「もーう! メニーったらぁー!」


(ちょこまかと逃げやがってぇええ!)


 あたしはもっと集中して狙いを定める。ばきゅーん! ばきゅーん! ばきゅーん!


(覚悟!)


 メニーが突然、方向転換した。


(あ!?)


 いきなり振り返り、あたしに向かって走ってきたのだ。


(なに!?)


「えい!」

「わぎゃっ!」


 メニーの両手に肩を押されて、あたしは砂浜に尻もちをついた。メニーもあたしの上に一緒に倒れる。


「こら、メニー!」

「うふふ!」


 その時、海の波がやってきて、あたしとメニーを呑み込んだ。


「はぶっ!」

「きゃっ!」


 波が引くと、濡れたあたしとメニーが残されて、メニーが吹き出した。


「あははははは!」


(……このあまぁ……)


 メニーは楽しそうに笑い続ける。


「ふふっ、お姉ちゃん、濡れちゃったね」

「水着が有効活用された瞬間だったわね」

「今日のお風呂ではよく体を洗わないとね。明日潮だらけになっちゃう」

「そうよ。明日は結婚式なんだから遊んでる暇はないのよ」


 だから今日をめいっぱい楽しまなきゃ!


(そうだわ。……弾の補充をしておこう)


 あたしはまたやってきた波を利用し、水鉄砲の中に弾(水)を補充した。波が引けば、またメニーがくすくす笑う。金髪の三つ編みから水滴がしたたり、体についた水滴も胸の間と落ちていく。なんともまあ、14歳らしからぬ色気を見せつけてきやがる。


(むかつくんだけど、何こいつ)


 美人だからって、可愛い水着着て、良い男をたぶらかそうってか?あたしはイラッとして、銃を発射させた。


「おらぁ!」

「ぶっ!」


 顔面命中!


「おほほほほ! メニーったら! 油断はだめよ!」

「お姉ちゃん、やったなあー!」

「ちょっと、何よ!」

「こちょこちょこちょこちょ」

「あはははははは! メニー! やめなさっ!」

「こちょこちょこちょこちょ」

「ぎゃはははははは! こら! メニー! こらっ、あはっ、あはははははは!!」

「うふふふ!」

「こら! めに、メー……!」


 バランスを崩して、あたしは背中から砂浜に倒れた。


「っ」

「きゃっ」


 メニーもつられてあたしの上に倒れ、かなりの近距離で目が合う。


「っ」


 メニーが息を呑んだ。あたしは顔の近くなったメニーの瞳が視界に入り、心の中で暴言を吐く。


(ぐっ! こいつ! きれぇーーーーな目しやがって! むかつく! 何よ! その青い目は! なんで成長すると同時に綺麗になっていくのよ! 腹立つ! やっぱりこの女、船で片付けておくべきだった!)


 あぁ! この女の腹を思いきり蹴ってやりたい! そう思っていたら、また水があたし達を呑み込んだ。


「うぎゃ!」


 何よ! 波までメニーの味方だっての!? 畜生が! くたばれ! 波から抜け出したあたしが水を吐いた。


「ぺっ! ぺっ! うげ、しょっぱい!」

「……」

「はあ。メニー、ここじゃ波に呑まれるわ。あっち行きましょう」

「……うん……」


(ん?)


 あたしはメニーの顔を覗き込んだ。


「あんた、顔赤くない?」

「っ!」


 メニーが勢いよく振り向き、笑った。


「日焼けしたんだよ!」

「……あー……」

「日焼け止め塗ったんだけどなぁー! あはははは!」


 ……へえ。日焼け止め塗ったって事は、日焼けしたくなかったのね。……あたしの目がきらんと光った。


(おっほっほっほっほっ! お顔真っ赤っかよ!? ざまあみやがれ! メニー!!)


 このまま外で遊ばせたら、きっと日焼けしまくるわね! こいつはいい!


「メニー! 遊びまくるわよ!」

「……うん……」

「ほら、あっちに行くわよ! 早く!」

「あ、……待って、お姉ちゃん!」


 砂浜でメニーとあたしが砂のお城を作る。あたしは山を作って穴を空けて完成させた。どうよ。お城よ。どやぁ! 隣を見ると、メニーが立派な砂の城を作っていた。思わず周りの人々がメニーに拍手をした。


(何ぃーーー!?)


 ここでも器用さの才能を開花させるなんてど畜生が! あたしは悔しみに下唇を噛んだ。


「メニー! 次よ!」

「うん!」


 あたしはバケツに砂を入れて、ひっくり返して、バケツを取った。プディングの形が出来上がった。どやぁ! 隣を見ると、メニーが本物に見えるプディングの砂像を作っていた。思わず周りの人々が感動してメニーを褒め称えた。


(この女ぁぁぁぁああああ!!)


 あたしは悔しさから穴を掘った。


「メニー! 次よ!」

「うん!」


 あたしはメニーを穴に入れ、体を砂で埋めた。どうよ。苦しかろう!? ええ!? 苦しかろう! 怖かろう!?


「……お姉ちゃん、これ気持ち良い……」

「え」

「すやぁ……」


 こ、こいつ、砂の中で安らかな顔して寝始めやがった!


(なんて図太い神経の持ち主……! 流石は魔女だわ!!)


 畜生! このまま顔も砂で埋めてやろうか!?


「はいはい! 欲しい方はお並び! お並び!」


 ――その声を聞いて、あたしとメニーの耳がぴくりと動いた。


「カドリング島限定オイルにローション、限定品と来たら特別仕様! 城下町には置いてないでしょう? 島の木の実で作ったここでしかない逸品物! やれ、お嬢さん、お兄さん! ここで買わなきゃ後悔するよ? なんたって、この代物は肌にとても良いもんだ! 試してみない? アトピー持ちなら三ヶ月! ニキビの痕なら一ヶ月で治っちまうよ! 日焼け止めクリームを買ったもんなら、そら美しい肌が守られちゃうよ!?」

「いただこうか」

「私も!」

「まいどおおきにー!」


 メニーがあたしを見た。


「お姉ちゃん、あれ……」

「あいつ……!」


 あたしは立ち上がり、商いをする商売人に一直線に歩いていく。


「さあさあ、お並びお並び! 特別仕様で価格は3000ワドルのところ、今日はバカンス初日! というわけで、1500ワドルにまけとくよ!」

「ローレライ!」

「ひゃっ!!」


 長い黒髪を靡かせ、太陽に焼かれた肌を見せる――ベックス姉妹と一緒に島で育った――ベックス家の使用人の娘であり――あたしとアメリアヌの幼馴染の――ローレライ・ブルー・タラッタが、あたしに振り返った。


「ああ、なんだ。びっくりしたぜ。テリーか。驚かすなよ」

「あんた、その髪型!」


 あたしは指を差して、目を見開く。


「あたしと同じ髪型!」

「相変わらず察しが良いんだぜ。テリー!」


 その通り!


「テリーを参考に、同じ髪型にさせてもらったぜ!」

「何よ、双子コーデでもやろうっての!?」

「まさか! お前と双子コーデなんて冗談じゃないぜ! 男受けがいいんだよ。この髪型」

「は?」

「テリー、商売ってのはな? ただ物を売るだけじゃいけねえんだぜ。見た目も綺麗で可愛くしておかないと、男も、ましてや同性もやってこない」


 ありがとうよ。テリー。


「お前の髪型のお陰で、商いは順調! 稼ぎはがっぽり! 私がお金持ちになる未来は近いぜ! 世の中は金! 世界は成金! ぐふふふ!!」


 あたしは水鉄砲を発射させた。


「あぶっ!」

「何が限定オイルにローションよ! どうせいつもみたいに中身うすーく作った水同然の代物でしょ! この詐欺師!」

「制作過程は秘密なんだぜ! 黙秘権を活用するぜ!」

「何が黙秘権よ! あんたのせいでカドリング島の悪評が広がったらどうするのよ! 今すぐ商いを中止なさい! この詐欺師!」

「嫌なんだぜ! これでがっぽり稼ぐんだぜ!」


 ローレライが逃げ出した。


「あ、こら、待ちなさい!!」


 あたしはそれを追いかける。二人で砂浜を走る。


「ちょこまかと!」

「うるさいんだぜ!」

「てや!」

「ぎゃひっ!」

「今すぐ金稼ぎを止めなさい!」

「嫌なんだぜ! 私は、成金になるんだぜ!」

「こいつ!」

「逃げるんだぜ!」

「ローレラーーーーイ!!」


 確かに、船が沈んでからローレライに会う事は二度となかった。時々思ったわ。こいつのきんきんうるさい商売声が聞きたいって。でも、いざ近くで聞いてみたら……!


「ただの詐欺師じゃないのよ! この女狐ーーーー!!」


 水鉄砲を発射させる。その水がレイチェルにかかった。


「きゃあ!」

「レイチェル? ……げっ! ローレライ!」

「あ! アメリだぜ! おや、素敵なレディ。お嬢さん、カドリング島限定オイルいかが? お一つ1500ワドル……」

「アメリ、そいつ捕まえて!」

「何よ! また詐欺行為やってるの!?」

「逃げるんだぜ!」

「アメリ! 右!」

「テリー! 左!」

「げっ! 挟み撃ちだぜ! やめるんだぜ!!」

「「お黙り! この詐欺師!!」」


 あたし達の叫び声を聞きながら、砂に埋もれるメニーが空を眺めた。


「……良い天気だな」


 海の音が穏やかに響く。


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